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せいふくっ! -今日から始める大首領-  作者: れぎゅ
第二幕 大首領様は二律背反
15/22

大首領様は勉強中

「うぅ~む、さっぱり分からん」


 手にしていた教本をテーブルの上に投げ出し、私は頭を掻き毟る。教本に書かれている内容は、私にとってはどれもこれもが突飛な内容のものであり、納得も理解もできないでいた。


「ねぇねぇ、大首領様~」


 私のテーブルの前には雨がしゃがんで座っていた。鼻から上だけを出し、眉毛を寄せながら体を右に左に揺らしている。


「なんだ、今私は忙しいのだ」

「雨ちゃん、訓練終わっちゃって暇なのだ。遊んで欲しいのだ~」

「訓練が終わったら、風美の手伝いでもしてやったらどうだ。今日は伝票の整理をすると言っていたから、人数が増えると風美も助かると思うぞ」

「風美ちゃんのお仕事は、細々し過ぎていて雨ちゃんには向かないのだ」

「じゃあ、雪の仕事でも手伝ってこい。今日は長野県南部の他の組織の資料をまとめると言っていたぞ。他の組織の事を勉強するいい機会だと思わんか?」

「雪ちゃんは、雨ちゃんがした仕事に一々文句をつけてくるから、嫌なのだ」

「それはお前の仕事が雑だからだろうに」

「あーいう頭脳労働っていうのは、そういうのが出来る人がやればいいのだ。雨ちゃんは肉体派なのだ」


 まったくこいつは、口ばっかり達者になりおって。

 たしかに本人の言うとおり、雨が細かい事をちまちまやっているというイメージはない。なんというか、もっと派手に、何かをぶっ壊したりぶっ潰したりするのが得意というイメージがある。だが、組織の幹部となる人間が腕っ節だけ強くてもいかん。文武両道を極めろとは言わないが、そうなろうという努力は必要だと私は思うぞ。


「いいからどっちか手伝ってこい。今日はお前の相手をしている暇はないんだ」


 眉間に皺を寄せギロリと雨を睨むが、この手の表情は雨には効かない。にこにこしながら、私の威圧をさらりと受け流す。


「でもさ、忙しい忙しいって言ってるけど、いったい何をしてるのだ?」

「見て分からんのか、勉強だ」

「何の勉強なのだ?」


 私は教本を一冊、雨に手渡す。雨はそれをぱらぱらとめくると、不思議そうな顔でこっちに顔を向けた。


「……こんなの使って何の勉強しているのだ?」

「何って、そりゃあ」


 雨の持っている本のタイトルは「現代日本犯罪集」。つまりは。


「悪の勉強だ」




 ファイヤーレッドの一連の騒動がひとまず収拾を見せた後の事だ。

 部屋で養生している私にアリスは一冊の本を差し出してきた。何かと思って表紙を見てみると「現代日本犯罪集」と書かれていた。帯に書いてある本の紹介によると、3年に一度定期刊行されているシリーズらしく、発刊日の前3年間の日本で起きた主だった犯罪をまとめた本らしい。少しでも私の知識の一部になればと、わざわざ通信販売で取り寄せてくれたそうだ。はて、そんな物を私はアリスに頼んでいただろうか? 

 頭を捻る私を見つめるアリスの目は当社比150%でキラキラしていた。なぜだろう、ものすごーく期待をされているような気がする。えぇっと、何に対しての期待だ?

 

「私はマスターがあの時言ってくれた言葉に感動したのです」


 疑問をぶつけてみると、アリスは両手を胸の辺りで組んで、まるで恋する乙女のような表情で語りだした。


「あの戦いの中でマスターは、私の為に悪としての道を進むと言ってくださいました。薄々ではありますが、私はマスターが悪の組織が嫌いなのではと思っていましたが、それは杞憂だったのですね。あれほど感動した事は、生まれてこの方一度もありません」


 そう言ってあの時の事をあれやこれやと美化して私に語ってくれた。だいぶ脚色されているようだが、アリス的には私のあの時の発言を、悪の組織としてがんばっちゃいますよという意思表明だと受け取ったらしい。

 そこまで大げさな話ではなく、なんというか、あの場の勢いで言ってしまった感はあるのだが、アリスをそれを真に受けてしまったようだ。

 彼女の拡大解釈は別として、私も少しは悪の組織としてがんばろうと思っていたのは事実である。ある意味、これを一つの転換点と考え、悪に対しての勉強をする事は悪くはないかもしれない。今後の作戦を立てる上でも、相手の出方を分析する上でも、知識はあって損になる事はないはずだ。

 そう、決して、アリスのこの「うるるん目線攻撃」に負けた訳ではない。



 そんな訳で、体の調子もよくなってきた私はこうして食堂で勉強に勤しんでいたというわけである。

 ちなみに本日は土曜日。悪の秘密結社はお休みであり、アジト内にはここを家にしている者と、曜日を勘違いして間違えて出社してきてしまった風美しかいない。普段はそれなりに賑やかなアジト内ではあるが、さすがに休日ともなると人が減るのもあり静かだ。勉強には最適な日というわけだな。

 

 うちは悪の組織ではあるが、きちんと休日を設けてある。基本は五勤二休で土日祝日は休み、就業時間は朝の9時から18時までとしている。

 アリスは「悪の組織にそんなものは必要ないのでは?」と労働条件を完全に無視しようとしていたが、一年365日24時間フル拘束なんて、どこのブラック企業だという話になる。

 この辺の内容は、実はかなり前に決めていた。ハローワークに求人募集を出す際にはどうしてもこの手の決まり事が必要になるし、人を雇う以上きちんとした雇用条件を用意するのは当たり前の事だ。ただ、私達の組織の性質上、夜に活動する事もあるし、土日を狙って動かなければいけない時もある。そこは変形時間制を採用し、代休やシフト時間をずらす事で上手く調整した。

 アジトを家代わりにしていると、あまり休日という感覚もないのだが、職務を離れてある程度好きな事ができる時間がある事は、日々の生活にメリハリがつけやすくなるし息抜きにもなる。悪の組織とはいえ、人間が働く場所なのだ。このぐらいはきちんとしなければならない。

