恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 9
米倉は、私と部屋で、二人きりになると、
「…驚かせて、すいません…」
と、真っ先に私に詫びた。
「…まさか…好子も、新造も、初対面の高見さんに対して、あんなことを言うとは、思わなかった…」
「…いえ…とんでもありません…」
私もまた米倉に詫びた。
もちろん、心の底から、詫びたわけではない…
形式的に詫びただけだ…
「…でも、失礼ですが、米倉さんの家庭が、なんとなくゴタゴタしていることは、わかりました…」
と、私は付け加える。
「…ゴタゴタしている?…」
私の言葉に米倉は、驚いたようだ…
「…たしかに、そうですが…」
米倉は私の言葉の真意を掴みかねているようだ…
「…いえ、私が言いたいのは、だから、会社のお金を横領しようとしているものがいるのでは? と言いたかったんです…」
と、真意を説明した。
米倉は私の言葉を一瞬考え、
「…ああ…そういうことですか…」
と、納得した。
「…たしかに、それなら、高見さんの言う意味はわかる…」
米倉は私の言葉に納得したようだ…
が、私は、本当は、米倉の両親が言った、
「…家族がいっしょに住んでいると、色々問題を抱える…」
という言葉にも、米倉の家庭が抱える闇を見た気がしたと言いたかったが、さすがに、それを口にするのは、躊躇われた。
見方によっては、米倉の両親もまた、自分の経営する会社で、身内が金を横領している事実を、私に訴えたともいえる。
無論、正式に言葉にしたわけではないが、暗に仄めかす感じで、告げたとも言える。
あるいは、会社の金を横領している事実とは、違うが、明らかに、誰の目にも、困った事実を抱えているのは明らかだ…
私にそれを告げたともいえる。
「…高見さんを、変なことに巻き込んでしまったのかもしれない…」
米倉が告げた。
私は米倉を見た。
米倉が本気で、言ったのか、知りたかったのだ…
米倉は、爽やかなイケメンで、誰もが、一目で、心を許す、ナイスガイ…
が、これは、見せかけに過ぎないことは、米倉の父と弟の言葉から、すでに明らかになっている。
が、それを考慮しても、米倉は、やはり、ナイスガイに見えることに、変わりはなかった…
知り合って、まもないこともあり、どうしても、外見で、判断してしまう…
それ以外の評価材料が乏しいからだ…
「…お気になさらないで下さい…」
私は米倉に言った。
言いながら、それは、事実だと思った。
気にするのであれば、今すぐ、この高見ちづるもまた、大急ぎで、この米倉の豪邸から、裸足で逃げ出している(笑)…
それをしないのは、不届きながら、楽しいから(笑)…
スキャンダル探しではないが、このゴタゴタが楽しそうだから、逃げ出さないだけだ…
ちょうど、芸能人の不祥事を告げる、テレビのワイドショーを見るような面白さがある。
言葉は悪いが、誰もが他人の不祥事は、楽しいものだ…
私は考える。
私が考え込んでいると、いつのまにか、米倉が私のすぐ近くに来ていた。
「…高見さん…」
言いながら、まるで、キスをするような距離に、顔を近付けてきた。
これに気付いた私は、
「…近過ぎます…」
と言って、米倉の顔に、手をやって、払い除けた。
「…私は、米倉さんと、そういう関係になるつもりはありません…」
と、きっぱり断言する。
米倉は、私の言葉に、
「…そういうつもりは…」
と、洩らしながらも、戸惑った表情だった。
そういうつもりがないなら、どうして、そんなに、私に顔を近付けてくるの? と、私は言いたかったが、止めた。
さすがに、それを口にするのは、大人げない気がした。
米倉の目的は、会社の金を横領した犯人探しかも知れないが、同時に、私、高見ちづるにも、手を出そうとしているのは、これで明らかになった…
生来の女好きなのだろう…
もっとも、米倉のように、イケメンならば、女はよりどりみどり…
女に不自由することはありえない…
ただし、米倉の弱点は、その年齢…
すでに、四十代…
米倉が女好きだと、仮定しても、十代、二十代の若い女は手に入りにくくなっているのでは、ないか?
それゆえ、私のような三十代の女に手を出そうとしているのではないか?
