出撃! 悪の秘密結社
「よく集まってくれた、我が精鋭達よ」
某日悪の秘密結社食堂内。照明は落とされ室内を陰湿な空気が漂っている。その一角で雨は多数の戦闘員達を集め、なにやら演説を行っていた。
「本日皆を招集したのは他でもない。かねてより計画を立てていた作戦を、ついに実行する時が来たのだ!」
「おぉぉぉ~っ!」と戦闘員達がざわめく。ある者は拳を握り締め、ある者は肩を振るわせる。
「計画と言うと、ついにあれが!?」
戦闘員5号が興奮を抑えきれないのか鼻息荒く雨に問いかける。
「うむ、ついに時は来たのだ」
腕を組み、力強く頷く雨。その雨の態度に、戦闘員達は更にざわめく。
時期尚早ではないか、本当に大丈夫なのかと不安を露にする者も何名かいるようだ。
だがそんな戦闘員達を雨は一喝。普段のおちゃらけた仕草はなりを潜め、今は悪の幹部としての凄みを感じさせる堂々とした態度だ。
「我々に退路はないのだ。我々は今日この日を向かえる為に、血の滲むような特訓を繰り返してきたのだ。その諸君らの努力が報われないはずがないのだ!」
雨は戦闘員達を鼓舞する。そうだそうだと戦闘員達が活気付く。
「戦闘員の諸君、粉骨砕身、玉砕覚悟、焼肉定食で作戦を成功させるのだっ! 悪の秘密結社、出撃なのだっ!」
雨の号令に戦闘員達が手を天高く掲げ、「キキィーッ!」叫ぶ。
今、悪の秘密結社は出撃の時を迎えたのだった。
「……となにやら凄んでいたのはいいのだが、ここはどこだ?」
戦闘員達を引き連れて、私達がやってきたのは、なぜかはわからんが大型のショッピングセンターの前だった。
昨日の夕食後の事だ。アリスに新しく取り寄せてもらった犯罪関連の本を読んでいると自室に雨がやって来た。なにやら少し興奮した感じだったのだが、話を聞くと今日の午後から戦闘員を全員貸して欲しいとの事だった。詳しい理由を求めたのだが雨は貸してくれの一点張り。理由もなく戦闘員は動かせないと伝えると、この間の風邪の件を引き合いに出され、なかば脅しのように了承させられてしまっていた。
風邪の件を引き合いに出すとは雨も策士だなと思ったのだが、後で考えてみればあの興奮状態で雨が策を思いつくとは思えない。雪あたりの入れ知恵だろうな、きっと。
そんな訳で雨は戦闘員達を引き連れて、ここ高雲野LA・IONショッピングモールにやって来ていた。LA・IONと書いてライオンと読むらしい。
本来の計画では雨と戦闘員達だけで行くそうだったのだが、何かあれば困ると思い、私とアリスと雪も同伴していた。ちなみに風美は松木市のハローワークに出かけており、本作戦には未参加だ。
「ついたのだーっ!」
『うおぉぉぉぉぉぉーっ!』
私の視界の奥で、雨と戦闘員達がショッピングモールを前に叫んでいる。
「LA・IONだ、LA・IONっ!」
「生LA・ION初めて見た~っ!」
「写メ撮ってお袋にメールしようっと!」
何が嬉しいのか、携帯電話で写真を撮ったり、知人に電話したりとそのはしゃぎっぷりは田舎者もいいところだ。
「何と言いますか、おのぼりさん丸出しですね」
アリスも私と同じ感想のようだ。
「出だしから雰囲気満点で出撃はしていましたけれど、何をするつもりなんですの?」
雪も話を聞いていなかったのか、呆れ顔。策は授けても、詳しい内容までは聞いていなかったようだ。
「えっとね、今日は伝説のカピパラパンの発売日なのだ」
かぴぱらぱん? なんだそりゃ?
「アリス、知っているか?」
「はい。切っても切ってもカピパラな不思議なパンの事です。現在ではパンを焼き続けて六十八年の人間国宝である歯舞さんにしか作れないと言われており、わずか6cmしかない『しっぽ』の部分が特に美味なのだそうです。歯舞さんは人前に極端に出たがらない生粋の職人肌らしく、自分の納得のいく食材が入った時しかパンを焼かないそうで、年に数百個生産されるかされないかと言われています。その為、カピパラパンの販売は抽選式となっており、その当選確率は千分の一とも言われています」
「そう、それそれ。アリスちゃんはなんでも知ってるのだ」
なんだ、つまりそのカピパラパンとやらを入手する為に、わざわざ戦闘員を集めて出撃させたって事か?