 

 話を戻そう。

 頭に鉢巻をし教本片手にノートを取る私の姿は、見方によっては受験生だ。しかもこの鉢巻はアリスのお手製で、額の部分に「必要悪」と極太の字が書かれている。聞く所によると、わざわざ高級綿生地を取り寄せ、アリス自ら裁縫をしたお手製らしい。書かれている文字はどうかと思うが、これもアリスの愛情と期待の現われだと思ったら、身に着けない訳にもいかんだろう。


 しかし、この本は読めば読むほどチンプンカンプンだ。内容がではなく、どうしてそんな事をするのかという意味で、まったく理解ができない。

 例えば、開いて一発目の項目にこんなものがある。


 『人気アイドルグループ爆破事件』

 当時人気絶頂だったアイドルグループの後援会事務所に差出人名のない二重になった封筒が届いた。31歳の男性事務職員が封を開けると、中から細長い筒が出てきた。筒の中には紙が入っており、その紙を引っぱると筒が爆発し炎と白煙があがった。男性事務職員は右手に3週間の火傷を負った。

 これに似た事例の事件が各所で連続して発生。警察とJHKの捜査の結果、悪の組織ラブウェーブの仕業と判明した。実行犯は逮捕されたが組織の壊滅には至っていない。警察の取り調べに対し犯人は「私がモテないのは奴らのせいだ」と嫉妬心を剥き出しに語ったという。


 犯人の女性はラブウェーブという組織の人間で、24歳の独身女性。可愛い子が許せないという動機だけで、事務所を爆破する凶行に及んだらしい。なにもそこまでと思ってしまう。自分がモテないのを他人のせいにしてはいかんだろうに。

 次だ。


 『ニコタマ幼稚園バスジャック事件』

 朝の送迎中の幼稚園バスを32歳の男性がハイジャック。その後43時間に渡り、園児達を人質にバス内で立てこもった。JHKの突入で犯人は逮捕され、園児達は怪我もなく無事解放された。警察の取り調べに対し犯人は「かわいい子とおしゃべりしたかっただけなのになぜ拙者が怒られるでござるか」と、意味不明な発言を繰り返し語ったという。


 犯人は32歳の独身男性で、自称光の国の救世主。世界の子供を守る為に、日夜ポルノ雑誌に投稿する大人の漫画家だったらしい。いくら子供が好きだからといって、バスジャックしてしまうのはやりすぎではないだろうか。なにか彼を突き動かしたのか、まったく理解できない。

 その次。


 『おさわりゲイ事件』

 お尻にガムがついているぞ等と言葉巧みに男子中学生に声をかけ、「オレはゲイだ、騒ぐな」などと脅して街中を連れ回し、下半身を触るなどのわいせつ行為をはたらいたとして、32歳男性が逮捕された。警察の調べでは彼はこの手の犯罪の常習犯らしく、「俺はのんけでも食っちゃうぜ?」等と意味不明な発言をしていた。


 えっと、これは、その、あれだ。ノーコメント。

 次だ次。


 『女性浴場乱入事件』

 カツラと化粧で女装した男性が、「私は女だ、こらぁっ!」と叫びながら銭湯の女湯に入り、タオルで前を隠すなどしていた47歳の男性が逮捕された。逮捕時、汗で化粧が落ち、ヒゲなどが露出していた。男は「女湯に入ってみたかった。我慢できなかった」と供述している。


 なんというか、これもコメントできん。そこまでして女風呂に入ろうとする心理が分からない。とまぁ、こんなのが延々と続いていく。

 くだらないというかアホな事件ばかりだなと思って読んでいくと、いきなり『生物化学研究所爆破事件』やら『北九州市一家惨殺事件』等の凶悪犯罪等も出てくる。もちろんそちらの方も、なんでそんな事をしなければならんのだと理解はできない。


 教本にする本を間違えただろうか?

 アリスに頼んで、もう少し具体的で初心者にも分かりやすくて理解しやすい本を探してもらう事にしよう。



「ねぇねぇ、大首領様、遊ぼうよ~」


 雨が私の背後にまわり、頭を右に左に揺らしてくる。はっきり言って勉強の邪魔だ。


「だから、勉強中だと言っているのが聞こえんのか?」

「大首領様はいまさら勉強なんてしなくてもいいのだ」

「お前が思っているほど、私は悪に対して詳しくはないのだ」

「知識なんかなくったって、大首領様はそのまんまで十分悪人面だよ? 組織の中で誰よりも悪人してると思うのだ」


 お前は私が一番気にしている事を!

 後ろにいる雨の肩をがっしりと掴み、そのまま力任せに引っこ抜いて私の前に立たせると、拘束して両拳をこめかみに押し付ける。


「にゃぁぁぁぁぁ! 梅干は勘弁なのだぁぁぁぁぁぁっ!」

「うるさい、この、おしおきだっ!」


 拳をぐりぐり押し付けるだけではなく、右に左に小刻みに振動させる。


「あにゃにゃにゃにゃ! 脳が、脳が揺れるのだぁっ!?」


 雨はじたばたともがくが、私の拘束からは逃れられない。

 おお、なんか少し楽しくなってきたぞ。これが弱者をいたぶるという悪人の心境なのか? 

 どうだ、こうか、これがいいのか、ふっはっはっはっはっはっはーっ!


