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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ  作者: トモサン


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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 67

…平造氏の欲しがる情報?…


 私は、溝口の言葉に、驚いて、溝口を見た。


 溝口は、私の視線を受けて、


 「…と言っても、大した情報じゃない…もしかしたら、平造氏もすでに知ってる情報かもしれない…」


 溝口が照れ臭そうに言う。


 「…でも、そんな大した情報じゃなくても、ないよりマシだ…手ぶらでは、平造氏は、オレに会ってくれないだろう…」


 溝口が言う。


 私は眼前の溝口を見て、悪く言えば、つくづく食えない男というか…良く言えば、やはり有能だと、あらためて、思った…


 当たり前だが、バカではない…


 やはり、大昭和の将来の取締役候補と周囲に目されていただけはある…


 いわゆる、同情や憐憫だけで、米倉平造が、自分に会ってくれるとは、露ほども思っていないのだろう…


 溝口は、米倉平造という人物を知っている…


 事実、さきほど、

 

 「…どうせ、平造氏は、オレのことをよくは言ってなかったろう…あの人は、有能な経営者だ…人を見る目がある…オレが、正造氏にも繋がってることは、見抜いていたよ…」


 と、私に言った。


 つまり、溝口もまた、米倉平造という人物を見抜いていたということだ…


 …有能な経営者…


 見方を変えれば、今の溝口の境遇を知ったところで、溝口に対する同情や憐憫だけで、動いてくれる、いわば感情で動いてくれる人間ではないと、知っているわけだ…


 私は考えた。


 「…それで、その情報というのは…」


 私は訊いた。


 溝口は、ニヤリと笑って、


 「…それは、高見さんといえども、教えることはできない…それにそんなに大した情報ではないよ…」


 と、言った。


 しかし、そんなに大した情報でないならば、平造が、その情報を欲しがるわけがない…


 …だとすると、当然のことながら、溝口の言葉は額面通りに受け取ることはできない…


 そして、その情報は、普通に考えれば、米倉正造に対するものだろう…


 眼前の溝口は、米倉平造と、正造のどちらにも与していた…


 はっきりと、忌憚のない意見を言えば、両方に保険をかけていた。


 天秤ではなく、保険をかけていた…


 平造と正造のどちらが、米倉の持つ会社、大日産業の最高権力者にいても、自分が食い込めるように、考えていたということだ…


 逆にいえば、溝口から見て、平造と正造は、当初から反りが合わないと見ていたのだろう…


 それほど、平造と正造の関係は、溝口から見て、緊張していた関係かもしれない…


 だから、保険をかけていた。


 どちらが、失脚しても、あるいは、どちらが権力を得ても、いいように、両方に繋がろうとしていたということだろう…


 そして、その保険と言うか、人脈は、まだ生きているのだろう…


 その結果、溝口は、おそらく米倉正造に関する情報をなにか掴んだのではないか?


 私は、そう判断した。


 仮に、米倉正造でなければ、平造が欲しいであろう情報は、水野だが、これは、難しい…


溝口は水野に繋がっていないだろう…


 もし仮に、溝口が、水野と繋がっていれば、今頃は、大昭和の部長から、取締役に出世してもおかしくはない…


 なぜなら、大昭和の新社長は、水野一族だからだ…


 つまり、溝口が、水野に繋がっているのは、ありえない…


 私は、そう判断した。


 その後、私と、溝口は、とりとめのない話をした。


 主に、共通の知人というか、会社の同僚についてだ…


 というか、私と溝口の共通の話題といえば、どうしても、会社を通じてしか、なかった…


 それ以外にあるとすれば、世間に溢れた、芸能情報とか、テレビや新聞の話題しかない…


 私は、なんとなく、溝口に、


 「…もし…金崎実業が、大昭和に合併されたら、どうなりますか?…」


 と、訊いた。


 直球の質問だった。


 私の質問に、溝口は驚いたようだ…


 すぐに、驚愕の表情といえば、大げさだが、驚いた表情から一転して、


 「…それは、大変なことになるよ…」


 と、普通の表情で、穏やかに言った。


 「…大変なことですか?…」


 「…ありていに言えば、大規模なリストラだよ…オレも、大昭和で金崎実業の買収のプロジェクトの件を、まとめたときに、金崎実業の事業内容の内、今後、成長が見込める分野と、成長が見込めない分野…すなわち、即撤退する分野等を、詳細に報告書を作って、上に提出してある…」


