恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 77
米倉平造は策士である…
そして、策士というものは、必ず、二重三重にも、策を用意しているものだ…
ゆえに、水野との合併が、破談になるかもしれないと考えると、すぐに、次の手段に打って出た…
懇意のテレビの関係者を通じ、わざと、好子さん関係の報道を煽った…
具体的には、好子さんの美貌を武器に、水野との合併について、まるで、好子さんが、人身御供のようで、可哀そうだという世論の流れを作ろうとした。
つまりは、好子さんの報道が、沸騰した陰には、平造の策略があった…
そして、平造の意図には、別の意味もあった…
好子さんを可哀そうだという世間の流れを作ると同時に、その世間の流れを見極めようとした…
物事は、どう転ぶかわからないからだ…
好子さんが、水野と結婚することが、可哀そうだという流れが、世間の主流かと思いきや、いや、米倉以上のお金持ちと結婚できるのだから、むしろ、好機だと考える一派もいる…
事実、結婚の条件として、水野は申し分ない…
となると、もし、好子さんの求婚を、水野が断った場合は、今度は水野が非難されることになる…
米倉を救うために、自分の身を犠牲にして、水野に嫁ごうとしているのに、その気持ちを無下にするのか、と、糾弾される…
人の心は、いや、世間の流れは、どう変わるのか、誰にもわからない…
読めない…
いずれにしろ、平造の意図は、自分の力でだけでなく、世間を巻き込んで、その是非を問おうとしたことが、平造の抜け目のなさだった…
まったく、米倉平造という男は、食わせ者…
一筋縄ではいかない人物だった…
生き馬の目を抜く、財界で、長きに渡り、その地位を維持してきただけのことはある…
転んでも、ただでは、起きない…
そんな抜け目のなさがある…
そして、そんな男だからこそ、米倉を、大きくできたのだろう…
平造が、米倉を継いだ時は、今よりも、遥かに、小さい存在だったはずだ…
それが、比較にならないほど、大きくなった…
そして、躓いた…
が、躓いても、ただでは起きない…
それが、水野との合併だった…
いわば、死中に活を求めるというか、戦前の神風特攻隊というべきか?
誰もが、思いつかない方法を考える。
私は、考える。
そこまで、考えたとき、ふと気付いた。
米倉の…いや、大日産業の業績が、そこまで、悪化していることに、正造は、気付かなかったのだろうか?
これはまた澄子の夫、直一もまた、同じだ…
正造も、直一も、社長候補として、平造の身近にいたはずだ…
それが、なぜ、気付かなかったのか?
あるいは、真逆に、気付いていて、米倉から、逃げ出した?
その可能性もある。
私は、それに気付いた…
が、
もし、そうならば、どうだ?
そうならば、正造も、直一もまた、真逆に、今回の騒動に加担している可能性すらある…
最初から、米倉の業績が悪化しているのを、逆手に、平造と共謀して、その苦境をどうやって、乗り切るべきか、いっしょに、考えた可能性もある…
いや、
これは、考え過ぎか?
深読みのし過ぎか?
いったん、物事の裏を見ようとすると、どうしても、素直に物事を見れなくなる…
なにか、あるごとに、裏があるのでは?と、考え込んでしまう…
疑ってしまう…
その結果、疑心暗鬼になる…
物事をストレートに見れなくなる…
ここで、わかっているのは、ただ一つ、米倉の…大日産業の業績が悪化していたこと…
そして、普通に考えれば、その悪化していたのに、気付くのは、昨日や今日ではないはずだ…
だとすれば、正造も、直一も知っている可能性が高い…
あるいは、米倉の別会社=グループ会社で、損失を抱えていて、それを正造も直一も知らなかった…
さらに言えば、誰かが、あらかじめ、巨額の損失を隠していた可能性も考えられる。
ゆえに、正造も直一も知らかったといえる…
そして、もし、その巨額の損失を隠していた人物がいたとすれば、それはやはり、大日産業社長、米倉平造その人となる…
それが、事実…
真実に近いのではないか?
