恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 71
「…水野さん…」
私は言った。
「…いつものお茶らけた、アナタの方が、よっぽどチャーミングで、魅力的です…」
「…チャーミングで、魅力的?…」
水野が、意外そうに言う。
それから、水野が意地悪そうに、顔を歪ませて言った。
「…それは、女が、歳を重ねることに、化粧を濃くするようなものじゃないの?…」
「…どういう意味ですか?…」
「…男も女も生きてゆく上で、誰もが仮面を被っているといえば、大げさだけど、誰もが、他人の前では、うまく調子を合わせて、その場にふさわしい人物を演出する…例えば、会社の社長であれば、いつも、堂々として、威厳があるように、見せているとか…それと同じなんじゃないの?…」
水野は言う。
私は、水野が言う意味が、よくわかった…
水野良平の愛人の子…水野透…
その愛人の子が、水野良平の正式な息子として、大金持ちの跡取り息子となった…
つまり、周囲から、常に見られる人間になった…
ゆえに、周囲が自分になにを期待するのか、敏感になる…
そして、その期待に応えようとする。
それでなければ、生きることができないからだ…
言葉は悪いが、役者のように、周囲が望む姿を演じる…
その結果、水野は、常に周囲の視線を気にする人間になったのだろう…
金崎実業の場合は、私のいる営業所の雰囲気を見て、ピエロのように、おどけた姿が、ウケが良く、短時間に、職場になじめると考えたのだろう…
そう考えると、
「…かわいそうね…」
と、とっさに、私の口から、そんな言葉が出た。
「…かわいそう?…どうして?…」
「…いつも周囲の期待に応えようと、状況に応じて、カメレオンのように、姿を変える…そのロッカーがするようなチェーンをした姿を、私の前で披露したのも、いつもの金崎実業で、会う姿とは、違うとでも、いいたいからじゃないの?…」
私は言った。
私の言葉に、水野は、苦笑いを浮かべる。
「…高見さん…それは、深読みというものだ…」
「…深読み?…」
「…どんなことを言おうと、相手が信じなければ、それは、ウソということになる…オレは、単純に、このチェーンをつけた姿が好きなだけだ…金持ちのお坊ちゃまである、水野財閥の後継者であるときは、できない姿だ…だから、わざと私生活は、真逆の姿をしたいのさ…」
水野が説明する。
たしかに、理屈は合っている…
お金持ちのお坊ちゃまである、水野財閥後継者、水野透…
水野財閥後継者として、そのロッカーのような姿は、人前に晒すことはできない…
だから、私生活では、真逆の姿を見せる。
しかしながら、ブレすぎている…
金崎実業で見せた、お調子者の姿とは、離れ過ぎている…
眼前の水野の言葉はわかったが、現実に、目の前で見せる姿が、以前とは、あまりにも違うと、誰もが戸惑う…
ぶっちゃけ、目の前の姿が受け入れられない…
どうしても、受け入れることができないのだ…
私は思った。
と、そこまで、考えたとき、水野が、
「…さっき、高見さんは、私になんの御用ですか? と、聞いたよね?…」
と、突然言った。
「…ええ…」
私は、答える。
「…米倉正造…アイツが、今どこで、なにをしているか、教えてやりたくてね…」
「…正造さん?…」
あまりにも、意外な言葉だった。
米倉正造が、どこで、なにをしているか?
さっぱり、考えたことはなかった…
正造は、平造から、米倉家を追放された。
しかしながら、その後の行方はわからない…
どうしているか?
