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せいふくっ! -今日から始める大首領-  作者: れぎゅ
第二幕 大首領様は二律背反
17/22

集え新たな仲間達 -研究者編-

 私の名前は天野 才斗。通称ドクター天野。

 どちらかと言えば天才よりの科学者である。

 とある研究で世界に名を響かせ、真の天才の名をほしいままにする予定だった男だ。


 そう、あえて強調して言っておこう。「予定」だった男だ。

 その予定は、とある事情により永久に未定となってしまった。なんとも残念な事である。


 人生というのは不思議なものだ。このどちらかと言えば天才である私は、数日前から非常に困難な事態に陥っている。

 それは失業という奴だ。どうしてどちらかと言えば天才である私が失業した詳しい説明は省こう。気にしていても始まらないし、時間は巻き戻らないのだ。


 人生はロマンだ。自分は不幸ではなく、試練を与えられた主人公だと思えば人生はエンジョイできる。誰が言ったかは知らんが、良い言葉だと思う。


 だがマロンで腹は膨れるが、ロマンで腹は膨れない。端的に言うと今を生きる為には金がいるのだ。金銭に無頓着な私は、貯金というものをしなかった。銀行の口座の残高が三桁しかないのは切ない限りである。頼りになる友人も暖かい我が家も失業と同時に失ってしまっている。このままでは、巷で流行のホームレスという職業に向けてまっしぐらだろう。路上生活者と書くとちょっと嫌なイメージがあるが、ホームレスと書くと途端にハイカラなイメージになる。うむ、ハイカラは悪くないぞ。ハイカラは良いものだ。


 そんな時、私の目の前に一枚の紙が飛んできた。幸か不幸かその紙はとある企業の求人票だった。誰かが落としたのだろう。

 それは「悪の秘密結社」という悪の組織の求人募集だった。発行は松木市職業安定所。公共の機関の書類のはずなのに、怪しさ全開である。

 くだらない、そう思い握りつぶしかけたその求人票にはこんな事が書いてあった。


 「3食支給、特殊技能所持者大歓迎、住み込み可」


 住居を失ったばかりの私には魅惑的すぎる条件である。私は迷わずにこの求人票に書かれている番号に電話したのだった。


 


「……という訳で、開発部門の技術者を採用いたしました」

「あの、アリス君。今のは、その、なんだね?」


 ある日の午後、私は司令室でアリスから謎のビデオ映像を見せられていた。三十代ぐらいの男性の音声が各種世界遺産の映像を背景に延々十五分も流れるという、なんとも不可思議な内容でのものである。聞いた感じでは自己紹介のようにも聞こえたが、はたしてこれは一体なんなのであろうか?


「面接前に履歴書が郵送で送られてきたのですが、その封筒の中に一緒に入っていたDVDに今の動画が記録されていました。添え状によると、面接前に少しでもインパクトを与えておきたかった、との事です」

「インパクトという意味では大成功かもしれんが、面接という点ではイメージダウンだと思うのだがなぁ」


 世界遺産の映像は、なんかパクリっぽかったぞ。画面の右端に放送局の名前が映ってたし。たぶんテレビの録画かなんかじゃないのか?


「やっている事は不真面目なのでしょうが、面接で聞いた彼の知識はうちの組織には必要なものだと判断したので採用しました」

「ほぅ、その知識とは?」

「変身装置です」

「へ?」


 思わず間抜けな声が出てしまう。だって、それは、あれだろう。この間の話で「JHK秘伝」のとか言って、まず入手ができないであろうと言っていた技術者の事だろ?


「私も正直驚きました。聞いた話によると、彼はJHKの技術開発部門に在席していたそうなのですが、諸事情によりリストラされてきたそうです」

「JHKにもリストラがあるのか……」

「あるみたいですね」


 秘伝の技術を研究している人間をそんな簡単に首切りするだろうか? 普通に考えればあまり無い話ではあるのだろうが、JHKに関しては私も詳しくはないので、なんとも言えん。

 まぁ、いい。アリスが良いと思って判断したのであれば、それは必要な人材なのだろう。

 私はその採用した技術者を司令室に通すように伝えた。


 数分後、食堂で待機していたらしい彼が司令室に入ってきた。

 

