恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 89
私と水野が、路上で、向き合うというか、話をしていることで、嫌でも、周囲の注目を浴びた…
…マズい!…
さすがに、私も自分の置かれた立場に気付いた…
今をときめく、水野財閥御曹司と、会社に向かう途中で、なにか、言い争っている…
しかも、若い男女…
これでは、まるで、傍から見れば、痴話喧嘩ではないか?
付き合っている男女が、別れ話のもつれか、なにかで、会社の近くで、言い争っている…
そんな構図だ…
いや、
誰もが、そう思うだろう…
私自身、ようやく、周囲の目が気になってきた…
ちょうど、そのときに、偶然、会社に出社する内山さんの姿が目に入った…
「…内山さん…」
私は、とっさに、内山さんに話しかけた。
内山さんは、私と水野を見て、目を点にして、驚いていた。
「…亀山所長に、今日少し、遅くなって、出勤すると伝えて…これから、この水野さんと、話をしてから、出社するって…」
内山さんは、私と、水野を交互に見て、無言で、頷いた…
事実、声をかけられる雰囲気ではなかったのかもしれない…
私と、水野は、それほど、緊迫した雰囲気の中にいた…
水野もまた、内山さんに、
「…頼みます…」
と、ペコリと頭を下げた。
それを見て、内山さんも、反射的に、頭を下げた。
小柄な内山さんの姿が、まるで、小学生かなにかのように、私の目に映った…
私自身、155㎝と、小柄なので、おそらく、内山さんは、私より2㎝ぐらい背が低いだけ…
しかしながら、内山さんは、いわゆるロリ顔なので、どうしても、年齢以上に、子供っぽく見える…
だから、私と、水野さんが、なにか、内山さんに頼んだら、頷くその姿は、まるで、子供のようだった…
私は内心、プッと、吹き出しそうになった…
慌てて、私は、周囲を見た…
ここは、笑うところではない…
緊迫した場面で、プッと吹き出しかけたことがわかれば、私の人間性が疑われる。
が、サッと周囲を見渡したが、私が吹き出しそうになったのを、気付いた人間はいなかった…
私は、安心した。
同時に、こんな緊迫した場面だからこそ、笑いが必要なのでは? とも、思った…
なにを言いたいかと言えば、緊迫した場面で、プッと、誰かが笑うことで、一気に緊張が解けることがある…
こんなとき、誰もが、知る寓話は、裸の王様…
凡人の目には、見えない服だと、言い含められ、裸でいる王様…
裸の王様を見る者は、誰もが、王様は裸だと思っているが、さすがに、周囲に気兼ねして、それを口にすることができない…
なにしろ、相手は王様だ…
それを、小さな女のコが、王様は裸だと、暴露=指摘したことで、それを見た人間が、一斉に爆笑する…
そんな感じだ…
不謹慎ながら、水野と、いっしょにいて、そんな光景が脳裏に浮かんだ…
「…さあ、早く…」
水野が、私の手を取った…
小柄な私は、大柄な水野に手を引っ張られると、カラダが、一気に動くというか、揺れた…
「…水野さん…そんなに強く手を…」
私が抗議すると、水野は、私を振り向いて、
「…ゴメン…でも、急いでるんだ…」
と、言い訳した。
…なにを、そんなに急いでるんだろう?…
私は疑問だった…
そして、水野がさっき言ったことを考えた。
…好子さんが、水野と結婚して、あの米倉の豪邸を出る…
…そして、例えば、私が米倉正造と結婚して、あの米倉の豪邸に住むとする…
…そうなれば、私と好子さんが、入れ替わることになる…
と、ここまで、考えて、初めて、気付いた…
…それが、身代わりの真実ではないのか?…
私が、好子さんの代わりに、あの豪邸に住むことが、身代わりの意味ではないのか?…
不意に、そんな考えが、脳裏に浮かんだ…
そして、そう考えると、これまで、私が考えていたこと…
つまり、私、高見ちづるが、米倉正造に紹介された理由…
これまでは、私が、溝口を通じて、米倉正造に、紹介されたのは、好子さんに似ているからだと、ずっと、信じ込んできた…
だが、違うのではないか?
私が選ばれたのは、好子さんに似ているのではなく、好子さんの身代わりにするため…
身代わりの意味は、わからないが、そういうことではないか?
つまり、以前も、気付いたが、私は、米倉好子の代用品…
替えに過ぎない…
米倉好子が、あの豪邸からいなくなるから、代わりに、好子さんに似た、私、高見ちづるを連れてきた…
そういう意味ではないのか?
私は思った…
だが、もし、そうだとしても、身代わりの意味がわからない…
仮に、私が、好子さんの身代わりだとしても、それが一体どうしたというのだ?
例えば、私が、あの豪邸に、好子さんの代わりに住んだとする…
それが一体なんだというのだ?
好子さんの代わりに、私が住んだとして、似たようなルックスの、同世代の女が住んだだけだ…
それが、一体、なんだというのだ?
と、ここまで、考えて、別の言葉を思い出した。
新造さんが、
「…透も、好子も、正造も、みんなバラバラで…」
と、電話口で、嘆いたことがあった…
あれは、一体、どういう意味なんだろう?
