恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 90
「…米倉平造って?…」
私は、自分でも、驚くほど、素っ頓狂な声を上げた。
声を上げた後、思わず、周囲を見回すほどだった…
誰かが、私を見ていないか、心配するほどだった…
「…どうして…」
私は、小さく言った。
意味がわからない…
突然、正造と好子さんが、血の繋がった実の兄妹だと言い出すかと思えば、今度は、父親の米倉平造から、好子さんを守るためだと言う。
正直、意味不明…
頭がおかしくなったんじゃ…
私は、そんな思いで、水野透を見た。
そして、それが、表情に出たのだろう…
「…オレは別に、頭がおかしくはなっていないよ…」
と、水野が穏やかに言った。
私は、思わず、
「…いえ、誰もそんなことは…」
と、否定して見せた。
…まさか…いくら、そう思っていても、それを口にすることはできない…
「…オレは真剣だ…」
水野が言った。
「…真剣?…」
私は、水野の言葉を繰り返す。
「…好子と正造は、実の血の分けた兄妹だ…そして、あの平造とは、二人とも、血が繋がっていない…」
「…血が繋がっていない?…」
私は、水野の言葉に驚いた…
文字通り、仰天した。
なぜなら、正造は、平造とは、血が繋がってないが、好子さんは、平造の血の繋がった、実の娘…
それゆえ、平造は、好子さんを溺愛しているんじゃ…
そう思っていた…
「…でも、平造さんは、好子さんを溺愛しているんじゃ…」
「…溺愛? 違う…」
水野が、忌々(いまいま)しそうに、言った。
「…あれは、溺愛なんかじゃない…」
「…溺愛じゃない…」
「…あれは、平造が、好子を狙ってるんだ…」
「…好子さんを狙ってる?…」
私は、オウム返しに、バカみたいに、水野の言葉を繰り返した…
同時に、心の中で、同じ言葉を、何度も反芻した。
繰り返した…
…狙っている?…
…狙って?…
たしかに、実の父親でなければ、好子さんと、男女の関係ができても、おかしくはない…
例え、親子ほど歳が離れていても、おかしくはない…
と、同時に、私の脳裏に、
…身代わり…
という、言葉が、浮かんだ…
…私は、米倉好子の身代わり…
その言葉の意味が、ふいにわかった…
米倉好子は、水野と結婚して、あの米倉の豪邸を出る…
そして、私が、代わりに、あの米倉の豪邸に入る…
すると、どうだ?
米倉好子が、私、高見ちづるに入れ替わっただけ…
もし、
もしも、だ…
今、水野が言ったように、平造が、好子さんを狙っていたとしたら、そのターゲットが、私、高見ちづるに代わる…
つまりは、私は、米倉好子の代役…
平造が、もし、好子さんを狙っているとしたら、好子さんの代わりになる、女を探すのが一番…
そして、そのためには、なにより、好子さんと似ているのが、必須条件…
それゆえ、私を、米倉正造は選んだ…
血の繋がった自らの妹を守るために、好子さんに似た、女を、平造に差し出すために選んだ…
そういうことだ…
ここに至って、ようやく、水野の言った、身代わりの意味を、理解できた…
だが、果たして、それは、本当なのだろうか?
疑問がある。
なにより、好子さんを見る限り、その兆候はなかった…
純粋に、正造を慕っているように、見えた。
「…でも、好子さんは、正造さんを、純粋に好きに…」
「…それは、好子が、正造と血が繋がった事実を知らないからだ…」
「…知らない…」
「…正造は気付いていたが、それを好子に伝えることはなかった…」
「…なかった? …どうして?…」
「…自分と好子が、血の繋がった兄妹だとわからないフリをした方が、都合がいいと判断したんだろう…」
「…」
私は、水野の言葉に、言葉もなかった…
反論できなかった…
事実、世の中には、知っていても知らないフリをしていた方が、都合のいいことがある…
知っていることを周囲に伝えることで、返って不利になることがある…
この場合に当てはめれば、まずは、好子さんが、正造と血の繋がった兄妹と分かれば、どう反応するか、わからない…
どう行動するか、読めない…
なにより、好子さんが、純粋に、正造を慕うことで、実に、好子さんの行動はわかりやすい…
しかし、それが、血が繋がった実の兄妹だと知れば…
好子さんが、どういう反応を見せるか、正直、読めない…
そのためにも、正造は、好子さんに、血の繋がった実の兄妹だと知らさなかったのでは?
