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せいふくっ! -今日から始める大首領-  作者: れぎゅ
第二幕 大首領様は二律背反
21/22

変身装置と真夜中のお化け騒動

「はい、注目。ドクター天野のバカでも分かるバトルスーツ講座~」


 軽快な音楽に合わせてドクターが拍手する。

 流れている曲はどこかで聴き覚えがあるもので、なにかの料理番組のテーマ曲だったような気がするのだが。

 あぁ、そうだ、思い出した。「おもちゃの兵隊の行進」だ。番組名に三分とかついていて、結局放送時間が十五分ぐらいあるあの番組のオープニングでかかっていた曲だ。


「……なんだ、君達。拍手が足りないぞ! はい、拍手!」


 ドクターに催促され、参加者がおざなりにパチパチと手を叩く。その拍手の仕方にドクターは大変不満だったらしく、足元に置かれていたカセットコンポのスイッチを切ると、わざとらしく咳払いをした。食堂内に流れていた軽快な音楽がピタリと止まる。どうやら今の音楽はドクター的には演出のつもりだったらしい。


「さて、今日はバトルスーツのバの字も知らないおバカな君達に、私が直々にバトルスーツのなんたるかを講義してやろう。ありがたーく拝聴するように。いいかね?」

「バカは余計なのだ」


 ドクターの物言いに雨が唇を尖らせて抗議する。


「バカ一号は黙っていろ」


 雨の抗議をドクターはぴしゃりとシャットアウト。「むぅ~」と唸りながら雨が黙り込む。


 さて、今現在この食堂には組織の主要メンバーが集められている。私を先頭にアリス、雨、雪、風美。そして戦闘員が五名だ。私達の前にはドクターが立っており、その後ろには横幅四メートルはありそうな巨大なホワイトボードが鎮座していた。


 つい先日、変身装置が完成するにあたり、それを使用する人間達の変身装置への理解度の低さをドクターから指摘された。せっかくの変身装置も使用者が理解していない状態ではその性能を十分に発揮できない。長所も短所も両方分かったうえで使用するのがベストだとドクターは言うのだ。

 その考えに私も異論はなかった。どれだけ素晴らしい道具でもそれを理解して使いこなさなければ結局は宝の持ち腐れになる。しかし、だからと言って変身装置に対しての理解などどうやって深めればいいのだろうか? 

 集団に対し一斉に理解度をあげようとするのであれば、勉強会や講習会等を行うのが望ましいのだろう。だが、うちの組織で変身装置に対しての講義が出来る人間がいただろうか?

 真っ先に思いついたのはアリスだ。彼女はあれでいて幅広い知識を持っているし、風美の一件から人に教えるのもそれなりに出来る事が分かっている。だが、先日のサクラジウム採掘所への潜入を終えてからは、次の制圧エリアに向けてあれこれと調査の真っ最中だ。端的に言えば、忙しいのである。

 そうなると作った本人であるドクターが次の適任者ではあるのだが、性格がなぁ。見下したような態度を取る事も多いので、講師としてはいささか態度に問題があると思うのだ。

 そんな私の葛藤は露知らず、ドクターはなんと自ら勉強会を開くと提案してきた。しかも準備も既に完了しているらしい。

 彼が言うには今回の指摘をする時点で、勉強会の必要性を感じていたらしく、それに対しての対策まで既に考えているとの事だった。


「まぁ、宝船に乗ったつもりで私にまかせておきたまえ」


 ふふんと鼻を鳴らす態度に不安を感じはしたが、せっかく本人がやる気になっている訳だし水を差すのもあれだろう。私はドクターの提案を受け入れ、講習会を開く段取りをしたのだった。


 そして本日に至る。

 参加しているメンバーはドクターが指名した者達のみで、他の戦闘員は非参加だった。私はてっきり全員参加だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。呼ばれている戦闘員は五名だけだが、彼らと他の戦闘員達の違いが私には分からない。

 まぁ、ドクターの事だ。何も考えなしという訳でもあるまい。ひとまず彼にまかせてみよう。


「では、優等生代表アリス君。バトルスーツとは何かを説明してみたまえ」


 ドクターはいつの間にか指揮棒のような棒を持っており、それでビシッと音が鳴る勢いでアリスを指し示す。


「はい。バトルスーツとは金属製筋繊維と特殊防弾繊維を使用した戦闘服の総称で、マッスルスーツとバリアジャケットの両方の性質を持っているのが特徴です」

「ありがとう。簡潔な説明で非常に良い。バカ一号はこのぐらいの説明が出来たかね?」

「だからバカは余計なのだ。雨ちゃんだって、全身タイツみたいな特別な服だって事ぐらい知ってるのだ」


 ドクターが右手で頭を抑え、大げさなリアクションを取る。その仕草からは「オー、ノー」という声が聞こえてきそうだ。


「特別な服というだけではぜんぜん説明になっていないぞ。そんな事を言ったら、メイド服だって裸エプロンだってネコ耳もふもふ割烹着だって、全部が特別な服だ」


 それは特別な服というよりは特殊な服装だと思う。というか、もふもふ割烹着ってなんだ?


「では、私の方から補足しよう。戦闘員二十一号、手伝いたまえ」

「うっす」


 席に座っていた二十一号が立ち上がり、ホワイトボードの横に向かう。事前にドクターと打ち合わせしていたのか、彼は手際よくホワイトボードに何かの用紙を貼り付け始めた。用紙にはファイヤーレッドのようなバトルスーツ姿の人間が描かれており、どうやら誰かの手書きのようだった。

 

「まずバトルスーツの起源は今から30年前に遡る。1970年代、アメリカで肉体の筋力を増幅させるマッスルスーツの原型とも言える機械が開発された。これは1の力を10にも20にも増幅する事のみを追及した機械で、これをそのまま高出力・大型化させたものが現在ではパワードスーツとして軍事利用されている」


 ホワイトボードに「1972年」と記入すると、その横にロボットのような機械が描かれた用紙が貼り付けられた。


「パワードスーツ……雨君は知ってるか?」

「そのぐらい知ってるのだ。TVでエイリアンと戦った女の人が着ていた奴でしょ?」

「それは映画の話だろう。だが実際に配備されているものもほぼ同じものだ。イメージとしては悪くないぞ」

「えっへっへっへ~、だよねぇ~」

「褒めている訳ではない。調子に乗るな」


 雨のツインテールがふにゃりと折れ曲がる。どうやら少し落ち込んだようだ。

 

「さてパワードスーツには欠点がある。それは機械が人が乗り込む事を前提にした大きさであり、大型である以上、使用できる場所が限定されてしまという点だ。広い空間であればなんの問題もない。換気もできるし大型のパワードスーツが自由に動けるからな。だが、逆の場合は違う。密閉された空間ではパワードスーツの排気ガスで搭乗者があっという間に中毒になってしまうし、そもそも狭い空間にはパワードスーツの巨体が入らない。パワードスーツが軍事用や土木作業用にしか使われていないのはそういう理由からなのだ」


 ふむ、世の中にはそんな機械があったのだな。まるでSF世界の産物のようにも思えるのだが、雪や戦闘員達は特に疑問を感じていないところを見ると、知っているのが当たり前といった感じのようだ。どうやら知らなかったのは私だけらしい。


「そのパワードスーツの欠点に着目したのが日本の轟博士という人物だ。彼は逆のアプローチとして、力の増幅率を落とす代わりに、よりコンパクトでスマートな形状にする為の研究を始めた。まず金属製筋繊維の開発に成功し、布型マッスルスーツを作成。そして1976年、防護服であるバリアジャケットの特性を持たせ、バトルスーツ第一号を完成させた」


 ホワイトボードに「1976年」と記入がされ、その横に先ほどのバトルスーツの絵が貼り付けられる。


「一応補足しておこう。金属製筋繊維というのは電圧によって伸縮する特殊な樹脂でできた繊維の事だ。一本一本は毛糸程度の太さの糸で、通常は複数本をまとめて一つの束として使用する。この束を切断すると実際の筋繊維と同じ状態に見える事、金属のように防弾性を兼ね備えた素材で出来ている事から金属製筋繊維という名前がついた。これを体の筋肉と同じ位置に配置し、制御装置で適正な電力を与える事によって、着ている者の筋肉を増強する効果を生み出している。防護服は防弾繊維というものが広く世に出回っているので説明は省こう」

 

 戦闘員がホワイトボードにうっすらとピンク色をした毛糸のようなものが写った写真を貼り付けていく。どうやらあれが金属製筋繊維らしい。


「これは画期的な発明でな、世界初の超技術だったんだ。日本がヒーロー大国になったのは、彼の功績が非常に大きい。私も機会があれば話をしてみたいと思ってはいたのだが、彼はJHKでもかなり上のポジションにいる人間でな。結局姿を見る事すら叶わなかった」


 ドクターがどこか遠い目をしている。ややあって頭を軽く振ると、彼は仕切りなおしとばかりに声色を落ち着いた口調に変え話を続けた。


「ちなみに初期のバトルスーツはスーツと人の相性があり特定の人物しか着る事ができなかった。適性がない人間が着ると、その人間を絞め殺してしまうというとんでもないものだったそうだ。だから、バトルスーツを着れる者を集め、組織を作る事となった。これがJHKというヒーロー組織を作る直接の原因となったのだが……まぁ、それは割合しよう。そして、現在。バトルスーツはより高性能化し、ヒーロー達がヒーローたる所以となっている。ここまでが概要となるが、理解できていない者はいるかね?」


 ドクターの質問に全員が無言で「問題ない」と答える。その様子を見てドクターが満足そうに頷く。

 すると彼は突然赤色のマーカーを取り出し、先ほどのバトルスーツの絵に大きなばってんをつけた。


「だが、このバトルスーツにも欠点がある!」


 声を荒らげていきなり話し出すドクターに全員がびっくりする。


「それは……!」


 ドクターが目を閉じ拳をぐっとにぎりしめ何かに耐えるような仕草をする。その表情は辛く何かを堪えているかのようだ。あのドクターがこれ程までの表情を見せるとは……。一体どんな重要な欠点なんだ? 

