恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 100
「…米倉の闇といっては、大げさだけど、米倉は、まるで、会社のように、連合体だった…」
「…連合体?…」
「…コングロマリットという言葉がある…企業がさまざまな業種の企業を統合して、統治する…三井や三菱がその代表例だ…米倉の家族がそれと同じだった…」
「…家族が…」
「…そうだ…一見、血の繋がりがあるように見えて、なかったり…あったり、要するに、寄せ集めの疑似家族だ…」
水野が断言した。
私は水野の言葉に、考え込んだ…
たしかに、言われてみれば、水野の言う意味はわかる…
私が初めて、この米倉の豪邸にやって来た時から、違和感というか、なにか、不思議なものを感じた。
要するに、家族がバラバラなのだ…
米倉平造とその妻と、新造さんは、仲がいいが、それ以外の人間がバラバラなのだ…
澄子さんは、自分勝手で、誰ともうまくいってない印象だし、その夫である、直一氏は、入り婿で、部外者という印象…
正造は、独立独歩というイメージだし、好子さんもまた、正造や新造さんとは、仲がいいが、それ以外のメンバーと、仲がいいとは、決して言えない…
要するに、なんとなく家族が、ギスギスしている印象だ…
寄せ集めの家族といえば、わかりやすい…
事実、その通りだった…
だが、米倉はお金持ち…
私のような一般家庭に育った人間には、わからない、お金持ちゆえに、自分の育った環境とは、違うが、案外、お金持ちとは、そんなものなのかしれない…
そんなふうに、考えた。
しかし、それは、違った…
間違いだった…
米倉の家族が、文字通り、寄せ集めの家族だった…
それゆえ、ギスギスしていて、それが、雰囲気に現れた。
だから、最初から、この米倉の家庭は、おかしいと感じた、私の感覚は、正常だった…
間違ってなかった…
「…水野は米倉を援助する…しかし、その代償は、また大きかった…」
水野が、言う。
「…叔父の大昭和の社長を務めた良太は解任させる…」
水野が断言した。
「…反乱の芽は潰す…あっては、ならない…」
その言葉に、好子さんも、新造さんも、沈黙した。
「…もっとも、これは、親父が、良平が、ずっと前から危惧していたことだけど…」
水野が肩の荷を下ろしたように、ホッと落ち着いた口調で言った。
「…親父と良太叔父さんは、昔から仲が悪かった…だから、なにか、やらかすんじゃないかって、わざと大昭和の社長に就任させたっていうのはある…」
「…わざと?…」
「…その方が、簡単に反乱を起こすんじゃいかって…わざと乗っ取ったばかりの会社の社長に就任させたんだ…」
「…」
「…それで、金崎実業の内山社長の力を借りて、水野からの独立をそそのかした…」
「…金崎実業の社長の力を借りて?…」
「…内山社長は、米倉奉公会の会員…それで、親父の良平も、顔見知りだった…」
「…顔見知り?…」
「…どうしても、一流の財界人は、顔を会わせる機会が多い…だから…」
水野は、チラッと、好子さんと新造さんの方に、視線をやり、それ以上はいわなかった…
おそらくは、最初から、内山社長が、水野に接近していたか、それとも、平造に頼まれて、盟友の水野良平に力を貸したのか、どちらが、真実か、わからない…
しかし、いずれにしても、その内情は、明かさない方が、いいと、水野は判断したのだろう…
世の中には、知らずにいた方がいいということは、ごまんとある…
知って、嫌な思いをするよりも、知らないままでいた方がいいということが、たくさんある…
だから、水野は、これ以上、なにも、言わないのだろう…
私は、そう思った…
そして、内山社長といえば、私の同僚の内山さんを思った…
内山さんは、最近、落ち込んでいた…
アレは、やはり、知らずにいたことを最近、知ってしまって、落ち込んだに違いない…
おそらくは、自分の父親が、水野良太の追い落としに力を貸したことが、嫌だったのではなかろうか?
政治的と言うか、ハッキリ言えば、汚いやり口で、相手を騙すやり方をよしとしなかったのでないか?
