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せいふくっ! -今日から始める大首領-  作者: れぎゅ
第一幕 目覚めてみれば一知半解
10/22

潜入 地熱発電所

「お待たせいたしました」


 司令室に入ってきた雪は、重いファイルをいくつも抱えていた。私は自分の前の席に彼女を座らせ、持っていたファイルの一つを受け取る。ファイルには「長野県主要施設」と書かれていた。


 アリスが現在いる場所は、高雲野市の西側、高雲野地熱発電所だと分かった。男がなぜこんな所にいるかは分からないが、悪い奴というのは工場や発電所のような場所を隠れ家にしているイメージがある。もしかしたらこういう場所は身を隠すには最適な場所の一つなのかもしれない。地図上に表示されている光点に動きはなく、出向くべきはこの地熱発電所になるだろう。


 本心ではすぐにでも助けに行きたいという気持ちがある。だが、あれ程の力を持った男が相手だ。無策のまま飛び込んでいっても、前と同じ結果になってしまうだろう。

 雨達を戦闘の場に連れて行く事に、もはや戸惑いはない。だが、みすみすやられると分かっている場に連れて行くつもりもない。で、あるならば。奴に勝つ為の、策が必要だ。

 いつもであれば、この手の作業はアリスが担当していた。居なくなって、彼女の抜けた穴の大きさを思い知る。だが、足踏みをしている訳にはいかない。私はまず、戦いは地の利を得る事からと考え、地熱発電所の資料を探させていた。どのような策を立てるにしても、まずはその場所を知る必要があると考えたからだ。


 雪から受け取ったファイルを開く。長野県にある主要施設が施設別に分類されていた。その中から、高雲野地熱発電所のページを見つけ、開く。書いてある内容は、施設の概要と、警備状況、そして施設の見取り図の3点だ。

 まずは概要を読む。高雲野地熱発電所は、フラッシュサイクル式の地熱発電所で、セパレーターを利用して蒸気と水を分離し、その取り分けた蒸気でタービンを回す、日本で一番多く見られるタイプのものらしい。かなりの大型の施設のようで、定格出力は6.1万kw。日本では五本の指に入る発電量だそうだ。しかも、そんな設備であるにも関わらず、ほぼ無人で完全オートコントロールとなっているらしい。

 警備は防犯カメラやセンサー類がいくつも設置されていると書いているが、そのセンサーの目を潜り抜けさえすれば、中に進入する事は可能だろう。男がここを選んだ理由が分かる気がした。


 次に見取り図を見る。


「ほぇ~、おっきぃねぇ~」


 雨が私の背中から頭を出し、見取り図を見て簡単の声を上げた。彼女が大きいというのもよく分かる。巨大なタービンが四基に、それ以上に巨大な冷却装置が四基。敷地面積は約2平方kmと書いてあるから、かなりの大きさだろう。

 問題は、ここのどこにアリスがいるかなのだが……。


「雪、もう少しアリスのいる詳細な場所は分からないのか?」

「送信電波が弱すぎて、ここからは無理なようですわ。もう少し近くに行けば、もっと詳細に位置がわかるのでしょうけれど」


 申し訳なさそうに雪が答える。


「そうか」


 詳細な位置情報は近くに行けば分かる。焦る必要はない。

 ひとまず、地理は分かった。次は……。


「……あの男の事だな」


 あの男の強さは身をもって味わっているので、よく分かる。今のままでは、たぶん勝てない。奴を倒すなんらかの策が必要だ。いや、倒せなくてもいい、弱らせるだけでも、動きを止めるだけでもいい。

 こういう場合どうする?

 力に対抗するには力だ。それ以上の力をぶつけて、相手を圧倒してやればいい。だが、これはダメだ。奴の戦闘力は、悔しいが私以上だ。

 ならば、そう、弱点だ。全てにおいて強者、なんて者はこの世にはいないはずだ。何か一つぐらいは、そういうのがあるはずだ。


「弱点ですか。そういうものがあれば、よいのですけれど……」


 私も雪も考え込む。


「弱点が無いから、ヒーローって言うんじゃないのかな?」


 雨が身も蓋も無い事を言う。


「完全無欠のヒーローなんていてたまるか。それに奴はヒーローじゃない。ガワだけだ」

「そうですわ。そんな方がいらっしゃるのであれば、私達は立つ瀬がありません」

「そうだねぇ。なんでもいいから、その人の事が分かる資料があればいいのに」


 三者三様に考え込む。

 しばらく頭を捻っていると、司令室のドアが開き、風美が入ってきた。その手にはお盆と急須が載せられている。どうやらお茶を持ってきてくれたようだ。


「どうですか、少しは何か分かりましたか?」


 私達の前に配膳しながら、風美が聞いてくる。これといって進展がない事を伝えると、そうですかと、困った顔をした。

 そんな風美を見て、ふと思い出し、時計を見る。時刻は既に夜の七時を周っていた。いつもならば彼女は帰らなければならない時間だ。


「大丈夫ですよ。今日は友達の家に泊まるって事にしてありますから。むしろ、アリスちゃんが帰ってくるまでは、家には帰れません」


 お気遣い無く、と彼女は苦笑した。風美なりに何かの力になろうとしてくれているのだろう。今は、それがありがたい。


「そういえば、風美」

「なんでしょうか」

「お前、普段からアリスの手伝いをしていたな。なんでもいいので、ヒーロー達について分かるものは無いか?」

「ヒーロー達、ですか?」


 腕を組んで、風美が悩みだす。

 既に戦闘員を使って資料室の資料は探させていた。結果としてその手の資料は出てこなかったのだが、そうでない場所に、まだあるかもしれない。なんせ、アリスはあの男の姿を知っていたのだから。


「……アリスちゃんは、普段、自室で資料の作成をしています。私は、出来上がった資料を受け取って、内容を確認してから整理していたので、それ以外の資料となると見当が……あ、でも、出来上がる前の資料の中に、もしかしたらそういうものがあるかも」


 そこまで話をして、風美がハッとなる。


「そっか! 大首領様、私、探してきます!」

「あ、おい!」


 急に叫んだかと思うと、風美は部屋を飛び出していってしまった。どこへ行くつもりなんだ?



 しばらくして、風美が息を切らせながら部屋に戻ってきた。その胸に抱かれているのは、アリスのノートパソコンか?

 

「大首領様、これです!」


 風美がノートパソコンを机の上に置いて、画面を指差す。そこには……。


「JHK所属ヒーロー……一覧!?」


 あった! あったのだ! でかしたぞ、風美!

 ノートパソコンを自分の方に手繰り寄せ、焦る気持ちを抑え、慎重に操作し、その中からファイヤーレッドの名前を探す。だが、一覧の中には無い。なぜだ!?


「本来のファイヤーレッドは既に死亡した、とアリスちゃんが言っていましたわ。だから今現在の一覧に名前がないのでは……」


 なら、過去所属していて、既に在席していない者の一覧だ。どこだ、どこにある!

 気ばかりが焦って、パソコンの操作を何度も間違える。ガチャガチャガチャと慌しく叩かれるキーの音が、まるで私の気持ちを代弁しているかのようだ。


「大首領様、そんなに乱暴に扱うと、機械が壊れちゃうのだ」

「わ、わかってる!」


 気持ちだけが焦る。堪えろ、落ち着け。一つ、また一つとファイルを開いていく。違う、これじゃない。別のファイルを開く。だが、これでもない。


「…………あった」


 十数個目のファイルを開いたその中に、ファイヤーレッド、その単語が、あった。

 興奮を抑え、ノートパソコンを操作する。ファイヤーレッドの略歴や、能力が画面に表示される。


 ファイヤーレッド。現在未登録。十年前のゾルバデス掃討作戦の折に死亡。当時のバトルスーツ使用者は時津川 英二。

 能力は高熱量のレーザー銃とレーザーサーベル。近接戦闘を得意とし、バトルスーツの能力もそれに特化したもの。

 

 資料はそれだけだった。肝心の一番欲しい情報が無い。

 気になる情報はあった。前組織との戦闘で前任者が死んだという一文だ。だが、今はそれは関係ない。

 

 あと一歩、もう一歩なのに。くそっ!


「だ、大首領様……?」


 雪が私からノートパソコンを受け取ると、画面に表示されている資料を読んで、私の態度の意味するところを理解したようだ。その表情には失望の色が色濃く現れている。資料を見つけた時の喜びが大きかった分、失望も大きい。

 

 右手を頭に沿え、考える。何かないのか、今分かった事で、何か方法は無いのか。

 添えた手に力が入る。ミシッと兜が軋む音がした。


 キ……ン。


 何かが聞こえた。兜が擦れる音以外の音だ。


 キー……ンッ。


 耳鳴りがする。低く、高く、遅く、早く。耳の奥で、耳の外で、頭の中で、甲高い音が響き渡る。

 気持ちが悪い。目眩がする。


 金属製筋繊維と特殊防弾繊維。


 何かが聞こえた。

 その声は、私の声だ。


「だ、大首領様、なんですか、それ?」


 風美があっけにとられた表情をしている。雨も雪も、いきなり何を言い出したのかと、驚いているようだ。


 喋ったという自覚はない。私は喋っているのか?

