恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 87
と、ここまで、考えて、気付いた…
溝口の左遷の直接の原因…
アレは、たしか、溝口の上司である、大昭和の取締役が、金崎実業を買収しようとして、溝口に命じ、溝口は、極秘で、社内で、プロジェクト・チームを結成して、甥の中村君を金崎実業に入社させた…金崎実業の社内の雰囲気を探るためだ…
だが、米倉が水野に大昭和の持ち株団体、米倉奉公会を売却することで、大昭和の社長が、水野に変わった…
それで、これまで、極秘に指示してきた、金崎実業の買収計画が、水野新社長によって、頓挫というか、いったん白紙に戻ったのではなかったのか?
社長が変わったことで、溝口の上司の取締役が失脚…
後ろ盾を失った溝口は、大昭和の出世頭から一転、関連会社の倉庫係にまで、左遷されたのではなかったのか?
私は思った。
溝口が、水野と繋がっていたのならば、当然、大昭和の新社長に水野に変わったことで、溝口は、これまで以上に、出世できると、考えるのが、当然…
当たり前だ…
しかし、溝口が、スパイであり、自分が得になりそうだと考えた場合は、誰にでも情報を売る真似をする人間だと、見透かされたことで、人間的な信用を得られなかったのだろう…
だから、水野に切られた。
そこまでは、わかる…
だが、どうだ?
水野が、いや、大昭和が、私の勤務する金崎実業を買収するとしたら、むしろ、溝口を使った方が、便利ではなかったのか?
溝口は、金崎実業の買収プロジェクトのリーダーだった…
金崎実業について、調べ上げてるはずだ…
もし、水野が、本気で、金崎実業の買収に着手するとしたら、むしろ、溝口は、水野いや、大昭和にとって、必要な人材ではなかったのか?
私は考える。
「…溝口部長を切った原因はなんですか?…」
私は、米倉正造に訊いた。
「…それは、今も高見さんに言ったように、水野にも、その情報を漏らしていたからです…」
「…それは、ウソです…」
「…ウソ? どうして?…」
「…いえ、ウソではないとしたら、溝口部長を切った理由は、それは、あくまで、表面的な理由じゃないんでしょうか?」
「…表面的な理由?…」
「…溝口部長は、米倉正造…アナタのパートナーではなかったんじゃないでしょうか?…」
「…ボクのパートナー? …それは、どういう…」
「…正造さん…アナタは最初から、米倉を相続することが、目標だった…片や、溝口部長は大昭和での出世が、目的だった…正造さん、アナタと溝口部長は、同志と言うか、互いに利用する関係だった…」
「…」
「…溝口部長は、たしかに、水野に情報を提供していたかもしれない…でも、それを平造氏に告げたのは、正造さん、アナタではないんですか?…」
私は、言った。
これまで、考えたことのないことだったが、今、米倉正造とこうして話していることで、不意に思いついたというか、閃いた…
最初から、米倉正造と、溝口は組んでいた…
そう考えるのが、自然だ…
米倉正造と、溝口が最初から組んでいたからこそ、好子さんに似た、私、高見ちづるを、正造に紹介した。
好子さんは、平造の溺愛する娘…
平造に、正造の交際相手として、紹介するのに、打ってつけの相手だからだ…
事実、平造は、一目見て、私を気に入った…
これまで、正造の連れてきた女は、派手な水商売風の女が大半…
自分で言うのもなんだが、好子さんに似た、清楚な雰囲気の私は、平造のお気に入りに違いないと、判断したのだろう…
心を入れ替えて、仕事に没頭する姿を見せるには、一番だ…
いかにも、結婚するにふさわしい女を連れてきたと、思わせるには、一番だ…
そして、それを死んだ溝口に教えたのは、正造…
米倉正造に違いない…
正造は、溝口に、好子さんの写真を見せ、この女に似た女を探してくれとでも、言ったに違いない…
溝口は、以前から、あの米倉の豪邸に出入りしていた…
だから、当然、実物の好子さんを知っている…
そして、正造に言われて、真っ先に私が浮かんだ…
だから、私を正造に紹介した…
それが、真実ではないのか?