「お初にお目にかかる。天野 才斗だ。御目通りが叶い、感激の極みだ。このどちらかというと天才が来たからには大船にのったつもりで、開発をまかせてくれていいぞ」


 司令室に入ってくるなり、男はゲラゲラと高笑い。

 男――天野 才斗は眼鏡をかけ白衣を着た学者風の格好をしていた。身だしなみにあまり気を使わないのか、真ん中で分けた黒髪は寝癖でボサボサでひげは伸び放題。着ている白衣やインナーに着ているワイシャツはシワシワだし、なぜか下駄を履いている。顔はある程度整っているのだが、目元が眠そうに垂れ下がっており、失礼な言い方だが知性がありそうには見えない。


「その開発の件なのだが、あなたは本当に変身装置の研究をしていたのか?」

「あなた、という言い方は余所余所しいぞ。私の事はドクターと呼んでいただきたい」


 呼び方に拘りでもあるのだろうか。まぁ、いい。


「……では、ドクター。同じ質問になるのだが、本当に変身装置の研究をしていたのか?」

「面接の時に言った事は本当だ。私はJHKに在席し、変身する為の怪しげな機械の研究をしていた。その部分に関しての知識と技術は信用して頼ってくれても良いぞ」

「では、もう一つ。ドクターは変身装置が作れるのか?」

「作れるか……と聞かれると、作れるという答えにはなる。ただ、残念な事に私は作る前にやめさせられてきたからな。研究実績はあっても、製作実績は無い」

「作った経験がないのに、作れるというのはどういう意味だろうか?」

「変身装置と言っても色々あるのだ。私が作ろうと研究していたのは、今までの既存の技術では実現しなかったまったく新しいタイプの変身装置だ。理論の完成まではいったのだがな、JHKをやめた事により製作段階まではいっていないのだ。だが適切な機材と設備があれば、すぐにでもお見せする事ができる。安心して欲しい」


 変身するから変身装置というのではないのだろうか?

 私の疑問にドクターは、「学がないぞ、大首領」とケラケラと笑いながら答えた。学が無いというよりは、どちらかというと記憶がないのだがな。

 ドクターが言うには変身装置と一口に言っても、様々な種類があるそうだ。

 肉体強化という点では皆一様に同じなのだそうだが、体を覆う面積や形状、使用用途や変身方法と、事細かに分類されているらしい。

 例えばこの間のファイヤーレッドは、全身を覆う形状+瞬間装着という典型的なタイプのようだった。他にも部分的に覆う+自分で装着するという鎧タイプのものや、基本は全身を覆っているが口元や体の一部分が露出した形状というのもあるそうだ。

 また水中機動、空中機動、陸上機動にそれぞれ特化したものや、変り種でいうと特殊工作に特化したものまであるらしい。

 変身装置と言っても様々な種類があるのだな。勉強になった。


 アリスの調査の結果、JHKに在席し研究者として勤務していたのは確かなようだった。また、JHK側のスパイという可能性も限りなく低いらしい。

 ちょうど欲しいと思っていた矢先の事だったので、あまりにも都合が良すぎると勘ぐりたくもなるのだが、縁というのはそもそも奇なものだ。こういう出会いもまたあるのだろう。私は彼の採用を認める事にした。


「ありがとう、英断に感謝する」

「では開発室にご案内します。こちらへどうぞ」


 さっそく施設内を案内するのだろう。アリスはドクターを連れ、司令室を出て行く。その途中、ドクターがドアの前で立ち止まり、こちらへ振り返った。


「あぁ、そうだ。私が作れるのはなにも変身する機械だけではない。その過程で発見された技術を利用して武器や兵器を作る事もできるし、簡単なものでよければ施設の設備開発もできる。なにか必要になったのであれば、ぜひ相談してくれ」


 ドクターの提案は願っても無い事だった。こちらからお願いしたいぐらいだ。


「わかった、ドクター。では、私の方からも一ついいかな?」

「なんだろうか」


 私はふと疑問に思っていた事を聞く事にした。


「ぶしつけな質問で申し訳ないのだが、なぜJHKをクビになったのだね?」


 彼は少しだけ眉を吊り上げたが、すぐに眠そうな表情に戻ると、少しおどけたような態度でこう言った。


「大首領、今年のトレンドを知っているかね?」

「トレンド?」

「今年のトレンドは影のある男。つまりは、秘密だ」


 ドクターはそれだけ言うと、手のひらをひらひらさせ、司令室から出て行った。




 さて、それから数日が過ぎた。

 ドクターは連日連夜、研究室に引きこもり変身装置の開発に勤しんでいる。アリスの見立ては確かだったようで、開発の進捗はまずまずのようだった。

 そんなある日、私は一人訓練室で鍛錬に勤しんでいた。組織の戦力増強を行ってはいるが、やはり自分自身も強くならなければいけない。そう思って、日々の生活の中に自分自身の訓練の時間を入れるようにしていた。


