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せいふくっ! -今日から始める大首領-  作者: れぎゅ
第二幕 大首領様は二律背反
22/22

白部ダムへ急行せよ!



 変身装置と怪人。この二つの力は圧倒的と言ってよいものだった。

 銃やナイフの斬撃を防ぎ、人間を軽々と持ち上げる腕力を与え、電柱に軽々飛び移る身の軽さを付与する。殴られた相手は数メートルの彼方へ吹っ飛ばされ、蹴り飛ばされた相手は大空高く舞い上がる。その戦闘力の前に小悪党程度の小規模組織は敵ではなかった。それ程にこの二つは強力な戦力となったのだ。


 戦力の増強を果たした私達は上方エリア南方への制圧エリアの展開を始めた。

 変身装置を手に入れてからしばらくは極力戦闘を行わない従来どおりの潜入作戦を中心に行った。変身装置の力を信用していなかった訳ではないのだが、それでも戦闘という行為に私自身が不安を抱いていたからだ。

 だが、それが杞憂であるというのはすぐに分かった。変身した雨達は敵組織の攻撃をものともせず、圧倒的な力でねじ伏せてしまったからだ。

 その戦闘はまるで大人と子供の喧嘩のようだった。相手が銃を撃とうが鈍器で殴りかかってこようが、片手一本で全てを防いでしまい、逆にこちらの攻撃は何を当てても一撃必殺になる。

 変身装置のデビュー戦は相手の戦意喪失による降伏という結果で幕を閉じた。


 以後の戦闘もデビュー戦の繰り返しだった。

 戦力の差を見せ付けられた敵組織は次々に降伏していき、その中のいくつかの組織はヒマラヤンの時と同様に私達の傘下に入る事を望んだ。根っからの悪人は簀巻きにして警察署に放り込んでおいたが、それ以外の善良的な者達はアリスの勧めもあり、傘下に入る事を認める事にした。

 彼らの話を聞いてみれば悪の組織に席を置いている者でも、根っからの悪人というのは少なく、彼らの大部分は職に就けず食うのに困った者達の末路だというのが分かった。技術は持っていなくとも体さえあれば簡単に入れる、まるで日雇い労働者のような境遇の者達がたくさんいたのだ。

 私の記憶では日本という国は長年の不況を乗り越え有効求人倍率が1.01倍という高水準に戻っている、つまりは働く気と選り好みさえしなければ職に困る事はないという認識だった。だが、アリスの説明を受け、これが大きな思い違いだという事を知った。


 これは少し重い話になる。

 十数年以上前、この国は悪の組織により壊滅の危機に瀕していた。組織数こそ今より少ないがその活動内容は今とは比べ物にならない程残虐でひどいもので、家や建物は焼き払われ、多くの人命が失われたという。その結果、家や肉親、財産や職を失った者が大量に発生したらしい。戦災被害者と似たようなものだ。

 時代は流れ、悪の組織の活動が小規模なものになり、国は復興を果たしたが、路頭に迷った人々全てが救われた訳ではなかった。

 今でこそ悪の組織被害保険という制度があるが、それはここ数年の間に設立された制度であり、それ以前に被害を受けた者達にはなんの恩恵もなかった。保険でなんとかなるのは、保険が施行されてから被害にあった事のみであり、施行前の被害に対してはなんの補償もなかったからだ。

 全てを失い、それでも人間は食べなければ生きていけない。彼らが選んだ道は自分達をそういう立場に陥れた悪の組織で働く事だった。悪の組織は基本的に過去を問わない。組織を構成する駒になる事さえ承諾すれば、衣食住が与えられる。彼らが生きていくにはそういう道しかなかったのだそうだ。

 それから時は流れ、悪の組織で働くという事がこの国では普通の事になってしまった。苦渋の選択で悪の組織を選んだ当事の人々と違い、今は「職につけなかったらとりあえず悪の組織」というような軽い感覚になっているそうだ。テレビゲームでガンシューティングを遊んでいた若者が、いつしか本物の銃を手に取り、悪事に身を染めている。そんな世の中になってしまっているのが、この国の現状らしい。

 ここまで説明を受けて私はハローワークで求人票を出した時の事を思い出した。悪の組織というあからさまに胡散臭い求人票なのに、たくさんの募集があった。当時は順調にいってよかったと簡単に考えていたが、今にして思えばあんな求人票で簡単に募集が集まったのは「悪の組織に就職する」という風土が既にこの国にあったからなのだろう。うちに来た戦闘員達に根っからの悪人はいなかった。彼らはただ職を失い生活に困っていただけの人間達だ。その事実がアリスの話を裏付けているような気がする。


 この件を「過去の悪の組織はひどい事をしたものだな」と片付ける訳にはいかない。責任の一端は私にもあるからだ。

 身に一切の覚えがない事ではあるが、私は十数年前に大暴れしていた悪の組織の大首領なのだ。私の手により路頭に迷った者達が何十何百といたかもしれない。

 いや、実際にいたのであろう。全てを失い、悪に身を堕とす事しかできなかった者達が。そう考えた場合、私にこの現状を無視するという選択はできなかった。過去の自分の行いは今の私が清算するのが道理だ。

 そこに考えが至った時、私の方針は決まった。制圧したエリアの悪の組織で、組織の傘下に入りたい者は出来る限り引き取ろう。一時的に席を置いて他の可能性を探るもよし、永続的に席を置くもよし。彼らに生活の基盤を与えるのだ。


 方針を変えた事により、組織の人員は今までとは比較にならない速度で増えていった。五十が百になり、百が二百になった。結果として私達の組織は急激に組織の規模を大きくしていったのだった。


 組織の規模が大きくなると塩頭市にあるアジトだけで全てを管理する事が難しくなってきた。制圧エリアの規模は長野、山梨、静岡と広域に広がっており、遠方の状況をリアルタイムで把握する事が難しくなってきたからだ。

 それに人数が増えた事によりアジト自体も手狭となった。通いの者も何人かはいるが、彼らの大多数は住み込みである。狭い宿舎に鮨詰め状態で押し込むのは論外であり、今の時代の風潮には合わない。彼らに生活の基盤を与えると考えを変えた以上、衣食住をきちんと提供する義務が私にはあった。

 それに制圧エリアを広げても、そこを無管理状態で放置する事は、例えるなら家の鍵を掛けずに放置しておく事と等しい。私達の職種はいつ誰に襲われるか分からないものであり、気を抜いてはいけない危険なお仕事なのだ。


 組織の規模が大きくなるという事は、管理体制を変えてゆかなければならないという事なのだろう。この辺は世の会社と同じなのかもしれないな。


 そこでヒマラヤンの件を踏まえ、私達は信頼のおける戦闘員を長として支部を立てる事にした。うちの組織には管理職経験者も多く在席している。彼らはホウレンソウをしっかりとできる者達であり、人の取り扱いも上手い。そんな彼らを支部長とし、北方の妙低市、西方の陸田市、東方の鋼腐市、南方の焼頭市に新たに支部を建てる事に決めた。

 支部になる物件は制圧した敵組織のアジトを再利用する事にした。これは基本的な設備、例えば通信機や防犯設備がそのまま残っており、宿舎代わりの小部屋がたくさん設けられていたからだ。ランニングコストを抑え、使えるものは再利用する。まるで居抜きの様な手法だな。


