恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 81
誰が一番計算高いのか?
これは、誰が一番得をしたと=(イコール)ではない…
つまり、いくら計算高くても、必ずしも、得をするわけではないからだ…
自分としては、うまく立ち回ったつもりでも、必ずしも得がとれるわけではないからだ…
では、誰が一体一番得をしたのか?
私は、しばし、悩んだが、一番得をしたのは、米倉平造なのでは? と思った…
自分の会社、大日産業が、倒産寸前なのを隠して、水野と合併させようとして、しかも、すでに倒産寸前であることがわかってもなお、当初の計画通り、米倉と水野は、合併に向けて、協議を続けている…
水野透と、米倉好子さんの結婚はどうなるかはわからないが、それもまだ白紙撤回には至っていない…
つまりは、与えられた環境といおうか、条件の中で、必死になって動いて、その結果を残せたのは、米倉平造その人ではないのか?
私は思った。
すでに大赤字の大日産業をうまく水野に押し付けて、あろうことか、血の繋がった実の娘も、水野に面倒を見てもらおうとする…
考えると、これほど、うまい話はない…
すでに落ちぶれた米倉を最大限救うシナリオだ…
これほど、米倉にとって都合のいい話はない…
だが、だとしたら、どうだ?
水野にとって、米倉との合併は、それほどリスクが伴うものか?
それは、わからない…
それは、以前、水野透自身も、言っていた…
米倉の…大日産業の負債が、どれほどあるのか、わからない…
その負債の額によって、例えば、米倉と合併すれば、水野もまた潰れてしまうかもしれないと…
だが、どうだ?
今、現在、米倉と水野は合併に際して、共同で、協議会を開くほど、合併に前向き…
ということは、どうだ?
普通に考えれば、水野透が、懸念したほど、米倉に負債はないのではないか?
あまりにも、莫大な負債があれば、合併すれば、水野もまた共倒れになってしまう恐れがあるからだ…
私は思った。
一体、米倉の…大日産業の負債はどれぐらいなのだろう?
私は考える。
しかし、その直後、すぐに考えるのを、止めた。
なぜなら、私には、負債の価値がわからない…
例えば、負債が、5千億円なら、返せて、5兆円なら、無理だとする…
でも、一般の人間に、5千億円や5兆円といっても、どれほどの額かわからない…
これは、誰もが同じだろう…
単に想像するだけだ…
もっと言えば、数字を見るだけに過ぎない…
そんなことを、考えながら、夜が更けていった…
会社では、平凡な日常が続いているだけだった…
それ以前と同じ…
私の勤める会社、金崎実業と、溝口がいた会社、大昭和の合併うんぬんが、取り沙汰されていたが、今のところは、大山鳴動して鼠一匹の言葉通り、なにも起こっていない…
あの水野透が、テレビや雑誌に出たときは、それに気付いた、会社の女子社員が、大騒ぎしたが、今では、それもなくなった…
なにしろ、別世界…
私たち、金崎実業の小さな営業所に勤める平凡なОLにとっては、まったくの別世界の話だからだ…
当たり前だが、誰にもそれがわかっているので、じきに、水野透について、話す女子もいなくなった…
実際は、誰もが、心の中で、水野のことを考えていたり、あるいは、個人的には、水野の出たテレビや、雑誌をチェックしている可能性は高かったが、それを職場で、口にできる雰囲気ではなかったということだ…
私は、真逆に、中村君のことを、考えていた。
中村君は、あの大昭和にいた、溝口の甥…
しかしながら、なぜ、あのとき、水野といっしょにいたのか?
