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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ  作者: トモサン


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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 74

善と悪…


 この世の中に、絶対的な善は、存在しないし、同様に、絶対的な悪は存在しない…


 要するに、平造にも、良いところも悪いところもあるし、正造も同じだ…


 結局は、善が勝っているか、悪が勝っているかだと思う。


 そして、おそらくは、平造は善が勝っていて、正造は悪が勝っているということだろう…


 私は考える。


 「…米倉さん…大丈夫だから…大丈夫だから…」


 職員の女性が、この小柄な老婆に声を掛け続けた。


 私は心配になって、老婆を見た。


 「…正造…正造…」


 と、声を出して、泣いていた。


 嗚咽していたといっていい…


 私は、その姿を見て、どうして、いいか、わからず、動揺していると、


 「…行こう…」


 と、水野が声をかけた。


 「…でも、この状態で…見過ごすのは…」


 私は抗弁する。


 「…そのために、職員の方を呼んだんだ…オレでは、無理だから…」


 水野が、穏やかに言う。


 たしかに、水野が言う通り、私に痴呆症の老人と接した経験はない…


 だから、どう接していいか、わからなかった…


 私と水野のやりとりを見て、職員の女性が、


 「…ここは、大丈夫ですから…」


 と、私たちに声をかけた。


 私はそれでも、その言葉に従っていいか、悩んでいると、


 中村君が、


 「…行きましょう…ここにボクたちがいても、できることはなにもありませんから…」


 と、言ったので、私は、しばし悩んだが、その通りなので、中村君の言う通り、部屋を出た。


 中村君も水野も、同じく部屋を出た。


 私たち三人は、部屋を出て、すぐに言葉が出なかった…


 率直に言って、ショックが大きかった…


 米倉正造の母親が現れたのも、驚きだが、その母親が、痴呆症というか、認知症になっていたのは、文字通りショックだった…


 そしてなにより、正造の母が語った、米倉平造の姿が、違い過ぎた…


 米倉平造の実像といっては、大げさだが、それまで、私が持っていた米倉平造の姿と違い過ぎた。


 だから、私たち三人は、しばし言葉もなく、介護施設の廊下にポツンと立っていた。


 なにを話していいか、わからなかったからだ…


 それでも、やはり、聞きたいことは、山ほどあったので、私は口を開いた。


 「…水野さん…正造さんの母親が、この施設に入っていたのを、以前から知っていたんですか?…」


 「…偶然ね…」


 「…偶然?…」


 …どういう意味だろう?…


 「…オレは、水野財閥の後継者…だから、さまざまな水野傘下の企業に定期的に顔を見せる…親父の命令でね…この施設もそうだ…」


 「…それで、偶然…」


 「…そう…偶然、正造の母親を見つけた…もっとも、オレは、あの婆さんが、米倉正造の母親だとは、知らなかった…」


 「…知らなかった?…」


 「…オレは、正造の母親と面識はない…親父が、米倉平造と親友だから、子供の頃、米倉の家に、遊びに行ったことは、何度もあったが、そこにいたのは、澄子や正造、それに、好子と新造の姉弟たちだ…それと、好子と新造の母親…だから、最初から、澄子や正造の産みの母親と面識はない…」


 「…」


 「…あの婆さんも最初は、しっかりしていたらしいが、徐々に認知症になった…それから、しきりに、米倉のことを口走るから、この施設を訪れた、親父に、職員の方が、あの婆さんのことを言ったらしい…そこで、親父は、あの婆さんに会ったわけだ…」


 「…」


 「…親父としても、驚愕の内容だったらしい…米倉平造の親友といっても、普段、いっしょにいるわけじゃない…だから、平造の闇の部分といっては、大げさだけど、親父の知らない米倉平造の姿を見たと言っていた…それからさ…」


 「…なにが、それから、なんですか?…」


 「…オレに、この施設を訪れさせ、そして、高見さんのいる、金崎実業に納入業者として、顔を見せるように、親父が、命じたのは?…」


 「…それは、どういう?…」


 「…要するに、親父は、米倉平造を疑い出したのさ…」


 「…疑う?…」


 「…大日産業を率い、財界でも、それなりに、知名度のある、米倉平造…でも、その姿が揺らいだというか…親父の中で、平造に疑惑を持つようになった…」


 「…疑惑?…」


 「…つまり、親父に、大昭和の株を売ったり、米倉と水野を合併させようとする…もしかしたら、米倉は、隠れ負債というか、表面には出ていないが、業績が、思ったよりもよくはないんじゃないか? それを隠すために、水野と合併させようと思ったんじゃないかってね…」


 「…」


 「…それで、オレに命じて、金崎実業に顔を見せるようにしたりさせたのさ…つまり、米倉平造が、水野に仕掛けた案件そのものを疑い出したというわけだ…」


 水野が激白する。


 私は唖然として、水野を見た。


 あまりにも、想定外の言葉だったからだ…


 どう対応していいか、わからなかった…


 「…つまり…粉飾決算というか…米倉の業績が危ない?…」


 「…それは、わからない…今、調査中だ…」


 水野が短く答える。


 私は、ただただ唖然とした。


 話の前提といっては、大げさだが、米倉はお金持ちで、水野はそれ以上のお金持ち…


 いわば、お金持ちのお坊ちゃまと、お嬢様の結婚の話だと思っていた。


 それが、一方がもう一方を騙すというか、食い物にするというか…


 実は、金に困った米倉が、水野をうまく利用して、会社を合併させようとしているのでは?