 全員が固唾を飲んで次の言葉に備える。彼は突然目をカッと開くと、ホワイトボードを手のひらで打ちつけて叫んだ。


「それは美しくない事だ! ぜんぜんかっこよくない! 確かに全身を覆ってしまえば防護服の役割にもなるだろうし秘匿性も向上するだろうが、これではただの全身タイツ人間ではないか! こんなもの、ヘルメットを被った全身タイツのただの変態だ! 轟博士のセンスを私は一向に理解できん! なんとか一言物申してやりたくてずっと彼にアクセスを試みたが、あの男、重要な役職なんで君には会えんよーなんて理由をつけて私に会おうともしなかった! ふ、ざ、け、る、な! 特に男性用のバトルスーツは最悪だ! 何が最悪かって!? そりゃもう股間がもっこりしているからに決まっているだろうが! もっこりだぞ、もっこり!? 正義の味方が股間のもっこり感を周囲に強調しながら戦う事のなんとハレンチな事か! 女性用はまだいい! 端正なボディーラインが浮き彫りになり、あれはあれでレオタードのようなフェティッシュ感があって大変スパシーボだ! だがそこまでやっておいてなんでマスクなんだ! 顔の表情が分からないのではせっかくのエロスもどこぞの株価ばりに大暴落だぞ! 私は現在のバトルスーツのあり方に対して断固抗議する! これはもう日本の恥だ、汚点だ、恥部だ! こんなもの私は絶対に認めんぞーっ!」


 大絶叫して両肩で荒く息を吐きながら力説するドクターの物言いに、全員がコケた。


「だから私は目に見える防護服で全身を覆うという概念を捨てた! そして完成したのがこの変身装置1号 Ver.11075315だ!」


 ぱんぱかぱーんと気の抜けるファンファーレが食堂内に鳴り響く。いつの間に取り出したのか、二十一号がラッパを咥えて吹き鳴らしていた。

 ドクターは五百円玉より少し大きいくらいの星型のブローチを掲げふんぞり返っている。どうやらあれが彼の言う変身装置らしい。


「それが変身装置なのか? 私には単なるペンダントのようにしか見えないのだが」

「形は問題ではない。これは単に女性が持っていても変だと思われないようにする為のフェイクだ」


 そう言ってドクターは私に星型のペンダントを手渡した。ペンダントは思っていた以上に軽く、銀色のフレームで出来ている為か室内の明かりを反射してきらきらと光っている。ペンダントの中央には赤い宝石がはめ込まれており、しっかり目を凝らして見てみるとその奥に基盤のようなものが透けて見えた。たしかに何かの機械が入っているようではあるが、どう見てもペンダントにしか見えない。


「まず始めに説明しておくが、これは従来のバトルスーツとはまったく違うものだ。先ほどアリス君が説明してくれた通り、バトルスーツとは金属製筋繊維と特殊防弾繊維を使用した戦闘服の事だ。粒子化し瞬間装着できるように工夫はされているが、結局は繊維でできた布切れだ。許容値以上の攻撃を喰らえば破れるし、破れた場合は修復しない限りそのままだ。経年劣化もする為メンテナンスもかかせない。しかも全身を守ろうとすると、どうしても全身を覆うタイツ人間のような形になってしまう。それだけはいただけない」


 ペンダントを光にかざしながらあれこれ見ていると、ドクターに取り上げられた。

 

「そこで私はまったく別のアプローチでバトルスーツを作った。私の変身理論は生体波長を変質化させ身を守るというものだ」


 指揮棒でホワイトボードをこんこんと叩くと、二十一号が新たな用紙をホワイトボードに貼り付けた。棒人間のまわりに不思議なもやが漂っている絵だ。まるで小学生の落書きのようだな。


「生体波長というのは東洋で言う所の気孔の事で目には見えない特殊な波長だ。……って、そこ、うさんくさそうな目で見ない!」


 全員一同、ジト目でドクターを見つめる。


「ですが気孔と言われて、そんな確証のないものを信じろというのですか?」

「生体波長は特別な装置で視認化すると全身を覆っているのがちゃんと分かるのだ。これを見ろ」


 そう言ってドクターは全身が映ったレントゲン写真のようなものをホワイトボードに貼り付ける。ぺらぺらなフィルムで出来た白黒写真で、はっきりとは見えないが体の表面が白く滲んでいるように見えた。


「これは特殊な電磁波をあてて撮影したものだ。皮膚の表面に白いもやが見えるだろ? これはカメラの故障でもなんでもなくて、生体波長を視覚化して写した物だ。一昔前は気孔と言えば中国の健康法的なものとして認識されていたが、今ではちゃんと存在が確認されているのだ。勉強不足だな、雪君」

「そのモヤは単なるピンぼけじゃないんですの?」

「少しは私を信用したまえ。嘘を言ってもしょうがないだろう」

「じゃあさ、雨ちゃんの周りにもこれがあるの?」

「あるぞ。生体波長は生き物であれば誰でも持っているものだからな。だが、これは普段人間のまわりを覆っているだけにすぎず、空気と変わらない。そこでこの機械の登場だ」


 そう言って先ほどのペンダントを皆に見せる。


「この機械は生体波長の性質を変化させ、バリアーと同じ性質を持たせるようにする機能を持っている。理論どおりであれば45口径の弾丸を跳ね返すだけの強度が得られるはずだ」

「それは弾丸が体に届く前に変質化した生体波長で遮られるという事ですの?」

「そうだ。イメージとしては目に見えないバリアーで全身が覆われると考えてくれ。生体波長は全身を覆っているものだから全身隙間無く防御力が上がる。JHKのバトルスーツのように着ているところしか防御力が上がらない骨董品とは訳が違うぞ」

「それって、飛んできた弾丸を手のひらでカキンカキンって跳ね返せるって事?」

「弾の威力にもよるだろうが、十分可能だ」

「おぉ~、どっかのスーパーマンみたいなのだ!」


 ギャングからの一斉射撃を腰に手を当てたまま全て跳ね返す、アメリカの某マント男の姿が頭に浮かぶ。銃弾が防げるという事はナイフ等の剣撃も防げるという事だ。生身と比較してものすごい防御力の向上だな。


「またこのバリアーは自身の加えた力を増幅させて伝える性質を持たせている。金属製筋繊維みたいに修復が必要なマッスルスーツとは訳が違うぞ」

「ちょっとよく分からないのだ」

「やはり君はバカ一号だな。いいか、君が1の力で相手を殴ったとする。その時このバリアーは相手に10の力を伝える。そうなると単純に君のパンチ力は10倍になる事になる。1×10は十倍だ。このぐらいは分かるか?」

「おぉ~、それなら分かるのだ~!」

「同じ理屈で1の力でジャンプしたとする。大地に伝わる力は10だ。つまり10倍のジャンプ力が得られる事になる。しかし、着地の衝撃はバリアーが防ぐ。なんの衝撃も感じず高所から降りる事も可能という訳だ。この特性を利用しマッスルスーツを纏うのと同じ効果を得られるにしてあるのが私のバトルスーツの特徴だ」

「増幅率は調整が可能なのですか? それに限界値も気になります」

「さすが優等生アリス君、目の付け所が違うな。基本増幅率は機械の方でリアルタイムで調整可能だ。バトルスーツを着用している間ずっとマッシブな状態では色々と問題があるからな。今はスイッチで切り替えるようにしてあるが、ゆくゆくは考えただけで自動的に切り替えられるようにしたいと考えている。限界値は今のところ十五倍が限界だ。これ以上の増加は生体波長を変異させる装置との兼ね合いもあり今のところ実現できていない。ただ、パンチ力135kgの人間なら2tのパンチを繰り出せるようになるのだから、現状ではこれ以上の強化は必要ないと考えている。トンクラスのパンチだぞ? 下手すりゃ一人でビル解体ができるレベルだ。十分すぎるだろ」

 

 そう言ってドクターはホワイトボードに「F=ma」と記入すると、何やら複雑な数式をずらずらと書き始めた。隣に座っているアリスが「なるほど」と呟きながらしきりに頷いている。


「アリス、あれはなんて意味なんだ?」

「ニュートン力学の基本式です。隣に書いてあるのは力積や単位面積を用いた場合の実際の衝撃力の計算式ですね。そもそも2トンのパンチとドクターは言いましたが、物理学的には意味不明な表現なんです。これは作用する面積、速度を考慮していない言い方になるので、正確な破壊力の表現とは言えません」

「さすが、アリス君。その通りだ」


 ドクターはホワイトボードへの記入を終えると、こちらに振り返り、数式の一つを指し示す。


「2tのパンチ力と表現したのはその方が一般的に広がっている言い方だからだ。正確に言うのであれば与える力、力が加わる対象の面積、それに向かって力が向かう速度を計算式に加味しなければならない。例えば100tの威力を持ったパンチだったとしても、止まって見えるほどゆっくりとしたスピードで、しかもその先端が髪の毛ほどの細さだった場合はどうだ?」

