恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 7
私は米倉と、門をくぐり、屋敷の敷地に足を踏み入れた。
そして、目の前の豪邸を見た。
和式=日本式建築の豪邸…
まるで、いつぞや写真で見た、明治時代の建物のようだ…
三菱創業者の岩崎家の豪邸が、こんな感じではなかったのか?
考える。
いや、あれは西洋式だから、違うか…
あの時代は、岩崎家の家族が数人なのに、お手伝いさんというか、使用人が十数名いて、まるで、ホテルか旅館に住んでいる感じだった…
眼前の米倉の豪邸も同じ…
今の時代にそぐわない、お屋敷だ…
まるで、明治時代にタイムスリップしたような気持だった…
私が唖然として、そのお屋敷を見上げていると、
「…どうしました?…」
と、米倉が声をかけた。
「…今の時代、こんな凄いお屋敷があったなんて…」
私は嘆息した。
「…そう思いますね…ボクも同感です…」
米倉が同意する。
…なんだか、他人の家のような言い方だ…
「…なんだか、他人事のようですね…」
私は言った。
「…ハイ…そうですね…」
以外にも、米倉は私の言葉に同意した。
「…どうして、そんな言い方を?…」
私の質問に、米倉が、
「…だって、そうしないと、自分を客観的に見ることができないじゃないですか…」
と、笑った。
「…客観的に…」
「…そうです…自分が周囲から、どう見られているか、考えないと…こんなお屋敷に住む、お坊ちゃまは、お坊ちゃまなりの、悩みがあるんです…」
米倉は言って、笑わせた。
「…なにしろ、そのお坊ちゃまも、今では四十代ですからね…」
と、自嘲する。
私は、米倉がなぜ、そんなことを言うのか、考えた。
…私の緊張をほぐそうとしているんだ…
私は、とっさに思い付いた。
ということは、さっき、思ったような、お坊ちゃまではないということか?
私は考える。
いや、さっきクルマの批評をしていたときのように、自分の思い通りにならないと、すぐに、機嫌が悪くなる一面はあるに違いない…
しかし、それだけではない…
本人も今言ったように、すでに四十代の大人…自分の欠点は自覚していて、いつも第三者の目で、自分を見る癖は付いているに違いない…
だが、とっさのときに、生来のお坊ちゃまの、自分勝手な性格が出るに違いない…
それが、あのときだったのだ…
私は考える。
「…さあ…行きましょう…」
米倉が、そっと私の背中を押した。
私は米倉に促され、歩き出す。
私は米倉の屋敷の敷地を歩きながら、一体この東京で、これほどの土地を持つ家が、何件あるのだろうと、考えた。
何百坪のある敷地を持つ大豪邸…
日本でも地方に行けば、それなりにあるに違いないが、それにしても、私は、見たことがない…
こんな豪邸に生まれた米倉は、一体どんな生活をして、どんな教育を受けて、どんな人間になるのか。興味が湧いた…
が、
いずれ、それもわかるに違いない…
米倉と付き合えば、わかるに違いない…
そこまで、考えて、初めて、面白くなったと思った…
この依頼を受けて、面白くなったと、思った…
平々凡々な日常に退屈していた私にとって、この探偵ごっこの依頼は僥倖であることに、気付いたのだ…
…この探偵ごっこを楽しもう…
初めて、心の底から、思った…
私が、米倉と、お屋敷に入ると、米倉が、部屋を案内した。
「…ここです…」
米倉が、私を導く。
私は、お屋敷の中を眺めながら、ゆっくりと歩いた。
お屋敷の中は、予想通りと言うか、まるで、小さな旅館か、なにかのようだった…
日本人ならば、誰もが落ち着く空間が、そこにある…
大きいが、しっとりと、落ち着いて、心が安らぐ…
この屋敷を作った人間は、それを意識して、この屋敷を作ったのだろうと、推測した。
誰もが、安らぐ空間を作ろうとしたのだろう…
家があまりにも、大きいと、誰もが落ち着かない…
ホテルや旅館に住んでいるわけではないからだ…
それを見越して、設計したのだろう…
私は、そう直感した。
私が、米倉に導かれた部屋には、すでに、七十代とおぼしき、老人がふたり、ソファに座って、待っていた…
私はふたりを一目見るなり、
「…高見ちづると申します…初めまして…」
と、腰を折り、簡単な挨拶をした。
老人ふたりも、ソファから立ち上がり、
「…米倉正造の父親と母親です…今日は、わざわざ来て頂き、ありがとう…」
と、米倉の父が言った。
それに続いて、
「…キレイな方ね…」
と、米倉の母親が続ける。
「…ありがとうございます…」
私は再び腰を折って、礼を言った。
言いながら、面と向かって、
「…キレイな方ね…」
と、言われたのは、何年ぶりだろうと、内心考えた。
若い頃=学生時代から、何度となく、初対面の人間に男女を問わず、言われた言葉だが、いつしか、その言葉も言われなくなった…
それを思い出した。
「…今日は、正造が、付き合ってる女性がいて、私たちに紹介したいと言うものだから、どんな女性を連れて来るのかと、楽しみに家内と二人で、待っていたんです…それが、こんなキレイなお嬢さんを…」
米倉の父親が、私を褒める。
「…ホント、おキレイ…」
またしても、米倉の母親が、それに続いた。
「…おかけください…」
米倉の両親が同時に言った。
私は、
「…失礼します…」
と、言って、ソファに腰掛けた。
なんだか、気持ちが昂ってくるのが、わかった…
これは探偵ごっこ…なんだ、と自分に言い聞かせる反面、気持ちが昂ることを抑える手段がなかった…
こんな豪邸に招かれ、豪邸の跡取り息子の嫁の候補として、紹介されて、舞い上がらない女はいないに違いない…
私、高見ちづるも、その例外ではなかった…