 声が続ける。


 高熱量の……兵器は……光分解ヤ放電によっ活性化さレた原子ヲ……分子ト反応させ……分子の状態が反転分布し……共振器が……レーザー発振……ヘン装チはハ……特セイジョウ……必ズ外部ニ……ロロ露出すル。


 腹の底から何かが上ってくる。嘔吐感が私を襲う。頭の奥が痛む。全身を抗いがたい悪寒が包む。

 気付くと、私は両腕をテーブルに乗せ、激しく方を上下させていた。気持ちの悪い汗が全身を伝い落ちる。


 な、なんだ、今のは?


「だ、大首領様、その、今のは?」

「わ……わからん。私はなんて言っていた?」


 雪が少し考えてから、答える。


「えっと、高熱量の兵器は光分解や放電によって活性化された原始を反応させて、共振機でレーザー発振している、変身装置は特製上、必ず外部に露出する……ですわ」

「私が、そんな事を、言ったのか?」

「はい。間違いなく。それよりお体は大丈夫なのですか?」

「あ、あぁ。倦怠感は残っているが、ひとまず大丈夫のようだ」


 なんだ、その高熱量の兵器やら共振機とやらは。私はそんな事を、聞いた事も調べた事もないぞ。

 ……待てよ。これと似たような事は無かったか? 口から勝手に知識だけが飛び出して、後で気付くという事が無かったか?


「大首領様、なんでそんな事知ってるのだ?」

「それは私の方が知り……」


 そうだ、前にもあった。

 私の記憶と思われるものが、勝手に口から出た事があった。これは、私の、記憶だ。


「雪、奴の姿を覚えているか?」

「え、えぇ。全身赤色のスーツで、ヘルメットを被っていましたわ」

「変身前と変身後で、変わっていない部分はなかったか?」

「それは……」


 そこで雪が気付く。


「……ベルト、ですわ」

「そうだ、奴のベルトが発光して、姿を変えた。変身後もベルトの形状に大きな変化はなかった。それが、奴の変身装置だ。それさえ破壊すれば、奴の変身は解ける」

「という事は、レーザー発振というのも」

「あぁ、奴の攻撃はレーザー銃に高熱量の斬撃だ。レーザーの弱点は減衰率だ。拡散させてしまえば、威力が落ちる」


 減衰率という理解していない単語がまた私の口から出る。今度は頭痛がない。


「それが、あいつの弱点なのだ! 大首領様、すごい!」


 今の知識はどこから出たものなのか。

 過去のファイヤーレッドとの戦いの結果から得られた知識なのだろうか。しかも……なんで、このタイミングで。

 それに、前の時はこんな頭痛や悪寒は感じなかった。今回のは、一体なんなんだ?

 自分の中に得体の知れないモノを感じて、思わず身震いする。ヌルリと口から吐き出される過去の記憶と言う名の知識が、粘膜となって私の全身を包み込み、別の何かに作り変えられてしまうような、そんな錯覚が起きる。私は、私自身の不確かなソレが、怖い、と感じているようだ。


 だが、今は考えている場合ではない。頭を左右に振り、その気持ちの悪い感触を振り払う。これが本当なら、大きな手がかりだ。何も打つ手がない今の状況を打破できる、重要な一手だ。

 気持ち悪かろうが、怖かろうが、構うものか。今は使えるものは何でも使ってやるのだ。


「雨、雪、風美。今の情報を元に、策を練るぞ」


 今は止まっている暇はない。アリスが待っているのだ。



 

― 同日 未明 ??? アリス ―

 

 私は意識を取り戻すと、全身を総点検しました。

 脈拍、呼吸、正常。神経伝達系、異常なし。骨格、筋繊維、異常なし。補助電子脳、内部記憶装置、補助内部記憶装置、異常なし。

 腕も手も、足も、きちんと動きます。私の体に深刻な損傷は無いようです。


 男に連れ去られた後、私は首筋に衝撃を感じ、意識を失っていました。

 どのぐらい意識を失っていたのでしょうか?

 補助電子脳から現在時刻を参照し、先ほどの戦闘から三時間ほど経過しているのが分かりました。


 ここはどこでしょうか。

 薄暗い倉庫のような所らしく、天井にはフードもなにもついていない白熱灯が揺れています。壁はコンクリートがむき出しになっており、それを支える鉄柱には赤黒い錆が浮き出ていました。周辺には、赤茶色をしたコンテナが積まれており、「水力用資材」「送電用資機材」「配電用資機材」と書かれていました。

 部屋の奥には鉄の扉が見えます。あそこがこの部屋の出口のようです。


 耳を済ませると、ゴウンゴウンと巨大な何かが動く音が聞こえます。音紋センサーを起動、音の波長から、大型の回転機械、タービンか何かの動作音と判断しました。

 

 ひとまず立ち上がろうと思い、腕が何かに引っ張られました。見てみると私の左手首に手錠がはめられていて、その奥にあるパイプに繋がれているようです。外そうと試みましたが、私の力では手錠も、それに繋がっているロープも壊す事はできませんでした。これでは動けませんね。


 そこまで考えて、私はマスターの事を思い出します。

 マスターは無事逃げる事ができたでしょうか? 雨さん達の怪我は重傷という訳ではありませんでしたし、マスターを連れてアジトへ戻る事はできたはずです。マスターのお怪我は大変気になりますが、まだ自己治癒の可能範囲だと思います。大丈夫だと判断します。

 まずは、この場所から逃げ出さなければいけませんね。ひとまず、居場所を知らせる為の、発信機を起動させて起きましょう。

 私は左手のブレスレットに隠してある、発信機を起動させました。これで司令室のコンピューターが私の居場所を通知するはずです。


 しばらくして、外で鉄同士がぶつかり合う音が聞こえました。

 カチャリと音がします。誰かが扉の鍵を開けたようです。

 入ってきたのは、あの男、ファイヤーレッドでした。今は変身前の、人間の姿です。


「おはようだぜ、お穣ちゃん」


 ニヘラと軽薄そうな笑みを浮かべています。


「……私をどうする気ですか?」

「どうもしないぜ。あえていうなら、お穣ちゃんは大首領を呼び寄せる、エサだな」

「余裕ですね」

「あぁ、余裕だぜ? でも、もう少し余裕のない戦いがしたいんだけどな」


 男はそのまま部屋に入ってくると、コンテナの一つに腰を下ろしました。

 私を見下ろしながら男が話を続けます。


「ここはどこですか?」

「教えないぜ?」


 今の私は動けません。なら、少しでも相手から情報を引き出すのみです。


「……タービンが回る音が聞こえます。そこにある資材も特殊なものばかりです。ここは何かの発電所じゃないんですか?」


 驚いたのか、男の眉が少し上がりました。


「すげぇぜ、お穣ちゃん。当たりだぜ」

「先ほどの戦闘からさほど時間は経っていません。その時間内で移動できる距離で、なおかつ、そのエリア内にある発電所で、水力用の資材を使うところ」


 そうなると候補はそんなに多くありません。補助内部記憶装置から、以前調べたデータを引き出し、照合します。

 答えは一つです。


「……高雲野地熱発電所、ですね」

「すげぇ、すげぇぜ、お穣ちゃん!」


 両手をパチパチと叩き、男が歓喜の声を上げます。当てられた事がそんなに嬉しいのでしょうか? 理解できません。


「やっぱ、お穣ちゃんはおもしろいぜ。暇つぶしの相手に選んで、大正解だったぜ」


 私を連れてきたのは、暇つぶしの為ですか。雨さんや雪さんを選ばなかった理由は、そういう事だったんですね。だって、人質であれば、誰でもよかったはずですから。


「さて、質問だ。お穣ちゃんのところの大首領は、あれぐらいじゃ死なないよな?」


 口元をニタリと上げて、男が聞いてきます。


「当たり前です。あなた以上に強大な力を持った御方です」

「そうだぜ。そうでなくっちゃ、おもしろくもなんともないぜ。じゃあ、次だ」


 男の顔から、表情が消えます。


「お穣ちゃんはなんだ?」


 質問の意味が分かりかねます。何を聞きたいのでしょうか。


「私はマスターの僕です」

「そういうのじゃない。お穣ちゃんは異質だ」


 無表情のまま男が続けます。


「普通、死に面した人間は、怯えるか奮い立つかのどちらかだ。俺が今まで殺してきた連中の中には、その二つしかいなかった。だが、お穣ちゃんは違う。そのどちらでもない。あえていうなら、どうでもいいと考えている、そうだな?」


