恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 10
…たしかに、面白い…
推理小説ではないが、米倉のことは、知れば知るほど、興味深くなった…
私は考える。
私は考えながら、窓の外を見た。
だだっ広い庭がある。
しかも、よく手入れされている。
この状態を保つのに、一体、年間いくらかかるのだろう…
私が真っ先に思ったのは、それだった…
いや、このお屋敷を維持するのだって、毎年、目の玉が飛び出るほどの、高額な、固定資産税が、請求されるだろう…
その額だって、私、高見ちづるの年収を遥かに、超える額であることは、想像に難くない…
私が、そんな思いで、庭を見ていると、
「…高見さん、よかったら、外へ出て、庭に出てみれば…」
と、米倉が声をかけた。
「…庭へ?…」
私は、驚いて、米倉を振り返った。
「…高見さんは、まだ、この家に来たばかりなのに、色々あったから…気分転換に外へ行って、庭に出てみれば、気分が晴れるかも…」
米倉の言葉に、私は考え込んだ。
…たしかに、米倉の言葉にも一理ある…
やって来た早々、波乱含みというか、自己紹介をして、米倉の家族と会っただけなのに、すでに、波乱を予兆した出来事だらけだった(苦笑)…
テレビで、ワイドショーを見るような面白さを感じる反面、実際にその現場で、矢面に立つと、精神的に疲れる。
私は米倉に、
「…お言葉に甘えて…外に出てきます…」
と、言った。
「…それがいい…」
米倉が応じる。
「…では、ごいっしょに…」
「…いや、ボクはここにいます…」
意外な米倉の言葉だった。
「…ここにいる? …どうして?…」
「…ボクが高見さんといっしょにいると、他の兄弟たちが、高見さんに話しかけてくれないかもしれないから…」
米倉の言葉を聞きながら、私は米倉の視線の先を見た。
米倉もまた、私同様、窓から、外を見ている。
そして、その視線の先には、さっき、米倉と争った、米倉の腹違いの弟、新造の姿があった。
…なるほど、そういうことか!…
私は心の中で、合点する。
「…では、お言葉に甘えて…」
私は、米倉に声をかけて、部屋から出て、外へ向かった。
その私の背中に、
「…頭のイイ女だ…こちらが、なにを求めているか、瞬時にわかる…」
と、小さく独り言を呟いた米倉の言葉が、聞こえた。
私は、米倉のその言葉を聞き、
「…私を呼んだ目的は、まさにそれに尽きるのか…」
と、あらためて、心の中で、反芻する。
溝口に、お見合いだとウソを言い、本当は、自分の家庭の中で、誰が、不正をしているのか、知りたかった…
そのために、自分の手足となる人間が、欲しかった…
それが、本当のところだろう…
米倉は、溝口に、見合いだと誤って伝わったと言ったが、それはウソに違いない…
いや、違いないではなく、ウソに決まっている…
初めて会った時も、まるで、トランプのように、さまざまな名刺を出して、私の反応を試した…
私がどう対応するか、試したのだ…
あのとき、私が
「…ふざけないで下さい!…」
と、怒れば、私は今、この米倉のお屋敷に招かれなかったに違いない…
なぜなら、そんな反応は誰でもできる、当たり前のことだからだ…
私が、米倉の行動を面白がり、それに乗って、私もふざけた…
その結果、米倉の眼鏡に叶った私が、今、ここ、米倉のお屋敷にいる…
そういうことだろう…
そこまで、考えると、この米倉という男は、つくづく食えない男だと実感する。
まさに、食わせ者…
米倉の父親がいみじくも、指摘したように、食わせ者だ…
しかしながら、経営者としては、それもアリなのかとも思った…
会社を経営する人間が、簡単にひとに騙されるようでは、困る。
いや、食わせ者では、ひとから信用されないから、ダメか?