一言で言えば、米倉のお屋敷に招かれ、そのお屋敷を見た瞬間、舞い上がってしまった…
それに尽きる。
「…正造も、こんなきれいなお嬢さんを連れてくるなんて、隅に置けんな…」
父親が、息子をからかう。
「…ホント…」
母親が相槌を打つ。
私は、米倉の両親と、テーブルを挟んで、向き合って、座っていて、ただただ緊張のボルテージが上がって、ゆくのが、わかった。
自分が探偵ごっこで、ここにいることを、頭の中心に置いているにも、かかわらず、だ…
一体これまで、米倉は、何人、この両親に、女性を紹介したのだろう…
ふいに、そんなことを考えた。
「…早速だが、高見さん…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
私は米倉の父がなにを言い出すのかと、思った。
「…この屋敷に嫁ぐ覚悟はありますか?…」
直球の質問だった。
私は唖然として、
「…嫁ぐ覚悟ですか?…」
と言うのが、背一杯だった。
初対面で、会ったばかりなのに、いきなり、そんな質問をされるとは、想定外だった…
「…どうですか? 高見さん…」
私は、どう答えていいかわからず、
「…わかりません…」
と、答えた。
「…わからない? どうして?…」
私は隣に座った米倉を見た。
「…まだお付き合いをして、まもないからです…だから、わかりません…」
私は言った。
「…オヤジ…いくらなんでも、高見さんに失礼だよ…」
米倉が口を挟む。
が、米倉の父は、息子の言葉を異に介する様子はなかった。
「…たしかに、高見さんの言う通り…」
と、楽しそうだった。
「…オマエのこれまで、連れて来た女性とは違うな…」
「…オヤジ…」
米倉が血相を変えて、抗議した。
が、父はそれも無視した。
「…正造…オマエが40を過ぎて、これまで、誰も、親に女性を紹介していないとは、高見さんも考えないだろう…」
…たしかに、それはある…
米倉は、父の言葉に黙ってしまった。
「…いずれにしろ、オマエの選んだ女性だ…最終的に決めるのは、オマエだ…」
米倉の父が言う。
当たり前の言葉だが、なんだか私には、意味深に聞こえた。
気のせいだろうか?
「…お父さんの言うように、決めるのは、オマエ自身…いい報告を待ってますよ…」
母が言う。
私は米倉の両親の言葉を訊きながら、本来の任務を思い出した。
探偵ごっこの任務を、だ…
「…この広い、お屋敷に、正造さんと、ご両親が、お住まいだけなんですか?…」
「…いやいや、家族全員で、住んでます…」
「…家族全員ですか?…」
「…そうです…今ここにいませんが、正造の姉夫婦と、正造の妹と弟の四人…つまり、私たち夫婦と、正造を入れて、七人です…」
「…七人…」
たしかに、米倉は、姉夫婦と、妹、弟の4人のうちの誰かが、会社の金を横領していると、言っていた。
だが、まさか、その4人が、同じ家に住んでいるとは思わなかった。
しかし、この家を見れば、それも納得する。
なにしろ、お屋敷だ…
ちょうど、旅館のようだ…
家族全員どころか、そこへ、姉の夫というような他人がいっしょに暮らしても、十二分にプライバシーは守られるだろう…
まるで、明治時代か、なにかの、お金持ちの生活を見ているようだ…
私は考えた。
「…驚きましたか?…」
米倉の母が、私に訊いた。
私が米倉の言葉を、心の中で、反芻していたのを、おそらく、誤解したのだろう…
私は、
「…ハイ…少し…」
と、言って、少し間を置いてから、
「…ですが、これほどのお屋敷ですから、家族の皆さんが、いっしょに住んでいるのは、考えてみれば、当たり前です…」
と、言った。
私の言葉に、米倉の父と母は、互いに顔を見合わせた。
「…そうですね…」
米倉の母が言う。
「…ですけど、それもまた問題で…」
「…問題ですか?…」
言いながら、私はなぜ問題なのかと思った…
すると、
「…おふくろ、それは、今、ここでする話じゃ…」
と、米倉が、口を挟む。
米倉の剣幕に、
「…それもそうね…」
と、米倉の母が言った。
「…いずれにしろ、家族が長くいっしょに住んでいると、色々問題が出て来るものです…」
と、米倉の父が当たり障りのない言葉を発した。
結局、話はそれで終わりだった。
ただ、やはり、この米倉の家は、なにか問題を抱えていることがわかった。
もっとも、どこの家庭でもなにがしらの問題は、抱えているものだ。
米倉の場合は、会社を経営しているから、普通の家庭よりも、お金があり、そのお金を盗んでいる、身内がいるに過ぎない…
普通に考えれば、犯罪だが、身内であれば、誰が金を盗もうと、公にすることはあるまい…
犯人を見つけ、それで終わりに違いない…
ここまで、考えて、やはり、米倉の両親が言いたかったのは、米倉同様、身内の犯罪に言及したかったのではないかと、私は思った。
だが、それをここで訊くわけにはいかない…
私は考える。
「…家族がいっしょに住んでいるということは、皆さん、今は、この家に?…」
私は言った。
「…ええ…います…今日は正造が、お付き合いしている女性を連れてくると、言ったから、部屋で待ってます…みんな正造が、どんな女性を連れて来るのか、楽しみで…」
「…でしたら、皆さんは、どうして、ここにいらっしゃらないんですか?…」
「…それは、いきなり、家族全員で、高見さんの前に現れたら、高見さんを驚かすと思って…」
米倉が言う。
…たしかに、米倉の言う通り…
結婚して、嫁として、この家にやって来たのなら、ともかく、交際を始めたばかりの、女を家に連れて来ただけで、家族全員が、迎えに出ては、誰もが驚くし、このまま、交際を続けることに、違和感を感じるものも、出て来るに違いない…
いや、違和感ではなく、困難か?