母数をあげれば、それだけ当選確率が上がるというのは分からん理屈ではないのだが、そんな事の為にわざわざ戦闘員全員に出撃をかけなくても。
「大首領様は甘いのだ。カピパラパンがどれだけ入手難易度が高いか知らないからそんな事が言えるのだ」
「入手難易度が高くても結局はパンだろ? そこまでして食べなきゃいけないものか?」
ラーメン一杯に二時間待つ……なんて内容のテレビを見たりはするが、私はどちらかというと並んでまでは食べなくてもいいと思う方だ。
雨の場合は、並んででも食べる方なのだろうな。
「命短し食べまくれ乙女ってことわざがあるぐらいなのだ。女の子の食欲は止められないのだ」
いや、それを言うなら『命短し恋せよ乙女』だろうが。しかもことわざじゃなくて、大正時代の歌の歌詞だ。
……まぁ、いいか。皆で買い物に来たとでも思えば、それはそれでありだろう。せっかくの機会だし、この間考えていたアリス用の低反発枕でも探すか。
「わかったわかった、好きにしろ。戦闘員達も、雨に協力してやってくれ」
『キキィーッ!』
戦闘員達が横一列に並び、天高く右手を掲げて声高々に叫ぶ。っていうか、パンを買うのに戦闘員服で来る事もないだろうに。
よくよく周囲を見回してみれば、周りの視線を集めているのがよく分かる。あぁ、子供が指差してるぞ。
「では、全軍進撃~っ!」
戦闘員達を引き連れて、意気揚々と店の中に入っていく雨。その後ろを、やれやれといった感じで同伴組も着いていった。
高雲野ショッピングモールはLA・IONという会社が経営する大型の商業施設だそうだ。
施設内は大きく三つに分けられていて、テナントやスーパーマーケットが入った商業施設中心のA館、映画館やスポーツセンターが入っているB館、レストランやイベントホールが入っているC館となっている。それぞれ独立した建物ではあるが、各館とはスカイウォーク型連絡橋や地下通路で繋がっており、A館とB館の間には全天候型の吹き抜けアトリウムがある。一つの場所で大抵の物が揃ってしまうがコンセプトらしく、食料品や衣類といった基本的なものから、家電製品や本、めずらしいものでいうと歯科医院まで入っているというから驚きだ。
カピパラパンの抽選及び販売はA館とB館の間にあるアトリウムで行われるらしく、今はそちらに向かって移動中だ。
しかし、ここはとにかく広い。建物内に入って結構歩いたつもりなのだが、まだ着かない。上に上がり下に下がり、曲がって突き進んでまた曲がる。
施設内は平日の割りに混み合っており、家族連れや外国人観光客が多く見られる。私達の一団は四十名を超える団体なので店内を移動するのに苦労しそうなのだが、実はそうでもなかったりする。何故かというと、私達が歩いていくと人がまるでモーゼの十戒のようにキレイに割れていくのだ。
まぁ、私達の格好が格好だからな、道を空けたくなる気持ちもわからんでもない。私が逆の立場だったら、同じようにするだろうし。
「看到這裡! 看到這裡!」
「いぇーい! ぴーすぴーす!」
中国人観光客が中国語でスマートフォンを指差しながら何かを叫んでいる。雨はそちらに向かって笑顔でピース。中国人観光客がスマートフォンでこちらをバッシャバッシャと激写している。私達は見世物じゃないんだぞ、勘弁してくれ。
そんな事を思いながら施設内を更に進み、ようやく目的の場所に到着した。
アトリウムはかなりの広さを持った広場だった。吹き抜けと聞いてはいたが、まさか天井部分が全てガラス張りになっているとは思わなかった。屋内だというのに広場には太陽の光が燦々と降り注いでおり、中央にある噴水の水がキラキラと光り輝いている。噴水の周りには休憩用のテーブルや椅子が設置されており、カップルや親子連れが思い思いに食事を取っているようで、とても穏やかな風景がそこには広がっていた。
噴水の更に奥には特設ステージが設けられており、どうやらそこで本日のカピパラパンの販売を行うようだった。
「で、とりあえずはどうするんだ?」
「んーとね、まずは皆で抽選券を貰うのだ」
今は13時をちょっと過ぎたぐらいの時間なのだが、14時まで抽選券が配布され、その後15時から抽選、16時から販売という流れらしい。
よく見るとステージの前には長蛇の列が出来ている。あれが抽選券の配布場所なのだろう。
「抽選券を貰うだけでも並ばなきゃいけないのか」
並ぶ事が嫌いな私はげんなりするが、そもそもこれが目的で来ているのだから諦めるしかない。
それからたっぷり三十分。「悪の組織なんだから列を吹き飛ばして整理券を奪えばいいのだ」と騒ぐ雨をなだめながら、私達は無事整理券を手に入れる事ができた。
さて、抽選は15時からという話である。今は14時ちょっと前だからまだ一時間以上も待ち時間がある。
このままここで待機していてもいいのだが、私達の団体は周囲の注目を集めすぎてしまう。一時間以上さらし者になるのは正直勘弁していただきたい。そんな訳で、時間まで各自自由行動にする事にした。私もアリス用の枕を探しに行きたかったしな。ちょうどいいだろう。
戦闘員達が思い思いの場所へ散っていく。雨と雪はどうやら服を見に行くようだった。……服、か。
「おい、二人とも」
服屋へ向けて歩き出そうとしていた雨と雪を引き止める。
「どうしました?」
「お前達、申し訳ないのだが、服屋に行くのであればアリスも連れて行ってくれないだろうか。お金は私が払うから、何着か見繕って欲しい」
雨によってコスプレさせられる機会が多いアリスだが、本人の持っている服のレパートリーは出合った頃から増えていなかった。男の私ではアリスに何が似合うのかは分からないし、こういうのは同姓同士の方が話も合いやすいだろう。
「それは構いませんが……」
「じゃあ、雨ちゃんが選んであげる!」
二人は快く引き受けてくれた。
「いいか、雨よ。けっしてお前の趣味趣向で選ぶなよ。いくら似合うといってもネタに走るのは無しだ。あくまで一般的な服だけを選べ。いいな!」
「雨ちゃんを信用して欲しいのだ」
彼女は不服そうに唇をとがらせるが、こういう事に関しての雨の信頼度はかぎりなく低い。念の為に雪にも雨が暴走しないように見張っているように頼み、三人はアトリウムから出て行った。並んで歩く三人の姿は、なにやら姉妹のようで微笑ましい。アリスは私と一緒に行きたいような顔をしていたが、たまには歳の近い者同士で買い物をする事も必要な経験だ。
さぁ、私も枕を探しに行く事にしよう。
それから三十分後。私は盛大に迷っていた。
広い広いとは思っていたが、上に下にと入り組んだ施設内はまるで迷路だ。この間の地熱発電所も迷路みたいだなと思ったが、ここも十分迷路で通用するんじゃないだろうか? しかも施設が広いのに案内板がほとんど無い。なんて不親切な施設だ。
通路を曲がると本屋の前にでる。ここはさっきも通ったな。じゃあ、あちら側だろうか? そう思い、今来た道を戻った後、通路を左に曲がる。本屋の前に出る。あれ、ここもさっき通ったな。そう思い、先ほどの通路を右に曲がる。また本屋があった。
本屋の看板には『藁屋』と書かれている。先ほどの本屋も藁屋だったし、その前の本屋も藁屋だった。なんだなんだ、どういう事だ?
