恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 70
「…で、どうするの?…」
私は、中村君に迫った。
「…どうするって?…」
「…テストに合格したら、どうするか、水野さんは、中村君に言ったんじゃないの?…」
私は中村君を問い詰める。
私の言葉に、中村君はたじろいだというか…明らかに、動揺した。
私は、中村君のそんな姿を見て、内心プッと吹き出しそうになった。
なぜなら、180㎝の長身の中村君が、155㎝と小柄な私に気圧されるというか、圧倒されてる。
これでは、誰がどう見ても、まるで、歳の離れた姉弟のようだ…
もっと、歳が離れていれば、母子に見間違えるだろう…
そう思うと、思わず吹き出しそうになった。
「…さっきも言ったように、テストに合格したのなら、高見さんを連れて…」
中村君が、しどろもどろで言う。
「…どこに連れてゆくの?…」
私は、ここぞとばかりに、強気に出た。
こういった場合は強気に出れば、勝てる…
っていうか、明らかに、中村君は、私の勢いに押されている。
波が私に来ている。
この波の勢いで押せば、中村君はグロッキー…
すぐに音を上げる。
そう読んだ私は、
「…さあ、中村君…答えて…」
と、それまで以上に強気に出た。
すると、
中村君はグーの音も出なかった。
…さあ、もう一歩押そう…
内心、そう読んで、
「…答えて、中村君!…」
と、これまで以上に強気に出た。
中村君の顔が強張る。
…勝った!…
というか、中村君の口がもぐもぐと動き出し、なにやら、言葉が洩れ出しそうになった。
そのときだった…
「…相変わらず、強気と言うか、気が強いというか…」
背後から、声がした。
私は声のする方を、振り向く。
振り向きながらも、実は、すでに、そこに誰がいるか、私は、内心、気付いていた。
その声に、聞き覚えがあったからだ…
そして、振り返って、その声の主を見たとき、やはり、私の思った人物がそこにいた。
「…水野さん…」
私は言った。
私の眼前に、あの水野透が立っていた。
これまで、さんざ会いたいと願っていた水野透が、目の前に現れた。
私は、嬉しかった…
飛び上がらんばかりに、嬉しかった…
と、言いたいところだが、実のところ、あまり嬉しく感じなかった。
これは、自分でも意外だった…
あれほど、恋焦がれた水野透だったが、現実に、目の前に現れると、自分でも意外なほど、冷静だった…
水野が、中村君同様、チェーンをつけた服を着ていて、チャラチャラした感じだったからかもしれない(笑)…
中村君、同様、いつものスーツ姿ではなかったからかもしれない…
私は考える。
が、口を開いた私からは、自分でもまったく意外な言葉が出た。
「…お坊ちゃま…」
私の言葉に、水野さんは、無表情だった。
「…金持ちのお坊ちゃまがやることにしては、随分えげつないことをなさるんですね?…」
「…えげつない? どういう意味?…」
水野が答える。
「…この中村君です…」
「…中村君?…」
「…どうやって、彼を手なずけたんですか? …溝口さんを、元の大昭和に戻してやるとでも言ったんですか?…」
私は水野を問い詰めた。
水野の表情が、明らかに、変わった。
「…そんなつもりはないよ…」
水野がそっけなく答える。
「…オレにそんな力はない…」
「…でも、お金持ちのお坊ちゃまですよね?…」
私はなおも食い下がった。
「…たしかに、金持ちだが、生まれながらの金持ちじゃない…」
水野が言う。
「…生まれながらの金持ち?…」
私は呟いた。
同時に、私は、あの米倉好子と、新造、姉弟から、水野が、あの、水野良平の愛人の子だという事実を思い出した。
正妻との間に、子のいない、水野良平が、外に愛人との間に作った子…それが、水野透だと…
そして、正妻との間に実子がいないゆえに、透は、良平の養子として、水野家の後継者になれたのだと、聞いた…
だから、今、水野透が言った、
「…たしかに、金持ちだが、生まれながらの金持ちじゃない…」
という言葉はウソじゃない…
本当のことだ…
「…オレはサラブレッドじゃない…いうなれば、駄馬だ…雑種だ…」
眼前の水野が自嘲気味に呟く。
「…駄馬? …雑種?…」
私は、水野の言葉に、唖然とした。
同時に、気付いた。
この水野は、厄介というか、油断のならない男…
ある意味、米倉正造よりも、はるかに、危険な男だと…
なぜなら、この水野は、自分のことが、よくわかっている。
水野家での自分の立ち位置がよくわかっている。
だから、父の水野良平に頼めば、あの溝口を大昭和に復職させることなど、容易にできることがわかっているが、そんなことを、この透がするわけがない…
そんなことをすれば、あの水野良平の妻であり、この透の義母が、不快になるに違いないとわかっているからだ。
そうでなくても、この透は、水野良平の愛人の子…
その愛人の子を養子として、水野家に招いた…
さらにいえば、水野良平もまた、米倉平造と同じく、水野本家の人間ではなく、その遠縁の者だと、かつて、水野良平は私に言った。
それが、本家のお嬢様と結婚し、水野本家を継ぐことになったと…
そして、米倉平造と知り合い、互いに、同じような境遇であることを知り、肝胆相照らす仲になり、交流を深めたと、以前、私に語った…
私は今、それを思い出した。
つまり、二人とも、傍流…
本流ではない…
いわば、本流から外れた、分家のひとつにしか過ぎない男たちが、本家のお嬢様と結婚し、本家を継ぐことになった…
その苦悩を、米倉平造と、水野良平は共有していたということだろう…
たしかに、それがわかれば、平造と良平の二人が仲良くなるのはわかる…
それはわかるが、しかし、なぜ、今、水野透は、いきなり、私の前に現れた?