そもそも、他人から信用されない人間は、なにをやっても、ダメだ…
いやいや、それとこれとは、話が別かも…
そんなことを考えながら、私は庭に出た。
私は、米倉のお屋敷をゆっくり歩く。
歩きながら、しかし、本当に、世の中には、お金持ちという人種がいるのだなと、つくづく思った。
こんなお屋敷が、都内にあるのも、知らなかったし、また、そんなお屋敷に招かれるなんて、考えもしなかった。
私、高見ちづるが、生まれて、33年経つが、見たことも、聞いたこともない、世界だ…
つくづく、生まれというものの違いを考えさせられる。
持って生まれた星が違うのだ…
運命というものが、あるに違いない…
それを否定しようにも、否定できない目の前の現実だった…
私はそんなことを、考えながら、目指す、新造の元へ、歩いて行った。
私が、新造の元へ、歩いて行くことがわかると、新造は、立ち止まり、私が、傍に来るまで、待っていた。
「…こんにちは…」
私が挨拶すると、
「…こんにちは…」
と、新造も、私に挨拶する。
「…ここで、なにをなさってるんですか?…」
「…この庭が好きなんです…」
「…庭が好き?…」
思いもかけない言葉だった。
「…どうして、庭がお好きなんですか?…」
「…オレは、この通り、カラダが弱くて…」
新造が言う。
私は目の前の新造を見た。
身長は、私、高見ちづるの、155㎝に比べて、遥かに高く、おそらく、175㎝ぐらい…
しかしながら、なんとなくひ弱い…
一見して、カラダが弱いということがわかる…
「…どこか、悪いんですか?…」
「…呼吸系といえば、難しくなりますが、要するに、ぜんそくです…」
「…ぜんそく?…」
「…だから、ときどき、発作で息苦しくなる…」
「…それは大変ですね…」
私は言いながら、目の前の新造を見ると、新造もまた、マジマジと私を見ていることに気付いた。
「…あの…なにか?…」
どうして、そんなふうに、私を見るのか、わからなかったからだ…
「…高見さんは、姉貴に似ている…」
「…姉貴って、好子さんですか?…」
「…そうです…」
…たしかに、それは誰が見てもわかる…
…私と好子さんは、同じように、155㎝と小柄で、同じようなタイプの美人…
具体的に言えば、常盤貴子を小柄にしたようなタイプだ…
「…だからと言えば、いいのかな…高見さんと初対面なのに、すんなり話せる…」
…それはわかる…
…自分の姉とよく似たタイプの私だから、なんとなく身近に感じるのだろう…
私は考える。
「…だから、高見さんを、オヤジも一目見て、気に入ったんだろう…」
そこまでは、考えなかった…
しかし、言われてみれば、私と好子さんは、似た外見…
そして、米倉が言うには、好子さんは、米倉の父親のお気に入り…
ならば、この高見ちづるもまた、米倉の父が気に入らないはずはない…
私は考える。
同時に、また、米倉が私を、このお屋敷に招いた理由の一つに、私が、好子さんと似ていることだと、気付いた。
あらかじめ、米倉の父が、気に入るような人間を選んだというわけだ…
…食えない男…
私はあらためて、米倉を思った…
米倉の目鼻立ちの整った、いかにも、お坊ちゃまの端正な顔からは、想像もつかない策士であることに気付いたのだ…
要するに、最初から、この家の最高権力者である、父親に気に入られる人間を選んだというわけだ…
私は考える。
そして、目の前の新造を見た。
新造は、腹違いの兄が嫌い…
が、なぜ嫌いなのか?
それは、本人に聞いてみなければ、わからない…
しかし、そんなことを初対面の新造に訊いていいのだろうか?
いや、訊いたとしても、本当のことを言うだろうか?
私が、悩んでいると、
「…なにを悩んでるんです?…」
と、新造が訊いた。
私は、訊こうか、訊くまいか、悩んだが、
率直に、
「…新造さんは、米倉さんがどうして、お嫌いなんですか?…」
と、ストレートに訊いた。
私の質問に、新造は大きな目を見開いて、驚いた。
が、すぐに、
「…ズルいからです…」
と、答えた。
「…ズルい? なにがズルいんですか?…」
「…なにもかです…」
「…なにもかも? …それはどういう意味ですか?…」
「…意味って言われても…」
新造が当惑する。
私は、私よりも、20㎝も背が高い、新造を目の当たりにして、新造が、生真面目で、純粋な人間であることがわかった…
兄の米倉のように、とっさに、ウソでもいいから、なにか、真実っぽいことを言って、対応することができない…
おそらく、生真面目で、純粋ゆえに、うまく立ち回る米倉が嫌いのだろう…
米倉は策士…
どんな場面でも、臨機応変に対応できる人間だ…
そして、目の前の新造は、それができない人間…
芸能人で、言えば、竹下元首相の孫のDAIGOと、似たルックスであり、性格であることに気付いた。
裏表のない性格で、性格も良いのだが、同時に頼りない…
そして、頼りないのは、ぜんそくのせいだけではあるまい…
病気のせいで、痩せているが、それが理由で、頼りなく見えるわけではあるまい…
単純に、性格が頼りないだけだ…
私は考える。
私が、そんなことを考えていると、新造がマジマジと、私を見ていることがわかった。
「…どうしました? 私の顔になにか付いていますか?…」
「…高見さんは、兄貴と付き合ってると言いましたね…」
「…ハイ…ですから、今日、そのことを報告するために、このお屋敷に伺いました…」
「…それは、さっき、聞きました…でも…」
「…でも、なんですか?…」
「…率直に言って、高見さんは、兄貴と付き合っているようには、見えない…」
「…どうして、見えないんですか?…」
「…タイプが違う…」
「…タイプですか?…」
「…高見さんは兄貴の好きなタイプじゃない…」
新造が断言する。
なるほど、腹違いとはいえ、血の繋がった兄弟だから、米倉のことは、よく見ている。
おそらく、これまで、米倉が、このお屋敷に連れて来た女たちと、私は、タイプが違うのだろう…
私は思った。
「…でしたら、米倉さんは、どういうタイプの女性が、好みなんですか?…」
「…兄貴が好きなのは、基本的には、イケイケの派手な女です…」
「…あの米倉さんが?…」
私は驚く。
あの米倉の生真面目で、落ち着いた、雰囲気とは、まさに真逆…
しかし、遊ぶには、まさに、そのタイプの女が一番だ…
結婚うんぬんを、考えない限り、遊びには、そのタイプの女が一番…
同時に、米倉の本性がわかろうというものだ(笑)…
「…だったら、新造さん…」
「…なんですか?…」
「…米倉さんは、あの歳になって、本気で、結婚相手を見つけたくなって、私と付き合い出したんじゃないんですか?…」
「…どういう意味ですか?…」
「…あえて、これまでとは真逆のタイプの私を選んだと言うことです…」
私の言葉に、新造は考え込んだ…
「…たしかに、それもあるかもしれない…」
「…でしょ?…」
私はまるで、弟に言うように、新造に言った。
初対面であるにもかかわらず、なぜか新造には、姉のような立場で、接し易かった。
私はふと思い付いた。
だったら、米倉は腹違いの妹の好子さんをどう思っているのだろうか?
