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せいふくっ! -今日から始める大首領-  作者: れぎゅ
第一幕 目覚めてみれば一知半解
11/22

決戦 大首領 対 ファイヤーレッド


「あっははははは! 嬉しいぜ、嬉しいぜ、大首領!」


 全身から炎を迸らせ、男が幽鬼のように立っている。どういう事だ、変身装置が壊れたのであれば、もう動けないのではなかったのか!?

 私もアリスも雨も、驚きの表情で男の姿を見つめる。背筋を嫌な汗が流れ落ちた。


「まさか、変身装置が破壊されると動けなくなるなんてな。しかも、俺の攻撃が水蒸気で弱くなるなんて、今の今まで知りもしなかったぜ」


 だが、甘かったなと、男は言った。


「俺がなんでこんな所にいたのか考えなかったのか?」


 男の容姿に変化がある。全身に炎を羽衣のように纏わせているが、一番顕著なのは、体の模様だ。左肩から腰にL字に走っていた模様が、Vの字になっている。おまけにヘルメットの竜のような紋章も、金色に輝いていた。何が男の体に起こっているのだ?


「俺のバトルスーツは出力は高いんだが、燃費が悪くてな。時折りエネルギーを補給してやらなきゃならないんだぜ。そのエネルギーってなんだと思う?」


 アリスがハッと目を見開く。何かに気付いたようだ。


「……熱エネルギー、ですか」

「さすがお穣ちゃんだ、大正解だぜ。俺は別に伊達や酔狂でこんな所にいるんじゃないんだぜ?」


 男が親指で、後ろのボイラーを指差す。


「こいつの気水分離機についているパイプは、そのまま地下三千メートル付近にある地熱貯留層まで伸びていてな。天然の高熱エネルギーまでダイレクトで通じている、俺にとっては巨大な乾電池みたいなもんなんだぜ? しかも俺の変身装置は、そういう熱エネルギー感知すると、勝手に充電を初めてくれるすぐれもんだ。元々は俺が壊す予定だったんだけど、あんたが壊してくれたおかげで手間が省けたんだぜ?」


 ボイラーが破壊されて事により水蒸気が溢れ、男の攻撃は弱まった。だが、その一方で、地熱貯留層とこことが生産井よってダイレクトに繋がってしまい、奴にエネルギー供給をしてしまったという訳か。私の策は、諸刃の剣だったのだな。


「俺のバトルスーツの二段階目は、エネルギー充填率が100%を越えた時しか使えないし、使ったとしても長く変身してられないんで、不便なもんだったんだけどな。今、この場所は熱エネルギーに溢れている訳で、つまりは俺のパワーは無尽蔵って訳だ。まったく、最高の舞台を作ってくれたもんだぜ!」


 男は顔を手で押さえ、天を仰ぎながら、狂ったように笑った。


「……アリス、奴の容姿の変化の理由は分かるか?」

「私も詳しく知っている訳ではないので、正確には答えられません。ですが、バトルスーツの中には、多段階変身が可能なものがあると聞きます。男の容姿が変わっているという事は、あのバトルスーツにはその機能があるのかもしれません。しかも、問題なのは、多段階変身の場合、変身装置の制御系が別回路になっているという点です。さきほどの状態であれば破損した事により動けなくなっていたのでしょうが、多段階変身した今の状態では破損の意味を成しません」

「パワーアップだけして、先ほどのダメージはリセット……という事か。くそ、とんだインチキだ」

「大首領様、どうするの?」


 今の状態で、「はい、さようなら」という訳にはいかんだろう。間違いなく、奴は私達を見逃さない。

 先ほどでも劣勢だったのに、これでパワーアップまでされたら、打つ手なしだ。

 だが、こちらは先ほどと違いアリスがいる。使える手立ても、知識も、増えているのだ。一方的に劣勢に追い込まれた訳ではないはずだ。


「アリス、なんでもいい。私の力で奴を倒す事はできないか?」

「今のマスターの状態では、高出力……の……あれ?」


 アリスが不思議そうな顔をする。


「マスターの制御能力が向上しています。これはどういう事でしょうか」

「ここに来る前に謎の超回復をしてな。その影響ではないかと考えていたのだが……」

「なるほど。この制御能力の状態であれば、いくつかあるかもしれません」


 そう言って、アリスは二言、三言呟く。私の左腕が青白く発光し、その後黒いモヤのようなものが、手首から肘までを覆う。


「……空間制御能力の一部を近い、防御力を高めました。昼間の銃撃程度であれば受け止められると思います。あと、マスターの意思で、衝撃波を出せるようにしました。どれ程効くかは分かりませんが、遠距離からの攻撃ができるだけでも、手数は増えると思います。後は……」


 時間を稼いでください、とアリスは言った。何か策があるのだろう。


 男は手を握ったり、その場で軽く跳ねたりしながら、自分の体の調子を確認している。

 私は雨とアリスを後ろに下がらせ、男と対峙した。


「この状態の詳しい名前は俺も知らないんだけどな、パワーが相当上がってるんだぜ。どうする、大首領?」

「どうもせん。私がお前を倒す。それだけだ」

「おもしろいぜ、やってみな。さぁ、最高のパーティーの始まりだぜ!」


 男が駆けた。早い!?