「使えるものは徹底的に使い倒す。これが悪の組織の常套手段です」


 施設設置の段取りをしながらそんな事をアリスが言っていた。彼女の言い回しには少々難はあるのだが、資材も人材も有限である。限りある資源を有効活用する事はいわゆる一つのエコであり、その考えに私も異論はない。ただ人材を使い倒す、いわゆるブラックなやり方だけはしないように目は光らせておく必要があるだろう。彼女の価値観はたまに大きくズレている事があるからな。

 

 そんな紆余曲折があり、私達の組織は上方エリアの中で最も勢力を誇る組織となった。

 変身装置を手に入れてからというものの、全てが順調に動き出している。あまりにも順調に進みすぎて怖いぐらいだ。

 

 そう、順調に進んでいる時にこそ、落とし穴は潜んでいる。

 それを私はファイヤーレッドの時で学んでいたはずだったのだが。




「マスター、大変です」


 その日の正午過ぎ。自室でくつろいでいる私の元にアリスがやって来た。


「……ちょっと待て、今いい所なのだ」


 私は机の上を睨んだまま、声だけで彼女に返事をする。

 目の前に敷かれた白色の物体は難敵で長い間苦しめられていた。だが、その戦いももうすぐ終わる。終結への最後のピースをはめる為、私は机上にゆっくりと手を伸ばした。

 指先が震える。長く苦しい戦いに終止符を打てる事への歓喜が体全体を支配する。落ち着け、ゆっくりと、それでいて味わうように。この一瞬を得る為に私は三十六時間を費やしたのだ。

 私の目がカッと見開かれる。行くぞ、今こそ終焉の時!


「のんびりとジグソーパズルをやっている場合ではありません」


 私の気迫を華麗にスルーし、アリスがちゃぶ台返しの要領で敷板代わりにしていたフレームをひっくり返した。

 哀れ無残、私の宿敵は木っ端微塵に砕け散った。


「うわぁぁぁ、あと一ピースで完成だったのに! アリス、6000ピースの真っ白で模様の無いジグソーパズルを作るのがどれだけ大変か分かっているのか!」


 先日、支部の視察に行った時に前の組織の忘れ物と言われて真っ白なジグソーパズルを貰った。ピース数は六千と膨大な量で、完成した作品は縦横1.5メートルにもなるものだった。

 受け取った時には「こんなバカげた物を買う人間がいるのだな」と思ったが、アジトに戻ってきて暇つぶしに作ってみると、これが思いのほか味わい深く、楽しいものだった。

 ピースに描かれた柄を頼りにするのではなく、それぞれの微妙な形状の違いを手探りで一つずつ探していく行為は、まるで詰め将棋のようで私の性格に合った遊びだった。

 そうは言ってもピースの数が数である。昼夜を徹して作業を行ってもなかなか先には進まなかった。それが今やっと終わるかと思っていたのに……。

 いくらアリスでも今回ばかりは許せん。私の三十六時間を返せ!

 思わず彼女に詰め寄ろうとすると、アリスは右手で私の体を制止した。


「パズルはあとでまたやり直してください。それよりも即急に対策をとらなければならない案件があるのです」


 彼女の私を見つめる目は真剣で、いつもとは違う張り詰めた緊張感を身に纏っているように感じられた。その瞳はまるで一種の冷却材のようで、私の憤りは急速になりを潜め、頭の芯が冷めていくのを感じた。こんな彼女の目を見るのは久しい。

 中腰のまま浮いた状態だった腰を椅子に降ろすと、話を進めるように促した。


「……内容はなんなんだ?」

「白部ダムの支部がJHKにより攻撃を受けました」


 抑揚のない声でアリスが言った。


「はぁ!?」


 あまりの内容に思わず間抜けな声が口から出てしまう。


「ジグソーパズルをやっている場合ではないですよね?」


 う、うむ。それが本当であれば、たしかにパズルなんてやっている場合ではないな。


「詳細は司令室でお話します。ご同行願います」



 司令室に入るといつもの会議テーブルの前に雨と雪、それにドクターが座っていた。部屋に入ってきた私に三人の視線が集まる。その瞳にはいつものおちゃらけた色はなく、真剣な色が見て取れた。どうやら今何が起こっているかは聞いているようだ。

 しかし、ドクターがこのような話し合いの場に来るとは珍しい。JHKからの襲撃という話だから、アドバイザーとしてアリスが呼んだのだろうか。

 私が自分の席に座るのを確認するとアリスが端末を操作し、司令室正面にあるモニターに地図を表示した。どうやら白部ダムを上空から収めた航空写真のようだ。


「マスターがいらっしゃったので、改めて状況を説明します。本日正午前、白部ダム支部が突如JHKからの襲撃を受けました。JHKの侵攻速度は早く、わずか一時間足らずで支部が壊滅させられています。その後、JHKは白部ダムの解放を宣言すると以後沈黙を保ってます」

「壊滅させられたポイントの戦闘員達の安否はどうなっている?」

「事前にこのようなケースがあった場合は施設の維持よりも自身の身の安全を優先するように指示してありました。おかげで戦闘員達にけが人はなく、全員施設外へ脱出しています。ですが脱出したといっても、山の中へ逃げ込んだだけです。唯一の脱出経路であるモノレールをJHK側に押さえられている為、いずれ退路が断たれ、捕まってしまうのも時間の問題でしょう」


 白部ダムの戦闘員達は元ヒマラヤンの戦闘員達が大多数を占めている。山は彼らの得意フィールドでありすぐにどうこうなるという訳ではないだろう。だが満足な装備も持たずに逃げ込んだのであれば、いくら彼らであってもそう長くはもつまい。


「JHKの侵攻速度は私達が考えている以上に早いものだったようです。というのも、襲撃を受けたという連絡がこちらに入ったのが支部外へ脱出した後、つまりは連絡をする間もなく撤退をよぎなくされたという事になります。詳しい状況を聞こうとしたのですが、JHK側からの無線封鎖があったようで、連絡が途絶えてしまいました。連絡を受けた段階では全員無事だという話ですが、それ以降どうなったのかは分かりません。詳しく調べるには現地に直接赴くしかないでしょう」

「大首領様、早く皆を助けに行くのだ!」


 アリスの説明を遮り雨が叫ぶ。


「落ち着きなさい、雨。なんの策も用意せず飛び込んではJHK側の思う壺ですわ」


 そんな鼻息荒く叫ぶ彼女を雪がなだめる。

 私とて戦闘員達を早く助けたい気持ちはあるが、唯一の突入経路であるモノレールはJHK側に押さえられている。簡単には動けんぞ。


「……大首領、少しいいか?」

「どうした、ドクター」


 眉間に皺を寄せ、険しい表情のままドクターが続ける。


「いくら弱いと言っても戦闘員は重火器を装備しているし、白部ダムは天然の要塞だ。JHKの職員が相手であろうとそう簡単にはやられないはずなのだ」


 ドクターは組んでいた腕をほどくと右手を顎の部分に添え、テーブルの一点を見つめる。


「考えてみて欲しい。自分達が白部ダムを制圧した時はどうだったのか。潜入作戦ではあったが広大な施設に多少は戸惑ったはずだ。だが、今回はわずか一時間程度で制圧されてしまっている。あまりに早すぎるとは思わんかね?」