 彼の口調が変わっています。


「質問に答えるんだぜ?」

「……私には死というものの概念がありません。壊れるか動くかだけです。概念がないものに、どうして恐怖を感じるのでしょう」


 男が私の顔を見つめています。何かを見抜こうとしているような、そんな意思の力を感じます。


「……いい眼だぜ。生き死にに関してどうでもいいと思ってる、そういう風に人生割り切ってる奴独特の澄んだ目だ。人間が死のうが生きようがどうでもいい、生命を肯定も否定もしていない。まるで神様の目だぜ。いいぜ、最高だぜ。俺と同じような眼をしている奴で、しかもそれがこんな子供でいるなんて、思わなかったぜ。最高の拾いもんだ」

「あなたと同列にしないでください。不愉快です」

「いいや、同じだぜ。俺もガキの頃はそういう眼をしていたからよく分かる。毎日毎日、うんざりするぐらいの死体を片付けて、生きるのも死ぬのもどうでもよくなっていた頃の俺と同じ眼だ」

「あなたの話に興味はありません。私が知りたい事は、あなたの目的です」

「目的ぃ? ガキのくせに仕事熱心な事だぜ」


 男が肩をひそめ、不機嫌そうに眉毛を寄せます。


「じゃあ、金の為って事にしておくぜ。生きるには金が必要だからな」

「信憑性がありませんね」

「一応、目的の一つではあるんだぜ?」


 冷ややかに微笑むと、男はコンテナを降りて、扉へと歩き出しました。


「つまんねぇ質問されたから話す気が無くなったぜ。ひとまず、俺と同じ眼ができる人間がいると分かっただけでも、今回はめっけもんだったぜ。大首領が片付いたら、また、ゆっくり話そうぜ?」

「マスターは、あなたごときにやられるほど、弱くはありません。次はあなたが覚悟する事です」

「ぜひ、そういう覚悟をしたいものだぜ? ……そうだぜ」


 男は立ち止まると、私の方へ向き直り、気持ちの悪い笑顔をしながら、こう言いました。


「面白い事、思いついちゃったんだぜ」

 



― 同日 23時06分 高雲野地熱発電所 大首領 ―


 バチリッと弾ける音がすると、男は動かなくなった。そのまま崩れ落ちるように地面に倒れてしまう。

 そのまま男をロープでがんじがらめに縛り上げると、戦闘員の一人に命令し、男――警備員を守衛室へ運び込ませた。

 

「……よし、潜入成功だな」


 口から重苦しい吐息が漏れる。やはり慣れない事は、心苦しい。

 私の手際に、雨が感嘆の声を漏らす。


「おぉ、大首領様が悪人っぽいのだ。雨ちゃん、ちょっと感動かも」

「……言わんでくれ、これでも良心の呵責に苛まれてはいるんだ。あの警備員には、申し訳ないと思うが、休憩時間だと思って少し寝ていてもらおう」


 手にしていたスタンガンを懐に戻し、私は正面にそびえる巨大な建造物、高雲野地熱発電所を見上げた。


 私達は司令室で作戦の骨子を組立てた後、動ける戦闘員と使える武器を集め、急ぎ高雲野地熱発電所へ向かった。

 一晩休んでから動く、という考えはなかった。一秒でも早くアリスを助け出さなければならないという思いが、私を突き動かしていた。


 その道中、私は小さな頭痛を幾度となく感じていた。その度に、私は知りもしない知識を口から吐き出し、最後の方では、頭の中に勝手に浮かんでくるという、言いようのない奇妙な感覚を味わっていた。なぜ急に、こんなにも知識という名の記憶を思い出しているのだろうか。


 私の体は、これもよく分かってはいないが、謎の回復を見せた。男から受けた傷が瞬間的に全快してしまう程の、超回復だ。もしかしたら、その時に、私の脳もなんらかの回復をしたのではないだろうか? 

 以前アリスは、私の脳に障害が残っているかもしれないと言っていた。それはいずれ自然治癒し回復すると言っていたが、今回の肉体の回復で、それが急速に進んだのかもしれない。正確なところはアリスに聞いてみないとなんとも判断できないが、今は貴重な戦略材料だ。気持ちは悪いが、それでもありがたい。


 今いる場所は、発電所へ資材を搬入する為の裏門にあたる場所だ。

 資料には無人と書かれてはいたが、だからと言って、バカ正直に正面から行く必要はないし、正面に比べ裏口の警備は守衛一人と手薄だった。


「雪、アリスの居場所は特定できそうか?」

「そうですわねぇ……」


 ノートパソコンの画面を雪が険しい表情で睨んでいる。

 発電所に近づくにつれ、アリスの持つ発信機の電波をより強く受信できるようになっていた。先ほどまでは建物内というところまでしか分からなかったが、ここまで近づけば、もう少し正確に位置が分かるはずだ。

 雪は持ってきた発電所の地図をバックから取り出すと、ノートパソコンの画面と地図を交互に確認する。


「……たぶん、ですが。位置的には、ここだと思いますわ」


 雪が地図を見せながら、その場所を指差す。地図には第三タービンブロック、と書かれていた。かなり大きな空間のようで、ちょっとした体育館ぐらいの広さはありそうだった。

 タービンブロックという事は、この部屋にはタービンを動かす為の水蒸気を通す管があるはずだ。上手く利用できれば、あの男の攻撃を弱める事ができるかもしれない。私はここに来るまでに考えていた策の一つを雪達に説明した。


「……タービンを壊す、ですか?」

「そうだ」


 地熱発電のタービンは、地下から汲み上げた水蒸気で動かしている。当然、その配管はタービンブロックに繋がっている必要がある。私が利用するのはその水蒸気だ。

 レーザーは乾燥した空気中であれば、減衰率も少なく威力も高いのだろうが、多量の水蒸気の中では、減衰率が高まり、威力は減少する。で、あるならば、地の利を活かし、タービンブロックを水蒸気で満たせば、奴の攻撃力は理屈上落ちるはずである。

 だが、素人の私達には、どの管が水蒸気かはすぐには分からないだろう。部屋に入って即戦闘になる可能性だってある。のん気に配管を探している暇はない。

 なら、一番分かりやすい目印であるタービン自体を壊してしまえばいい。タービンは水蒸気で動いているのだから、その機械には水蒸気の管がつながっているはずだし、タービンには水蒸気が充満している。どの程度の水蒸気が噴出するかは賭けだが、タービンブロック内を満たす程度の水蒸気は確保できるはずだ。


 私がここまで説明すると、雨達はポカーンとした表情を浮かべ、私の事をジッと見つめていた。何か変な事を言っただろうか?

 いや、変な事というか、変な知識を言っている自覚はある。今話した知識だって、勝手に頭の中に沸いてきた、例の知識なのだから。


「あの、大首領様? 本当にタービンを壊しちゃっていいんですか?」

「いいか悪いかではなく、壊さないと奴を倒せんのだ。後腐れなく、盛大に破壊してくれ」

「本当に本当によろしいのですか? こんなタイミングで言う事ではないのでしょうが、これは、その、大首領様が嫌っている破壊活動というものになるのですよ?」

「くどい、いいったらいいんだ!」

「目的の為には手段を選ばない。大首領様が、ますます悪人っぽいのだ。雨ちゃん、超感動!」


 私だって、別に好き好んで破壊活動をしたい訳じゃない。だが、そうしないと奴を弱らせる事ができないのだ。

 どうせ、私は悪の組織の長だ。この際、その肩書きに甘んじてやる。正義の味方であれば「施設を破壊しないように」なんて考える必要があるのだろうが、私の立場的には、こういうのはむしろ壊すのが仕事だ。壊して役に立つなら、この際、壊す。切羽詰ってるのだ、開き直りなのだ。

 それに、無人施設だという話だから、けが人が出る心配もないだろうし、施設を一つ破壊しただけでアリスが返ってくるなら、安いものだ。


「でも、大首領様。煙突から煙が出てないけど、ここって動いているのかな?」


 雨の言う煙というのは、冷却塔と呼ばれるものから排出される水蒸気の事だ。言われてみると、四基ある冷却塔のうち、三基からしか煙が上がっていない。


「雪、あの水蒸気の出ていない冷却塔が、何号冷却塔か分かるか?」

「……たぶん、三号冷却塔ですわ」


 なるほど。あの男、タービンを止めているな。

 ならば、動かすまでだ。


「……よし、お前達、作戦だ」


 私は今ある知識を総動員して新たに作戦を立てると、それを雨達に伝えた。

 



 施設内の通路は、思っていた以上に薄暗く、狭苦しいものだった。通路内の天井や床には大小様々なパイプが触手のように這い回っており、低い天井に頭をこすり付けそうになる。

 現在位置は第三タービンから二ブロック離れた作業員用の通路内だ。私の後ろには雨がついて来ており、天井や床のパイプを器用に潜り抜けていた。


「大首領様、雪ちゃん達は大丈夫かな?」


 いつもの調子ではあるが、声色に若干の不安が感じられる。私は足元のパイプに注意しながら、振り返らずに答えた。


「雪達であれば大丈夫だろう。戦闘員の皆もついているし、武器も持たせてある。戦力としては問題ないはずだ。それに、何かあった場合は連絡がくる。心配するな」


 雪と戦闘員達には、この地熱発電所の制御室へ向かってもらっている。第三タービンを動かしてもらう為だ。

 初めは私が行こうと思った。素人には発電所の設備をどう動かすかなんて分からないだろうが、私にはヌルリと現れる記憶がある。もしかしたら、その記憶で動かせるかも知れない、と思ったからだ。

