恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 91
「…利があれば、続ける?…」
思わず、私は、水野さんの言葉を繰り返した。
私の言葉に、
「…当然だろ?…」
と、水野が返した。
「…誰も、自分の損になることを、進んでやるバカはいない…米倉にしても、それは同じだろ?…」
「…米倉も、同じ?…」
「…そうだ…経営危機に陥った大日産業を立て直すために、一時的にでも、水野と組んで、経営を立て直すのが、目的だろ…そうすれば、銀行からも金を借りやすいし、大日産業の株価も上がる…」
水野が笑う…
私は、それを聞いて、
「…なんだか、男と女の結婚のようですね…」
と、思わず、口にした。
「…結婚? …どういう意味?…」
「…いえ、ルックスの良い若い女が、金持ちの男と結婚する…女は、男の金が目当て…男は、女のルックスが目当て…それと似ていると思って…」
「…」
「…お互いがお互いを利用しようと思っている…水野と米倉も同じ…水野は、米倉の負債を判断した上で、本格的に合併しようか、検討する…一方の米倉は、米倉で、水野の庇護のもと、再建を目指す…本当は合併して、水野の傘下に入るのは、嫌なはず…」
「…それは、水野も米倉もいっしょさ…」
水野が苦笑する。
「…お互いが、お互いを利用する関係でしかない…それが現実さ…」
「…現実…」
私は、水野の言葉を聞きながら、そういうものかと思った…
水野の言葉に反発するとか、そういうことは、一切ない…
ただ、水野の言う現実が悲しかった…
決して、きれいごとを望んでいるわけではない…
だが、なにより、眼前の水野から、そんな言葉を聞きたくなかった…
今さらながら、そう思った…
そして、私の恋が、完全に消滅したことに、この瞬間、気付いた…
前にも言ったが、私が恋したのは、おちゃらけた水野透だった…
柳沢慎吾のように、おちゃらけて、周囲の人間を和ませる…
そんな水野が好きだった…
そんな水野に恋していた…
本当は、女ならば、誰もが、しっかりして、リーダーシップのある男らしい男を好きなのかもしれない…
しかし、私が好きになったのは、頼りがいがないが、周囲に気を使い、自分がピエロに徹しても、周囲を和ませることのできる水野透だった…
その水野透の口から、このような打算的な言葉は聞きたくなかった…
きれいごとで、世の中、生きてゆけないことは、誰でもわかっている…
いや、きれいごとで、生きてゆけない世の中だから、真逆に、おちゃらけて、生きる、水野透に惹かれたのかもしれない…
誰もが生きる、この重い現実から、逃れているというか、その現実に縛られないというか…
ファンタジーの世界ではないが、そんな重い現実を一切感じさせない水野透のことが、好きだったのかもしれない…
私は、思った。
ゆえに、一層、この水野透のことが、好きではなくなった…
恋が醒めた…
そう思った。
そして、それが、私の表情に出たのだろう…
「…なんだか、随分、冷ややかな目で、オレを見るんだな…」
と、水野さんが言った。
「…アンタは、オレが好きだと思ったよ…」
あっさりと、言う。
「…だから、こうして、今、アンタに話したんだ…平造が、拘置所から出て、あの豪邸に戻って、あの家に行ったアンタが、平造に犯されちゃ可哀そうだと思って…」
水野が言う。
…なるほど、そういうことか?…
ようやく、水野が、私を呼び出した理由がわかった…
水野は、私の身を心配したのだ…
誰もが、そうだが、相手が自分を好きか否かは、直感でわかる…
そして、自分を好きな人間を、嫌いになることは、基本的にはない…
ストーカーとか、行動が極端過ぎる場合は、別だが、ただ単純に日常で接するので、あれば、男女の区別なく、恋愛感情も関係なく、相手が、自分を好きであれば、自分もまた大抵は相手を好きになる…