「……えぇっとなにをしていますの?」


 いつの間にか食堂に入ってきた雪が私達を見ていた。


「あにゃにゃにゃにゃっ!? 雪ちゃん、たすけ……ぶべべべべべっ!?」


 拳の振動を更に増やす。右に左に揺れる雨の頭が振動の速さでブレる。

 ハンバーグを作る時に、手のひらで右、左とタネを叩きつけて空気を抜く方法がある。要はあれの強化版だ。

 それ、右左右左、ワンツーワンツー。


「なに、雨が勉強の邪魔をするのでな。少しおしおきをしていたところだ」

「そうだったのですか。もう、雨ったらだめじゃない」


 雪はメッと雨を叱りつけるが、叱り付けられた雨は私の仕置きのせいで「ぶべべべべ」と意味不明な言語しか喋らない。


「それで雪は何の用だったんだ?」

「あ、それですわ。アリスちゃんが大首領様を探していたので呼びにきたんですの」

「アリスが? さてなんだろうか?」

「何か相談をしたい事があるとか言っていましたけれど」


 うーむ、何か火急の件でもあっただろうか? 朝食後のミーティングではそんな話もしていなかったように思うが。

 まぁ、いい。勉強も煮詰まっていたところだ。アリスの所に顔を出す事にしよう。


「分かった。それじゃあちょっと行ってくる」

「はい、お願いいたしますわ。それと、そろそろソレ、おやめになった方がいいんじゃありませんか?」

「それ?」


 雪の指差した先には、既に物言わぬ躯になった雨が、頭部を高速でブレさせながら泡を吹いていた。

 慌てて手を止め、雨を近くの椅子に座らせる。

 眼が泳いでいるというか、口が半開きと言うか、顔が紅潮しまくっているというか……なんというか、女の子がしちゃいけない表情というのをしている。


 う、うぅむ。やりすぎてしまっただろうか?




「お待ちしておりました」


 司令室に行くとアリスが私を待っていた。

 彼女は私を司令室中央のデスクへ座らせると、目の前にいくつかの書類を置いた。なんだろうか? 書類の一枚を手に取り目を通す。

 書類には『組織強化計画 素案』と書かれていた。


「これはなんだ?」

「はい、前回のファイヤーレッドとの戦闘を踏まえ、私達の組織の戦力強化が急務と考えて、計画を立案しました」


 ファイヤーレッドとの一戦後、私達は自分達の組織の戦闘力の低さを問題視した。

 今までは私自身が「戦闘はしない」「できれば戦闘は避ける」という方針であった為に問題視していなかった事ではあるが、今後もあのような者が襲ってくると考えると、今のままの戦力では組織の皆が危険であると判断したのだ。

 私は別として、雨や雪を含むうちの組織の人間は一般人である。訓練をしている為多少の強さはあるのだろうが、ファイヤーレッド程の相手と互角に渡り合えるかというと、そういうわけでもない。また、JHKが本腰を入れて私達への対策をするかもしれないという情報もある。自衛という意味でも、戦力の増強は急務だった。

 

「殺傷性の高い武器を用意する事で戦闘力をあげるという方法をまずは考えたのですが、バトルスーツは防弾繊維で出来ているので効かない可能性があります。またその手の武器は取り扱うにも錬度が必要になりますので、戦力の早急な増強には適さないと判断しました。一応、準備だけはしておきますが、それはあくまで予防策の一つだと思ってください」


 書類の一枚目には、M92F、MGS2TK、M1911A1、MP5SD2、P90……と意味不明の英数字が一覧になって記載されている。アリスに聞くと、これは銃の名称なのだそうだ。私の銃の知識なんて、ライフルとかリボルバー程度だからな。正式名称で書くとこうなるのか。


「戦力とは攻と守です。そのどちらも満たせるものがないか、私の方で考えてみました。資料の四枚目をご覧ください」


 言われて資料をめくると、なにやら奇怪なデザインの絵が描いてある。見た感じ人のようだが、頭部が異常に盛り上がっていたり、腕になにやらバケツのようなものがくっついていたりと、よく分からない。


「えっとだな、この絵はなんだろうか?」

「絵ですか? データ資料がなかったので私の方で描かせていただいたものです」


 なんと、これはアリスの手書きか。

 ……色々とやれる子ではあるが、絵心はないようだな。


「うん、そうか、お前の手書きか。なかなか上手いな、あっはっはっはっ」


 下手とも言えないので、まずは褒めておく。


「ありがとうございます。それで資料の件なのですが」

「あぁ、そうだったな。というかこれは一体なんなんだ?」

「お気づきになりませんか?」


 すまん、アリス。この絵じゃ、お気づきになれない。


「攻守ともに満たすもの。それはすなわち、怪人です」

「はぁ?」

「悪の組織といえば怪人。怪人といえば悪の組織。戦力の増強の為にも、ぜひ怪人を作るべきだと提案します」


 怪人、これが怪人? 言われて見てみると、たしかに怪人のようにも見えなくもないのだが、そもそも人間としてのバランスが崩壊している絵なので、普通の人間だと言われても怪人に見えてしまう。


 じゃなくてだな。


「それはダメだ! 絶対にダメだ!」

「ダメ……ですか?」


 どうせ人体改造か何かして、原型も留めないぐらいぐちゃぐちゃのグログロな奴を作る気なんだろ。そんな人道に反した事は認められん!


「マスターは怪人の良さをご存じないから、そういう事を言うのです」

「怪人に良いも悪いもあるか! そもそも、その前提部分の人体改造が良くないのだ!」

「改造された人間には自我も記憶も残りませんし、マインドコントロールを受けるので破壊活動を行う事にストレスも感じなくなります。強くて忠実な兵士が増えるのです。これは組織としてよい事ですよ?」

「それはもっとダメだ!」


 アリスが難しい顔で考え込む。なにやらしばらく思案していたが、ふいに顔をあげると、真剣な表情で「分かりました」と言った。


「マスターがそこまでおっしゃるのであれば、ここは一つ、怪人の良さを私がお教えいたしましょう」


 珍しくアリスが引かない。なんだ、怪人になんか思い入れでもあるのか?