 だが、雪は自分がなんとかすると言って、私をアリスの所へ向かわせた。アリスの所にはあの男がいる可能性が一番高い訳であり、戦闘力の一番高い私が相手をするのが適任であると雪は判断したらしい。戦力と言う見方で考えれば、彼女の判断は正しいだろう。それにアリスの無事を一秒でも早く確かめたいのもあった。私は雪の意見に従う事にした。

 問題は、雪達が無事タービンを動かせるかどうかだな。そこは雪達を信じるしかない。


「それでさ、タービンって、どうやって壊すのだ?」

「雨、雪から預かっていたバックがあるだろう。ちょっと開いてくれ」


 一旦足を止め、雨は背中に背負っていたバックを降ろし、中身を取り出した。


「んん? なんなのだ、これ?」


 雨はバックから出てきたものが理解できないようで、顔をしかめている。雨の手に握られているものは、鉄で出来た円錐形の容器が取り付けられた、長さ三十センチ程の木の棒だ。現行で使用されているモノとはだいぶ形が違うので、雨が理解できないのも無理はない。

 

「大首領様、これなんなのだ?」


 その棒は、柄付手榴弾。旧大戦時に使用されていた、手榴弾のご先祖様だ。アジトの倉庫から持ってきた武器の一つだ。

 私達はここに向かう前に武器になるものがないかと倉庫内を調査した。その中で、旧アジトから引き上げてきた荷物の中に、コレが入っていた。しかも取扱説明書付きで。これ以外にもスタンガンやゴム弾を射出する銃等も見つかっており、それは雪達に持たせてある。

 これが見つかった時に、「今日の昼間に持っていけばよかったのに」と戦闘員の誰かが言っていたが、これを使ったとしてもあの男は倒せなかっただろう。それに、こんなものを持ってきていたのであれば、いつもの私なら使用を止めていたはずだ。今は非常時だから仕方がないと割り切ってさえいなければ、こんな武器、そもそも持ち出してきたくはない。


「えぇー、手榴弾なの!? 雨ちゃん、もっとパイナップルっぽいと思ってた!」

「それは現行品ならの話だ。これは古いタイプのものだからな。だが、威力も使い方も現行品と遜色ないはずだ」


 私は取扱説明書に書いてあった使用方法を雨に説明した。形は違うが、起爆スイッチ代わりのピンを抜き、対象に向かって放り投げるという点では同じだ。


「なるほどね。じゃあ、これでタービンって機械を壊しちゃえばいいんだね」

「動き出したら、な。それにタイミングも重要だぞ。取り扱いには注意しろ?」


 両手で手榴弾の柄を握り、雨は分かったと元気に頷くと、バックの中に戻した。


 通路を進んでいくと、T字路にぶつかる。壁に背をつけ、通路の先をうかがった後、問題がないと判断し、先へ進む。いくつかの扉をくぐりぬけ、階段を下りる。

 施設内はまるで迷路のようだ。地図を見て現在地を確認しながら進む。


「……そういえばさ」


 少し広めの空間に出た時、ふいに雨が聞いてきた。


「あの男の人、誰かに頼まれたって言ってたけど、それって誰なのかな?」


 それは私が聞きたい事だ。


「……さぁ、誰だろうな。少なくとも全うな者ではないというのだけは、確かだろうが」

「JHKとかじゃないって、大首領様は考えてるの?」

「JHKであれば、あんな男を使ったりはしないだろう。JHKというのは、まがりなりにも正義の組織なんだろ?」

「そだねぇ、警察のすごい版って感じなのだ」

「ならばもっと別の方法を取るだろう。少なくともJHKにはヒーローと呼ばれる正規の兵士がいる訳だからな」


 わざわざあんな傭兵みたいな男を使わなくても、JHKにはたくさんのヒーローがいる。それは先ほど見たノートパソコンの資料でも確認済みだ。

 自分達の手を汚さない為にこの手の人間を使う、というのも考えられない話ではないが、それも考えにくい。なんせ、どういう方針かは知らんが、彼らは正義を謳っているらしいのだからな。そういう人間であれば、ある程度は正々堂々としているものだ。


「じゃあ、悪の組織?」

「私たちを目の敵にしている組織がいれば、だがな。正直、心当たりがないので、なんとも言えん」


 まぁ、これは今の私には、という言い方になる。過去の私に関しては、正直、自信がない。

 アリスから聞いた話では、昔の私は相当あくどい事をしていたらしいし、各方面から多大な恨みを買っていたとしてもおかしくはない。

 その場合、今の私としては身に覚えがない事で攻められているようなものになるから、勘弁して欲しいとは……思うのだがな。


「そっかぁ。アリスちゃんを攫うなんてひどい事する奴らには、ホーフクしてやんなきゃなって思ってたのだ。こうギッタンのバッタンにして……」

「それは、無事アリスを助け出してから、ゆっくり考えよう。その時は、私も鬼になる」

「おぉ、大首領様が鬼に! それは楽しみなのだ!」


 それきり雨は静かになる。雨の言った事は私も考えた事だ。だが、後ろに誰がいるかよりも、今をどうするかを優先するべきだろう。この話は後回しだ。


 しばらくそのまま通路を進むと、いきなり広い場所に出た。通路内とは違い、照明で明々としている。

 小さな体育館程の広さの空間で、室内には大小様々な機械が鎮座しており、壁面を這い回るように鉄製の階段と細長い通路が作られている。細長い通路――キャットウォークは少なくとも十段以上はあるだろう。壁面に幾重にも連なって作られているキャットウォークは、まるで人間の腸内のようだ。

 その中央に、床から天井へ突き抜けている巨大な円筒状の機械が鎮座していた。筒には「第三タービン」と書かれた看板が取り付けられている。どうやら目的地についたようだ。

 タービンは私が予想していたよりも遥かに巨大なものだった。今いる位置はタービンから離れているのでその全貌を視界に収める事ができるが、真下に行ったのであれば、それもできないだろう。


「おっきぃねぇ~」


 雨が感嘆の声をあげる。彼女もタービンがこれ程巨大だとは想像していなかったようだ。


「雨、ここにアリスがいるはずだ。それにあの男がいる可能性も高い。注意しろよ?」

「わかってるのだ」


 受信機の表示が正しければここにアリスがいるはずだ。しかし、どこだ? 

 タービンブロックを見渡す。右側の側面の上、かなり上のキャットウォークに人影が見えた。後ろ手に拘束されたアリスと、あの男だ。


「いたぞ!」


 私が叫ぶ。男は私に気付いたのか、ニヤリと笑ったようだった。


「大首領、お早いお着きだぜ」

「お前のような男にアリスを預けておく訳にはいかんからな。さぁ、アリスを返せ!」

「それで交渉のつもりか? もうちょっとマシな言い方をするんだぜ?」


 男の手がアリスに伸びる。彼はアリスを拘束している手錠を、すぐ横の手すりにかけたように見えた。


「本当は、そこのタービンの上から吊るす予定だったんだけどな。あんたが思いの外早く着ちゃったんで、予定変更だぜ」


 そのまま男は跳躍。私達の前に音もなく着地した。

 手錠が外れないのか、アリスはその場から動けないでいる。あの位置は、まずいぞ。

 アリスがあの状態では、タービンを手榴弾の爆発で破壊する事ができない。アリスが巻き込まれるのが明白だからだ。男を倒すのは当然として、先にアリスをどうにかする必要があるな。


「……雨、私が男を引き付ける。その間にアリスを助けろ。その後は隙を見て、タービンの爆破だ。分かったな?」


 横にいる雨に、小声で指示を出す。彼女は真剣な表情をすると、無言で頷いた。


「ちゃんと調子は戻してきたんだろうな?」

「さぁ、ご期待に添えられる程度かどうかは、わからんがな」

「なら、戻してきたって事で、初めから全力でいくぜ?」


 男の姿が変わる。今度は前哨戦がどうとかはないらしい。初めから変身後の姿で勝負という訳か。


「さぁ、パーティーの始まりだぜ?」


 男が動く。

 私は身構え、男の攻撃に備える。

 さぁ、まずは時間稼ぎだ。頼むぞ、雨、雪!