「それだけJHKの戦闘力が強力だという事ではないのか?」

「そうだな。だが、いくら強いといっても生身の人間だ。重火器で身を固め、入り組んだ施設で防御体制を取る相手を短時間でどうにかできるほどの戦闘力を持っているとは思えん。入り組んだ施設で防御体制を取る相手というのは大首領が考えている以上にやっかいなものなのだ。数や火力で押し切ろうにも施設内の構造が足かせになって、侵攻を阻害する。アリス君の話を聞けば、戦闘員達は襲撃の連絡をする暇もなく撤退させられたそうだ。これはな、異常なのだよ」

「だとしたらドクターはJHK側がなんらかの特殊な手段を使ったと言いたいのか?」

「特殊、ではないな。彼らとしては常套手段を使ったに過ぎない。重火器や施設を足かせとしない強大な戦闘力。つまりはバトルスーツ持ちと特級が混ざっているだろうな」

「バトルスーツ持ち? 特級?」


 聞きなれない単語が耳に入る。言葉だけで判断すれば、バトルスーツ持ちとはバトルスーツを持っている戦闘員の事だろう。だが特級とはなんだろうか?


「JHKでは階級によってバトルスーツの所持不所持が決められていてな、1級以上がバトルスーツ保持者になるんだ。1級の持っているバトルスーツは肉体強化のみの簡易的なバトルスーツで、その上である特級になると固有技能の付加された専用のバトルスーツとコードネームが与えられる。特級の戦闘力は特別だ。まさにスーパーヒーローだな」


 この間戦ったファイヤーレッドのバトルスーツは特級レベルにあたるらしい事をドクターが説明する。


「ここまで説明すれば大首領も分かるだろ? 君と互角に渡り合えるだけの戦闘力を持ち、銃弾をものともしない防御力を持っている者が混ざっている可能性が高いのだ。大首領、戦闘員の救出に向かうのであれば気を抜かない事だ」

「だが、こちらにもドクターの作った装置がある。JHKのヒーローが相手とはいえ、遅れをとるものでもない。そうだろう?」

「私は自分の研究に確固たる自信を持っている。私の作った変身装置はJHKの既存のバトルスーツを上回る強力な物だと自負もしている。それでも特級というのは特別なのだ」


 「やり合うなら覚悟する事だ」そう言ってドクターは静かに沈黙した。どうやら言いたい事は全て言い切ったらしい。


「マスター、いかがなさいますか?」


 ドクターの言葉をできるだけ冷静に吟味してみる。たしかに彼の言うとおりJHKでも特別な戦闘力を持っているヒーローが混ざっている可能性があるのだろう。だが、だからといって白部ダム支部の戦闘員達を見捨てる事などできはしない。


「私達は白部ダムの戦闘員達の救出に向かう。手段は問わない。出来る限り迅速に最短で彼らを助け出す。それだけだ」


 机に座った面々の顔を眺める。雨は騒ぐのをピタリとやめると、私の顔を見つめ、口元をにやりと吊り上げながら力強く頷いた。雪も真剣な面持ちで静かに頷く。ドクターはやれやれといった仕草で苦笑すると、目を開き「それでこそ大首領だな」と言った。


「アリス、出撃準備はどの程度で終わる?」

「準備だけであれば三十分もあれば完了します。ですが、どのような経路で白部ダムへ向かうかを決めないと動けません」

「モノレールはJHK側に占拠されているんでしたわよね?」

「そうですね。もしかしたらその前のバス等の交通機関等も抑えられているかもしれません」


 白部ダムへ向かう道は一本道だ。バスは無視しても構わないがモノレールまで使えないとなると陸上からの進入経路がなくなってしまう。


「山を登っていく訳にもいかないしね~」


 近隣の山はどれも標高数千メートルの険しい山だ。登山道もなく、そこを通るのであればそれなりの覚悟と途方もない時間が必要となるだろう。一分一秒を争う今、そんな方法は選択できない。

 モノレールを力づくで突破する、トンネル内に気付かれないように潜入する、JHKに変装して施設内に紛れ込む。あれやこれやと意見がでるが、どれも危険性が高すぎたり準備に時間が掛かりすぎて使えない。一本道を塞がれた場合の侵攻がこんなにも難しいものだったとは知らなかった。


「……君達は本当に悪の組織かね」


 私達が進入経路の件で悩んでいると、ため息混じりにドクターが言った。


「いいかね、悪の組織とは使えるものはなんでも徹底的に使い倒すというのが流儀だ。君達はなぜそんなにも正攻法にこだわるのだね。もっと自分達の立場的に相応しいやり方があるではないか」


 悪の組織らしいやり方?

 バスでもハイジャックするのか? でもそれだと結局、陸路で行く事になるから同じ事じゃないのか?

 

「……あぁ、なるほど。その手段がありましたか」


 アリスはドクターの言いたい事が分かったらしく、両手をポンと合わせると、なにやら得心がいったかのような表情をした。

 ドクターはそんなアリスを見てニヤリと口元を歪めると、右手の人差し指を立て天上を指し示し、こう言った。


「陸がダメなら、空だろ?」




- 長野県 松木市 松木空港 チェックインカウンター 受付穣 -


 その日もいつもと同じく暇な一日だった。

 私の職場である松木空港はいわゆるローカル空港の一つで利用客がものすごく少ない。国内線しかなくて、しかも発着本数も少ない。忙しくなる要素がまったくもって皆無な場所だ。昔はオリンピックで需要がものすごくあって、とても忙しい空港だったらしいんだけど。一過性の熱が過ぎ去っちゃえば閑古鳥が鳴く寂しい空港でしかないのよね。


 目の前には誰も歩いていない空港ロビーが広がっている。お昼も過ぎていい時間だというのに、まるで無人空港のような感じだ。誰もいないのにきちんと背筋を伸ばして経っている自分がバカらしくなってくる。

 あーあ、私は国際空港とかでもっとバリバリ働きたかったんだけどな。外国人の利用客も少ないからせっかく覚えた英語も最近は使ってないし。羽田空港勤務になった友人達がうらやましい。

 毎日「今日はハンサムな外人に話しかけられた」だの「イケメン俳優に会った」だの「国際線の機長と食事に行った」だのとメールが来るけれど、返答の時に返すネタが私には一個もない。私も機長とアバンチュールで背徳的な夜を過ごしたり、ジャニーズの子に微笑みかけられて腰が砕けるような思いをしたり、バリバリ働くキャリアウーマンみたいな生活を送りたいのに。人生ってなんでこんなに不平等なのかしら。


「ふぁ……っと」


 あまりにも暇なので思わずあくびが出そうになる。誰にも見られないと分かっていても、一応私は航空会社の顔である受付穣。必死であくびをかみ殺す。

 早く就業時間終わらないかな。私は受付台に備えられているパソコンで次の便の時間をチェックした。次の出発は15時博多行きの便。出発まで二時間以上あるから、しばらくは誰もチェックインにはこないだろうなぁ。


「あの……よろしいかな?」


 パソコンに集中していると頭の上から男性の声が聞こえる。私はパソコンから目を離し、カウンター前に立っているその人を見た。


 えぇっと……なんだろう、この人。全身真っ黒でごつごつしたフォルム。仮装大会にでも出ていそうな鎧甲冑姿の男の人が目の前に立っていた。

 その隣には学生服を着た子が二人に、青いフリルのついたワンピースを着た女の子。さらにその後ろには全身タイツに白いお面を着けた変な人達がたくさん並んでいた。

 まるでどこかの悪の組織みたいな格好だけど、まさかこんなローカル空港を襲うような組織はいないでしょ。松木空港が開港されてから一度だって襲われた事がないって話だし。今日ってヒーローショーかなにかの予定ってあったかしら?

