恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 96
米倉正造という男…
いや、米倉そのものが、策士の家系かもしれない…
私はふいに、そう思った。
おそらくは、水野の反乱の背後に、米倉がいる…
いや、
おそらくではない…
100%、確実にいるに違いない…
そのために、水野良太の水野財閥から、独立するという宣言の際に、金崎実業の内山社長がいたに違いない…
水野を分断させて、水野の力を弱め、その上で、米倉との合併を模索する。
そうすれば、米倉にとって、少しでも、良い条件で、水野との合併に際して、望むことができる。
水野と米倉の力の差が、あまりにも、あり過ぎると、米倉は、水野に簡単に飲み込まれる…
しかしながら、その差が、縮まれば、縮まるほど、米倉に良い条件で、合併することができる…
そのために、なにか策を弄して、水野良平の弟の良太に、兄に対して、反旗を翻すように、仕向けたのだろう…
私は、そう見た…
そう、睨んだ…
と、ここまで、考えて、つくづく、この米倉正造という男は、食わせ者だと、思った…
そして、同時に、正造の行動原理を考えた。
正造は、食わせ者だが、その行動原理は、至ってシンプル…
あの水野良平が、水野財閥の永続的な繁栄を願うように、正造もまた、米倉の存続が、第一…
これは、疑いようがない…
ただ、わからないのは、正造の立ち位置だ…
実の妹である、好子さんを水野透と、結婚させることで、米倉の血は、水野に受け継がれ、米倉は存続する…
会社もまた同じ…
水野の庇護を受け、再建に全力を傾ければいい…
ここまでは、わかる…
問題なのは、正造自身が、なにを望んでいるかだ…
少なくとも、これまでの正造の行動を見る限りは、米倉の存続…
しかも、それは、正造自身ではなく、好子さんを使っての存続だ…
正造自身が、米倉と水野との合併において、主導的な役割を演じたことで、会社の社長の椅子を狙ったりしているとは、とても思えない…
…一体、米倉正造の狙いはなにか?…
私は、考える。
私にとって、むしろ、米倉と水野の合併よりも、それが、興味があった…
そして、そんなことを考えていると、自然と、無口になった…
米倉正造と、電話をしている最中にもかかわらずだ…
「…どうしました?…」
正造が電話の向こうから、訊いてきた…
「…正造さんの目的は一体…」
私は、ストレートに訊いた…
一体、米倉正造は、なにを狙っているのだろう…
それが、知りたかった…
私の質問に、一瞬、正造は、沈黙した。
そして、しばらく置いて、
「…それは、高見さんとの結婚に決まっているじゃないですか?…」
と、正造が告白した。
「…私との結婚?…」
「…その通り…好子は、透と、結婚して、ボクは、最愛の妹と別れる…こんなにつらいことはありません…ですから、好子と似た、高見さんと結婚して、好子の代わりに、一生過ごす…それが、狙いです…」
私は、正造の言葉に、絶句した。
同時に、それは、ウソだとわかった…
当たり前のことだ…
しかし、自分の目的を知られたくないからと、そんな見え透いたウソを…
案外、この米倉正造という男は、単純と言うか、底が浅いと言うか…
だから、
「…そうですね…だったら、私もこれから、料理教室に通って、正造さんのお気に入りの手料理を振る舞わなければなりませんね…」
と、私が、言うと、正造は、
「…」
と、絶句した。
それから、少し置いて、
「…楽しみにしています…」
と言って、電話を切った…
正造もまた、これ以上、私と長話をする気持ちがないことは、明らかだった…
そもそも、私に興味はなにもないのだろう…
それは、私も同じだった…
米倉正造は、食わせ者…
信用のできない男だ…
最初から、私が、好子さんと似ているから、平造に会わせた…
それだけだった…
なにより、正造にとっては、好子さんが…米倉が一番大事なのだろう…
それ以外は、正造にとって、どうでもいいことに他ならない…
私は思った。
だから、その後、米倉と水野の騒動が、新聞やネットを賑わせても、私は見なかった…
いや、見なかったのではない…
見ないようにしていた…
言葉は悪いが、決着がつくまで、見ないようにしようと、心に決めた。
しかし、実際には、通勤の際に、電車のつり革に雑誌の広告が載っていたりしていて、まったく見ないわけにはいかなかった…
どうしても、ついその広告に目がいってしまう…
そして、現実…
雑誌や新聞のように、紙の上に書いている噂話や憶測だけではなく、会社で、現実に、隣の席の内山さんの機嫌が、悪かった…
先日、水野に自殺報道が、あったときに、
「…逃げた…」
と、短く呟いたとき、以来、普段は、ロリ顔だが、感情の起伏が乏しい内山さんの機嫌が明らかに悪かった…
情緒不安定とでも、いえば、いいのだろうか?
