恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 72
「…私の美貌…」
私は呟いた。
「…だとしたら、水野さん…私のこの美貌は作られたもの…整形したものだとしたら、どうですか?…」
「…整形?…」
「…だから、私は、米倉家に取り入らなかった…水野さん…アナタの言う、生まれつきの美人でないから、それがバレるのが、嫌で、正造さんを色仕掛けで、誘わなかったとしたら、どうですか?…」
私の言葉に、水野は、
「…」
と、考え込んだ…
そして、しばし、考え込んで、言った。
「…それは、ありえない…」
断言する。
「…どうして、ありえないんですか?…」
「…それは、高見さん、アナタの態度だ…」
「…私の態度?…」
「…誰もがそうだが、整形をすると、うしろめたさというか、ちょっとした態度にそれが表れる…生まれつきの美人じゃないから、もしかしたら、それがバレるんじゃないかと、ビクビクしていて、それが、ちょっとした態度に出る…高見さんには、それがない…」
…うまいことを言う…
私は、水野の指摘に内心、驚いたというか、感心した…
たしかに、言われてみれば、その通り…
整形で、美人になっても、普通は、以前の顔を知ってる人間が、周囲にいる。
よしんば、地方出身者が、都会に上京するように、以前に見知った者が、周囲に誰もいない状況でも、今の時代、その美人が整形美人か否か、当てられる人間がいてもおかしくはない…
その道の専門家が見れば、整形か否かは、一目瞭然だからだ…
だから、どうしても、なんとなくびくつく人間が多い…
いわば、秘密を抱えている状態…
ゆえに、周囲に美人と、持てはやされれば、持てはやされるほど、その人間の悩みは深くなる…
いつ、整形美人とバレるか、わからないと、内心ヒヤヒヤしているからだ…
「…高見さんは、いつも堂々として、なんにでも臆するところがない…」
水野が言う。
「…そして、それが、高見ちづるが、周囲から、信頼される理由のひとつだ…」
水野が断言する。
…臆するとことがない?…
私は、内心、唖然とした。
あまりにも、自己評価と他己評価というか、周囲の評価と違うからだ…
私自身は、臆病で、どこにでもいる、普通の人間だ…
しかしながら、臆するところがないように、見られてるのだろう…
笑える!
私は思った。
それゆえ、
「…水野さん…ここで、私を褒めても、なんにも出ませんよ…」
と、私は、つい口にした。
すると、私の言葉に、水野もまた照れたというか、顔を赤らめた。
が、そうではなかった…
水野が、赤らめた顔のまま、周囲をチラチラと見るので、ようやく、私も気付いた…
道路の隅とはいえ、こんな長時間、誰もが行き来する、路上でやり取りしている事実に、今さらながら、気付いた。
すでに、この季節、辺りが暗くなり、あまり、目立たないのが、幸いしたからか、つい私も水野も、まるで、自分たち二人だけがこの場にいるように、錯覚してしまっていた…
ここが、人々が行き来する路上であることを忘れていた…
口論とまでは、言わないが、それに近いやり取りを、路上でしている事実に今さらながら、気付いた…
そんなことをすれば、誰もが気になる…
注目する…
現に、私と、水野のやり取りを横目で、チラチラ見ながら、通り過ぎる人々は、それなりにいた。
そんな当たり前のことに、今さらながら、気付いた。
水野が顔を赤らめた理由も、それだった…
逆に言えば、それに気付かないほど、私も水野も、お喋りに、夢中だったということだ…
「…場所を変えよう…」
水野が、言った。
当たり前のことだ…
「…近くにクルマを停めてある…」
水野の言葉に、私は一瞬、躊躇った…
もう六時近い…
いつもなら、なにもなく、電車に乗って、自宅に向かっている時間だ…
「…どうした?…」
水野が言う。
「…私、家に帰らないと…」
「…そんなに時間はかからないよ…」
水野が補足する。
水野が、強引に私を誘った。
私は、中村君を見た。
中村君は、
「…大丈夫ですよ…」
と、小声で、囁いた。
「…僕も、水野さんも、高見さんをどこかに連れ込んで、犯すような真似はしませんから…」
「…犯す?…」
中村君の言葉に、私は驚いた。
と、同時に、中村君を見ると、笑っている。