 記憶の中の今日の空港スケジュールを必死で思い出しても、そういう予定はなかったように思える。そうなると近所でそういう催し物でもあったかしら。でも、この辺って周りはただの畑なはずだしねぇ……。


「その、なんだ、少しお尋ねしたいのだがよろしいかな?」


 鎧姿の男の人が何かを言いずらそうにモジモジしている。もしかしてお客さんなのかしら?


「はい、なんでしょうか?」


 私はいつのもの営業スマイルと営業声色に切り替える。自分で言うのもなんだけど、透き通るような良い声色だと思う。


「あ、いや、その、なんだな……」


 両手の指先をツンツンしながらさらにモジモジ。女の子がやったら可愛い仕草なんだろうけれど、鎧姿の人がそういう事をすると不気味でしょうがない。おっと、これはお客さんには言えないわね。


「きょ、今日は大変天気がよいですな」

「えぇ、そうですね」

「今日みたいな日であれば飛行機が良く飛びそうですな」

「はい、当社の飛行機は全便遅延無く時間通りに運行しております」

「そ、そうですか。それはよい事ですな」

「お客様に快適な空の旅を提供する為、日夜私どもも努力しております。ところで搭乗券はお持ちでしょうか」

「それなのだがな、今は持っていないのだ」

「……それでしたら隣にある自動発券機にて搭乗券を発行しております。ご予約番号はお持ちでしょうか」

「そういうのはちょっと持っていないな」

「その場合は新規受付となりますのでこちらの方で手続きを行います。どちらまで行かれるのですか?」

「いや、どちらまでというか……困ったな」


 なんだろう、この人。飛行機に乗りに来たんじゃないのかしら?

 鎧男が腕を組んでうんうんと唸りだす。


「お客様、当社の飛行機への搭乗をご希望なのですか?」

「あ、あぁ、そうなのだ。飛行機には乗りたいのだ」

「その場合、機内には危険物の持ち込みは出来ないルールとなっております。大変失礼な話ではあるのですが、お客様のお召し物は搭乗の際、少々問題がありまして、別の衣服に着替えていただく必要がございます」

「いや、これは脱ぎたくても脱げないというか……困ったな」


 本当は後ろの全身タイツの人達にも着替えて欲しい気持ちはあるんだけれど。あんな全身タイツ姿の団体が飛行機に乗ったら他のお客さんがびっくりしちゃうし。でも、規定に引っかかるような服装ではないし、変な服装ではあるけれど、そこは個人の趣味だしなぁ。あんまりうるさくも言えないか。


 それにしてもこの人はなんでハッキリしないんだろう。飛行機には乗りたいようなんだけれど、どうやってどこまで行くかの部分がはっきりしない。新手の嫌がらせか何かかしら。それだったら失礼しちゃうわね。


「もう、大首領様! はっきり言わなきゃ分からないのだ!」

「そうは言うがな、なかなかどうして、いざ言うとなると緊張するものなのだぞ?」


 隣に立っているセーラー服の女の子が鎧男を叱りつける。「時間がない」とか「間に合わない」とか言っているけれど、次の便は二時間先だ。座席にも余裕はあるしそんなに慌てるほどの事じゃないと思うんだけれど。


「しょうがありませんわね。アリスちゃん、お願いできますか?」

「分かりました」


 金髪の小さな女の子が私の前にやってくる。

 眠そうな目で私の事をじぃっと見つめると彼女はいきなりスカートに手を入れてごそごそし始めた。

 え、ちょっと、意味が分からないんだけど。女の子を嗜めたほうがいいかどうかを悩んでいると、私の鼻の先に何か黒い鉄の塊が突きつけられた。


「申し訳ありませんが、今この瞬間からこの空港は私達の管理下に入ってもらいます」


 女の子は相変わらずの無表情で私に銃を突きつけていた。鼻先に鉄の冷たさとほんのりと火薬の匂いが感じられる。今時のおもちゃはよく出来ているわね。


「お客様、空港内でそのような遊びをされては困ります」


 私はこの人達がごっこ遊びをしているものだと思って、彼女を嗜めた。


「遊びではありませんよ」


 彼女は銃を頭上に掲げるとおもむろに引き金を引いた。乾いた炸裂音が響き渡り、その直後天井に取り付けてあった照明が砕け散る。


「……へ?」


 いきなりの出来事に私の目が点になる。

 パラパラと舞い落ちてくるガラス片の向こうで、女の子は相変わらずの眠そうな目でハッキリとこう言った。


「もう一度言います。この空港は私達の管理下に入ってもらいます。抵抗するのであれば命はありませんので、あしからず」


 改めて銃口が私に向けられる。先端から白い煙が立ち上っており、この銃が本物であるという事を私に教えてくれているようだった。

 もしかして、本当に悪の組織!?




 - 長野県 松木市 松木空港 チェックインカウンター 大首領 -



 松木空港。

 長野県が保有・管理するという珍しい経営形態で、日本の空港では最も標高の高い場所に位置している。周囲に標高の高い山々を抱える長野県らしく、山岳警備用ヘリコプターや軽飛行機の離発着を主目的としており、いわゆるローカル空港と呼ばれるものの一つだ。


『キキィー!』


 そのローカル空港は開港以来初めてであろう危機的状況に陥っている。だってそうだろう。今現在、私達が占領しているのだから。


「にゃーはっはっはっはっはっ! 我々は悪の秘密結社なのだぁ! 良い子も悪い子も問答無用でぺしぺしいじめちゃう極悪非道の残虐組織なのだーっ!」

「はーい、皆さーん! 慌てず騒がず一塊になってくださいねー!」


 空港の受付カウンターの上に立ち、変身した姿の雨が意味不明なポーズを取りながら高笑いをする。その傍らでは同じく変身した雪が、バスガイドの持つ旗のようなものを手に持ち空港関係者を出発ロビーに誘導していた。

 

『キィキィキィ!』


 雨の周りには戦闘員が何名か並んで立っており、意味不明な動きをしながら「キィキィ」と叫んでいる。その動きはまるでカニの威嚇行為のような動きで、両腕を力こぶを作るような形にしながら右に左にと体を動かしていた。


