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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ  作者: トモサン


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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 68

私は、それから、溝口と別れた。


 率直に言って、これ以上、溝口と話す話題がなかった…


 私と、溝口の共通の話題と言えば、どうしても、会社に限られるからだ…


 「…今日は、オレに付き合ってくれて、ありがとう…」


 店を出て、駅前での別れ際に、溝口は、その180㎝を超える長身を丁寧に曲げて、私に礼を言った。


 155㎝と小柄な私に対して、180㎝を超える長身の大男が、丁寧に腰を曲げて、礼をいうのは、どこか滑稽でもある。


 それゆえ、私は、


 「…なんだか、中学生や高校生の男のコが、初めて、女のコとデートしたときの別れの言葉みたいですね…」


 と、わざと言った。


 実際、溝口の態度は仰々しかった…


 私に対して、丁寧過ぎたのだ…


 しかし、それも、今の溝口の立ち位置から考えれば、当然なのかもしれない…


 私は、それがわかっていて、あえて、

 

 「…なんだか、中学生や高校生の男のコが、初めて、女のコとデートしたときの別れの言葉みたいですね…」


 と、言った…


 溝口の態度を笑いに変えたかったのだ…


 私の言葉に、


 「…たしかに、そう言われれば、高見さんの言う通りだ…」


 顔を上げた、溝口もまた顔を赤くして、照れた。


 「…部長も、私に、こんな態度を取るんじゃなく、奥様になさるべきですよ…」


 私が言うと、溝口の顔色が変わった。


 突然、真顔に戻った。


 「…あいつは、家を出て行ったよ…」


 ぽつりと呟いた。


 「…家を出て行った?…」


 私は唖然として、溝口の言葉を繰り返した。


 「…オレが、大昭和の部長から一転して、関連会社の倉庫係に左遷されたのを知って、さっさと荷物をまとめて、実家に帰ったよ…」


 ありえない言葉だった。


 私は驚きで、目を丸くして、その場に立ち尽くした。


 「…オレが、大昭和に戻りたいのは、そういった諸々のこともあるからだ…」


 そう言って、溝口は、私の前から立ち去った…


 私は溝口の言葉に、今さらながら、溝口の置かれた立ち位置を考えた。


 夫が会社をリストラされて、夫婦が離婚するのは、よくある話だ…


 会社をリストラされれば、当然のことながら、収入が途絶える。


 ならば、これから一体どうやって生活していくかという話になる。


 年齢が高くなればなるほど、再就職の壁が高くなる。


 さっき、溝口が言ったように、大企業にいれば、よしんば中小企業に再就職できても、収入は半分以下になるだろう…


 またそれよりなにより、溝口のように、会社で、出世頭と見られた男には、それを目当てで、結婚する女が、当然いる…


 出世できる男だから、結婚したわけだ…


 だから、今回の溝口のように左遷されれば、離婚となる…


 これは、ある意味当然だ…


 会社で、知り合った男女は、そういう結末を迎えることが多い…


 一方、学生時代に知り合った男女は、離婚の確率は、会社で知り合った場合に比べて、低いという…


 なぜなら、男の出世目当てで、女は結婚したわけではないからだ…


 要するに、学生時代に知り合って、恋愛に発展した…


 そこに、打算がないからだ…


 出世うんぬんは、最初からない…


 だから、ある意味ピュアな恋愛だ…


 私は、溝口と別れて、電車に乗り、自宅に帰る車内で、つくづく考え込んだ…


 私も、また、率直に言って、男のひとを選ぶ場合に、会社での出世とか、財産とか、まるっきり考えないわけではない…


 しかしながら、男の立場でいえば、自分が会社をリストラされたからといって、妻子に家を出て行かれては、男も堪ったものではないだろう…


 溝口を例に取れば、


 「…オレが大昭和の出世頭と目されていたから、オマエはオレと結婚したのか?…」


 と、言いたくなる。


 別の言い方をすれば、


 「…オレが、名もない小さな会社で、働いていれば、オマエはオレとは結婚しなかったのか?…」


 とでも、言いたくなるだろう…


 私は、考える。


 しかしながら、かくいう私、高見ちづるも、米倉正造や水野透(とおる)に惹かれるのは、そのルックスのみならず、やはりお金持ちである事実は、否定できない…


 イケメンで、お金持ち…


 女ならば、誰でも惹かれるだろう…


 私自身、それに当てはまる…


 該当する…


 つまり、米倉正造や、水野透(とおる)にとっては、私もまた、彼らの持つ、ルックスや、お金に惹かれる女の一人にしか、見えないのかもしれない…


 私は今さらながら、気付いた。


 翌週、私が会社に出社すると、ある意味、私から見て、職場の光景が違って見えた。


 なにかが、変わったわけではない…


 私自身が、変わったのだ…


 雑居ビルに間借りした、わずか二十数名の営業所…


 決して、大きな職場ではない…


 むしろ、小さな職場…


 しかしながら、私は、入社以来、十年も、この会社にお世話になった…


 それが、もしかしたら、まもなく閉鎖になるかもしれない…


 そんな思いで、漠然と職場を眺めた。


 初めての経験だった。


 溝口は、大昭和の上層部に提出した金崎実業に関する報告書で、今後、成長を見込める分野と、成長が見込めない分野を指摘したと言った…


 これは、溝口に指摘されるまでもなく、金崎実業の上層部もまたわかっていることに違いない…


 となると、金崎実業が、大昭和に吸収合併されようとされまいと、いずれは、会社内で、大規模な組織の再編=リストラがあるのではないか?


 そんな考えが、私の脳裏によぎった。


 この営業所の所長である亀山を筆頭に、仮にこの営業所が、閉鎖されれば、全員が、路頭に迷う…


 再就職できるものはいいが、できないものも現れるのではないか?