「怪人にも色々ありまして、大きく分けると二つに分類されます。肉体強化型と特殊能力型です」

「いや、別に怪人の説明を求めているわけではなくて、私は人体改造はいかんと言っているのだがな?」

「黙ってお聞きください」


 アリスが取り合ってくれない。


「肉体強化型は、その名の通り、肉体を徹底的に強化したタイプの怪人です。腕力、脚力、防御力。その強化された肉体は、どんなものも砕き、どんな相手をも退ける絶対の武器となります。特にお勧めなのはサイ怪人で、頭部に取り付けられた角と持ち前の腕力でどんなものでも砕きます」

「おぉ、なんか悪の怪人っぽいな」

「頭の角は高速回転し、その威力はどんな固い岩盤でも掘り進める事ができます。前回のアジトはサイ怪人の五十嵐さんのお手製だったんですよ?」


 私の脳内にサイ顔の男が黄色い安全ヘルメットかぶって、えっちらほっちら岩を掘る映像が浮かぶ。悪の怪人が、とたんにシュールな土方のおっちゃんになってしまった。


「あとお勧めなのはウマ怪人ですね。脚力がすばらしく、どんな所でもひとっ走りです。急にアイスが食べたくなった時にお使いを頼むと、溶ける前に持ち帰ってきてくれます」

「いや、普通に車かなんか使えばいいだろう」

「その他にも、ウシ怪人さんは毎朝新鮮な牛乳を食卓へ提供してくれますし、ヒツジ怪人さんの毛は国産の毛糸なんか比較にならないほどの高品質で暖かです。ネコ怪人さんがいてくれればネズミ被害に頭を悩ませる必要もありませんし、岩窟怪人さんの体から取れるセメントはどんなものよりも硬く滑らかです」


 いや、どいつもこいつも他のもので代用できるんだが。というか、前回の組織にはそんな怪人しかいなかったのか?


「なるほど。どうやらマスターは肉体強化系はお気に召さないようですね」


 いや、お気に召す召さないじゃなくてだな。


「では、特殊強化型ですね」


 アリスの説明は続く。


「特殊強化型は、肉体強化をほどほどに押さえ、人間が持ち得ない特殊能力を持たせた、いわば一芸タイプの怪人です。その能力は他者に真似できない圧倒的な性能を誇り、私達のような組織には必要不可欠の存在となります。例えば、そうですね、バラ怪人とかがいいですね」


 バラ怪人ねぇ……。たしかに私のイメージする怪人というのは、そういうタイプの不可思議な容姿をしたものではあるが。


「バラ怪人の何がいいんだ?」

「バラ怪人の最大の特徴は、その香りの良さです。全身から放出されるバラのアロマはリラックス効果抜群で、日々の戦いで荒んだ心を癒してくれます」

「ものすっごくしょうもないな、それ」

「何をおっしゃいます。トイレに立っていてもらえば、あっという間に異臭を消去できるのですよ?」

「組織の人間を便所の芳香剤扱いするな!」

「あと花びらを千切ってもすぐに生えてくるので、花びら占いもできるのですよ? この花びら占いの的中度がものすごく高くてですね……」

「いや、いい。それ以上はいい」


 アホみたいに高度な科学技術を使って作り出した怪人で、しょうもない事をするな。


「次はトケイ怪人ですね」

「まだ続くのか」

「まだ続くのです。トケイ怪人の時間管理能力は素晴らしいものあります」

「なんだ時間でも止められるのか?」


 ターイムストーップとか言って、時間が止められるのであれば、それはたしかに脅威かもしれんが。


「マスター、現実と空想を一緒にしないでください。時間停止というのはそもそもアインシュタインの相対性理論を用いて、光を曲げ、時間の穴を作り出す事により……」

「あぁ、いい、いい! そういう小難しい話はいい!」


 どうやら私の思っている時間管理とは違うらしい。


「トケイ怪人の時間管理能力とは正確さの事です。その正確さはコンマ一秒のズレもありません。毎朝の目覚ましはもちろん、タイムキーパーとしても有能で組織内の構内放送をやらせれば右に出るものはいませんでした」

「……目覚まし時計を買えば済む話だし、構内放送であれば雪あたりが得意そうだぞ?」


 私の脳内に「お昼の校内放送の時間ですわ~」と笑顔で放送する雪の姿が浮かんだ。あいつは言葉遣いも丁寧だし、似合っていそうだな。


「衛星電波を受信して、世界のどこにいても一瞬で時間修正できるのですよ?」

「電波時計ぐらい、時計屋に売っておるわ!」


 こんな感じでアリスの怪人講釈はその後一時間に渡り延々と続いた。

 しょうもない能力の怪人も多かったのだが、アリスの言うようにたしかに有能であると思える怪人も中にはいた。空を飛べる怪人は上空からの偵察任務に向いているだろうし、地震を発生させたり、炎を吐いたりできる怪人も、破壊活動には有用だろう。人体改造さえ行わないのであれば、ちょっと欲しい能力ではある。

 目からビームを出したり、口からバズーカを出したりする、なんでそこから攻撃する必要があるのと聞きたくなる奴もいれば、手から真空波を出せたり、水辺を六十ノットで泳げるなんて奴もいた。なんというか聞いていてよく分からなくなるラインナップだ。一言で言うと一貫性がない。

 アリスが言うには、怪人というのは突然変異で能力が付与するものもあり、組織としても試行錯誤をしながら人体改造を行っていたので、その結果として色々なタイプの怪人が出来あがったそうだ。

 

 例えば手を武器に変形できたら強いだろうというコンセプトで作った怪人がいたそうだ。出来上がった怪人は、当初の予定通り右手を武器に変化させられたそうだったのだが、変化できる武器は鉄バットだったり鉄パイプだったり、なぜか会議用テーブルやパイプ椅子だったりと、しょうもないモノばかりだったらしい。

 では失敗ばかりだったかと言うとそういう事でもなく、口から超音波を出す怪人というコンセプトで作れば、口からはなぜか衝撃波が発生させられたり、集音能力に特化した怪人を作れば、耳が巨大化してなぜか浮遊できるようになったりと、まぁ、そんな失敗と成功の連続だったそうだ。

 

