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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ  作者: トモサン


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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 66

…倉庫係…


 溝口の発した言葉が、私の頭の中で、グルグル回った…


 …まさか、将来の取締役と周囲に思われていた溝口が、倉庫係?…


 ありえない降格だった…


 溝口が、憔悴して、自信をなくし、これまでのような堂々とした態度が、まったくなくなった理由がわかった…


 将来の取締役と見られていた男が、倉庫係にまで、降格されたのでは、誰もが、耐えられるものではない…


 私が、溝口に、気付かなかったフリをして、このまま、やり過ごそうとしたことを、

 

 「…オレはてっきり、部長をクビになったから、高見さんが、オレに挨拶しないのかと思ったよ…」


 と、口にした溝口は、以前の溝口ではなかった…


 将来の取締役から、倉庫係にまで、降格され、プライドをズタズタにされて、見るも、無残な姿だった…


 まるで、敗残兵だ…


 これまで、いつも、そのプロレスラーのような巨体にふさわしく、常に堂々として、周囲から、一目置かれていた、溝口の姿は、どこにもなく、あるのは、卑屈に歪んだ姿だった…


 それゆえ、

  

 「…オレはてっきり、部長をクビになったから、高見さんが、オレに挨拶しないのかと思ったよ…」


 という言葉を発した…


 負け犬という言葉がふさわしかった…


 が、頭脳は、衰えていない様子だった…


 「…高見さん…この駅で、バッタリ、オレと会ったのは、米倉の家に行って来た帰り? …それとも、これから、行くところ?…」


 溝口が訊いた。



 私は、溝口の質問に、どう答えようか、一瞬、悩んだが、


 「…その通りです…今、米倉のお屋敷から、戻って来たところです…」


 と、告げた。


 私の返答に、


 「…そうか…ありがとう…」


 と、溝口が返した。


 心なしか、いや、心なしではなく、明らかに、ありがとうと言った言葉に、これまで、溝口の口から聞いたこともないほど、感謝の念が表れていた。


 おそらくは、部長の肩書が剥奪され、倉庫係に追いやられたことで、周囲の人間から、相手にされなくなり、その結果、謙虚さが、増したのだろう…


 さきほど、

   

 「…オレはてっきり、部長をクビになったから、高見さんが、オレに挨拶しないのかと思ったよ…」


 といった言葉がすべてで、おそらくは、溝口が、同じ質問をしても、周囲の人間が、もはや以前のように、まともに答えてもくれないのではないか?


