恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 86
…金崎実業のスパイ?…
一体、どういう意味だ?…
私は驚いた。
そして、動揺した。
一体、米倉正造は、なにを言い出すつもりだ?
さっぱり、わからない…
私が、あまりの言葉に、黙っていると、
「…正体がバレて、驚きました?…」
と、からかうような声が、スマホから漏れた。
「…そんな、正体って?…」
「…米倉奉公会…」
突然、正造が言った…
「…米倉奉公会?…」
私はオウムのように、正造の言葉を繰り返した。
その名前はたしか、米倉が持っていた、大昭和の株を管理する団体…
たしか、死んだ溝口が、言っていたが、米倉は戦前、大昭和のオーナーだった…
そして、その当時の従業員の持つ大昭和の株を管理する団体の名前が、米倉奉公会…
戦後、アメリカの占領下での財閥解体により、米倉財閥は解体された…
米倉財閥を構成する会社を、バラバラにして、米倉から独立させた…
米倉に限らず力のある財閥の力を削ぐためだ…
特定の財閥に力を持たれて日本の国力が増し、再びアメリカに牙を向かれてはたまらないという、アメリカの判断だった…
しかしながら、機を見るに敏な米倉の経営者は、しかるべき時期に、大昭和の将来性を考えて、密かに、株を買い戻した…
それが、米倉奉公会…
当時、従業員の持ち株団体を買い取ったのだ…
私はそれを思い出した。
「…米倉奉公会って、たしか、米倉の持つ大昭和の株を管理する団体…でしたね…」
私は言った。
「…その通りです…」
正造が言う。
「…でも、別の意味もあるんです…」
「…別の意味? …それは、どういう?…」
「…ヒントは、米倉奉公会の名前ですよ…」
「…名前?…」
「…米倉奉公会は、その名の通り、米倉に奉公する、従業員の団体です…つまり、いついかなるときでも、米倉のために尽くす=奉公するということです…」
「…奉公する?…」
「…つまりは、米倉のために動くという意味です…」
「…米倉のために動く?…」
「…大昭和は元々、米倉が創業した会社です…二代、三代と、米倉に勤務した従業員も多い…そして、それが、米倉奉公会…株の管理団体という側面もあるが、それだけじゃない…全員一丸となって、米倉に尽くすという意味もあるんです…米倉は決して、彼らを裏切らないし、彼らもまた米倉のために、動いてくれる…大昭和の株が、水野に売却されても、平造もまた力の限り、彼らをサポートしている…それが、米倉の力の源泉です…」
「…」
「…驚きました?…」
「…それが一体、私となんの関係が…」
「…大ありです…」
「…大あり?…」
「…金崎実業の内山社長は、米倉奉公会の会員です…」
「…内山社長が会員?…」
私はあまりの言葉に、絶句した。
声が出なかった…
内山社長は、私の同僚の内山さんの父親で、最近、金崎実業の社長になった人物…
私と面識はないが、内山さんの父親だから、親近感はある…
だが、どうして、内山さんの父親が、米倉奉公会の会員なのか?
「…どうして、金崎実業の社長が、米倉奉公会の…」
「…金崎実業が、大昭和の取引先だからですよ…」
「…大昭和の取引先だから?…」
「…米倉は、大昭和の重要な取引先には、大昭和で繋がりが深い人物の関係者というか、血縁者を送り込んでる…だから、金崎実業の新社長が、米倉奉公会の会員でも、おかしくはないんです…」
正造が説明する…
「…水野が、平造から、大昭和の持ち株団体である、米倉奉公会を買い取ったのは、単純に大昭和を手に入れるためだけでは、なかったんです…」
「…それは、どういう?…」
「…要するに、大昭和の授業員の繋がりというか、米倉の持つ、人的ネットワークを手に入れようとしていたんです…」
私は、正造の言葉から、以前、死んだ溝口が、いかに米倉が大昭和で、力を持っているか、聞かされたことを、思い出した…
溝口が言うには、先代の社長は、米倉に逆らったばかりに、解任されたという…
その話を聞いたときは、ただ米倉がいかに大昭和で力を持っているか、考えただけだったが、冷静に考えると、社長を解任するのは、取締役など他の経営陣の協力がなければ、できない…
その協力ができるのは、米倉奉公会の人的ネットワークがあるから…
つまり、平造と繋がっているからではないか?
要するに、当時の大昭和の取締役も米倉奉公会の可能性が高い…
米倉平造は、大日産業の社長でありながら、他社においても、それほどの力を有していたのか?