そんなことを考えた。
そんなことを、考えながら、米倉の顔を眺めていると、ふと、ひとつの疑問が浮かんだ。
「…米倉さん?…」
「…ハイ…」
「…つかぬことを、伺いますが、米倉さんは、おいくつですか?…」
「…ボクは、41歳です…」
米倉はなぜ、そんなことを訊くんだと、言いたげな表情で、答える。
「…でしたら、米倉さんのお姉さんの澄子さんでしたっけ? 彼女はいくつです?…」
私はさきほど会った、澄子を思い浮かべながら、言った。
「…姉はボクとひとつ違いなんで、42歳です…」
「…だったら、妹の好子さん…米倉さんを慕っている彼女の年齢はおいくつですか?…」
「…好子ですか? …たしか、31歳だと思いますが…それがなにか?…」
「…いえ、随分、歳が違うと思って…さっき、米倉さんと、争った、新造さんは、好子さんの弟さんですよね? だったら、好子さんより、当然、若いはずです…」
米倉は、私が、なにが言いたいか、わかったようだ…
「…高見さんは、ボクと姉の澄子と、妹の好子と新造の年齢が離れていることを、言いたいのですか?…」
「…その通りです…だって、十歳以上離れていれば、誰もが関心を持つでしょう?…」
「…たしかに、高見さんのおっしゃる通りです…ボクと姉は、父の前妻の子、妹と弟は、父の後妻であり、現在の妻である義母の子です…」
…やはり…
私は思った。
そして、その言葉を訊いて、あらためて、
「…いずれにしろ、家族が長くいっしょに住んでいると、色々問題が出て来るものです…」
と、言った、米倉の父の言葉を思い出した。
七十代の父と母、それに、前妻の子、二人と、後妻である母と血の繋がった娘と息子がひとつ屋根の下に住んでいる…
しかも、お金持ち…
これだけ、条件が揃っていれば、問題がないのがおかしいくらいだ…
私は考える。
同時に、私は、米倉に訊きたいことがあった。
「…米倉さん、もうひとつ訊いていいですか?…」
「…ハイ…なんですか?…」
「…さきほど、言われた、米倉さんと澄子さんのお母さんは、現在、どうしているのですか? 失礼ですが、お亡くなりになって、お父さんは再婚されたのでしょうか?…」
「…死んだと訊いています…」
「…訊いている? それはどういう…」
なんだか、米倉の言葉が、しっかりしていないというか、確信が持てない口調だった…
「…ボクも詳しくは知りません…父は、現在の母といっしょになって、ボクと姉の産みの母は、父の元を去りました…だから、それ以上は…」
米倉は言って、口を閉ざした。
私はそれを訊いて、なんだか、問題が山積みのような気がした。
たしかに、これほど、家族が色々あると、家族の誰かが、会社の金を盗むようなことが起きても、おかしくないと思った。
これは、単なる悪口ではない…
例えば、中学生の息子や娘が非行に走った場合は、大抵、その家族が問題を抱えている。
例えば、父親が会社をリストラされ、家庭が不和になったり、父親や母親が、浮気や不倫をした場合など、つまり、子供が属するコミュニティーに問題がある場合が、大半だ…
子供自身もイジメに遭ったり、外的要因も多いが、同様に、内的要因というか、家庭に問題がある場合が多い…
私はそれを考えた。
「…米倉さんの会社は同族会社なんですか?…」
「…同族会社? どういう意味ですか?…」
「…会社のお偉いさんが、すべて、米倉さんの一族で固められているというか…」
「…お偉いさんが、すべて、同じ一族で、占められているといえば、確かに、その通りです…先祖代々といえば、おおげさですが、父も祖父の事業を継承して、会社を継ぎました…会社の役職者がすべて、米倉の一族で、占められているわけではありませんが、大半は一族です…」
「…そうですか…」
「…失礼ですが、高見さん、それがなにか問題でも…」
「…いえ、米倉さんには、失礼な物言いになってしまいますが、どうしても、同族会社というか、一族で、会社を経営すると、揉めやすいと、世間で言うじゃないですか?…」
「…それはどういう?…」
「…同じ一族だから、団結している間はいいのですが、元々同じ一族だから、普通の会社と違うでしょ?…」
「…違う? どう違うんですか?…」
「…普通の会社ならば、学歴や経歴、能力で出世したりするものですが、同じ一族だと、それはわかっていても、どうしてアイツが? となりやすいでしょ?…」
「…それは、ありえますね…」
米倉は渋々、私の言葉に同意する。
「…同族会社は、同じ一族だから、団結するには、他人の集まりである、一般の会社と違って、団結しやすいですが、会社のポジションというか、役職では揉めやすい…遠慮がないというか、元々同じ一族だと考えるから、家庭というか家族の延長になりやすい…」
私の言葉に、米倉は、
「…」
と、言葉もなかった。
少し置いて、
「…だから、会社の金も横領して…と言いたいのですね…」
と、米倉は言った。
私は、
「…ハイ…」
と、言おうとしたが、それをはっきり口にするのも、悪いと思って、黙って、首を縦に振って、頷いた。
米倉は私の言葉に、難しい顔をして、考え込んだ。
私は米倉になんと言葉をかけていいか、わからないものだから、米倉が口を開くまで、待った。
一分ほどだろうか?