すっかり迷ってしまったようで、枕を探すどころの話ではない。一度どこかの入り口に出て、案内板でも見るか。そう考え私は来た道を戻り始める。
その途中、ゲームセンターの前を通ると小学生らしき子供がタイコのゲームを一生懸命叩いていた。上手にプレイは出来ていないようなのだが、子供にとってはそれで十分楽しいらしく、笑顔でバチを振り回している。その姿がなんとも微笑ましい。そう思って通り過ぎようとした時、店の奥からどなり声が聞こえてきた。
「なんで一個も取れねぇんだよ! ぶっ壊れてんのか、あぁっ!?」
見てみるとガラの悪い若者達がクレーンゲームの筐体の前で叫んでいるようだった。取れない事がおもしろくないのか、筐体をガンガンと蹴りまくっている。
うぅむ、取れないのも含めて楽しむ遊びだと思うのだが。周りにいる者達はその若者達を迷惑そうな顔で見ている。その視線に気付いた若者達の一人が、「何見てんだよ!」と叫ぶと、周囲にいた者は迷惑そうな顔をして、その場から去っていってしまった。
あれではいい営業妨害だ。見ちゃおれん。
若者達に一言言ってやろうと思い一歩を踏み出すと、私より先に彼らに近づく人物がいた。
「あんた達、お店の迷惑になるからそういうのは外でやりなさいよ!」
学生服を着た高校生ぐらいの女性が、若者達を叱りつける。勇気のある子もいたものだと感心してしまう。
「あぁん、なんだ、おめぇ?」
若者達は声を掛けてきたのが女性だと判断すると、なにやらにやにやと笑い出した。
「なんだぁ、お姉ちゃん? 俺達と遊びたいわけぇ?」
「ボク達、お姉ちゃんみたいな人と一緒にいると○○○が○○○して○○しちゃうのよ~?」
『あーっはっはっはっはっはっ!』
若者達の相手を馬鹿にした態度に、女性は嫌悪感を露にする。
「よーしよーしよーし! じゃあ俺達と遊びにいこっかー!」
若者の一人がズイッと女性の前に立つ。彼女は気遅れたのか後ろに一歩下がった。このままでは勇気あるあの子が危険だな。
私は彼女達の方へ向かうと、そのまま若者達と彼女の間に割って入る。
「彼女の言う事はもっともだ。大人しくこの場を立ち去るがいい」
「あぁ、なんだ、おめぇ!? その格好ふざけてんのか、おいっ!?」
私に邪魔をされた事により、若者達が怒りだす。
「面白い事いうじゃねぇか、おっさんよぉ。じゃあ、こんなのはどうだい?」
若者達の一人、髪をオールバックにした男が懐からナイフを取り出した。あれはバタフライナイフだな。男は器用にナイフを手のひらでまわすと、私に向け突き出してきた。そのナイフが私の頬の横でピタリと止まる。脅しのつもりか何かなのだろう?
「わかる、ねぇ、これ分かるぅ?」
ぺしぺしとナイフを私の頬に当ててくる。ものすごく不快だ。
私は左手でナイフの柄を握り、そのまま力任せに引き抜いて、男からナイフを奪い取る。
「……こういうもので相手を脅かすのは感心できんな」
左手で持ったナイフの刃の部分を右手でつまみ、そのまま曲げる。パキリと音がしてナイフが真っ二つになった。
それを見て若者達の額に脂汗が浮かぶ。なにやら信じられないものを見たような顔をし、慌てだす。
「お前達に残っている道は二つだ。一つはこの場から大人しく立ち去る。二つ目はこのナイフと同じ運命を辿る。お勧めは二つ目だがな、私は優しいからお前達に決めさせてやる。好きな方を選べ」
私が軽くすごんでやると、男達はなにやら恨み言を叫びながら走り去っていった。根性のない若者達だなと思いながら、折ったナイフを近くのゴミ箱へ捨てる。
「あの……」
後ろから女性の声が聞こえたので振り返る。先ほどの彼女だ。
「あぁ、これは失礼。大丈夫だったかね?」
「えぇ、ありがとうございました」
女性が礼儀正しくお辞儀をする。顔をあげると彼女の赤みのかかった髪がふわりと揺れた。
あごは細く、目は切れ長で、鼻筋はきれいに通っている。少しいたずらそうな目ではあるが、なかなか可愛い子だ。ブレザーのような服を着ているところをみると、どうやら学生か何かのようだった。この若さで先ほどのようなガラの悪い人物を一喝するとは、たいしたものだな。
その彼女は私の事をじぃっと見つめている。私の顔に何かついているだろうか?
