恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 93
…水野透が自殺した?…
その一報を聞いたのは、意外にも、金崎実業の職場で、だった…
職場の女のコが、昼休みの休憩中にスマホを見て、騒ぎ出したのだ…
「…エッ? ウソッ!…」
一人の女のコが、大声で、叫んだ…
昼休みの職場にいた同僚の全員の視線が、その女のコに集中した。
「…あの水野が自殺したって!…」
大声で、叫んだ…
「…自殺って…」
思わず、私自身、そんな言葉を繰り返した。
同時に、すぐに、水野を思った…
あの水野透の弱さを思った。
思えば、あの水野は、いつもへらへらとおちゃらけていた…
私は、そんな水野透が好きだったが、よくよく考えてみると、あのおちゃらけた行動こそ、水野透の弱さの証明だったのでは、ないか?
見ず知らずの人間が、周囲に馴染むには、おちゃらけて、ピエロの役割を果たすのが、一番…
馴染みやすい…
しかしながら、自分に自信があるのならば、もっと堂々として、自分の力をアピールすれば良いとも、思う…
だが、それをする自信がないから、ピエロに徹する…
あるいは、自分に実力がないと、考えてるから、正々堂々と、他人に接することができない…
つまりは、弱さ…
あの水野透の弱さに、結び付く。
そんな、弱い水野透には、水野財閥の後継者の地位が重かったのではないか?
それが、今回、米倉好子さんとの決定で、露見したともいえる…
なにより、水野自身が、本当は、好子さんとの結婚が嫌だったのではないだろうか?
「…好子はオレを下に見ている…」
水野が口にした言葉がすべてだ…
本当は、嫌な相手と結婚せざるを得ない…
そして、それを突っぱねるというか、拒否する強さも、また、持ち合わせていない…
その結果、自分自身が追い込まれ、最終的には、死を選んだ…
残念ながら、私はそう思った。
水野透の死の一報を聞いて、私は、そう総括した。
そして、偶然、私の目に、内山さんの顔が見えた…
内山さんは、蒼白だった…
明らかに、水野の死に動揺していた。
ロリ顔だが、中身は、真逆に、しっかりとした内山さんの表情とは思えなかった…
こんなに動揺した、内山さんの顔を見たことがなかった…
「…逃げた…」
内山さんが、小さな声で、ポツリと呟いた。
「…逃げた?…」
内山さんの隣の席の私は、内山さんの言葉を反芻した。
「…なにから?…」
つい、口を開いて、訊いてしまった…
内山さんは、私を振り向いて、
「…現実から…です…」
と、強い口調で言った。
「…現実から…」
しかし、その後、内山さんが、私の質問に、答えることはなかった…
だが、これを契機に、当然のことながら、私は、内山さんを疑い出した…
…なにか、ある?…
当たり前のことだった…
内山さんの父親は、金崎実業の社長…
父親の命令で、水野透と、なんらかの関係があったとしても、おかしくはない…
そして、この場合の関係とは、当然のことながら、男女の関係ではない…
仮に、内山さんと、水野が男女の関係だったとしても、それは枝葉末節…
肝心の部分ではない…
普通に考えれば、米倉奉公会のメンバーである、内山さんの父親が、娘を通じて、水野と通じていたのでは? と、思う…
今のところ、なんの証拠もないが、その可能性が高い…
いや、
そう考えると、色々見えてくるものがある…
なぜ、水野透が、この金崎実業の営業所に顔を見せたか、をだ…
要するに、水野透は、内山さんが、この営業所に勤務しているから、この営業所を選んだのではないか?
そう考えれば、納得する。
辻褄が合う…
水野にとって、金崎実業の会社の雰囲気を探るために、営業所を訪れるとしても、どこの営業所を訪れるか、考えなければならない…
そして、この営業所を選んだのには、当然、理由がある…
それが、内山さんの存在だ…
私は、ようやく、その事実に気付いた…
後日というか、その数日後…
水野は、自殺を図ったが、まだ死んではいないことを、続報として、テレビや新聞、そしてネット等のメディアで知った…
私は、ホッと胸をなでおろした。
やはり、自分の見知った人間が、自殺したという事実を聞くのは、気持ちのいいものではないからだ…
率直に言って、もはや水野に恋心はない…
言葉は悪いが、微塵もなかった…
一時は、好きになった水野透だが、そういう意味では、なんの未練もなかった…
と、同時に、気付いた…
やはり、私は冷たい女…
人を好きになることができない、冷たい人間なのだと、あらためて、実感した。
自分が一時でも、好きになった男が、自殺未遂を図っても、落ち込むこともなかったからだ…
だが、コレ=水野透の自殺未遂=を契機に、米倉と水野の合併計画が大きく狂ったことは、明らかだった…
米倉と水野の合併協議会のメンバーであり、事実上の最高責任者である、水野透の自殺未遂は、米倉と水野の合併の障害になりかねない…
なにより、水野財閥の後継者が、死ねば、一体誰が、次の水野財閥を率いるのか?
