恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 99
「…私が好子?…一体、なにを…」
…なにを、わけのわからないことを言っているのか?…
私は、思った。
当然だ…
私は、好子さんではない…
「…いや、好子は、高見さんは、好子の身代わりになれるって、言いたかったんだよ…」
新造さんが、言った。
「…私が、好子さんの身代わり?…」
…どういう意味だろ?…
…たしかに、私と、好子さんは、外見が似ている…
…だが、ただ、それだけだ…
…血縁関係があるわけでもなんでもない…
それに、なにより、新造さんが、同じ部屋にいることは、すっかり忘れていた…
いや、
最初から、いなかったのではないか?
私は、気付いた。
たしかに、好子さんの部屋は広いが、最初から、新造さんがいれば、気付くはずだ…
たしか、新造さんは、好子さんの部屋の前まで、私を連れてきて、部屋には入らなかった…
おそらくは、私と好子さんを二人きりにすることで、話しやすくしようと思ったに違いない…
自分がいることで、好子さんと私が、話しづらいと思ったに違いない…
「…どういう意味ですか?…」
私は、新造さんに言った。
そして、また視線を、好子さんに戻した。
「…米倉を救う…そのために、透と結婚する…だが、それが、別に、好子でなくても、高見さんでも、構わないそうだ…」
「…私でも、構わない? …それは、一体どういう…」
「…高見さんと好子は似ている…赤の他人と思えないほど…」
「…」
「…そして、事実、赤の他人じゃない…」
「…赤の他人じゃない? それは、どういう…」
「…高見さんの先祖が、米倉と繋がってるんです…」
「…私の先祖が、米倉と…ウソでしょ?…」
「…いや、ホントです…といっても、曽祖父だか、4代か5代前の爺さんの妹の一人だか、なにかで、今は、まったく関係がない…血縁を辿っても、普通に他人レベルに血が薄まってる…」
「…そんな…」
…そんなバカなことが?…
だが、そう言われてみれば、まったくウソとも思えない…
現実に、私と好子さんは、誰が見ても似ている…
他人のそら似といってしまえば、それまでだが、例え、先祖が、4代前、5代前に兄妹だとしても、驚かない…
事実、当たり前だが、先祖が、4代も5代も前ならば、誰もが付き合いはない…
普通に、偶然、知り合って恋愛をして、結婚しても、互いに死ぬまで、知らなかったなんて、ことは、あるに違いない…
私は、そう思った。
「…正造が、偶然、高見さんを連れてきて、親父が…平造が、気付いたというか…他人のそら似とはいえ、高見さんと、好子が、似ているので、専門家に依頼して、高見さんには、失礼だけど、先祖を調べたんだ…そしたら…」
新造さんが、言いづらそうに、言う。
「…でも、仮に、私が、好子さんと、薄く血が繋がってるとしても、それが、どうして、水野さんと結婚するんですか?…」
「…透が、それでいいと言ったんだ…」
「…水野さんが?…」
「…好子でなくても、高見さんでも、どっちでも構わない…好子が嫌なら、高見さんを説得して、結婚できれば、構わない…それでも、水野は、米倉と提携するよと…」
「…お断りします…」
私は、新造さんの言葉が、言い終わらないうちに、言った。
「…私の人生です…誰と結婚しようが、自分で決めます…」
即座にそんな言葉が口を突いて出た。
「…結婚相手は、自分で決めます…他人にああだこうだと口を出されたくありません…」
私は断言した。
事実、他人に自分の結婚をどうこう言われるのは、心外だった…
私の人生だ…
高見ちづるの人生だ…
どう生きようと、自分の勝手…
他人に指図される覚えはない…
「…相変わらず、気が強いというか、じゃじゃ馬というか…」
いきなり、呆れたような声がした。
新造さんでもない、男の声…
私はその声に聞き覚えがあった。
私は、その声のする方向を見た。
やはり、水野だった…
水野透の姿がそこにあった…
「…だから、言ったんだ…この高見さんには、どんな泣き落としも通じないって…」
水野が、笑いながら言った。
事実、呆れた口調だった…
「…どんなことを言っても、自分を曲げない…芯が強いというか、融通が利かないっていうか…」
水野が、笑う。
「…水野さん…一体、どうして?…」
「…このお屋敷は、今や水野の所有…とまでは、言わないが、米倉は、今や、心理的に、水野の下になった…」
「…水野の下になった?…」
私は、言いながら、好子さんと新造さんを見た。
二人とも、苦笑いをしていた。
私は、それを見て、一瞬、考えた。
普通ならば、水野透に、こんなセリフを言われれば、怒るか、黙るか、のどっちかだ…
それが、苦笑するとは…
要するに、それほど、仲がいいということではないか?