 あっという間に私に肉薄すると拳を突き出してくる。私の反応が追いつかない。両腕をクロスして防御姿勢をとるのが精一杯だ。

 ガツンとすさまじい衝撃が腕に走る。奴の拳は熱を帯びているのか、甲冑が火花を散らす。衝撃により発生した熱風が私の頬を撫でる。くそ、こいつ、火の玉かなにかか!?


「おせぇぜ!」


 瞬間、男は腰を引くと、腰から銃を取り出しこちらに発砲する。左に跳躍しようとするが、男の銃撃の方が早く、右下腹部に重い衝撃が走る。衝撃は私の装甲を砕き、その熱波が私を真横に吹き飛ばす。今のは直撃ではないはずなのに、あの銃も威力が上がっているのか!?

 吹き飛ばされながら、なかばやけくそで右腕を振るう。私の腕から、不透明な質量が真一文字に放たれ、大気を歪めながら男へ直進する。それを男は片腕だけで、受け止めた。男の手のひらで胡散霧消したエネルギーが、爆散し、閃光と煙を辺りに撒き散らす。その煙の向こうで、男は余裕の態度で立っていた。まるで大人が子供のパンチを軽く受け止めたかのようだ。それほどまでに、奴の防御力は上がっているのか。

 すぐさま男が発砲しながらこちらに突撃してくる。先ほどのように、単発で撃ったりはしない。エネルギー残量を気にしなくてもいいから撃ち放題という訳か。一発だけでも避けるのに苦労するのに、連続で撃たれたら、避けるのが追いつかない。

 左腕の強化された装甲で何発かは弾く事が出来るが、それでも一発、二発と私の体に銃弾が打ち込まれていく。体が焼けるように熱い。鎧には穴が空き、その穴からどす黒い煙が上がる。それでも私は懸命に受け、かわす。

 滝のような銃弾の中を、機械等の障害物を利用し、ギリギリで男の射線を避ける。私を追い詰めるように、足の傍で、肩の後ろで、着弾が起こる。避けながら衝撃波を飛ばすが、男は軽くステップを踏むと、こちらの攻撃をまた片腕で受け止めた。


 戦闘開始からわずか一分足らずで、私の体は傷だらけだ。相手が無傷だというのだから、この力量差はあまりにヒドい。

 あとどれくらい奴の攻撃をしのぐ事ができる? 戦闘経験は浅いが、それでもここまでの奴との戦闘で培った経験と自分の技量とを比較し、計算を行う。

 長くて十分、十五分か。

 もしかしたら、それは希望的観測で、三分ももたないかもしれない。

 その間に、奴を倒す事ができる隙を見つける事が出来るだろうか。


 くそ、分の悪い賭けだ!




― 同日 高雲野地熱発電所 アリス ―


 爆音、熱風、衝撃、破裂音。マスターとファイヤーレッドの戦いは、一方的な暴力という形で進んでいきます。もちろん、暴力を振るうのはファイヤーレッド。マスターはその力に、蹂躙されています。

 マスターの制御能力は、今日の昼間よりも格段に上がっているようですが、それでも、ファイヤーレッドを圧倒できるだけの力があるとは言えません。悔しい事ですが、私のマスターでは、今のファイヤーレッドに勝てないと判断します。

 

 ファイヤーレッドの今の姿は多段階変身をしたもので間違いないでしょう。過去見てきたヒーロー達の中には、そういう変身をして戦闘中にパワーアップをしていた者達がいた事を、私の記憶装置が記憶しています。名称は、スーパーモード、ハイパーモード、天装モードと、様々ではありましたが、共通していえるのは、攻守共に能力が格段に上がるという事です。これによって倒された組織の怪人達は数え切れません。苦い記憶、というのでしょう。


 ですが、一見無敵のように見える多段階変身にも弱点はあります。


 一つはエネルギー消費量の増加。

 多段階変身の強さは、バトルスーツのリミットを越えた、その出力にあります。高出力になればなるほど悪化するのは、燃費です。あの姿のままでは長時間戦う事はできません。一撃必殺、短時間勝負、そういう場で使うべき機能だと、私は記憶しています。でも、ファイヤーレッドの言うように、この空間には熱エネルギーが充満しています。エネルギー切れを狙うのは、得策ではないでしょう。


