恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 83
終着点は近い…
これは、言葉を変えれば、米倉の後継者争いに端を発した、この騒動の終焉が近付いていること…
現実に、米倉は落ちぶれ、没落の瀬戸際にある…
そして、それを回避するべく、打った手が、水野との合併だった…
だが、どうだ?
冷静に振り返って見ると、米倉と水野との合併協議会には、正造と、澄子の夫である、直一が入っている…
この面子を見ると、要するに、米倉を代表するのは、米倉本家の血を継ぐものだということだ…
米倉分家である、平造の血を引く、好子と新造は、この中には、入っていない…
いや、そもそも、最初から、米倉の会社経営には、関与させなかった…
この点だけに焦点を当てれば、最初から、平造は、米倉に関与することなく、平造の妻だった、米倉本家の血を引くお嬢様の意向を汲んだことになる…
つまりは、正造に、米倉を引き渡すという約束を、だ…
平造は、約束を守ったということだ…
だが、これは、当初から、平造が意図したものかどうか、わからない…
物事は、どう転ぶか、わからない…
なにが言いたいかといえば、結果的にそうなったというのが、案外多いものだ…
私が、思うに、平造は、単純に、自分の血を引く、好子と新造に、会社の経営に携えたくなかっただけだと思う。
米倉本家を継ぐことは、重い…
いわゆる、名門を継ぐことは、思ったよりも重責を負う。
血を分けた自分の子供二人には、そんな重責を負わせることが、酷だと、判断したからではないか?
真相は、案外そんなところではないか?
私は、考える。
もちろん、本当のことは、平造に聞いてもらわなければならない…
だが、平造は今拘置所の中…
当然、聞くことはできない…
私は、そんなことを、考えながら、日々過ごしていた。
大昭和の取締役も、金崎実業の取締役も一新されたが、少なくとも、私の身の回りには、なんの変化もなかった…
私の勤務する営業所には、なんの変化もなかったということだ…
これは、ある意味、当たり前…
会社の社長や、取締役等の経営陣が、変わっても、すぐに、自分の勤務する営業所に影響があるわけではない…
しかしながら、このご時世、安心することはできない…
会社の経営陣が変わったということは、それまでの経営陣とは、違うということを、周囲に、見せないと、自分たちの存在価値を問われる。
だから、手っ取り早いのは、それまでの経営陣の経営を否定すること…
要するに、これまでの経営陣のやってないことをやるのが、一番…
とりわけ、このご時世、リストラが一番、手っ取り早い…
要するに、オレは、これまでの経営陣と違って、甘くないぞと、周囲に見せつけるには、もってこいの手段だからだ…
そして、その先には…
案外、この金崎実業と、大昭和との合併があるのではないかと、私は考えた…
経営陣が一新されたということは、それまでの人間関係に縛られることはないということに、他ならない…
これまでの経営陣ならば、やはり、自分の属していた部署や、取引先との関係から、反対したが、それもなくなる…
いわゆる自社プロパーの、純粋培養といっては、語弊があるが、入社して一貫して、金崎実業や、大昭和しか経験のない取締役たちは、合併に反対するかもしれないが、いわゆる、社外取締役や他社からやってきて、新たに就任した取締役たちは、それまでの慣行に縛られない…
現実に、大昭和に至っては、今回の経営陣の刷新を機に、水野グループから、新たな取締役を多数送り込んだ…
しかも、それは、経営陣の大半…
いわば、完全に経営陣が、水野色に染まった…
先日まで、大昭和が、金崎実業の合併に反対だったのは、水野が、米倉との合併に際し、どれほど巨額の負担をするか、わからなかったからだ…
が、いまや、大昭和は、水野グループ…水野傘下の企業…
その水野は、何度も言うように、米倉との合併協議会を立ち上げてる。
普通に考えれば、合併の協議会を立ち上げた時点で、米倉の負債が、案外当初、想定していたよりも、少ないとわかったのでは? と、想像してしまう…
米倉の負債が、あまりにも巨大ならば、そもそも合併協議会など、立ち上げないからだ…
しかし、それでは、困る。
いや、困るというのは、米倉も、水野もどうなろうと、直接、私自身には、関係がないが、その先に、この金崎実業のリストラがあるのは、困る…
大昭和に吸収合併され、大幅なリストラでも実施され、その結果、私が会社を辞めることになってしまっては、困る(苦笑)…
私は、ボンヤリとそんなことを考えた。
だから、隣の席の内山さんが、
「…高見さん…」
と、私に声をかけても、私は、すぐに気付かなかった…
「…高見さん…」
もう一度、呼ばれて、ようやく気付いた。
「…なに、内山さん?…」