 まさか、いきなり、そんな話になるとは、思わなかった…


 「…でも、でも…」


 私は思った。


 「…なに? 高見さん?…」


 「…米倉が水野に売った大昭和の株…大昭和に粉飾決算はないのでしょう?…」


 「…それも、調査中だ…」


 水野が憤然と言う。


 「…今、水野は、米倉傘下のすべての企業の業績を調査中だ…」


 水野が憤る。


 「…すべての企業の業績?…」


 「…要するに、米倉は、水野にババを掴ませるつもりだった可能性が高い…」


 「…ババ?…」


 「…このまま、水野と米倉が合併してみろ…下手をすると、昔の西ドイツと東ドイツの合併じゃないが、東ドイツの膨大な負債を背負い込むことになりかねない…そうなれば、最悪、水野もまた沈没しかねない…」


 水野が激白する。


 「…水野が沈没?…」


 「…要するに、米倉の隠した負債の金額による…いかに、水野が大きくても、米倉の隠し負債が、10兆、20兆と膨大であれば、水野とて、どうなるか、わからない…」


 水野が真顔で、告白する。


 私は、唖然として、言葉もなかった…


 まさか?


 まさか?


 そんなことがあるとは、思わなかったからだ…


 今日は単純に、会社帰りに中村君に会い、その流れで、水野に会ったとばかり、考えていた…


 …中村君?…


 今さらながら、中村君の役割というか、その立ち位置を考えた。


 水野が今日、中村君といっしょにいるのは、偶然か、それとも、なにか意味があるのか、考えた。


 中村君は地下アイドルのコンサートで、水野と知り合ったというが、それは本当か?


 考えた。


 私は中村君を見た。


 中村君の素性と言うか、中村君という存在にあらためて、考えさせられた。


 「…どうしました? 高見さん?…」


 私が、中村君を睨むので、困惑したように、私に言った。


 「…中村君…」


 「…ハイ…」


 「…アナタはいったい何者? どうして、ココにいるの?…」


 「…ボクの正体?…」


 私は黙って、中村君を睨んだ…


 「…オレが誘っただけだよ…」


 水野が口を挟んだ…


 「…誘った?…」


 私は、今度は、水野を見た。


 「…中村君の叔父さんは、大昭和の溝口だ…当然、大昭和の内実に詳しい…大昭和の業績についても、知っている可能性が高い…」


 …なるほど…


 …そういうことか?…


 合点がいった…


 水野は、米倉のすべてを疑ってる。


 中村君は、水野にとって、都合のいい存在…


 水野にとって、溝口はハードルが高い…


 三十代の水野にとって、五十代の溝口は、話しづらい…


 それに比べ、新入社員の中村君は、二十代前半で、話しやすい…


 なにより、水野が溝口と面識があるか、どうか怪しい…


 溝口も、ときおり、金崎実業に顔を見せたが、水野が顔を出すようになってから、営業所に顔を見せたかどうかは、覚えていない…


 水野が、金崎実業に顔を見せるようになったのは、ここ数か月前に過ぎないからだ…


 つまりは、中村君もまた米倉の業績を探る、手段のひとつということだ…


 …でも、中村君は、それでいいのだろうか? …


 いや、


 そもそも、中村君は信用ができるのだろうか?


 中村君が、叔父の溝口に、このことを告げて、溝口が、それを手土産に、米倉平造に告げて、大昭和に返り咲きを考えても、おかしくはない…


 私は考える。


 そんな私の考えを見透かすように、


 「…中村君は大丈夫だよ…」


 と、水野が言った。


 「…どうして?…」


 「…だって、米倉が危なくて、水野を騙そうとしている…それを知って、溝口に伝えたところで、溝口が、それを米倉平造に伝えるほど、バカじゃないだろう…すでに、米倉に力はないのだから…」


 水野があっさりと言った。


 それが事実だった…


 すでに、米倉に力はない…


 あるのは、水野…


 だから、もし溝口が大昭和で、復権したければ、大昭和の情報を、水野に売るだろう…


 私は思った。


 つまり、力関係が、逆転したわけではないが、明確に、力の差が出た。


 いや、


 力の差は最初からあった…


 以前、米倉好子が言ったように、水野は、米倉よりも、よっぽど、大きな財閥…


 しかも、実際は、米倉は、落ちぶれかけていて、それを隠して、水野に近付き、借金を、水野に肩代わりさせようとしている。


 そこまで、考えたとき、初めて、米倉平造が、溺愛する娘の好子さんを、この水野と結婚させようとする意図がわかった…


 米倉好子を人身御供といえば、言葉は悪いが、米倉と水野の合併の象徴にしようとしている…


 しかし、その実際の意図というか、目的は、水野が、米倉と合併することを、躊躇わせないというか、互いの娘と息子を結婚させることで、合併を取り消すことができないように、画策したのではないか?