「どうしたのかね?」
「いえ、どうしてそんな格好してるのかなぁって思っちゃって」
どうやら私のこの鎧姿が気になるようだ。……まぁ、気になるよな、普通。
「自分でも特殊な格好だとは思っているのだがな。ちょっとした事情があって脱ぐわけにはいかんのだ」
「なるほど。お仕事の関係ですか?」
「まぁ、仕事といえば仕事だな。気にしないでもらえるとありがたい」
「そうですか。お仕事とはいえ、大変ですね。でも今日ってショーあったかしら?」
彼女はショーか何かの出演者だとでも思っているようだった。それで納得してもらえるなら、こちらもありがたい。
「それで何か用かね?」
「あぁ、お礼が言いたかっただけです。まさか私以外にあの人達を止める人がいるなんて驚いちゃいましたから」
「まぁ、普通の人間であれば極力関わりあいたくないと思うものだからな」
「私、あぁいう自分勝手な人ってダメなんですよね。他人の迷惑とか考えないのかしら」
彼らを止めに入ったという点で、私にシンパシーを感じたのだろうか。彼女はあの手の人間がいかに許せない者なのかというのを力説してくれる。話を聞いているとなかなか正義感の強い若者のようだ。
そうだ、ちょうどいい。この子に道を聞いてみよう。
「アトリウムに行きたいんですか?」
「うむ、恥ずかしい話なのだが、実は迷子だったのだ」
「アトリウムって、こことはぜんぜん反対側ですよ」
彼女が言うにはアトリウムは今いる場所のまったく反対の方向にあるらしい。どうやら私は、知らず知らずのうちにアトリウムとは逆へ逆へと歩いてきてしまっていたようだ。
「もしよかったら案内しましょうか?」
「いや、そこまでしてもらうつもりはない。道を教えてくれるだけでいいんだ」
「私もそっち側に行こうと思っていましたから、ついでですよ」
「そうか? では頼もうか」
今の状態で拒否する理由も無い。私は彼女の提案を受け入れ、道中の案内を頼む事にした。彼女はこの施設に詳しいらしく色々な事を知っていた。
例えばさきほどの本屋の話だ。あの藁屋というのはこの施設内に四店舗も入っているそうで、それぞれ置いてある書籍の種類が違い専門店のようになっているそうなのだが、私のような一見さんにはどれも同じ店に見えてしまう。見分けるコツは入り口付近にある看板の「○号店」という部分だそうだ。
また案内板についても教えてくれた。実は案内板はあちこちに設置してあるらしい。その案内板というのは液晶テレビを縦に置いたような細長のディスプレイで、通常時は店舗内のイベントやお店の広告等が流れている。そのディスプレイにタッチする事により案内表示に切り替わるという仕組みだそうだ。言われてみればその手のディスプレイがあちこちに置いてあったのを思い出す。私が案内板だと気付かなかっただけのようだな。
「それでその上司っていうのがですね、もう本当に人の話を聞かない頭の硬いおっさんで……」
彼女の話は悪い奴がいかに手に負えないかという話から、職場の上司の話に切り替わっていた。
話を聞いて分かった事だが、どうやら彼女は仕事をしながら学生をしているようで、いわゆる苦学生と呼ばれる人のようだった。その職場の上司には不満がたくさんあるらしく、人の話を聞かない、新しいものを取り入れない、昔の栄光にしがみつき過ぎと延々と話は続いていく。見た感じは十六、七といった所だし一般的には遊びたい盛りだ。そんな若者の感性で社会人である上司の考えを受け入れろというのも酷な話なのだろう。私にも似たような経験があるので、彼女の言いたい事はよく分かる。
「そうかそうか、それは大変なのだな。私が君の上司であれば、若い感性を取り入れようと努力はするんだが」
「あ、ごめんなさい。なんか愚痴ばっかり言っちゃって」
彼女はハッと何かに気付いた顔になると、口元に手をあて、申し訳なさそうに眉毛を下げる。
「構わんよ。君のようにはっきりと考えを口にする素直な人間は嫌いではないからな」
「おじさんってなんか話しやすいんですよね。なんていうかそういう空気を纏っているっていうのかな。もしかして、結構偉い人だったりします?」
「……まぁ、一応、小さくはあるが組織の長はしているな」
「あぁ、やっぱり」
彼女は両手を胸の前でパチンと合わせる。
「なんかそんな感じしました。なんていうか、貫禄ありますよね」
普段から雨辺りに貫禄が無い貫禄が無いと言われているので、いきなりそういう風に言われると少し照れくさい。
「おじさんの所で働く人達って幸せそうですね。こんな風に人の話をきちんと聞いてくれる人なら、私も働きやすそう」
「そういえば、君はどこでバイトをしているのだね?」
「バイト?」
不思議そうな顔をされた。あれ、違ったのか?
「あぁ、そうですね。私ぐらいの年齢だと仕事イコールバイトになっちゃうのか」
仕事仕事と言われていたのでてっきりバイトか何かだと思っていたが、どうやら違うようだ。
「おじさんいい人だから、内緒で教えてあげますね」
そう言って人差し指を口元に近づけると、ウィンクする。その仕草はいたずらっ子のようで非常に愛らしい。
「私、これでも一応、JHKの正職員やってるんです」
私の時が止まる。
……へ? 今なんて言った?