 もう一つは、そのパワーの大きさです。バトルスーツがいくら肉体の強化をしてくれるモノだと言っても、それは所詮道具であり、使用するのは人間です。強くなるのはそれを包むスーツだけ、人間の体が作り変えられる訳ではないのです。いくらエネルギー切れの心配がないからと言って、長時間使用していれば、使っている人間の体に必ず負担が掛かって、どこかで破綻します。つけ入るは、その隙です。

 ですが、その破綻がどこで起こるか、ファイヤーレッドがどの程度までスーツの出力に耐えられるのか。それが分からない以上、楽観視する事はできません。その前にマスターがやられてしまう可能性だってある訳です。


 これは、分の悪い勝負なのかもしれません。何か一撃必殺の手立てを考えないと。


 私はマスターの動きをジッと目で追います。眼球の奥に力を篭め、マスターの体の、更にその奥を覗き込みます。私の眼球が読み取ったマスターの身体データが演算装置とリンクし、マスターの今の体の状況を私に教えてくれます。


 強化外骨格……破損率10%。大丈夫、マスターならまだ耐えられます。

 筋肉断面積……五時間前より20%向上。

 流体性エネルギー放出……五時間前より15%向上。

 右腕部エネルギー変換機能……五時間前より11%向上。

 左腕部エネルギー……


「アリスちゃん、アリスちゃん!」


 雨さんに肩を揺すられ、私のサーチシーケンスが中断されます。


「ボーっとしてる場合じゃないのだ! 大首領様をお助けしないと!」

「……分かっています。その為に、今、マスターのお体の状況を調べているんです」

「でも、それも大事なんだろうけど、大首領様、負けちゃいそうだよ!?」


 大丈夫、マスターは負けません。私のマスターは、あんな人に、絶対に負けたりなんかしないんです。

 だってマスターは……。

 

 いえ、今はそれを考える時ではありません。


「……雨さん、必殺技というのはヒーローだけの特権じゃないんです。マスターにだって、必殺技はあるんです」

「え、ほんとなの!? じゃ、じゃあ、それを使えばあの人を倒せるんだね!」

「それが使えるかどうか、今、調べているんです」


 雨さんの手を肩からどけて、再度マスターの身体データを読み取ります。

 頭、肩、腕、胸、腰、足……それぞれに浮かび上がる光の点。それが骨格のように結ばれ、マスターの心臓部分で集約しています。マスターのエネルギーの流れです。そのエネルギーの流れを操作して、右腕部へ集約した場合、マスターのお体が耐えられるかどうか。それを念入りに調査します。


「……微妙ですが、今なら、もしかして」


 今のマスターなら、昔の出力に及ばないまでも、あの技が使えるかもしれません。発動確立は50%あればいいでしょうか。

 いいえ、50%でも十分です。それを私が100%にすればいいだけなんですから。


 マスター、もうしばらくだけ、時間をください。




― 同日 高雲野地熱発電所 大首領 ― 

 

「そうだ、動け、動け、大首領!」

「このぉぉぉぉぉぉっ!」


 奴の剣撃が腕をかすめただけで、すさまじい高熱が体の中に叩き込まれる。神経が引き裂かれるような激痛が走るが、それに躊躇している状態ではない。

 次の瞬間、私の胸元が爆炎にあおられる。銃で撃たれたのか!? とっさに拳を男に叩き込むが、それはむなしく宙を切る。熱でゆがみ、かすんだ視界では、満足に男の姿を捉える事ができない。ならばと、肩から男の体に体当たりする。力任せのタックルだ。だが、私に天地が逆さまになったような衝撃がはしる。気付くと、体をぶつけた私のほうが、吹き飛ばされていた。

 男が身に纏っている炎はまるでエネルギーの壁だ。不可思議な力が私の攻撃を跳ね返す。なんて、インチキだ!


 腹に重い衝撃が走る。男が右足を私の下腹部にのせ、レーザーソードを私ののど元に突きつける。これでは、動けない


「なぜだ……なぜこんな事をする!?」

「なぜって、そりゃ簡単だぜ。俺は、人間の眼が見たいんだよ」


 男の肩が震える。笑っているのか?