 「…上に?…」


 「…上と言うのは、もちろん、取締役以上のお偉いさんに提出したということだ…それは、今の水野新社長も目を通しただろう…」


 「…」


 「…だから、それを実施すれば、大変なことになるよ…ことによると、高見さんの今いる営業所も閉鎖になるかもしれない…」


 「…閉鎖?…」


 私は、溝口のあまりの言葉に、絶句した。


 と、同時に、なぜ、さきほど、いきなり、溝口が、私の結婚について、言及したのか、わかった…


 溝口は、私のいる金崎実業の営業所が、閉鎖されるかもしれないと、考えているのだろう…


 それゆえ、それを見越して、私にさりげなく、結婚の話題を振ったに違いない…


 私は、それに気付いた。


 「…もし、閉鎖になるとしたら?…」


 私は、つい口にした。


 「…文字通り、大変なことになるだろう…他の営業所に行ける人間は、少ない…大半が、解雇だ…」


 溝口が言う。


 「…解雇?…」


 当たり前のことだった…


 金崎実業の買収に際して、事業の大幅な見直しを実施…


 その結果、大量の余剰人員が、出ることは、誰の目にも明らかなはずだ…


 「…オレもその報告書を作成したときは、正直、他人事だった…大規模なリストラが必要と、報告書を通じて、提言した…しかし、今、こうして、倉庫係で、働いていると、金崎実業にいる人間にとっては、堪ったものじゃない…そんな当たり前のことが、身に染みてわかった…」


 溝口がしみじみと言う。


 事実、その報告書を作った当時の溝口の立場からいえば、金崎実業で、リストラされる人間は、溝口にとって、文字通り他人事…


 吸収する側の、大昭和で、出世頭とみなされた溝口にとって、吸収される側の金崎実業で、リストラされる人間には、興味もなにもないに違いない…


 しかし、今、溝口は、一転して、自分自身が、リストラされる立場になった…


 大昭和の将来の取締役候補から、一転して、関連会社の倉庫係に飛ばされた…


 普通に考えれば、これは、退職勧奨…


 溝口に早く、自分から、会社を辞めてくれとのメッセージに他ならない…


 それに、気付かぬ溝口ではあるまい…


 さっさと会社から出て行ってくれというこれ以上わかりやすいメッセージはない…


 そして、それに気付かぬ溝口でもない…


 ゆえに、それを回避するには、なんらかの対策が必要…


 普通に考えれば、誰かの力を借りて、復職の口添えをしてくれる…


 そんな人物に頼るしかない…


 それが、米倉平造なのだろう…


 現実に、平造には、その力がある…


 大昭和の新社長、水野一族と、平造は、良好な関係だ…


 その関係から、溝口は、自分自身の復職をもくろんでいるのだろう…


 かといって、復職といっても、元の部長に返り咲くことではあるまい…


 一度切られた溝口が、以前の地位に復職できるとは、これっぽっちも考えては、いまい…


 溝口とて、バカではない…


 そこまで、自分が見えないわけでは、あるまい…


 しかしながら、さして、重要なポジションでない位置になら、戻れると、もくろんでいてもおかしくはない…


 いわゆる窓際といえば、言葉は悪いが、日の当たる部署とはいいがたい、地味な部署での復職を願っているのかもしれない…


 その程度ならば、実現可能と考えているのかもしれない…


 私は、そう考えた。


 私が、なにも言わずに黙っていると、


 「…どうした? …高見さん…」


 と、溝口が訊いた。


 私は、


 「…いえ…」


 と、反射的に答えた。


 まさか、溝口に、倉庫係にまで、降格されてもなお、復職を考えているのかとは、いえない…


 溝口の執念と言うか、地位に恋々とするというか…


 とにかく、元の地位に戻る努力の凄まじさを見たというか、感じた…


 すると、私の思いと言うか、考えが、溝口に伝わったのだろう…


 「…オレだって、本当は、こんな真似はしたくはないよ…」


 と、溝口が照れ臭そうに、呟いた。


 「…本当は、かっこよく、今の倉庫係に降格された時点で、会社を去るべきだったのは、わかる…だが、オレにも、生活がある…」


 「…」


 「…こう言っては、身も蓋もないが、いわゆる東証の一部上場の企業から、名もない中小企業に転職した人間の給与は、およそ半分程度になるのが、大半だ…」


 「…は、半分?…」


 「…オレは、自分で言うのもなんだが、大昭和の部長だった…年収も軽く、一千万は超えてる…だとすれば、半分どころか、三分の一程度に落ちても、おかしくはない…それも、再就職できた場合だ…」


 「…」


 「…こんな五十半ばで、大企業の部長をやっていて、年収も一千万を軽く超えていた…そんな男を雇う中小企業は、滅多にあるものじゃない…」


 溝口が激白する。


 「…いわば、使う側にとっては、これ以上、使いづらい存在はない…この歳で、大企業をリストラされて、雇ってくれるのは、中小企業だけだが、それも難しい…後は、自分で、会社を立ち上げる…いわゆる起業だが、これは、もっと、難しい…だとすれば、なんとか、元の会社に戻れないか、その方法を探るだけだ…」