 そんな気がした…


 私が、そこまで、考えたとき、


 「…高見さん…立ち話もなんだから、ちょっといいかな…」


 と、溝口が、照れ臭そうに、遠慮がちに、訊いた。


 私は、しばし、悩んだが、


 「…ハイ…」


 と、応じた。


 なんだか、このまま、溝口を見捨てるのが、可哀そうな気がした…


 事実、溝口が、照れ臭そうに、遠慮がちに私を誘うのは、同じ言葉を発しても、もはや、周囲の人間が、大半、応じなくなっているからだろう…


 誰もが、将来の取締役候補…社内の出世頭の筆頭と目されているから、溝口の言葉に従ったに過ぎない…


 部長の肩書が剥奪され、倉庫係にまで、追いやられた溝口が、なにか、言っても、誰も指示に従わないか、聞こえないフリをしているのかのどっちかだろう…


 「…じゃ…高見さん…どこか、適当な店で…」


 溝口が告げた。


 事実、駅前だから、どこか、適当な店を探すのは、容易だった…


 私と溝口は、その中で、ありきたりの、店に入った…



 さすがに、駅前の立ち飲みのコーヒー屋のような場所に入ることはできなかった…


 誰が訊いているか、わからない…


 誰が、見ているか、わからない…


 私も、溝口も、そんな場所で、会話するのは、御免だった…


 「…高見さん…ありがとう…わざわざ、オレに付き合ってくれて…」


 席に着いた後、溝口が、一度席から立ち上がり、丁寧に腰を折って、私に頭を下げた…


 「…部長…そんな真似は止めて下さい…」


 私が言うと、


 「…もう部長ではないよ…」


 と、照れ臭そうに、私に言った。


 「…すいません…」


 反射的に謝った…


 皮肉でもなんでもなく、つい口から出た言葉だった…


 それは、溝口も理解している様子だった…


 「…いいんだ…高見さんが謝らなくても…高見さんが、皮肉を言ったとは思ってない…」


 言いながら、溝口は、席に着いた。


 「…オレもまさか、ここで、高見さんに会うとは思わなかった…」


 溝口の言葉に、私は、


 「…」


 と、言葉もなかった。


 どう答えていいか、わからなかったからだ…


 「…ということは、高見さんも、オレの目的はわかっているわけだ…」


 溝口のこの質問にも、私は、


 「…」


 と、答えることはできなかった…


 「…米倉…米倉だよ…」


 溝口が独り言のように、呟く。


 「…米倉平造に会いに行くつもりだ…オレの人生を台無しにした米倉に…」


 「…人生を台無しに…」


 思わず、私は反応した。


 「…台無しというと、大げさだが、オレの人生を振り回したとでもいえば、いいのかな…」


 溝口が照れ臭そうに、言う。


 「…米倉正造に頼まれ、米倉好子さんに似た高見さんを、正造に紹介した…米倉平造氏に取り入るためだ…それをきっかけに、オレは嫌でも、米倉の後継問題に巻き込まれざるを得なかった…米倉は、オレの勤める大昭和の大株主…オレは立場上、正造にも、平造氏にも、いい顔をせざるを得なく、二人に、振り回された…そして、その挙句、米倉は、大昭和の株を水野に売ってしまった…これまで、米倉にさんざ、振り回されて、その甲斐もなにもなくだ…そして、オレを、金崎実業を買収する極秘プロジェクトのリーダーに抜擢した取締役は、大昭和の株主が、米倉から水野に変わったことで、失脚…オレも、今は関連会社で、倉庫係だ…誰が、どうとか、こうとか、言いたくはないが、やはり、一言、米倉に文句を言いたくてね…」


 溝口が激白する。


 私は、目の前の溝口の言葉を訊いて、溝口の思いが、よくわかった…


 偽りのない溝口の本心だろう…


 しかしながら、溝口が、米倉の家を訪問したい理由は、それだけとは思えない…


 「…まあ、本音は、今の倉庫係から、少しは、マシなところに配置転換してもらえないかという希望も少しはある…」


 恥ずかしそうに、溝口が言った。


 そして、それこそ、溝口の本音…


 ウソ偽りのない本音だったに違いない…


 「…だから、ここまで、来たんだが、いざやって来ると、逡巡というか、戸惑うというか…一言で言って、勇気が出なくてね…」


 「…勇気ですか?…」


 「…そう…勇気だ…オレが米倉の家に乗り込んで行ったところで、米倉平造氏が会ってくれるかどうかはわからない…それはオレもわかってる…平造氏にとって、オレは用済みだろう…見たくもない存在かもしれない…それを考えると、ここまで、来ても、足がすくんでしまってね…駅前をウロウロしてたら、高見さんに会ったわけだ…」


 …なるほど、そういうことか?…


 私は思った。


 溝口とて、バカではない…


 自分の立ち位置はわかってる…


 しかし、それでも、米倉平造に会いたいに違いない…


 会ったところで、溝口の現在置かれた立場が、どうこうできるわけでもあるまい…


 しかしながら、溝口は、米倉平造意外に頼る相手がないに違いない…


 私は思った…


 「…平造氏は、オレのことを、なにか言ってなかったか?…」


 突然、溝口が言った…


 考えてもない質問だった…


 とっさに、どう答えていいか、わからなかった…


 まさか、さっき、米倉平造が、溝口を称して、


 「…あの男はコウモリのような男だ…」


 と、言ったことを、当人に伝えるわけには、いかない…


 米倉平造にとって、自分にも、正造にも、いい顔をする溝口は、まさにコウモリのように、誰にでも、調子のいい顔を見せる男でしか、ないのであろう…


 そして、そんな人間は、平造がもっとも嫌う人間なのだろう…


 それが、


 「…あの男はコウモリのような男だ…」


 という言葉に表れてる。


 私が、どう言おうか、悩んでいると、


 「…高見さんは、案外ウソをつけない性格なんだな…」


 と、溝口が言った。


 …ウソをつけない性格…


 私が、溝口の言葉に驚いていると、


 「…どうせ、平造氏は、オレのことをよくは言ってなかったろう…あの人は、有能な経営者だ…人を見る目がある…オレが、正造氏にも繋がってることは、見抜いていたよ…」


 と、溝口が告白した。


 私は、溝口の言葉に、


 「…」


 と、絶句する。


 「…オレにも、平造氏が、オレを評価してないのは、わかる…いや、人間は誰でもそうだが、よほど愚かじゃない限り、その人間が、自分を評価しているか否かはわかるものだ…」


 溝口が激白する。


 「…平造氏は、オレを嫌っていた…いや、ハッキリ言うと、ただ嫌っていただけじゃない…忌み嫌っていたというか、嫌悪していたと思う…ただ、誰もが、それを表に出す人間はいない…平造氏は、それを出さないようにしていただけだ…」


 溝口が、喝破した…


 溝口の意見は、的を得ていた…


 しかし、それを知った上で、なお、米倉平造に会いたいのか?


 そこまで、わかっているのならば、会ったところで、どうにかなるものでもないことは、自分で十分わかってるに違いない…


 それとも?


 それとも、なにか、秘策があるのか?


 平造が、欲しがる情報かなにか、手に入れてるのか?