よしんば、好きにならなくとも、嫌いになることは、ないだろう…
水野の場合もまた、私、高見ちづるが、自分を好きだと気付いたがゆえに、私の身を心配したのだ…
そう考えると、私が、今、眼前の水野透を好きになったことが、結果的に、私を救ったことになる…
すでに、恋は醒めた(苦笑)…
だが、一時とはいえ、好きになったがゆえに、私は、無意識と言うか、意識せずとも、結果的に、水野に守られた…
そんな気がした。
と、そこまで、考えて、一瞬、自分自身を嫌悪した…
それでは、打算…
今、目の前にいる、水野同様、打算で生きていることになる…
そして、私は、打算で生きる人間を、深く嫌悪する…
そんな打算で生きる人間を嫌悪する私が、水野を好きになったことで、自分が守られたと、これまた打算を考える…
皮肉と言うか…
なんとも、嫌な気持ちだった…
そして、私の気持ちが、表情に出たのだろう…
「…なんだか、落ち込んでるな…」
と、水野が、声をかけた。
私は、
「…」
と、なにも言わなかった…
が、当たり前のことだが、水野もまた、すでに、私が、水野を好きではないことに、気付いたのだろう…
「…高見さんが、オレを好きだと思ったのは、誤解だった…いや、もしかしたら、以前は、好きだったが、今は違ったということかな…」
と、言った。
私は、しばし、悩んだが、
「…その通りです…」
と、はっきり言った。
「…その通り?…」
「…ハイ…私は、水野さんが好きでした…でも、それは、今の水野さんじゃありません…金崎実業に納入業者として、やって来て、へらへらとおちゃらけていても、誰にも、愛想よく、振る舞って、周囲の人間を和ませる…そんな水野さんです…水野と米倉が、互いにいかに相手を出し抜くか、考えていると、断言する水野さんじゃありません…」
私は、断言した。
私の言葉に、水野の顔色が変わった…
怒るとか、なにか、ではなく、落胆と言うか、深刻に考え込んだ顔になった…
「…高見さんの言うことは、わからないじゃない…」
少しの間を置いて、水野が静かに口を開いた。
「…オレもいつもヘラヘラとして、世の中を渡ってゆきたい…だが、それはできない…」
苦しそうに、言った…
苦しいというよりも、絞り出すという言葉が、当てはまるかもしれない…
「…高見さんには、あのヘラヘラしたオレと、水野と米倉の今後について、語ったオレが、別人に見えるのだろう…それは、わかる…」
「…」
「…でも…でも、それは、どうしようもないよ…」
水野が笑った。
悲しそうに笑った…
「…いつも、ヘラヘラ笑って生きることなど、誰にもできないよ…」
水野が、悲しそうに、言う。
私は、水野の言葉を聞きながら、
…そうではない…
と、強く言いたかった…
水野さんの言いたいことは、わかる…
よく、わかる…
痛いほど、わかる…
が、
問題なのは、その落差だ…
普段はヘラヘラと誰にでも愛想よく、裏では、狡猾で、計算高い…
どこの会社や学校でも、いるが、表の顔と裏の顔の落差が激し過ぎる…
いかなる理由があろうと、落差が激しい人間を好きになることは、難しい…
水野の場合は、愛人の子供から、水野財閥の後継者になった…
いわゆる、環境の激変が招いた、無意識に生き残る術だったのかもしれない…
それは、理解はできるが、好きになることはできない…
いわゆる外面と、内面というか、家での顔が、違い過ぎる人間を好きになることはありえない…
私は、思った…
と、ここまで、考えて、好子さんのことに気付いた…
眼前の水野透と、米倉好子の結婚…
アレは、一体どうなったのか?
いや、本当に、好子さんと、結婚するのだろうか?
同時に、気付いた。
あの米倉正造が、
「…まもなくショーが始まりますよ…面白いショーが…」
と、言った言葉を思い出した。
アレは一体、どういう意味なんだろ?
好子さんと、水野の結婚式がショーなのだろうか?