「あれ、聞こえませんでした? JHKですよ、JHK。知ってるでしょ?」
彼女は自身のブレザーの胸元を指差す。そこには『JHK』と刻まれたピンバッチがつけられていた。
「あ……あぁ、聞こえている。JHKね、JHK……」
私の額に脂汗が浮かぶ。
この子が、JHK。この国のヒーロー組織であるJHK。悪い組織の敵JHK。
いやいや、彼女が冗談を言っている可能性もある。そうだ、冗談だ。きっと、冗談だ。
「はっはっはっはっ。冗談が上手いな君は」
「冗談じゃないですよ、ほら。これも特別に見せてあげます」
彼女は唇を少し尖らせると、胸元から一冊のパスケースを取り出し、それを開いて見せてくれた。そこには『JHK』と刻印された階級証のようなものが入っていた。どうやら嘘ではないらしい。
背中を嫌な汗がだらだらと流れるのを感じる。どうやら私は、とんでもない人物に道案内を頼んでしまったらしい。
「どうしたんですか?」
「い、いや、どうもしない。まったくもってどうもしないぞ?」
「そのわりには具合悪そうな顔をしてますけど」
「いや、大丈夫だ。私の具合は有頂天だ」
「……変な日本語」
彼女が怪訝そうな顔で、私の顔を覗き込む。
まずい、まずいぞ。このまま彼女に案内してもらったらアトリウムの皆と鉢合わせだ。雨や雪あたりならば私服を着ているので問題はないのだろうが、戦闘員達は戦闘服姿だ。素人ならまだしもJHKの人間であれば一発でバレるぞ。
そうなった場合、この子がもし職務に忠実にあろうとしたのであれば戦闘になりかねん。それは避けなければならない。一刻も早く彼女と別れなければ。
私はぴたりとその場に立ち止まると、回れ右して進路を変える。どこか適当なテナントに入ってごまかそう。
「わ、私はこちらの方に用事があったのだ。いやはや、忘れていた。では、失礼」
シュタッと手をあげ、その場から離れようとしたのだが、一歩踏み出した瞬間、私のマントがグイッと引っ張られる。
「そっち、女性用の下着売り場ですよ?」
よくよく見てみれば、私が入ろうとした店は女性下着の専門店だった。
青や黄色、ピンクや紫の色彩が私の目に飛び込んできた。さすがにここに男が一人で入るのはまずい。
「あぁ、すまんすまん。やっぱりこっちの方だった」
更に回れ右して歩き出す。するとまたしても私のマントがグイグイッと引っ張られる。
「どこ行くんですか、そっちのお店は閉鎖中ですよ?」
私が入ろうとしたところは、閉鎖中の空きスペースだった。
店舗内はガランとしており、商品ケースの一つも置いてない。さすがにここに入るのは怪しいな。
「……なんか、私から逃げようとしていませんか?」
彼女は眉間に皺を寄せて不機嫌そうになる。付近を見渡すが適当な店が見つからない。咄嗟に言い訳が見つからずあたふたしてしまう。
「もしかして、私がJHKって知ったからですか?」
彼女の勘が冴え渡る。この子は鋭すぎるぞ。これがJHKの人間の持つ勘なのか。私が何も返さないでいると、彼女は急に目を伏せるとひどく悲しそうな顔をした。あ、この流れはまずい気がするぞ。
「あ、いや、その、そういうわけではない。けっしてそんなわけではないぞ!?」
「いいんです、別に。そういう風に思われるの慣れちゃってますから」
彼女はますます悲しそうな顔をする。これはなにかの地雷を踏んでしまったのではなかろうか。
「JHKってヒーロー組織ですから、悪い人に厳しいってイメージをもたれちゃうんです。融通が利かないとか、肝心な時に役に立たないとか、影で色々言われてるのも知っています。学校の友達も、私がJHKで働いてるっていうと嫌そうな顔してるし。それに私こんな歳で働いてますから。大人の人から見てもやっぱり変なんです。大丈夫、分かってるんです」
さっきまで笑顔でハキハキ喋っていた彼女が、今にも泣きそうな顔になってしまっているぞ。そんな彼女に私はオロオロするばかりだ。
あぁ、周りの皆が私達の事を見てる。きっと私がこの子を泣かせたとか思われているに違いない。ちょっとそこの奥さん、こっち見ながらひそひそ話はやめくれ。あんたらの勘違いだ!
「いや、その、あれだ! まわりの連中がなんと言っているかは知らんが、私はJHKを正義感に燃えるすばらしい組織だと思っているぞ! 悪の組織は残忍で冷血だ! そんな連中に立ち向かう勇気があるというのはそれだけですごい事なんだぞ! しかも君ほどの年齢で正義の味方をやるなんてなんて立派だとも思っていたのだ! 君がどう思っているかは知らないが、自分を貶める考えをするものではないぞ! 世の為人の為になる仕事をする事のなんと素晴らしい事だろう! 正義に燃える若者! なんとも素晴らしいではないか、わーっはっはっはっはっはっ!」
私は自棄になって彼女の事を褒め称える。
「……本当にそう思ってます?」
「思ってる思ってる! 思いまくってる!」
脂汗を流しながらブンブンと首を縦に振る。
「ありがとう。そういう風に言ってくれたの、おじさんだけです」
彼女は目を何度かこすると、口元をほころばせニカッと笑った。なんとか機嫌を治してくれたようだ。
なんで悪の組織の人間が敵対する相手の事を褒めちぎらねばならんのか。正直、泣きたい気分だぞ。
「おじさん、いい人なんですね」
「おじさんはやめてくれ。こう見えてもおじさんと呼ばれるほど老けている訳ではないんだ」
「でも、顔も見えないし、声もけっこう渋いし、おじさんって感じですよ?」
「私には一応、大首領という名前があるのだ」
「ダイシュ リョウさんですか? 変わった名前ですね」
いつぞやのリポーターと似たような勘違いをされるが、まぁ、今はこれでいいか。
「私、望月 静音です」
「望月 静音君か。いい名前だな」
「静かな音って書いて静音なんですけど、ちょっと名前負けですよね」
そう言って笑う彼女は、どう見てもJHKの人間には見えない普通の女性に見えた。
「これなんてどうですか?」
並べられた枕の一つを彼女が指差す。枕には低反発ウレタン枕という名札が付いていた。
彼女の機嫌が治ったあと、彼女をアトリウムから引き離すべく「実は枕が見たかったんだ」と言って施設内にある寝具店へ案内してもらった。
来る途中案内板の見方も教えてもらったし、店に着いて早々に別れるつもりだったのだが、なぜか彼女も一緒に選んでくれると言い始め、断りきる事ができず、今に至る。
「う~ん、同じ形なのになんでこんなに値段が違うんだろ。素材はおんなじように見えるんだけどなぁ」
物珍しそうに枕を見ている彼女はとても機嫌が良いように見える。私の勘違いでなければ、どうやら私は彼女に気に入られてしまったようだった。先ほどJHKの件に関し褒めちぎったのが良くなかっただろうか?