気にならないといえば、ウソになるが、さりとて、私に、米倉正造の居場所を探る手段などなかったからだ…
「…どこにいるのですか?…」
私は訊いた。
「…気になる?…」
「…なります…」
私は即答する。
私と、水野のやり取りに、中村君が、不満を漏らした。
「…二人とも一体なんの話をしているんですか? 米倉とか、なんとか?…」
当たり前のことだ…
私は中村君を振り返って、
「…この水野さんは、さっきも言ったように、溝口さんのいた、大昭和の新社長の甥御さん…そして、水野さんは、米倉という人から、大昭和の株式を買って、大昭和の新社長になった…」
「…米倉という人から買って…ですか?…」
「…米倉正造さんというのは、私が、以前、中村君の叔父様の溝口さんから、紹介されて、知り合ったひと…そして、米倉から追放された人…」
「…追放?…」
「…この水野さんと同じく金持ちのお坊ちゃまだけど、義理のお父様の逆鱗に触れて、米倉の家を追放された人…」
「…」
「…要するに、血の繋がってない親父の溺愛する娘に手を出そうとして、それが、親父にバレて、追放されたのさ…」
水野が説明する。
私は、水野の言葉に、
「…そこまで、知っているんですか?…」
と、口を挟まずには、いられなかった…
「…当然だ…オレの親父の水野良平は、米倉平造の親友だ…米倉正造が、追放された一件は、親父にも届いている…そして、それが原因で、オレはあの米倉好子と結婚することになった…」
「…結婚することになった?…」
あまりにも、意外な言葉だった…
それでは、まるで、水野は、好子さんと結婚するのが嫌な口ぶりだからだ…」
「…水野さん…アナタ、もしかして?…」
「…もしかして…なに?…」
「…好子さんを嫌いなんじゃ…」
私は言った。
言わずにはいられなかった…
「…その通り…」
水野が即答する。
「…あの金持ちのわがままな女は大嫌いだ…見ていて、虫唾が走る…」
「…虫唾が走る?…」
あまりにも、過激というか、嫌悪の言葉を発したのが、驚きだった。
「…オレは、さっきも言ったように、駄馬だ…サラブレッドじゃない…だからかもしれないが、あの米倉好子は、昔から、オレを見下すというか、バカにするところがあった…」
水野が告白する。
「…それが、いつのまにか、オレが、あの女と結婚することになった…だから、嫌で嫌で、堪らなかった…」
「…そんな…好子さんは、あんなにキレイなのに…」
「…キレイであろうとなかろうと、嫌いなものは嫌いだし、嫌なものは、嫌だ…」
水野が激白する。
私は、一瞬、これは、演技なのでは? と、疑った…
この水野透は、策士…
油断のならない男だからだ…
だから、今も本当のことを言っているのか、わからない…
そう考えた。
しかし、眼前の水野透の表情を見る限り、演技とは思えなかった…
誰が見ても、心底、米倉好子を嫌悪している感じだった…
「…親父に、あの女との結婚を勧められて、オレは考えた…というか、一計を案じた…」
「…一計を案じた?…」
「…そうだ…親父は、米倉の親父と親友だ…米倉の親父から、大昭和の株を買って、それを契機に、水野と米倉を合併して、会社を経営統合しようという話にまで、発展した…
そして、その経営統合を象徴するものとして、オレとあの好子との結婚話が持ち上がった…」
「…」
「…だが、オレは嫌だった…そして、好子もまた、オレを嫌っていた…ところが…」
「…ところが…なんですか?…」
「…好子が正造にフラれて、話が一変した…」
「…どういうことですか?…」
「…好子は、正造と結婚したかった…血が繋がってないことを、だいぶ以前から、気付いていた…一方、正造にとって、好子は保険だった…」
「…保険?…」
「…そう…正造が、平造から、米倉の後継者として、認められない場合は、好子と結婚するつもりだった…そうすれば、平造に認められなくても、米倉家を継ぐことができると思っていた…」