「俺は今の人間の生き方がどうにも不自然に思えてならないんだぜ? 善だ悪だと区切りをつけて、腹の中にあれやこれやと溜め込んで、したい事もできずに抑圧されて生きていく。そんなのは生物のやる事じゃねぇ。生物ってのはもっと自由に、本能に忠実にあるべきだぜ。したい事をして、したくない事はしない。息をするように生きて、息を吐くように死ぬ。大切なのは一貫性って奴だぜ? 生き物に矛盾なんてあっちゃいけないんぜ?」


 男のでたらめな講釈は続く。


「そんなクソみてぇな人間の中で、どういう訳か悪の組織の連中ってのは、わりかしマトモだ。関心があるのは自分の事だけ、他人には無関心。したいように生きて、したいように死ぬ。こいつらは人間って生物がよく分かってる。俺に言わせれば、そこいらの一般人なんかより、よっぽど人間臭いぜ。もう、大好きな奴らだぜ。そういう奴らが追い詰められた時に、どんな表情をすると思う? 喜怒哀楽の全部が凝縮された、例えようのない美しさがあるんだぜ? 俺はこいつを神様の眼だと思うぜ」


 レーザーソードが私ののど元を掠る。チリッと火傷のような痛みが走った。


「しかも奴らは暴力的だ。俺の闘争欲も同時に満たしてくれる。俺の欲求を叶えるエサとしては、これ以上のモンはない。まさに特選素材って訳だ。そんな特選素材、食わねぇ理由もねぇだろ? 大首領、たしかにあんたは強いぜ。抜群の強さだ。他の組織の連中じゃこうはいかなかった。俺の闘争欲はものすごい勢いで満足してるぜ? あんたは最高級の特選素材だぜ」


 そこで笑うのをピタリとやめる。


「だけど、あんたのその眼はなんだ。そこいらの虫けらと同じような、くだらねぇ顔をしている。まるで一般人だ。悩んでいるのか? 迷っているのか? 悪の組織の人間ってのはもっと聖人君子みたいに、澄んだ目をしているもんだぜ? 他人が生きようが死のうが関係ない。自分さえよければいい。そういう眼だぜ? これならあっちにいるお穣ちゃんの方が、よっぽどいい眼をしているぜ。大首領、あんたはなんなんだぜ? そんな正義感剥き出しの眼で、悪の組織なんてやるんじゃねぇぜ!?」

「ぐあっ!?」


 男の足が腹にめり込む。銃創が刺激され、腹に激痛が走る。


「過去にあんだけやりたい放題やって来た、大首領様なんだろ!? ならもっといい眼をしろよ! 自分以外全部虫けらみたいな眼をしろよ! 何ふぬけてんだよ! 俺をがっかりさせんじゃねぇぜ!?」


 一言ごとに足が私の銃創を蹴りつける。悲鳴とも叫びともいえない声が、私の口から吐き出される。震える両手で男の足を押さえる。ギリギリと力が拮抗するが、男の力の方が強く、両腕が弾かれる。

 一際重い衝撃が下腹部に走った。全身を締め付けるような苦痛の波が、心臓の鼓動に合わせて広がった。私の口から声にならない声が漏れた。

 

「……そうか、あんたは復活したてだったな。まだ、色々と足りてねぇか」


 男が動きを止める。

 私の腹から足をどけ、ゆらりと歩き出す。


「大首領様よ、普通の奴が一瞬で悪人みたいな眼になれる方法があるんだが、なんだか知ってるか?」


 男がゆっくりと歩みを進める。首だけなんとか動かし、男の行く先を見つめる。その先には……雨とアリスか!?


「それはな……憎しみだぜ!?」


 瞬間、男が駆けた。咄嗟に雨が男とアリスの前に割り込む。やめろ、雨! お前では無理だ!


「邪魔だぜ!?」

「にゃぁ!?」


 男の拳が雨を入り口付近まで吹き飛ばす。扉にぶつかり、体を大きくバウンドさせ地面に激突すると、雨はそのまま動かなくなった。


「こいつを助けに来たって事は、大首領様にとっては、それなりに大事な娘なのかな?」

「うっ!?」


 男はアリスの襟を掴むと、乱暴に引き上げる。


「……かはっ!?」


 襟を掴む手に力が入ったのか、アリスが苦しそうに呻く。男はアリスのあごをぐいと掴み、鼻息がかかるのではないかというほど顔を近づける。

 

「お穣ちゃん、俺個人としてはもう少しお話してやりたかったんだが、あんたのとこの大首領様が腑抜けでな。眼を覚まさせる為に、ちょっと死んでもらうぜ?」

「や、やめろぉっ!」


 激痛に叫ぶ体を無理やり持ち上げ、駆け出そうとするが、その目の前を爆炎が遮る。男はアリスを持ち上げたまま、こちらに銃口を向けていた。


「あんたが腑抜けになってるのがいけないんだぜ? コレはいわば、あんたの責任なんだぜ?」

「私が目的ならば、私だけを狙えばいいだろうがっ! アリスは関係ない!」

「そういう考え方が、腑抜けだって言ってんだよ!」


 銃口から閃光が迸る。咄嗟に左腕で銃撃を防ぐが、爆風と衝撃だけは殺しきれない。倒れないまでも、私の体は大きく崩れる。


「アリスを……離せっ!」


 男を睨みつける。息をするたびに苦痛があふれ出し、もう動くなと私に警鐘を鳴らす。だが、それでも、アリスは助けなければならない!