「雨よ、その戦闘員の動きはなんなのだ?」

「これ? これは戦闘員の威嚇行動なのだ。どう、結構怖いでしょ? 雨ちゃんが考えたんだよ!」


 一人でやると大変間抜けな動きではあるが、全員同じ格好でキィキィ叫びながら動かれると別の意味で怖い。


「お前達は、その動きに疑問を感じないのか?」

「いえ、別になんも感じないっすよ。やってみると意外と楽しいもんです。大首領様も一緒にいかがっすか?」


 雨に無理やりやらされているのではないかと思い戦闘員達に聞いてみたが、彼らは彼らでこの動きを気に入っているようだった。


「まぁ、お前達が何も思わないのであれば私は構わないのだがな……」


 本人達がいいと思ってやっているのであれば、みなまで言うまい。

 それ以外の戦闘員達は足の不自由なお年寄りに手を貸したり、子供におもちゃをあげてなだめたり、他の出口から逃げ出さないように見張ったりとそれぞれが役割分担をして動いている。

 急な出撃で段取りをキチンとつける暇もなかったのだが、日ごろの訓練の成果が良く出ているようで何よりだ。

 特に自発的にお年寄りのフォローをしに行った二十六号は賞賛に値する。彼は足腰が弱り歩行もままならない老人を発見するやいなや、玄関先に置いてある車椅子をダッシュで取りに行き、ごく自然に座るように声をかけたのだ。なんとも立派な行いではないか。車椅子に乗りながら嬉しそうに笑う老人の笑顔が彼の行動の正しさを証明している。アジトに戻ったらぜひ全員の前で褒めてやる事にしよう。

 

 さて、私達がなんでこんな所を占拠しているかというと、理由は簡単だ。ドクターの提案が飛行機をハイジャックするというものだったからだ。

 私達は悪の組織であり、悪の組織なのだから空港をハイジャックしてもなんら問題はないとはドクターとアリスの弁だ。いや、まぁ、大いに問題はあるのだが、今さらそれは言うまい。今は切迫しているのだ。そういう事で納得しておこう。

 陸路がダメでも空路であれば白部ダムまで行く事ができる。幸いな事に松木空港はその立地から山岳警備用のセスナやヘリコプターが常に配備されており、それを失敬してしまおうというのが今回の作戦だ。

 ただ、問題は誰が操縦するかだ。飛行機はあっても操縦者がいなければ飛行機を飛ばす事はできない。だがこの問題は意外な形で解決した。

 なんとドクターが飛行機の操縦ができると言うのだ。彼曰く、免許証の種別欄はすべて埋まっており、戦車や小型船舶ですらも操縦できるらしい。単なる研究者だと思っていたが、私が思っていた以上に多芸な人間だったようだ。


「マスター、空港内にいた全員を出発ロビーに集めました。主要な通信設備は停止させていますので、警察や警備会社に連絡をする事もできないようにしてあります。さすがに長時間は無理ですが、小一時間程度は時間が稼げるでしょう」


 先ほどの受付穣への脅しの後、彼女はいとも簡単に空港内の通信設備の掌握を行ってしまった。「手順さえ知っていればこんなものは誰でもできます」と彼女は言っていたが、それが簡単ではない事は明白であり、どこぞの怪盗も真っ青の鮮やかな手つきだったのが印象深い。本当にこの子はこういう事に関しては天才的だと思う。


「そうか、分かった。しかし、空港を私達の勝手で占拠してしまうというのはなんとも心苦しいものだな」

「なぜですか?」


 無表情のままアリスが首を傾げる。たぶん空港の占拠に対して、悪の組織だから当たり前ぐらいにしか考えていないのだろう。本当はとても悪い事なんだぞ、これ。


「……いや、いい。すぐに出発できるように準備を進めてくれ。出来るだけ穏便に、他人に迷惑を掛けずにだぞ」

「かしこりました。それとマスターに一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか」

「なんだろうか?」

「いえ、せっかくですから私達の組織の名を世に知らしめる為に、皆の前で演説を行って欲しいのです」


 演説ねぇ……。犯行声明のようなものだろうか?


「似たようなものですね。彼らもなぜこのような目にあったのかの説明がなければ、納得もできないでしょう。実際、何名かは今の立場に不満を抱いているようです」

 

 少し離れた所にある出発ロビーに目を向ける。集められた人達は、恐怖で震えている者もいれば迷惑そうに顔をしかめている者、力なく俯いている者、怒りの形相でこちらを睨んでいる者と様々だ。その表情を見ていると本当に本当に申し訳なくなってくる。

 こちらの都合で彼らには不自由を強いている訳だし、確かに何かしらの説明はした方がよいだろう。


「分かった。しかし、何を言ってよいものやら」


 仲間を助けに行く為に飛行機を頂戴しますとでも言えばいいのだろうか。


「一応、こういう時に備えて原稿を用意してあります。よろしければお使いください」


 そう言うとアリスはスカートの中からA4サイズの印刷用紙を取り出し、私に手渡した。なんとも準備のよい事だ。


「あらゆる事態に備える。それが私の仕事でもあります。簡易ではありますが壇も用意してありますので、こちらへどうぞ」


 私はアリスに手を引かれ、出発ロビーに足を向けた。



 空港内の人間が集められた出発ロビーはロビーというには少々手狭な感じの広場だった。搭乗口が四つしかなくそれに合わせた規模だから仕方もないのだろう。

 その広場には四人掛けの椅子がずらりと並んでおり、集められた人間達が座らされていた。様々な表情ではあったが、皆一様に「なんでこんな目にあっているんだ」と顔に書いてあるようだった。重ね重ね申し訳ない。

 椅子は出発口の対面になるように並べられており、その丁度真ん中にビール瓶を入れる空き箱を逆さにした壇が設けられていた。


「マスター、あちらでお願いします」


 アリスに促されその壇の上に立つ。その瞬間、皆の視線が一斉に私に集まるのを感じ、なんとも言われぬ気分になった。こんな気分はいつぞやの街頭テレビに出た時以来だ。

 私はアリスから受け取った紙を開き、咳払いを一つすると、それを読み上げ始めた。


「え~、松木空港ご利用の諸君、傾注せよ。我々は悪逆非道の組織『悪の秘密結社』である。この空港はたった今、我々の手によって占拠された」


 原稿は印刷された文字と手書きで書かれた文字の組み合わせになっていた。どうやらあらかじめ素案を作っておき、状況に応じて名前や施設名などを書き加えるようにしてあったらしい。この場合は「松木空港」という部分が手書きだ。


「気の毒な話ではあるが、我々の用件が済むまで諸君らの快適な空の旅はしばらくお預けとなる。今しばらくの辛抱を願いたい」


 ふむ、相手に対して申し訳ないと思う気持ちが盛り込まれているのは好感が持てるな。アリスが用意した文章にしては大変良く出来ている。


「諸君らが我々に従順に従うのであれば、危害は加えない。我々とて無益な殺生は望まないからだ。だが諸君らが抵抗するというのであれば話は変わってくる。我々は悪逆非道の組織である。女子供とて容赦はしない。抵抗はすなわち、死あるのみだ。後ろを振り返るがいい」


 椅子に座っていた人間達が周囲に目をやる。彼らの目に銃を持った状態で皆を監視するうちの戦闘員達が見えたはずだ。


「彼らの持っている銃は本物であり、人の命を簡単に奪う事の出来る凶悪な弾丸が装填されている。歯向かった者には泣いてやめてくださいと言っても、息絶えるまで打ち込み続け、その首をナイフで切り落とし、玄関先に一つ一つ墓標のように立ててやるから覚えておくがいい」