私は思った。
騒動がピークを迎えたころ、私に電話があった…
「…ハイ…高見です…」
私が名乗ると、相手は、
「…」
と、無言だった…
私は、数秒待ったが、なにも言わないので、電話を切ろうとした…
そのときだった…
「…高見さん?…」
という声が、電話から、流れた。
聞き覚えのある声だった…
「…米倉です…米倉正造です…」
電話をかけてきた主が名乗った…
「…正造さん?…」
思わず、絶句した。
まさか、米倉正造が、私に電話をかけてくるとは、思わなかった…
同時に気付いた…
一体、米倉正造が、私になんの用事だろう…
正造は、もはや米倉から追放された…
今さら、私に会ってなんの用事があるのだろう…
いや、
もしかして、そう思うのは私だけ?
正造は、私になんらかの用事があるのかもしれない…
私は考える。
「…ご無沙汰しています…」
正造が続ける。
「…こちらこそ…ご無沙汰してます…」
私は答えた。
一体なんの用事だろう?
疑問が、私の頭を占める。
それゆえ、次の言葉が出てこなかった…
それは、正造もまた同じだったようだ…
気まずいというか?
今さら、電話をかけてきたことに対する後ろめたさがあるのかもしれない…
「…お元気ですか?…」
正造が訊いた。
「…ハイ…」
私は短く答える。
正造がどう出るか、見極めるためだ…
「…ボクは最近、テレビで、ボクの顔が出て、困ってます…」
正造が、笑いながら言う。
…そう、来たか?…
私は思った。
「…でも、それも、いつのまにか、好子に話題が移ってしまいましたが…自分でいうのも、なんですが、イケメンの四十男より、美人の三十女の方が、強いです…」
正造が、笑いながら、続けた。
私はどう言っていいか、わからなかった…
だから、
「…」
と、無言だった…
「…高見さん…」
言いづらそうに、正造が、言った。
「…ハイ…」
「…驚いたでしょうね?…」
「…なにが、ですか?…」
「…米倉の没落に…」
…米倉の没落?…
たしかに、言われてみれば、その通りなので、私はなにも言わなかった…
いや、言えなかった…
しかし、一体、今日は何の用事だろう?
「…正造さん…」
私は呼びかける。
「…今日は一体、どういう…」
私が言いかけると、
「…高見さん…ボクはまだ負けてませんよ…」
と、いきなり、電話口で言った。
「…負けてない?…」
「…平造にも、好子にも…」
「…」
「…今日は、それを言いたかったんです…」
それだけ言うと、正造は、一方的に電話を切った…
私は、唖然とした。
当惑したといっていい…
一体、なんのために、私に電話を寄こしたのか?
謎だった…
仮に、正造が反撃を試みるとしても、一体、今の正造になにができるのだろうか?
普通に考えれば、負け惜しみ…
できもしない、ことを、言っているに過ぎない…
しかしながら、そうだとしても、なぜ、私に電話をかけてきたのか、わからなかった…
謎だった…
しかし、その謎も数日後に、解けた。
突如として、メディアに米倉正造の名前が出た。
それは、米倉としてではない、水野として、だった…
水野?
私には、なにがなんだか、わからなかった…
どうして、米倉正造が、水野なのか?
私は米倉正造を水野と報じたメディアの記事を、目を皿のようにして、見た…
それは、正造が、水野の関連会社に、スカウトされて、社長になるのでは? という記事だった。
メディアは、それまで、好子さんに、焦点を当てて、報道していたが、正造が、水野に入るのでは? という記事が出ると、一転して、今度は、正造に焦点を当てた。
米倉正造はハンサム…
身長は、170㎝と決して大きくはないが、誰が見ても、一目で信頼できる雰囲気を持っている…
優しく、穏やかな、紳士…
そして、それが、見せかけだけであることを、水野もまた知っているはずだ?
それが、一体どうして?