「ふんっ! ……いや、違うな。こうかっ!?」


 ビシュッビシュッと私の拳が空を切る。シャドーボクシングの要領で目の前に敵をイメージしそれに向けてひたすら拳を振るうが、いまいち感覚がつかめない。

 そもそも私は戦闘に関しての知識というのがあまりない。アリスのおかげで衝撃波は出せるようになったのだが、それ以外の例えば格闘の理論などに関しては素人もよいところだった。格闘技の教本あたりをこんど読んでみたほうがいいだろうな。


「マスター、何をされているのですか?」


 訓練室にアリスがやって来た。そういえばこの後、アリスと買出しに行く約束をしていたのだったな。すっかり忘れていた。


「おぉ、アリスか。すまんすまん、すぐに出かける準備をする」

「もしかして、お体を鍛えていらっしゃったのですか?」

「うーん、まぁ、そんなところだ。私も皆を守る為に少しは戦いの仕方を身につけようと思ってな」


 シュシュッと右手と左手を交互に突き出す。

 そうだ。いい機会だから聞いておこう。


「アリス、今の私に衝撃波以外で使える必殺技的なものはないか?」

「滅びの凱歌以外にですか?」


 滅びの凱歌か。たしかにあれは強力な技なのだろうが、出たり出なかったりと安定しないのでは使い物にならん。

 もっと安定して、いつでも使えるような技がいいのだ。


「なるほど。しかし、マスターのお力を考えると何をやっても必殺の威力がありますので。改めて習得しなくてもよろしいかと」

「だが、お前のかけてくれた能力制限の件もある。私が私の力を使いこなすという意味でも、何かしらはあったほうがよい」


 この間の落武者連中程度であれば問題はないのだろうが、ファイヤーレッドのような敵が相手だと安心もしてられない。

 アリスは少し考える仕草をすると、「そうですか」と答えた。


「マスターにそこまでのお考えがあるのであれば、よいのではないでしょうか。例えばどのような技をご所望なのですか?」

「難しい技術が必要なものは困るのだが、とにかく相手に大きなダメージを与えられるものであればいいのだ」


 とっさの判断が求められる戦闘時に、あれこれ算段を立てないと使えない技は今の私には荷が重い。

 簡単で大ダメージなんて都合のいい技があるかどうかはしらんが、できる限りお手軽な奴がいいのだ。


「ふむ……では、牛殺しなどいかがでしょう?」

「牛殺し?」


 ずいぶんと強そうな響きだな。

 

「それは簡単なのか?」

「簡単というか、マスターが過去よく使っていた技です。たぶん、今のマスターでも十分使いこなせると思います」

「そうか、もし覚えているのであれば、どんなものなのか教えてくれないか?」

「はい。まずは、こう……腕をまっすぐ前に伸ばします」


 彼女はそう言うと右腕をまっすぐ前に伸ばした。私もそれに習う。


「腕を真っ直ぐだな。次は?」

「こぶしを相手に向け、人差し指と親指で輪を作ります。この時、人差し指は親指に引っ掛け、力を貯めます」


 なるほど。手の甲を上に向けて、人差し指と親指で輪を作る。


「相手の頭の上部、眉間の辺りを狙い、思いっきり人差し指をぶつけます」


 ふにゃっとアリスの人差し指が放たれる。


「以上です」


 どうやらそれで終わりらしい。

 人差し指と親指で輪を作って、力を溜めて、その人差し指を相手にぶつける。

 んん?