が、その笑いは、強張っていた。
その中村君の強張った笑いを見て、ようやく、これが、中村君の冗談だとわかった…
おそらく、私の警戒心を解こうとしたのだろう…
中村君は笑っているが、明らかに、緊張した作り笑いだった…
笑いが、不自然だった…
「…いいわ…犯せるものなら、犯してみなさい…」
私は言った。
その言葉が、水野に聞こえたのだろう…
ピューと口笛を吹いた。
「…相変わらず、強気だな…」
そう言って、水野が肩をすくめた。
私たち三人は、駐車場に止めてある、大型のオフロード車に近付いた。
「…随分、大きくて、ごつい車ですね…」
私は感想を述べる。
「…レンジローバーといって、砂漠のロールスロイスと言われるクルマです…」
中村君が説明する。
「…ロールスロイス?…」
私はビックリした。
ロールスロイスといえば、クルマの最高峰…
高級車の代名詞…
さほど、クルマに詳しくない、私でも、それくらいはわかる…
…やはり、金持ちは違う…
内心、思った。
当然、金持ちだから、高価なクルマを買う。
が、そう思って、レンジローバーと呼ばれたクルマを見ていると、
「…見栄さ…」
と、一言、水野が言った。
「…金持ちだから、誰もが一目見て、ビックリするような高級車に乗る…これが、本物の生まれながらの金持ちならば、こんなクルマには乗らないよ…」
「…どういう意味ですか?…」
「…本物の金持ちはケチなのさ…無駄に金を使わない…仮に100億の財産があっても、1円でも、少なくなれば、顔が青ざめて、右往左往するような連中ばかりだ…オレが、このクルマを買ったのは、親父に対する、ささやかな抵抗というか、嫌がらせさ…」
「…嫌がらせ?…」
「…親父もまた生まれながらの金持ちだ…だから、ケチだ…ホントは、たかがクルマに、こんな一千万を優に超す金を出すのが、惜しいというか、バカバカしいと考える人間だ…でも、跡取りの、オレが、ねだるものだから、仕方なく、買ってくれた…オレにできるささやかな抵抗さ…」
水野が、皮肉に笑った…
私は、そんなものかと思った…
同時に気付いた…
私が、知っている金持ちと言えば、あの米倉しかない…
しかしながら、あの米倉の豪邸にも、そんな一目見て、高級車とわかるクルマを見た覚えがない…
金持ちというのは、思いのほか、質素なのかもしれない…
よく、テレビや映画で、わかりやすい金持ちを演じている…
昔のバブル時代の映像ではないが、シャンパンを大勢の男女が、豪勢な酒場で、飲んでいる…
しかしながら、その映像に出てくるのは、庶民…
金持ちではない…
大昔、教科書で読んだ中に、第一次世界大戦後、空前の好景気で、生まれた日本の成金の中には、札束にわざと火をつけて、それで、タバコに火をつけた者がいたと書いてあった…
そこにいるのもまた、金持ちであるが、成金…
生まれながらの金持ちではない…
だから、今、水野が言ったように、金持ちというものは、案外、質素というか、無駄金を使わないんだろうと、思った。
そんなことを考えてると、
「…どうした…高見さん…さっさと乗らないか?…」
と、すでに運転席に座る水野から、声がかかった…
私は一瞬、たじろいだ。
…本当に、このまま、このクルマに乗って、危険ではないのか?…
ふいに、そんな思いが脳裏に蘇った…
そんな私の心の内を見透かすように、
「…大丈夫ですよ…」
と、声がした。
その声の主を振り返ると、中村君だった…
「…オレが付いてます…」
中村君が断言する。
すると、中村君の180㎝を超える大柄なカラダが、ふいに頼もしく思えて見えた。
「…頼りにしてるわよ…」
私の口から、意外な言葉が出た。
「…頼りにしてください…」
中村君が、笑いながら、言った。
私は、クルマの後部座席に乗り込んだ…
そして、水野に訊いた。
「…どこへ行くの?…」
「…米倉正造のところさ…」
「…正造さんのところ?…」
「…そうだ…」
…一体、正造さんは、どこにいるのだろう?…
…やはり、正造さんといえば、女…
…女のいるところか?…
米倉家を追放された、正造は、酒と薔薇の日々を送っているに違いない…
あの米倉好子と、真逆の派手な、お水の女を好きな米倉正造…
派手な女を連れて、夜な夜な、歓楽街を散策してるに違いない…
私は思った。
