エピローグ
「アリス君、こういのはちょっと勘弁していただきたいのだが」
「嫌です」
「その……私もいい大人な訳であって、それぐらいは自分でやりたいというかだね」
「ダメです」
私のお願いを、アリスは無表情のまま、問答無用で却下した。アリスが銀色に光るソレを私の鼻先につきつける。
「マスター、どうかお覚悟を」
「むぐっ……い、致し方あるまい!」
私は覚悟し、口を大きく開ける。
「では、参ります。あーん?」
アリスの持っていたもの、フォークに突き刺さっていたリンゴが私の口に突っ込まれた。
あれから一夜明けた。
地熱発電所を後にした後、私は負傷の為か気を失ってしまっていたらしく、目を覚ました時には自室の白いマクラに頭をうずめていた。目を覚ました時、泣きながらアリスが胸に飛び込んできたのだが、どうやらかなりの心配をさせてしまったようだった。アリスをなだめる私を見る雨達の視線は暖かいものではあったが、なにやらこそばゆい感じがしたのをよく覚えている。
今現在、私の体には包帯がまかれ、腕には点滴のようなものが取り付けられている。体の痛みは引いておらず、どうやら今回は急回復というのは起きていないようだが、それでも気を失う前よりは体がだいぶ楽になっていた。ゆっくりではあるが、自然治癒というのが働いているのだろう。
アリスが言うには、急回復というのは早々起こりうるものではないそうで、今の回復速度がむしろ正常なのだそうだ。また鎧も私の体の一部のようで、そちらの方も自然に修繕されているらしく、時たま、メリッだのゴリッだのといった音が聞こえてくる。なんというか、気持ち悪い。
相変わらず化け物じみた体ではあるが、本来であれば病院に担ぎ込まれてもおかしくないような大怪我なのだ。痛くなくなる事自体は大変ありがたいし、今は私の体に感謝する事にしよう。
私が目覚めた後、アリスはこの部屋から一歩も外に出ようとはしなかった。私自身がベッドから動けないというのもあり、徹底的に私の看護をするつもりのようで、食事の世話から体の世話まで私の一挙手一動に対し、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
さすがにシモの世話までしようとした時は拒否したが、私の拒否を拒絶と受け取ったのか、ものすごく悲しそうな顔をされた。泣きそうな顔で尿瓶を握り締めるアリスを、尿意の限界までなだめ続けた事は、今思い返してみると苦笑してしまう。
また体の修復とは別に、私の体を改めて見てもらったりもした。
瞬間的にとはいえ、私はあの男を圧倒するだけの力を見せた訳であり、もし今もその力が保たれているのであれば、今後の取り扱いに注意が必要だと考えたからだ。だが、それは杞憂に終わった。私の力はあの日の夜、要は男と対峙する前の状態と変わらなかったからだ。
瞬間的に能力凍結が解除され本来の力が出たのか、もしくは回復により制御能力は上がったが再び体が損傷してしまった為に元に戻ってしまったのか、はたまた火事場のなんとやらだったのか。アリスでも詳しい原因は分からないらしい。私の体は、まったくもって不可思議だ。これも今に始まった事ではないが、改めてその事実を考えると、ため息しか出てこない。
あの男の事も考えた。生きているか死んでいるかは分からないが、アリスの言うとおり、あの男が死んだとは私には思えなかった。生きていれば、またなんらかの形で出会うことになるだろうと、そんな漠然な予感だけは感じていた。
奴の目的も結局わからずじまいだった。背後に何らかの組織がある事は間違いないようだが、それがどのような組織なのかは、今はまだ調査中の段階だ。いずれ分かった際にはなんらかの対策が必要になるだろう。厄介な事にならなければいいな、と思う。
「はい、マスター、もう一度あーんです」
アリスがリンゴを私の鼻先に突きつける。
なんちゃらの一つ覚えのように、彼女はリンゴをむき続ける。介護の基本は自らの手でリンゴを剥いて食べさせてあげる事、と雪に教わったからだそうだ。その教えに間違いがあるとは思えないが、リンゴを剥いては私の口に放り込み、また剥いては放り込み……と、これで既に四個目だ。さすがに腹も膨れてきたぞ。
だが、いらないと言うと彼女はリンゴを握り締め悲しそうに俯く。拒否もできんのだ。
余計な事をとは思わないまでも、厄介な事を教えてくれたなと、雪を少しだけ恨む。
「げぷっ……わ、わかった。あーん……」
その時、自室のドアが勢いよく開いた。
「大首領様ー、大ニュースなのだーっ! ……って、なにやってんのだ?」
大きく口を開いた状態で、私とアリスが静止する。これは、その、まぁ、あれだ。スキンシップという奴だ。
「ふーん、二人とも仲良いねー」
にやにやしながら雨が室内に入ってくる。その後ろには雪や風美が続いてた。三人揃って何の用だ?