「どうしました?」

「アリスよ、これは、いわゆる一つのデコピンと言うものではないのか?」

「世間ではそういう言い方もあるみたいですね」


 牛殺しという仰々しいネーミングで分からなかったが、要は単なるデコピンだ。


「眉間は人体の急所であり、マスターのお力で打撃を受けた相手は大抵の場合脳震盪を起こして倒れるか吹っ飛ぶかのどちらかです。昔はよくこの技をミスをした部下達に使っていたと記憶しています」

「確かにこれなら簡単ではあるが、デコピンじゃなぁ」

「ちなみにこの牛殺しを使い厚さ十センチのコンクリートを粉砕したという記録があります。威力としては申し分ないかと」


 デコピンでコンクリートを粉砕……。


「見た目は単純な物ですが、要は使い方です」

「使い方も何も、デコピンはデコピンだろ?」

「指先に力をイメージして使ってみてください」


 アリスにふざけた様子はなく、すごく真面目に言ってくる。とりあえず言われたとおりにやってみるか。

 指先に力をイメージして、でこぴん……っと。


 親指の拘束を離れた人差し指が勢いよくはじけると、ズバシュッとデコピンならぬ風を切る音が鳴る。その指先からは衝撃波が発生し、訓練室の壁にぶち当たると、盛大な炸裂音を立てて爆発した。衝撃波があたった壁からもくもくと白い煙が上がっている。

 ……え? なんだこれ?


「さすがマスター。現役時代には遠く及びませんが、それでもさすがの威力ですね」


 え、え、え? 今デコピンの衝撃波で壁が吹っ飛んだぞ!?


「だから申し上げたとおりです。マスターのお力であれば何をやっても必殺の威力になるのです」


 こうして私は滅びの凱歌に続く第二の必殺技『牛殺し』をマスターしたのだった。

 ……まぁ、ただのデコピンなのだがなぁ。



 その後、私はアリスを連れ約束どおり買出しに出かけた。今回は遠方にある店らしいので珍しく車での移動となる。乗っているのは白の軽トラで、この間の地熱発電所からの帰りもこの車を使ったそうだ。

  

「マスター自ら運転なさらなくても、私が運転しましたのに」


 助手席に座っているアリスが申し訳なさそうな顔をしている。


「お前は運転は出来るのだろうが、見た目が子供だからな。傍から見ると色々とまずいのだ」

「マズイとはどういう意味でですか?」

「道路交通法的にだ。車の運転は十八歳からと決まっている」


 私も正規の免許証は持っていない。私の持っているのはアリスの作った偽造免許証だ。それはそれで問題なのだろうが、子供の容姿であるアリスが運転するよりはいくぶんマシだろう。


「悪の組織なのですから道路交通法なんて守らなくてもいいのではないでしょうか? それに私は見た目はこうですが、生まれてから五十年経っています。人間達の数え方で言うのであれば五十歳という事になりますので、年齢的にも問題はないのではないでしょうか」

「実年齢はともかく、見た目が問題なのだ」

「見た目、ですか」


 そう言われたアリスは、何かを確かめるかのように自分の体をぺたぺたと触り始める。私の気のせいで無ければ、胸の辺りを集中的に触っているように見えるのだが……っと、危ない。運転中だったな。前を見なければいかん。

 彼女はぺたぺたぺたと自分の体を触り続けると、呟くように「……やはりバストが小さいのが問題なのでしょうか」と言った。


「いや胸がじゃなくて、全体的に小さいのが問題なのだが。っていうか、お前、胸の大きさを気にしていたのか?」

「昔はそれほど気にしてはいなかったのですが、最近は気にしています。雨さんから借りた女性週刊誌に『男性は胸にやすらぎを感じる』と書いてありましたので、少しでもマスターの癒しになれればと努力しているところです」


 何をどう努力しているのかは気になるが、胸の大小がその人間を決める訳ではない。あまり気にしすぎないほうが私はいいと思うのだがなぁ。


 アリスが小さいのは成長していないからだ。作られた頃から今日まで、その肉体が成長していないという事はアリスから直接教えてもらっている。それが人造人間というものなのかもしれないが、心の進歩に体がついてこないのは、ものすごく悲しい事のような気がしてならない。

 昔の私はアリスの将来的な事も含めて作らなかったのだろうか? それとも作れなかったのだろうか? もし分かるのであれば、どういう意図があってアリスを作ったのか知りたいと思った。