「どうでしょうか。マスターにも怪人の有用性がご理解いただけたでしょうか?」

「うむ、まぁ、色々と便利であるのは分かった」

「攻守共に強化され、更に人間では持ち得ない特殊な能力もつき、なおかつ組織の命令にも忠実です。これ以上の戦力はないと思います。ぜひ、怪人を作りましょう」


 アリスの鼻息が荒い。こんなにも熱く語るアリスは初めて見るかもしれない。だが、しかし。


「うむ、却下だ」


 アリスはなおも食い下がろうとするが、何を言われようが首を縦にはふらんぞ。

 そもそも人体を改造するという人間の尊厳を踏みにじるような事がいかんのだ。肉体とは親御さんから貰った大切なものである。それをむやみやたらに傷つけるのは、人としてやってはいけない事だと私は思う。


「……マスターがそこまで仰るのであれば」


 見るのも気の毒なぐらいにアリスが落ち込んでしまう。

 何がアリスをここまで執着させるのだろうか。ちょっと興味があるぞ。


「……いえ、そこまで執着している訳ではないのですが。個人的にモチ怪人にはお世話になっていましたので」

「モチ怪人?」

「はい、全身モチ肌の怪人です。そのモチ肌はいくら千切っても再生可能で、なおかつ千切った肌自体も弾力性をほぼ永続的に維持します。私はモチ怪人のモチ肌で作ったもちもちマクラ以上に寝心地のいい枕を知りません。組織が復活したのでぜひもう一度使ってみたいと思っていたのです」


 いや、モチモチしたマクラであれば、低反発枕とかウォーター枕とか色々あるだろうに。わざわざ人体改造をしてまで作るものではないと思うぞ。


「では、怪人製作が却下されたという事で、別の案を提示したいと思います。資料の二十一ページを開いてください」


 気を取り直したのか、いつもの表情に戻るとアリスは説明を続けた。


「これは実行するとなるとかなり難しい内容で、なおかつ悪の組織っぽさもなくなってしまう事から、私としてはあまりお勧めできる案件ではありません」


 資料の見出しはこうだ。


「……変身装置による戦力強化?」

「はい。変身装置による肉体強化です。ファイヤーレッドを見て分かるとおり、バトルスーツによる戦闘能力の向上はすさまじいものがあります。使用者の錬度もある程度は必要になりますが、それを補って余るばかりの戦力の増強が見込めます。ただ、変身というのはどちらかというとヒーローよりの機能となりますので、悪の組織としてはあまり使いたくないのは確かです」

「悪の組織が変身しちゃいかんのか?」

「いえ、どちらかというとイメージの問題ですね。変身イコール正義の味方という認識が広まっていますので」


 たしかに変身はヒーローの特権のようなイメージはあるからな。

 でも、これはいいんじゃないだろうか? 肉体をいじる事なく能力だけをあげる事ができるし、防御能力もかなり高い。防御力が高いという事はそれだけ使用者の命の危険性が減るという事だ。そう考えると、かなりいいぞ、これ。


「マスターは変身装置がよいとお考えですか?」

「あぁ、姿形はどうであれば、肉体をいじる事なく強化できるのは理にかなっているからな。これはアリスの方で用意できるものなのか?」

「では、資料の二十三ページをご覧ください」


 二十三ページ目には変身装置を用いた場合の作戦が書かれていた。


「変身装置はJHKが独占している組織固有の技術です。一般企業でも研究しているところはあるのでしょうが、厳重な情報規制が敷かれているようで情報が入ってきません。その為、変身装置を用いるのであれば、方法は二つです」


 アリスの説明ではこうだ。

 一つはJHKから奪うという方法。

 誰が持っているか、どこの支部で管理されているのか、どの程度の数があるのか等、変身装置に関する情報は一切不明。闇雲に支部を襲って強奪するか、現在の所有者を倒し奪うかして入手するという、なんとも荒っぽい方法だ。まるでRPGのレアアイテム探しだな。しかも変身装置には特性というものがあり、入手できたとしても使いこなせるかどうかは分からないらしい。非常に効率の悪い方法だと思う。

 もう一つは自分達で作ると言う方法だ。

 自分達で作ってしまえば、JHKから奪わなくてもいい訳であり、なおかつ自分達の好きなようにカスタマイズできるという、一番ベストな方法だ。だが、これの一番の問題点は、それを作れる者が必要だという事だ。変身装置はJHK秘伝の技術なわけであり、その作り方を知っている人間を簡単に雇用できるとも思えない。これも宝探しみたいなものだな。


「どちらの方法も上手くいくという確証はありません。やはり、ここは一つ怪人を作るという方法で……」

「だから、怪人はいらんと言っているのだ」


 変身装置を奪うにしても作るにしても、最終的には技術者が必要だという話になった。そう考えると今足りないものは、技術、だな。

 その結論に至った時、話の方向性は決まった。

 

 戦力の増強の為にやる事は、まず戦闘員を育成し、戦力の底上げを行う。それと同時に比較的入手しやすい通常兵器を集め、不測の自体の備えとする。

 それとはまったく別として、科学者や技術者を確保し、組織の技術力を上げる。一番ベストなのは変身装置関連の技術者、それがダメでもそれに順ずる知識を持つ者だ。科学者と技術者が集まった後は、組織独自の装備を開発する。

 おぉ、なんかものすごく悪の組織っぽくなってきたぞ。


「では、その方向性で話を進めますね」


 話し合いが終わり、アリスがぺこりとお辞儀をする。

 ひとまず怪人を作る事を諦めてくれたようだが、なんとなく後ろ髪を引かれているような感じに見えない事もない。怪人への執着をやめさせる為にも、今度ホームセンターで低反発枕でも買ってきてやるか。




 さて食堂に戻って勉強の続きでもするかと考え司令室を出ると風美を発見した。


「あら、大首領様。お疲れ様です」

 

 彼女はは私に気付くと、ぺこりとお辞儀をする。お辞儀にあわせて頭部のソレがふにゃりと曲がった。


「その、あれだ、その格好はどうしたのかな?」

「この格好ですか?」


 風美は自分の頭頂部についているものを指先で、クイクイッと動かすと、首をかしげて試案顔。

 今日の風美はいつぞやと同じく小料理屋の娘みたいな格好をしているが、その頭のてっぺんにはなぜか燦然と輝く真っ白な二本の物体が鎮座していた。

 真っ白な二本の物体。そう、うさ耳だ。


「雨さんがこれを着けると幸せが舞い込むとかなんとかと……」

「お前は、自分の姿に疑問を感じないのか!?」


 幸せが舞い込むのはウサギの足だ。けっしてウサ耳ではない。お前は雨に遊ばれているだけなのだ!