「……すこーし、いい眼をしてきたぜ?」


 ふざけるなよ、何が眼だ! お前のその身勝手な考えで、どれほどの人間が泣かされてきたのか分からんのか!

 男の身勝手さに腹が立つ、自分の不甲斐なさに腹が立つ、憎い、憎い、この男が憎い! 怒りで頭の神経が焼ききれそうになる。目の前が赤くにじんでいく。


「そうだ、そうだ。それでいいんだぜ! もっとだ、もっとだぜ!」


 男が銃を頭上に振りかざす。銃口の先端に赤白い光が集まっていき、一つの球体を形作る。大きい、とてつもなく大きいエネルギーの塊だ。その光弾に男の体に纏わりついていた炎が乗り移る。光弾はその更に勢いを増し、付近の大気が振動する。光弾から紫炎が立ち上り、周囲の空気が弾ける。


「その眼をしたまま、死んじまえっ! ファイヤーショット……マキシマムシュートだぜっ!」


 銃口が咆哮する。まるで数百匹の獣が一斉に咆哮したかのような、耳を塞ぎたくなるような恐怖の音が、周囲の空間を振動させる。光弾は地面を、大気を吹き飛ばし、灼熱の塊となって私に牙を向く。今の私では、避けられない!

 左手を盾に、四肢に力を篭め、光弾を受け止める。左手と光弾の接点が激しく燃え盛る。重力を捻じ曲げるような力が私の体を押しつぶそうと牙をむく。光弾の勢いは衰えない。力が左腕と拮抗し、周囲の空間を破壊していく。

 

「ぐ、ぐぅぅぉぉぉぉぉっ!」


 凄まじいエネルギーの奔流で、体が吹き飛ばされそうになる。それを無理やり押し付け、全身で堪えるが、それでも私の体は徐々に後ろに押されていく。なんという質量だ!? 左腕以外の装甲が、光弾のエネルギーに煽られ、バラバラになっていく。肩が、腰が、足が、砕けていく。


「マスターっ!」


 光弾の向こうで、アリスが悲痛な声をあげる。男の腕から必死に逃れようとしているのが見える。


「マスター、マスター、マスターっ!」


 アリスはなおも叫び続ける。


「このままじゃ、マスターが……マスターが死んじゃう! また私の前からいなくなっちゃう! やめてぇっ!」

「ぎゃあぎゃあうるさいんだぜ!」


 男がアリスをゴミでも捨てるかのように投げ捨てる。地面に叩きつけられ、痛みに震えながらでも、アリスは叫ぶのをやめない。私の名前を呼び続ける。


「意外に踏ん張るじゃねぇかよ! もっと出力を上げていくぜ!?」

「ぬぐぅぅぅあぁぁぁぁぁっ!?」


 光弾の力が更に増加する。左腕の装甲が、ミシミシと音を立て、ひび割れていく。これ以上は……装甲がもたんか!?

 だが、それでも、ここで引く訳にはいかんのだ!


「ぐぅぉぉっ! アリスは……私が助けるのだっ!」


 四肢にありったけの力を篭め、体を前に押し出す。押しつぶされるだけだった私の体が、光弾の力と拮抗する。


「マスター、もう無理です! マスターの装甲が、装甲がもうもちません! 私なんかには構わず、撤退してください!」

「……し、心配するな、アリスっ!」


 光弾を押し返す。肩の装甲が吹き飛び、どす黒い何かが飛び散る。それは私の血だったかもしれない。だが、そんなもの構うものか!


「こ、んな男ぐらい……余裕で倒す事ができる! お前は、心配せず……そこで見ていろ!」


 私はそんなに信用できない男か? そんなにも私は頼りないか? こんな男ぐらい指先一つで張り倒せると、なぜ言わん?

 常日頃からお前が言ってくれたいた事は嘘なのか? 

 

 お前は何も知らない私を助けてくれた。道に迷わず今日までやってこれたのは、お前が助けてくれたからだ。お前が傍にいてくれたからだ。

 右も左も分からない、光も闇も見えない。そんな記憶がない不安な状況の中で、お前が信じてくれたから、私は私と言う人間を信じる事ができた。今のこのデタラメな状況を信じていいと思う事ができた。それが今の私の全てだ。

 

 ならば分かるだろう。私はお前を助けたい。助けてくれた者の恩に報いたい!