「……マスターもやはり大きい胸に魅力を感じるのですか?」


 私は別の件を考えていたのだが、彼女は押し黙っている私を見て自身の胸の事を考えているのだと勘違いしているようだ。


「いや、別に大きければ良いというものでもないだろう。それに小さければ小さいで需要はあるだろうしな」

「需要ですか? どのような所で需要があるのですか?」


 それを私に聞かないで欲しいのだが。

 どこかで「このロリコンどもめ」という謎の一つ目お化けの声が聞こえたが、それはこの際無視だ。


「いや、まぁ、色々だ。まぁ、どんな事でも努力する事はいい事だと思う。気の済むまで努力し続けるといい」

「かしこまりました。成果が出ましたらお見せしたいと思います」


 見せるって何を見せる気だろうか。まさかいきなり服を脱いだりしないよな? いくらアリスでもそこまでは……するかもしれん。後々の被害を減らす為、後でアリスに言い含めておこう。


「そういえば、マスター。次の制圧作戦の件だったのですが……」

『そこの軽トラ、止まるっすーっ!』


 拡声器でも使ったかのような女性の声が聞こえた。ミラーを見ると私達のすぐ後ろをパトカーが走っているようで、赤色灯が点灯している。女性の声に遅れて、ファンファンファンとサイレンが鳴り響いた。

 軽トラって、私達の事か?

 周囲を確認してみるが、私達以外の軽トラは走っていない。後ろのパトカーが呼んでいるのはどうやら私達のようだった。

 だが、何か悪い事でもしただろうか?

 シートベルトはしているし、法廷速度も守っている。止められる理由が見つからない。


「アリス、後ろのパトカーが私達を呼んでいるようなのだが、何か心当たりはあるか?」

「いえ、なにもありません。悪い事はしていないはずです」

「そうだよな、何もしていないよなぁ」


『聞こえないっすかぁ!? そこの軽トラ止まるっすっ!』


 私達が止まらないからなのかパトカーの女性が再度拡声器で私達に呼びかける。うぅむ、何かは良く分からんが一応止まっておくか。

 私はハザードランプを点灯させて路肩に車を駐車しようとハンドルを切る。

 その時。


『そこの盗難車両、いい加減に止まるっすよっ!」


 盗難、車両?

 そこで一つ、私は思い出す。

 そうだ、そうだった。この車は、あの日雨達が盗んできた盗難車両だったのだ。


 ハンドルを切りなおし、再び車線へ車を戻してから、アクセルを踏みなおす。

 軽トラは加速し、パトカーを引き離していく。それに気付いたパトカーが逃走とみなしたのかサイレンを鳴らしながら私達を追走する。さっきまでの穏やかな空気は一変し、カーチェイスが始まってしまった。


「マスター、止まるんじゃなかったんですか?」

「あのな、これは盗難車両だぞ!? 警察に捕まってしばらくの間、臭い飯を食い放題になるんだぞ!?」

「悪い事をしていないのに捕まるのですか?」

「盗難という時点で悪い事なのだ!」

「なるほど、それは知りませんでした」


 この子の中では、盗難は当たり前の事のようだ。最近アリスへの一般常識教育を怠っていたのが悔やまれてしょうがない。

 悪い事をしたのだから捕まってもいいと思うのだが、こちらは悪の組織だ。盗難の罪だけで怒られるとは到底思えない。地熱発電所の件とか地熱発電所の件とか地熱発電所の件とかで、下手すりゃ死刑かもしれんぞ。

 もう、こうなったら逃げるしかない!


『軽トラごときが、この改造パトカーから逃げられると思わない事っすっ!』

 

 パトカーは速度をあげ、私達との差をぐんぐん縮めてくる。

 軽自動車の軽トラと乗用車のパトカーでは馬力が違い過ぎる。直線では勝負にならんか!

 私はハンドルを勢い良く左に切り込み、車体を路地へ滑り込ませる。入り込んだ先は住宅街の細めの路地らしく、車が一台通れるかどうかぐらいの狭さだ。電柱にぶつかりそうになったり、散歩中のおばちゃんを跳ねそうにはなるが、スピードは落とせない。路地の両端は住宅の壁になっており、道幅の狭さもあって、まるでジェットコースターを操縦しているような気分になってくる。


『わーっはっはっはっはっす!』


 そんな私達の後ろをパトカーが追撃。壁に車体を擦ろうが、電柱に後部をぶつけようがお構いなしで突っ込んでくる。その勢いは追いかけるというより、車体をぶつけてこちらを吹き飛ばすかのようだ。まったくとんだ婦警さんもいたものだ。あっちはあっちで道路交通法全力無視ではないか!