米倉の本性が、派手好きのイケイケの女が、好きだとすれば、好子さんは、真逆のタイプ…
好子さんは、この高見ちづると同じタイプだからだ…
いや、やはり腹違いとはいえ他人ではない…
血の繋がった実の妹…
他人とは違う…
そもそも、米倉が、女を選ぶ基準と、血の繋がった妹を同列に考えること自体、間違ってる…
私は、そう考えた。
そう、考えてると、
「…兄貴は、生き方がうまいから…」
と、突然、新造が口走った。
「…生き方がうまい…」
「…兄貴もまた、姉貴を大切にしている…だから、姉貴もまた兄貴を好きなんだろ…だけど、オレに言わせれば…」
「…オレに言わせれば…」
「…兄貴はオヤジの顔色を窺って、いつもオヤジの喜ぶことをしようとする…兄貴が好子を大切にするのは、オヤジが喜ぶことを知ってるからさ…」
新造が吐き出すように言った。
私は驚いた。
なぜ、新造が兄の米倉を嫌うか、端的にわかる説明だった…
目の前の新造は、好子さんを好きなんだろう…
その好子が利用されている事実に憤っているに違いない…
「…新造さんは、好子さんが好きなんですね…」
私は言った。
「…ハイ…好きです…」
新造が即答する。
「…姉貴は、子供の頃から、オレを可愛がってくれました…自分を可愛がってくれる人間を嫌いな人間は、誰もいないでしょ?…」
「…それは、そうですね…」
「…姉貴は、オレが子供の頃、ぜんそくでこの庭で、倒れて、カラダが動かなくなったとき、必死になって、オレを運んでくれました…」
「…好子さんが、運んで…」
思いがけない新造の言葉だった…
なにしろ、子供の頃といっても、好子は私同様小柄…
目の前の新造が子供の頃といっても、カラダが大きかったに違いない…
果たして、そんなことが、小柄な好子にできたのだろうか?
私が考え込んでいると、
「…オレ、子供の頃は、チビだったんです…」
と、新造が告げた。
「…チビ…ですか?…」
「…そう…チビです…中学に入ったときは、145㎝しかなかった…」
「…145㎝?…」
たしかに、小さい…
この高見ちづるも、中学に入ったときは、それぐらいの身長はあった…
「…この身長は高校に入って、伸びたんで…」
新造が続ける。
たしかに、男と女は、カラダが大きくなる時期が違う。
女の方が、小学生の5、6年になると、男より先に、カラダが大きくなる…
だから、新造が言うように、子供の頃、好子が新造を抱えて、庭から、運び出そうとすることができたのだろう…
「…その日はちょうど雨が降っていて、家には、姉貴しかいなかった…だから、姉貴は、この庭で、倒れたオレを必死になって、屋敷の中に運ぼうとしてくれたんです…」
私は新造の話を聞きながら、さっき、新造が、言った、
「…この庭が好きなんです…」
と、言った言葉の意味が、ようやくわかった…
新造は、この庭で、子供の頃、倒れた自分を必死になって、屋敷に運ぼうとした好子のことを、思い出していたのだろう…
私は思った。
「…そうですか…さっき、新造さんが、この庭が好きと言った意味がわかりました…」
「…そうですか…」
新造が穏やかに答えた。
「…だから、そんな姉貴を利用しようとするアイツが許せない…」
新造の顔色が変わった。
「…アイツ?…」
「…正造ですよ…」
新造が吐き捨てる。
「…高見さんも、あんなヤツには関わらないことだ…」
新造が言うと、歩き出した。
私は一瞬、新造を追おうとも、考えたが、すぐに止めた。
新造としても、これ以上、私に関わりたくなかったのかもしれないと気付いたからだ…
なにしろ、私は正造と付き合い出した女…
新造の嫌いな兄、正造の彼女なのだ…
これ以上、話したくなかったのかもしれない…
私は一人、ポツンと庭に残された。