「……大した衝撃は受けないという事か?」

「そういう事だ。今書いた数式は一般成人男性が厚さ5cmの正方形のコンクリートの板をパンチした場合で計算してある。これを説明するとだな……」


 ドクターは聞き慣れない単語を織り交ぜながら計算結果の説明を始める。アリスは理解しているようだが、それ以外の者は言っている意味すら理解できていないようで、眉をしかめたり首を傾げたりしている。もちろん私もその一人だ。結果だけ言うと、厚さ5cmのコンクリートをぶち抜けるという事らしい。

 

「ちなみに生体波は誰でも持っている生物的特質だ。だからこの機械さえあれば誰でも強化する事ができる。着る人間の特性や身体的特徴に左右される事もない。まさに画期的なのだ」

「つまり、誰でもパワーアップできる目に見えないバトルスーツ、という事で良いのでしょうか?」


 アリスが礼儀正しく挙手をして質問する。


「要約され過ぎではあるが、そういう事だな。しかもこいつのスゴイところはバトルスーツが破損しても装着しなおせば自動的に修復されるという点だ。生体波長を変質化しているだけなので、元の生体波長が著しく減少しない限り、いつでも常に最高の状態で装着する事ができる。サクラジウムのおかげでエネルギーはほぼ無制限、しかもメンテナンスフリー。これを画期的と言わずして何を画期的というのかね。怖い、私は自分の才能が怖いぞ。わーっはっはっはっはっはっ!」


 腰に手をあて、のけぞりながらドクターが高笑いする。

 目に見えないバトルスーツという話だが、そんなものが本当に可能なのだろうか。私が手から出している衝撃波だってアリスの言うところの闘気というものらしいし、生体波長というものが本当にあるのだとは思うのだが。ドクターは自信満々でペンダントを掲げているが、私自身は未だに半信半疑だ。


「ね、ね、これもう使えるの?」

「もちろんだ。ちゃんとお披露目の舞台も用意してあるぞ!」


 そう言うとドクターは不敵に微笑んだ。




『ひゅーひゅーっ!』

「な、なんだこれは?」

「見て分からんのか。ドクター天野プレゼンツ新作変身機械発表会とその観衆達だ」


 講習会の後、私達はドクターに連れられて訓練場へ移動した。訓練場のドアを開いてまず飛び込んできたのは、割れんばかりの歓声とその歓声を発している大多数の戦闘員達だった。訓練場の奥にはステージが設けられており、その上には「どきっ!? 女の子だらけの変身ショー」と書かれた看板がぶら下がっていた。


「講習会の時に他の戦闘員がいないと思ったらこんな所に集めてられていたのか」

「どおりで呼んでも誰も来ないはずです」

「しかも舞台まで作っている手の込みようですわ」


 私もアリス達も会場内の様子に唖然とする。


「ささ、女性陣よ、舞台中央へ! 大首領はあっちだ」


 私達が訓練場の状態に呆けている間にドクターがテキパキと段取りを進める。雨、雪、アリスはドクターと一緒にステージ上へ、私と風美は戦闘員の一人に連れられステージ近くのテーブルへ連れて行かれた。テーブルには白い布がかけられており、その上にはマイクとフラワーブーケが置かれていた。まるで結婚式の新郎新婦の席みたいな感じだな。


「な、何が始まるんですかね?」


 風美がおろおろしながら私に聞いてくる。それは私も知りたい。

 ドクターは三人をステージ上に横一列に並べると、壇上に上がり、白衣のポケットからマイクを取り出した。


「れでぃーす あんど じぇんとるめーん! 大変長らくお待たせした! これより変身装置お披露目会兼ドクター天野プレゼンツ『どきっ!? 女の子だらけの変身ショー』を始めるぞ!」

『いぇ~い! いいぞいいぞー!』


 ドクターの開催宣言に戦闘員達が歓声をあげる。何が始まるんだって? 変身ショーがなんとかと言っていた気がするが。


「せっかく我が組織独自の変身装置が完成したのに、それを男が使ったっておもしろくもなんともない! 変身は女性とセットであるからこそその真価が発揮されるのだ! 飴玉しゃぶって変身する幼女だって、手鏡に呪文を唱えて変身する幼女だって、ステッキで大人に変身する空と海の国の幼い王女だって、変身するからこそ、その姿に萌えと燃えを感じる事ができるのだ!」

『そうだ、そうだーっ!』


 ドクターの例えは年端もいかない少女に偏りすぎていると思うのは気のせいだろうか?

 っていうか、お披露目会だって? 今日は講習会ではなかったのか? 会場内の様子からしてドクターは事前に段取りを組んで話を進めていたようだ。なるほど、自分から率先して講習会を開きたいと言ってはきたが、要はこっちの方がメインだった訳だな。

 先ほどまで真面目な顔で講習会をしていたと思ったのに、すっかりいつもの調子に戻ってしまっている。

 まったく真面目な取り組みを行っていたから少しは評価を上向きに修正していたのに、結局ドクターはどこまでいってもドクターという事か。


「今日は日頃から汗水垂らしがんばる諸君達の為に、月に変わっておしおきしちゃうちょめちょめ戦士クラスの美少女3名を用意したぞ! 見るがいい、この豪華なラインナップをーっ!」


 そう言ってドクターはステージ上の三人を指し示す。戦闘員達の歓声はさらにヒートアップするが、ステージに立っている三人はその熱気が理解できないのか、眉をしかめながら困り顔。 


『ドクター最高っ!』

『ハイール ドクターアマノォォォォォォッ!』

「本日は特別ゲストとして我らが大首領にもお越しいただいた! 大首領、開催前に一言どうぞ!」


 いきなり指名されてしまったが、何をやるかも知らないのにどう話せと言うのだ。


「大首領、盛り下げるような事を言わないでくれ。ほら、ちゃんとマイクを使ってソレっぽい事をソレっぽく話したまえ」


 室内の全戦闘員の視線が私に注がれる。その表情はマスクのせいで見えないが、なにやら期待されているというのだけはビンビンと伝わってきた。ここまで期待されてしまうと断るのも申し訳ない気持ちになってくる。

 致し方あるまい。ドクターの言ってる事から察するに、変身装置のお披露目会みたいだし、ソレっぽい事を言ってみるか。

 私は椅子から立ち上がると、テーブルに置かれたマイクを手に取った。


「まぁ、その、なんだ。本日無事に我が悪の秘密結社の科学技術の粋を集めた変身装置が完成した。非常に喜ばしい事であり、これからの征服活動の大きな力となるだろう。舞台上の三名並びに戦闘員の皆にはこれからも一段とがんばっていただきたい。以上だ」

『悪の秘密結社ばんざーい!』

『大首領様ばんざーい!』


 私のスピーチに戦闘員は拍手喝采で歓声をあげる。


「ありがとう、大首領! さぁ、美少女を前に前口上は不要! さっそく行ってみよう! エントリーナンバー一番! 溢れる元気がチャームポイント! 園田 雨~~~~!」


 ステージ横に控えていた戦闘員に促され、雨がステージの中央に進む。


「うわ~、すごい熱気なのだ~」


 やんややんやと騒ぎ立てる戦闘員達に、雨も驚いているようだ。

 そんな雨にドクターが変身装置とメモ紙のような物を手渡す。先ほどのブローチではなく太目のサインペンに星型のブローチを付けたような形をしていて、照明の光を反射してキラキラと輝いていた。雨は受け取った変身装置を小さく振ったり照明にかざしたりと物珍しげに眺めている。


「変身プロセスは音声認識で起動するようになっている。声紋認識するようになっているから他人に使われる心配もないし、ボタンの押し間違いによる誤作動もない。今回は舞台上の三名の声紋とキーワードをあらかじめ登録してある。そのメモに書かれたキーワードを読み上げてくれるだけで起動するぞ」


 手渡されたメモに目を通すと、雨が首を傾げた。


「ねぇ、本当にこれ言わなくちゃいけないの?」

「なんだ、不満なのか?」

「不満ってわけじゃないんだけど、ちょっとドクターのセンスを疑っちゃう感じではあるのだ」

「この際私のセンスは関係ないだろう。ちゃんと書いてある通りの変身ポーズを取りながらきっちりキーワードを読み上げるんだぞ?」


 雨が露骨に嫌そうな顔をしている。どうやらメモに書かれているポーズとキーワードは雨にとってはかなり嫌なものらしい。


「では、気を取り直して。変身前に今の心境をどうぞ!」


 場を盛り上げる為か、露骨に声色を明るい口調に変えるドクター。


「これ目に見えないバトルスーツなんだよね? 見た目が変わらないのになんで皆こんなに熱気むんむんなのかな? やっぱあれかな、雨ちゃんがかわいいから?」

「それは半分正解で残りの半分は変身してのお楽しみだ。さぁ~、行ってみましょう! お願いしま~す!」

「まぁ、いっか。じゃあ行くのだ!」


 雨は渡されたペン型の変身装置を指先で器用に一回転させ胸元に構えると、頭上に掲げキーワードを叫んだ。


「ダークスターライトエナジー・セットアップなのだぁ!」


 瞬間、雨の体が閃光に包まれる。変身装置から星型の光の帯が飛び出し、雨の腕に、足に、腰に、胸を包み込んでいく。帯はどんどん厚さを増し、その姿はまるで光の帯に包まれた繭のようだ。