元々が、水野財閥を率いる米倉平造の盟友である、水野良平が、正妻との間に実子がいないがゆえに、愛人の子との間に生まれた透を、養子に迎えた経緯がある…
仮に、その透に、今回の自殺未遂で、身体に障害でも残った場合は、今後、経営者として、水野を率いていけるかの問題が残る…
私は、ついそんなことまで、考えた。
しかしながら、本当は、そんなことは、私には、なんの関係もなかった…
私自身は、偶然、米倉正造の交際相手として、選ばれて、米倉家の面々と知り合った…
私が選ばれたのは、偶然…
偶然、あの米倉の一族である、米倉好子さんと、ルックスが似ていたからに、他ならない…
死んだ、溝口が、私が、米倉好子さんと、似ていたから、米倉正造に紹介したに過ぎない…
だから、これ以上は、米倉と水野の騒動について、考えないようにしようと、誓った…
ちょうど、私が、米倉や水野について、考えるのは、小学校や中学校時代に、クラスメートだった男のコや女のコが、芸能人かなにかになり、社会で有名になったのと同じ…
仮に、その有名人と、中学や高校で、親しかったとしても、今はなんの関係もない…
だから、その有名人が、なにをしようと、自分とは、なんの関係もない…
ゆえに、その有名人のことを考えても仕方がない…
それと似ている…
昔の知り合いであっても、現在は音信不通…
なんの関係もない…
だが、相手が有名人になったから、どうしても、自分は相手の動静が気になる…
しかしながら、その有名人は、もはや、私のことなど、覚えていない可能性すらある(苦笑)…
そんな関係に似ている。
私は思った。
だから、自殺未遂がわかった報道の直後に、会社帰りの私に、
「…高見さん…」
と、突然、声をかけられたのには、驚いた。
私は、自分に声をかけた人物を見た。
六十代の長身の男…
私は、その人物に見覚えがあった…
その人物の名前は、水野…水野良平…
自殺未遂を図った水野透の父親であり、水野財閥総帥だった…
「…ご無沙汰しています…」
どう言おうか、こちらが、返答する前に、水野良平は、丁寧に腰を折って、私に挨拶した…
長身の水野良平が、私に頭を下げると、なんだか、滑稽と言うか…
155㎝の私に180㎝はある、良平が、頭を下げると、まるで、子供に頭を下げてるような違和感を感じる。
私は前回、この水野良平と会ったときのことを、思い出した。
あのときは、この水野良平は、私をお嬢さんと、呼び、それゆえ、最初、自分が呼ばれたことにすら、気付かなかった…
33歳のお嬢さんはいない(笑)…
自分でも、まさか、この歳になって、お嬢さんと呼ばれるとは、思ってもみなかったからだ(苦笑)…
さらに、あのときは、私に米倉好子が、息子の透を嫌う理由を聞いてもらいたいと、頼み込み、私は、渋々それを引き受けた…
しかしながら、それは、罠というか、ウソだった…
なぜ、ウソかといえば、その後、どうなりましたか?という連絡が、最後まで、私になかったからだ…
代わりにあったのは、米倉平造の姿…
私が、なぜ、好子さんが、水野透を嫌うのか、聞くために、米倉の豪邸に、新造さんを訪ねた。
新造さんならば、好子さんが、水野透を嫌う理由を知っていると、思ったからだ…
私が、駅で、新造さんの迎えを受けて、米倉の豪邸に辿り着くと、待っていたのは、意外にも、平造だった…
そして、平造は、私に、水野透との結婚を諦めるように、諭した…
私は、仰天した…
なぜ、米倉平造が、いきなり、そんな話をするのか、悩んだ…
しかしながら、考えてみると、米倉平造は、盟友の水野良平から、頼まれた公算が高い…
おそらくは、良平が、息子の透から、私の存在を聞き、それゆえ、私に透との結婚を断念させるために、平造に頼んだということだ…
平造にしても、好子さんが、透と、結婚しないのは、困るのだろう…
それゆえ、良平と、共同で、私に罠を仕掛けた=呼び出した…
あのときは、そう思った。
だが、好子さんは、平造の娘ではなかった…
そして、透が言うには、平造は好子さんを狙っているという…
果たして、なにが、本当なのか?
わからない…
私は、水野良平の大柄なカラダを見ながら、そんなことを考えた。
「…こちらこそ、ご無沙汰しています…」
私は、水野良平に、これまた丁寧に腰を折って、返す。
そうしながらも、頭の中は、めまぐるしく回転した。
そして、今現在、水野良平は、盟友の米倉平造の会社を食おうとしている…
乗っ取ろうとしている…
油断のできない男…
盟友と呼んだ、男の会社すら、自らの支配下に置こうとしている、したたかな男だ…
「…先日は、失礼しました…」
良平が言った。
私は、
「…」
と、無言だった…
正直、どう答えていいか、わからなかった…
まさか、アレは、
「…私を米倉平造に会わせて、ご子息の透さんとの結婚を諦めさせるためだったのですね?…」
とは、大げさにいえば、口が裂けても言えない(苦笑)…
だから、
「…」
と、黙った。
無言だった…
私が無言だったことで、私が怒っているとでも、思ったのだろうか?