― 同日 23時24分 高雲野地熱発電所 園田 雪 ―


「……こっちですわね」


 私と戦闘員さん達は地図を頼りに、この発電所の制御室に向かっています。地図上ではもう少しといったところでしょうか。

 大首領様達と別れてけっこうな時間が経っていますが、あちらは大丈夫でしょうか。雨は強いのですが、無鉄砲でおっちょこちょいです。何もミスをしていなければいいのですけれど。


 通路の突き当りから半身だけを出して、先の通路を覗き、問題がない事を確認して、通路を更に進みます。発電所内は入り組んでいて、まるで迷路です。大小様々な部屋があり、地図を見ていないと迷ってしまいそうですわ。発電所とはこんなにも大きい施設なのですわね。勉強になりますわ。


 L字の通路に突き当たり、壁に背をつけて、耳を済ませます。ぶぅぅんと低く、何かが振動する音が聞こえました。パソコンの稼動する音に似ています。一度深呼吸をして、先の通路を覗き込みます。……誰もいませんわね。

 後ろを振り返り戦闘員さん達に目で合図をします。さぁ、この先が制御室です。音を立てないように慎重に移動して、制御室前にたどり着きます。


「……あら?」


 制御室のドアノブが、おかしいです。鍵穴が壊れ、ノブの周辺に何かで叩いたような傷があります。嫌な感じですわね、これ。

 私は無言のまま、ドアノブを指差します。戦闘員の皆さんも、それが普通ではない事に気付いたようです。全員が手にしている武器を持ち直します。私も腰に下げているスタンガンを取り出し、右手に持ちます。弓矢も持ってきてはいるのですが、取り回しが効かない分、狭い室内では逆に不利になります。近接戦闘が苦手な私では、こういうものに頼るしかありません。雨のすばしっこさを、うらやましく思う瞬間ですわ。

 

 ドアのノブを静かに回します。鍵は掛かっていないようですわね。私達はドアを蹴り破り、勢い良く中に入ります。戦闘員さん達も後ろから続き、銃を構えたまま室内を油断なく見回します。

 ですが、誰もいません。機械の動作する音がするだけです。

 私達は武器を構えたまま部屋の奥へと進みます。それなりの広さの部屋のようで、正面にはスイッチやメーター、液晶モニター等が取り付けられた、巨大な制御盤があります。部屋の壁は本棚程もある機械がズラリと並んでいて、低く静かな作動音を奏でています。先ほど聞こえてきた音はこれのようですわね。部屋の中央にはテーブルが置いてあり、その上には、乱雑に置かれた書類や筆記用具などが置かれていました。

 物陰に人が隠れていないか、慎重に探りながら部屋を進みます。すると部屋の奥、壁に設置された機械の隙間から、照明に照らされ赤い液体がツヤツヤと光っているのが見えました。更にもう少し進むと機械の隙間から人間の足が見えます。


「……大変ですわ!」


 私はそのまま駆け出し、その足の主へ駆け寄ります。

 足の主は男性の方でした。作業服を着て、30代後半の眼鏡をかけた殿方です。右のお腹を左手で押さえ、はぁはぁと苦しそうに息を吐いています。

 先ほどの赤い液体は……血ですか!? これは大怪我ですわ!


「21号さん、医療用のキットを出してください! 13号さんは手当てを! 他の方々はそのまま警戒を怠らないでください!」

「お、おう!」

「分かった!」


 21号さんが背負っていたバックから医療用の薬が入った箱を取り出し、それを使って13号さんが手当てを行います。

 男の人は気を失っているのか、時折り苦しそうにうめき声を上げます。一体この方はどなたでしょうか、それに、誰がこんな事を。


「……! 皆、伏せろ!」


 その時、部屋の入り口を見張っていた8号さんが大声を上げました。私達は咄嗟に物陰に身を隠します。次の瞬間、部屋の機械や床が火花を散らします。この音は、銃弾ですわ!

 銃弾により床がえぐられて、埃が盛大に舞い上がります。その中を、更に銃弾がいくつも飛んできます。なんですの、一体!?

 

「動くなよ、おらぁっ!?」


 部屋の入り口から男が何人も入ってきました。

 機械から頭を少しだけ出して、相手を確認します。一人、二人……五人いますわね。

 銃を構え、全員が黒いスーツとサングラスをしています。その胸には……何かのピンバッチが見えます。あの形状、見覚えがありますわ。


「変な気、起こすなよ!? 起こした瞬間、ズガンだぜ!?」


 ピンバッチの形状は、サソリのように見えました。あれはたしか、スコルピオンの紋章ですわね。でも、スコルピオンはあの男が壊滅させたと言っていたはずですわ。どういう事なのでしょうか。


 とにかく、この状況では動けません。

 一体、どうすれば……!




― 同日 23時41分 高雲野地熱発電所 大首領 ―


「くそっ!?」


 私の拳は男に掠る事無く、虚しく空を切る。


「甘いぜ!?」


 男の手にしている銃から閃光が放たれる。至近距離から撃たれたので回避が間に合わない。胸に猛烈な衝撃と反動がぶつけられ、背骨が軋む。だが、後ろには引かん!

 銃を撃った姿勢のままがら空きになっている男の胴体目掛けて拳を叩き込む。男は咄嗟の事に対処できず、私の拳が綺麗な逆放物線を描いて、男の胸に吸い込まれた。瞬間、手に重い衝撃がはしる。当たった! そのまま力を込め、拳を振りぬく。私の拳の衝撃で男が後ろへ大きく吹き飛んだ。だが、男は空中で姿勢を立て直すと、そのまま何事もなかったように着地する。

 人差し指を立て、左右へ小刻みに揺らす。甘い、甘いとでも言っているつもりか。ふざけるな。


 戦闘開始から今まで、何度となく打ち込んだが、男は避けるか、流すか、受けてもダメージが無いかで、有効打がまったく与えられない。昼間の戦闘で、その強さは身に染みて理解しているつもりだったが、再度こうやって打ち合ってみると、その強さがハンパじゃない事がよく分かる。

 私は拳に痺れを感じ、小さく舌打ちをした。男の体はとにかく硬い。まるで何十センチもある分厚い鉄の板でも殴ったような感触だ。バトルスーツというのは、よほどの防御力があるようだな。それでも、今は攻めて、耐え抜いてやる。


 男目掛けて再度突進する。拳を一撃、二撃と繰り出すが当たらない。男の回避技術はけた違いだ。手で受け、流し、流れるようなフットワークで私の攻撃をかわしていく。

 余裕があるのか、それとも回避を楽しんでいるのか、右に、左に避けながら、たまにククッと笑う声が聞こえる。ふざけるなよ!


 私は男から距離を稼ぐふりをして、後ろへ跳躍する。男はそれを追撃。そこで、左足で強引に地面を蹴飛ばし、真横へ飛ぶ。

 男は私がそのまま後ろへ飛ぶと思って追撃していた為、勢いがつきすぎていて、反応できない。男の体が私の横を通り過ぎる。ここだ!

 右足で全体重を受け止め、そのまま全身を男へ向け蹴りだす。その勢いを、右手の拳に乗せ、男の横腹目掛けて叩き込む。男は回避できない。先ほどと同じ重い衝撃が拳にはしる。男の体が不自然に折れる。バランスを崩したのだ。

 この距離、このタイミングならば避けられまい。左の拳を振り上げ、返しで右の拳を叩き込み、一撃、二撃、三撃と男の体に拳を叩き込んでいく。

 止まるな、撃て、撃て、撃て! 男の体が前のめりになる。両腕を頭上に掲げ、ガッシリと合わせ、握りこむ。私はそのまま強引に、力任せに、男の腹に叩き込んだ。ドカンと破裂する音とともに、男の体が真横へ吹っ飛び、そのままタービンブロックの壁面へ衝突する。

 男の体は壁面にめり込み、動かない。……効いたか!?

 

「雨、今のうちにアリスの元へ行くんだ! 急げ!」

「う、うん! わかったのだ!」


 私の指示で、雨が駆け出す。雨の足は速い。あっという間に階段に到達し、飛ぶ勢いで駆け上がっていく。

 頼む、起きてくれるなよ!


 だが、男は動いた。壁に埋もれたまま、腰のホルスターから警棒――レーザーサーベルを引き抜き、発光させ、上空へ振り上げる。

 閃光が熱と質量を持って、男の頭上にあるキャットウォークをアメの様に切り裂いていく。


「うわわわっ!?」


 その衝撃で雨が階段から落ちそうになるが、手すりにつかまり、なんとか落下を免れる。

 今の斬撃で、五、六段のキャットウォークが一度に切断されていた。その破損の影響で、壁面に備え付けられていた廃棄ダクトや、よく分からない計器がバラバラと落ちてくる。幸い、切断箇所はアリスとは離れた場所だったが、一歩間違えれば、あの斬撃にアリスや雨が巻き込まれていた。やってくれる!