その疑問が、私の脳裏を占める。
「…水野さん…私になんの御用ですか?…」
私は直球で訊いた。
これまで、私の前から、パッタリと、消えた水野透…
それが今、いきなり、私の前に現れた。
当然、なにか理由があるに違いないからだ…
以前、パッタリと消えた理由は、この中村君と同じく、私の勤務する金崎実業の雰囲気を探るためだった…
水野良平は、米倉平造から、大昭和の株を購入するにあたり、その大昭和が、金崎実業を、吸収合併することを、計画していることを掴んだ…
水野良平は、当然、金崎実業を知らない…
それで、水野傘下の企業で、金崎実業と取引のある、納入業者の社員として、息子の透を潜入させた。
つまりは、この中村君同様、スパイではないが、金崎実業に入って、会社の雰囲気を探ろうとした…
会社の雰囲気は、いかに決算なり、会社の資料を読み込んでも、わからないからだ…
そして、その目的が済んだから、パタッと私の前から消えた。
金崎実業に顔を出さなくなった…
そういうことだ…
そこまで、考えて、パタッと気付いた。
眼前のこの二人は、同じ目的で、金崎実業に入った…
それが、わかったことで、二人とも、肝胆相照らす仲になった…
そういうことではないのか?
いや、
それはありえない…
この水野透は曲者…
一筋縄ではいかない…
この中村君に、そんな内情を打ち明けるわけがない…
そこまで、考えたときに、
「…この中村君と会ったのは、地下アイドルのコンサートで、偶然、顔を会わせたからだ…」
水野が口を開いた。
「…地下アイドルのコンサート?…」
「…今もこの中村君が高見さんに言ったように、オレも中村君と同じく地下アイドルのコンサートが好きなんだ…」
水野が言う。
「…地下アイドル?…」
「…いわば、素人というか、セミプロというか…テレビには出れないけど、アイドルをやっている…彼女たちを見ると、つい自分に重ね合わせるっていうか…」
水野が説明する。
たしかに、そう言われれば、理解できる。
水野の説明が納得できる。
いわゆる、婚外子の水野透…
自分と同じく、正統派ではない、地下アイドルに親近感を感じたとしても、おかしくはない…
私は考える。
だから、水野はウソを言っていない…
なぜなら、筋が通っているからだ…
仮にウソだとしても、ウソには思えない…
ひとを、納得させることができるからだ…
真逆に、本当だとしても、ひとが納得できないことは、本当のこととは、思えない…
その好例が、この眼前の水野透の正体…
金崎実業に、納入業者として、やって来た、この水野は、態度が軽く、軽薄で、とても、金持ちのお坊ちゃまには、見えない…
だから、私は、金崎実業の営業所で、他の女子社員がいる前で、わざと、
「…水野さんは、お金持ちですものね?…」
と、暴露したが、誰も、それを本当のこととは思わなかった。
しかも、
しかも、だ…
そのときに、この水野は、
「…なにを隠そう…このオレは、水野財閥の後継者…戦前は、日本の二十大財閥に数えられた、水野財閥の後継者だ…者ども、控えおろう…」
と、わざと、水戸黄門ばりに、ポーズを決め、自身が、金持ちのお坊ちゃまであることを認めた…
私は、驚いた。
このときの水野の行動に驚いたのだ…
私が、金崎実業の女子社員のいる前で、水野が、金持ちのお坊ちゃまであることを明かした…
当然、水野は、焦る。
それが、表情に出た。
だが、私を驚いたのは、そのときの、水野の行動だ…
わざと、自分から、水野財閥の後継者であることを明かしたことだ…
自らが、水野財閥の後継者であることを明かしたところで、誰も信じないことを逆手にとったのだ…
また、自ら、自分の地位を明かしたことで、自分が、ウソつきでないことを、アピールすることにも、成功した…
つまり、ピンチをチャンスに変えた…
あの後、仮に、今、水野が、正真正銘のお坊ちゃまであることを、金崎実業の女子社員が知っても、オレは、あのとき、みんなに、水野財閥の後継者だと言ったよ、と言えば、女子社員は誰も文句を言えない…