「…どこにいると、思う?…」
クルマを走らせながら、ふいに、水野が訊いた。
私はとっさに、
「…女…女のいるところでしょう…」
と、答えた。
その私の答えを聞いて、水野が楽しそうに笑った。
「…ご名答…」
しかしながら、その言葉とは、裏腹に、クマが進むのは、歓楽街ではなかった…
むしろ、歓楽街とは、真逆の落ち着いた通りを走っていることに、少し経って、気付いた。
普通、歓楽街に向かっていれば、ネオンがキラキラするから、わかる…
だが、このクルマが向かった先は、それとは、真逆のしっとりと落ち着いた風景だった…
…一体、どこへ向かっているのだろう?…
私の心に不安が芽生えた。
「…一体、どこへ?…」
私は訊いた。
やはり、どうしても、不安になる。
まさか、この水野と中村君の二人が、いきなり私を襲うとは、思えないが、そうなった場合、私は抵抗ができない…
水野も、中村君も、180㎝はある、大男…
対する、私は、身長155㎝と小柄…
水野と中村君どころか、どっちか一人でも、私に襲い掛かったら、私は抵抗できない…
私の心に不安が芽生える。
そして、その不安は徐々に、大きくなった…
たしか、レイプは、見ず知らずの男にされるものかといえば、そうではないという話を以前、読んだ…
その実態は、むしろ、会社の同僚だったり、学校の友人だったりすることが多いという…
酒を飲んだり、二人きりになったときに、思いがけず、男が豹変する…
現実に、会社の出張で、ホテルに泊まったときに、いっしょに出張した男の同僚が、ホテルのドアを叩いたので、開けたところ、レイプされたという話を聞いたことがある…
普段、いつも接している男だから、こちらも気を許す…
それで、つい油断をする…
そういうことだろう…
いずれにしろ、男と女という事実を考えさせられる…
私も若い時は、今以上に警戒心が強く、それが、婚期が遅れた原因の一つだと、振り返ると、今さらながら、思う…
どうしても、警戒心を解くことができない…
しかし、歳を取るごとに、その警戒心も徐々に薄れたというか…そこまで、考えなくなった…
なにより、自分がそんなに価値がある女かと思えてきたことが、大きい…
数年前、平凡だが、プライドの高い女性を見て、若い女のコたちが嘲笑しているのを聞いたことがある…
曰く、
「…あの女…なにを自分がいい女だと思っているのかな…」
「…笑っちゃうね…」
と、辛辣な批評だった…
私は偶然、それを訊いて、我が身に置き換えた…
すでに30歳近くになり、だいぶ若さを失いかけたときだ…
たしかに、若い女のコから見れば、私も、また中年に差し掛かって来た…
若い女のコから見れば、オバサンだ…
それゆえ、
「…高見さん…いつまで、自分を美人だと思っているんですかね?…」
「…高見さんも、もう自分が、歳を取ったって、気付いて欲しいですね…」
とかいう、言葉に差し替えて、考えた…
女の敵は女…
むしろ、男よりも、女は同性に厳しい…
だから、平然と、本音を吐く…
事実、言っていることに、間違いはないが、さすがにそれを口にするのは、マズい(苦笑)…
若さゆえの、暴走と言うか…本音を言い過ぎる…
しかしながら、それを訊いて、今さらながら、自分自身を振り返った…
いつまでも、美人をウリにできないという現実を、だ…
人間、誰もが生きていれば、歳を取る…
そして、若さがなくなれば、美しさも衰える…
当たり前のことだ…
四十歳の美人は、四十歳の女の中では、美人でも、二十歳の美人には、勝てない…
そういうことだ…
それゆえ、いつまでも、警戒心を持ってることが、不自然というか、傍から見て、おかしいことに気付いた…
しかし、それでも、やはり、この状況で、男二人と、クルマに乗るのは、おかしいというか、警戒心が、なさ過ぎたのでは、と、思った…
それゆえ、無口になった…
助手席に乗った中村君が、心配したのか、
「…高見さん…大丈夫ですか?…」
と、声をかけた。
「…大丈夫よ…」
私は言った…
自分自身に言ったのだ…
まもなく、水野の運転するクルマが止まった…
「…ここだ…」
水野が言う。
私は、クルマの中から、窓越しに外を見た…
どこかの建物…
当然のことながら、飲み屋のような歓楽街ではない…
ひっそりと、落ち着いた建物だった…