 それを拒まれる事がどれだけ切ないか、それができない事がどれだけ悔しいか!


 そうだ、悔しいし、憎い。守りたい者すら守れない己の無力が憎い。

 赤かった視界が更にどす黒く変色していく。頭の奥でチリチリと火花が散る。かみ締める歯が、ギリギリと音たて、砕けそうになる。

 力だ、もっと力だ。奴をぶちのめすだけの力だ。

 足を一歩前に出す。私の体が一歩進む。左腕の装甲が弾ける。それでももう一歩。肩の装甲が弾ける。まだだ、まだだ!


「私は……でも……マスター……!」


 破壊の衝動が私の左腕を食いちぎる。左腕の装甲が砕け、私の身を守る術が失われる。獣の咆哮が私の身を包む。全身がちぎれる、溶ける、砕ける。それでも、私は倒れるわけにはいかんのだ!


「アリス! 私は……なんだぁっ!」


 声の限りに叫ぶ! 獣の咆哮を打ち破り、私の叫びが、アリスに届く、アリスの体を、心を叩く。

 彼女はハッとした表情を浮かべると、私をキッと睨み、叫んだ。


「マスターは……マスターは闇の大首領です! 全知全能! この世界に混乱を起こし、世界を征服する、何人も抗う事のできない唯一無二の存在! 絶対の力と不死の体を持つ、誰にも負けない私のマスターです! 私はマスターを信じています! だから勝ってください!」



 アリスの叫びが――私に届いた。


「……承知したぁ! うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 

 視界が白く彩られる。光弾は、その膨大な熱量を撒き散らし、私の全てを飲み込んで、爆散した。




「おぉー、やったぜ、やったぜ! 悪の大首領様の最後だぜ!」


 男が叫びながら狂気じみた笑い声をあげる。

 煙と金属片が室内を覆いつくし、一寸先も見えない。


「最後の抵抗はよかったぜぇ! ファイヤーショットのフル出力にあんだけ耐えた奴は見た事ないぜ! あのがんばり! 笑っちゃうぐらい最高だぜ!」


 男は笑う。私が死んだと思い、狂い笑う。その男の後ろで、アリスは、煙の中をジッと見つめていた。


「……確かに私の存在は悪かも知れぬ」

「あぁ?」


 男が煙の中から聞こえる声に気付く。その視線が、煙の先にあるモノを捉える。


「ま、まさか……?」


 煙が晴れる。男とアリスと私。三人の目がぶつかり合う。

 私は……倒れていない!


「だが、私は自分がどんな存在であろうと、私を信じてくれる者の為に、この覇道を突き進むっ! それをお前なんかに止めさせんっ!」


 突き出していた左拳を握る。青白い火花がはじけ、黒いオーラが私の拳を包み込み、燃え上がる。オーラは私の体を包み、腕から、足から、体全体からあふれ出す。それはまるで力の奔流だ。


「刮目せよっ!!」


 四肢で大地を踏みしめる。ミシリッと足元のアスファルトが砕け、私の体が、地面にめり込む。

 腹の底から何かが溢れてくる。それは全身を駆け巡り、腕に、足に、腰に、胸に、頭に、熱を与え、細胞を加速させる。


「我が名は大首領! 悪の秘密結社の長にして、この世界を征服する者だっ! お前が私の障害になったとしても、私の足は揺るがず、お前を踏み越えていく!」


 体に力が漲る。嵐のようなエネルギーが全身から溢れでる。体中の血液が、細胞が、その全てが入れ替わったかのような躍動。自分の内側がはじけ飛ぶ、高揚感。押さえられない破壊衝動。私は自分の敵を再度認識し、目標を定める。

 私の体が歓喜する。倒すべき相手を認識し、喜びの声を上げる。体内に押さえきれないエネルギーを、口から吐き出し、私は拳を握る。


「大首領っ!」


 男が炎をなびかせ疾走する。右手のレーザーソードが上段に構えられる。


「綺麗事を抜かしてるんじゃないぜぇっ!」


 レーザーソードが袈裟懸けに振り下ろされる。その動きは遅い! レーザーソードの軌跡、切っ先、奴の腕、筋肉の躍動、その全てを、私は見る事ができている!

 

「綺麗事も言えないお前が語るなぁっ!」


 灼熱に燃えるレーザーソードを生身の私が拳で受け止め、そのまま握りこむ。炎が拳に乗り移り、私の体を焼き尽くそうと猛威を振るう。だが、熱さも、痛さも、脅威も、何も感じない!