言葉にすれば、一分だが、待っているには、随分長かった。
「…やはり、高見さんに、来てもらってよかった…」
米倉が真っ先に言った言葉は、それだった。
「…溝口さんに、高見さんを紹介してもらって正解だった…」
「…正解ですか?…」
「…そう…正解です…はっきり言って、高見さんにかかわらず、ひとを呼びたかったのは、外部の人間の意見を訊きたかったからです…」
「…外部の人間の意見ですか? それはどういう?…」
「…高見さんがおっしゃったように、ボクの会社は同族会社で、何事も、身内だけで、決めるのが常なので、外部の人間の意見というものがない…」
「…」
「…高見さんには、失礼な物言いですが、高見さんの言葉は、納得ができるんです…」
「…納得ができる? それは一体どういう意味でしょうか?…」
「…どんなことも、そうですが、一言訊いて、それが、誰でも納得できないことを言えば、その人間を信用できないというか…そもそも、その人間の能力に疑問を抱くでしょう? …」
「…」
「…わかりやすい例えで言えば、昔、キレイでもない、プライドばかり高い女の友人がいました…」
「…」
「…それが、やはり、ボクの知人と、男女の関係になった…ところが、その女の友人が愚痴るんです…あのひとと関係しても、一度も、彼の両親に紹介してもらえない…家にも、招かれてない…これは、どういうわけだと…」
「…」
「…誰もが、思うのは、関係はしたが、彼女を、そもそも結婚相手として、男は認識してないから、自宅に招くことはないし、ましてや、両親に紹介などするわけがない…それが事実です…ですが、それを誰も正面切って、彼女に伝える友人はいない…彼女の人間性にも、問題はあったのですが、やはり、それをハタで見ているのは辛かった…」
「…」
「…それからです…ボクが、周囲に納得できる意見を言えない人間は信用しなくなったのは…」
米倉の言葉を訊きながら、私は、米倉が言った、キレイでもない女と、関係したのは、米倉本人なのでは? と思った…
要するに、米倉は遊びで、その女と関係したが、その女が米倉に夢中になった…
誰か、その女に本当のことを言ってやれよ…と若き日の米倉は、周囲の友人に頼んだが、誰も言ってくれなかった…
そういうことだろう…
私は考える。
誰もが、自分のことはわからないものだ…
周囲が評価する以上に、自分のことを高く評価する。
しかしながら、あまりにも、自分のことを高く評価し過ぎると、周囲の失笑を買う。
具体的に、誰でもわかる事例で言えば、今回、米倉が言ったように、ルックスがある。
いわゆる美男美女に生まれたか否か、誰でも、小学生の低学年にでもなれば、わかるものだ…
それがわからず、平凡なルックスにも、かかわらず、自分がいわゆるイケメンや、イイ女だと、勘違いしていると、周囲の失笑を買う…
多くの場合、その人物が、自分はルックスが優れていると、誤解するときは、自分の属するコミュニティー=つまり、自分の属する学校や職場に、イケメンやイイ女がいないからに過ぎない。
だから誤解する=調子に乗る…
周囲にルックスが優れた人間が存在せず、自分と五十歩百歩の違いを持つ人間がいるに過ぎないからだ…
それが、突然、イケメンやイイ女が現れた場合は、嫉妬に代わる。
自分が、そのイケメンやイイ女に勝てないことが、一目でわかるからだ…
いわゆるレベルが違う存在…
だから、嫉妬する。
勝てないから、嫉妬するわけだ…
真逆に、そのイケメンやイイ女にとっては、それが日常…
なにが、日常かといえば、平凡なルックスの群れに、飛び込んだ経験が多々あるという事実だ…
そんな状況の中で、どう相手に嫉妬されず、やり過ごすか、経験の中で、学ぶことになる。
僭越ながら、私、高見ちづるがまさに、そうだった…
自分が、気が強くなったのも、それが原因かもしれないと、最近思うようになった(笑)…
こう言っては、反感を買うが、自分よりも優れたものが、身近に現れた場合、必死になって、その人間の足をひっぱろうとする者が明らかに存在する。
そして、そういう人間に限って、なにも持ってない人間が多い…
なにも持ってないというのは、ルックスや学歴など、誰にでもわかる優れた要素が、なにもないのだ…
むしろ、他人様よりも、劣っている人間が多い…
いや、嫉妬心のみ、他人様よりも、上と言うべきか?