 だが、ちょっと待てよ。なんか雨の体の線が透けて見えてないか? 閃光が強いのではっきりとは見えないが、繭の内側から透けて見えるシルエットは服を着ているというよりはどちらかというと裸のような感じだ。

 まるでどこぞの変身アニメのヒロインの変身シーンのような光景がステー上で繰り広げられていた。

 やがて体に巻きついていた光の繭がはじけ、周囲に光の粒子を撒き散らし閃光が収まった。

 

『…………』


 場を静寂が支配する。

 場内が静まり返っているので、変身した当人である雨が「ん?ん?」と不思議な顔をしている。やがて場内の視線が自分の体に集中している事に気付いたのか、彼女は自分の体に視線を移し、驚愕の表情を浮かべた。


「えぇぇぇぇぇぇ、この格好はなんなのだ~!?」

「すばらしい! さすが私!」

「な、な、なんで服装まで変わっちゃったのだ!? 透明なバトルスーツって話じゃなかったの!?」


 ドクターは腰を落としてガッツポーズ。対する雨は驚きのあまりツインテールが逆立っている。

 変身した雨の格好。それはどこぞのアイドルグループも真っ青のなんともひらひらな衣装だった。見た目は赤色のブレザーのような服装で、上着はベストになっていてインナーには肩口の膨らんだYシャツを着用している。ベストには金色のラインが入っており、首元には変身装置についていた飾りと同じ模様のブローチがついていた。しかも驚くべき事に、彼女の茶色掛かった黒髪は薄紫のような色へ変色してしまっている。いつものセーラー服姿だった雨が、一瞬で違う衣装に変わってしまっていた。

 ドクターの説明では変身装置は透明なバリアーのようなバトルスーツという話だった。これは一体どういう事なんだ?


「生体波長を具現化する装置だと言っただろう。その衣装は生体波長を意図的な形状に硬質化させ、さらに目に見えるようにしたものだ。しかもそこらのバトルスーツ以上の耐久性も誇っているのだぞ。どうだ、すごいだろ! 世界初の超技術だ!」


 理屈は分からんがあの変身装置を使うとあんな格好に強制的に着替えさせられるらしい。見た感じは普通の服のようにも見えるのだが、あれが生体波長でできているのか。にわかに信じられん現象だ。


「こんな短いスカートで動き回ったら中身が見えちゃうのだ~!」


 普段から制服のスカートを短めにはいている雨ではあるが、今のスカートはそれよりも更に短い。あれではちょっと走っただけで中身が見えてしまうぞ。


「安心しろ、すこし不思議テクノロジー、略してSF技術のおかげで、鉄壁スカートだ。どんな状態になろうとひるがえらんし、他人の視線を機械が的確に察知してパンツが見えないように自動的に隠すようになっている。どんな下着を着けようと見られる心配はないから安心したまえ」

「うぅ~ん、動きやすいからいいんだけど、せめてスパッツとかにして欲しかったのだ」

「まぁ、その辺は後々改良してやろう」


 雨がスカートの裾を摘みながら困った顔をしている。いきなりアイドルのような服を着せられたとあれば、さすがの雨でも困るのだろう。


「ねぇ、大首領様。雨ちゃん似合ってる?」


 視線をこちらに向け雨が問いかけてくる。

 うぅーむ、たしかにちょっと独創的な格好ではあるが、似合っていない訳ではない。元々素材は良い娘である。アイドルのような格好をしたとしても別になんの違和感もない。赤色と少々派手な色ではあるが、活発的な雨には良く似合っているとも思うのだ。


「う、うむ、正直言ってしまうと似合ってると思う。その格好であれば今すぐにでもアイドルデビューできるんじゃないのか?」


 見たまんまの感想をそのまま伝える。そんな私の回答ではあったが雨はそれで満足できたのか、うんうんと頷くと笑顔になった。


「そっか、ならいっか~」


 そう言って彼女は「スーパー雨ちゃん爆誕なのだっ!」とヒーローっぽいポーズを取った。そんな彼女に戦闘員は拍手喝采雨あられ。照れくさそうに頭を掻きながらはにかむと、雨はそのまま自分の元いた場所に戻っていった。


「さすが大首領、とんだスケコマシだな! じゃあ、どんどん行ってみましょ~! エントリーナンバー二番! 風そよぐ癒し系! 園田 雪~~~~!」

「え、私もですか?」


 雨と同じように控えの戦闘員に導かれて雪が前に出てくる。彼女に手渡されたのはスマートフォンのような形をした機械だった。


「雨が成功したのだから私はしなくてもよろしいのでは?」

「のんのん。その機械は個人の声紋に合わせて調整がされているのだ。だから君の機械がきちんと動作するかは君がテストするしかない。ささ、恥ずかしがらずズバッと変身したまえ!」


 手渡されたメモを開き、雪がため息をつく。どうやらこちらも雨の時と同レベルの内容が書かれているらしい。


「はぁ……しょうがありませんわね」


 彼女はメモを折りたたんでブレザーの胸ポケットにしまうと、スマートフォンを胸元に構えた。


「では、参ります」


 胸元に構えたまま親指でスマートフォンの画面を器用にタップする。


『スタンド バイ レディ』


 スマートフォンから電子的な女性の声が聞こえてくる。どうやら暗証番号か何かを打ち込んでいたようだ。雪はそのままスマートフォンを真上に放り投げると、手を上空にかざした姿のままキーワードを叫んだ。


「瞬装、ですわ!」


 瞬間、宙空のスマートフォンが発光し光の弾に変化、加速しながら雪の体にぶち当たる。直後、彼女の体は光の柱となり、風と光の粒子を巻き上げながらステージ上を閃光で包み込む。光の柱はあまりのまぶしさに目を開けてみているのが辛くなるレベルだ。やがて、足元から巻き上がるように光の柱が胡散霧消する。後には雨と同様に髪色が変わり衣服が変わった雪が立っていた。

 雨の件で雪も分かっているのか、変身直後に自分の衣服を確認している。その服装はまるで大正時代のハイカラ娘のような格好だった。

 桜色の白衣と小豆色の袴を身に纏い、袴と同色の紐でたすき掛けをしている。腰元にはぼたんの花のような飾りがついており、中央部分が液晶画面のような部品になっているようで緑色の光を発光していた。髪の毛は雨と同じく薄紫色に変化しており、左耳の上辺りにかんざしの様なアクセサリーがついている。

 先ほどのように突拍子もない格好という訳ではないが、いつものブレザー姿から比べるとずいぶん和風なイメージに変わってしまっていた。


「思っていたよりはマトモですけど……」


 どうやら雪も雨と似たような格好をさせられると思っていたのだろう。感想は私と似たようなものだったようだ。


「スパシーボ! いいぞ、私!」


 両腕を天に突き上げ、ゴールを決めたサッカー選手みたいなガッツポーズを取るドクター。


「この衣装のデザインはドクターがされたのですか?」

「最終選考と調整は私だが、基本デザインは戦闘員達から一般公募した。つまりその衣装デザインは皆の総意だという事だな」

「困った方々ばかりですわね」


 ジト目で会場を見回す雪。その雪の視線に苦笑しながら頭を下げる戦闘員達が何人か見て取れた。どうやら彼女の衣装案を出した戦闘員のようだ。


「大首領様、いかがでしょうか?」


 雪が私に感想を求めてくる。

 訓練時や戦闘時は弓道の袴姿に着替える事も多い事から、特に違和感というものを感じない。だが白と紺の道着姿ではなく、全体的に桜色となった今はいつもの凛々しさよりも華やかさや女性らしい柔らかさが強調されているような気がした。元々大和撫子のような外見の雪である。このような和物の服装は抜群に似合っているといっていい。


「戦闘員達には困ったものだが、非常に似合っているとも思うのだ。お前の持つ清楚さが一段と際立って見えるぞ」

「あら、そうなのですか? 大首領様がそうおっしゃるのであれば、これでよしといたしましょう」


 私の感想で満足したのか、彼女は柔らかく微笑むと自分の元いた場所に戻っていった。鮮やかな格好に変わったからかは分からんが、柔らかく微笑んだ仕草がいつもの三倍増しで優雅に見えた。


「くっそー、大首領はモテモテだなーっ! ではラストはこの人! エントリーナンバー三番! ツルペタは文化遺産だ! アリス~~~~!」

「誰がツルペタですか」


 微妙に眉をしかめながらアリスが前に出てくる。ドクターの物言いに大変ご不満のようだ。


「君の衣装案が一番多かったぞ。戦闘員の人気ナンバーワンとも言えるな。どうだ、今の心境を一言どうぞ」


 そう言われてアリスは場内の戦闘員達を無表情で見渡す。


「皆さんどうもありがとうござます。ですが、私はマスターに身も心も捧げたマスターの所有物ですから。申し訳ありません」


 アリスはそう言うと、無表情のまま小さく頭を下げた。

 彼女の発言を受けてがっくりと肩を落とす戦闘員達が何名も現れた。ある者は咽び泣き、ある者は互いの肩を叩きあい慰め合う。まるで長年追いかけてきたアイドルの結婚宣言を聞いた追っかけのファンのようだ。