まるで、生理で、気分が悪いときのような表情だった…
なにが、内山さんの機嫌を損ねているかは、正確にはわからない…
しかし、内山さんの機嫌が、米倉と水野、そして、実父である金崎実業の社長の動静にかかっているのは、火を見るよりも明らかだった…
だから、私はその話題に触れないように、していたが、会社の女子社員が、
「…あの水野の叔父さん…この前、水野財閥からの独立を宣言していたけど、その隣にうちの社長がいたのは、驚いたね…」
と、昼休みに話していた。
「…そうそう…わざわざ隣の席に、金崎実業社長のプレートがあったのには、驚いたよね…」
「…そうよ…この金崎実業は、独立系だから、どこにも属していないけど、それが、あの水野の独立騒動の席に社長が現れるなんて…水野を独立した大昭和といっしょになるのかな…」
「…まあ、いっしょになるのはいいけど、リストラは勘弁してもらいたいけどね…」
若い女子社員たちが、愚痴をこぼす。
誰もが、そうだが、結局は、自分の身が心配になる…
このご時世だ…
リストラは、どこの会社でもありふれている。
この金崎実業にしたって、私が入社して、10年経つが、大規模なリストラが行われたのは、一度や二度ではない…
私は、それを思い出した。
内山さんは、そんな自分と同世代の若い女子社員の会話に耳を傾けることもなく、ただ不機嫌そうにしていた。
後日、その理由がわかった…
要するに、内山さんは、最初から水野とツルんでいたというか、繋がっていたのだ…
水野が自殺騒動を起こしたときに、わかったことだが、内山さんは、水野を通じて、情報を得ていた…
もちろん、内山さんは、実父の金崎実業社長の命を受けてだ…
そして、その内山さんの実父の背後にいたのは、米倉正造ではなく、平造だった…
考えてみれば、当たり前のことだった…
米倉奉公会の会長は米倉平造…
平造の指示でなければ、内山さんの父親は動かないだろう…
以前にも考えたが、正造や、澄子の夫の直一では、米倉奉公会の会員は動かない…
若い、正造や直一では、自分の父親ぐらいの米倉奉公会の会員を動かすことはできないだろう…
若い頃から、平造は、米倉奉公会の会員と定期的に会い、親交を深めてきたからこそ、なせる術だった…
人を動かすには、どうしても親交の深さが、大事になる…
私は、それを週刊誌や、ネット、テレビのみならず、会社の女子社員たちの噂話で知った…
ただ、当然のことながら、内山さんは、それに当てはまらない…
内山さんに関しては、後日…
本当に、後日、わかったことだ…
だが、今は、それを書かない…
水野透は、密かに退院し、姿をくらませた。
マスコミは、水野透が、どこに潜伏しているか、調べたが、そんなに簡単に見つかるものでは、当然なかった…
そして、最大のキーマン…
米倉平造そのひともまた、いつのまにか、拘置所から出所していた…
いずれ、裁判になり、再び、今度は、刑務所に入る可能性もある…
しかしながら、一時期に過ぎないかもしれないが、平造が出所した…
そして、それは、役者が揃ったことを意味した…
この騒動の決着が近いことを意味した…
事実、平造の指示は、素早かった…
水野の内部分裂…
米倉の今後…
すべては、平造…
米倉平造が決めたことだった…
自らの経営する、大日産業が、経営不振に陥った時に、平造は、いかに、会社を立て直すか、考えた。
会社を立て直すには、まず、なにより、お金がいる…
従業員をリストラするにしても、事業を絞り込むために、赤字部門を撤退するにしても、いずれにしても、金がかかる…
そして、当然のことながら、その金はない…
金がないならば、どこかから、その金を借りなければならない…
銀行、ファンド、他社、そのいずれかから、金を借りなければならない…
そして、熟慮した結果が、水野との合併だった…
したたかな平造は、当初、米倉の経営する、大日産業の負債を隠した。
当然、後日、その負債が発覚することはわかっている…
だから、負債が発覚する前に、水野との合併を済ます判断だった…