「…」
「…が、それに気付いた、平造は、断固それを認めなかった…むしろ、溺愛する好子を人質に取ったような、正造の行為に、平造は憤慨した…そして、平造の怒りは、正造の予想をはるかに超えていた…その結果、正造もまたキレた…」
「…キレた?…」
「…正造が本来好きなのは、派手なお水の女だ…米倉好子は、それとは、真逆の清楚なお嬢様タイプ…お世辞にも、好きなタイプじゃない…それが、正造自身、わかっていた…しかし、米倉の家を自分のものにするためには仕方がないと、我慢していた…その我慢というか…忍耐がキレた…そして、その不満を好子にぶつけた…」
「…好子さんに?…」
「…本当は、平造にぶつけるべきだが、正造は、わざと、好子にぶつけた…その方が、平造の悲しみは深いと、判断したからだ…平造の好子に対する溺愛ぶりを間近に見ていたからだ…」
「…」
「…その結果、また予想外のことが起きた…」
「…予想外のこと?…」
「…正造にフラれた好子が激怒して、それまでとは一変して、正造を忌み嫌って、親父の平造同様、正造を米倉家から追放しようとしたことだ…」
「…」
「…おそらく、好子にとって、正造は、身近な憧れの存在だったのだろう…自分よりも、十歳上で、女にモテモテの爽やかなイケメン…それが、いつも、自分を大切にしてくれる…ところが、平造と大喧嘩した正造は、その勢いで、好子に本当のことはぶちまけた…そして、好子は目が覚めた…」
「…目が覚めた?…」
「…おそらくは、自分でも、なんとなく違和感があったんじゃないかな…派手な女が好きな正造が、おとなしくて、清楚な雰囲気の自分を好いてくれてる…これは、冷静に考えれば、おかしい…どう考えても、自分は、正造が好きな女とは、真逆だからだ…それが、どうしてなのか、正造の告白で、わかった…その延長で、好子はオレのところに相談に来た…」
「…相談?…」
「…正造を追放する力を貸してくれと、オレに頼んできた…」
私はとっさに、その言葉で、以前、好子さんが、
「…水野さんは、闘ってるわ…米倉正造と…」
という言葉を言ったことを思い出した。
「…そこで、オレは、一計を案じた…」
水野が、狡猾そうに、笑った。
「…互いの親父たちが、オレと好子を結婚させたがっているが、当人たちに、その気はまったくない…それどころか、心底嫌ってる…だけど、好子はともかく、オレから、親父に、この結婚話を断ることはできない…なんといっても、オレは親父の愛人の子供だから…」
「…」
「…それで、オレは考えた…正造を追放する力になってもいいから、オレとの結婚を、好子の方から、断ってくれと…そうすれば、オレは角が立たない…そして、好子は、それを了承した…」
「…」
私は水野の言葉を、心の中で、反芻した。
今、水野透が、言った話は、以前、米倉好子から聞いている。
米倉正造が、米倉の家を相続するために、米倉好子を可愛がっていたこと…
そして、好子の父の平造が、正造を、後継者として選ばない場合は、好子と結婚することによって、米倉を継ごうとしたこと…
それを知った平造が激怒して、正造を米倉から追放したことを、だ…
しかしながら、今、水野が言ったように、そこに、水野透が関わっているとは思わなかった…
さらに言えば、米倉正造が、保険として、掛けていた、好子さんとの結婚…
この結婚が、破談に終わっただけでなく、この結婚によって、まさか、好子さんと水野透との結婚が持ち上がったとは、思わなかった…
つまり、正造が、保険として、掛けていた好子さんとの結婚は、むしろ、藪を突ついて、蛇を出したというか…保険どころか、逆効果でしかなかったと言える。
正造の立場でいえば、血の繋がってない、赤の他人である、米倉好子との結婚を、最終的な保険として、考えていたのは、わかる…
しかしながら、それが、好子さんと、水野透との結婚話に発展するとは?