私は気付いた。
「…溝口さんは、アナタのパートナーではなかったんですか?…」
私は繰り返した。
「…パートナー?…」
正造は、スマホの向こうから、独り言のように、呟いた。
それから、少し間を置いて、言った。
「…パートナーといえば、パートナーといえるかもしれない…ビジネスの、ね…ただし…」
「…ただし?…」
「…互いに相手に背中を向けることはできない相手…いつ、裏切られるか、わからない…」
正造が苦笑する。
たしかに、正造の言う通りだった…
溝口は抜け目ない…
信用できない相手…
そして、それは、米倉正造も同じ…
同じだ…
そう考えると、私も苦笑せざるを得なかった…
自然と、不謹慎ながら、小さな笑いを出た。
「…なにが、おかしいんですか?…」
正造が、不思議そうに、私に訊いた。
「…それは、おかしいですよ…」
「…おかしい…なにが?…」
「…だって、まるで、サファリパークじゃないですか? …相手に背中を見せたら、いつ襲われるか、わからないなんて…」
「…サファリパーク?…」
私の言葉に、電話の向こうの正造もしばし、絶句した。
その通りだと、思ったのだろう…
「…たしかに、高見さんの言う通りだ…」
少しの間を置いて、正造が言った。
「…ですが、そのサファリパークには、あの水野透も入っています…」
今度は、私が絶句する番だった…
なぜ、いきなり、ここで、水野透の名前が出た…
私は考える。
私が、水野透に心惹かれていたことを、正造は知っているからこそ、ここで、水野透の名前を出したに、決まっているからだ…
そして、気付いた。
内山さんだ!
今、米倉正造は、内山さんの父親…金崎実業の新社長が、米倉奉公会のメンバーだと暴露したではないか?
だとすれば、当然、内山さんは、私に対する情報を、父親に漏らしている…
そして、内山さんの父親は、米倉のために、動いている…
米倉のため…
すなわち、米倉正造にその情報が届いても、おかしくはない…
私は、ようやく、気付いた。
「…高見さんは、透が好きなそうですね…」
ダメ出しだった…
正造が、電話に向こうから、楽しそうに言った…
私は、突然の米倉正造の暴露に内心焦ったが、
「…ハイ…」
と、素直に認めた。
「…高見さん…変わっている…」
正造が、楽しそうに、笑った…
…変わってる? …私が?…
…どうして?…
「…高見さん…透は、策士ですよ…」
「…策士?…」
「…あの男は、得体が知れないというか、捉えどころがない…」
「…」
「…正直…わけがわからない男です…」
「…わけがわからない…」
思わず、正造の言葉を繰り返して、呟いたが、そういう正造とて、私に言わせれば、わけのわからない男だ…
正造は、見た目は爽やかなイケメンだが、中身は真っ黒とまでは言わないが、黒に近いグレーとでも言おうか?
見た目と中身が、まったく違う…
その正造が、透を、わけのわからない男と呼ぶなんて…
だったら、一体、自分はどうなんだ?
思わず、突っ込みたくなる(笑)…
と、ここまで、考えて、一体、どうして、正造が、私に電話をかけてきたか、考えた。
当然、私に電話をかけてきた目的があるに決まっているからだ…
「…米倉さん…今日は、一体どういうご用件で…」
私は、ようやく、その言葉を口にした。
態勢を立て直した…
私の言葉に、正造は、沈黙した…
そして、言った。
「…明日…テレビを見れば、わかります…」
「…テレビを見れば?…」
「…いや、今の時代、テレビよりもネットの方が早い…スマホでも、パソコンでも、お好きな方で、見れば、手っ取り早く、わかります…」
そう言って、正造は電話を切った…
私は、しばし呆然とした…
明日の朝、一体なにがあるのだろう?
しかも、それは、わざわざ、私に電話をかけて知らせるほど、重要なことなのか?
