恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 94
結局、私と水野良平が、行ったのは、前回、二人で行った、駅前の店だった…
私の勤める金崎実業の営業所は、駅前に多くある雑居ビルの一室にある。
すでに、何度も説明したように、会社も大きくなければ、駅前も寂れているとまでは、いえないが、お世辞にも大都会ではない…
いわゆる、東京郊外の地方都市とでもいえば、いいのだろうか?
しかしながら、店はそれなりに多く、選ぶのには、困るほどだ…
だから、前回、水野良平と会ったときと、同じ店で、話すのが、一番と思った。
そうすれば、相手も安心すると思ったのだ…
「…この前は、申し訳ありませんでした…」
私と水野良平が、席について、すぐに、再度、水野が私に詫びた…
頭を下げた。
「…済んだことです…頭を上げて下さい…」
私は繰り返す。
水野良平は、私の言葉に、しばらくは、頭を上げなかった…
私は、そんな水野良平に、
「…一つだけ、お聞きしたいことがあります…」
と、静かに言った。
「…聞きたいこと?…」
水野良平が、頭を上げる。
「…前回、水野さんが、私に、透さんが、米倉好子さんに、どうして、嫌われてるか、知りたいから、教えてくれないかと、私に依頼しました…アレは、ウソだったんですか?…」
「…ウソ?…」
私の直球の質問に、水野は、明らかに当惑した。
そして、すぐに、
「…ウソでは、ありません…」
と、続けた。
「…ウソではない?…」
「…ハイ…ただ…」
「…ただ…なんでしょうか?…」
「…透は気が弱い…だから、透が気になる女性がいると言ったので、それを排除する目的もあった…」
「…」
「…今回のことで、高見さんも、それがわかったはずです…」
私は、水野良平の言葉に、反論できなかった…
水野良平は、息子の透から、私のことを告げられ、一計を案じた…
それが、真相だった…
すでに、わかっていたことだが、やはり、こうして、当事者から、聞くと、納得する。
私が、そう考えたときに、
「…こんなときに、聞くのも、どうかと思いますが…」
と、水野良平が、口を開いた。
「…なんでしょうか?…」
「…あらためて、お聞きしますが、好子さんは、なぜ、透が、嫌いなんでしょうか?…」
私は、水野良平の質問に、唖然とした。
…まさか、こんな状況で、そんなことを聞くなんて?…
一方で、この水野良平にとって、そんなに重要なことかとも思った。
息子の透が、自殺未遂を起こしたというのに、そんな質問をする。
それほど、大事なことなのだろうか?
だが、それを口にすることはできない…
私は、水野良平の質問に考え込んだ…
…なぜ、好子さんが、透を嫌いなのか?…
その答えを、探した…
「…たしか…」
私は、ゆっくりと、口を開いた。
「…新造さんが、教えてくれたのですが、好子さんは、透さんの弱さが、嫌いなんだと思います…」
「…弱さが嫌い?…どういうことですか?…」
「…今回の件で、明らかになったように、透さんは、弱い…だから、初対面の相手にも、ヘラヘラと愛想よく振る舞って、うまく人間関係を築こうとする…そんな弱さが嫌いなんだと思います…」
「…」
「…たしか、正確には、新造さんは、好子は、真面目だから、透のおちゃらけた態度が嫌いなんだと、言っていたと思います…ただ、本音は、私が言う通りでしょう…」
私の言葉に、眼前の水野良平が、
「…」
と、黙った。
いや、黙っただけではない…
明らかに、落ち込んでいた…
無理もない…
息子の透は、自殺未遂を起こし、落ち込んでいるところへ、なぜ、婚約者が、息子を嫌うのかと、聞けば、その弱さが嫌いだという。
これでは、まるで、傷口に塩を塗るようなもの…
それを口にした私も、我ながら、大人げないというか…
さすがに言い過ぎたと、思った…
しかし、眼前の水野良平は、違った…
さすがというか、私の言葉を、正面から、冷静に受け止めた。
「…それは、わかる…」
ゆっくりと、自分自身に言い聞かせるように、水野良平は、言った。
「…だが、私には、透しかいない…だから、万難を排してと言えば、大げさだが、透が、気になる女性がいるといえば、それを排し、私の手で、後継者の道を作っていくしかなかった…」
「…」
「…それしかなかった…」
絞り出すように、水野良平は言った。
そして、私を見た。
「…こんなことを、高見さんの前で、言うのは失礼ですが、それが、現実です…」
私は、水野良平の言葉に、
「…」
と、黙るしかなかった…
沈黙するしかなかった…
父親の良平は、なにより、息子の透の弱さを見抜いているのだろう…
それゆえ、水野は、米倉を合併し、より、水野財閥の基盤を強化したいのだろう…
息子の透が、気が弱くても、それを、気にせずといおうか、気にならない、強固な経営基盤を築きたいのだろう…
私は思った。
そして、そのためには、好子さんと結婚させるのが、一番と考えたのだろう…
だが、現実は?