再び、その大きなカラダを曲げて、
「…この前は、大変、失礼をしました…」
と、詫びた。
私は、それを無視するつもりだったが、いつのまにか、周囲の視線が、私たち二人に集まっていることが、肌でわかった…
当然だ…
180㎝を超える大男が、155㎝の小柄な女に、丁寧に腰を折って、頭を下げている。
それだけでも、周囲の視線を浴びる条件が整っているのに、中には、
「…あの人…テレビで見た、水野財閥の水野良平じゃないの?…」
という声が聞こえてきた。
「…あの…水野と米倉の合併で、話題になった…たしか、息子さんが…」
とかいう、周囲のヒソヒソ声が、私と、水野良平の耳に届いた。
とてもじゃないが、堪ったものではない…
一刻も早く、この場から、逃げ出すしかない…
私は、早速歩き出そうとしたが、まさか、私に向かって丁寧に腰を折って、詫びている水野良平を、そのままにしては、しておけない…
「…水野さん…頭を上げて下さい…」
私は、本当は、こんなことは言いたくないが、言うしかなかった…
「…周囲の通行人の方たちが、何事かと、私たちを見ています…」
私の言葉で、水野良平は、腰を曲げたまま、頭だけ上げて、キョロキョロと、周囲を見回した…
その良平の視界に、何事かと、自分たちを見ている、周囲の視線が、入ったのだろう…
「…確かに…」
と、短く答えると、スーッと、頭を上げた。
「…わかりました…」
そう言って、普通に背筋をピンとして立つと、やはり、今さらながら、大男であることが、わかった…
これ以上の大男は、私の身近には、あの、死んだ溝口しかいなかったなと、ふと、考えた。
もちろん、今の二十代、三十代で、溝口や、眼前の水野良平以上の大男はいるし、私の周囲にも、溝口の甥の中村君がいる…
しかしながら、死んだ溝口のように、五十代半ばや、眼前の水野良平のように、六十代後半で、180㎝を超える大男はいなかったということだ…
そんな大男が、三十代の、自分の娘のような年齢の、155㎝と小柄な女に、頭を下げる。
これでは、誰もが、何事かと、注目するのは、必然…
当たり前のことだ…
「…どこか、場所を探して、お話ししましょう…」
仕方なく、私は言った。
本当は、今さらながら、水野良平と話すことなどなかった…
いや、
話したくなかった…
大金持ちの水野良平に、庶民の私が、こんなことを口にするのは、不遜だが、それが偽
らざる気持ちだった…
これ以上、水野と米倉の争いに関わるのは、御免だった…
私の、脳裏に、ふと、数日前の、内山さんの顔が浮かんだ…
おそらくは、内山さんもまた、水野と米倉の騒動に関わっているのだろう…
そう思うと、これ以上は、もう限界だった…
…勘弁して欲しかった…
…元の平穏な生活に戻りたかった…
…退屈だが、平凡な生活に戻りたかった…
心の底から、そう思った…
それまでは…この騒動に巻き込まれるまでは、33歳にもなり、付き合っている恋人もなく、このまま会社に留まるというか、居続けることもできない、先の見えない人生…
我ながら、どうしていいか、わからない人生だった…
そこへ、大金持ちの米倉正造と知り合い、もしや、私にもチャンスがやって来たとも、思った…
しかし、それは、チャンスではなく、単に、米倉の裏切りものを探してくれと言う、探偵のような依頼…
正直、わけのわからない話だった…
しかし、私は、それを受けた。
わけのわからない話だが、米倉のような大金持ちと付き合う絶好のチャンスだと思った…
率直に言って、米倉家の人間と、付き合ううちに、自分が、米倉正造と結婚することはありえないと、最初の短い期間で、わかった…
だが、打算といえば、それまでだが、自分から、米倉のような大金持ちと縁を切ることはできなかった…
…おそらくは、私の人生において、二度とない機会というか、奇跡だった…
だが、その奇跡の時間も、振り返ると、米倉と水野の金持ちに振り回されるだけの時間だった…
別に、男女の関係を迫られたわけでもなく、世間一般で、想像されるセクハラもパワハラもなかった…
ただ、この騒動が、嫌だった…
人間の業を見るというと、大げさだが、米倉や水野の人間を見るにつけ、知るにつけ、つくづく、それを感じた…
お金のあるなしでなく、誰もが同じだった…
平凡な私も、米倉も、水野も、また同じような悩みを抱えて生きていて、しかも、お金があるゆえに、その悩みは、私よりも、遥かに深かった…
そんな深い業を感じさせる人間との付き合いは、もう十二分に私を疲弊させた…
限界だった…
米倉と水野のとの付き合いは、それがわかった時間でもあった…