今さらながら、その事実に気付いた…
そして、水野…
水野は、米倉から大昭和の株を買い取るだけでなく、米倉の持つ人的ネットワークまで狙っていたとは?
「…水野は、米倉よりも、デカい…」
私の思考を遮るように、正造が言った。
「…米倉よりもデカい?…」
これは、以前、好子さんから、聞いた。
真逆に、以前、正造に水野について、聞いたとき、正造は、水野と米倉はライバルで、大きさは変わらないと言った。
それは、ウソだった…
水野透が、既婚者だとも、そのとき、言った。
それも、ウソだった…
だから、正造が言うことが、どこまで、本当か、考える…
どこまで、信じられるか、考える…
「…でも、人的ネットワークというか、従業員の繋がりというか、団結力では、米倉の方が、水野より上です…」
「…水野より、上?…」
「…水野良平は、平造の親友です…昔から、仲が良かった…二人とも、ウマが合ったのでしょう…だが、それだけではなかった…」
「…それだけではなかった? …どういうことでしょうか?…」
「…互いに、相手の能力や、会社を調べ尽くしていた…一見、仲良く見えるが、互いに並んだ机の下では、互いに相手の足を蹴り合っているとまでは、いわないが、冷静に、相手の力を判断していた…見極めていた…そして、水野は、気付いた…」
「…なんに気付いたんですか?…」
「…米倉奉公会こそ、米倉の力の源泉だと?…」
「…力の源泉?…」
「…米倉は、グループ会社のあちこちに同様の米倉奉公会に似た団体を持ってます…しかしながら、大昭和にあった米倉奉公会こそ、社外では、最大の組織で、いつの頃からか、水野はそれを狙っていた…」
「…狙っていた?…」
「…米倉が…いや、大日産業の業績に黄信号が灯って、平造には、いや、米倉には、金が必要になった…だから、手っ取り早く金になるものを、売らざるを得なかった…水野はそこに付け込んだ…」
「…」
「…平造も、水野の狙いに気付いたときは、後の祭りだった…すでに、大昭和の株は、水野に売ってしまった…そして、水野は、株だけでない、米倉の資産…人的ネットワークまで、手に入れようとしている事実に気付いた…」
「…」
「…それで、ボクは水野と闘っていたんです…」
「…水野と闘う?…」
その言葉をどこかで、聞いたことを思い出した。
…好子さんだ!…
好子さんは、以前、米倉正造と水野透が闘っていることを、私に言った…
それは、こういう意味だったのか?
私は今さらながら、その意味を思い知った…
だが、
だとしたら、一体、今の米倉正造の言動はどうなのか?
なぜ、米倉と水野が、共同で、合併協議会を立ち上げているのか?
わからない…
行動が、矛盾し過ぎている。
「…でも、今、米倉と水野は合同で、合併協議会を開いているんじゃ…」
「…アレはブラフです…」
「…ブラフ?…」
「…わかりやすく言うと、ハッタリです…ボクたち米倉は、水野がどう出るか? 真逆に、水野は、米倉がどう出るか? 互いに相手の出方を窺ってる…」
「…」
「…変な話、仮に合併するとしても、米倉が水野に飲み込まれては困るし、水野もまた米倉を手に入れても、言いなりにならなければ、手に入れた意味がない…」
「…」
「…要するに、主導権争いです…仮に男と女が結婚したとして、どっちが主導権を握るか? その争いです…」
「…でも、でも…」
「…でも、なんですか?…」
「…好子さんは…正造さんは、好子さんが、水野透さんと結婚するように、仕向けたんじゃ…」
「…ボクが、好子と透を結婚するように仕向けた? どういう意味ですか?…」
「…だって、正造さんは、好子さんと、水野透との不倫スキャンダルを週刊誌に売り込んで、世間に暴露したでしょ?…」
「…アレは、好子のためです…」
「…好子さんのため?…」
「…いや、米倉のためと言っていいかもしれない…好子が、透と、密会したことを世間に暴露したことで、好子が、世間の注目を浴びることになった…米倉は、水野との関係において、圧倒的に不利です…だから、イメージ戦略と言っては、身も蓋もないが、常に好子に、水野との関係において、主導権を握ってもらいたかった…」
「…」
「…小が大を飲み込むのは、現実には厳しいが、少なくとも、米倉は、水野とは、対等でありたい…そのためのイメージ戦略です…少なくとも、好子はあの一件で世間的に有名になり、対水野において、大きくイメージが良くなった…好子がどう振る舞おうと、世間が、好子に同情するというか、世間が好子の見方になった…」
「…そんな…」
私は、絶句した。
そんな狙いがあったとは?