しかしながら、好子さんと水野が結婚することが、ショーというのは、少しおかしい気がする…
米倉好子と、水野透の結婚式が、行われる。
米倉好子は、この水野透に言わせれば、米倉正造と実の兄妹…
血の繋がった実の兄妹だ…
そして、正造と好子さんが、血の繋がった実の兄妹ということは、好子さんもまた、正造同様、米倉本家の血が繋がった人間ということになる…
なぜなら、正造の母こそ、米倉…
米倉本家の血を受け継ぐものだからだ…
私は考える。
「…どうした? …なにを考えてる?…」
水野さんが、聞いた。
「…いえ、水野さんは、好子さんと結婚するのでしょ?…」
「…ああ…」
と、気のない返事…
「…ああって?…」
思わず、私は突っ込んだ…
眼前の水野の態度を見る限り、誰が見ても、結婚に乗り気には見えなかったからだ…
私は、正直に、
「…その様子では、あまり結婚に乗り気なようには、見えませんね…」
と、言った。
水野は、
「…」
と、言葉もなかった…
いや、
しばし、間を置いて、
「…好子が見えない…というか、なにを考えてるか、わからないんだ…」
と、苦悩する様子で、呟いた。
「…好子さんが、わからない?…でも、昔から、好子さんを知ってるんじゃ…」
「…それは、単に顔見知りという程度に、知ってるだけだ…」
「…顔見知り程度に?…」
「…好子は、昔から無口で、あまり喋らなかった…だから、そもそも、なにを考えてるのか、さっぱりわからない…わかっていることと、言えば、正造を本気で、好きだったことぐらいだ…」
水野が告白する。
私は水野のその言葉で、以前、好子さんが、正造を米倉家から追い出すべく、水野の力を借りたことを思い出した。
「…そういえば、以前、好子さんは、正造さんを、米倉家から追放するべく、水野さんの力を借りようとしたことがあるとお聞きしましたが…」
「…ああ…アレは、正造が、好子を連れて、家を出ようとして、平造と大喧嘩して、それで…」
「…それで…」
「…正造は、結局、好子を連れて、あの豪邸を出てゆくことを断念したが、どうして、家を出てゆくのか、好子に説明しなければ、ならない…それで…」
…そうか!…
…思い出した!…
好子さんは、以前、ずっと昔、子供の頃から、正造から、実は、自分と好子は、血の繋がってない、赤の他人で、将来は、ボクのお嫁さんにしようと、言っていたと、好子さんは言っていた…
それは、正造が、平造のお気に入りの好子さんをうまく手なずけるためと、思っていた…
平造のお気に入りの好子さんを、溺愛することで、平造に気に入られようとしていると、考えた。
しかし、事実は、違った。
おそらく正造は、好子さんと、意図的に、疑似の恋愛関係と言うか、疑似の恋人を意識させることで、好子さんを平造から、守ろうとしたに違いない…
好子さんの意識の中に、常に理想の恋人として、米倉正造がいる限り、好子さんが、他の男になびくことはないと、考えたに違いない…
一人の女を守るには、その女が、好きな男を作るのが、一番…
そうすれば、どんなことがあっても、その女は、他の男にはなびかない…
女好きの米倉正造は、それを見抜いていたということだ…
そして、自分自身を、好子さんの理想の恋人とした…
自分が、好子さんの恋人となることで、好子さんを守ろうとしたということだ…
しかし、それも、破局と言うか、破綻した…
そして、その際に、正造は、それまでとは、真逆に、好子さんに、本当は、オマエのことは、好きではないが、平造に気に入られるために、好きなフリをしたと、告げた…
だが、だとしたら、一体、どうして、正造は、好子さんに、そう告げたのだろう…
謎がある。
好子さんに、そう告げることで、なんらかの意図がある…
メリットがある…
そして、この場合のメリットは、正造ではなく、好子さん…
自分が、好子さんを振ることで、なんらかのメリットが、好子さんに、生じると確信しているに、違いない…
そして、それは、この眼前の水野との結婚なのだろうか?
たしかに、水野は、お金持ち…
米倉以上のお金持ちだ…
眼前の水野透と、結婚することで、好子さんの人生は安泰…
米倉にいたときと同様、おそらく一生、お金持ちの人生を歩むことができる…
それゆえ、正造は好子さんに捨て台詞を吐くような真似をしたのだろうか?
好子さんと水野をくっつけるために、そんな真似をしたのだろうか?
私は思った。
イケメンで女好きの米倉正造…
しかし、その正体は、異常なほどの妹思い…
血の繋がった実の妹を守るために、深謀遠慮の限りを尽くす男…
これまで、私の抱いてきた、米倉正造のイメージが、大きく、覆った…