別に彼女の事が嫌いな訳ではないのだが、こちらは悪の組織の長なわけであり、いつボロが出るのではないかと内心ヒヤヒヤしている。
「望月君が一緒に探さなくてもいいんだぞ? これは私の個人的な買い物であって、君にはなんの関係もないと思うのだが」
「別にいいんです。どうせ今日暇なんで」
「しかしせっかくの休日なんだろ? 普段忙しいのだろうし、休日ぐらい自分の為に使ってはどうかね」
「あ、もしかして気を使ってくれてるんですか? 嬉しいです」
この店に来てからというものの、こんなやり取りの繰り返しだ。そろそろ15時になるし、本当はアトリウムの方へ行きたいのだがなぁ。そっちの方ばかりが気になって、枕の事が頭に入ってこない。どうやったら穏便に別れる事ができるだろうか……。枕そっちのけでそればかりを考える。
その時、けたたましいサイレンが店内に響き渡った。少し遅れて店内放送が入る。
『お客様にお知らせします。アトリウム内で悪の組織による破壊活動が行われました。係員の指示に従い、急ぎ避難してください。繰り返します……』
はぁ、なんだそりゃ!? 悪の組織の破壊活動!?
アトリウム内というと皆と待ち合わせしていた場所だぞ。もしかして、あいつら何かやらかしたのか!?
彼女の穏やかだった目つきが、急に険しいものに切り替わる。全身から得体の知れぬオーラーが立ち上り、凄みを増す。仕事モードに切り替わったのだろうか。先程までにこやかだった同じ女性とは思えない。
「おじさんは皆と一緒に避難してください! 私、アトリウムへ行ってきます!」
そう言って駆け出そうとする彼女の二の腕を掴み、踏みとどまらせる。JHKと分かっていて、わざわざ皆の所に行かせるわけにはいかない!
「待て待て! アトリウムへは私が行く! 連れがいるかもしれないのだ!」
「じゃあ一緒に行きましょう! おじさん一人じゃ危険です!」
「いや、しかし! 君を巻き込むわけには……」
「私、こう見えても強いんです。変身はできませんが、ちょっとぐらいの戦闘であればぜんぜん余裕ですよ」
強いのであればなおさら困るのだ!
「えぇっと……そうだ! 君がJHKなら今は人命を優先させるべきだ! 避難訓練はしているだろうが、この人数を安全に店舗外へ誘導するのは係員だけでは大変なはずだ! こういう時こそ君が率先して前に立ち、皆を誘導するべきではないのかね!?」
全身から冷や汗を流しながら、私は力強く訴える。
彼女は真剣なまなざしで少し思案すると、私の目を見つめて頷いた。
「……分かりました。そうですね、おじさんの言うとおりかも」
「分かってくれたなら、すぐ動くんだ。こうしている間にも施設内の混乱は広がっていくぞ。急げ!」
「はい! おじさんも無理をしないでくださいね!」
大きく頷くと彼女は駆け出した。彼女の背中が通路でひしめく人達の中に消えていく。彼女が完全に見えなくなったのを確認した後、私はアトリウムへ向けて駆け出した。
アトリウム内は混乱を極めていた。先程まで穏やかな空気が流れていた広場は、逃げ惑う人々達の叫びや怒号で埋め尽くされている。その先の特設ステージの上では鎧武者の格好をした男達が、天高く刀を掲げ、逃げ惑う人達にカラーボールを投げつけている。
……なんでカラーボールなんだ?
破壊活動と聞いたので、いつぞやの町民のようにロケットランチャーをぶちかましているかと思っていたのだが。思っていたよりもしょうもない攻撃方法だ。
ふとアトリウムの入り口付近を見ると、どこかで見た事のある集団が固まっている。アリス達だった。
落武者達の暴れっぷりに驚いているのか、それともしょうもない攻撃に呆れているのか。彼女達は怪訝そうな顔つきで落武者達を見ているようだった。
「あ、大首領様!」
雨がいち早く私を見つけると、私の所へ駆け寄ってくる。
「雨、これは一体なんの騒ぎなのだ?」
「うんとね、なんか他の組織の人達が襲ってきて、カピパラパンを寄こせって騒いでるみたいなのだ」
ふむ、あんななりはしているが、一応強盗か何かのようだな。噴水近くではたくさんの火花が飛び散っている。どうやら爆竹か何かを放りこんだようだった。これもまたしょうもない攻撃だ。
「マスター、いらっしゃっていたのですね」
雨と話していると他の者達も私に気付き、近づいてきた。
「アリス、あいつらが何者か分かるか?」
「はい。長野県北部を制圧エリアとしている落武者帝国チャンバラーンです。全員が落武者の格好をしている極悪落武者組織で、落武者的な感性で、落武者的な嗜好により、落武者的に暴れまわるという、なんとも落武者的な組織だと資料にはありました」
落武者的な感性とか落武者的な嗜好とか、よく分からない単語が出てきたぞ。
「言っている意味は分からんが、人様に迷惑をかけている悪の組織だというのはよく分かった」
私達が話している間にも落ち武者達は思い思いに暴れまくっている。
あ、リーダーと思われる人間がほら貝を吹いているぞ。ブォッフォ~ブォッフォ~と間の抜けた音が響いている。勝どきをあげているつもりなのだろうか?