 若い女性の「ヒィッ」という小さな叫び声が聞こえた気がした。

 うぅむ、いくらなんでもこの言い方はひど過ぎないだろうか。もうちょっとマイルドな文面の方がよいとは思うのだが。


「もちろんこの場から動く事も許さない。周りを見て分かったと思うが、君達を見張っている戦闘員達は皆一様に厳しい戦いを潜り抜けてきた血に飢えた兵士達である。彼らは何十、何百と言う人間達をその手によって殺めてきたプロ中のプロだ。素手で立ち向かっても到底叶うものではない。それも肝に銘じておく事だ」


 再び皆の視線が戦闘員達に向かう。戦闘員達の何人かが銃をジャキッと構える仕草をすると、皆一様に肩をすぼめ怯えるような表情をした。脅しとしては効果抜群だな。うちの戦闘員達は役者だな。

 そんな戦闘員達を順に眺めていると、一番端で雨が腰に手を当て、どうだと言わんばかりに踏ん反り返っているのが目に入った。彼女は私の視線に気付くと、右手でブイサインを作り「ピース、ピース!」と叫んでいる。

 そんな雨の姿に戦闘員達の脅し効果はどこへやら、その場にいた人間達全員が『なんでアイドル姿の女の子が悪の組織に混ざっているんだよ!?』と不審顔になった。あいつ、受付ロビーの見張りをしていたんじゃなかったのか?

 

「もう、雨! 勝手に持ち場を離れてはダメでしょ! ほら、こっちに来なさい!」

「えぇ~、雨ちゃんも皆に恐怖と戦慄を与える係になりたいのだ~!」

「あなたの格好では愛嬌は振り撒けても、恐怖は振りまけませんわ!」


 いつの間にかロビーに入ってきた袴姿の雪に引きずられ、雨は退場していった。


『…………』


 皆の無言の視線が私に集まる。なんとも気まずい沈黙だ。

 私はわざとらしく咳払いをすると話を続けた。


「……まぁ、とにかくそういう事なのだ。今見たとおり、我々は悪逆非道の悪の組織だ。抵抗するだけ無駄であり、従順に我々に従う事をお勧めする。そして全ての用件が完了した暁には諸君達は全員無事に解放される事を私が約束しよう。我々は約束を必ず守る。だから我々を悪逆非道の悪の組織として振舞わせるか、約束を守る悪の組織とするかは諸君達の行動一つなのだ。その事をよく考え、今しばらく大人しくしていてもらいたい。以上だ」


 雨の件でなんとも気まずい状態になり、後半は早口で読み上げ、さっさと壇上を降りた。

 

「マスター、お疲れ様でした」


 アリスの労いに私はため息をつく。本当にお疲れだぞ、雨のせいで。


 そこでふとロビーの端にある土産物屋が目に入った。利用者がいなくなった店内には長野県の銘菓をはじめ、漬物や飲み物、それに弁当が置かれている。それを見て私は一つ思いついた事があった。


「あ、ちょっと、そこの戦闘員」

「……俺っすか?」


 ちょうど目の前を通った戦闘員の一人を招き寄せる。


「申し訳ないのだが、あそこにいる人達の中からあの売店の店員さんを連れてきてくれ」



 しばらくして二十台前半と思われる女性が私の前に連れて来られた。カジュアルな服装に黒のエプロンを身に着けた、いかにも売店の店員さんらしい娘だった。彼女は私に何かされるのではないかと思っているようで、身をすくめながら怯えるような格好で私の前に立っている。


「あ、あの、その……私に何かご用ですか?」

「うむ、君はあそこの売店の店員をしているのかね?」

「は、はい、そうですけど」

「そうか。では……」


 そう言って私は懐に手を入れる。


「ひぃっ!?」


 私の仕草に彼女の肩はビクリと振るえ、身を守るようにして身をちぢ込めてしまった。


「これであちらの方々全員にお弁当と飲み物を配ってくれないだろうか?」

「……へ?」


 私が差し出した数枚の一万円札をキョトンとした顔で彼女が見つめる。


「えっと、その、どういう意味でしょうか?」

「どういう意味もそういう意味もない。待っているだけでは彼らも退屈だろうから、せめてもの侘びとして弁当を振舞いたいだけだ」


 そう言って私は彼女の右腕をとると、持っていたお金を手渡した。


「どうだろうか。足りるだろうか?」


 彼女は私と持っているお金を交互に確認する。


「え、えぇ……まぁ、これだけあれば」

「腹の空いていない者であれば、適当にお菓子を渡しておいてくれ。お釣りは迷惑料として君にあげよう。頼めるかね?」

「は、はい。まいどありがとうございました……なのかな?」


 彼女は首を傾げると、不思議なものを見るような目で私の事を見つめていた。

 それからしばらくして弁当や菓子が全員に行き渡った所で戦闘員の一人が私の所までやって来た。


「手ごろなヘリを一台確保しました。いつでも出発できます」

「そうか、よし、皆を集めてくれ」




 山岳救助用のヘリコプターは思っていた以上に乗り心地の悪い乗り物だった。上下左右、揺れに揺れまくり、乗り物酔いに弱い人間であれば問答無用で吐き気を催す破壊力を持っていた。


「うぇぇぇ~……」


 後部座席に座っている雨が雪の看護を受けながら、真っ青な顔で苦しそうにうめき声をあげる。ヘリコプターに乗り込む際は「うぉぉ、かっこいいのだーっ!」などと喜びの声をあげ、飛び立った直後は「トップガンのケビンコスナーみたいなのだー!」と騒ぎまくっていた雨であったが、飛び立ってしばらくした後はごらんのようにうめき声をあげるだけの屍になってしまった。

 怪人を始めて見た時にも思った事なのだが、雨という人物は私が思っていた以上に弱点の多い人間なのかもしれない。


 ドクターはヘリコプターを操縦しながらなにやら無線で話をしているようだったが、機内はうるさいし、英語の早口であった為、内容まではさっぱりだ。やがて彼はおもむろに無線のスイッチを切ると、被っていたヘッドフォン型のマイクセットを助手席に放り投げ毒づいた。


「まったくうるさいったらありゃしない」

「何かあったのか?」


 ヘリは操縦席と助手席がある前列、私とアリスが座っている中列、そして雨と雪、それに戦闘員が乗っている後列の三列になっている。私は操縦席に身を乗り出すとドクターに今のやり取りの内容を問いかけた。中列の直上にはローターのエンジンが載っているのでこうしないと声が届きにくいのだ。


「なに、新潟の航空自衛隊基地やら松木空港からの無線だよ。ハイジャックは重大な犯罪だから今すぐ着陸しないと然るべき措置をとるといって聞かないのだ。まったく、たかだかヘリの一機ぐらいで自衛隊がでしゃばってくるなというのだ。ばからしい」

「一応私たちは犯罪者だからな。そういう勧告を受けても仕方ないというのはあるのだが……」

「あまりにもうるさいので、ばかめと言って切ってやった。せいせいしたよ」

「ドクター、できるだけ穏便に頼むぞ。撃墜されるのは勘弁だからな」


 ハイジャック犯だとはいえ、こちらには女子供が乗っているのだ。手荒なまねはして欲しくない。


「まぁ、これは一種の脅しだよ。実際に飛行機を飛ばすとなれば莫大な金がすっ飛んでいくんだ。空港に対して物理的な被害を与えていないハイジャック犯にそれほどの手間をかけるなんて事はないさ」