私は、考えた。
だが、だとすれば、どうだ?
正造は、平造から、あの豪邸を追い出された。
正造は、米倉の家を継ごうとして、平造から、後継者の資格なしと、思われた…
認定された…
それゆえ、正造は、平造の血の繋がった実の娘である、好子さんと、結婚することを申し込み、平造を激怒させたのではなかったのか?
私は考える。
「…正造さんは、米倉を継げなくて、それで、好子さんと結婚することで、米倉を継ごうとして、平造氏の怒りを買って、あの豪邸を出て行ったのでは、なかったんですか?…」
私は言った。
「…それはありえない…」
水野さんが言った。
「…おそらく、それは作り話だ…」
「…作り話?…」
「…真実は、正造は、好子を連れて、あの豪邸から出て行こうとしたんだろう…それをうまく、アンタは騙されて聞いたんだ…」
水野があっさりと言う。
私は、
「…」
と、言葉に詰まった。
率直に言って、今、水野が言うことが、わからなかった…
理解できなかった…
いや、
理解できないのではない…
理解はできる…
しかし、その内容は、これまで考えていた内容とは、あまりに、違った…
正直、受け入れがたい内容だった…
私はただ茫然として、目の前の水野を見た。
水野もまた、無言で、私を見ていた。
そして、ポツリと、
「…私は身代わり…」
と、呟いた。
水野は、無言だった…
「…米倉好子さんの身代わり…」
と、繰り返した。
「…米倉平造は、女好きだ…それも、病的に…」
水野が穏やかに、呟く。
「…それは、オレも親父から、聞いていたが、まさか、自分の育てた娘に手を出そうとしてるとは、考えなかった…」
「…どうして、正造さんは、それに気付いたんですか?…」
「…正造もまた、女好きだ…平造の好子に対する態度で、なんとなく気付いたんだろう…だから、一刻も早く、あの米倉の豪邸から、好子を連れ出すことを考えていた…だが、一方で、正造は、あの豪邸から、出ることはできなかった…」
「…出ることはできなかった?…」
「…あの米倉の豪邸から出ることで、自動的に、米倉の後継者の地位を捨てたことになるからだ…」
「…」
私は唖然とした。
と、同時に気付いた…
今、テレビで見る、米倉好子は、はつらつとしているというか、以前、会ったときよりも、遥かに明るい…
私は、なぜ、好子さんが、以前に比べて、別人のように、明るくなったか、わからなかった…
しかしながら、今、こうして、水野さんの説明を聞いていると、わかる…
納得する…
おそらくは、好子さん自身も、なんとなく、平造に狙われてる事実に気付いていたんだと思う…
いや、なんとなくではない…確実に気付いていたに、決まっている…
それが、今、平造が、拘置所に入れられて、目の前からいなくなり、それで、不安が消え、それが、表情に出たのだろう…
私は、ようやく、その事実に気付いた…
今、目の前で、水野透が、語る真実…
それが、本当に、真実か否かは、わからない…
しかし、それが、真実ならば、納得できる…
どのような事実であれ、事実は、納得できるものだ…
事実ならば、納得できるものだ…
説明できぬことは、真実ではない…
だが、だとしたら、どうだ?
米倉の経営危機は、どうなんだ?
米倉は、倒産危機…
それを平造は隠したことで、逮捕された…
世間に発表する業績を偽ったことで、逮捕された…
まさか、アレはウソではあるまい…
「…米倉の…大日産業の経営危機は…」
「…アレは、事実だ…」
「…事実…」
「…だが、当然、平造氏がすべて一人で、やったわけじゃない…正造も絡んでいる…正造は、それをすべて平造のせいにしただけだ…」
「…平造さんのせいに…」
私は、水野さんの言葉に、絶句した。
と、同時に、気付いた。
大日産業の経営危機…
それは、当然、社長の米倉平造だけが、知っている事実ではない…
会社の上層部ならば、誰もが知っているはずだ…
そして、その上層部というのは、当然、正造も直一も入っている…
だから、大日産業の業績のウソを知っているのは、平造だけではないということだ…
いや、正造も直一も、そのウソに力を貸しているのは、明らか…
明白だ…
私は、水野の話を聞きながら、考える。
と、同時に、気付いた。
この前、米倉正造の母に会った時、あのときは、正造と好子さんが、血を分けた実の兄妹だと気付いていなかったのか?