と、そこまで、考えて、米倉平造を思った…
そもそも、水野良平は、米倉平造をどう思っているのだろう?
米倉平造は、会社の業績を偽ったことで、逮捕され、今、拘置所の中…
それを、どう思っているのだろう…
なにより、平造は、好子さんを狙っていたと言っていた…
その事実を知っているのだろうか?
「…失礼ですが、水野さんは…」
私は切り出した。
「…好子さんが、米倉平造氏の実の娘でないことを、ご存じでしょうか?…」
「…ハイ…」
短く、答えた。
…そうか…
…やはり、知っていたか?…
私は、あらためて、思った。
米倉平造の盟友である、水野良平が、それを知らぬはずがない…
だが、どうして?
それなら、どうして、水野良平は、好子さんにこだわるのだろうか?
私は、思った。
好子さんが、平造の実の娘でないとしたら、仮に、米倉と水野が、合併したとしても、その象徴になることができるのだろうか?
私の疑問が、表情に出たのだろう?
「…好子さんは、米倉本家の血を継ぐ女性です…」
水野が言った。
「…どこの世界もそうですが、血統というものが、重視されるというか、役に立ちます…おそらく平造もそれは、承知していると思います…」
私の心の内を見透かすように、水野良平が言った。
「…血統ですか?…」
「…そうです…誰の父親が誰々で、母親が誰々…それが、また各自、それぞれが、いわゆる名門、名家と繋がってくる…私も平造も、一族の傍流…それがありません…」
「…」
「…平造が、好子さんを溺愛している理由のひとつはそれだと思います…」
「…ひとつは…ですか?…」
「…あとは、好子さんのルックスでしょう…平造は女好き…誰もが、美人を嫌いな男はいません…」
そう言って、水野良平は笑った。
…たしかに、笑える…
しかしながら、これは、ジョーク…
冗談の類いであることは、すぐにわかった…
なにより、水野良平の表情が硬い…
強張っている…
当たり前だが、自分の息子は、自殺未遂…
そして、盟友の米倉平造は、拘置所の中…
とても、笑える状況ではない…
だが、だからこそ、冗談を口にしたのだろう…
冗談でも口にしなければ、やりきれないというか、やっていられない…いや、大げさにいえば、意識を正常に保てない状況に違いない…
「…高見さんを、正造君が選んだ理由はわかる…」
と、意外なことを、口にした。
「…正造さん…ですか?…」
「…正造君も、女好き…これは、平造と似ている…しかし、好みの女のタイプが違う…」
水野良平が言う。
私はこの言葉に考え込んだ…
これが、ジョークなのか、なにか、意味がある言葉なのか、わからなかったからだ…
だから、水野が言う、次の言葉を待った。
「…本当ならば、正造君には、透を支えてもらいたかった…」
以外なことを、口にした。
「…透さんを、支える…正造さんが?…」
「…ハイ…」
短く、良平が答える。
「透は、弱い男です…ですが、その弱さを克服するのではなく、周囲に助けてもらえばいい…親の欲目かもしれませんが、透は、決して、他人に好かれない人間ではありません…人間は、誰もが一人でできることは、限られてます…だからこそ、周囲の人間に嫌われては、なにもできない…特に会社経営のように、他人様を使う仕事は、もちろんのことです…」
穏やかに、良平が言う。
その言葉は、私に言うというよりも、自分自身を納得させるかのようだった…
たしかに、透は、周囲の人間に好かれている…
嫌われてはいない…
しかし、それは、いつもおちゃらけて、周囲のムードメーカーに徹しているから…
だが、経営者としての冷徹な一面を見せたら、果たして、周囲の人間は、付いてくるだろうか?