水野は、中村君とは、地下アイドルのコンサートで、知り合ったと言っていたが、どう考えても、額面通りには受け取れない…
すでに、この金崎実業で、知り合いになり、顔を見知っていたので、それが、地下アイドルのコンサートで、再会して、急速に親しくなったように言っていた…
文字通りの眉唾物の説明…
あからさまのウソだろう(笑)…
そんなことを、考えながら、中村君に視線を送っていると、
「…高見さんって、やっぱり、背の高い男が好きなんですか?…」
と、いきなり、隣の席の内山さんが言った。
私は、驚いた。
一瞬、言葉を失ったが、
「…どういうこと?…」
と、内山さんに、訊く。
「…だって、高見さん…以前は、あの水野に夢中だったのに、今では、中村君を見ているでしょ? …てっきり、高見さんの好みかと思いましたよ…」
内山さんが、笑いながら言う。
「…そんな好みなんて…」
私は言う。
「…いえ、高見さん、ごまかさなくても、いいです…私も高見さんと同じく、背が低いから、背の高い男に憧れるのは、わかります…」
内山さんが、ニヤニヤして言う。
私はその内山さんの笑いを見て、内山さんが、冗談を言っているのが、わかった…
なにしろ、内山さんは、鋭い…
私が、中村君を見ているのを見て、私が、中村君を好きなのかなんて、単純に考える女ではない…
むしろ、なぜ、見ているのか、知りたくて、わざと、私が、中村君を見ていることを、ネタにしたに決まっている…
ネタにして、私が、中村君を見ている理由を知りたいのだろう…
だから、わざと、
「…そうよ…好みよ…内山さんもそうでしょ? 背の低い女は、背の高い男が好き…憧れる…背の高い男は、小柄な私を守ってくれると思えるもの…」
と、言った。
私の言い分に、内山さんが、目を丸くして、驚いた。
「…まさか、高見さんが、そう来るとは、思いませんでしたよ…」
と、愚痴った。
「…どうして、中村君を見ているのか知りたくて、わざと言ったのに…そう来るとは…」
内山さんが、ぼやく。
「…同じですね…」
「…なにが、同じなの?…」
「…水野のときと同じです…高見さんは、いつも謎かけのように、決して、素直に答えを教えてくれません…」
「…謎かけのように、素直に答えを教えてくれない…」
私は、内山さんの言い分に唖然とする。
「…あの水野のときもそうでした…」
内山さんが、不満を爆発させた。
「…本当は…」
そこまで、言って、内山さんが、言葉を飲み込んだ…
「…本当は…」
言いながら、私は、内山さんの顔を睨みつけると、内山さんの視線が、私ではなく、どこか、別のところを見ていることに気付いた。
私は、内山さんの視線の先を追う。
そこには、中村君の顔があった…
私と内山さんのやりとりが聞こえたのだろうか?…
私と内山さんの方を見ていた。
私は、慌てて、中村君の視線から、顔をそらすべく、デスクの上のパソコンに視線を移して、仕事をするフリをした。
やはり、私と内山さんの会話が聞こえたのだろうか?
小声で、やり取りをしていたので、中村君の席まで、二人の会話が、聞こえたとは、思えないが、私と、内山さんが、チラチラと、中村君の方を見ていたので、自分を話題にしているのでは、と、勘付いた可能性がある。
そんなことを考えていると、外から、営業所長の亀山が戻って来た…
しかし、その亀山の顔が、これまで見たこともないくらい、緊張しているというか、誰が、見ても、血相を変えている。
…一体、なにが、あったのだろう?…
亀山の姿を見た、営業所の全員が、ざわざわと、ざわめき出した。
私もまた、胸がざわついた。
とっさに、
…まさか、営業所閉鎖?…
という、考えが、脳裏に浮かんだ…
リストラの一環で、この営業所が閉鎖されるのでは?
と、とっさに思った。
よくドラマの最終回ではないが、主人公のいる職場が消えてなくなる設定で、最後の最後で、ギリギリで、それを回避して、ドラマがハッピーエンドで、終わる…
そんなことを考えた。
席に着いた亀山は、苦渋に満ちた表情でいたが、亀山の表情を見た、営業所の全員が、ざわざわとざわめき出したのを知り、
「…なんだ? …みんな、どうした?…」
と、笑いながら、言ったが、その笑いは強張っていた…
その笑いを見て、営業所の一人が、
「…所長…リストラですか?…」
と、訊いた。
さらに、別の一人が、
「…まさか、この営業所が閉鎖とか?…」
と、私が思ったことと、同じ質問をした。
「…リストラ?…」
部下の質問に、亀山が目を丸くした。
「…全然、そんなんじゃない…この会社に直接関係があることじゃない…だから、みんなも心配するな…」
亀山が言う。
しかしながら、その表情は、どこまでも暗かった…
亀山は、ざっと職場を見回して、
「…そんなことより、仕事…仕事…みんな仕事をしているから、会社から、金をもらって、生活しているんだ…生きていれば、きっといいこともある…」
と、亀山が、熱弁する。
そんな亀山は、これまで、一度も見たことがなかった…
それゆえ、誰もが言葉にはしないが、余計に焦った…
…一体、なにがあったんだ?…
誰もが、内心、考えた。
しかしながら、所長の亀山が、血相を変えて、指示をするので、みんな仕事をするしかなかった…