「…高見さん…この頃、変ですよ?…」
「…変? …なにが変なの?…」
「…こう言ってはなんですけど、いつも考え事をしていて、心ここにあらずといった感じです…」
「…そう…たしかに内山さんの言う通りね…自分でも最近悩みごとが多くて…誰か、私をもらってくれる人でもいれば、いいのに…」
私の言葉に、内山さんが、目を丸くした。
「…もらってくれる? …まさか、高見さんから、そんな言葉を聞くとは思いませんでしたよ…」
「…そう…」
「…高見さん…あの水野が、いなくなって、落ち込んでいると思ったら、今度はこれですからね…」
内山さんが唖然とする。
「…そう…水野さん…遠い昔ね…」
「…なに言ってるんですか? あの水野は、米倉のお嬢様と結婚するって、世間では、騒いでますよ…」
「…そうなの? 全然知らなかった…」
私は、言った。
事実、あの水野が、米倉好子と結婚するとは、寝耳に水だった…
だが、驚きはなかった…
やっぱりというか…
水野と米倉が合併する上で、避けては通れない道だからだ…
「…もっとも、それが事実かどうか、知りませんけど…」
内山さんが、意味深に言う。
「…それって、どういうこと?…」
「…世間がそう言ってるのは、週刊誌やテレビの報道を見て、そう騒いでるに過ぎないです…むしろ、そんなふうに、報道することで、そういう流れを意図的に作ってる可能性もあります…」
「…どういうこと?…」
「…本当は、どっちかが、あるいは、両方とも、結婚に乗り気じゃなくって、それを結婚させるために、強引に後押しするために、わざと、そんな報道を流している可能性もあります…」
「…そう…」
内山さんの意見を聞きながら、あの水野を考えた。
あの水野の父親、水野良平ならば、それぐらいの力はあるだろう…
マスコミに意図的に、結婚の流れを作らせることぐらい、造作もないことだろう…
私は、思った。
「…いよいよ、高見ちづるの出番ですね?…」
「…私の出番って?…」
「…高見ちづる、33歳…水野透の結婚相手として、週刊誌やテレビにデビューして下さい…」
「…そんな…デビューって?…」
私は、内山さんのあまりにも、以外と言うか、突飛な発言に仰天した。
そして、それが、表情に現れたのだろう…
「…冗談ですよ…高見さん…冗談…真に受けないで下さい…」
内山さんが、私の顔を見て、爆笑した…
「…そう…冗談ね…冗談に決まってるわね…」
私は言ったが、言いながらも、なにか、奥歯に物が挟まったといえば、いいのか、なんとなく、納得しなかった。
何度も言うが、内山さんは、有能…
そして、有能ゆえに、警戒する…
内山さんの言葉の裏になにか、隠された意味=メッセージがあるのか、深読みしてしまう…
「…しかし、あの溝口部長は、残念でしたね…」
「…残念って?…」
「…溝口部長の遺書のことですよ…アレだけの内容の遺書を持ってるならば、それを有効活用すべきでしたよ…」
「…有効活用って?…」
「…要するに、力のある人間です…大昭和に関係がない人間でも、力のある人間に、それまで、自分が見聞きした不正を伝えて、味方になってもらえばいいんです…溝口部長の告発は、大昭和のアキレス腱です…それを、例えば、大昭和を欲しがる同業他社に見せれば、その弱みに付け込んで、大昭和に食い込もうとするでしょう…溝口さんは、その尻馬に乗ってれば、いいんです…」
「…尻馬?…」
私は、内山さんの発言に仰天した。
と、同時に、気付いた…
以前、亡くなった溝口と最後に会ったときのことを、だ…
あのとき、溝口は、米倉平造に会いに行こうとしていた…
平造に会って、親友の水野良平に頼んで、大昭和に復職させてもらおうと画策していた…
そのとき、溝口は、私に、平造が欲しがる情報を握ってると、言っていた…
普通ならば、すでに用済みの溝口に平造は会ってくれない…
しかしながら、平造が欲しがる情報を溝口が握ってるとすれば、話は変わる…
その情報が餌というか…
その情報を、平造が欲しがる…
それがわかってるから、あの日、溝口は、米倉平造に会おうとしていた…
しかしながら、最終的には、その勇気はなかった…
だから、平造に会わなかった…
そして、溝口が握っていた情報というのは、今回、遺族が暴露した遺書というか、遺言の内容だったのだろう…
米倉平造は、大昭和の大株主…
水野に株を譲ったとはいえ、やはり、影響力は皆無ではない…
なにより、平造は、水野良平と親しい…
水野グループに売却した大昭和のスキャンダルは、水野にとって、喉から手が出るほど欲しい情報…
それを知ってるからこそ、溝口は、平造にそれを知らせようとした…
そして、それを知らせることを条件に、大昭和への復職を夢見たというのが、真相だろう…
と、ここまで、考えて、思った…
もし、
もし、だ…
溝口が実は、あの後、平造に会っていたとしたら、どうだ?