 強引に力任せに、レーザーソードごと男の体を持ち上げ、そのまま力任せにぶん投げる。男の体が紙くずみたいに飛んでいく。そのまま追撃、男に肉薄し、拳を一撃、二撃、三撃と叩き込んでいく。そのまま両腕を頭上で硬く握りこみ、男の体にたたき付ける。男の体は地面に急降下、地面に激突し大きくバウンドする。それでも私は止まらない。再び空中に舞い上がる男の胸を私の拳が強襲する。男は避けれない。


「ぐがっ!?」


 まだだ、まだだ!

 男が回避しようと体をよじる。それを逃がさない。右、左。私の拳が男の体を撃ち叩く。男がレーザーソードを振り下ろす。そんな棒切れ、今の私には効かんぞ! 右手の甲で剣撃を弾き、代わりに左の拳を叩き込む。

 休むな、動け、もっとだ! 私の乱打は止まらない。一撃一撃が男の体に綺麗に吸い込まれていく。

 男の攻撃は私に効かない。受けるか、弾くかで十分、避ける必要も感じない。

 もっと、もっとだ! 男が悲痛な叫び声をあげる。それでも、体は止まらない。私の意志とリンクしているように、考える必要すらなく、ただ一方的に男を打ちのめしていく。体から溢れる力が止まらない。自分の心臓が高出力のエンジンに入れ替わったような、燃え盛るようなエネルギーの爆発を感じる。そのエネルギーを爆発させ、私の体が突進する。私は力任せに男の腹を殴り上げた。

 男の体が浮き上がる。手に感じる衝撃が軽い。硬さも、重さも感じない。そのまま拳を振りぬく。天井高くまで男の体が舞い上がり、そのまま地面に激突した。

 

「な……なんで、いきなり強くなってるんだぜ!?」


 ダメージが重いのか、男は震える膝で立ち上がる。

 そんな事、私にも分からん。だが、今は、この力が、この体が、この心が、お前を潰せと轟き叫んでいる。赤く染まった視界には男以外は何も映らない。この男を倒せ、この男だけは、許すな! 私の体がそう叫んでいるだけだ!


「ふざけるんじゃねぇぜぇっ!」


 男がレーザーソードを両手で構え、上段に振り上げる。刃部分が発光し、炎が舞い上がる。あの技は、昼間の奴か!?


「レッドソード……ファイヤーブレイクだぜぇ!」


 振り下ろされた閃光が、獣の咆哮をあげ、私に襲い掛かる。それを私は、脅威と感じない。

 右手の拳を握り締め、力を篭める。指の隙間から黒いオーラーが迸り、私の右腕を包み込む。私には分かる。あれは受け止められる!


「二度も三度も、同じ手が通用すると思うなぁっ!」


 疾走する閃光に右拳をぶち当てる。拳と閃光の間で、大気が歪み、暴風が吹き荒れる。バチバチと赤白い火花が飛び散り、炎が猛り狂う。昼間、私を一撃の元に倒した強大なエネルギーが暴れまわる。そのエネルギーに、私は押し負けない。ギリギリと右腕を伸ばす。刃を振るっている男の体が後ろに下がる。


「大首領! てめぇはなんなんだぜ!? 悪は悪らしくくたばってろぉ!」


 炎の勢いが増す。私を焼き尽くそうと燃え上がる。だが、弱い!


「悪だなんだと、お前はうるさいのだぁっ!」


 力任せに拳を振りぬく。拮抗していた力が崩壊し、私と男を中心に爆炎が立ち上る。衝撃で地面が陥没し、付近の瓦礫を吹き飛ばす。

 拮抗の崩壊により吹き飛ばされたのは――男の方だ!


「マスター、右腕を!」


 アリスが叫ぶ。

 私の右腕が発光し、黒いオーラーとなり、手の甲を越え、更にその先で形状が安定する。そのオーラの形状は、まるで黒い光の剣だ。

 小さな振動音を発しながら、黒い光の剣が暴風のようなエネルギーを周囲に撒き散らす。

 私は、この剣の使い方を……知っている!


「長くはもちません! 一撃で決めてください!」

「一撃あれば、十分だっ!」


 腰を半回転させ、大地を踏みしめる。体が勝手にそれを使おうとする。押さえようのない破壊の衝動が、私の腕から放たれたいと喚き叫ぶ。私はそれを止めはしない!


 その破壊の衝動の名を、口が勝手に叫ぶ!