正造どころか、好子さんも、この水野透も、驚いたに違いない…
当事者たちが、全然知らないところで、思いがけない形で、話が進んだに違いないからだ…
まさに、事実は、小説より奇なり…
物事が、どう転がるか、わからないことの典型だ…
「…それで…アナタの父親の水野良平が、私の元にやって来た…」
「…その通り…好子が、どうして、オレを嫌うのか、わからない…父親の平造に聞いても、わからないというし…それならば、誰に聞けばいいんだという話になって、高見さんが、浮かんだ…」
「…私が?…」
「…高見さんは、あの平造にも、好子にも、新造にも、好かれているというか、信頼されてる…」
「…私が? …なぜ?…」
「…それは、一言でいえば、高見さんが、米倉好子と、同じタイプの美人だからだろう…」
「…」
「…平造は、溺愛する好子に似た高見さんを無条件で、気に入るし…好子もまた、高見さんを信頼した…」
「…私を信頼?…」
「…普通は、自分と、同じタイプの甲乙つけがたい美人が、現れた場合は、なにかと張り合うというか…下手をすると、足を引っ張ろうとする…でも、高見さんには、それがない…」
「…」
「…それより、なにより、あの米倉の豪邸に招かれるようになれば、誰もが、あの家の住人になりたいと思い、知らず知らずのうちに、相手に取り入ろうとするような態度になりがちだ…だが、高見さんには、それもない…」
「…」
「…要するに、知らず知らずのうちに、あの米倉家の信頼を勝ち得たということさ…」
水野が、説明する。
私は、驚いた。
まさか、周囲の人間が、いや、米倉の家の人間が、私をそう見ていたとは、思わなかった…
私にとっては、あの米倉の家は、上級国民というか、私自身に縁もゆかりもない家というか、一族…
もちろん、内心、米倉正造との結婚を夢見ていなかったといえば、ウソになる…
しかし、それは、宝くじでいえば、一億円を当てるようなもの…
宝くじを買わなければ、一億円を当てられるわけはないが、さりとて、誰もが、本当に当たるとは思わないだろう…
あくまで、もしかしたら、という気持ちだ…
それと同じで、私も、自分から、米倉の一族と、縁を切るということはできないが、さりとて、相手から、連絡があれば、関わるというスタンス…
もしかしたら、あの一族の正造さんや、新造さんと結婚できるかもしれないと、夢見ているだけだ…
そして、それは、夢…
あくまで、夢に過ぎない…
現実では、ない…
だから、宝くじを買うような気分…
つまり、結果が出るまで、もしかしたらという、夢を見続けることができるだけだ…
そして、それもまた、夢に過ぎない…
現実ではない…
いずれは、知らず知らずのうちに、いつのまにか米倉の一族と疎遠になり、二度と会うこともないだろう…
それがわかっているから、私は、無理に、米倉家に取り入ろうとは、思わなかった…
それが、真逆に、米倉の一族から、信頼されることになろうとは?
まさに想定外の出来事だ…
私は思った。
「…美人の高見ちづる…しかし、その美貌を生かして、高望みの結婚を夢見ているわけでもない…」
水野が言う。
「…自分の武器…誰もがハッと振り返るほどの美貌の持ち主でありながら、それを、武器にする素振りも見せない…オレにとって、高見ちづる…アンタは、謎だ…謎キャラだ…」
「…謎キャラ?…」
「…誰もが、自分の持って生まれた能力、例えば、美人に生まれたり、イケメンに生まれたり、あるいは、頭が良かったり、金持ちに生まれたりすれば、その能力というか環境を少しでも生かして、それを武器に生きようとするのが、大半だ…しかし、高見さん…アナタには、それがない…」
「…」
「…それだけの美貌を持ちながら、米倉正造と付き合っても、色仕掛けで、誘うこともない…正造が言ってたよ…あの女は、謎だと?…」
「…謎?…」
「…つまり、正造にしても、オレにしても、高見さんは、今まで見たことのない…接したことのないタイプの人間だと、言うことさ…」
水野が激白する。
私は、水野の告白にただただ、唖然とした。
まさか…
まさか、水野、のみならず、あの米倉正造もまた、そんなふうに、私を見ていたとは、思わなかったからだ…
私が、米倉や水野と接して、彼らをどう見ているか?
それと同じに、彼らは、私をどう見ているか?
お互いが、お互いを見ているなかで、実は、自分が、自分をどう思っているかと、自分が他人にどう見られているかは、全然違う…
いってみれば、自己評価と、他己評価というか、他人が自分を評価するのとは、全然違う…
そんな当たり前のことを思った。