「そう、そう、それなのだ! 大首領様、すぐにテレビを見るのだ!」
雨に促されて、アリスがテレビのスイッチを入れる。ちょうどニュース番組がやっているらしいのだが、これがどうかしたのだろうか?
「大首領様のニブチン! ちゃんとテレビの内容を見るのだ!」
テレビの内容?
『……ここで現場に中継が繋がっております。徳種さーん?』
スタジオから現場の中継へ画面が切り替わる。そこは森のようなところのようだが、はて、何か見覚えが……。
『はい、こちら現場の徳種です。私は今、高雲野地熱発電所に来ています。後ろをご覧ください』
テレビにはいつか見たリポーターの子が映っており、その後ろには……私達が行った発電所か!?
『先日未明に発生した地熱発電所の火災は、夜が明けた今になっても収まっておらず、その被害は更に広がるばかりです。先ほど入ってきた情報によりますと、地熱発電所の四基の発電機は全て爆発炎上したとの事で、これに伴う停電被害は、長野県北部一帯におよんでおり、これにより病院等では自家発電により対策を行っていますが、地熱発電所の復旧の目処は立っておらず、長く続いた場合、相当の被害が出る事が予測されます。また、警察庁の発表によりますと、今回の火災は機械等のトラブルによるものではなく、悪の組織の一つである悪の秘密結社によって引き起こされた人為的な犯行という見方を示しています』
「はぁっ!?」
私達の事がニュースになっているではないか!
『この発電所に勤める職員の方の証言によると、悪の秘密結社は昨夜この発電所内に侵入し、職員への拉致・監禁の他、施設内の破壊を行ったとの事です』
画面内に職員と思われる男の顔が映し出される。
「あら、この方は……?」
「雪ちゃん、この人知ってるの?」
「えぇ、昨晩、制御室にいらっしゃっていた職員の方ですわ」
『悪の秘密結社からの犯行声明等は届いておらず、警察は何らかの意図があったとして、電力施設破壊罪等複数の罪で捜査を進めています』
場面がスタジオに戻る。
『本日は悪の組織による犯罪に詳しい方をお招きしております。田所さん、悪の秘密結社というのはどのような組織なのでしょうか?』
『そうですねぇ、最近できたばかりの新規の組織というところまでしか分かってはいません。上方エリアに本部を構えているという情報はあるのですが、規模としてはかなり小さいらしく、組織ランクも最低のEランクです。今まで主だった活動もしていないようなのですが、つい先日、どこかのテレビに出演し、ゾルバデスの大首領が指揮を執っていると公表していたそうです』
『ゾルバデス……というと、十年前に日本を恐怖のどん底に陥れた悪の大組織だと記憶していますけれど?』
『はい、その通りです。ゾルバデスの悪行は皆さんもご存知の通りでしょうが、その大首領が復活し、指揮を執っているとなると、これはかなりやっかいな話になるかもしれません。既にJHKは対策班を組織するという発表をしていますし、日本政府もそれを支援する事を公表しています。破壊された高雲野地熱発電所は数百兆円という国家予算を投じて作られた施設であり、その被害は想像を絶する金額になります。これはもう、戦争が起こりますよ』
『ありがとうございました。本日のニュースマイナスワンは、高雲野地熱発電所を破壊した悪の秘密結社の特集を組んで、引き続きお送りいたします』
画面が切り替わりコマーシャルが流れる。パンチパーマのお母さんが、マヨネーズを口にくわえ込み、ちゅっちゅちゅっちゅと意味不明な歌を歌っている。
な……なんか、大変な事になってやしないか?
「それはそうでしょう。高雲野地熱発電所は日本で五本の指に入る大型の地熱発電所です。それが破壊されたとなれば、この程度のニュースにはなるでしょう」
「やったね、大首領様! テレビも新聞もネットもぜーんぶ、雨ちゃん達の話ばっかりなのだ!」
「こちらをどうぞ」
風美が新聞を渡してくれる。何種類かあるようだが、その全ての一面を『悪の秘密結社 地熱発電所を破壊』という記事が飾っていた。
知名度が上がったのだーと雨はその場で飛び跳ねながら無邪気に喜ぶ。
「だ、大首領様って、本当に恐ろしい方だったんですね。私、びっくりです!」
「そうですわよ。大首領様は、普段は紳士的な方ですが、やる時はやっちゃう人なのですわ」
風美は拳を握り鼻息荒く力説し、雪は右手で髪をいじりながらすまし顔。
「雨ちゃん、知ってたよー? 大首領様は破壊の神様だって!」
いや、三人とも。たまたま。そう、たまたまであって、別に私は狙ってやった訳じゃないんだぞ?
「でも、大首領様はタービンを壊してよいとおっしゃっていましたわ」
「あれは第三タービンだけの話であって、別に施設全部をぶっ壊そうなんて思っていなかったのだ」
「またまたご謙遜を」
「謙遜してない!」
二人はやいのやいのと私の功績を褒め称える。いや、そんなに喜ばんでいただけないだろうか。これは犯罪なのだぞ?