 漠然と、そんなことを考えた。


 これまで、一度も考えたことのないことだった…


 私は、仕事の途中に、手を止めて、そんな思いで、営業所内を見ていると、


 「…なに、ボーッと見ているんですか?…」


 と、隣の席の内山さんが、声をかけた。


 私は、とっさに、


 「…いえ…私もいつかは、この営業所で、働いていたことが、思い出になるんだな…」


 と、うまく、かわした。


 が、私の言葉に、内山さんは、納得しなかった…


 「…なに、言ってるんですか? この営業所の女のひとはみんなそうですよ…」


 と、声を上げた。


 「…誰だって、女で、この営業所で、一生定年まで、勤めようと考えてる人間は一人もいませんよ…」


 と、断言する。


 「…そうね…」


 と、私も急いで相槌を打った。


 「…それとも、もしかして、高見さん、なにか、別の意味でもあるんですか?…」


 内山さんが、訊く。


 内山さんは、大学を出て、社会人二年目の、23歳の女性だが、外見は、女子高生の制服が似合うようなロリータ・フェイス…


 事実、街を歩けば、女子高生と見間違える。


 しかも、私同様、小柄なので、そのロリータ・フェイスと相まって、余計に、実年齢より幼く見える。


 しかしながら、その外観とは裏腹に、妙に勘が鋭い…


 だから、私も警戒するというか、考えて、内山さんと、接するように、している…


 こちらが、なにを考えてるか、容易に想像がつく可能性があるからだ…


 「…高見さん…さっきの言葉、なにか、意味があるんですか?…」


 「…意味なんてないわ…ほら、私ももう十年も、この会社にお世話になってるから、色々と考えることが、あって…」


 私は適当なことを言って、内山さんの指摘から逃れようとした…


 内山さんは、まっすぐに、私の顔を見て、


 「…わかりました…そういうことにしておきます…」


 と、呟いた。


 「…そういうことにしておくって、どういうこと?…」


 「…そういうことは、そういうことです…」


 「…だから、そういうことって、どういうこと?…」


 水掛け論になった…


 まるで、子供の言い争いだ…


 「…私はてっきり…」


 内山さんが、怒ったように、言った。


 「…てっきり、なんなの?…」


 「…水野のことだと思ったんです…」


 「…水野…さん?…」


 私は、内山さんの言葉に唖然とした。


 同時に、内山さんが、水野の名前をここで出すのは、ある意味当然だった…


 内山さんは、私が水野に惹かれているのが、わかっている…


 この営業所で、私が、水野に惹かれているのを知ってるのは、内山さんだけだ…


 だから、水野がこの営業所に現れなくなったのを、私が、落胆していると、内山さんは、思ったに違いない…


 「…でも、その様子だと違いますね…」


 内山さんが、断言する。


 「…どうして、違うと、わかるの?…」


 「…だって、高見さん…落ち込んでないですもの…以前は、水野が、この営業所に顔を出さなくなったときには、明らかに落ち込んでいたけど、今日は、そうじゃない…」


 内山さんが言う。


 「…むしろ、過去を懐かしむというか…なんだか、醒めた目で、この営業所の人間を見ているというか…」


 「…誰もが、ここで、働いていたことが、思い出になると思ったのよ…内山さんを含めて…」


 「…私も含めて…ですか?…」


 「…内山さんが、さっきも言ったように、女のひとで、一生この営業所で働くひとは、誰もいないでしょ? …だから、いつかは、誰にとっても、この営業所で働いていたことは、思い出になると、言いたかったの…」