同時に、私は、今、亀山の言った、
「…生きていれば、きっといいこともある…」
という言葉に引っ掛かった…
まるで、誰かが死んだような言い草だからだ…
そう考えて、なんとなく、亀山を見ていると、亀山が、私の視線に気付いた…
あからさまなまでに、遠慮なく、私を見た。
…一体、亀山は、なんで、私を見ているのだろう?…
私が、亀山の視線に動揺していると、亀山が、席から、立ち上がり、私の席に歩いてきた…
「…ちょっと、高見さん、いいかな?…」
亀山が私に声をかけた。
「…ハイ…なんでしょうか? 所長…」
私は亀山の言葉に従って、席から立ち上がった…
その様子を見て、営業所の全員が、ざわざわとざわめき出した。
「…いや、みんな、大したことじゃないから…」
亀山は言って、私を人気のない廊下に連れ出した。
「…所長…なんでしょうか?…」
私の質問に、亀山は、周囲に、人がいないのを確かめてから、小声で、
「…さっき、訊いたんだが、溝口さんが亡くなったそうだ…」
「…溝口部長が?…」
私は、亀山の言葉に唖然とした。
思ってもみない言葉だった…
さらに、亀山は続けて、
「…自殺だそうだ…」
と、言った。
「…自殺?…」
私は唖然とした。
同時に、亀山の顔が暗い理由がわかった…
当然、亀山は、溝口を知っている…
そんな身近な人間が、自殺するなんて、誰もが経験することではないからだ…
「…まさか…あの溝口さんが…」
言いながらも、さもありなんという言葉が、脳裏に浮かんだ…
大昭和の出世頭と、周囲から一目置かれていた、溝口が左遷され、関連会社に飛ばされ、倉庫係にまで落ちぶれた…
もはや、プライドはズタズタ…
生きている気力もなかったのかもしれない…
前に溝口に会ったときは、米倉に…米倉平造に会いに行こうとしているところだった…
米倉平造に会って、元の職場に戻してもらいたいと、考えているところだった…
すでに、大昭和の株を水野に売って、大昭和に影響力がなくなったとはいえ、まったく影響力がないわけではない…
米倉から、水野に頼んで、自分を元の職場に戻してもらいたい…
以前会ったときに、溝口は、恥ずかしそうに顔を赤らめて、そう口にした…
自分でも、平造が、自分を嫌っているのは、わかっている…
しかし、それでも、溝口には、米倉平造を頼るしかなかった…
だが、そうは、言いながらも、溝口は、あの米倉の豪邸を訪れる勇気はなかった…
ちょうど、若い男が好きな女に告白するようなもの…
告白しても、どうにもならないことが、誰よりも自分でわかっているにも、かかわらず、告白しようとする。
万に一つでも可能性があればと言いつつ、その可能性がないことを誰よりもわかっている…
結局、あの日、溝口が、米倉の豪邸を訪れたかどうかは、定かではない…
しかし、その頼りの米倉平造も逮捕されことを知り、溝口は、文字通り、かつての職場に戻れることが、万に一つもないことを悟り、絶望に見舞われたのだろう…
可哀そうだが、仕方のないことだった…
しかし、それでも、死ぬことを選ぶとは…
私は、慄然として、言葉もなかった…
と、同時に気付いた。
中村君は、そのことを知っているのだろうか?
中村君は、溝口の甥…
知らなければ、知らせなければ、ならない…
それと、一体、どうして、亀山は、私に溝口のことを、真っ先に知らせたのだろうか?
疑問がある。
「…所長、どうして、私に溝口さんのことを知らせたんですか?…」
「…それは、高見さん…キミが、溝口さんのお気に入りだったからだ…色々、溝口さんに力を貸してあげてもいただろう…」
亀山が意味深に言う。
…気付いている!…
私はとっさに思った…
亀山がどこまで、気付いているか知らないが、私が溝口の紹介で、米倉に関わっていることに、気付いている…
いや、
以前、あの米倉好子から、私の人となりを、聞いたとき、私は、誰から、聞いたのかを、好子さんから、聞いた…
好子は、探偵さんに頼んで調べただけだから、探偵さんが、誰から聞いたかは、知らないと言った…
おそらく、真実だろう…
私は、それを聞いて、おそらく、この亀山から、私の人となりを聞いたのでは? と、直感した…
亀山は、例え、金をもらっても、部下の情報を見知らぬ人間に渡すとは、思えない…
しかしながら、事情を話せば、教えるだろう…
私は、そう考えた…
だから、そう考えれば、今、私に溝口の死を教えたのも、納得できる…
理解できる…
いや、それだけではない…
以前、私の前で、今と同じように、意味深に米倉の名前を出したではないか?
私は、それを思い出した。
しかしながら、あの溝口が自殺とは?
あまりに、あっけないというか…
同時に、溝口という人間の弱さを思った…
そして、考えた。
たしか、以前、甥の中村君が、溝口の気の弱さを私に暴露したことがあった…
「…ああ、見えて、叔父さんは気が弱いと…」
それは、ともかく、溝口の死を、中村君は知っているのだろうか?
知っていなければ、中村君に教えなければ、ならない…
私が、内心、そう考えていると、近くに誰かの気配を感じた…
私は、その気配を感じて、急いで、背後を振り向いた…
そこには、中村君が、立っていた…