「ちょーっと、びっくりしちゃったんだぜ?」


 壁面から強引に体を抜き出し、赤白く光るレーザーソードをだらしなく持ちながら、男が言う。

 

「やっぱ時間を与えて正解だったぜ。昼に会った時とは、ぜんぜん違う。やっぱ戦闘はこうじゃなくっちゃだぜ」


 男の言うとおり私は昼間の時より、腕力も脚力も、身体能力の全てが向上しているようだった。

 これも例の超回復の恩恵なのだろうと、今はそういう事にしておく。向上の理由は別にして、今はこの力がありがたい。


「さぁ、戦いは始まったばっかりだ。もっと楽しもうぜ!?」


 男がレーザーソードを振り上げ、私に向かって無造作に振り下ろす。剣筋から発生した熱を持った衝撃波が私に向かって真っ直ぐに飛来する。それを横に飛び、かわすが、男は私が避けるのを予測していたのか、レーザーソードを振り上げながら私の方へ突進してきた。

 瞬間、昼間に喰らったあのレーザーソードの威力を思い出す。一撃で私に壊滅的なダメージを与えた、あの威力を、だ。あの剣撃だけは喰らえないぞ!

 肉薄してきた男がレーザーソードを振り落とす。それを右へかわし、地面から跳ね上がるようにして向かってくる返しの剣撃を左へかわす。右、左、上、横、斜め。男の剣撃は止まらない。左、斜め、下、上、右。剣撃の一つが肩の装甲を切り裂いた。次いで腰の装甲が切り裂かれる。このままではジリ貧だ。

 男の剣撃が上段から来る! 私は剣撃の軸となる左拳を狙って、拳を突き出す。


「がっ!?」

 

 拳が当たった衝撃で、男の剣撃が大きく逸れる。チャンスだ! 無防備に空いた首筋に向かって、手のひらを叩き込む。男の体が前のめりによろける。私は右足を軸にして男の背中に回りこみ、その背中に向けて、左拳を叩き込んだ。

 メキッと嫌な感触が伝わってくるが、躊躇はしない。そのまま力任せに振りぬく。男は体を逆くの字に曲げ、前方へ吹き飛び、受身も取れずに地面に激突する。


 そこで追撃をかけようと脚を踏み出した、その前が、爆発する。

 男が左手で銃を握っているのが見えた。その銃口がまっすぐと私を捉えている。くそ、この状態では、動けないぞ!


「いいぞいいぞ、どんどんよくなるぜ。そういうのが欲しかったんだぜ?」


 男にはダメージを受けた様子がない。無防備な状態の体に、全力で叩き込んでもダメージは無しか。化け物みたいな硬さだ。


 男を見据えながら、横目で雨の動きを追う。

 アリスのいる所まで、もう一段、いや二段か。早くしてくれ、雨よ。


 男が、半身に構える。

 右手にレーザーソード、左手に銃。どちらも必殺の威力を持った高威力の武器だ。特に剣撃は一撃喰らえば、終るほどの。

 私は拳を構え、半歩ほど足を動かす。男の足も半歩動く。

 二人がじりじりと間合いを詰めながら、近づいていく。全身を緊張感が包む。


 男が動く。閃光が頭上から弧を描いて振り落とされる。半身をズラしたおかげで、右肩の装甲が切り裂かれるだけで済んだ。浅い。カウンターを狙い、男の顔面目掛けて拳を突き出す。


「おぉっと!」


 男が首だけを動かし、私の攻撃を避けると、後ろに大きく跳躍する。なんだ、なぜそんなに高く飛ぶ。空中の男の左手が動く。その銃口は私に……向いていない!?

 

「忘れるとこだったぜ!」


 銃口から放たれた閃光が、アリスのすぐ真横に着弾して、爆発する。キャットウォークの一部が吹き飛び、爆風でアリスが落ちそうになるが、手すりにしがみつき、なんとか耐える。その同じ段の少し離れた場所で、雨が身を仰け反らせて立ち止まっていた。まさか、今、雨を狙ったのか!?


「あーあ、狙いが外れちまったぜ。やっぱ動きながら狙うのは難しいぜ」


 地面に着地し、男が肩をすくめた。

 アリスと雨の間にあるキャットウォークは爆発で吹き飛ばされてしまっている。溝の幅はかなり広い。あの距離は、雨の跳躍では届かない。


「俺をあんたが引き止めて、その間に助けるって作戦だったのか? 惜しい惜しい。あと一歩だったんだぜ?」


 ケラケラと男が楽しそうに笑う。

 くそ、もう少しだったのに!

 

「さぁ、どこまで粘れるかな!」 

 

 男がレーザーソードを構えて突進してくる。くそ、何か手はないのか!?




― 同日 23時31分 高雲野地熱発電所 園田 雪 ―


「全員、武器を下ろせ! ゆっくりとだ!」


 男達は銃を構えた状態で、私達を入り口から威嚇しています。

 先ほどの発砲は実弾でした。こちらの武器は、私の弓矢とスタンガン、戦闘員の皆さんはゴム弾を発射するライフル。一撃必殺とは参りませんわね。これはマズイですわ。


 向かいのテーブルの影に隠れている8号さんと眼が合います。

 彼は腰のポーチから缶スプレーのようなものを取り出すと、それを何度も指差します。缶スプレーなど一体何に使う気でしょうか?

 ……あ。あれは缶スプレーではありませんわ。確か「すたんぐれねぇど」とか言う、閃光弾です。来る前に8号さんが説明してくれていましたわね。ですが、あれは起爆する部分が壊れていて、そのままでは使えなかったはずですわ。

 彼はそれを放り投げるジェスチャーをし、弓をいるような仕草をします。なるほど、そこで私は気付きました。私に撃てというのですね。


 私は背中に背負っている弓矢を静かに構えると、8号さんへ小さく頷いて合図をします。

 8号さんもこちらの意図を理解したのか力強く頷きました。

 他の戦闘員の方々にも、眼で合図を送り、投げて、撃って、目を隠すジェスチャーをします。皆さん、無言で頷きました。伝わったようですわね。


「おい、早くしろ! でてこねぇなら、こっちにも考えがあるぞっ!」


 男達が叫びます。私達の反応がないので、イライラしているようです。今、とっておきの反応をしてさしあげますわよ。 

 8号さんが手のひらを広げます。指が五本から四本になり、三本になります。カウントダウンです。


 二……一……今ですわ!


 8号さんがすたんぐれねぇどを頭上へ放り投げます。突然放り投げられたソレに、男達の視線が全て集ります。

 私は弓を引きながら、機械の陰から体を出します。


 集中、神経が極限まで張り詰められ、一秒が永遠に引き伸ばされます。空中を浮遊するすたんぐれねぇどの缶の落下速度が遅くなっていき、缶に書いてある字の一言一句までが見える気がします。私の体が弓矢と一体になり、一つの矢になり、腕が勝手に反応して、押さえつけていた矢を自動的に放します。

 次の瞬間、矢は放たれ、室内の空気を切り裂き、疾走し、すたんぐれねぇどに直撃。穴を開けられた缶は膨張し、その隙間から閃光が……。


 私は再び機械の陰に隠れ、眼を強く閉じます。何かが破裂する音と、それによる衝撃を感じます。


「ぐわぁ、なんじゃ、こりゃぁ!?」

「あぁ、目が、目がぁぁぁっ!?」

「いてぇっ! なんも見えねぇぞ!?」


 そして続いて、男達の悲鳴。成功です!


 私は素早く機械の陰から身を出し、眼を押さえ前かがみになっている男の一人に矢を放ちます。男の人は頭に矢を喰らってそのまま後ろへ倒れます。私の矢はやじり部分を丸く削ってある為、殺傷性はありませんが、それでも直撃を受ければ、かなりのダメージになります。

 周りの男の方々も戦闘員さん達の銃撃を喰らって次々倒れていきます。これで、形勢逆転、ですわね。

 

 そのまま全員で手分けして男達を縛り上げます。

 男の方達は、目が、腕が、足がと痛みを訴えますが、私達の武器は殺傷性の低い武器ばかりなので、男の人達の命に別状はありません。それにこちらに銃を向けて撃ってきた以上、これは当然の報いというものですわ。

 では、13号さんには引き続き、先ほどの怪我人の治療を行ってもらい、この方達からは事情を聞きだす事にしましょう。


 私が、男の方の一人に矢を構えた状態で突きつけ、事情を聞きだします。痛くされたくなければ、素直に白状なさい。


 男の方は思っていたよりも簡単に口を割りました。


「……俺達は元スコルピオンの戦闘員だ。今はファイヤーレッドに雇われている」


 話を聞くと、この方達は見逃す代わりに自分の仕事を手伝えと脅され、この施設の占拠を行っていたようです。ファイヤーレッドの指示は、一晩だけ三号タービンを止めろというものだったそうですが、なぜその必要があるかまでは、知らされていないようでした。


「この仕事が終われば金もたらふく貰えるって話だったしな。それに別に組織に義理も温情もある訳じゃねぇ。金払いのいいほうにつく、それが俺らのやり方さ」


 男がニヘラと笑いながら、他の男達に声を掛けると、全員が口々にそうだそうだと賛同しました。まったく、義理も信念もない殿方とは、なさけないものですわね。

 私は戦闘員さん達にお願いして、その男の人達を隣の部屋に閉じ込めてもらいました。他に仲間はいないと言っていたので、これでひとまずは大丈夫でしょう。

 さぁ、本来の仕事ですわ。タービンを回さなくては。


 制御盤の前に立ち、一つ一つボタンを見ていきます。様々なスイッチに、様々な計器。一次冷却、主電源、ガス抽出装置、蒸気井、還元熱水管……、見た事のない名前が並んでいます。制御盤の上には液晶のモニターがあり、各種発電機の発電状況がモニターされているようです。見てみると、確かに三号発電機だけ動いていないようですが、どうやれば動くのでしょうか。