「マスター、お困りのようですね」


 この状況でもアリスの顔色は変わらない。あいかわらずいつものポーカーフェイスだ。冷や汗ダラダラの私とはまるで正反対だ。


「あぁ、お困りだ! 大変お困りだぞ!」


 目の前にT字路が現れ、急ブレーキをかけながらハンドルを右に切り込む。車体が悲鳴をあげなら、壁すれすれで路地を曲がる。ちょめちょめDも真っ青のドリフトテクニックだ。自分でも気付かなかったが、私のドライビングテクニックはかなりのレベルのようだぞ。


「では、なんとかしましょう。もう少しで大きい道路に合流します。その手前で車内から脱出しましょう」


 そう言って彼女はシートベルトを外すと、私の腹の上に移動しだっこの形で抱きついてきた。


「合図をしたら、いちにのさんで外へ飛び出してください」 


 どうやらアリスを抱えたまま外へ飛び出せという事のようだ。

 走行中の車からダイブなんてした事はないが、そのぐらいの動作であればなんとかできるだろう。


 前方に車通りの多い道が見えてきた。あそこがアリスの言っていた道路だな。


「では、いきます。いちにの……」

「さん!」


 右手でドアを殴り飛ばし、アリスを抱えてそのまま車外へ飛び出す。慣性が働き体がバランスを崩して地面に叩きつけられそうになるが、足腰で強引に捻じ曲げ、地面に滑るように着地する。着地した勢いは殺しきれず、そのままズササササッと体が横滑りする。その間に私達を失った軽トラは真っ直ぐ直進し、向かいの建物に突っ込んだ。

 その直後、私達のすぐ目の前をパトカーが猛スピードで通り過ぎる。


『ば、バカなーっす!?』


 パトカーが急ブレーキをかけるが間に合わない。先に突っ込んでいた軽トラと同じく、向かいの建物に頭から突っ込み、爆発、炎上した。


「な、なんとまぁ……」


 辺りはあっという間に事故現場になってしまっていた。


「さぁ、今のうちにここを離れましょう」

「あ、あぁ、そうだな」


 私はアリスに手を引かれ、その場を逃げるように去ったのだった。

 一応、救急車ぐらいは呼んでおいてやるか……。



 アリスに案内されて到着した場所は寂れたビルだった。

 四階建てのビルではあるのだが、外壁はボロボロで看板なども特に出ていない。二階と三階の窓にはテナント募集のポスターが張られており、一目見ただけで繁盛していないビルなのだというのがよく分かる。ここが目的の店なのか?

 ビルのあまりのボロさに私は戸惑っていたのだが、アリスは気にしていないようでビルの正面右側にある細い階段を上がっていく。慌てて私もその後を追いかけた。


 目的の店は四階にあり、店のドアには鍵が掛かっていたのだが、アリスが三回ドアを叩くと扉の向こうから男の声がした。どうやら営業中ではあるようだ。アリスが二言三言話すとドアの鍵が外され内部に招き入れられる。

 店内は薄暗く場末のバーのような感じだったが、どう見ても普通の店ではないのはすぐに分かった。客層の大半は外国人でこちらを見ながらなにやら英語でぶつぶつと話をしているし、日本人がいたとしても全うな筋の人間には見えない。素人の私でも周囲に漂う違法の匂いがはっきり分かる。

 アリスはそのまま店のカウンターに座ると、指先でテーブルを二回叩く。すると店員と思われるがたいのいい外国人がやってきて、アリスになにやら英語で話しかけていた。二人はそのまましばらく会話をすると、男は手のひらを返して肩をすくめ、店の奥へと下がっていった。


「……アリス、ここはなんの店なんだ?」


 アリスが一人になったタイミングを狙い話しかける。


「ここは表向きは外国人向けのバーとなっていますが、裏では重火器の販売を行っている店です。ここの品は全て正規の品で格安の上に交渉しだいではさらに値引きも可能です。照明が薄暗くたばこ臭い店ではありますが、なかなか良心的な店ですよ」


 そう言われて周囲を改めて見回してみる。

 店にいる男達にはどことなく硝煙の匂いがする感じだし、驚くほど隙がない。酒を飲んだりビリヤードに興じたりとリラックスしているようにも見えるのだが、時折り周囲を鋭い目つきで見渡している。ここにいる人間全員が何かしらの裏家業に身を置いているという事なのだろう。