いずれにしろ、ルックスにしろ、学歴にしろ、優れた人間は、余裕があるというか、嫉妬心を持つ人間が少ない…
いないと言っているわけではない…
少ないだけだ…
極論を言えば、人間は平等ではない…生まれながらに埋めがたい差がある…
そういうことだ…
私は、そんなことを考えながら、米倉を見た。
米倉は、ルックスが優れている…
そして、その優れたルックスを生かして、多くの女たちと関係したのだろう…
それゆえ、女たちとトラブルになったことも、数知れず…
そういうことだろう…
私は思った。
米倉の父が、米倉を食わせ者と言ったのも、そういうことだろう…
ルックス=見た目と違う…
この場合のルックスは、イケメンという意味ではなく、誠実であると言う意味…
米倉のルックスを見れば、一目で、裏表のない誠実な人柄の持ち主と周囲から、判断されるに違いない…
そして、それは、間違い…
裏表があるのだろう…
米倉の父親は、それを言いたかったに違いない…
私は考える。
私は米倉の端正な顔を見ながら、この米倉という人間は、内面と外面が違うのだろうと、確信した。
それを、米倉の父親と弟が、指摘している。
が、だとすれば、あの好子はどうなのだろう?
好子もまた、米倉が見た目と違うことは知っているに違いない…
それなのに、なぜ、米倉を慕っているのか?
私の疑問は、そこに集中した。
「…好子さんは…」
私が口にすると、
「…アイツはオヤジのお気に入りなんです…」
と、米倉が答えた。
「…お気に入り? それはどういう…」
「…好子は、高見さんと、よく似たタイプの美人でしょ? …オヤジは、子供の中で、好子を一番可愛がってます…」
「…それは、なぜ?…」
私の質問に、米倉は端正が顔をほころばせながら、
「…男は誰でも息子より、娘を可愛がるものでしょ? まして、好子は高見さんと同じく美人だから、オヤジは目の中に入れても痛くないほど、溺愛してるんです…」
と、答える。
…たしかに、誰が聞いても納得する回答だった…
さっき、米倉自身が言った、誰が聞いても、納得のできない回答ではない…
だが、それならば、米倉の父は、自分が一番溺愛している娘が、米倉を慕っているのを、どう思っているのだろうと、思った…
これが、米倉が他人ならば、溺愛する娘が、女の噂の絶えないプレイボーイに弄ばれるのでは? と、気が気でないのが、本音…
だが、腹違いとはいえ、血の繋がった兄となれば、見る目も変わらざるをえない。
しかし、本当に、面白い…
この米倉の家庭は、知れば知るほど、興味深い…
これで、誰かが、会社の金を横領しているとなると、さらに闇は深い…
さらに、なにか出て来るのではないか?
私は、そう思った。
いや、私でなくとも、そう思うに違いない…
「…いずれにしろ、家族が長くいっしょに住んでいると、色々問題が出て来るものです…」
米倉の父が言った言葉が、私の中で、ドンドン重みを増してきた。