私は、その事実に気付いた。
「…アナタたち、本当は?…」
「…子供の頃からの顔見知りだからね…」
水野が言った。
その言葉がすべてだった…
「…好きでも、嫌いでもない…兄妹とまでは言わないが、幼馴染というか…腐れ縁とでもいうべきか…」
水野が、説明する。
事実、その通りなのだろう…
好子さんと、新造さんも、苦笑いを浮かべたままだった…
「…だったら、好子さん…今のお話は…」
「…ウソではないわ…」
好子さんが、こともなげに言った。
「…透は、米倉を援助する…その見返りに、私と結婚する…でも、仮に、私が結婚しないでも、高見さんが、透と結婚しても、同じ…水野は、米倉を援助する…」
「…」
「…そう、この透が、約束してくれたのよ…」
私は、好子さんの言葉に、水野の方を見た。
水野は、無言で笑っていた。
「…アナタたち、最初から?…」
私は言った。
「…親父が、高見さんに会いに何度も行ったでしょ…」
いきなり、透が言った。
「…普通、水野財閥の当主が、わざわざ、一介の金崎実業の女子社員に会いに行くのは、おかしいでしょ…なにか、あると気付かなきゃ…」
水野が笑った。
事実、言われてみれば、その通りだった…
大金持ちの水野財閥当主の水野良平が会社帰りの、一介の女子社員を待ち構える…
そんな映画のようなシーンは、あるわけがなかった…
あるとすれば、それはなにか、理由があるはずだ…
とすれば、その理由は…
その理由は、おそらく、私、高見ちづるを調査すること…
息子の透が気になった、高見ちづるという女が、どういう人間か、自分の目で、確かめて、見たくなったに違いない…
私は、透よりも、好子さんが気になった…
好子さんが、今、私に言ったことが、本当か否か、気になったのだ…
「…好子さん…さっきの恋愛の話は…」
「…ウソではないわ…」
好子さんが、即答した。
「…この歳まで、満足に恋愛したこともない…だから、誰かと恋愛したかった…でも、それも、もうタイムリミット…時間切れ…」
好子さんが、笑った…
サバサバとした笑いだった…
「…私は、透と、結婚するわ…大した男じゃないけど、我慢するしかない…」
「…これは、手厳しい…」
透が笑った。
しかし、これは、むしろ、楽しそうだった…
おそらく、透が、好子さんに、憧れていたのは、ウソではないと思った…
なにより、透の表情が、明るい…
どんな人間も、感情は隠せない…
辛い状況で、笑っていれば、自ずから、その笑いは、辛いものになる…
少しも楽しそうに、見えない…
片や、今の透は、楽しそうだった…
だから、心底、好子さんを好きだということが、わかった…
おそらく、透にとって、好子さんと結婚することは、なによりも大切なのだろう…
だとしたら、好子さんが、さして、透を好きでなくても、この結婚は、好子さんにとって、有意義なものではないのか?
そう直感した。
好子さんは、透と結婚することで、幸せになれるのではないか…
そう思った…
女は望まれて、結婚するのが一番…
昔のひとが言った言葉だ…
透は、憧れた好子さんと結婚することで、好子さんを大事にするだろう…
誰もが自分を大切に思ってくれれば、悪い気はしない…
少なくても、水野透との結婚は、米倉好子さんにとって、悪い選択肢ではないだろう…
私は、そう思った。
「…米倉の負債は?…」
私は突然、思った。
米倉の大日産業の負債が、莫大なものならば、水野は、米倉と提携など、しないはずだからだ…
「…巨額だが、立ち直れないほどではない…」
水野が言った。
「…米倉の…大日産業の事業を切り売りして、水野が援助すれば、立て直せないほどではない…ただし、今の米倉よりも、だいぶ縮小するが…」
水野が冷静に言った。
私は、それが真実だろうと思った…
倒産しかけた会社が、以前と同じような規模でいることは、普通ありえない…
しかし、私には、それ以上に、気になったことがあった…
「…正造さんは…米倉正造さんは、一体今…」
私の問いに、水野透と、好子さんと、新造さんの、三人が、顔を見合わせた。
困った顔になった。
「…アイツはいないよ…」
新造さんが、言いづらそうに、言った。
「…正造は、いない…」
…いない…
…どういう意味だろ?…
「…正造なんて、最初からいなかったんだ…」
…最初から、いない?…
…どういう意味だろ?…
「…アイツは、米倉の亡霊だ…」
新造さんが、続けた。
「…亡霊?…それは一体、どういう?…」
「…正造は、平造だったんだ…」
「…正造さんが、平造? …それは、一体どういう?…」
「…オレも、好子も、透も、最近まで、知らなかったが、正造は平造が外に作った子供だったんだ…だから、最初から、正造なんて、いなかった…正造という人間をアイツが演じていただけだ…」