いや、あのとき、たしか、正造の母は、澄子と正造のことを口にしていたはずだ…
おかしい…
「…でも、たしか、正造さんの母親は、澄子さんと正造さんのことを口にしていたんじゃ…」
「…アレは、アレで、正しい…」
「…アレは、アレで、正しい? どういう意味ですか?…」
「…澄子と正造は、父親が違うんだ…」
「…父親が違う?…」
「…だから、二人とも、雰囲気からなにから、別人だ…」
「…別人?…」
私は、それで、気付いた。
澄子さんは、いつも好子さんをイジメていた…
アレは、澄子さんが、好子さんの正体に気付いていたからではないか?
好子さんが、自分と、父親が違う、血の繋がった実の妹だが、澄子さんと、違って、好子さんは、清楚なタイプの美人…
澄子さんは、こう言っては失礼だが、ルックスは悪くはないが、美人と呼べるレベルではない…
なまじ、自分と、半分だけだが、血が繋がっている妹が、自分とは違って、美人なのが、余計に許せなかったのはなかったのか?
人間は、嫉妬の生き物…
それは、ときに、他人よりも、自分の身内に嫉妬する場合が多々ある…
なまじ、同じ血が繋がっているのに、どうして、こんなに違うのか…差があるのか、と思って、余計に頭にくるのだ…
それは、ルックスでも学力でも同じ…
とりわけ、女は、自分のパートナーを比べる場合も多い…
パートナーのルックスや年収を比べる場合が多い…
要するに、一番身近な存在である姉や妹に負けるのが、許せないのだ…
と、そこまで、考えて、気付いた。
だったら、新造さんは、そして、新造さんの母親は、どうなのだろう?
その事実に気付いていたのか?
「…新造さんと、お母様は、その事実には…」
「…母親は、当然、気付いているよ…自分の娘ではないのに、娘だとして、育てていたんだからね…」
当たり前のことだった…
「…新造は、その事実を知らない…ただ、好子の方はなんとなく気付いていたかもしれない…」
「…好子さんは、気付いていた?…」
「…自分に対する平造の態度で、なんとなくわかるだろ…」
「…」
「…好子と正造の母親は、幼い好子だけは、あの米倉の豪邸に残したかったそうだ…」
「…どうして?…」
「…澄子も正造も、あの豪邸で、育った…幼い好子だけ、あの豪邸で、育たないのは、不公平というか、子供時代の経験が、その人間の一生を左右する場合が多い…金持ちの家に生まれたのだから、好子も金持ちの家に、住まわせたかったのだろう…正造の母親もあの米倉の豪邸を出て行った後は、当然、あんな大きな家には住めなかったのだから…」
私は、水野の言葉が痛いほどわかった…
お金持ちに生まれるというのは、単にお金持ちの家庭に生まれるということではない…
お金持ちの生活をさせることだ…
あの米倉の豪邸を出てしまえば、それはできない…
父親の愛人の子である、水野は、その事実が痛いほど、わかるに違いない…
平凡な家庭から、いわゆる上流階級に移り住んだ水野にとって、最初から、上流階級に生まれた人間との差は、埋めがたい…
それが、水野の根底にあるのだろう…
いわゆる幼少時代に育った環境の違いは、生涯埋めることはできない…
感覚が違うのだ…
育った環境が違うというのは、そういうことだ…
私は思った…
「…でも、水野さんは、あの正造さんの母親に会った時に、そのことは…」
「…アレがすべての発端さ…」
「…すべての発端…」
「…あの婆さんに会ったことで、米倉の業績のウソも、正造と好子が、血の繋がった実の兄妹だとも、わかった…」
「…だったら、今の米倉と水野の合併協議会…アレは、一体?…」
「…続けるよ…」
あっさりと、水野さんが、言った。
「…米倉の…大日産業の負債が、すべて、白日の下に晒されて、水野に利があると、判断すれば…」
水野は、そう言って、笑った…