「雪ちゃん、こういう所ってのは基本的にマニュアルがあるはずだぜ。そいつを探してみよう」


 12号さんがそう言います。彼は確か電気機械工か何かをやってらしたと聞いています。こういう所にも、多少は詳しいのでしょう。

 私達は12号さんの意見に従い、手分けしてマニュアルを探します。機械の下、壁のラック内、制御盤の上。しばらく探していると、入り口近くのガラスケースの付いたラックの中に、「緊急時起動マニュアル」というファイルがありました。取り出そうとして扉に手をかけますが、鍵がかかっているのか開きません。

 扉はガラスで出来ています。今は緊急時、ここは躊躇している場合ではありませんわね。弓を振りかざし、そのまま柄をガラスにぶつけ、ガラスを打ち破ります。割れたガラスで手を切らないように気をつけて、中からマニュアルを取り出しました。


 ふと振り返ると、戦闘員さん達が私の事をジーッと見ています。何かあったのでしょうか?


「いや、雪ちゃんって、もうちょっと物事を穏便に進める子かと思っていた」

「手荒な事はしないっていうか、もうちょっとお淑やかな子だと思っていた」

「袴姿で典型的な大和撫子オーラーを全身から出している、物静かで知的な子だと思っていた」


 そういう荒っぽい事は、雪ちゃんのキャラじゃないと戦闘員の皆さんが口を揃えて言います。


「まぁ、私達は悪の組織ですから。ちょっとぐらい物を壊した程度のほうが、それらしいのではないでしょうか?」


 でもなぁ~と、戦闘員の皆さんが腕を組んで考えます。なにやら、勝手な幻想を押し付けられているようで、ちょっと嫌な気分ですわ。人を見た目で判断しないでくださいな。私だって、やる時はやっちゃうんです。

 

 マニュアルをテーブルの上に載せ目次を開くと、見た事もない単語がズラリと並んでいいます。その中から、発電機、タービンの動かし方を探します。

 三ページを程めくって、目的の項目を見つけました。その対象のページを開いて……私は息を飲みました。


「……これは、難解ですわね」


 マニュアルには手順が書いてありました。ですが、難しい専門用語ばかりで、それがどれを意味するのかが理解できません。

 12号さんに見せてみても、彼も唸るばかりです。困りましたわね。マニュアルがあっても、書いてある意味が分からないのであれば、どうしようもありませんわ。

 こうしている間にも、大首領様はあのファイヤーレッドとかいう男と戦っているかもしれません。急がなきゃと思うと、気が焦ってきます。


「……うぐっ」


 その時、怪我をしていた男の人が眼を覚ましました。

 その男の人の前では、13号さんが何やら、肩をすくめています。


「ここは……いででっ……っくっしょう!」

 

 男の人が、頭を押さえながらふらふらと立ち上がります。……え、あの出血量ですぐに立ち上がれるんですか? 重症じゃないんですの?


「くそ、ひでぇ目にあったぜ。仕事してたら後ろからガツンだもんなぁ~……って、あんたら誰だ? しかも変な格好だなぁ」


 私達に気付いた男の人が、いぶかしげな目で見ます。まぁ、私達の格好が格好だけに、そう言われても仕方がないのですが。私はいつも通りの袴姿ですし、戦闘員の皆さんは戦闘員姿ですからね。


 それよりもです。


「あの、お怪我は何ともないのですか?」

「怪我? あぁ、頭は痛いけど、それ以外は特に」

「でも、床に血が……」

「血? って、うわぁ、俺のトマトジュースが!? あちゃぁ、服にまでかかってるよ……」


 トマト……ジュース?


「……雪ちゃん、大変言いにくいんだけどな。こいつ、殴られて気絶していただけで、別にどこも怪我してないみたいだぞ」


 えぇー! なんでそれを早く教えてくれないんですの!


「いや、だって、なぁ。マニュアルだなんだって、皆、大忙しだったからさ。言いそびれたっていうか」


 目の前で手を合わせ、小さくお辞儀をする13号員さん。男の人は「せっかく仕事しながら飲もうと思って買ってきたのによぉ~」とぼやいています。まったく、心配して損してしまいましたわ。


「それで、あんたらは何なんだよ? ……もしかして、俺を気絶させたのはお前らか!? っていうか、その格好、悪の組織かなんかだろ! 絶対そうだろ!」


 男の人が今さら私達の正体に気づき、身構えます。気付くの遅すぎです。


「えぇ、まぁ、私達は悪の組織の一つ、悪の秘密結社の人間ではあるのですけれど。あなたを気絶させた件に関しては、濡れ衣ですわ。たぶん、そちらの犯人は隣の部屋で芋虫になっている人達かと」

「……本当か?」


 悪の組織の人間と言うところで、彼は私達に対し警戒心を露にします。まぁ、普通の反応ですわね。


「それで、あなたはなぜここで気を失っていたのですか?」

「なんで悪の組織の人間にそんな事教えてやらなきゃならないんだよ」

「私達、一応、あなたを襲った人間達を倒して、介抱までしてさしあげたのですよ?」

「……だから、なんだよ」

「命の恩人になるのでは?」

「ま、まぁ、そうだけど……さ」


 彼がバツの悪そうな顔をします。助けてくれたと言われて、多少の恩義は感じているようです。


「なら、助けてくれた人に感謝のお返しの一つとして、質問に答えてあげるぐらいはいいのではないでしょうか?」

「……わ、わかったよ」


 私が微笑みながらそう言うと、彼はしぶしぶといった感じで、了承しました。


「それで、もう一度同じ質問になるのですが……」

「あぁ、俺はここの職員なんだよ。上司から発電量が落ちてるって報告があったから見て来いって言われて、ここに来てたんだ。来てみてびっくりだぜ。なんせ三号機が停止してるんだからな。しかも、動かそうと計器をいじってたら、後ろからガツンとやられて……まぁ、後は見ての通りさ」


 なるほど。この方はここの職員さんだった訳ですね。

 彼の服装は、よく見ればここの作業員の作業服でした。胸には高雲野地熱発電所というプレートがついています。お仕事中に襲われるとは、災難でしたわね。

 ……あれ、なら、この方なら?


「という事は、あなたはタービンを動かせるのですか?」

「うん、まぁ、そういう仕事してるし」


 これは思わぬところで、思わぬ方に出会いましたわ。まさに、僥倖!


「では、早くタービンを、3号機を動かしてください」

「いや、言われなくても、動かすけどさ。っていうか、悪の組織がなんでタービンに用があるんだよ」


 腕を組んで、彼は疑いのまなざしで私達を見てきます。彼の疑問はもっともですが、今は時間がありません。


「いいから、早く動かしてください! こっちは時間がないんです!」

「いや、理由を教えてくれよ。これでも一応職員だから、悪の組織に騙されて変な事したなんて事になれば、クビがとぶんだよ」


 あぁ、もう。こういう時、悪の組織の方はどうやって相手を脅すんでしょうか。もっと勉強しておくんでしたわ。

 確か、雨が勉強の為にと言って読んでいたマンガに、それらしい文句があったような気が……。でも、あれは、ちょっと……。でもでも、時間もありませんし、仕方がありませんわ!


「は、は、早くおやりなさい! あんまりガタガタ言っていると、弓矢を○○の○に○っこんで、○○○が一生○○なくなるような、○○で○○○○しちゃうまで、○○○○しますわよっ!」


 私が弓矢を構えて、先を男の人の鼻に突きつけます。

 私の言い分と迫力に驚いたのか、彼は顔を青白くさせ、脂汗を流しながら、オタオタと手を振ります。


「わ、わかった! わかったからやるよ!」


 彼は慌てて制御盤に向かい、スイッチ類をいじっていきます。

 これで、なんとかタービンがまわせ……あれ、なんか、戦闘員の皆さんが私を見ていますわね。どうしたのでしょうか?