意地悪ながら、そう考えた。
私の考えが、表情に出たのかもしれない…
「…やはり、親の欲目でしょうか?…」
と、良平が照れ臭そうに笑った…
私は、どう答えていいか、わからなかったので、とっさに、
「…米倉の…大日産業の経営危機…水野さんは、ご存知でしたか?…」
と、話題を変えた。
水野良平の顔色が変わった。
明らかに変わった…
それは、怒り…
まさに、怒髪天を衝く怒りの表情だった…
「…いえ…」
短く、低い声だが、強い口調で、否定した。
短いがゆえに、余計に怒りが倍増しているように思えた。
いや、これは、息子の透の話題でないから、余計にストレートに怒りを表したのかもしれない…
息子は、可愛い…
どんな失態を演じても、許せるものだ…
しかし、他人は違う…
「…バカな男です…」
これも、短く言った。
短く言うことで、却って怒りの大きさを感じた。
「…平造は、能力はあるが、見栄っ張りの部分もあった…だから、もっと、早くに私に相談してくれていれば…」
「…相談ですか?…」
意外な言葉だった…
「…そうです…私と平造は、若い頃から、肝胆相照らすというか、気が合った…お互いが、ライバルであり、盟友だった…以前も高見さんに、申し上げたと思いますが、私も平造も、一族の傍流…それが、本家のお嬢様と結婚した…二人とも、同じ境遇です…」
良平が、血を吐くような、苦渋の表情で言った…
私は、良平のその言葉にウソはないと信じた…
いや、信じたいと思った。
だから、あえて、
「…でも、世間では、水野が米倉を乗っ取ると…」
「…それは、世間の声です…」
良平が力強く、否定した。
「…たしかに、そう見られるのは、仕方のないことかもしれません…私自身、欲があり、さきほど、言った透のこともあります…」
「…」
「…人はひとりでは生きれない…誰かに支えてもらって、初めて生きることができます…だから、透を支える人間関係を作ることが、私の使命と考えました…正造君の名前を挙げたのも、そういう理由からです…」
「…」
「…だから、結果的に、水野が米倉を飲み込むことになっても、それは、私の本意ではありません…」
良平が否定した。
だが、水野が米倉を飲みこむことを否定はしていない…
「…米倉の負債は…」
私が訊いた。
「…まだ確定はしていません…」
良平が即座に言った。
「…ですから、合併協議会が、発足しているのです…」
「…」
「…米倉の負債が、想像以上であれば、すぐに水野は手を引きます…合併はご破算です…」
「…」
「…だから、今は、そうはならないことを、願うだけです…」
沈痛な表情で、良平が言った。
おそらく、水野良平の言うことは、真実だろう…
私は、それを信じた。
この水野良平を見る限り、そんなに悪い人間には、見えなかった…
が、これは、米倉平造も同じ…
何度か会ったが、決して、悪い印象を持つ人間ではない…
だが、これが真実と言うか、当たり前のことだろうとも、思った。
少なくとも、世間で名の知れた有名な経営者に、一目見て、悪い人間はいない…
ヤクザにしろ、会社の経営者にしろ、頂点に立つ人間には、やはり魅力がある…
魅力がなければ、人が付いていかないからだ…
これは、当たり前のことだった…
私は、眼前の水野良平を見て、今さらながら、そう思った…