私は、そう思った…
しかし、真実はわからない…
だが、これは、わからない方が、得策かもしれない…
私は思った。
真実がなにであろうと、なにより、私自身になんの関係もない…
そして、不意に、米倉平造を思った…
平造は、保釈され、おそらくは、この家にいるはずだ…
このお屋敷のどこかにいるはずだ…
一体、今は、どうしているのだろう…
「…お父様は…平造氏は?…」
私は言った。
私の言葉に、全員が沈黙した。
「…親父はいない…」
ポツリと新造さんが、言った。
「…親父は、正造と同じだ…」
「…正造さんと同じ…どういう意味ですか?…」
「…自分の役割は終わった…そう言って、出て行った…」
「…そんな…」
私は言った。
「…あの二人は、似た者同士だったんだ…よく考えれば、血の繋がった父子で、性格も似ていた…互いに女好きで…ただ、親父には、平造には、米倉を背負う使命があったし、正造には、その使命がなかった…だから、その点が決定的に違った…それがなければ、本当に似た者父子だった…」
新造さんが言った。
私は、それを聞きながら、考えた。
今、目の前にいる、水野透は、かつて、私に、高見さんは、平造に犯されるのでは? と言った…
平造は、好子さんを狙っていて、好子さんがいなくなれば、代わりに、私、高見ちづるを犯すのでは? と言った…
しかし、実際には、当然、そんなことはなかった…
平造と正造は、似ているがゆえに、お互いが、お互いを牽制していた…
おそらくは、互いが、好子さんを大事に思っていたのではないか?
好子さんは、米倉の正統後継者…
平造と正造は、互いが、自分のやり方で、好子さんを守ろうとしたのではないか?
私は、そう思った。
恋かもしれない…
違うかもしれない…
平造もまた、好子さんに恋をしていたのではないか?
私は、突然、そう思った…
平造も女好き…
だから、それが、好子さんを見る目に現れたのではないか?
だから、それを見た、水野が、好子さんが、いなくなれば、代わりに、私が、平造に、犯されるのではないか?
そう判断したに違いない…
ただ、それは、正造とは、違った…
正造は、純粋に、好子さんを好きだったに違いない…
好子さんも、また同じ…
誰もが、そうだが、相手が、自分を好きか、嫌いかは、直感的に、わかるものだ…
そして、その好きが、どんなふうに好きなのかも、わかるものだ…
例えば、友達として、好きなのか?
あるいは、
異性として、好きなのか?
さらに、あるいは、
性欲の対象といっては、言い過ぎだが、要するに、好きに、性的な対象として、見るか、否かということがある。
もっといってしまえば、異性としても、好きだが、性的な対象として、見ていないということもある…
正造の場合は、明らかに、好子さんを性的な対象として、見てはいなかった…
私は、気付かなかったが、平造の場合は、違ったのかもしれない…
それゆえ、水野は、私が、平造氏に犯されるかもと、忠告したに違いない…
私は、思った…
そして、その日を最後に、私が、米倉の豪邸を訪れることは、二度となかった…
あの日、米倉の豪邸を訪れたときに、おそらくは、これが最後の訪問になるだろうと、予感したが、事実、その通りになった…
あの日、以来、好子さんにも、新造さんにも、水野にも、二度と会うことはなかった…
ただし、テレビや新聞、ネット等のメディアを通じて、水野透や、米倉好子の動静を知ることはあった…
結婚の報道とか、あったが、私は、それを無視した。
見ないようにした…
どうしても、結婚の二文字は見てしまうが、内容は、読まないようにした。
すでに、私には、関係のないことだからだ…
そして、関係のない世界の話だからだ…
事実、私自身に変化はなにもなかった…
相変わらず、実家から、金崎実業の営業所に通っていた…
もう33歳にもなるのだから、そろそろ結婚して、会社を辞めなければならない…
頭の中では、いつも、その思いで、いっぱいだったが、私自身の生活に変化はなにもなかった…
おそらくは、こんなふうに、数年過ぎていくのでは、と、予感した。
リストラで、会社を辞めろと、肩たたきされるまで、居残るのでは? と、予感した。
米倉正造については、一度だけだが、見たことがある…
久しぶりに、一人で、銀座に買い物に行ったときに、偶然、見かけたのだ…
正造は、いかにも、水商売風の派手な二十代の女と腕を組んで歩いていた…
いわゆる同伴出勤なのだろう…
これから、二人で、銀座の店に行くところなのだろう…
正造は、たしかに、腕は組んではいたが、決して、嬉しそうな表情ではなかった…
平凡といっていいのだろうか?
あるいは、日常と、いえば、いいのだろうか?