 子供の言っている事なのだから、いちいちそんなに過剰な反応をしなくてもよいとは思うのだがなぁ。


「おぉ~、これは大首領にぞっこん発言だぁ! 分かっていたけど、これは悲しい! ほら、お前ら泣くんじゃない! 明日があるさ、ジョージアで! さぁ、それじゃアリス君にも行ってもらいましょう!」


 ドクターがアリスに変身装置を手渡す。どうやら講習会の時に見せてくれた星型のペンダントがアリスの変身装置のようだ。受け取った変身装置をまじまじと見つめた後、アリスが私の方へ振り向いた。


「マスター」


 表情こそあまり変えていないが、なにやらアリスの目が真剣だ。なんだろう、何か言いたそうにも見えるが。


「どうした? もし嫌なら断ってもいいんだぞ? 別に皆の前で変身しなくともテストぐらい後でいくらでもできるからな」


 そうだ。別に衆人観衆の前でテストをする必要がない。元々この手の騒ぎには消極的なアリスだ。いつもの表情をしているが、もしかしたら内心では嫌々やっているのかもしれない。


「いいえ。えっと、その……ちゃんと見ていてくださいね」


 私の方を向いてはいるが、雨と雪を横目でちらちらと見ている。


「へ?」


 アリスの言った意味が分からず、思わず間抜けな返事をしてしまう。

 彼女はそれだけ言うと、何事も無かったかのように前を向き、メモを一読した後、それをスカートのポケットにしまい込んだ。


「では行きます」


 ペンダントを真上に放り投げると、ペンダントが閃光に包まれ星型の飾りのついたステッキに変化して落ちてくる。彼女はそれを右手でキャッチすると、頭の上に振りかざし小さく輪を描いた。ステッキの先端から光の粒子が流れ、彼女の頭上に光の輪が作り上げられる。


「マジカル・ミラクル・ウィッチーズ」


 抑揚のない声でアリスがキーワードを唱える。すると頭上の光の輪が大きくなり、足元にも同様の光の輪が発生する。それがゆっくりと頭上に向かって上がっていくと、光の輪が通り過ぎた所から彼女の服装が変わっていった。いつも履いているパンプスは編み上げのブーツに変わり、スカートはふんわりと大きく広がったレース付きのものへと変化。エプロンもシルクのような質感の柔らかいものに変化し、腰には大きなリボンが現れる。

 足元から上がった光の輪は頭上の光の輪と合体すると野球ボール大の光の弾に変化しアリスの胸元に吸い込まれ、弾け飛ぶ。光が収まった後、ブローチと同じ模様をした金色のブローチが胸元に装着されていた。

 アリスの衣装は普段着ているエプロンドレスが更にお嬢様風に豪華になったものだった。全体的にふんわり感が増しており、あちらこちらにシルクのような素材で出来たレースが追加されている。いつもは素朴な町娘といった感じだが、今の格好は一昔前の良いところのお嬢様だ。いつもと同じような服装でも、少し変わるだけでこんなにも印象が変わるものなのだな。


『キタコレぇ~~~~~~~~!』


 変身を終えたアリスに戦闘員達は訓練場が崩壊するんじゃないかと思われるレベルの歓声をあげる。当人であるアリスは自分の服装を無表情で見つめた後、私の方へ振り向き、こう言った。


「マスター、似合いますか?」

「おーっといきなり大首領にコメントを求めた~! 先ほど大首領が雨君と雪君を褒めた事がおもしろくなかったのか、それとも自分も負けじとアピールしているのか! さすがアリス君、やる事がストレートだ!」


 ドクターが無責任にマイクで吼えまくる。

 私に問いかけたアリスの目は真剣だ。よくよく見てみれば、頬が少し赤いような気もする。なんだろう、照れているのだろうか? 前の方で重ねた両手の指をもじもじと動かし、私の言葉を待っている。


「ん、あぁ、その、なんだ」


 そんな態度を取られてしまうとなんと言っていいものか困ってしまうな。


「とてもよく、似合っていると思うぞ。いつも愛くるしい娘だと思ってはいるが、今日のお前は特に可愛らしい。うん、悪くない」


 私の口から出てきたのはそんな平凡な言葉だった。それでもアリス的には満足だったのだろう。柔らかく微笑むと「ありがとうございます」と言って一礼した。顔をあげた時にはいつもの表情に戻ってはいたが、照れが残っているのか頬がほんのり桜色のままだった。

 

「ドクター、良い仕事でした。ご苦労様です」

「はははは、気に入ってもらえてなによりだ」

「しかし、衣装の形はともかくとして、本当に防護服としての役割を担っているのですか?」

「先ほど説明しただろう。素肌の部分も見えないバリアーで覆われている。試しにそこの鉄柱にパンチしてみろ」


 ドクターがそう言うと控えにいた戦闘員が大人の身長ほどもある鉄柱をステージ上に持ってくる。アリスのパンチは子供の見た目とは裏腹に成人男性並の威力があるが、それでもあの鉄柱をどうにかできる程の威力はない。


「それでは、えい」


 アリスは鉄柱の前に行くと、予備動作無しで正拳突きを放つ。彼女の拳が鉄柱に当たった瞬間、まるで巨大な鐘でも打ち叩いたかのような音が響き渡る。


「すっごーい! 鉄柱が曲がっちゃったのだ!」


 驚くべき事に真っ直ぐだった鉄柱がくの字に折れ曲がっていた。殴ったアリスもこれには驚いたのか、突きを放った姿勢のまま目を見開いている。


「……驚きました。普通に叩いたつもりなのに、威力が段違いです。しかもまったく痛みがありません」

「どうだ、すごいだろ? 素肌部分も強化されているが布地の部分は特に強固になっているぞ。透明なバリアーの上に更に鎧を着ているイメージだな」

「じゃあ、全体的な防御力は雪ちゃんが一番ありそうだね」


 たしかに雨の言うとおり三人の中で雪の服装が一番布面積が多い。


「デザインは何も本人に似合うかどうかだけで決めた訳ではない。雪君は基本アウトレンジタイプだろ? であるならばどんな攻撃にも押し負けない強固な防御力が求められるはずだ。逆に雨君はインファイトタイプだ。防御力よりも俊敏性が必要になるのだから、布地の面積は当然雪君よりは少なくなる。アリス君はどういう戦闘をするかは分からないが、どちらでも対応できるように中間の形状にしてあるぞ」


 なるほど。たしかにドクターの言うとおり、雨は近接、雪は遠距離だ。近距離で動き回る雨であれば雪のように足元まで覆う服装よりも、ミニスカートのような動きやすい服装の方が合っているだろう。ちゃんと考えてあってのことなのだな。


「ドクター、質問があります」

「なんだね、アリス君」

「意図的な形状にする事ができると言っていましたが、それはどんな姿形でも問題がないのですか?」

「一応理論上はそうなっている。そうは言っても生体波長の覆っている範囲は決まっている訳だし、限界はあるがな。例えば全身を覆う宇宙服のような格好にはできるが、背中に巨大な翼の生えた飛行機人間みたいなものは無理だ。これは背中を覆っている生体波長の総量が翼のサイズを作るのに足りない為だ」

「なるほど。つまり生体波長の総量の範囲内であればどのような衣服でも作れる、と。そういう事ですね」

「理論上は……だがな」


 何か得心がいったのかアリスが顎に手を当てて考え込む。


「まぁ、そんな小難しい話は後にしよう。後日、実際のデータ採取に協力はしてはもらうのだが、ひとまず今日はこれだぁっ!」


 ドクターが勢い良く手を上に振りかざすと、その動きに合わせて戦闘員が看板の下に取り付けられていた紐を引っ張る。すると看板の表面が剥がれ、下から新たな文字が現れた。


「第一回、変身美少女と握手会~~~~~!」

『YEAH~~~~~~~~~~~~!!!』


 肩の力ががっくりと抜ける。なんだその頭の悪いイベント名は。


「お前ら美少女と握手したいか~!」

『おぉぉぉぉぉーっ!』

「写真を撮りたいか~!」

『おぉぉぉぉぉーっ!』

「よーし、お前ら最高だっ! いくぞー!」

『おぉぉぉぉぉーっ!』


 会場の熱気は益々ヒートアップ。戦闘員達の歓声は既に雄たけびと言って良いレベルで、室温が上がったのではないかと錯覚するほど場内は熱気に包まれていた。そんな戦闘員達をドクターがあれこれとスピーチで焚き付けるのだから、なおさら始末に終えない。彼らの異常な興奮に舞台上の三人は困り顔だ。


「雪ちゃん、どうする?」

「どうしましょうか?」

「雨ちゃんは握手ぐらいならいいのだ。戦闘員さん達とは仲良くするべきだし!」

「そうですわね。では私も握手ぐらいなら」

「マスター、私はどうしましょうか?」

「うぅ~む、これでお前が拒否したら暴動が起きるだろうな。アリス、握手だけでいいからしてやりなさい」

「かしこまりました」


 舞台袖に控えていた戦闘員がステージの前にテーブルを持ってくるとテキパキと握手会の準備を始める。舞台上の三人はドクターに指示を受けると、それぞれの机の前に移動した。