しかし、そうは問屋が卸さないというか、そう自分の思い通りには、いかない…
平造の元の妻…正造たちの母が、偶然、水野の運営する老人介護施設に入居したことにより、米倉の負債が発覚する契機になった…
だが、平造は、諦めなかった…
今度は、水野の力を削ぐことに全力を注ぐことにした…
あらかじめ、盟友の水野良平と、実弟の良太の仲が悪いことを知っていた平造は、米倉奉公会の会員である、金崎実業社長の内山氏を使って、金崎実業と大昭和の合併を条件に、水野からの独立をそそのかした…
内山社長が、それを是としたのか、わからないが、平造の指示に従った…
結果、水野は、泥沼状態になった…
米倉との合併以前に、内部崩壊の危険をはらむことになった…
この場合の最適な経営判断は、潔く、良太の水野からの独立を認めることだが、当然、それはできない…
実弟とはいえ、そう簡単に独立を認めては、水野財閥の根幹を揺るがす可能性がある…
良太の独立を前例に、グループ会社が次々と独立されては、グループ解体の危機を招きかねない…
それが、わかっているから、安易に独立を認めることができない…
文字通り、泥沼というか、足踏み状態になった…
つまり、前にも、後ろにも、動くことができなくなった…
そして、それこそが、平造の真の目的だった…
解決策を持たない、盟友の良平に、解決策を教えた…
具体的には、大昭和との合併を目指す、金崎実業の内山氏に、合併の撤回を申し出ることを条件に、米倉と水野との合併ではなく、ゆるやかな提携を提案…
米倉と水野は、お互いの独立性を維持しつつ、米倉は、現在の経営危機を脱するために、水野から金を借りるという、水野にとっては、まったくもって、不利益な…そして、米倉にとっては、実に虫のいい提案だった…
当然のことながら、水野良平は激怒…
「…話にならん!…」
と、立腹して、交渉のテーブルを去った…
当たり前のことだ…
しかし、その良平を翻意させたのは、他ならならぬ、息子の透だった…
透にとっては、ここで、米倉との提携が破談になれば、好子さんとの結婚が、なくなることを意味する…
米倉好子に憧れていた透は、父の良平に逆らった…
そして、透が、良平に逆らったのは、これが、初めてだった…
父親の愛人の子として産まれ、養子として、水野本家の後継者としての地位を約束された透にとって、生きることは、文字通り周囲の空気を読むことだった…
周囲の大人の顔色を窺うと言うか、大人の思惑をあらかじめ、読み取り、相手が、望む行動を取る…
それが、透だった…
私の勤務する金崎実業の営業所に現れたときに、おちゃらけて、あっという間に、周囲に溶け込む術は、その経験によって培ったものだった…
それが、父の良平に公然と逆らった…
良平にとっては、驚くと同時に、嬉しくもあった…
こう言ってはなんだが、周囲の空気と言うか、思惑をことのほか、重視する透を、父親の良平は、歯がゆく思っていた…
透が、どうして、そんな性格に育ったのかは、痛いほどわかる…
痛いほどわかるが、それで、自分の後に、水野財閥を率いて、いけるのか、疑問だった…
周囲の空気をいつも読むということは、つまるところ、自分を殺すことだからだ…
そういった透の性格は、理解できるが、同時に歯がゆくもあった…
それが、初めて、公然と、父親に逆らった…
好子さんとの結婚が、水野にとって、いかに不利かはわかっているにも、かかわらず、だ…
良平は、透に激怒したが、同時に、嬉しくもあった…
自分が好きな女と結婚したいがために、水野に不利益な行動をとる…
そこまで、自分を通す透の行動が、嬉しかった…
周囲の操り人形ではない、透の行動が嬉しかった…
結果、良平は、渋々、平造の提案を受け入れることにした…
内心は、不満でいっぱいだったが、息子の透の意志を尊重することが、なにより大事だった…
が、問題は、好子さんだ…
果たして、好子さんは、透との結婚を受け入れるのか?
了承するのか?
大いに謎だった…
疑問だった…