謎だった。
陽動作戦なのでは? と、一瞬思った…
世間は、今、好子さんにスポットを当てている。
そして、それは、水野にとって、本意ではない…
水野透と、米倉好子が、結婚するにしろ、しないにしろ、そこにスポットライトが浴びるのは、本意ではないはずだ…
それゆえ、正造にスポットライトを浴びせるべく、話題作りにしたのでは?と、考えた。
正造もまた、四十歳を超えているとはいえ、誰が見ても、イケメン…
話題作りには、もってこいだ…
私は、ただ唖然として、今度はテレビで、正造の姿を見ていた。
テレビで、インタビューに応じた、米倉正造は、最高だった…
優しく、穏やかで、落ち着いた口調で、理路整然と答える。
まさに、メディアの寵児を予感する逸材だった…
誰もが、そうだが、真っ先に、目を惹かれるのは、外観だけではない…
外観+雰囲気だ…
例えば、写真だけ見れば、美男や美女だとしても、会ってみると、意外な印象を受ける場合が多々ある。
それは、写真だけで見た印象と違うからだ…
とりわけ、写真では、真面目で、落ち着いた印象の人間が、いざ会ってみると、落ち着きがなく、軽い印象の人間だったりすると、一挙に興ざめするというか…
あまりにも、写真で見た印象と違うので、驚く…
しかしながら、米倉正造は、写真と同じ…
テレビに出て、インタビューに答える姿も、落ち着いて、洗練された印象だった…
それゆえ、メディアは、正造に群がった…
それまでは、米倉好子が話題の焦点だったが、好子さんは、入院中で、メディアのインタビューは受けれない…
ゆえに、いつまでも、好子さんに焦点を当てても、ネタ切れは、自明の理だった…
テレビを見る視聴者も、いつまでも同じ話題では飽きる。
一向に進展がないからだ…
好子さんを扱ったテレビの視聴率も下がる…
そこへ、正造が登場した…
同じ話題だが、正造は好子さんと違って、入院中ではないので、メディアのインタビューに応じることができた…
私はテレビやネットで、正造の姿を見ながら、今、一体、誰が得をしているのだろう?と、考えた。
水野!だ…
私は脳裏に閃いた…
本当ならば、好子さんの婚約者、水野透に、メディアに登場してもらい、インタビューを受けてもらいたい…
入院中の米倉好子さんと結婚するのか否か、明らかにしてもらいたい…
テレビを見る視聴者もそれを望んでいるはずだ…
そして、当然のことながら、水野はそれを一番嫌がる。
水野透だけではない…
透の父、良平もまた、嫌がるのは、わかっている…
それゆえ、メディアの焦点を変えるべく、正造を登場させたのか? と、私は、見た…
睨んだ…
やはり、どうしても、水野にとっては、いつまでも、好子さんの話題を提供され続けるのは、つらい…
勘弁してもらいたいというのが、本音だろう…
水野と、好子さんが、結婚するのか否かは、ともかく、それが世間の話題になるのは、なんとしても、避けたいのが、真実だろう…
だが、しかし…
水野は、好子さんとの結婚をどう思っているのだろう?
やはり、以前、私に言ったように、本当に、好子さんを嫌いなんだろうか?
また、好子さんは、水野をどう思っているんだろうか?
さらに言えば、水野の父、良平は、好子さんをどう思っているのだろうか?
水野の父、良平は、米倉平造の親友…
平造に裏切られたとはいえ、ずっと以前から、米倉のあの豪邸に出入りして、子供の頃から、好子さんを知ってるはずだ…
つまりは、好子さんの人となりを知ってるはずだ…
あるいは、やはり、その人となりを知っていて、合格であっても、やはり借金まみれの米倉の娘と結婚させるのが、嫌がるだろうか?
それとも、水野と米倉の合併を抜きにして、水野透と、米倉好子さんの結婚を考えるのだろうか?
いや、それはできない…
好子さんと水野が結婚すれば、どうしても、水野と米倉の合併が焦点になる…
水野と米倉の合併話が避けては、通れなくなる…
ゆえに、水野透と、米倉好子の結婚はないに違いない…
私は思った。
いずれにしろ、それは、まもなく明らかになる…
それが、答えだった…




