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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ  作者: トモサン


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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 73

大きな建物だった…


 何階あるかというような、高層な建物ではない…


 低いが、横に広いのだ…


 「…降りよう…」


 水野が言った。


 私はクルマのドアを開けて、降りた…


 そして、気付いた…


 ここは、丘の上だった…


 頭上を見上げると、満天の星空が見える。


 「…キレイ…」


 つい、口から、そんな言葉が出た。


 「…ここに、正造さんが…」


 私は言う。


 「…いや、ここに、正造はいない…」


 水野が否定した。


 「…正造さんがいない? どういうこと?… 私を騙したのね?…」


 あまりにも、意外な言葉だった…


 まさか、水野が私を騙すとは、思わなかった…


 私は、水野に、文句を言いたかったが、水野にいくら文句を言っても無駄だと思った…


 水野は、確信犯…


 最初から、わかっていて、私を騙したからだ…


 だから、私の怒りは、中村君に、向かった…


 「…中村君、アナタも最初から、グルだったの?…」


 私は中村君を問い詰める。


 「…いえ、ボクは…」


 私が、あまりにも、激高するので、中村君は、しどろもどろになった…


 「…まさか、中村君に騙されるなんて…」


 私は怒る。


 私の怒りは、中村君に向かった。


 「…中村君は、なにも知らないよ…」


 水野が、口を挟んだ…


 「…オレ、ひとり、ここに来るのは嫌だったから、行き先を告げずに、付き合ってもらっただけだ…」


 水野が言う。


 その口調は、終始落ち着いていた。


 とても、私を騙した、うしろめたさとか、微塵もない様子だった…


 私は、頭にきたが、さりとて、水野にいくら文句を言っても、馬耳東風、馬の耳に念仏だ…


 私はあきらめて、目の前の建物を見た。


 そして、水野に訊いた…


 「…この建物は一体?…」


 「…介護施設さ…」


 「…介護施設?…」


 あまりにも、意外な言葉だった…


 そして、気付いた。


 一体、ココに誰がいるんだろう?


 「…一体、ここに誰が?…」


 「…米倉正造の母親さ…」


 こともなげに、水野が言った。


 「…正造さんの母親?…」


 同時に、気付いたというか、思い出した。


 米倉正造の母親こそ、米倉の正統後継者…


 本来ならば、米倉平造と共に、現在の米倉を支えている女…


 しかしながら、平造とソリが合わずに、米倉を出て、米倉の発展を平造に託した女だ…


 しかし、どうして、水野が、米倉正造の母親の居所を知っているのだろう…


 私は思った。


 「…どうして、水野さんは、正造さんの母親の居場所を…」


 「…オレの親父が、米倉平造の親友だと何度も、言ってるだろう…」


 水野が言う。


 しかしながら、その口調はさっきより、若干、いら立っているように思えた。


 そして、考えた。


 水野が、私を、ここに連れてきた意味を、だ…


 「…でも、こんな時間にやって来て、中に入れてもらえるのかしら?…」


 私は考えた。


 通常、病院でもなんでも、面会する時間は決まっている。


 すでに、夜の七時近くになるのに、中に入れるのだろうか?


 「…それは、大丈夫だ…」


 「…どうして、大丈夫なんですか?」


 「…ここは、ウチの…水野の系列の会社が運営している…だから、大丈夫さ…」


 水野が説明する。


 …そういうことか…


 私は納得した。


 それから、水野と私と中村君は、受付を通った…


 「…水野です…ご無沙汰してます…」


 「…水野のお坊ちゃま?…」


 受付の女が、親しげに、水野に語りかける。


 「…今日、昼間、ココに来ると連絡してあったけど、聞いてるかな?…」


 「…ハイ…聞いております…」


 受付の女は言った。


 「…だったら、ボクたちが、これから行っても、平気だよね…」


 「…ハイ…大丈夫です…」


 「…ありがとう…」


 水野が言う。


 それで、終わりだった。


 無事、通過した。


 私は驚いた。


 水野が、こんなにあっけなく、受付を通過したこともさることながら、この介護施設の豪華さに、驚いていた…


 「…しかし、立派な建物ですね…」


 「…金持ち専用さ…」


 水野が吐き捨てる。


 「…金持ち専用?…」


 「…金持ちが、金持ちのために、豪華な老人ホームを作る…そういうことだ…」


 水野が吐き出すように、言った。


 その顔は嫌悪に溢れている。


 私は、この水野という男は、金持ちが嫌いなんだと、今さらながら思った。


 自分は金持ちだが、愛人の子…


 生まれながらの金持ちではない…


 だから、そういった心情になるのだろう…


 「…こんな静かな丘の上に、金持ち専用の豪華な施設を作ることも驚きだが、それが、すぐにいっぱいになるのも、驚きだ…九州のななつ星とう豪華列車じゃないが、一泊、ウン十万という金を出せる人間が、いるのが、不思議だ…世の中、つくづく、生まれながらに差があるんだなと、納得するよ…」