 だから心配するなとドクターが私に向けてウィンクをすると、無線機を操作しラジオに切り替えた。スピーカーから昔何かの戦闘機映画で流れていた英語の歌が流れ始める。


「ほぅ、これは今の私達にピッタリの選曲だな。ラジオ局もなかなかよい仕事をするではないか」


 口元を吊り上げ、ふふんっと鼻息を鳴らすとドクターはラジオから流れる歌に合わせて口ずさみ始めた。


「ふ~んふ~んふ~んふ~んデンジャゾーォーン~ ふふふふふ~んふ~んふ~んふ~んデンジャゾォーン~」


 いくら安心だとはいえ、自衛隊から脅しをかけられたこの状況でのん気なものだ。私はため息をつくと、自分の席に深く座りなおした。


 ヘリに乗れたのは私も含め六名だけで、これ以上は最大乗員数をオーバーしてしまう為連れて来る事ができずにいた。残してきた戦闘員達には空港を解放した後早期撤退するように指示をしてある。今頃はアジトに向けて帰路についている事だろう。人数が少ない事に不安はあるが、相手にもし本当に特級のヒーローが混じっているのであれば、バトルスーツを持たない通常の戦闘員では歯が立たない。少数精鋭、戦闘力の高い者のみで強襲するしか策はなかった。


 市街地を抜け森林地帯に入り、やがて風景が山岳地帯のものに切り替わった。迷路のような渓谷をヘリが縫うように進んでいく。時折り吹く山風がヘリの胴体を叩きつけ、その度に激しい騒音と振動に襲われた。


「うぅぅぅ~……なぜか死んだ源じぃちゃんが見えるのだ。川の向こうでこっちにおいでおいでと手招きしているのだ~」

「雨、そちらに行ってしまってはもう戻ってこれませんわよ! 気をしっかりとお持ちなさい!」


 うつろな目で天井へ向けて手を差し伸べている雨を、雪がなにやら励ましている。差し伸べられた手は雪によってがっちりと握られており、なんというかご臨終間際の病室の光景のようだ。どうやらあっちはあっちで大変らしい。


「白部渓谷に入りましたね。目的地まであと僅かです」


 座席の間から前方を覗いていたアリスがそう呟くと険しい山々の合間に白く巨大な建造物が現れた。白部ダムだ。

 ダムの下部分に目を凝らすと人だかりが出来ている。


「アリス、あれはなんだ?」

「待ってください。今望遠機能に切り替えます」


 彼女の目に緑色の走査線が走ると、瞳孔が拡大縮小を繰り返す。まるでピントを合わせる時のカメラのレンズのようだ。


「あれはうちの戦闘員とJHKの戦闘員のようです。どうやら私達が到着する前に捕まってしまったようですね」


 アリスが言うにはダムの下部分、正確に言うならこの間ヒマラヤン達のボスを捕まえた減水池の隣にある広場に捕まった戦闘員達が集められており、その周りをJHKと思われる集団が取り囲んでいるそうだ。どうやらギリギリではあるが間に合ったようだな。


「よし。ドクター、ヘリをあそこの人だかりのところへつけてくれ」

「バカを言うな。こんな非武装のヘリで近づいたら、間合いに入った瞬間撃ち落とされるぞ。もっといい方法があるだろうが」


 そう言うと彼は親指をつき立てた状態で手を握り、それを逆さまにして下を指し示した。


「襲撃は疾風迅雷であるべし。空中から飛び降りて強襲だ」


 空中からの強襲? 急降下でもするのか?


「アリス君、準備だ。頼むぞ」

「分かりました」


 アリスはドクターの指示に頷くと、自分の座席の下から金具のついた大き目のリュックサックを取り出した。


「雪さん、雨さんの分をお願いします。三十一号さんはご自身で取り付けてください。マスターは私が取り付けしますので動かないでくださいね」


 そう言うとアリスは無骨なベルトと金具をあれよあれよという間に私の体に取り付けていく。彼女の小さな手が胸や腰をさするたびになんとも言いがたいくすぐったさが発生し、思わず身をよじってしまう。


「動かないでください。途中で外れては大変です」


 もぞもぞと動く私をたしなめると、彼女は取り付けたベルトを乱暴に引っ張って強度を確認する。いきなり腹を締め付けられて腹に溜まった空気が強引に口から吐き出された。


「むぐっ!? アリス、もうちょっと優しくやってくれ」

「我慢してください。マスターは体が大きいのでこのぐらいしっかり縛っておかないと重さに負ける可能性があるのです」

「重さに負けるって、一体私に何をやらせようとしているのだ?」

「アリス君、あと一分ほどで目的地上空に着くぞ。急いでくれ」

 

 ドクターが操縦桿を引き込むのと連動してヘリコプターの機首がグッと下がり、思わず体が倒れそうになる。


「アリスちゃん、こちらは準備完了ですわ」

「俺も完了っす」


 後ろの座席を見てみるとリュックサックをベルトで固定する形で背負い込んだ雪と三十一号がいた。三十一号に関してはいつの間にか怪人姿に変身していた。


「うぷっ……あんまり締め付けると吐いちゃうかもなのだ」


 なぜか雪は雨と二人羽織りするような形でベルトを結んでいる。なんだろう、あの感じはどこかで見た事があるぞ。たしかテレビか何かで芸能人が……。

 そこまで考えて私は自分達がこれから何をするのかがはっきりと分かった。


「ま、まさか! ドクター、私達をここからダイブさせるつもりか!?」


 そうだ、なぜすぐに気がつかなかった。このベルトやリュックはパラシュートだ。雨と雪の格好は二人で同時に飛ぶ時の格好だ。


「まさかも何も初めからそのつもりだ。彼女達がなぜ変身した状態で乗り込んでいるのか考えなかったのかね? 降下が失敗した場合に身を守る為だぞ?」

「本番は初めてですが、降下訓練だけであれば何度もやっていますわ。心配には及びませんわよ」

「ねぇ雪ちゃん……雨ちゃんそろそろ限界かも。ゴールしていい?」

「お願いだから地上に着くまで我慢してくださいまし。今の状態でやられてしまったら、私も道連れになってしまいますわ」


 雪や三十一号には気負った感じがない。本当に降下訓練の真似事をやっていたようだ。というか、ヘリから降下する事を知らなかったのは私だけだったらしい。


「むぅ、まずいな。私達に気付いたのかJHKの連中が対空陣形を取り始めている。このままでは安全な降下はできんな」


 うちの戦闘員を取り囲んでいたJHKの兵士と思われる人間達が、亀の甲羅のような円陣を組み始めている。内側にはうちの戦闘員達が配置されており、その周囲をJHKの戦闘員が囲む隊形だ。あんな隊形を取られてしまえば、遠距離からの攻撃はできない。一網打尽にしようと中心部へミサイルを撃ち込んだとしても、露払いをしようとして外縁部の敵にマシンガンを照射したとしても、間違いなくうちの戦闘員に攻撃が当たってしまう。こちらの戦闘員を盾にするとはJHKも考えたものだ。