 風美の肩をがっしりと掴み、前後にがくがくと揺らす。あまりに強く揺らしすぎたのか、「あややややや~」と叫びながら、目を回してしまった。その手に持っていたものが、ゴトリと落ちる。


「……ん、なんだこれは?」


 それは茶筒のような黒色の細長い金属の入れ物だった。落ちた衝撃のせいなのか蓋が外れかけている。


「あぁ……うぅ……それ、さっき倉庫整理の時に見つけた奴ですぅ~」


 目を回しながら風美が答える。

 むぅ、揺らしすぎてしまっただろうか。先ほどの雨の時といい、どうにも今日は加減を間違えてしまうな。

 風美が落とした金属の入れ物を手に取る。その拍子に蓋がぽろりと取れてしまった。なんとなく中身が気になり、筒の中を覗く。筒の中にはなにやらガラス瓶が入っているようで、照明を反射してキラキラと光っていた。

 ひとまず蓋をし直して、風美に渡す。


「あぁ、すいません。実はこれ、倉庫の一番奥の木箱に入ってたんです。たぶん前のアジトから引き上げてきた荷物の一つですね。ちょっと邪魔だったんでその木箱を移動しようとしたら、表面の木材がものすごく腐っていて、壊れちゃったんです。で、中を覗いてみたら、たくさんの藁に包まれて、これが入ってたんですよ」


 よく分からない物なのでアリスに聞きにいく途中だったと風美は説明した。なるほど、それはすまない事をしてしまった。

 私が謝罪すると風美は「いいですいいです」と手を振り、司令室の中に入っていった。




 さて、食堂で勉強を再開して間もなく、私を訪ねる者があった。

 片方はアリス。もう片方は……なんというか、説明しづらい。全身を覆う銀色のずんぐりむっくりのシルエット、口元にはガスマスク。その格好は、なんというか特殊な防護服といった感じだ。顔の部分はガラス素材で出来ているのか、着用している人間の顔が見える。風美だ。


「マスター、お話があります」

「コーホー」


 その前に聞きたい。風美よ、なぜお前はそんな格好をしているのかね?


「コーホー……いえ、アリスさんにすぐに着るように言われてまして……コーホー……私も何がなにやら……コーホー」


 ガスマスクを通してくぐもった風美の声が聞こえる。息継ぎに合わせて聞こえるガスマスクの音が、まるでどこぞの宇宙戦争の大物のようだ。

 なんだなんだ、今度はアリスか? いいか風美、この際言わせて貰うが、他人に良い様に言われて着せ替え人形のようにほいほい衣装を着るのはだな……。


「マスター、お話があります」


 風美に説教をしようとした矢先、アリスがぐいっと体を寄せてくる。顔が近い。目と鼻の先だ。その目が……揺らいでいるのか? なんだろう、何かあせっているのだろうか?


「どうしたんだ、アリス。何か問題でもあったのか?」

「はい。可及的すみやかに対処しなければならない案件です。風美さんの格好はとりあえず放っておいてください」


 アリスの顔は真剣そのものだ。風美の格好は気になるが、ひとまず思考を切り替え、アリスの話を聞く体制をとる。


「報告しろ」

「はい。マスター、こちらに見覚えはございませんか?」


 そう言って彼女はビニール袋を私の前に差し出した。中に何か入っているようだが、これは、さっき風美が持っていた筒だな。これがどうかしたのか?


「容器はこの際問題ではありません。問題とするのは中身です」

「中身? あぁ、中に入っていたガラス瓶の事か?」

「ご存知だったようですね。大変申し上げにくいのですが、私達の組織は本日を持って壊滅するかもしれません」


 ……へ、どゆこと?


「実はこのビンの中には、前回の組織時に作られた細菌兵器が入っていたのです。木箱に入れ、特殊な防護剤に包み厳重に蓋をしていたのですが。まさかそれが漏れ出すとは」


 話はこうだ。

 司令室にいたアリスは風美からこの筒を渡されて中身の確認をした。そこでアリスは驚いた。なんと中に入っているガラス瓶が割れていたからだ。急ぎ防護袋に入れはしたが、割れてからアリスが受け取るまでそれなりの時間が経過している。細菌兵器は空気中を漂い、人体に感染し、悪さをする。既にこの施設内に充満している事は間違いないそうだ。

 つまりこれは。


「バイオハザードです」


 あごが外れるんじゃないかというぐらい、口ががっぱりと開く。開いた口がふさがらないとはまさにこの事だ。


「な、な、なんでそんなものが、組織の倉庫に眠ってるんだぁー!?」

「私達、悪の組織ですから」


 そういえば、そうだったなぁ!


「幸い本日は休日です。施設内にいる人間は少なく、全員が感染した訳ではありません。私達が倒れてもいずれ生き残った者達が第二第三の悪の秘密結社を立ち上げてくると思います」


 アリスの頭の中では、既に組織の壊滅は決定事項のようだった。この状態でずいぶんと冷静だな、アリス。


「このような事態で一番恐ろしいのはパニックです。まずは冷静な判断と対応をしなければなりません」




 それから十分後。

 食堂内には、現在アジトにいる全員が集められた。

 私、雨、雪、そして戦闘員が三名。アリスがいないのは、細菌兵器を分析しワクチンを作る為に研究室に行っているからだ。


「あの、大首領様、こんな所に集めて何かあるのですか?」


 全員を代表して雪が説明を求めてきた。


「あー、わかった。皆でゲームするんだね! 雨ちゃんはモノポリーを希望するのだ!」


 こちらは盛大に勘違いしている。モノポリーって、雨が一番苦手そうなジャンルじゃないのか?