私は、あのときの溝口の態度から、溝口は、結局、自分の持っていた情報を平造に伝えることができなかったと思った…
考えた。
しかしながら、それは、あくまで、私の考え…
真相は、わからない…
真相は、平造に会って、その情報を伝えたものの、けんもほろろに相手にされなかった可能性もある。
あの溝口の死後、告発した大昭和のスキャンダルは、水野に株を売却した、平造にとっては、具合が悪い…
決して、いい情報ではない…
なぜなら、そんな負の情報を知らない、あるいは、知らせないで、オレに大昭和の株を売りつけたのか、と、水野良平が激怒する可能性もおおいにあるからだ…
そんなことが世間に暴露されれば、大昭和の株が、間違いなく下がり、大昭和の価値が下がる…
つまり、平造にとっては、高い値段で、水野に、大昭和の株を売れなくなる…
一方、水野にとっては、言葉は悪いが、欠陥商品を、平造に掴まされたとも、言える…
そう考えれば、溝口の情報を、平造が握り潰した可能性もある…
さらに言えば、もしかしたら、まだ明らかになってない情報を、溝口が持っている可能性もある…
それをネタに、平造を脅した可能性すらある…
溝口は、米倉と大昭和の双方に、人脈を作っていた…
言葉を変えれば人脈=情報を握っていた…
そして、その情報こそ、溝口の武器=生命線だったはずだ…
だから、まだ公になってない情報を溝口が持っていたとして、なんら不思議ではない…
私は考える。
と、そこまで、考えると、目の前の内山さんが、ニヤニヤと楽しそうに私を見ていることが、わかった…
「…高見ちづる…頭を目まぐるしく回転させてますね…」
「…」
「…頭をフル回転させて、なにを思いつきました?…」
内山さんが、からかうように言う。
私はしばし、考えたが、
「…溝口さんの握っていた情報って、本当にアレだけかしら?…」
と、思っていたことを、口にした。
「…どういうことですか?…」
内山さんの顔色が変わった…
「…案外、まだ公になってない情報が、あるんじゃないかな…溝口さん、大昭和の出世頭だったでしょ? さまざまな部署に情報の網を敷いてたというか…うまく自分に情報が入るように画策していた…周りも、溝口さんが、出世頭だと見ていたから、誰もが喜んで、溝口さんに情報を上げていた…それが、あの程度の情報だけとは、ちょっと思えないわ…」
私はわざと意味深に言った。
内山さんが、どう反応するか、知りたかったからだ…
案の定、内山さんの顔色が、変わり、真剣な表情になった…
あるいは、案外、身に覚えがあるのかもしれない…
とっさに思った…
内山さんの父親は、今や、この金崎実業の社長…
なにか、自分の父親に不利な情報が出てくるのかもしれないと考えたのかもしれない…
私が、そんな思いで、内山さんを見ていると、
「…攻守逆転ですね…」
と、内山さんが、悔しそうに言った。
「…攻守逆転って?…」
「…ついさっきまでは、私が攻めてました…でも、今は、高見さんが攻めてます…」
悔しそうに言う。
「…高見さんは、やっぱり食えない女です…」
内山さんが、断言した。
「…食えない女?…」
「…そうです…」
「…あの水野も言っていたでしょ? 高見ちづる…食えない女、と…」
内山さんが言う。
たしかに、以前、水野は、私に近寄り、私の耳元で、
「…食えない女…」
と、小さな声で囁いた。
しかし、それを内山さんが、聞いていたとは?
私に言わせれば、内山さんこそ、食えない女だ…
私の顔をジッと内山さんが、見つめていることに気付いたので、とっさに、
「…食えない女って、結婚できないってこと?…」
と、内山さんに言った。
「…どういうことです?…」
「…だって、男のひとが、食えない=結婚できないってことでしょ?…」
私は言う。
私の言葉に、一瞬、内山さんは、唖然とした。
それから、私の顔を見るのをやめ、仕事を再開した。
「…だから、食えない女って言うんです…」
と、ぶつぶつと独り言を呟いた。
その言葉を聞いて、内心、私は、勝ったと思った(笑)…
子供じみた言動だが、妙に気分が良かった…