私は今、水野透に、強引に手を引っ張られながら、考えた。
水野は、文字通り、焦っていた…
「…水野さん…」
と、声をかけたいところだが、うっかり声をかけることができない…
そんな緊張感が、水野の全身から、漂ってきた…
「…とにかく、二人きりで、話せるところへ行こう…」
水野は、私に話しかけるというよりは、自分自身を納得させるように、むしろ独り言を呟くように言った。
私と水野は、会社に出社する大勢の人間に逆らうように、真逆の方向に、歩く…
それゆえ、嫌でも目立った…
「…一体、どこへ?…」
私が言うと、
「…どこでも…二人きりで話せる場所なら…」
と、水野が応じた。
その言葉で、私は一瞬、考えたが、以前、この水野の父親…水野良平と二人きりで話したことのある、駅前の店を思い出した。
「…それなら、いい店を知ってます…」
「…いい店を知っている?…」
水野が私を見た。
私は、そんな水野を見詰めた。
「…なにから、話そうか…」
私と、水野は席に着くと、水野が切り出した。
「…そもそもの発端は、好子なんだ…」
水野が切り出した。
「…好子さん?…」
一体なにを言い出すのだろう…
私は思った。
私と水野は、駅前のカフェにいた。
通勤時間なので、正直、客が少ない…
だから、外を歩く人の群れを見ながらも、ある意味、安心だった…
この時間で、私と水野さんの話を聞いている人間は、いないだろうからだ…
「…いや、発端といって、いいのかどうか、わからない…」
水野は、口にする。
水野自身、なにから話していいか、わからない様子だった…
自分でも、それが、もどかしい…
そんな感じが伝わってきた…
「…正造…米倉正造…」
いきなり、水野が、その名を口にした。
「…アイツの女の好みは知ってるね?…」
なぜか、そんな話を口にした。
私は、無言で、頷いた。
「…派手な女…色っぽい女…あるいは、水商売風の女…」
水野が、言う。
私は黙って、水野の言うことを聞いていた…
「…共通点はわかる?…」
ふいに、水野が、質問した。
「…共通点?…」
「…そう、共通点…」
私は、水野の問いに、しばし、悩んだ…
悩んだ結果、ひとつの答えが浮かんだ…
だが、それを口にする前に、水野が、口を開いた…
「…ヒントは、米倉好子…」
「…好子さん?…」
「…そう…」
「…つまり、好子さんと、真逆…真逆のタイプの女…」
私は、さっき、自分でも、気付いたことを、口にした。
「…でも、それが一体…」
「…正造が、なぜ、好子と、真逆のタイプの女ばかり、家に連れてきたか? わかる?…」
「…それは、正造さんの女の好みじゃ…」
「…それも、ある…」
水野が意味深に言った。
「…でも、正造が連れてきた女がすべて、好子とタイプが被らないのは、おかしいと思わないか?…」
水野の質問に、私は、当惑した。
それまで、考えたことのないことだったからだ…
「…でも、それは、正造さんの女の好みじゃ…」
私は、さっき言ったことと同じ言葉を繰り返した…
「…あいにく、オレは、そうは思わない…」
「…思わない…どうして?…」
「…正造は、アイツは意図的に、好子と同じタイプの女とは、決して付き合わなかった…」
「…意図的に付き合わなかった…どうして?…」
「…少なくとも、オレはそう思ってる…」
意味深に、断言した。
私は、無言で、水野を見た。
見詰めた。
一瞬、冗談を言っているのかと、思ったからだ…
しかしながら、その顔は、冗談を言っているようには、微塵も見えなかった…
「…どうして?…」
「…正造と、好子は、血の繋がった兄妹…兄妹だ…」
いきなり、水野が断言した…
一瞬、水野がなにを言っているのか、わからなかった…
米倉正造と、好子さんは、腹違いの兄妹と思われたが、実は血の繋がってない兄妹と知った…
それが、今度は、一転して、血の繋がった兄妹だなんて…
「…兄妹?…一体なにを…」
私は、少しの間を置いて、言った。
なにをバカバカしいことを…
そんなことがあるわけがない…
「…あの米倉の姉弟たちの中で、正造と好子だけが、タイプが同じ…」
ゆっくりと、目の前の水野が口にした。
「…澄子も、新造も、正造と、好子とは、タイプが違う…顔形は違うが、正造と好子だけが、同じ雰囲気を持っている…」
水野が、言った。
私は、
「…」
と、絶句した。
…たしかに、あの四人の中で、正造と好子さんだけが、雰囲気が同じ…
自分で言うのもなんだが、私と同じ、清楚で爽やかな雰囲気…
正造は男だが、一目見て、爽やかな好青年の雰囲気…
だが、それだけで…
私は唖然として、水野を見た。
「…でも、雰囲気が同じだけで、どうして、兄妹と…」
私は言った。
そして、少しの間を置いて、付け加えた。
「…証拠は…証拠はあるんですか?…」
私は水野を問い詰める。
水野は、私の質問に、
「…さっきオレはアンタに質問したね…正造は、なぜ、好子と同じタイプの女を決して、あの米倉の豪邸に連れて行かなかったのか?…」
と、ゆっくりと、言った。
「…どうして、好子と同じタイプの女と付き合わなかったのか?…」
水野は、繰り返した。
「…どうして?…」
…わからない…
…正造の女の好みでないならば、どうして、正造は、わざわざ自分が好きでもないのに、好子さんと違うタイプの女と付き合うのか?
「…わかりません…」
私は白旗を上げた。
「…コレはあくまで、オレの勘だ…」
水野が、前置きして、言う。
「…正造は、好子を守るために、好子と同じタイプの女と付き合わなかったとすれば、どうだ?…」
「…好子さんを守るため?…」
あまりにも、意外な言葉といおうか、発想だった…
…守る?…
…守るって、なに?…
…一体、誰から?…
…一体、なにから?…
私の頭の中に、さまざまな疑問が、浮かんだ…
それから、言った。
「…守るって、誰からですか?…」
「…米倉平造から…」
水野が、真顔で、答えた。