 水野が吐き出すように言う。


 その表情は、嫌悪感丸出しだった…


 私は、この水野という男が、心底金持ちを嫌悪していることに、あらためて、気付いた。


 なにより、介護施設ではなく、老人ホームと呼んだことに、悪意を感じた。


 介護施設ではなく、金持ちの老人のための、老人ホームと、あえて、言いたいのだろう…


 私は、そう思った。


 そして、言った。


 「…どこへ行くか、わかってるんですか?…」


 「…部屋はわかってる…」


 こともなげに、水野は答える。


 事実、水野は、この建物を熟知している様子だった…


 スタスタと、歩いていく。


 私と中村君が、それを追った。


 まもなく、ある部屋の前で、水野が立ち止まった…


 それから、コンコンと、手の甲で、ドアを叩いた。


 「…水野です…入っていいでしょうか?…」


 返事はない…


 水野は、もう一度、コンコンと、手の甲で、ドアを叩いて、同じセリフを繰り返した。


「…水野です…入っていいでしょうか?…」


 だが、またも返事はなかった…


 水野がためらった…


 中に入っていいものか、どうか、ためらっていた。


 そこへ、職員らしき女がやって来た。


 「…遅れて、すいません…」


 言いながら、急いで、


 「…米倉さん…中に入りますよ…」

 

 と、言いながら、中から返事がするのも、待たずに、ドアを開けた。


 水野がそれに、続いて、中に入った。


 私と中村君は、一瞬、どうしようかと、顔を見合わせたが、水野に続いて、部屋の中に入ることにした。


 中は、豪華だった…


 建物も豪華だったが、一目で、豪華とわかった…


 さっき、水野が、ななつ星を例に挙げたが、それと同じで、一目見て、金がかかった調度品がいっぱいあることに気付いた。


 そして、その先に、私同様、小柄な老婆がいることに、気付いた。


 それが、おそらく、米倉正造の母親なのだろうと、思った。


 「…米倉さん…」


 職員の女が声をかけた。


 しかし、反応がない…


 米倉正造の母親は、その小柄なカラダで、椅子に腰掛けたまま、部屋に入って来た私たちを、無言で、見つめていた。


 …これは一体、どういう?…


 私が考えていると、


 「…痴呆症さ…」


 水野が言った。


 「…痴呆症?…」


 「…重度というほどではない…だから、ときどき、正気に戻る…でも、大抵は、いつも、こんな調子だ…」


 水野が説明する。


 私は、水野の説明を聞いて、あらためて、眼前の小柄な老婆を見た。


 老婆は八十歳ぐらい…


 米倉正造が40歳を超えていることを、考えると、もう少し若いのかもしれない…


 なぜなら、この八十歳ぐらいの年代では、今よりも、結婚も出産も早いからだ…


 「…米倉さん…大丈夫だからね…」


 職員の女が優しく語りかける。


 「…米倉さんを、いじめたり、騙したりする人間は、ここには、誰もいないからね…」


 …騙す?…


 私は、この言葉が引っかかった…


 いじめるという言葉もそうだが、騙すという言葉に、違和感というか、妙に引っかかった…


 私は、水野を見た。


 「…騙すって、どういう…」


 水野は、私の質問には、答えずに、米倉正造の母親の元へ、顔を寄せた。


 「…大丈夫…正造が、米倉の後継者だから…」


 水野が、優しく、言った。


 …正造が後継者?…


 …すでに、正造は、米倉を追放された!…


 …それを知っていて、なんで?…


 …どうして?…


 水野の言葉を聞いて、正造の母親は、嬉しそうに、微笑んだ…


 「…それは、そうよ…正造は、米倉家の後継者…私が産んだ子供です…平造さんには、正造を跡取りにするという条件で、私は米倉から、身を引きました…」


 正造の母親がしっかりとした口調で答えた。


 「…平造さんは、優れた経営者です…きっと米倉を大きく成長させて、くれるでしょう…そして、大きくなった米倉を、正造の手に渡して、もらいたい…それを、条件に、私は、平造さんと別れました…」