だが、正造の言葉が、どこまで信じられる?
正造は策士…
策士だ…
策士の米倉正造の言葉がどこまで、信じられる?…
私は考える。
「…でも、正造さんは、好子さんが好きなんじゃ…」
私は、思っていたことを口にする。
「…それは、好きですよ…」
正造は、意外にも、あっさりと告げた。
「…ですが、それは当たり前です…」
「…当たり前?…」
「…誰だって、そうでしょ? 子供の頃から、お兄ちゃん、お兄ちゃんと、自分を慕ってきた妹を、嫌いになる兄はいませんよ…」
「…」
「…どんな人間だって、自分を好きな人間を、嫌いになる人間はいません…」
「…でも…だったら、新造さんは…」
「…アレは…新造とは、ただ単に、ウマが合わないだけです…」
「…ウマが合わないだけ?…」
「…要するに、互いに、やることなすこと、すべてが気に入らないだけです…」
正造が、苦笑する。
「…新造は、ボクが、好子を可愛がるのを見て、好子を利用しようとしていると考える…ボクも、新造も、互いが、互いを気に入らないから、すべて、なにかするたびに、裏があるんじゃないかと、考える…素直にとれないんです…」
「…」
「…話を戻しましょう…今、米倉は劣勢です…水野は、大昭和を手に入れて、死んだ溝口の告発を契機に、大昭和のスキャンダルを逆手に取って、大昭和の取締役を入れ替えた…それは、取締役から、米倉奉公会のメンバーを追放したことを意味するんです…」
「…米倉奉公会のメンバーを追放した?…」
…そうか?…
…そういうことか?…
たしかに、大昭和の水野新社長は、溝口の告発を契機に、大昭和の取締役を一新した…
旧来のメンバーを一新した…
そして、その旧来のメンバーこそ、米倉奉公会の会員…
つまり、水野は、大昭和から米倉の影響力をなくそうとしている…
「…金崎実業もまた同じです…」
「…同じ? それは、どういう…」
「…さっきも言いましたが、金崎実業の新社長の内山氏は、米倉奉公会のメンバーです…もし、このまま、大昭和に金崎実業が、吸収合併されれば、内山氏は失脚する…だから、今、彼は追い詰められている…」
「…そんな…」
まさか、そんなことになっていたとは?
私は驚いた。
そして、気付いた。
内山さんが、なぜ、私の動静に目を光らせていたかを、だ…
内山さんは、父親から、私の行動に目を光らせるように、命じられていたに違いない…
私は、米倉正造を介して、米倉家に出入りし、あの水野とも知り合った…
ある意味、危険人物…
要注意人物だ…
米倉にとっての、敵か味方か、判別できないのではないか?
それゆえ、娘に命じて、私を監視した…
それが、答えではないか?
だが、だとしたら、どうだ?
死んだ、溝口は、どうだ?
溝口は、米倉奉公会のメンバーではないのか?
不意にそんな疑念が湧いた…
「…つかぬことを窺いますが、溝口さんは、米倉奉公会の…」
「…メンバーではありません…」
私が、最後まで、言わないうちに、正造が答えた。
「…彼は、スパイです…」
「…スパイ?…」
「…水野にも、その情報を売っていた…だから、平造は、常に、彼を警戒していた…」
「…でも、溝口さんの遺書には、大昭和の恥部というか、スキャンダルしかなかったんじゃ…」
「…それは、当たり前です…」
「…当たり前?…」
「…彼は、大昭和の社員です…大昭和のことしか、知らない…彼のことは、米倉奉公会の他のメンバーから、平造は報告を受けていた…」
…そうか?…
…だから、平造は、溝口を切ったのか?…
今さらながら、その事実に気付いた…
おそらく、溝口は、自分の勤務する大昭和が、水野に買収され、水野グループになったことで、出世の目がこれまで以上に出てきたと、考えたはずだ…
しかしながら、水野は、溝口を切った…
倉庫係として、関連会社に飛ばした…
おそらくは、米倉を裏切り、水野に情報を流す危険人物と見ていたのだろう…
それで、水野に切られた溝口は平造を頼った…
しかしながら、当然、平造が、溝口を受け入れるはずがない…
行き場を失った溝口が、死を選んだのは、自業自得といえば、言い過ぎだが、それも仕方のない選択だったのかもしれない…
私は、考えた。




