恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 95
「…好子さんは…」
私は、なんともなく、口にした。
水野良平が、好子さんに、こだわる理由が、ようやくわかったからだ…
米倉本家の血を引く娘…
いわゆる、名門、名家の血を引く正当な後継者…
それが、なにより、価値があるのだろう…
私のような一般人には、わからないが、水野良平の口から説明されれば、わからないことではない…
誰もが、例えば、先祖が、著名な大名だったり、公家であったりすれば、なんとなく尊敬するものだ…
例えば、松平という姓で、戦前は、貴族だったと聞けば、誰もが驚くし、凄いと驚嘆するものだ…
おそらくは、それと似たようなものだろう…
いや、現実に、著名な経営者は、著名な経営者の一族と、繋がっているものだ…
ちょうど、政治家が、他の政治家と、娘や息子が結婚して、縁戚関係にあるのと、似ている…
だから、
「…好子さんは…いえ、透さんは、好子さんとの結婚は…」
「…まだ、諦めてません…」
水野良平が即答した。
「…高見さんに、こう断言するのは、どうかと思いますが、透と、好子さんが、結婚するのは、最善の策だと思いますし、それは、今も変わっていません…ただ…」
「…ただ、なんでしょうか?…」
「…やはり、米倉の負債です…大日産業の負債が莫大なものであれば、さっきも言ったように、米倉との合併はご破算…水野は手を引きます…そのときに、透が、好子さんと結婚していては、合併を解消する際の足かせになりかねない…」
「…」
「…こんなことを言うのは嫌ですが、すべては、会社経営のため…水野を永続的に存続させるためです…」
水野良平が言った…
私は、その言葉に、
「…」
と、黙るしかなかった…
水野良平にとっては、息子の透のみならず、水野財閥を反永久的に存続させるのが、使命なのだろう…
ちょうど、三井や三菱のように、永く存続させる…
そして、その経営者あるいは、オーナーとして、水野に携わるのが、目標なのだろう…
私は、思った。
「…私の人生は、水野と共にあります…そして、それは、おそらく平造も同じです…」
「…平造さんも同じ?…」
「…二人とも、一族の傍流の出身…本家のお嬢様に婿入りし、本家を任された…だから二人とも、会社の経営が第一…本家を存続さることが第一です…平造も私もそれは同じです…」
「…」
「…脇役が主役になったわけです…その分、周囲の私たちを見る目は、冷たいし、私も平造も、なにくそっと、それをバネにして、今日までやってきました…だからこその盟友だったのです…」
「…」
「…ただ、明暗が別れました…米倉が、平造が、そんな負債を抱えていたなんて…」
良平が嘆いた。
私は、良平の気持ちはわかったが、なんと言葉をかけていいか、わからなかった…
それゆえ、
「…」
と、なにも言わなかった…
だが、良平の告白で、気付いたことがある。
米倉正造と、好子は、父母が同じ、兄妹…
ならば、正造もまた、米倉の正統な後継者であり、その血統は、抜きんでている事実に、だ…
「…正造さんは、好子さんと両親が同じだそうですね…」
「…ハイ…」
良平は、私が、なにが言いたいのだろうと、怪訝な表情になった…
「…となると、正造さんもまた、引く手あまたということでしょうか?…正造さんも名家の血を引くのであれば?…」
「…引く手あまた?…」
私の質問に、良平は絶句した。
しばし、考え込んだ…
「…それは、難しい…」
良平が、考えながら、口を開いた…
「…米倉が…大日産業が、負債がなく、以前のように、健全な状態ならば、その通りかもしれない…好子さんの場合は、あくまで、水野が主役で、米倉が脇役…透が好子さんを嫁にもらうという形通りです…ただ、それは、何度も言うように、米倉に負債が少ない場合のみ…正造君の場合は、どうしても、男だから、普通に考えれば、正造君が主役になる…すると、いくら、名門の血を受け継いでいても、金がない男に女は付かないでしょう…」
良平が笑った。
私は、無言だった…
たしかに、その通り…
その通りだが、疑問が残る…
というのは、男の場合は、婿入りという手段がある。
なにが言いたいかといえば、正造が、水野のような金持ちのお嬢様の元へ、婿入りを狙っていても、おかしくはない…
要するに、好子さんの男番だ…
米倉好子は、女だから、その美貌を生かして、水野のような、自分よりもさらに上の金持ちと結婚することができる。
同じように、イケメンの正造もまた、金持ちのお嬢様と結婚することができるのではないだろうか?
正造が、金持ちのお嬢様と結婚することで、米倉を救うことができるのではないだろうか?