 正造の母親が続ける。


 「…米倉さんは、平造さんを信頼しているんですね?…」


 水野が訊いた。


 その言葉に、正造の母親の血相が変わった…


 「…信頼? …それは、違うわ…」


 「…どうして、違うの?…」


 水野が、尋ねる。


 「…だって、平造さんは、私に隠れて、外に子供を作るような男です…遠縁の分家の身でありながら、本家の私と結婚して、私を裏切ったのです…そんな男をどうして、信頼できるの?…」


 正造の母親が、強い口調で、否定した。


 「…でも、だったら、どうして、米倉さんは、平造さんに、米倉を渡したの?…」


 「…米倉を渡した? …平造さんは、私を米倉から追い出したのよ…」


 …米倉を追い出した?…


 …どういうことだ?…


 「…平造さんは、優れた経営者だった…とても、優れたね…でも、人格者ではなかった…」


 …人格者ではなかった?…


 …それは、どういう?…


 「…私はいつのまにか、米倉から、つまはじきにされたというか、米倉に居場所がなくなっていたの…昨今の会社のリストラと同じで、いつのまにか、自分から出て行かざるを得なかったの…だから、米倉から出て行くときに、正造を後継者にと、平造さんに約束させて、米倉を出て行かざるを得なかったの…」


 正造の母親が激白する。


 「…もっとも、私に内緒で、平気で、外に妻子を作るような男…正造を後継者にする約束も、平気で、破る可能性も大きい…でも、今の言葉で、平造さんは、約束を守ったと知ったわ…」


 正造の母親がニッコリと微笑んだ…


 「…でも、私も悪いの…」


 「…悪い? …どうして?…」


 水野が尋ねる。


 「…私は、すでに、平造さんと結婚するときに、澄子と正造がいた…つまり、平造さんにしてみれば、自分とは、縁もゆかりもない子供が自分の子供になった…だから、平造さんが、外に子供を作ったのもわかる…」


 「…」


 「…それに、そもそも、私と平造さんは、ソリが合わなかった…人間的にね…だから…」


 正造の母親は、そこまで言うと、途端に泣き出した。


 それを見て、職員の女が、


 「…大丈夫…大丈夫だから…」


 と、また、正造の母親を励ました。


 水野は、私を振り返った。


 「…いつも、こんな調子さ…」


 「…いつもって?…」


 「…年がら年中、この調子だ…オレが初めて会った時から、ずっと…」


 「…初めて会った時から…」


 なんだが、段々謎が解けてきたというか?


 真逆に、謎が深くなったというか?


 そもそも、私が平造から聞いていた話と、話が違ってきた…


 いや、


 そもそも、私は米倉平造を善人と見ていた。


 大げさというか、ハッキリ言えば、米倉正造は悪で、平造は善という認識だった…


 しかし、それが、根底から崩れた…


 いや、


 そもそも、この世の中に、絶対的な善人は、神様でない限り、存在しない…


 米倉平造は、今もこの正造の母親がいったように、優れた経営者だと言った…


 そして、優れた経営者であれば、あるほど、冷酷さというか、非情さは、持ち合わせているものだ…


 善人であれば、あるほど、冷酷になれないし、非情になれない…


 非情になれなければ、会社を維持することはできない…


 どうしても、会社を経営する上で、ひとを切ったりするものだからだ…



 それができない人間は、生き残れない…


 会社が存続しないだろう…


 つまり、当たり前だが、米倉平造は善人ではない…


 ということは?


 ということは、どうだ?


 米倉平造は、最初から、正造と澄子を追い出して、米倉本家を乗っ取る算段だったのか?


 最初から、正造と澄子の母親を追い出して、いずれは、米倉本家を乗っ取るつもりだったのか?


 それとも、それは、ただのいきがかかりとうか、計算ではなく、いつのまにか、そういう展開になったのか?


 わからない…


 これは、いくら考えても、わからない…


 ただ、この物語が始まったときからの、正造は悪で、平造は善という、前提が崩れた…


 そういうことだった…


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