改めて冷静に考えてみると、私はとんでもない事をしてしまったのではなかろうか。
アリスを助ける為だとはいえ、その場のノリと勢いがあったとはいえ、これは少し、いや、かなりやり過ぎてしまったのではないだろうか。JHKやら政府やらが対策に乗り出すと言っているようだし、これでは私は大悪人ではないか。
いや、まぁ、多少の犯罪もしょうがないという覚悟はしていたが、それでもいきなり大悪人扱いというのは……。
後の祭り。そんな言葉が私の頭をよぎる。
自身のしでかしてしまった事に、いまさらながら頭を抱えた。
「大丈夫だよ、大首領様。大首領様の必殺技ならJHKがたくさん来ても返り討ちなのだ」
アリスの説明では、あの剣は滅びの凱歌という私のエネルギーを結晶化したものらしい。なんでも切れて、なんでも破壊できるという、とんでもない恐ろしい物だそうだ。なんて化け物だとも思うが、その化け物が自分自身である為、もう呆れるしかない。
しかも滅びの凱歌って、なんてネーミングだ。センスの欠片もない。
「そういえば私、別行動をしていたのでその必殺技とやらを見ていませんわね」
「あ、私も、ちょっと興味はあります」
そうは言っても、ほいほい簡単に出せるものではないぞ?
「いえ、出せますよ。出力はこちらの方で調整しますので、見せてあげたらどうですか?」
アリスが余計な事を言う。
そう言われたら……ほら、三人が期待のまなざしでこちらを見ているではないか。
仕方がない。見せるだけぞ?
私は右手を掲げ、力を篭める。
ぬぅん! ぬぬぅん! ぬぬぬぬぅん!
「……出ないのだ」
「……出ませんわね」
「……出ませんね」
あれ、おかしいな。
あぁ、そうか。あれはアリスが何かしてくれたから、出せたのだったな。そう思って、アリスを見てみたが、彼女はなにやら不思議顔。
「……出ませんね」
出せると言った本人が出ないと言っている。
「いえ、先ほどから発現させようと操作はしているのですが。どうしてでしょうか?」
それを私に聞くか?
どうやら滅びの凱歌を発現させようと操作はしてくれいるようなのだが、何故か発現しないのだそうだ。先ほど出て、今は出ない。どういう事なのだろうか?
これに関しては、あの戦闘の時でも出るか出ないか、半分半分の確率だったそうだ。一発で出た為、アリスも今後も問題なく使用できると勘違いしていたらしい。
「あーあ、残念なのだ」
唇を尖らせ、不満顔の雨。
「でも、必殺技がなくても、大首領様には頼もしい知識がありますわ」
「そういえば、マスターは地熱発電所の事を正しく把握された上で、行動されていましたね。もしよろしければ、今後の作戦立案の為にも、ご指導いただけませんか?」
アリスが上目遣いにそうお願いしてくる。
うぅーむ、そんな眼をされては拒否できない。
「う、うむ、よかろう。そもそも地熱発電所というのはだな……」
そこで私の時が止まる。
「……なんだろうか?」
知識がまったく出てこなかった。あれ、おかしいぞ。少なくとも昨夜はあれだけ地熱発電所の構造について分かっていたはずだ。
地熱発電所ってなんだったっけ? えーっと確か、地下のなんちゃらから水蒸気を汲み上げて、それをタービンを回して……なんだっただろうか?
昨夜覚えていた事の半分も知識が出てこない。
あれ、一晩たって、忘れたのか?
え、そういう事なのか?
せっかく分かった知識なのに、半分も身についていないなんて。これじゃ、一知半解だ。
「大首領様、出し惜しみはだめなのだー!」
「いや、出し惜しみとかではなくて、本当に思い出せんのだ!」
「そういうイジワルする大首領様には、てんちゅーっ!」
雨の体がふわりと空中に舞い上がり、そのお尻が私のお腹に急降下。
「ぐがっ!?」
今、傷口にめりこんだぞ!? 雨の尻が、ぐりっ、ごりっと!?
「アリスちゃんもやっちゃうのだ!」
「ばか、こら、やめろっ!?」
アリスがベッドの上によじ登る。あの眼は……やる気か!?
「まさか、アリス、やめ……っ!?」
「とう」
アリスの体が雨の体に覆いかぶさる。更なる衝撃が、私の下腹部に襲いかかる。
抗議の声をあげるが、雪も風美も笑っているばかりで、助けようともしてくれない。
「やめろ、動くな、捻るな、暴れるなっ!?」
謎や問題は山積みだが、それでも日常が返ってきた。今はそれでよしとしよう。
雨とアリスの攻めは、その後もしばらく続いたのだった。
第一幕 完 次幕へ続く