 溝口が、説明する。


 私は、溝口の言葉を聞いて、十分に溝口の意図がわかった…


 たしかに、大企業の部長職となると、解雇されたときは、再就職は、絶望的に難しい…


 なぜなら、どう言い訳しようと、能力があれば、解雇されるわけがないからだ…


 それが、現実だ…


 どう抗弁しても、再就職先の企業は、そう判断するし、また仕事は、勉強とは違う…


 例えば、勉強ならば、東大や京大を出ていれば、誰もが、頭がいいと思うし、なにか、勉強について聞いても、答えられる…正しい解答をいえる。


 ところが、仕事となると、そうはいかない…


 それまで、大企業で、優秀と思われた人物でも、他社では、難しい場合が多々ある。


 その理由は、単純に、それまでは、その会社の企業風土とか、仕事が、その人物に合っていたというのが、真相だからだろう…


 どんな人間も得手不得手がある。


 就職して、自分の所属する職場を一目見て、そこで働く人間や、仕事内容を眺めて、ここ無理!と即座に判断した場合、誰もが、その職場で、優秀な成績を納めることは、まずできない…不可能だろう…


 いわば、勉強でいえば、不得意科目で、他人と競うようなものだからだ…


 誰もが、得意科目で、競えば、勝てる可能性は高いが、不得意科目で、闘えば、当然、負ける可能性が高い…


 そして、問題なのは、自分で、会社や職場は選べない点が大きい…


 これが、アルバイトならば、自分に合わないと感じたのならば、すぐに辞めて、他のアルバイトに就けばいいが、就職となると、そうもいかない…


 なぜなら、頻繁に職を転々とすれば、どこの会社も続かないヤツと、企業の採用担当者に思われるだけだからだ…


 つまり、最終的には、運の要素が大きい…


 自分に合う職場と巡りあえるか否かだ…


 溝口の場合は、大昭和の会社の雰囲気と、仕事内容が、自分に、合ったのだろう…


 その結果、順調に出世の階段を昇った…


 そういうことだろう…


 そして、今、溝口は、それまでとは、一転して、大昭和をリストラされ、関連会社の倉庫係にまで、降格されて、自分から、会社を辞めると言い出すのを、会社から待たれている状況だ…


 そんな以前とは、真逆な状況にあって、溝口もまた、それまで、考えもしないことを考えたに違いない…


 今の時代、誰もが、企業のリストラを見聞きするし、自分に近い、身近な人間が、リストラされた経験を持つ人間も珍しいことではない…


 しかし、自分が、リストラされるのとは、違う…


 いかに、自分と親しい人間が、リストラされても、所詮は他人事…


 自分のことではない…


 自分がリストラされて、初めて、自分のことを真摯に考える。


 殴られて初めて、殴られる痛みを知るのと、同じだ…


 溝口もまた、関連会社の倉庫係という職場に転籍という形で、いわば退職勧奨を受けて、初めて、自分の能力と言うか、立ち位置に気付いたに違いない…


 その結果、どんなことがあろうと、米倉平造に取り入って、大昭和に復職することが、一番簡単なことと、考えたに違いない…


 私は思った。


 もはや、プライドもなにもあったものではない…


 プライドもなにも、自分に余裕があって初めて、口にできること…


 今の溝口には、その余裕も皆無なのだろう…


 いつも、そのプロレスラーのような、大柄な体格で、常に堂々としていたのは、当然、自分に自信があったからだ…


 大昭和で、周囲に認められ、出世の階段を駆け上がってゆく…


 自他ともに認める、社内の出世頭…


 その自信が、オーラとなって、表れる。


 その自信が、堂々とした態度を生み、その堂々とした態度が、より一層、周囲の信頼を生む。


 やはり、出世頭と、周囲に一目置かれる。


 つまり、好循環…


 周囲の評価が自信を生み、その結果、さらなる、自信を得る。


 その好循環が、大昭和での溝口を形作ったというべきだろう…


 そして、その好循環が、一瞬にして、断ち切られた。


 おそらくは、大昭和に入社して、何十年もかけて作られ、続けられた好循環が、一瞬にして、断ち切られ、真逆となった…


 これでは、溝口自身、どうしていいか、わからないに違いない…


 一瞬にして、左遷され、リストラ候補となった…


 いや、自分から、早く会社を辞めてくれと、思われる存在になった…


 要するに、周囲から掌を返されたわけだ…


 これでは、どんな人間もどうしていいか、わからないに違いない…


 芸能人でいえば、つい最近まで、売れっ子の一人だったのに、なにかスキャンダルを起こして、転落したようなものだ…


 そうなれば、誰もが周囲にいる人間から掌を返される…


 それまで、さんざちやほやした周囲の人間が、掌を返して、相手にしなくなる。


 こうなれば、誰もが、どうしていいか、わからないに違いない…


 溝口もまた同じだろう…


 溝口もそれゆえ、自分の復権を、米倉平造に賭けたということだろう…


 しかしながら、米倉平造は、溝口を嫌っている…


 それを、溝口自身、十分知りながら、なおそれでも、米倉平造に賭けようとする…


 それを考えると、溝口の執念を見たと同時に、溝口が哀れに思えてきた…


 可哀そうに思えてきた…


 おそらくは、溝口の復権は、万に一つもないに違いない…


 宝くじでいえば、一億円を当てるようなもの…


 溝口も当然、それがわかっている…


 しかし、それを知っていても、なお、溝口には、米倉平造に賭けるしか、手段がないのだろう…


 私は、それを知って、暗澹たる気分になった…



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