そういうことだ…
自分の正体を明かしても、誰も信じないことを、前提に、あの場で、自分の正体を明かした。
思えば、私は、あの瞬間に、この水野に恋に落ちたのかもしれない…
いや、
恋に落ちたと言えば、大げさだが、気になる存在になったことは、間違いない…
私は、それを思い出した。
「…高見さん…相変わらず、気が強いね…」
水野が言った。
「…あの米倉正造の最大の誤算は、高見さん、あなただ…」
「…私?…」
「…米倉好子に似た、小柄で、おとなしめの美人の高見ちづる…だが、そのあなたの存在が、米倉正造が、思ったよりも、はるかに、勘が鋭く、よく言えば、有能…悪く言えば、跳ねっ返りのじゃじゃ馬というか、米倉正造が、思っているというか、考えてるよりも、想定外の動きをした…」
「…想定外の動きをした?…」
「…米倉正造は、ただ、親父の平造に気に入られるために、米倉好子と同じタイプの美人である、高見さんを連れて行ったに過ぎない…ところが、あなたは、予想以上に、米倉の家に入り込み、家族の信頼を得た…それが、米倉正造の最大の誤算だ…」
「…誤算?…」
「…あいつは有能だが、基本的に女に甘い…」
「…」
「…女好きが、この場合は、誤算になった…」
水野が説明する。
私は、水野の説明を聞きながら、これが、あの水野透の本当の姿なんだろうと思った…
ヘラヘラとして、いつもお茶らけた、水野…
しかし、今はその仮面と言うか、金崎実業で見せた姿とは、真逆な素顔を、私の前で晒している…
ピリピリと、緊張感さえ、漂う素顔…
まるで、私と水野は、この場で決闘しているようだ…
その緊張感に耐えられなかったのだろう…
中村君が、
「…あの…二人の会話が、よく見えないというか…わからないんですが…」
と、遠慮がちに、私と水野の会話の間に入った…
「…二人とも、金崎実業で、会っている姿とは、別人と言うか…」
中村君が戸惑ったように言う…
中村君の戸惑いは、当たり前のことだ…
なにより、私より、水野の姿が、金崎実業の営業所に納入業者として、やって来て、見せた姿とは、違う…
いつも、ヘラヘラとお茶らけた、水野透…
それが、今は、真逆の切れ者の姿を、私と中村君の前に晒している…
「…どれが、本当の姿なんですか?…」
思わず、中村君が訊いた。
私に訊いたのか、水野に訊いたのかは、わからない…
だが、口にせずには、いられなかったのだろう…
そう考えていると、
「…どっちも、本当の姿だよ…」
と、水野が答えた。
「…ヘラヘラするのも、大昭和の新社長の甥の姿もオレの姿…どっちも、この水野透さ…」
水野が続ける。
中村君が、
「…」
と、沈黙した。
水野の答えが予想外というか、どう答えていいのか、わからなかったのかもしれない…
それは、私もまた同じだった…
眼前の水野が素顔を晒したことで、私もまた、どうしていいか、わからなかった…
突然、晒した水野の真の姿は、予想通りだったが、私の、反応は意外なものだった…
ハッキリ言うと、水野の姿に幻滅したのだ…
そして、気付いた。
私は、今、目の前にいる、切れ者の水野ではなく、金崎実業の営業所に納入業者としてやって来る、あのお茶らけた、水野が好きだったことに、気付いた。
まるで、柳沢慎吾のような調子のいい、ヘラヘラとして、周囲の者を喜ばせるピエロのような、水野が好きだったことに、気付いた。
眼前の切れ者の水野の姿が、好きではないことに、気付いたのだ…
自分でも、以外と言うか、不思議だった…
女なら、誰でも好む、切れ者のエリート臭い素顔…
だが、私の好きだったのは、頼りがいがなく、若い女のコたちに、いじられて、ヘラヘラと笑う、お調子者の姿だった…
ヘラヘラと笑って、周囲の者を和ませ、ムードメーカーとなる、水野の姿が好きだったのだ…
要するに、現前の水野は、好きではなかった…
と、同時に、この時点で、私の水野に対する恋心は、消滅した…
キレイに消え去ったことに、気付いた…