「それじゃ列整理始めるぞーっ! 握手は一人一回ずつだからなっ!」


 ドクターの指示で戦闘員が雨の前に殺到する。どうやら雨、雪、アリスの順番でそれぞれ握手を行うようだ。


「こら、十一号、順番は守れ! 四十二号と三十九号、気持ちは分かるが携帯で写真を撮るのはやめろ! それは被写体に対しての冒涜だ!! 取るならこの一眼レフを使え!」


 いつの間にか取り出したプロ顔負けの豪華なカメラを振り上げドクターが熱弁を振るう。

 三人は自分達の前にやって来た戦闘員達に向かって笑顔で握手を行う。照れる者、喜び叫ぶ者、感激に咽び泣く者。戦闘員達の反応は様々だが、皆一様に喜んでいるようだった。普段あまり気にして見てはいなかったが、どうやら三人は戦闘員達からかなりの人気を集めているようだな。

 戦闘や訓練等、肉体を酷使する体育会系的なところがあるうちの組織だが、そんな中で三人の存在は野球部のマネージャー的な存在になっていたのだろう。よくよく思い返してみれば、「アリスちゃんってかわいいっすねー」と戦闘員の誰かに言われたのを思い出す。三人ともそれぞれ魅力的なところはある訳だし、戦闘員達から人気を得ていたとしてもおかしくはない。

 ただ、まぁ、年端もいかない娘達である。うちの組織に属したからといって変な方向へ進めるわけにもいかない。特に雨と雪は親御さんから預かっている大切な娘さんだ。今のところ戦闘員達は握手だけで満足しているようだが、どんな不埒な事を考える輩が現れるかも分からん。その辺は私がしっかりと目を光らせておかねばならんな。

 ……そういえば風美があの場にいないな。あの子もあれで結構容姿は整っている。ドクターが変身装置の被験者に三人を選んでいるのに、同じ女性である風美を選ばないというのは変な話だ。


「いえ、私は事前に声をかけて頂いていたんですが、お断りしました」


 事務作業をやっている風美は普段からドクターや戦闘員達のフォローを行っている。その業務の中で事前に今日のステージの話を知ったらしい。バレては仕方がないとドクターは風美にも変身してくれるように頼んだそうなのだが、恥ずかしいし自分のガラではないという理由で彼女は断ったそうだ。

 まぁ、対人関係に臆病な風美の性格であればそうなるだろうな。


「それに私は体を動かすのが苦手ですから。いくら変身して強くなったとしても戦闘でお役に立てるとは思えません」


 たしかに彼女が蝶のように舞い蜂のように刺すといった動きができるとは思えない。普段から何も無いところでコケている風美である。戦闘に不向きなのは周知の事実だ。


「私の仕事は皆さんを影ながら支える事ですから。だから変身はしませんが、ステージの設置を手伝ったりそういうのでがんばりました」


 ふむ、そういう心がけは立派だ。自分にできる事を考えそれを実行するのは大切な事だ。

 私が腕を組んでうんうんと感心しながら頷いていると、アリスと握手をした戦闘員の一人が私たちのテーブルの前にやってきた。彼は何かを言いたそうにもじもじと体をくねらせている。その視線は私というよりは、風美の方へ向いているようだった。


「あ、あの、大首領様。一つお願いがあるんっすけどぉ……」


 彼は腰を低くしながらおそるおそる私に尋ねてきた。


「どうした、何かあるのか?」

「い、いえ、せっかくの握手会なので、その、自分は風美ちゃんとも握手したいんっすよ……あははは」


 頭を掻きながらそんな事を照れくさそうに言ってくる。

 つい先ほどまで落ち着いた調子でよい事を言っていた風美が、両手を高速で振りながら「どうしようどうしよう」と慌てだす。他の三人が引き受けてしまっている手前、彼女だけ断るというのも感じが悪いだろうな。私は無言で首を振り、握手をしてやるように彼女を促した。

 「がーん」という音が聞こえてきそうな表情で彼女がうな垂れる。しばらくそうしていたが、やがて意を決したのか戦闘員の方へ向き直ると、困り顔のまま彼に手を差し出した。

 手を差し出された戦闘員は感激のあまり「よっしゃーっ!」と大声で叫ぶ。彼の絶叫に風美の体がびくりと振るえるが、なんとか笑顔をキープし握手をする。すると他の戦闘員達もやってきて「いいな、いいな!」と騒ぎ始めた。

 風美は私の方へ顔を向け、唇をわなわなと震わせながら無言で助けを求めてきた。だが、一人だけ握手をして他の者とはしないとなると色々と問題が出る。私は一言「諦めろ」とだけ彼女に伝えた。ここは辛抱だ。耐えてくれ、風美よ。


 そんな訳で、この日の握手会は盛大のうちに幕を閉じ、組織の士気は恐ろしいほどの向上を見せた。

 訓練場を出て行く戦闘員達の表情はどこぞのアイドルの握手会から出てきたかのように興奮に満ち溢れたもので、仲間同士「あれがよかった」「これがよかった」と楽しそうに話をしているのが目に入った。


 士気を上げると考えると、褒章を与えたり言葉で鼓舞したりといった事を思いつくのだが、こういうやり方もあるのだな。ドクターのやり方には一言物申したくはあるが、これはこれで勉強にはなった。

 まぁ、犠牲者は一人いたんだがな。握手会を終えた後、どこぞのボクサーのように真っ白な灰になって燃え尽きていた風美の姿は痛ましいものだった。

 申し訳ない、風美。組織の士気向上の為の犠牲になってくれ。




 さて講習会と言う名の握手会が終わって一週間後、九月も半ばを過ぎ、今年は残暑が厳しいなと思い始めた矢先の事だ。

 アジト内では不可思議な噂が流れていた。


「……幽霊?」

「うさんくさそうな顔をしてこっちを見ないで欲しいのだ。戦闘員の人達が夜中に見たって言っていたのだ。本当なのだ」


 その噂を聞いたのは雨からだった。

 なんでもここ最近、深夜になるとアジト内を幽霊が徘徊していると言うのだ。二メートルを越える巨体であるその幽霊は、深夜十二時を過ぎるとアジト内のいたるところを徘徊し、夜遅くまで起きていた戦闘員達の何人かに目撃されているという。ある者は「巨大なプロレスラーの亡霊」と言い、ある者は「動物の顔をしたお化け」と言っているそうだ。

 この科学万能のご時勢に幽霊というのはいくらなんでもナンセンスだ。どうせ光の加減で巨大に見えた消火器の影とかそんなオチだろう。真に受ける雨も雨だと思う。


「大首領様は幽霊とか信じない人なの?」

「私は基本的に目に見えて触れるものしか信じない口だ。存在がはっきり証明されていないものに対して、どうしてそこまで興味を持てるのか、私には不思議でならんぞ?」

「女の子は形のないものに夢とロマンを感じるものなのだ」


 どこでそういう言い方を覚えて来るんだか……。

 雨は幽霊の正体をぜひ暴いて欲しいと私に懇願してくるが、夜の十二時といえばいつもは寝ている時間である訳だし、いないと分かっているものに対して労力を使うのもばかばかしいと思ってしまう。

 私は幽霊なんて気のせいだと雨を諭すが、彼女は私の話を一向に聞きいれようとはしなかった。どうやら感覚派である彼女には精神論で諭そうとしても無駄な用である。であるならば、科学的に理屈立てて説明してやる必要があるな。説明と言えばアリスの出番だ。

 そう思って我が組織のご意見番であるアリス姿を探すのだが、どうやら今は司令室にいないようであった。ここ最近は司令室で調べものをするのがアリスの日課になっていたはずだが、どこに行ったのだろうか?


「アリスちゃんならドクターのところにいるのだ」


 雨が言うには例の講習会の後、アリスはドクターのいる研究室へ頻繁に出入りしているそうだ。何の用事があるかまでは分からないそうだが、後日変身装置の効果測定をするとドクターが言っていたから、たぶんその辺りの用事だろう。


「ねぇねぇ、大首領様。幽霊探ししようよ~」

「したければお前一人ですればいいだろ。私は夜更かしすると次の日に響くのだ。遠慮させてもらう」

「女の子を一人で夜中にうろつかせるなんて、大首領様は鬼畜なのだ」

「その言い方はやめろ。アジト内なんだから特に危険がある訳でもないし、お前一人でも問題はないはずだ。なんなら雪辺りと行ってこい」

「雪ちゃんは寝つきが良すぎで、一度寝たらなかなか起きないのだ」

「じゃあやっぱり一人で行くしかないだろう。私は行かんぞ」


 私が断固拒否すると雨が唇を尖らし不満オーラーを全開にする。


「ぶーぶー、雨ちゃんはがっかりなのだ。そういう事を言うのならこれから出撃のたびに、大首領様はロリペドフィンだって皆に言いふらすからいいもーんだ」


 ……お前、どこでそんな脅し文句を覚えてくるんだ?


「ドクターが教えてくれたのだ。意味はよく分からなかったけど、こう言えば大首領様が大抵の事は聞いてくれるってさ」


 あの男は本当にロクな事を教えないなっ! そんな事を言いまわられてしまっては、私が社会的に抹殺されてしまうぞ。まったくある事無い事雨に吹き込みおってからに! 