いや、これは、うがちすぎ…
考え過ぎかもしれない…
さすがに、それは、ありえないだろう…
結局、その後、少しばかり世間話をして、水野良平と別れた…
自殺未遂を起こした米倉好子さんは、今、メディアに出ている…
真逆に、その婚約者の水野透は、同じように自殺未遂を起こして、入院中…
なんといっていいか、わからない複雑な気分だった…
考えてみれば、水野良平は、あの後、米倉好子さんに会っただろうに、そんな話は、一切私にしなかった…
あるいは、好子さんに会って、好子さんが、けんもほろろに、結婚話を、断ったのかもしれない…
私は、そう思った…
それゆえ、私にどうして、好子さんが、透を嫌っているのか、聞きたかったのかもしれない…
思えば、好子さんも、精神的に弱いと、新造さんが言っていた…
だから、透同様、自殺未遂を起こした…
いや、
精神的に弱いからこそ、好子さんは、透を嫌うのかもしれない…
自分と同じ弱さを、透の中に見出したのかもしれない…
人間は誰でも、自分にないものを欲する。
ちょうど、女で言えば、私のような小柄な女が、身長180㎝を超える背の高い男に憧れるのと同じ…
身長155㎝の女が、180㎝の男と並んで歩けば、大人と子供だが、それをわかっていても、憧れる女は多い…
男もまた同じ…
背の低い男が、自分より背の高い女に憧れるのは、よくあること…
誰もが、自分にないものに憧れる、わかりやすい事例だ…
だが、
ちょっと、待て…
同病相憐れむという言葉がある…
同じような悩みや、苦しみを持つ者は、互いにいたわりあい、同情するという意味だ…
だとしたら、ひょっとすると、好子さんと透は、似合いのカップルになるかもしれない…
お互いが、お互いの弱さを分かっている…
だとすれば、一転して、ベストカップルになる可能性を秘めている…
私は、そう思った…
が、これは、あくまで、私の考えに過ぎない…
現実は、複雑というか、違ってくる…
現実は、ちょうど、風が吹けば桶屋が儲かるというように、摩訶不思議な展開を見せるもの…
意外な展開が待っているものだ…
そして、それは、米倉と水野も同様だった…
水野良太が反乱を起こしたのだ…
水野良太は、大昭和の社長…
そして、透の父、水野良平の弟…
透にとっては、叔父にあたる。
米倉奉公会の株を手に入れたことで、大昭和の社長になった、水野良太だが、それが、不満だったのか、どうか、わからない…
ただ兄であり、水野財閥総帥の水野良平と、良太の間に、隙間風というか、争いがあったのは、明らかだった…
良太は、水野からの独立を宣言…
それにあろうことか、私の勤務する、金崎実業の社長であり、同僚の内山さんの父親も、また賛同した…
具体的には、水野良太の会見に同席していた…
私は唖然とした。
同じ金崎実業とはいえ、ただの女子社員に過ぎない私にとって、金崎実業が、どこの会社と合併しようが、関係がない…
金崎実業が、米倉グループであれ、水野グループ傘下であっても、なにも関係がない…
ただ、自分の勤務する会社が、世間で、注目され、その後、リストラが発生して、自分が、退職せざるを得ない状況に陥るのは、困る…
言葉は悪いが、水野透や、米倉好子さんのことは、所詮は、他人事…
しかし、金崎実業の今後は、直接、自分の身に降りかかってくる可能性が高い…
思えば、あまりにも、意外な展開というか、考えたことのない事態になった…
ちょうど、その頃だった…
夜、自宅にいるところへ、米倉正造から電話があったのだ…
「…お久しぶりです…米倉正造です…」
そう、米倉正造は切り出した…
「…こちらこそ、ご無沙汰しています…」
私は、とっさに、返したが、一体なんの用事だろうと、思った。
一体なぜ、米倉正造が、今になって、私に電話をかけてきたか、意味がわからなったからだ…
だから、
「…」
と、私は黙った…
まさか、一体なんのご用事ですか? とは聞けないし、なんと言えばいいのか、正直わからなかった…
そんな私の心の内を見透かすように、
「…高見さん、一体、今頃、ボクからなんの電話だろうと、戸惑っているでしょ?…」
と、見事に、私の心の内を当てた…
「…そんなことは…」
とっさに、口に出したが、後が続かなかった…
「…そんなことはないといいたいのでしょう?…」
からかうように、正造が笑った…
私は、
「…」
と、言葉もなかった…
「…まもなくショーが始まりますよ…面白いショーが…」
と、突然、正造が言った。
「…この前、高見さんに予告というか、言いましたよ…」
と、これも、からかうように、正造が言う。
私は、米倉正造の指摘で、その言葉を思い出した。
私はあのとき、ショーの意味はわからなかったが、当然、あのときは、好子さんや、透を連想した…
米倉好子と、水野透の結婚に関して、なにか、今後、二転三転するような展開が、もしや、あるのでは? と、考えた。
あの状況では、どうしても、米倉と水野の今後が焦点になる…
そして、その中心は、やはり、好子さんと、透の結婚だと思った…
それが…
あまりにも、意外な展開だった…
だが、同時に気付いた。
米倉正造は、どうして、そんな情報を掴んでいたんだろう?