まぁ、ここにいても危険なだけだし、我々も急ぎ避難する事にしよう。
「でも、これじゃあカピパラパンが全部持っていかれちゃうのだ」
「パンの事は諦めろ。無用なトラブルは避けたほうがいい」
「えぇー、でもーっ!」
雨はパンに未練があるようで、なんとか彼らを撃退したいと考えているようだ。たしかに戦力的には大した事がなさそうなので、撃退できそうではあるのだがなぁ。たぶん、雨や戦闘員達だけでも十分やりあえる相手だとは思う。
「アリス、念の為に聞いておくが、彼らは強いのか?」
「強いといっても結局は落武者レベルの戦闘力しかありません。マスター一人で十分撃退できるレベルだと判断します」
「なるほどな」
落ち武者達は全部で十人弱といったところだな。数は多いが脅威は微塵も感じない。たぶん大丈夫だろう。パンは別にして、警察やJHKが来るまでには時間がかかるだろうし、彼らをなんとかしたほうがいいのは確かだ。ここは一つ人助けだと考えて、落武者達を黙らせるとするか。
ただ、武力で解決すると施設内を破壊する恐れがあるのであまりやりたくはない。滅びの凱歌なんてもってのほかだ。
「アリス、なるべく施設を破壊しない方法で連中を大人しくする手立てはないか?」
「……そうですね」
少し考える仕草をすると、彼女は「あります」と答えた。
「よし、分かった。お前達、落武者達を止めるぞ。ついて来い」
私達が特設ステージの前についた頃、落ち武者達はさらに暴れまくっていた。
「カピパラパンはまだでござるかーっ!?」
『ござるござる!』
刀を天高く掲げなにやら雄たけびを上げる落武者軍団。近くに来るとよく分かるが、全員の落武者ぶりは思っていた以上で、ぼろぼろの鎧を着込み、頭は全員乱れたチョンマゲスタイル、本当に刺さっているのかは分からないが何名かの背中には矢が刺さっている。時代劇や大河ドラマのエキストラで十分通用できそうな格好だ。
「こら、お前達」
ステージ下から私が声をかけると、落武者達の動きがピタリッと止まる。落武者達の視線が私に集中する。現代の日本で落武者軍団に睨まれる経験というのはそうそうある事ではないのだろうが、これはちょっとしたホラーだな。貴重な経験だと思う。
「こんな所で暴れて人様の迷惑は考えんのか? 物騒な物を捨て、この場からとっとと立ち去るのだ」
「悪の組織が他人の迷惑になる事をするのは当たり前の事でござるっ!」
『ござるござる』と周りが男に続く。どうやら落武者達の組織での掛け声のようだが、非常に間抜けに聞こえてしまうのは気のせいだろうか。
「悪の組織とて欲しいものがあるのであれば、ちゃんと並んで抽選を受けてお金を出して購入しろ。それが現代に生きる人間のルールだと思うぞ」
「そじゃあ一般人と変わらないでござる! 我々は落武者として落武者的な入手の仕方をするのがモットーでござる! 落武者的な入手の仕方、それは奪う盗む掠め取るでござる!」
『ござるござる』と周りが男に続く。代表の男が喋るたびにそんな光景が繰り返されるのだが、うるさいのでやめていただきたい。
「マスター、話し合うだけ無駄かと」
「うむ、私もそんな気がしてきた」
話し合いで解決できればと思ったが、彼らはこちらの話を聞こうともしない。
「仕方が無い。アリス、やってくれ」
「かしこまりました。では、皆さん、後方へお下がりください」
そう言って雨達を後ろに下げると、彼女はスカートの中に手を入れる。いつものごとく、彼女のスカートの中は四次元空間だ。
「お前達も我々の落武者的な活動を邪魔するのであれば成敗するでござる!」
『ござるござる!』
男の一人が刀を構えると、まわりの落武者達も男にならい刀を構え臨戦態勢を取る。
だがその時すでにアリスの手には小さなパイナップルの形状をした焦げ抹茶色の物体が握られていた。彼女は慣れた仕草でピンを抜くと、それをステージの上へ放り投げる。きれいな放物線を描いて抹茶色のパイナップルがステージ上の落武者達の中心へ吸い込まれていく。
数瞬後、手榴弾から真っ白な煙が噴出した。
『…………っ!?』
落武者達が驚きの声をあげるが、もう遅い。
この煙は普通の煙ではない。吸ったら最後、涙や鼻水やくしゃみが止まらなくなる催涙ガスだ。アリスから事前に聞いていたので私自身に驚きはないが、喰らった落ち武者達はたまったものではない。白い煙はあっという間にステージ上を覆い尽くし、落武者達の泣き叫ぶ声が響き渡る。
ちなみに私にはこの手のガスは効かないし、アリスもいつのまにかちゃっかりとガスマスクを装着している。ガスマスクの備えは一つしかなかったそうで、雨達を後ろに下げたのは催涙ガスに巻き込まない為だった。
「ごほっ……なんで、ござる!?」
「目が、目がーっ!?」
「でんちゅー、でんちゅーでござるっ!?」
落武者達が苦しさからか壇上で暴れまわる。ステージ上から転げ落ちる者、壇上の机などにぶつかる者、わけが分からず刀をがむしゃらに振る者と様々だ。
ここまでくれば後は楽なものだった。ガスの効かない私が壇上で落武者達を押さえつけ、ガスの範囲外に来た落ち武者達は雨達の餌食になる。数分もかからず落武者芋虫の山盛りの出来上がりだ。
「あっさりしたものでしたわね」
あまりの歯ごたえのなさに雪ががっかりしている。しょぼい攻撃方法とは思ったが、さすが落武者、戦闘力もしょぼかった。
「そう言うな。労力をかけずに相手を倒せる事に越した事はないのだ。さぁ、我々も撤収するぞ」
ぐずぐずしているとJHKと鉢合わせになってしまう。
「でも、カピパラパンをまだ手に入れてないのだ」
「こんな状態になってしまったら販売どころの騒ぎではないだろう。今日はあきらめろ」
「そんなぁーっ!?」
次はいつになるか分からないのにと雨が喚き騒ぐ。なにもパンにそこまで執着しなくてもよいだろうに。パンぐらい私がコンビニで買ってきてやるぞ?