 私は心の中で次にドクターにあったら牛殺しの餌食にしてやろうと心に硬く誓った。



 そんな訳でその日の夜中。時刻はまもなく深夜の零時になろうかという時間に、私は雨を連れてアジト内を徘徊する目にあっていた。雨の脅しはどこまでも本気で、出撃のたびに本当に言いまわされそうな雰囲気であり、そうなってしまうと私に拒否権はなかった。

 

「幽霊幽霊出ておいで~」


 鼻歌なんかを歌いながら雨は楽しそうに私の後ろをついてくるが、私は眠たくて眠たくて仕方がない。私と雨のテンションには天と地ほどの差があった。


 アジト内の通路は照明が落とされており、誘導灯の緑色の光によってうっすらと緑色に照らし出されている。暗く静まり返った通路内はひどく不気味で、時折り換気の為の空調の音が聞こえるが、それ以外は私と雨の足音ぐらいしか聞こえない。

 季節はもうすぐ秋になろうかというのに、まさか時期はずれの肝試しみたいな事をやらされる事になるとは。みょうちくりんなシチュエーションにため息とあくびしか出てこない。

 

 私達は司令室を出発地点とし、途中にある食堂や訓練場、倉庫や資料室などを覗きながら、アジト内を時計回りで進んだ。さすがに宿舎の個人部屋には入らなかったが、それ以外の主だった部屋は全て覗いた。だが一向に幽霊らしきものは見当たらないし、怪しいそうなものすらも見つからない。

 既に歩き始めて二十分が経過している。やっぱり戦闘員が寝ぼけて見間違えただけだろう。


「そうかもしれないけど、一応最後まで確認しようよ」


 眠くなってきたのでそろそろ切り上げたいと提案すると、それでもアジト内は一周するべきだと雨が反対してきた。まぁ、残っているのはこの先の研究室と開発室ぐらいだし、二部屋ぐらいなら覗いたとしてもたいした時間もかからないだろう。こうなったら最後まで雨に付き合うとするか。


 暗がりの中、目の前にL字の曲がり角が見えてきた。あそこを曲がったらたしか研究室だったな。そのまま進みL字の通路を曲がろうとした時、通路の先から変な音が聞こえてきた。ドシャリと何か重い物が地面に落ちたような音だった。

 私達は足を止め互いに相手の顔を見合う。雨が無言でうんうんと頷いている。どうやら彼女も聞こえたようだ。

 再度ズシャンと音がする。音は通路の奥の方から断続的に聞こえてきており、それが段々と大きくなってきている。どうやら何かが近づいてきているようだった。

 一体何が近づいてきているのだろうか。私は確認しようと曲がり角の先へ出ようと足を進めたのだが、その動きがマントを引っ張られた事に停止させられてしまった。

 後ろを振り返ると雨が私のマントを力いっぱい握り締めて首を激しく左右に振っているのが見える。顔を引きつらせガタガタと震えている彼女は、ひどく怯えているように見えた。

 あ、もしかしてこいつ、本当は……。


「……お前、幽霊が怖いのに見たいって言ったのか?」

「そ、そ、そんな事はないのだ! ただちょっとびっくりしているっていうか……そ、そうなのだ、不用意に飛び出したら危ないと思ったから止めたのだ!」


 青白い顔のまま言い訳されてもバレバレだ。雨は幽霊が苦手で確定だな。


「不用意も何もちょっと確認するだけだぞ?」

「だめなのだ! 幽霊に食べられちゃうのだ!」


 この子はバカな事を言う。幽霊なんているわけないだろう。どうせ体格の良い戦闘員の誰かが廊下を歩いているだけだ。私はそう考えて前に進もうとするのだが、雨がマントを一向に離してくれない。グイグイと引っ張られ続け、体が後ろに仰け反りそうになる。


「いい加減にマントを離せ。これじゃあ進めないだろうが」

「だ、だ、ダメなのだ! 大首領様は雨ちゃんを守るガムがあるのだ! 勝手に一人だけ先に進む事は許されないのだ!」


 それを言うならガムじゃなくて義務だろうが。


 私達が問答をしている間も足音は歩みを進め、曲がり角の手前までやってくる。その時、通路の先に得たいの知れない巨大な影がぬっと現れた。


「~~~~~~~っ!?」


 雨が言葉にならない悲鳴を上げると、私のマントの中に潜り込んだ。

 通路の壁に映った影は人間の形はしていたが、頭部や肩が不自然に盛り上がっており、まるで被り物をした人間のようであった。影はしばらく通路の前で立ち止まっていたが、ズシャンと足音を響かせると、すっと消えてしまった。

 

「や、や、や、やっぱり幽霊がいたのだ!」


 雨がマントから顔だけを出し、今にも泣きそうな表情で騒ぎ出す。たしかに今の影は人間の姿にしては不自然な形をしていた。だが、光の加減で影の形なんていかようにも変化する。そもそも怖い怖いと思っているから、なんでも恐ろしく見えるのだ。

 私は雨を振り切り、静かに通路の先を覗き込む。曲がり角の先には静まり返った通路があるだけで、怪しい人物など影も形も見当たらない。


「……何もいないぞ?」

「でもでも、さっき人間じゃない影がぬらっと出てきたのだ! きっと幽霊だから消えちゃったのだ!」

「たしかに私も影は見たが、あれを幽霊だと断定するのはちょっとなぁ……」


 私達が問答を繰り返していると、研究室のドアがスライドした。


「うるさいぞ、今何時だと思ってるんだ」


 研究室から出てきたドクターが不機嫌そうな目で私たちの事を睨む。


「ドクター、今ここに幽霊がいたのだ! 雨ちゃんは見ちゃったのだ!」

「はぁ、幽霊? そんなものがいるわけないだろうが」

「でも大首領様だって見たのだ! 本当なのだ!」

「見たのは影だけだろうが……」


 雨は今の影の件から始まりアジト内に現れる幽霊の話をドクターに説明するが、彼はその話を一向に信じようとはしない。そりゃそうだ、幽霊を見ましたなんて言われても普通は信じないぞ。

 だが、ドクター的には何か心当たりがあったのだろうか。幽霊は否定しつつも、何かを考えるような素振りを見せている。


「……そうか注意していたつもりだったが、見られてしまっていたか」

「ドクター、何か心当たりがあるのか?」

「うん、まぁな。本当はもう少し調整をかけてからお披露目しようと思っていたのだが、君達以外にも戦闘員達の何人かに見られてしまっているのでは、これ以上隠しておく必要もないだろうな。まぁ、とりあえず入ってくれ」


 そう言ってドクターは私達を研究室に招きいれた。研究室は雑然としており、よく分からない機械やよく分からない道具が部屋一面に転がっていた。その部屋のコンピュータの前によく見知った顔を見つけた。


「……アリス?」

「マスターじゃありませんか。どうしたんですか、こんな時間に」

「それは私の質問だ。なんでこんな時間にお前がここにいるんだ」

「私はドクターに依頼していた研究の成果を確認しにきていただけです。マスターこそどうしてここへ?」

「話すと非常にばからしい事ではあるのだがな……」


 私はドクターとアリスに雨が戦闘員達から幽霊を見たと言う話を聞いて、それの確認の為にアジト内を見回っていた事を伝えた。ドクターとアリスはどこか呆れた感じでその話を聞いていた。

 頼むからそんな顔で私を見ないでくれ。私だっていないと思っている派なんだ。


「アリス君、どうやら二人はアレの姿を見てしまったらしい。秘密裏に進めてはきたが、ある程度形にもなっている事だし、二人に教えてあげたらどうかね?」

「……そうですか。致し方ありませんね」


 そう言ってアリスは部屋の隅に置かれていた円筒状の巨大なケースの前に歩いていった。それは人一人が入れそうな巨大な筒で、前にアリスが眠っていたガラスケースに良く似ていた。

 彼女は筒の前に移動すると、横にある機械を操作する。すると、筒の表面部分が下から上にスライドし始め、白い煙が外に溢れてきた。やがてその煙の中から、ギシリと音がしたかと思うと成人男性よりも一回り太い足が出てきた。ズシャンと重い足音が響き渡る。どうやら中に誰か入っているようだ。次いで中から手が出てきて筒の両端を掴むと、その巨体が筒の中から這い出してくる。その姿を見て私は絶句した。


 だってそうだろう。中から出てきた人物は人間ではないのだから。


「な、な、な……っ!?」


 驚きのあまり声が出ない。

 巨大な筒から出てきた人物、それはまさしく怪人だった。

 頭部はなんと虎の顔になっていて、口元からは白い牙が覗き、目は赤く爛々と光っている。体はプロレスラー顔負けのがっしりとしたもので、全身毛むくじゃら。黒と黄色のストライプ模様の虎柄で、空調に煽られて毛がふわりふわりと揺れている。腰には金属製のベルトを装着しており、バックルの意匠は私達の組織のマークだ。足元は黒い皮製のブーツを履いているようで、彼が一歩歩くたびにズシャリズシャリと重量感のある音が鳴っている。

 例えるなら、そう、こいつは虎男だ。まさか、アリスの依頼した仕事と言うのは怪人製作だったのか!?


「お、お前達……まさか人体改造をしていたのか!?」


 驚きのあまり声が荒立ってしまう。私が一番やって欲しくなかった人体改造をやってしまったのか!?


「はぁ? 何を言っているんだ、大首領」


 ドクターは極めて冷静だ。呆れた表情をしながら首を傾げている。


「私達は人体改造などしていません」

「だが、ここにこうやって怪人がいるではないか! ではこの怪人はどうやって作ったというのだ! まさかキグルミとでも言うのではあるまいな!?」


 虎男の口からは白い息が漏れ、体の筋肉は呼吸にあわせ鳴動している。キグルミにはこんな生きているかのような動きはできない。キグルミではないなら、これは人体改造をして作ったものしか考えられないだろう!