「…正造さんは、どうして?…」
私は訊いた。
「…どうして、そんな情報を掴んでいたかですか?…」
「…ハイ…」
「…簡単です…米倉奉公会ですよ…」
「…米倉奉公会?…」
「…米倉奉公会の会員は多い…それで、その情報は掴んでいました…」
「…」
「…透クンが自殺未遂を起こしたのも、それが原因の一つです…」
「…どういうことでしょうか?…」
「…米倉と水野の合併協議会…あそこで、ボクは、透と、会ってます…そして、非公式に、透の叔父である、水野良太が、兄の良平に反旗を翻す情報を伝えました…」
「…」
「…おそらくは、その情報が、彼を一層追い詰めたに違いありません…」
正造が、落ち込んだ声で言う…
とっさに、私の脳裏に、
…策士…
という言葉が浮かんだ…
おそらくは、透の気の弱さを知った上で、わざと、伝えたに違いない…
水野透は、水野財閥後継者…
米倉と水野の合併協議会の実質的なリーダーだ…
しかしながら、わざと身内の反乱をリークして、透を動揺させるというか、精神的に混乱させる…
その結果、主導権を握ろうとしたのだろう…
私は、その事実に気付いた。
だから、あえて、私は、
「…正造さん…やりすぎでは?…」
と、言った。
「…やりすぎ? どういう意味ですか?…」
「…水野さんが、気の弱いことは、正造さんはわかっていらっしゃるでしょ? それなのに、そんな情報を…」
私の言葉に、
「…米倉は劣勢です…」
と、正造は反論した。
「…今のままでは、水野に飲み込まれてしまう…だから、どんな卑怯な手でも、ボクは使います…」
「…そんな…」
私は言葉もなかった…
そんな卑劣な手を…
と、言いたいところだが、正造の中で、それはありなのだろう…
どんな卑劣な手を使っても、米倉は、水野の川下に立たないという決意の表れかもしれない…
しかし、それでは…
それでは、そもそも合併がご破算になってしまうのではないか?
傾きかけた米倉を救う手立ては、水野との合併以外には、ないのではないか?
それが、やりすぎては、水野が逃げ出してしまうのではないか?
私は、思った。
だから、
「…正造さん…それでは、水野さんから、合併の解消を申し出てくるのでは?…」
と、言った。
「…いいえ…それはありません…」
正造が、楽しそうに、反論した。
「…どうしてですか?…」
「…簡単です…透は、好子に惚れてるからです…」
「…好子さんに惚れてる?…」
あまりにも、意外な言葉だった…
たしか、透さんは、好子さんが、自分を下に見ているから、嫌いだといっていたはずだ…
それが、どうして?
「…透さんは、好子さんが、自分を下に見ているから、嫌いだとおっしゃってましたが…」
「…それは、高見さんの言う通りです…」
「…だったら、なぜ、惚れてると…」
「…いえ、透が好子に惚れてるのは、事実です…だから、透は、好子に似たルックスの高見さんも、好きだった…」
「…私を好きだった…」
あまりにも、想定外の言葉だった…
「…言葉は悪いが、好子が手に入らないから、高見さんに首ったけだった…」
「…」
「…透は、本当は、好子に自分を好きになってもらいたかったんです…だから今、透は、自分が先頭に立って、米倉と水野の合併協議会を立ち上げて、好子に自分を見直して欲しいと思っていたんです…そして、その後、好子と結婚する…それが、透が、思い描いていた夢です…だから、透は、どんなことがあっても、自分から、米倉との合併を破談させることはありません…」
正造が断言した。
私は正造の説明に言葉もなかった…
同時に、正造の言葉におそらくウソはないと思った…
透が、好子さんに憧れるのは、わかる…
好子さんは、女優の常盤貴子を小柄にした美人だ…
だが、好子さんは、透を嫌っている…
しかし、今回のことで、米倉と水野の合併がうまくいけば、好子さんは、透を見直すと同時に、好子さんと結婚できる…
まさに一石二鳥だ…
こんな好機は二度とめぐって来ないに違いない…
しかし、それを知った上で、水野との合併を進める米倉正造という男は…
まさに策士…
策士だ…
同時に、気付いた…
さっき、言った、ショーの意味…
水野良平の弟、良太の反乱の陰に米倉が潜んでいるのでは?
と、思った…
その証拠に、良太の会見に、金崎実業の社長の内山氏が、出席している…
内山氏は、米倉奉公会の会員…
それが、動かぬ証拠だった…