「いや、雪ちゃんさ。さっきのあれ、意味分かって言ってるのか?」

「意味、ですか? よくは分かっていませんが、こういう言い方をすると殿方が言う事を聞いてくれると雨に教わっていたので……」

「そういうもの言いは、あんまりしない方がいいと思うんだけどね。できれば、雪ちゃんの口からはそういう言葉を聴きたくないなーっていうかさ」


 戦闘員の皆さんがうんうんと頷いています。

 まぁ、今は緊急事態ですから。多少のはしたなさは、無礼講という事で。

 でも、なんで左手でお尻の穴を押さえながら頷いているのですか? 誰も狙いませんわよ、失礼しちゃいますわ。


 ほどなくして、後ろの機械からうぃぃぃんという、低く鈍い音が聞こえてきます。目の前の液晶モニターには、三号機が稼動をした事を示す「稼働中」の表示が現れます。よかった、なんとかなりましたわ。


「よし、これでオッケーだ。それで、お穣ちゃん達はなんでここに用があったんだ? 事と次第によっちゃ警察呼ぶぜ?」


 3号機が稼動した事を確認すると、彼は携帯電話を片手に持ち、再び私達に理由を問いかけてきます。

 うーん、あんまりこういう事は答えないほうがいいですわよね。私達、悪の組織なわけですし。


「8号さん、13号さん」

「おう」

「まかせなさいな」


 8号さんと13号さんが、職員の方の腕を両方からがっしりと掴みます。


「あ、あれ?」

「申し訳ありません。私達、悪の組織ですので、ご質問にはお答えできませんわ。お帰りはあちらですのよ?」


 私はにっこりと微笑むと、二人にお願いして、彼を外へ搬出していただきました。


「ちょっと待て! 利用するだけ利用してこの扱いかっぁ!? あぁ、くそっ、せめて名前と住所と電話番号とぉ~……」


 さぁ、タービンは動きました。

 大首領様、後はお願いいたしますわ!

 

 


― 同日 23時51分 高雲野地熱発電所 大首領 ―


 ガキィン! 金属同士がぶつかり合う、激しい音が聞こえた。

 部屋の中央にそびえていた、タービンが、その重たい巨体をゆっくりと動かし始めたのだ。


「……あぁ?」


 男の動きが止まり、タービンに視線を移す。奴の注意が、私から逸れた。

 周辺に目をやる。少し離れた所に2メートル四方の鉄の板が転がっているのが目に入った。さきほどあの男の剣撃で切り裂かれた、機械の一部だ。かなり湾曲しているようだが、人間一人分ぐらいの荷重であれば、耐えられるはずだ。

 私は男の隙をついて、その鉄板へ向け駆け出す。男が私の動きに気付くが、私の手は既に鉄板の端を掴んでいた。そのまま、両手で鉄板を抱え上げ、体を大きく後ろへ捻る。


「どぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!」


 その鉄板を、狙いを定め、力いっぱい放り投げる。

 鉄板は男に――当たらない。男の頭上を超え、その先の壁面、アリスと雨の中間地点へ深く突き刺さる。


「飛べぇ、雨っ!」


 雨がすぐに私の意図を理解し駆け出す。男が雨の動きに気付いて銃を向けるが、そんな事はさせん。肩から男へ体当たりし、男の体を吹き飛ばす。

 助走をつけて、雨が飛ぶ。右足が壁に突き刺さった鉄板を踏みしめ、全身をバネのように縮める。鉄板が悲鳴を上げ、壁から抜けそうになる。だが、雨の方が早い。溜めた力を鉄板に叩き付け、前方へもう一度大きく跳躍する。


「うにゃぁぁぁぁぁっ!」

 

 雨の体が……対岸に届いた! 飛んだ勢いを殺さず、そのままアリスの元へ駆け寄る。


「アリスちゃん、なんか壊すもの!」

「は、はい!」


 アリスはスカートの中からナイフを取り出す。

 それを受け取った雨は、逆手に持って、手錠へ振りかざす。金属と金属がぶつかり合う甲高い音が聞こえる。


「……よっしゃぁなのだっ!」


 よし、上手く壊せたようだ。後は上手くアリスを連れて、逃げてくれよ!


「やってくれるじゃんかよぉっ!?」


 男の剣撃が私の肩を掠る。後ろに、右に、左に、男の剣撃をかわす。太刀筋が先ほどより鋭い。だが!


「右から切りつけた時に、左の返しを入れたがるのが悪い癖だなっ!」


 左からの返し刃をしゃがんでかわし、男の腹に拳を叩き込む。そのまま二撃、三撃、四撃、五撃。最後の一撃は男のアゴ部分。渾身のアッパーカットが決まる。

 男の体が上空へ舞い上がる。


「こいつはオマケだぁっ!」


 大地を踏みしめ、落下してくる男の腹に全力の一撃を叩き込む。激しい衝撃とともに男の体がキリモミしながら吹っ飛ぶ。だがそれでも、空中で体制を建て直し、離れた所で着地する。


「大首領様!」

「マスター!」


 雨がアリスを連れ、階段を降りきる。そしてタービンは動いている。今がチャンスだ!


「雨、タービンをぶっ壊せ!」

「了解なのだーっ!」


 雨がバックから手榴弾を取り出し、栓を外して、そのまま、タービンへ放り投げる!

 柄付手榴弾が回転しながらタービンへと吸い込まれていく。その動きはまるでスローモーションだ。ゆっくりと近づき――爆散。猛烈な破壊の衝撃がタービンに襲い掛かる。タービンを包む鉄の筒が無残に切り裂かれ、火花を散らし、砕け飛ぶ。黒煙が上空を埋め尽くし、その間から、白い蒸気が叫び声をあげなら噴出した。

 室内はあっという間に白いモヤに包まれ、あちらこちらで小さな爆発音が響き渡る。タービンにつながれた他のパイプに、爆発が引火したのだ。


「……ははっ、あはははははっ! やるじゃねぇか、大首領!」


 男が笑いながら銃を構える。


「だが、惜しいな。今の爆発、俺には当たらなかったぜ?」


 男は、今の爆発が自分を狙ったものだと判断している。だが、それは大間違いだ。


「今度はこっちの番だぜ!」


 男が銃の引き金を引き、その銃口から閃光が迸る。だが、閃光は……先ほどに比べて明らかに弱い! 

 その閃光に向け私は突進し、右腕を突き出す。パシィンと甲高い音が響き、私の腕に当たったレーザーが弾け、胡散する。


「なっ!?」


 男が始めて驚愕の声を上げる。

 何が起こったか分かるまい! 自分の持ち物でもないものを、我が物顔で使い続けてきた、お前のミスだっ!

 男が右手に持ったレーザーソードを振りかざす。だが、レーザーソードは青白い火花を散らすだけで、閃光を身に纏わない。どちらも同じ原理の武器だ。この状況で使い物になるハズがない。


 状況が飲み込めず、男が混乱する。そのスキが、胴体をガラ空きにさせる。腰の――ベルトがガラ空きだ!


「これで終わりだぁぁぁっ!」


 私の拳が男のベルトに突き刺さり、男の体がくの字に折れ曲がる。


「ぐがっ!?」


 ベルトから青白い火花が飛び散る。その火花は男の全身へ波及し、男はうめき声を上げなら、がっくりと地面に膝をついて、動かなくなった。


「なっ!? ……くそ、体がうごかねぇ! なにしたんだぜ!?」


 自分自身の体に何が起こったか理解できていないらしい。動こうと必死に体をよじるが、全身が微かに震えるだけで、動く事ができない。


「それは変身装置が破壊されたからです」


 私の後ろにいたアリスが説明した。


「変身装置は稼動している間は着ている者に絶対の力を与えますが、壊れてしまえば、それは着ている者を拘束する拘束具にしかなりません」


 アリスが説明を続ける。

 バトルスーツとは金属製筋繊維を使用した、いわゆる一つのマッスルスーツなのだそうだ。金属製筋繊維は装置が正常稼動している時であれば、柔らかくしなやかな動きをするが、逆に稼動していない場合は、硬く、重いだけの服となるらしい。

 私や雨の攻撃を喰らってもなんとも思わないほどの強度である。その硬さは、普通の人間では曲げる事すら適わないだろう。アリスの言うように、まさに拘束具だな。


 あなたの負けです、とアリスが言った。


「アリス!」


 男に背を向け、アリスの方へと駆け出す。

 私は走った勢いもそのままアリスを胸に抱きいれ、強く抱きしめた。考えなどなにもない。自然にそうしたいと思ったのだ。彼女が無事だったのが嬉しかったし、何より、何かされていたらと思うと、とてつもない恐怖を感じていた。


「ま、マスター、苦しいです」

「よかった、何もされなかったか!?」


 アリスは苦しそうに私の中でもごもごとうごめくと、やがて観念したのか体の力を抜き、「何もありませんでした」と言った。

 無事でよかった。本当に無事でよかった!


「雨もよくやったぞ」

「にゃははは、当然なのだ」


 頭の後ろで腕を組み、ケラケラと雨が笑う。


「さぁ、こんな所に長居は無用だ。とっととズラかるぞ」


 アリスさえ取り返せれば、あんな男には用はない。動けないうちにさっさとおさらばだ。

 私は雨に指示し、雪達に撤退するように伝えてもらう。

 

 アリスの小さな手を引き、一歩を踏み出そうとした――その時、一際大きな爆発音が背後で起こり、熱風と衝撃波が私の背中を打ち付けた。

 後ろを振り返る。


 全身から火花を飛び散らせ、あの男――ファイヤーレッドが立ち上がっていた。



 


 


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