 その時、機内に肌を打ち付けるような風が入り込んできた。いつの間にかパラシュートを身に着けたアリスがヘリの搭乗口を開けたのだ。ローターをまわすエンジン音と耳を塞ぎたくなるような冷たい風がごうごうと鳴り響く。


「では露払いと参りましょう」


 アリスはいつものごとくスカートの中へ手を突っ込み、ごそごそと手を動かす。スカートから抜き取られた手には彼女の身長ほどもある、細長い鉄で出来た筒が握られていた。毎度毎度思う事だが、あのスカートの中はどういう仕組みになっているのだろうか。ぜひ教えてもらいたい。

 彼女の持っている鉄の筒には見覚えがあった。最近は重火器の搬入等を手伝った事もあり、何種類かではあるが武器の名前や性能を覚えていたのだ。あの鉄の筒の名前はパンツァー・ファウスト、使い捨ての対戦車ロケット弾だ。

 アリスは対戦車ロケットをいじって発射レバーと照準を起こすと、昇降口から身を乗り出し構えた。そんな彼女の行動に私は血相を変えて叫んだ。


「ちょ、ちょっと待てっ! そんなものをぶっ放したらうちの戦闘員も巻き込んでしまうぞ!」

「心配しないでください。威嚇として発射するだけです。着弾地点はズラします」


 照準を覗き狙いを定めるアリス。その姿は様になっていて、大変かっこいい。


「そうは言うが、万が一うちの戦闘員に当たったら……」

「組織の為には命を捨てる、これぞ戦闘員の心意気というものです。仮に爆発に巻き込まれて殉職したとしても彼らの名前は我が組織で永遠に語り継がれる事でしょう。そういう訳で……ファイア」


 私の話を最後まで聞かないでアリスはミサイルを発射。対戦車ロケットの弾頭が白い煙をたなびかせながら人だかりの中心に向かって突っ込んでいく。んん、人だかりの中心っ!?

 ヘリから対戦車ロケット弾が発射されたのが見えたのか、地上の人間達がわたわたと慌てだし逃げ惑う。その中には当然うちの戦闘員達も混ざっていた。対戦車ロケットの弾頭は、彼らが元いたところの中心、うちの戦闘員達が固まっていた場所に直撃し、爆発した。


「……これは失礼、失敗しました」


 強風に髪をなびかせ、無表情のままそう呟くと、彼女は空のロケット・チューブを投げ捨てた。妙に貫禄のある仕草だった。


「考えていた以上に風が強く、弾頭が流されて違う位置に着弾してしまいました。ですが、降下地点は確保できましたし、結果オーライですね」


 炎と煙が晴れると、地面には大きな穴が空いており、その周囲を尻餅をついた戦闘員達が囲んでいるようだった。幸いにして誰も爆発に巻き込まれていないようではあるが、下手したらうちの戦闘員全員が吹っ飛んでいたんじゃないのか? 私は肩をがっくりと落とした。


「アリス君、あと十秒だ。さぁ、せいぜい暴れてい」

「ドクターも帰りの道中お気をつけて」


 アリスは私の後ろに回りこむと、私の背中にある金具と自身の胸にある金具をはめ合わせ、固定する。


「では皆さんは私とマスターの後、順次降下してください。マスター、行きますよ」


 ぐいぐいと背中を押され、体が搭乗口へと押し出されていく。

 目の前に高度数百メートルの風景が飛び込んでくる。どこぞのスカイツリーなんて目じゃない、気が遠くなるような高さだ。ちょっと待ってくれ! 私はスカイダイビングの経験なんてないんだ! いきなり飛び降りろと言われても心の準備もできていないぞ!?


「男は度胸。なんでもやってみるものです」


 私は機内に戻ろうと足を踏ん張るが、後ろから押してくるアリスの力が思いのほか強く戻る事が出来ない。

 やがて彼女は親指を立てドクターに合図をすると、私の体に強引にタックルをかましてきた。


「なっ!? ちょ、待て、待ってくれ~~~~っ!?」


 背中に衝撃を感じた瞬間、足元から床が消え、内臓が浮かび上がるような感覚が私を襲う。

 口からは相変わらず悲鳴を発しているのだが、体を打ち付けてくる暴力的な風音にかき消されほとんど自分の耳には届かない。目の前には青い空と白い雲、それに雄大な白部渓谷の自然が広がっている。

 なんとも素晴らしい心打たれる景色だとは思うが、できればこんな飛び降り自殺まがいな行動をしていない時にゆっくりと眺めたかった。


 そんなどうでもいい事が頭をめぐっていた矢先、体が突如ガクンと上に持ち上げられるような衝撃を感じ、落下速度が急激に和らいだ。上を見ると黄色の大きな布が風に煽られパタパタと揺らいでいる。どうやらアリスがパラシュートを開いたようだ。

 だが落下速度が思いのほか速い。先ほどよりはかなり遅くはなったがそれでも地面がものすごい勢いで近づいてくる。パラシュートでの落下というのはこんなにも勢いがあるものなのか?


「これは大変ですね」


 頭の後ろで抑揚のないアリスの声が聞こえる。


「な、何が大変なんだ!?」

「マスターが予想以上に重くて、降下速度が落ちません。このままでは地面に激突してしまいます」

「ちょっと待て! それってめちゃくちゃヤバイって事だろ!?」

「はい、かなりマズイですね。どうしましょう」


 どうしましょうって、そんな冷静に話している場合か!? 

 なんとかしようと身をもがくが私にはスカイダイビングの知識なんて一欠けらもない。こういう場合はどうすればいいんだ!? 手を両手に広げて空気抵抗でも増やしてやればいいのか!? 

 私はテレビで見たスカイダイバーのように両手両足を広げ、少しでも減速しようと試みる。


「マスター、そんなに動かれては危険です」


 私の背中の方でメキッと嫌な音が聞こえた。


「……あ」


 アリスが小さく呟く。なんだ、今のやっちゃいました的なニュアンスの「あ」は。


「ご安心ください。マスターのお体は地上に激突したとしてもキズ一つつきません。ですからどうか心穏やかにお願いします」

「それはどういう意味だ!?」


 体がガクンと下に下がる。なんだ、嫌な予感がするぞ!?


「体を無理に動かされた事によってマスターと私の体を繋いでいる連結金具が壊れました」

「つまりどういう事なんだ?」

「マスターの体が落下します」

「だからなんでお前は冷静にそんな事を話せるんだーっ!?」


 バキッと背中で音が聞こえた。


「ご武運を」


 次の瞬間、私の体を再び浮遊感が襲う。重力と言う名の鎖に引かれ、私の体は地面に急降下した。


「ちょ、待て、死ぬ、死ぬ、死んでしまうぅ~~~っ!」


 地面がぐんぐん近づいてくる。落ちる瞬間はまるでスローモーションだ。下に立っているJHKとうちの戦闘員と思われる一団が空から落下してくる私を呆けた表情で見つめているのがハッきりと分かる。自分がこれから激突するであろう地面の形状やそこに落ちている小石の数まで数えられそうだ。

 私は地面にぶつかる瞬間、目を硬く閉じ歯を食いしばった。どうか痛くありませんように!


 最後の衝撃。顔面、胸、腹、両手足が何か硬いものにぶち当たるのを感じ、意識が途切れる。

 覚悟していたほど、地面への激突は痛くなかった。



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