「カピパラパンじゃなきゃだめなのだーっ!」
私が雨をなだめていると、背広を着た中肉中背の男が近づいてきた。
「あの……もしかして鎮圧していただけたのですか?」
「え、えぇ、まぁ。あなたは?」
「あぁ、はい。私この店舗の店長をしております、渡来と申します」
渡来と名乗った男が頭を下げた。
「もしよろしければ助けていただいたという事で、一つお礼をしたいのですが……」
アジトの食堂では組織の全員が集まっていた。
「諸君これがカピパラパンなのだーっ!」
『おぉーっ!』
雨がカピパラパンを頭上に掲げると、食堂内に歓声が響き渡る。実は渡来と名乗った男が今回のお礼にと特別にカピパラパンを一つ譲ってくれたのだ。
特設ステージが落武者達によって破壊されてしまったので販売会は中止になっており、あの場で手に入れられたのは私達だけという事になる。良い事をしたあとに良い報酬がもらえる。なんとも素晴らしい事だと思う。
「よーし、さっそく切り分けるのだ! そいっ!」
「すげー、どこを切ってもカピパラだぞ!?」
「見てみろよ、カピパラの体毛まで再現してあるぞ!?」
雨達はカピパラパンに夢中のようだ。私はそんな彼女達を横目で見ながらテレビを見ていた。
「マスターはカピパラパンに興味がないのですか?」
「ない事もないのだが、結局はパンだからな。騒ぎが終わった段階で一切れもらえればそれでいい」
「そうですか。はい、お茶です」
アリスから差し出されたお茶を受け取り一口啜る。ほどよい渋みと甘みが口の中に広がり、ホッとため息が漏れる。
「雨ちゃん、尻尾は誰が食べるんだ?」
「そだねぇ、一個しかないし、ここは一つ本気ジャンケンで勝負するのだ!」
『おっしゃーっ!』
視界の隅で戦闘員達が円陣を組んでなにやら騒いでいる。どうやらジャンケン大会を始めたようだ。勝った者は歓喜に震え、負けたものは悲しみにむせび泣く。勝者と敗者が織り成すギャンブリーな世界が広がっていた。パン一つにそこまで熱くなる事もないだろうに、と私は呆れてしまう。
私はテレビのリモコンを手に取ると、おもむろにチャンネルを変えた。
『それでは次のニュースです。本日お昼過ぎに高雲野LA・IONで落武者帝国 チャンバラーンによる強盗事件が発生しました』
テレビのニュースでは先ほどのショッピングモールの事件が取り上げられていた。
JHKが突入し落武者達を逮捕している様子がテレビに映っている。どうやら落武者達は無事捕まったようだ。
『強盗の目的は当日販売する予定だったカピパラパンの強奪だったようで、JHKが現場に駆けつけた時には既に現場は鎮圧された状態だったそうです。店舗責任者の話によると当日なぜか現場に居合わせていた同じ悪の組織である悪の秘密結社により、チャンバラーンの暴挙は食い止められたそうで、JHKは悪の秘密結社とチャンバラーンに何らかの関係性があるとみて捜査を進めています』
……え?
今、私達の事を言っていなかったか?
「言っていましたね」
アリスも聞いていたようだし、私の聞き間違いではないらしい。
「なんであの男は私達の事を知っていたのだ? 私は別に名乗っていないぞ?」
「あぁ、それですか。たぶん、雨さんです。パンを受け取る時に渡来さんと色々話していたみたいなので、たぶんその時ではないかと」
また雨か。あいつはいつもいつも余計な事ばっかり喋りおってからに。
雨の方を見ると、彼女は今まさに尻尾の部分を口に運び込もうとしていた。どうやら尻尾は雨の取り分に決まったようだった。私は雨の方へズンズンと足を音をたて近づくと、その尻尾を取り上げた。
「あぁーっ! なにをするのだーっ!」
「えぇい、うるさい! 雨、お前はまた余計な事を喋っただろ!」
「雨ちゃんなんにも言ってないよ! ただ悪の秘密結社だよって教えてあげただけなのだ!」
「それが余計な事だと言うのだ!」
尻尾を返せ返せと雨が纏わりついてくる。
せっかく穏便に済ませようと思ったのに、結局こうなるのか。勘弁してくれ。
『悪の組織に詳しい研究家の話によると、悪の秘密結社は先日の高雲野地熱発電所の爆破事件にも関与しており、今回も同じ高雲野市内で起こった事件である事から、このエリアに対しなんらかの悪事を企てている可能性があると見ています。ただ、今回の事件ではチャンバラーンを取り押さえた以外に主だった活動をしていない事から、単なる人助けをしただけではないかとの見方もあり、その場合、悪の組織が人助けをする矛盾がどういう意味となるのか、それとも両者は協力関係にあり仲違いをしたのかなど、慎重に調査と研究を進めたいと話しています』
テレビではレポーターがニュースの続きを話している。
私は雨からの攻撃を避けながら、ため息をつくのだった。