しばし、考え込んだ…
一体、なにが?…
考えたが、当然、わからない…
わかることといえば、米倉や水野関係することだということだけだ…
だから、私はこれ以上、考えることは、止めにした…
そして、翌日…
新聞を見ると、
米倉好子と、水野透の結婚の情報が、載っていた…
私は唖然とする。
…これが、昨夜、米倉正造が言っていたことか?…
私は呆然と、新聞のワイドショーのテレビ欄をジッと見た…
…来るべきものが、来た…
当たり前といえば、当たり前のことだった…
普通に考えれば、米倉好子と、水野透は、結婚する…
あるいは、破局する=結婚しない…
あるのは、その二つのみ…
選択肢は、その二つのみだ…
私は考える。
私はスーッと息をして、ジッと、二人の名前が書いているテレビ欄を、見て、心を落ち着かせた…
…来るべきものが、来たに過ぎない…
そう、自分自身に言い聞かせて、落ち着かせようとした…
すでに、私自身、水野透との結婚は諦めてるはずだ…
だが、そうは言いながらも、心は平静ではいられなかった…
心の中では、さざ波どころではないほど、気持ちが揺れ動いていた…
…まさか、こんなことが?…
自分でも、自分の心のありように、唖然とする。
33歳にもなり、自分を十分過ぎるほど、自制できると、思っていたが、そうではなかった…
まだ、キスもしていない…
セックスもしていない相手の結婚に、これほど、自分が動揺するとは、思ってもみなかった…
笑える…
自分自身を見て、笑える…
しっかり者の高見ちづる…
死んだ野際陽子さんに似たしっかり者と、職場で、評判の高見ちづるの中身が、これとは?
まるで、小学生…
イマドキ、中学生の女のコでも、キスや、あるいは、セックスがあっても、当たり前…
それが、キスもセックスもしていない男の結婚を見て、これほど動揺するとは?
どれだけ、子供なんだ…
どれだけ、バカなんだ!…
私は自分自身を責める…
問い詰める…
私は、呆然自失の体だったが、これから、会社に出勤しなければ、ならない…
まさか、自分が好きだった男が、結婚するからといって、会社を休むわけにはいかない…
さすがに、私もそこまで、子供ではない…
お子様ではない…
心の中では、呆然自失の体だったが、カラダは動いた…
とにかく、会社に行かなければ、ならない…
私の中では、そのことで、一杯だった…
まるで、病気や、交通事故で、満足に歩けなくなりかけた人間が、歩くことのみに、一生懸命のように、私は、会社に行くことに一生懸命だった…
とにかく、会社に行く…
出勤する…
会社に行けば、少しは、気もまぎれるだろう…
家にいて、テレビやネットを見れば、余計に自分自身が落ち込むことが分かっている…
だからこそ、会社に行かなければ、ならない…
仕事をして、恋を忘れなければ、ならない…
仕事に没頭して、この失恋を忘れなければ、ならない…
そう、頑なまでに、自分自身に言い聞かせた…
正直、家を出て、会社に着くまでのことは、あまり覚えていない…
それほど、落ち込んだ…
いや、率直に言って、覚えていないというのは、ウソで、ただ自分の感覚が平静を保つことに必死だっただけだ…
思えば、33年生きてきて、これほど、動揺したことはなかった…
自分自身が、ビックリするというか、呆れるほど、動揺した…
これが、一番の成果というか、驚きだった…
まさか、水野透が、結婚するというニュースを見ただけで、これほど、動揺するとは?
まさか、自分自身が、これほど、弱いとは…
正直、思わなかった…
ただただ唖然とした…
自分自身の弱さに唖然とした…
私は、一方で、そう考えながらも、金崎実業の営業所のある、駅前の雑居ビルに足を運んだ…
いや、目指した…
ちょうど、登山家が、山の頂上を目指すように目指した…
ただ一心不乱に、金崎実業の営業所を目指した…
まるで、吹雪の中を、必死になって、目指すようなものだ…
大げさだが、その表現が、実に似合った…
そして、ようやく、金崎実業の営業所の入った雑居ビルが見えてきた。
傍から見れば、私はただ歩いているだけだが、私の心の中は、吹雪が吹き荒れていた…
そして、その吹雪の中、やっと現れた、金崎実業の入った雑居ビル…
それが見えたとき、ホッとしたというか、安心した…
実に安心した…
私はいつも通り、その雑居ビルに入るべく、足を運んだ…
そのとき、偶然、見知った顔が、私の目に映った…
長身のイケメン…
どこかで、見た顔だ…
いや、どこかで、見た顔どころではない…
それは、今、私が必死になって、忘れようとしている、水野…水野透の顔だった…