いかに、金持ちの一族といえど、そんな人間たちの中に入って、これから、いっしょにやってゆけるか、考え込んでしまう…
私は、米倉の言葉に納得する。
「…でしたら、皆さんを、ここに呼んで頂けませんか? 私から、皆さんにご挨拶したいと思いますので…」
私は言った。
その方が、都合がイイと思ったのだ…
驚いたのだろう…思わず、米倉が私の顔を見るのが、わかった。
「…たしかに、高見さんのおっしゃる通りだ…」
米倉の父が賛成する。
「…正造…呼んで来なさい…」
米倉が立ち上がった。
すぐに歩いて、部屋から出て行った。
私は、部屋で、米倉の父と母の三人きりになった。
そのときだった。
「…高見さん…」
米倉の父が声をかける。
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…正造がなにを言ったか知りませんが、真に受けないことです…」
あまりに意外な言葉だった…
一瞬、自分の耳を疑った。
「…失礼ですが、真に受けないとは一体?…」
「…アレは食わせ者です…高見さんに、迷惑をかけては、困る…だから、あらかじめ、言っておきます…」
私は、米倉の父を見た。
本気で言っているのか、どうか知りたかったのだ…
が、眼前の米倉の父は、冗談を言ってるようには、思えなかった…
そして、急いで、隣にいる、米倉の母を見た。
米倉の母もまた、表情に変化はなかった…
つまり、夫の発言を容認しているということか?
同意しているということか?
私は考える。
つまり、自分の息子は、食わせ者だということを認めているわけか?
考える。
ということは、どういうことか?
私、高見ちづるは騙されて、この米倉の家に連れて来られた?
そういうことか?
騙された?
だとしたら、私、高見ちづるはなにに騙されたというのか?
お嫁さん候補として、連れて来たことを、騙されたと、米倉の父は言いたいわけか?
米倉は、身長170㎝程度と、決して、背は高くないが、爽やかなイケメン…
普通に考えれば、これまで、さまざまな女と付き合ってきたに違いない…
普通に考えれば、集団の中で、目立つ存在…
仮に、男が、100人、200人と、集まっていても、一目でわかる、イケメンだ…
その米倉は結婚を餌に、私を弄ぶとでもいいたいのだろうか?
しかしながら、私もすでに33歳…
決して、若くはない…
米倉が弄ぶとしたら、もっと若い二十代の女のコではと、考える。
男でも女でも、ある程度の年齢になれば、本音では、年下を選びたい…
年下は自分にはない、若さを持っているからだ…
まして、結婚ではなく、肉体関係を持つことを目当てにしているのならば、私より、もっと若い二十代の女のコを狙うはずだ…
それとも、四十代の米倉にとって、二十代の女のコは、苦手なのだろうか?
もっと言えば、話が合わないのだろうか?
三十代の私ならば、米倉に話を合わせることはできる。
それが理由だろうか?
考える。
いずれにしろ、これは、私、高見ちづるの妄想…
米倉が、結婚を餌に、私をここへ連れて来たわけではない…
米倉が私に言ったのは、探偵ごっこ…
米倉の会社の金を使い込んでいる身内が誰か、探って欲しいと、頼まれたのだ…
だが、もし、それさえ、偽りだとしたら?
私は考える。
そもそも、米倉の父が自分の息子を食わせ者と言ったのは、どうしてか、考える。
食わせの者の意味があるからだ…
普通に考えれば、女好き…
私が最初に考えたのは、それだった…
だが、別の意味で言ったとしたら?
私の頭の中で、さまざまな考えが浮かんでは消える。
必死になって、色々、頭を巡らせていると、米倉が、四人を連れて、部屋に戻って来た…