「あの、大首領様」


 虎男がくぐもった声で話しかけてくる。ちょっと枯れた感じではあるが、どこかで聞いた事のあるような声色だった。


「俺、別に人体改造されてないっすよ?」


 当人である虎男が人体改造を否定する。そんな事を言われてしまうとますます意味が分からない。


「ドクター、説明してくれ」

「言われなくても説明する。いいか、これは例の変身装置で変身した戦闘員三十一号だ」


 は? 変身装置で変身した姿だって?


「前にも説明したと思うが、私の変身装置はある程度の形状までであれば自由に姿形を変える事ができる。見た目は確かに怪人ではあるが、変身装置の機能を切れば元の戦闘員姿にすぐに戻るぞ」

「ほ、本当なのか?」


 私が疑いのまなざしを向けると、ドクターは虎男に変身を解除するように指示を出す。虎男は頷いた後、ベルトのバックルを上下逆さまに回転させた。するとその体が閃光に包まれ、あっという間に戦闘員姿になってしまった。どうやら本当に変身装置で変身していただけらしい。

 

「これこそがアリス君からの依頼だよ」

「マスター、説明します」


 そういうとアリスは事情を説明してくれた。

 前回の握手会の時にアリスはドクターから変身装置の衣装はある程度自由に設定できるという説明を受けた。ある程度自由に設定できるという事は、彼女達のように服という形にこだわる必要がないという事である。

 アリスは前々から悪の組織である以上、怪人の一人は欲しいと考えていた。だが怪人を作り出すには人体改造をする事が前提となり、それに関しては私が止めていた。私の指示である為、人体改造による怪人製作は諦めていたそうだが、それでもやはり彼女的に未練があったのだろう。何か別の方法はないかと模索していたようだった。

 そんな時にドクターから変身装置の説明を聞いた。これは利用できるかもしれないとドクターに相談を持ちかけたのが、今回の話の始まりなのだそうだ。

 

「変身装置により怪人に姿を変えた戦闘員は戦闘力が大幅に向上します。この為兼ねてより進めていた組織の戦闘力向上に大きく寄与すると考えました」

「だからといって、別に怪人の姿にする事もなかっただろう。もっと他にかっこよさげな奴があったんじゃないのか?」

「大首領、アリス君の気持ちも察してやれ」


 珍しくドクターが私をなだめるような言い方をする。


「聞いた話では、アリス君は生まれた時から悪の組織で育ったそうだな。彼女の周りには怪人がいるのが当たり前の生活だったのだろう。私は怪人に興味も関心もないが、彼女にとっては怪人は組織にいて当たり前のものなのだ。組織が昔と同様に復活した以上、昔と同じ光景を求めたとしても不思議ではないだろ? そもそも、なぜ彼女が君にこの事を秘密にしていたのか分からんかね?」


 それは私が怪人の製作を禁止していたからか?


「惜しい、もう一声だな。いいか? 彼女は君が怪人の製作に反対していると考えた。そこで彼女は彼女なりに考えて君の考えを無視しない範囲内でなんとかしようと私に相談を持ちかけてきた。彼女の持ってきたプランはとても現実的で実現可能な内容だった。変身装置の調整自体はすぐに終わったし、お披露目自体ならいつでも出来た。だが、今日という日まで彼女は君に言わずにいた。それはなぜか。単純に君に怒られるのが怖かったからだ」


 ドクターがいつになく真面目な顔で話している。彼の目にいつものおどけた感じはない。ドクターの横にいるアリスは目を伏せながら何かに耐えるような表情で立っている。その姿はまるで悪い事をした事が親にバレた子供のような感じだ。そこに気付いた時、私はドクターの言いたい事がはっきりと分かった気がした。

 

 なるほど、そういう事か。

 私の許可なく怪人を作ったのはいいが、それがバレるのが怖くてなかなか言い出せないでいたのだな。

 よくよく思い出してみれば、怪人に対して説明するアリスはいつものとは違った雰囲気を纏っていた。いつもよりも饒舌で熱く、それでいて楽しそうに話していたように思える。頼んでもいないのに怪人の説明を延々としていたが、今にして思えばそれが彼女なりの精一杯の私への説得だったのかもしれないな。

 アリスが私の指示を押しのけて何かをしたというのはこれが始めてだ。それほどまでにアリスにとって怪人というのは組織にとってなくてはならない存在なのだろう。

 

「……まったく、そうであるのならば素直に言えばよいものを」


 私はアリスの頭の上に右手をのせると優しく撫でた。

 手の感触に一瞬体をピクリと震わせ、恐る恐るといった感じで上目遣いに私を見上げてきた。


「マスター、その、すみませんでした」

「別に構わん。お前なりに私の事を考えてくれたのはドクターの説明でよく分かった。いい機会だから話しておくが、別に私は怪人が嫌いな訳ではない。その前提にある人体改造が許せないと考えているだけだ。だから人体改造を行わないで怪人が作れるのであれば、別に問題はないぞ」

「本当ですか?」

「あぁ、本当だ。次からは私にもちゃんと相談をしたうえで怪人を作ってくれよ」


 アリスの目が見開かれる。喜びを表現したいのだけれどどうしたらいいのか分からない。それでも嬉しい。そんな不器用なアリスの気持ちが伝わってくる表情だった。


「ありがとうございます」


 アリスは笑顔で一礼すると、怪人の前に移動した。


「改めて紹介します。悪の秘密結社 怪人第一号 キラータイガーです」

「うっす。戦闘員三十一号改めキラータイガーっす」


 三十一号は閃光を巻き上げながら虎男へ変身すると、頭をぴょこりと下げて一礼する。


「モデルはゾルバデス時代に殺戮の限りを尽くしたデストロイタイガーです。彼の俊敏な動きと強力な破壊力を再現する為、ドクターに念入りに変身装置の調整をしてもらいました。まずキラータイガーの牙ですが、厚さ2cmの鉄の板を噛み砕くだけの破壊力があります。腕の力は……」


 アリスは笑顔で虎男の説明を続ける。怪人製作を私に認められた事がよほど嬉しいらしいのか、その口調はどこか活き活きしているように思えた。私はそんなアリスの説明をうんうんと頷きながら真剣に聞いた。


「……以上でキラータイガーの説明を終わります。引き続き第二、第三の怪人を製作し組織の戦力向上に努めてまいりますのでよろしくお願いいたします」


 最後にそう言ってアリスは私に頭を下げた。


「うむ、よく分かった。今後も引き続きよろしく頼む」


 私は横目でドクターを見る。彼は苦笑しながら「まぁ、まかせておけ」と肩をすくめながら言った。


「せっかくなのでこの間の変身装置の時と同様にキラータイガーのお披露目会を開催したいと思っています。マスター、よろしいですか?」

「あぁ、それは別に構わんぞ。風美辺りに相談して段取りを組んでくれ」

「分かりました。では近日中に開催できるよう、準備を進めますね」


 彼女はそう言うと早速ドクターと段取りについて話し合い始める。ドクターはやれやれといった感じで肩を竦めていたが、スモークを炊くだの花火を打ち上げるだの様々なアイデアをアリスに話し始めた。まったく気の早い連中だ。話し合いだけなら一度寝てからでもいいだろうに。


 そこでふと思い出す。


「そういえば雨はどうした?」


 そうだ。彼女も一緒にこの部屋に入ってきたはずなのに、今は姿が見えない。どこへ行ったのだろう。


「雨さんですか? 雨さんなら廊下に倒れていますよ?」

「はぁ?」


 研究室のドアをスライドさせて廊下を覗く。廊下には仰向けになって気絶している雨が倒れていた。なんでこの子はこんな所で寝ているんだ?


「いえ、キラータイガーを見た瞬間、驚愕の表情を浮かべて飛び上がり、猛スピードでドアから出て行ったのですが、あまりにも勢いがつきすぎていた為に廊下の壁にぶつかって気絶したようです」


 よく見てみれば雨は顔面を真っ赤にしながら目を回している。どうやら本当に壁にぶつかったようだった。

 「おばけが~おばけがでたのだ~」と雨はうわ言のように繰り返す。幽霊が苦手だとは分かっていたが、まさか怪人も苦手だったとは思わなかった。普段怖いものなんて何もないといった感じの雨にしては意外だな。


 しかしこのままここに寝かせておくわけにもいかないだろう。どれ、ここは一つ、私が部屋まで運んでいってやるか。


「あ、自分が行きますよ。変身してると力が何十倍にもパワーアップしているんで、雨ちゃんぐらいなら片手で余裕っす」


 そう言うと虎男は雨を肩に担いで、のっしのっしと足音を立てながら通路の先に消えていった。


 気が抜けたら忘れていた眠気が蘇ってきた。私も部屋に帰って休むとしよう。

 二人にに声をかけて帰ろうとした時、通路の奥から「ぎにゃ~~っ!?」という謎の叫び声が聞こえてきた。あの声は雨だな。

 どうやら部屋に連れて帰られる途中に雨が目を覚ましたようだ。起きた瞬間、目の前にあんな虎顔があれば叫んだとしてもおかしくはない。

 通路の奥から雨と虎男の叫び声が聞こえてくる。それにともなってドカンバカンと何かが暴れる音が聞こえてきた。どうやら驚いて錯乱した雨が虎男相手に大立ち回りをしているようだった。

 

 私達三人は顔を見合わせて苦笑すると、事態の収拾をするべく雨と虎男の下へ向かった。


 とんだ騒動はあったが、こうして私達の組織は変身装置と怪人という二つの大きな戦力を加えるに至ったのだった。



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