 まさか私の人生でこの手の違法商店に入る機会があるとは思ってもみなかった。


 やがて店の奥から先ほどと違う店員が現れた。

 黒人の外国人で、歳は三十半ばといったところだろうか。ボディービルダーと言われても信じてしまうぐらい全身筋肉だらけで、着用しているTシャツがパッツパッツンになっている。表情は穏やかで口ひげの似合う男という感じはするのだが、この男も周囲の男達と同様油断のできない鋭い目つきをしている。

 

「よぅ、アリス。男連れとは珍しいじゃねぇか」


 彼はカウンター越しに私達の前に立つと、白い歯を光らせニカッと笑った。


「ボブひさしぶりですね。最近の調子はどうですか?」

「いやぁ、JHKやら公安やらの動きが活発でな。商品の入荷が遅れに遅れて迷惑してるぜ。ま、あんたらに迷惑がかかるような事はするつもりはないから、その辺は安心してくれていいぜ?」

「そうですか。くれぐれも欲に目がくらんで落とし穴にはまる自体だけは避けてください」

「この業界は一歩先は闇だからな。その辺は弁えてるさ」


 そう言って男は豪快に笑う。


「アリス、この人は誰だ?」

「すいません、紹介が遅れました。こちらはボブ・ウィリアムズ。上方エリアを中心に商売を行っている武器商人です。店の規模は小さいですが、大抵の物は仕入れてくれます。少々お金に汚いのがたまにキズですが、こちらが代金をしっかり払っている間は信頼が置ける人です」

「俺達の関係は、とどのつまり金だからな。それさえしっかりしてくれていれば、俺も誠意を見せるぜ?」


 ボブと呼ばれた男が、私に向けて右手を差し出す。


「あんたが大首領様だろ? 話はアリスから聞いてるぜ。今後ともごひいきに」

「あ、あぁ、こちらこそ」


 彼の右手を握り返し、短い握手をする。


「俺のモットーは『金さえ払えばなんでも集める』でな、戦車でもヘリでもご要望があれば集めてくるぜ? おぉ、そうだ、実はいい商品があるんだよ。ロシアの核廃棄施設から流出したプルトニウムなんだが、今なら格安で手に入るんだが買わないかい?」


 プルトニウムと言われて私は思わず噴出してしまう。

 それって核爆弾の材料かなにかだろ!?


「私達は核爆弾を作るつもりはありません。人が住めぬ土地を作ってしまっては、せっかくの征服の意味がなくなってしまいます」

「そりゃそうだろうな」


 ボブ的にはプルトニウムを売るという話は冗談だったのだろう。あっさりと引き下がると、テーブルの上にA4サイズの紙を置いた。


「言われていたものは一通り揃えた。確認してくれ」


 男から紙を受け取るとアリスはそれを読み始める。どうやら紙に書かれているのは銃器の名前のようだ。

 M92F、MGS2TK、M1911A1、MP5SD2、P90とこの間アリスに説明された重火器の名前が一覧になっており、その横に数字が書いてある。どうやら納品書かなにかのようだった。

 話を聞くと、前回組織の戦力増強に向けての話し合いの後こちらの店に重火器の発注をかけていたそうで、それの確認に来たのだそうだ。納品書の内容に問題はなかったようで、アリスはその納品書をスカートの中にしまい込む。


「ではなるべく早く納品してください。支払いはいつもどおりでいいですか?」

「あぁ、今後ともよろしく」


 

 それから四日後、組織に大量の木箱が届けられた。

 木箱には白いペンキでCAUTIONだのDANGERだのと書かれている。どうやらアリスがこの間発注をかけた武器が届いたようだった。アリスと風美、それに数名の戦闘員で中身の確認をする。釘打ちされている蓋をくぎ抜きで取り外すと、中には藁が大量に詰め込まれており、その中に重火器が埋まっていた。

 戦闘員3号が弾の入っていないライフルをかかげ「ばばばばばっ!」と言いながら発砲のマネごとをしている。まるでおもちゃを与えられた子供のように見えるのだが、彼が持っているのは実物のライフルである。危険なので遊ばないように注意をしておいた。