 それと、好子さんの将来…


 溺愛する好子さんが、水野と結婚することで、これまでと同じく金持ちの生活を維持できると考えたのではないか?


 私は、そう思った…


 が、そこまで、考えたとき、ふと気付いた。


 だったら、なぜ、眼前の水野透(とおる)の父親は、好子さんと、透(とおる)の結婚を望んだのか?


 わざわざ、会社帰りの、私を待ち構えて、なぜ、好子さんが、透(とおる)との結婚を渋るのか、好子さんに、聞いてもらいたいと言ったのか?


 謎がある。


 わからない…


 私は、黙って、水野を見た。


 「…どうした? 高見さん?…」


 水野が訊く。


 「…以前、水野さんのお父様が、今日の水野さんのように、会社帰りの私を待ち構えて、どうして、好子さんが、息子との結婚を渋るのか、私に訊いてもらいたいと、お願いされたことがありました…それが、どうしてなのか、わからないと思って…」


 「…ああ、それか…」


 水野が、あっさりと言った。


 「…それは、おそらく、親父は、好子が平造の意図に気付いているか、探っていたんだよ…」


 「…探っていた?…」


 あまりにも、以外というか、予想外の言葉だった…


 「…要するに、好子が、平造の意図に気付いている…つまりは、米倉の経営が怪しくなっていて、それを隠すために、オレと結婚させようとしていることに、気付いているかどうか、高見さんに探ってもらいたかったんだと思う…」


 「…そんな私が、どうして…」


 「…高見さんが、それほど、米倉に食い込んでいるというか、信頼されていると、周囲は、見ていたということさ…」


 「…信頼されている?…」


 「…あの人間嫌いの好子が、高見さんを、わざわざ招いて、外で二人きりで、食事を取ったり、悩みを打ち明けたりする…それが、格好の証拠さ…」


 「…好子さんが、人間嫌い?…」


 「…あの女は、高見さん同様、美人で、しかも金持ちのお嬢様だ…周囲には、子供の頃から、好子を狙っていた男が、多かった…それで、人間嫌いになった…アルコールに溺れるのも、そのためだ…」


 水野があっさりと暴露する。


 が、私は、水野が、好子さんが、アルコールに溺れることまでも、知っていたことに、驚いた…


 っていうか、やはり、この水野は、バカではない…


 米倉のことを、調べ上げている…


 いや、


 これは、当然のことかもしれない…


 まして、好子さんは、この水野と結婚するかもしれない相手…


 どんな些細な情報も、すでに把握している可能性が高い…


 「…好子は、あのお嬢様然とした外見同様、臆病で、繊細なんだ…だから、容易に他人を信用しない…それが、高見さんには、心を開くというか…」


 水野が語る。


 「…会社でもそうですよ…」


 中村君が口を挟んだ…


 「…高見さんは、会社でも、一目置かれているというか…」


 「…私が一目置かれている?…どういうこと?…」


 「…内山さんですよ…」


 「…内山さんが、どうかしたの?…」


 「…内山さんは、金崎実業の重役の娘です…」


 「…重役の娘?…内山さんが?…」


 私は、中村君の暴露に唖然とする。


 「…内山さんが…なぜ、それを知ってるの?…」


 言いながら、それは愚問だと思った。


 中村君の叔父は、あの溝口だ…


 だから、内山さんが、金崎実業の重役の娘だと知ってる可能性は高い…


 なにより、内山さんの過去の発言を思い出した。


 内山さんは、入社二年目の新人にもかかわらず、かつて、私との会話で、


 「…この金崎実業程度の規模の会社では、将来、単独で生き残るのは、無理です…」


 と、まるで、金崎実業の経営者のような口ぶりだった…


 しかし、それもまた、内山さんが、金崎実業の重役の娘なら、わかる…


 父親が、家で、ふと、家族に、そんな感想を漏らしている可能性があるからだ…


 そこまで、考えたとき、


 「…内山さんが、あの営業所でのキーパーソンというか、誰と仲良くしているか、見極めろと、叔父が、常々、口を酸っぱくして、ボクに言っていたんです…」


 「…溝口さんが?…」


 「…あの営業所でのキーパーソンは、それで決まると…」


 「…キーパーソン?…」


 「…つまり、あの営業所で、もっとも、影響力を持つ人間です…」


 中村君が言う。


 私は、唖然として、中村君を見た。


 「…そして、それが、高見さん、アナタだということです…」


 中村君が続けた。



 「…私?…」


 唖然とした。


 私がキーパーソン…


 どうして、そんな…


 私は、ただ唖然として、中村君を見た。


 その中村君の顔をまた、水野も見ていた…



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