「うむ。まずは落ち着いて話を聞いてもらいたい」


 私は出来るだけ落ち着いた態度を装い、説明を始める。


「我が悪の秘密結社は前ゾルバデス時代に作った細菌兵器により、大変言いにくいのだが、集団感染してしまった。皆には申し訳ないが、これ以上の感染者を出さない為にも、対策が行われるまでこの部屋で過ごしてもらう事となる」


 「へ?」と皆一様にほうけ顔。


「あの、細菌兵器とおっしゃいましたが、どのようなものなのですか?」

「まったくの不明だ。どのような効果があり、どの程度の潜伏期間をもって発症するのか、全員が感染するのかしないのか、感染する為の条件はあるのか。その一切の資料はない。それに関してはアリスが全力で調べている」

「何かの冗談なのですわよね?」

「冗談は一ミリも含まれていない。事実だ」


 沈痛な声で私が現実を告げると、全員が口を閉ざし、あっけにとられた表情をする。場を痛いほどの静寂が支配する。


「いいか、全員冷静になるのだ。このような時に一番恐ろしいのはパニックになる事だ。恐怖による混乱は何も生まない。まずは落ち着いて対処するのだ。大丈夫、アリスが今全力で調べてくれている。内容さえ分かればワクチンだって作れるはずだ。誰も命は落とさない。いや、私が落とさせない。安心しろ」


 全員が俯き、肩を震わせている。お前達が混乱するのはよく分かる。だが、こういう時こそ仲間を信じ、結束するという事が大事なのだ。大丈夫、うちの組織ならこれくらいの逆境、乗り越えられるはずだ。


「ぜんぜん安心できませんわーっ!」

「安心できる訳ないのだーっ!」

「俺達死んじゃうんすかー!?」


 雪達をはじめ、その場にいた全員の怒号が飛ぶ。怒り狂うという点では、全員が結束していた。


「どうするんですの!? どうしてくれるんですの!?」

「だ、だから、それは今全力で対処中……ぐべっ!?」


 雪が私の胸倉を掴み、ガックガクと揺らす、揺する、揺り倒す。


「大首領様のアンポンタン! スカポンタン! 顔面凶器ーっ! 雨ちゃんまだ死にたくないのだーっ!」

「お前、私の顔は関係……ぶべべべべべべべべっ!?」


 雨が私の胸倉を掴み、びんた百連発。

 戦闘員達も皆それぞれに怒号や叫び声をあげる。食堂はあっという間に狂気の渦に陥ってしまった。


「み、皆さん、落ち着いてくださいーっ! コーホー」


 風美の悲痛な叫び声が食堂に響き渡る。私に殺到していた者達の動きがピタリと止まった。


「コーホー……い、今皆さんが暴れても何もはじまりません! ……コーホー……アリスちゃんがきっとなんとかしてくれます! ……コーホー……それに大首領様は悪くないです! ……コーホー……今回の悲劇は誰の責任でもありません……コーホー……こういう時こそ……コーホー……こういう時こそ他人を信じる穏やかな心が必要なのではないでしょうか! ……コーホー」


 彼女の涙まじりの声が心に届いたのか、全員が俯いてしまう。そうだ、アリスを信じるんだ。信じる者は救われるんだ。


『一人だけそんな格好して言っても信憑性がなーいっ!』

「ふぇぇぇぇん! ごめんなさーいっ!」


 食堂を再び怒号が埋め尽くし、私に向いていた矛先が風美に向かう。

 信じる者は……救われなかった。



「それでどうするんですの?」


 なんとか場を収拾して、再び話し合いの状態になる。

 私の後ろではぷるぷると涙目になって震えている風美が隠れていた。彼女は組織の人間ではあるが、戦闘には関係ない一般市民であるという事で、なんとか皆をなだめた。


「俺、少し聞いた事あるんだけどさ」


 戦闘員4号が、おずおずと手を挙げる。


「炭疽菌とか天然痘とか色々な種類があるんだろうけれど、治療法があって自分の身を守りつつ敵国にダメージを与えられるっていうのが、細菌兵器の特徴らしいんだ。つまりは治療法が確立していないものは適さないって事だよな。仮にオリジナルの細菌兵器だったとしても、絶対に抗体になるワクチンは作ってると思うんだよ。そういうのってどっかにないのかな?」


 彼の言う事はもっともだ。攻めるだけでは武器にはならない。守りもあってこその武器だ。


「その事なんだが、今回の細菌兵器は組織の壊滅直前に作られたもので、詳しい資料が一切ないのだそうだ。4号が言うように通常はワクチンとセットで作るものらしいのだが、時期が時期だけにワクチンの開発が間に合っていなかったのではないかとアリスは言っていた」


 ウィルスの方しか保管されていなかった状態を、アリスはそういう風に分析していた。

 組織で作った兵器は全て電子データとして資料を残していたそうなのだが、それは開発が完了し資料を取りまとめた物に限った話であって、開発途中の資料まではアリスは記憶していないそうだ。他のウィルスの過去データは記憶しているらしいので、調べてみればなんらかの解決の糸口が見つかるはずとアリスは言っていたが、はたしてそれまでに私達が生き残っていられるかどうか。


「それじゃあワクチンは無いって事?」

「無い可能性の方が高い」


 がっくりと肩を落とし、4号がうなだれた。


「えぇ~ん! 雨ちゃんこんな死に方嫌なのだ~っ!」

「雨、落ち着きなさい。泣いたって始まりませんわよ」

「じゃあ、雪ちゃんは死んじゃってもいいの? まだ日本征服もしてないし、世界征服もしてないし、宇宙征服もしてないんだよ!?」

「私だって志半ばで倒れるのは嫌ですけれど、アリスちゃんががんばってくれていると言っているじゃないですか。今は信じるしかありませんわ」


 うむ、雪、立派だぞ。その歳でたいした胆力だ。私の中で雪の評価がうなぎ上りだぞ。


「しかし、なぜ細菌が漏れたのですか? 話によるとガラス瓶に入れられて、しっかりと蓋をされていたという事ですが」

「あー……コーホー……それはたぶんですね……コーホー」


 風美は自分が持っていた筒を落とした事で、中のガラス瓶が割れたのではないかと説明した。


「つまり、大首領様が風美さんをゆすりまくった為に、ガラス瓶の入った筒が落ちて、中のガラス瓶が割れてしまい、その結果、ウィルスが蔓延してしまったという事ですわね?」

「コーホー……そうなるんですかねぇ……コーホー」


 ん、ちょっと待ってくれ。話の流れがおかしくないか?