正造にとって、同伴出勤で、若い女といるのは、いつものことなのだろう…
決して、非日常ではない…
だから、表情も平凡なのだろう…
嬉しそうでも、なんでもなかった…
そして、そのときに、正造は、明らかに、私を見た。
私、高見ちづるを見た。
偶然、視界に映ったのだ…
しかしながら、私に気付いたにもかかわらず、まるで、私を無視するように、なんの反応もなった…
一瞬、
ほんの一瞬、私の姿に、気付いて、動きを止めただけった…
そして、私もまた、米倉正造に、挨拶することもなく、ただその場を歩き去った…
まったくの他人…
なんの関係もない人物だった…
それが、わかった瞬間だった…
恋かもしれない…
違うかもしれない…
実のところ、今になって、振り返って思うのは、正造を見かけたときに、自分でも、もっと心臓がドキドキするかと思った…
息ができないほど、ドキドキするかと思った…
事実、私の中で、一瞬、テンションが高まったが、正造が、私に気付かないふりをしたのを、見たことで、一気に気持ちが萎えた…
冷や水を浴びせかけられたように、醒めた…
と、同時に、自分の中に、正造に対して、淡い恋心を抱いていたことが、わかった瞬間だった…
これまで、自分でも、それに気付かなかった…
正造に対する気持ちに気付かなかった…
あるいは、これが初恋…
高見ちづるの初恋だったのかもしれない…
33歳にもなって、初めて、知った、初恋だったのかもしれない…
そして、それは、失恋だった…
自分でも思ってもいない恋心だったし、思ってもいない結末だった…
だが、それに挫けることもなかった…
小さな恋…
自分でも、気付かないほど、小さな恋だったからだ…
米倉平造は、どこか、ホテルに宿泊していたらしい…
後日、裁判で、実刑が下った…
執行猶予が付いたので、刑務所に行くことはなかったが、かといって、あの米倉の豪邸に戻ることも、終生なかったと、言われている…
思えば、平造もまた、正造と同じ…
自分の立場を知る人間だった…
平造にとっては、最後の仕事は、米倉の再建に目途をつけること…
そのための水野との提携だった…
水野透と、米倉好子との結婚が、本決まりになったことで、自分の役目は終わったと解釈したのだろう…
いわば、私は、米倉の再生を目撃した一人といえたのかもしれない…
断末魔にあった、米倉家の没落と再生を見届けるのが、私の役目だったのかもしれない…
私のご先祖様が、米倉家のご先祖様と、繋がっているがゆえに、私に米倉の危機と再生を見届けさせるために、あの米倉のお屋敷に私を訪れさせたのかもしれない…
そんな思いがした。
あるいは、これは運命だったのしれない…
ただ、私にとって、良かったのは、米倉のようなお金持ちと接したこと…
そして、そのお金持ちが、私と同じ人間だと、わかったことだった…
お金があるから、決して、幸せではないと、わかったことだった…
むしろ、あの米倉家の誰もが、屈折していたというか、普通のひとよりも、不幸せそうだった…
私の学生時代の友人、知人、会社の同僚の方が、幸せそうだった…
お金があるから、幸せじゃないんだと、あらためて、思った…
もちろん、お金がなければ、生きてゆけないし、あるに越したことはない…
しかし、巨万の富を持つ、米倉も水野もまた幸せそうには、見えなかった…
あるいは、ご先祖様は、私にそれを教えるために、あの米倉の豪邸に導いたのかもしれない…
恋かもしれない…
違うかもしれない…
私が、米倉正造や水野透に、どれほど、憧れたのかは、正直、自分でもわからない…
それが、恋と呼べたものか、どうかは、わからない…
しかし、これまで、33年生きて、好きになった男はいない私にとって、正造や、水野透との交流は、十二分に恋といえるものだった…
心がときめくものだった…
キスやセックスをすることが、恋ではない…
当たり前のことだった…
私の恋愛偏差値はゼロだったが、これで、10や20ぐらいには、上がったと思う。
そして、高校受験や、大学受験ではないのだから、これ以上、恋愛偏差値は、上がらなくてもいい(笑)…
好きな男ができたと、思えただけで、十分…
それ以上は望まない(笑)…
この先、今回のように、好きな男ができるかどうかは、わからない…
むしろ、これまでの私の人生を考えれば、生まれて初めて、野球で、ヒットを打ったようなもので、これが、人生最初で、最後の恋だったかもしれない…
しかし、それを悩んでも仕方がない…
考えても仕方がない…
余裕があるから、恋について、考える。
余裕がなければ、恋について、考えない…
日々、生きるのに、精一杯だからだ…
恋をする余裕がある、日常に感謝するべきかもしれない…
私は、そんなことを思った。
そして、また、日々の退屈な日常に戻った…
ただ、以前とは、違うのは、その退屈な日常がなにより、得難いものだと、気付いたことだ…
とりあえず、日々の生活には、困らない…
そんな退屈極まりない日常が、なにより大切だと気付いたことだ…
あの米倉の騒動を目の当たりにして、考えた。
まるで、映画やドラマのような騒動…
見る分には、楽しいが、当事者は、堪ったものではない(笑)…
ご先祖様は、あるいは、それを私に教えるために、あの米倉の豪邸に導いたのかもしれない…
ご先祖様は、米倉の兄妹…
生の金持ちを知っている…
その実像というか実態を、私に知らせたかったのかもしれない…
そんな意地の悪い考えが浮かんだ…
そして、ちょっぴり、大人になった…
そんな気がした…
<了>