「…それは、一体?…」
「…正造は、子供の頃、この米倉の家に引き取られて、やって来た…そこで、自分が、米倉の一族であり、米倉を継ぐべき人間だと、教えられてきた…だが、それは、ウソだった…」
「…ウソ?…」
「…自分が物心つかない時分に、この家に連れてこられたから、自分でも、そのウソに気付かなかった…だから、最初から、親父と…平造と、正造は、米倉の将来を賭けて、ぶつかった…だが、あるとき、親父が、正造は、自分が、外に作った子供で、正造自身は、米倉の本家の血筋を引くものではないと、告げたんだ…それからだ…アイツがオレに辛く当たったのは?…」
「…新造さんに辛く?…どうして?…」
「…オレと正造が、本物の血が繋がった兄弟だと知って、オレが、心配になったんだろ? …オレはこの通り、ぜんそく持ちで、カラダが悪い…それが、心配で…」
新造さんは言った。
たしかに、そう言われれば、わかる…
血が繋がった兄弟ならば、誰よりも、新造さんが、心配になる。
だから、余計に口うるさくなる…
「…アイツは、この米倉家で、好子のことだけを考えていた…好子が本当に、好きだったんだろ…自分と血が繋がっていようが、血が繋がっていなかろうが、好きだったんだろ…その好子が、透と、結婚することが決まって、アイツは、お役御免…肩の荷が下りたんだろ…どこかに消えた…」
「…消えた?…」
「…そう、もう戻ってこないだろ…米倉の金は、ある…それを持って出て行ったらしい…この先、米倉と関わるつもりもないとのことだ…」
私は、あまりの言葉に、
「…」
と、絶句した。
正直、思いもかけないことだった…
私の中で、米倉正造は策士…
策士だった…
油断のできない男だった…
それが…
「…今だから言うが、正直、わけのわからい男だった…女好きで、仕事に夢中になるわけでもない…したいことをし、したくないことはしない…ただ、大切なのは、好子だけ…
好子のことだけは、無我夢中だった…だが、それも今考えれば、しょうがいないのかもしれない…自分は、米倉一族ではない…だから…」
新造さんが、言う。
「…オレと好子が米倉の…大日産業を手伝わせないのは、親父の…平造の意志だった…好子に手伝わせないのは、好子は、米倉本家の血を引く女で、大事なのは、婿取りだから…オレに手伝わせないのは、オレはこのカラダだから、仕事が負担になると、考えたんだろ…」
「…はっきり言って、わけのわからない家族と言うか、一族だった…誰が本当の家族で、誰が、本当でない家族だか、わからない…ただ、その中で、正造の、好子に関する気持ちだけは、本物だった…」
新造さんが、続ける。
…恋!…
とっさに、思った…
正造さんは、好子さんに、恋をしていたのではないか?
10歳も歳の離れた、好子さんに、正造は、恋をしていたのではないか?
恋は純粋無垢なもの…
決して、見返りを求めるものではない…
そう考えたとき、米倉正造と呼ばれた男の本当の目的がわかった…
すべては、米倉好子の幸せのため…
そのためだけに、正造は、生きたのではないだろうか?
恋かもしれない…
違うかもしれない…
おそらくは、兄妹ゆえに、血が繋がって、いようと、血が繋がっていなかろうと、正造は、好子さんに、恋心を抱き続けたのではないか?
そう考えると、正造のこれまでのすべての行動が納得できる…
そして、気付いた…
あの水野の老人保健施設で会った、正造の母親のことを、だ…
「…水野さん…あの水野の老人保健施設で会った正造さんの母親は一体?…」
「…ボケていたんだ…」
「…ボケて?…」
「…正造は、澄子と同時期に、この米倉家に引き取った…正造は、イケメンで、あの婆さんが、幼い正造の面倒を見た…正造の母親は最初からいなかったらしい…」
「…最初から?…」
「…要するに、あの婆さんは、最初から、自分の子供として、正造を育てたんだ…だから、ボケて、本当に、自分の子供だと錯覚したらしい…なにより、正造は、あの婆さんのお気に入りだった…」
「…」
「…だから、正造に米倉を継がせるとか、いう話になったんだろう…いつのまにか、正造が自分の産んだ子供だと思い込んでしまったんだ…」
水野の言葉に、私は、
「…」
と、絶句した。
言葉もなかった。
「…すべては、おとぎ話と言うか、あの婆さんの誤解から、始まった…あの婆さんが、ボケて、米倉のことを口走った…その中には、本当のこともあれば、あの婆さんが、ボケて、誤解してしまっていたこともあった…ただ、あの婆さんのおかげで、米倉の闇が開かれたというか…米倉の負債…そして、これまで、隠されてきた米倉の闇が次々と露わになった…」
「…米倉家の闇?…」
「…そうだ…」
水野の話は続いた。