「それでドクターの様子はどうだ?」


 木箱の片づけがひと段落ついた後、私はアリスにドクターの最近の様子を聞く事にした。というのも彼は初日に司令室で会った以外、私と会っていなかったからだ。勤務を始めてそろそろ一週間は経つし、経過ぐらいは聞いておいたほうがいいだろう。


「はい。勤務初日から張り切って研究をされています。もう三日ほど開発室から出てきていません」


 アリスの話ではほぼ二十四時間研究室に引きこもり研究をしているとの事だった。風美の方から食事の差し入れはしているらしく、翌日の朝には食器が外に出されている事から一応ご飯は食べている様子らしい。


「うぅむ、体を壊さなければよいのだが」


 いくら本腰を入れて研究しているとはいえ、体があっての仕事だと思う。無理な仕事の仕方をして体をおかしくしなければよいのだが。


「本人は一週間までなら不眠不休でいけると言っていましたので、まぁ、大丈夫なのではないでしょうか。よい大人なのですし自己管理ぐらいはしてくれるでしょう。むしろ勝手に無理して倒れて欲しいぐらいです」


 アリスが珍しく辛辣だ。


「どこかトゲのある言い方だな」

「研究の進捗からとても優秀な方であるのは分かりました。天才というのもあながち間違いではないでしょう。ですが、一点問題があります」


 問題? 何かトラブルでもあったのだろうか。


「それはなんだ?」

「セクハラがひどすぎます」


 へ?

 思わず間抜けな返事をしてしまう。


「雨さんの報告によれば気を抜くといつお尻を触られるかわからないのだそうです。聞き取りの結果でも、すでに組織の過半数の女性がなんらかの被害にあっている事がわかっています」

「それはその……困ったものだな」


 英雄色を好むという言葉があるが、天才もそんな感じなのだろうか? いや、ドクターが特別スケベなだけか。

 セクハラ、パワハラは今の世の中じゃ組織内の害悪だ。そんなものがうちの組織で横行しているのは困りものだな。


「はい、困りものです。マスターの方から一度お叱りになっていただけませんか? 雨さん達からもそういう要望も出ています」

「わ、わかった。後でそれとなく話してみよう」

「ありがとうございます。ちなみに私もお尻を触られました。念の為にご報告しておきます」


 ……なに?


「私のような発育の悪いお尻を触っても性的興奮は得られず、なんの意味もないと思っているのですが」


 な、なんだとっ!?

 私の堪忍袋の尾が一瞬で切れ、全身からいつぞやのどす黒いオーラがあふれ出す。


「い、いつの話だ、それは!?」

「つい先ほどです。木箱の確認の為に司令室を出た直後にドクターに会ったのですが、その時に触られました」

「ど……ドクターーーーーーッ!?」


 私の咆哮が食堂内に響き渡る。

 すぐ傍に置いてあった適当なライフルを手に取り、その柄をギリギリと握り締める。

 ふふふふっ、ドクターよ、お前は触れてはならんものに触れてしまったようだな!

 女性の体に興味があるのは同じ男性として理解できるが、それを他者に強要する事は許される事ではないぞ。しかも成熟した女性に対して行うならまだしも、まだ成長途中である幼いアリスに対して行う事は、男して、いや、人として許す事はできんっ!


「マスター、どちらへ?」

「ドクターに説教だ! アリスに手を出すのだけはまかりならん! 一発ぶんなぐってくる!」


 ライフルをぶんぶんと振り回す。一振りごとに旋風が巻き起こり、食堂内のテーブルをなぎ倒した。

 気分が高揚するぞ。これが殺意か、殺意の波動か!?

 ファイヤーレッドと対峙した時でも感じなかった、恐ろしいまでの破壊衝動が私を突き動かす。ドクターを殴り倒せと轟き叫ぶ!


「いけません。そんな物を使ってマスターのお力で殴ってしまったらドクターが撲殺されてしまいます」

「そうなったら庭に撒いてひまわりの肥料にしてくれるわ! どこだ、ドクターーーーーーーッ!」


 私は狩りの獲物であるドクターを捜し求め、目を血走らせながら食堂を後にした。

 さぁ、ドクター、自分の罪を数えて待っていろっ!


「そこまで本気で叱っていただかなくても結構なのですが。でも、なんだかちょっぴり嬉しいですね。なんででしょう?」


 数刻後、アジト内にドクターの断末魔が響き渡った。

 

 


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