「大首領様?」


 とても良い笑顔で、雪が私を見つめる。彼女の後ろに何かどす黒いものが立ち上るのが見えた。


「な、なんだろうか?」

「正座」

「へ?」

「正座ですわ!」





「……何をしてるんですか?」


 食堂に入ってきたアリスはその場の現状を見て、眉をしかめた。


「ちょっとしたおしおきなのだ」

「そいう事ですわ」


 床に正座している私の周辺を雨達がぐるりと囲んでいる。胸には「私が犯人です。ごめんなさい」と書かれたプラカードがぶら下げられていた。

 どうやら今回の騒動の原因は、私が風美を揺すり過ぎてしまった為に起きたという事になってしまったらしい。たしかに揺すり過ぎた私も悪いのだが、こんな物を作ってほったらかしにしておいた前の組織も悪い。いや、でも、前の組織と言っても管理していたのは私だったわけだし、そうなると結局私が悪い事になるのか?


「マスターはこういう趣味があったのですか?」

「……ある訳ないだろう。これでも誠意を見せているつもりだ」


 正座をして囲まれている状況を、アリスは何かのプレイと勘違いしたようだ。はっきり言うが、私はノーマルだ。この手のプレイに興味も関心もない。


「私はマスターがどのような性癖でもお慕いいたしますので、ご安心ください」


 いや、そういう安心はいらない。というか、ここに来たという事はウィルスについてなにか分かったのか?


「はい。今それを皆さんにご説明します」


 アリスの説明を聞く為に、私を囲んでいた者達が席に戻っていく。私も席につこうとしたのだが、雪がキッと睨むので正座を続行する事になった。そろそろ足が冷たいんだけどなぁ……。


「調べてみた結果、今回のウィルスは過去製作されたどのウィルスにもあてはまらないものだというのが分かりました。また、既存の細菌兵器とも比較してみたのですが、そちら方にもまったく当てはまりませんでした。結果として、まったく未知のウィルスだという事が判明しています」

「それじゃ、ワクチンは……?」

「ありません」


 『そんなぁーっ!』と全員が絶叫する。


「アリス、どうにかならんのか?」

「どうにもなりませんね。感染力が低いか殺傷力が低いか……どちらかを祈るしかないでしょう」


 状況は絶望的だった。そんな、自分達の作った兵器で、まさか全滅してしまうなんて。

 私は言葉に出来ない絶望を感じて、がっくりと肩を落とした。皆の心境も同じようで、全員が暗く沈んだ顔をしている。


「しかし、どうにも腑に落ちない点もあるんですよね。ありえないはずなんですけど」

「それは一体なんなんだ?」

「それはですね……」


 その時、バタンと大きい音がした。音の先には戦闘員の一人が倒れている。慌てて雪が駆け寄り彼を抱き起こすと、彼は荒い息を吐きながら苦しそうに呻いていた。まさか、発症したのでは!?

 彼を皮切りに、皆が次々倒れていく。倒れた者は皆一様に、苦しそうにうめき声を上げる。

 それを見ていた私自身も、なんとなくだが体が熱っぽくなってきて、だるくなってきた。頭痛もしてきたし、寒気もする。もしかして、私も……!?

 自らの体の異変を感じた、その時。


「くしゅん!」


 私の口からくしゃみが出た。


 


「実はあのウィルス、カゼ怪人の鼻水とまったく同じ遺伝子形状だったんです。ですが、そんなものを細菌兵器として登録し保管しておく意味が分かりません。私の見間違いだと思い、あまり深く考えてはいなかったのですが……」


 アリスがリンゴを剥きながら説明してくれる。

 あのビンに入っていたもの。それは細菌兵器等ではなく、カゼ怪人というカゼをばら撒く事を特技とした怪人の鼻水だった。細菌兵器ではないのだから、組織の細菌兵器の資料を探しても何も出てこないのは当たり前だ。


 過去の資料を詳しく調べてみて分かったのだが、カゼを操る怪人なのにカゼを引くなんておかしいだろと考えた当時の研究者が、研究資料として怪人の鼻水を瓶詰めにして保管していたらしい。それが組織壊滅の混乱の際に、細菌兵器の入れ物に入ってしまい、それを詳しく知らなかったアリスが細菌兵器と勘違いし、そのまま保管していたそうだ。

 怪人の鼻水と言っても、そこはカゼを操るカゼ怪人である。その鼻水には感染力の高いカゼのウィルスが入っており、それがアジト内に充満し皆が感染してしまったというのが、今回の端末となる。

 

 ちなみにそのウィルスはアリスと風美を除く全員が感染してしまった。今は私も含め、全員がダウンしている。

 アリスが感染しなかったのは、人造人間という体質のおかげだったらしい。なんというか、ずるい。


「でもよかったですね。あれが本当の細菌兵器であれば、皆さん今頃あの世行きでしたから」


 この程度で済んだと考えれば、それはそれでよかったのかもしれないが。そうは言っても、このカゼはきつすぎる。あまりの辛さにベッドから起き上がれん。

 せっかく体が治ったばかりなのに、またベッド生活に逆戻りとは、本当についてない。


「マスターにまで感染するとは、カゼ怪人は恐ろしいですね。どうです、マスター。カゼ怪人、もう一度作りませんか?」

「ぜっっったいに、イヤだ!」

 

 カゼ怪人のウィルスはかなり強力で、それから三日間、学級閉鎖ならぬ組織閉鎖の状態が続いた。


「ぶぇっくしょん!」


 今回の事を教訓とし、怪人と細菌兵器だけは絶対に作らないぞと私は心に誓うのだった。





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