 「…そうですか…」


 内山さんは、ガッカリしたようだ…


 「…私はてっきり高見さんが、まだ水野のことを思ってると…」


 「…それなら、すぐに、内山さんも気付くはずよ…私も、水野さんが、好きだったけど、以前に比べたら…」


 私は、内山さんに語る。


 …以前に比べたら、好きじゃなくなった…


 それが、事実だった…


 たしかに、好きだが、今は、米倉の騒動で、頭が一杯だった…


 …本当ならば、私とは縁もゆかりもない米倉…


 …私、高見ちづるのような平民とは、縁もゆかりもない大金持ちの米倉家…


 それが、溝口の紹介で、米倉正造と知り合い、あの一家と縁を持った…


 あの水野透(とおる)もその延長上に知ったに過ぎない…


 それを、考えると、今は、水野透(とおる)より、米倉の行く末というか、今後、どうなるのか、興味があった…


 たしかに、水野透(とおる)は好きだったし、気になる存在だった…


 しかしながら、全然会わないと、以前ほど、気にならなくなった…


 33歳という私の年齢もあるかもしれない…


 これが、二十歳の女のコならば、やはり、もっと執着心というか、好きでいられるのだろう…


 誰もがそうだが、歳を取ると、年々、物事に対する執着心が薄くなる…


 ありていにいえば、どうでも良くなる…


 いや、これは、私だからそうなのかもしれない…


 33歳の今の今まで、恋らしい恋は、一度もしたことがない…


 これは、つまり、ひとを好きになることが、ないということだ…


 とどのつまり、私、高見ちづるが、ひとを好きになることのない、冷たい人間であることに、過ぎないのかもしれない…


 ただ、やはり、それだけじゃない…


 先週の土曜日に、米倉の豪邸を訪れ、その帰り道に、偶然、溝口と会った…


 その溝口の口から、今は、大昭和の部長から、関連会社の倉庫係にまで、左遷された事実を聞かされた…


 その事実は、あまりにも、重かった…


 そして、そんな事実を目の当たりにして、全然、姿を見せない、水野よりも、溝口や、米倉の行く末の方が、私には、大事になった…


 そういうことだろう…


 誰もが、会わなくなれば、自然に愛情は醒めるものだ…


 そして、なにより、溝口の一件は、私にとって、衝撃的だった…


 ありえない事態といってもよかった…


 誰もが、リストラを見聞きするが、あの溝口が…と思うと、ただただ驚いた。


 と同時に、気付いた。


 溝口の甥の中村君は、それをどう思ってるかだ…


 まさか、中村君が、溝口が関連会社の倉庫係に左遷された事実を知らないわけがないからだ…


 私はふと、中村君の席を見た。


 その席に、中村君はいなかった。


 「…中村君は?…」


 と、つい、口にした。


 「…中村君?…」


 言いながら、内山さんも、中村君の席を見た。


 内山さんは、中村君の席を見て、


 「…そういえば、最近、中村君は、よく席をはずしてますね…」


 と、呟いた。


 「…この前までは、新入社員の研修で、ずっといなかったけど、研修が終わってからも、あまり姿を見ないような…」


 内山さんが、思い出したように、言う。


 内山さんの言葉に、私も頷いた。