「滅びの凱歌ぁぁぁぁぁっ!」


 空中の男へ向けて、私の体が飛ぶ。黒い炎の塊となって男を貫く破壊の矢となる。男の体が目の前に迫る。私はそのまま右腕の剣を、振り降ろした。閃光と衝撃が目の前で爆発する。

 男は飛ばされながらも、私の攻撃をレーザーソードで受け止める。剣同士が衝突し合いエネルギーの奔流が巻き起こる。


「大首領ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 男の怨嗟の声が、私を押しつぶそうと襲い掛かる。それでも、お前の攻撃は軽すぎるのだ!


「誰かを想い、誰かを信じる! それが私の……悪だっ! くたばれぇっ!」


 剣が男のレーザーソードを砕き、体を薙ぎ払う。衝突していたエネルギーの勢いは止まらず、男の体を包み込み、爆発させ、男の体がタービンへ向けて吹き飛ばされる。体はタービンにめり込み、突き破り、そのまま見えなくなった。


 ズダンと私の体は地面に着地する。私の重さにアスファルトが割れる。左腕の剣は胡散霧消し、私の体を抗いがたい疲労感が覆っていた。


 やったのか……?


 見あげると、タービンは大量の黒煙を吐き出し、ゆっくりと前のめりに倒れていくところだった。男の体が貫いた衝撃なのか、私の攻撃の衝撃のせいなのかは分からないが、自重を支えきれなくなったその巨体は、各部を脱落させながら、ゆっくりと崩壊していった。崩壊したタービンの一部が、無数の砂埃を巻き上げ、天を切り裂くような咆哮をあげる。

 その咆哮は次第に大きくなり、壁や天井で爆発が起き始めた。これ以上ここにいるのは危険だ。


「雨、アリス、撤退だ!」


 私は二人を連れ、元来た道を引き返す。

 一瞬後ろを振り向くが、崩壊するタービンブロック以外に目に入るものはなにもない。

 あの男がどうなったかは……考えるだけ無駄のようだった。




 小高い丘から、地熱発電所を見渡す。

 私達が破壊した三号タービンの爆発は、他の発電機へと誘爆し、今は施設全体が巨大な火の塊となって燃え上がっている。黒色の煙はどこまでも高く舞い上がり、炎の色が、暗闇を赤々と照らしていた。


 発電所を抜け出し雪達と合流した後、そのまま私達は施設を後にした。だが、私の体は男の攻撃で満身創痍となっており、長時間動く事ができなくなっていた。今はこの小高い丘の上で、一休みをさせてもらっている。

 この場には私とアリス以外はいない。他の者は付近の民家から車を拝借する為に、場を離れていた。


 地面にどっかりと腰を落とす。正直言うと、もうガス欠もいいところだった。先ほどの不可思議な力は消えうせ、それと同時に私の体が痛みを訴えてきた。本当は叫びだしたいぐらいの痛さなのだが、隣に立つアリスの手前、ぐっと堪える。

 大人はこういう時、誰かが傍にいると、空意地でも平静を装えるものだ。


「マスター」


 アリスの手が私の左肩に添えられる。心地いい、柔らかく、暖かな感触だ。

 思えばずいぶんとらしくない事をしたものだと思う。一息ついて、冷静になって思う事は、とんでもない事をしてしまったという実感だった。なんせ、今目の前で燃え盛っている地熱発電所は、私のせいなのだからな。それも、まぁ、深く考えまい。


「私なんかの為に、その……」


 私の怪我は自分の責任だとでも、言いたいのだろう。泣きそうな表情で私を見下ろしている。


「……こういう時はな、ありがとうと一言言えばいいのだ」


 アリスが困った顔をしている。

 痛みに絶えながらなんとか口の端を吊り上げると、私は出来る限りの笑顔でアリスに頷いて見せた。


「そうですか。では、マスター、ありがとうございました」


 そう言って、アリスは小さくお辞儀をした。

 私は自然と頬が緩むのを感じた。経過はどうあれ、守りたいものが守れた。それでいいではないか。


「アリス、あの男は死んだと思うか?」

「分かりません。マスターの破滅の凱歌を喰らって生きていた者は今までいません。ですが、ファイヤーレッドの体は多段階変身後のままでした。動けない状態にはなっていると思いますが、死んだとまでは思えません」

「そうか」


 勝ったとも思えないし、負けたとも思えない。奴の体は今もあの燃え盛る地熱発電所の中なのだろうか。もしかしたら既に脱出し、今頃は逃亡の路についているかもしれない。また、いずれ私達を狙ってくるかもしれないが……その時は、その時だ。


「大首領様~! 車見つけたのだ~っ!」


 遠くで雨の呼ぶ声がする。どうやら帰りの足を確保できたようだ。

 私は重い体を無理やり起き上がらせると、アリスの頭に手を置いた。


「さぁ、アリス、帰るぞ」

「はい」


 今は帰ろう。私達のアジトへ。


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