 っていうか、このところ、あまり気にならなかったが、最近、中村君の姿を、この営業所で、見ていない気がする。


 「…中村君…会社、辞めるのかな?…」


 内山さんが、突然、言った。


 「…会社を辞める? どうして?…」


 「…だって、最近、あまり姿を見ないし、無断欠勤かなと思って、この前、亀山さんにさりげなく訊いてみたら、亀山課長も口を濁すし…」


 内山さんが言う。


 私は、あり得ると判断した。


 中村君が、この金崎実業を辞めることは、十分あり得ると、踏んだ。


 そもそも、中村君は、叔父の大昭和の部長だった溝口の口添えというか、後押しで、この金崎実業に入社した。


 そして、その目的はといえば、この金崎実業の会社の雰囲気を探ること…


 吸収合併する相手の業績は、それまで、公表されている資料を綿密に読み込めば、わかる。


 しかしながら、職場の雰囲気は、資料から、読み解くことはできない…


 溝口自身、この営業所にときおり顔を見せていたが、それでもなお、この営業所に在籍しているとは、わけが違う。


 常時、いるのとは、違う。


 それゆえ、金崎実業の社内の雰囲気を探るために、甥の中村君を、金崎実業の上層部に頼んで、入社させた。


 どんな雰囲気の職場なのか、知りたかったからだ…


 そして、その役割は終わった…


 中村君の役割は、あくまで、溝口が、金崎実業を買収するために、社内の雰囲気を探るために、入社させたに過ぎないからだ…


 そして、その金崎実業を買収するプロジェクトチームを率いるリーダーだった溝口は、大昭和を事実上、追放された…


 溝口の甥の中村君も、叔父の溝口が追放されたことで、どうしていいのか、わからないのかもしれない…


 中村君が、金崎実業に、とどまる理由は、もはやない…


 しかしながら、後ろ盾と言うか、中村君に、金崎実業への入社を仕組んだ、叔父の溝口が、会社を追放されたことで、仮に大昭和に、中村君が転職を希望しても、もはやその願望は叶うことはない…


 つまり中村君の立場に立てば、もはや、どうしていいかわからないに違いない…


 だから、内山さんが言うように、

 

 「…中村君…会社、辞めるのかな?…」


 という言葉が、わかる。


 その意味が、よくわかるのだ…


 「…でも、中村君が辞めちゃうと、つまらないな…」


 内山さんが言う。


 「…どうして、つまらないの?…」


 「…だって、中村君、背は高いし、この営業所で、女子から結構人気があったんですよ…」


 「…そうなんだ…」


 私は言った。


 中村君は、私より十歳近く離れているので、正直、関心がなかった…


 だから、中村君が、この営業所の女子にそんなに人気があるとは思わなかった…


 「…あーあ、中村君も、いなくなったら、この営業所で、いい男は誰もいなくなっちゃうな…」


 内山さんが嘆いた。


 言われてみれば、中村君はこの営業所で、数少ない、若くて、そこそこにルックスのいい男だった…


 「…あーあ、この営業所にも、カッコイイ男が欲しい…」


 内山さんが、悲鳴を上げた(笑)


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