 とっさに閃いた。


 「…部長は…」


 私が言いかけると、


 「…もう…部長ではないよ…」


 と、溝口が、何度目かの否定をした。


 「…すいません…」


 私は謝る。


 「…別にいいよ…高見さんが、つい、そう言ってしまうのは、わかる…」


 そこまで、言った時に、注文したコーヒーが運ばれてきた。


 「…とりあえず、頂こう…」


 溝口が言った。


 「…頂きます…」


 私は言って、コーヒーを飲んだ。


 二人とも、しばし、無言だった。


 先に口を開いたのは、溝口だった。


 「…高見さんは、結婚は考えてないの?…」


 直球の質問だった。


 私は、つい、


 「…部長…それって、セクハラですよ…」


 と、言いかけたが、また部長といいそうになったのに、気付いて、止めた。


 同時に、溝口が、


 「…これって、今の時代、セクハラだよな…」


 と、恥ずかしそうに笑った。


 「…ごめん…悪気はないんだ…ただ、オレが、米倉正造氏を、高見さんに、紹介したせいで、高見さんの結婚の障害というか、遅れる原因のひとつになってしまったら、申し訳ないというか…」


 溝口が説明する。


 「…いえ、それは…」


 私が、答えると、それに、抗弁するように、


 「…オレがこんなこと、高見さんに言えた義理じゃないかもしれないが、結婚は…とりわけ、女のひとは、婚期が遅れると、ドンドン条件が悪くなる…」


 「…条件?…」


 「…男も女も、若くて、ルックスが良く、頭もよく、性格もいい人間に惹かれる…これが、常識だ…だから、どうしても、歳を取ると、条件が悪くなる…変な話、AV女優でも、若くて可愛ければ、ソフトな絡みで、本番もなにもしなくてすむが、歳を取れば、嫌でもハードな絡みで、本番をしなければ、ならなくなる…そうしなければ、需要がないからだ…結婚をAVに例えるのは、おかしいかもしれないが、それが現実だ…」


 「…AV?…」


 私は絶句したが、溝口の言いたいことは、よくわかった…


 要するに、歳をとれば、取るほど、結婚が不利になると言いたいのだろう…


 「…変な例えですまない…」


 溝口が謝った。


 「…いえ…」


 私は言った。


 溝口が、私に皮肉とか言うつもりで、AVを例えに出したわけではないのは、わかる…


 たまたま、例えがそれしか思い浮かばなかったのだろう(笑)…


 なにより、本気で、私の結婚を心配してくれているのは、わかった…


 「…今の時代…男も女も晩婚だ…結婚しない人間も多い…だが、求められれば、真剣に結婚を考えてみれば、いいと思う…」


 私は、溝口の言葉に、どう答えていいか、わからなかったので、


 「…」


 と、無言だった。


 「…オレが、こんなふうに言うのは、この歳になって、倉庫係をするようになって、つい過去を振り返ってね…」


 「…過去ですか?…」


 「…うん…つい、過去を懐かしむというか…あのとき、こうしてれば、今、どうだったろうとか、考えてしまうわけじゃないが、昔、好きだった女のコとか、つい考えてね…」


 溝口が照れ臭そうに笑った。


 「…男でも女でも、皆同じだが、どれだけ、たくさんの異性に口説かれても、本気で、その相手と結婚したいと考えるのは、少数派だ…」


 「…」


 「…バカじゃなければ、誰でも相手がどれほど自分を好きなのか、わかる…単に自分を口説いてるに過ぎないかどうかはわかる…そして、そんなに、自分を大切に思ってくれる人間は、普通、両親や身内ぐらいしかいない…だから、一人でも、そんなに自分を好きになってくれる人間がいれば、真剣に結婚を考えてみることだ…そんなに、自分を大事に思ってくれる異性は、人生で、そう何人も現れるものじゃないから…」


 溝口が、ゆっくりと、諭すように言った。


 私は、溝口の話を訊きながら、ふと、脳裏に、好子さんのことが、思い浮かんだ…


 美人で、お金持ちの米倉好子…


 以前、私に会った時、酔っ払った好子さんは、いかに多くの男に口説かれたか、私に言ったことがあった…


 しかし、それは、単なる武勇伝…


 米倉好子のモテ伝説に過ぎないのではないか?


 本当は、心の底から、自分に憧れる男が、好子さんの周りに、ただの一人もいなかったのではないか?


 それが、わかっているからこそ、好子さんは、酒を飲んで酔っ払った状態で、いかに多くの男に口説かれたのか、私に自慢したのではないか?


 要するに、本気で、自分を好きになってくれる男が、誰一人現れなかった事実が悔しいのではないか?


 寂しいのではないか?


 私は、今さらながら、その事実に気付いた。


 同時に、それは、私、高見ちづるにも、当てはまった…


 本当に、心の底から、私を好きな男が、目の前に現れたら、私も無下にはできない…


 これは、私も同じだ…


 あくまで、美人だから、私を口説いてみた…


 その程度に私を好きだった男しか、私の周囲にいなかった…


 それが、現実だろう…


 溝口の言葉で、今さらながら、その現実に気付いた…


 思い知ったというべきだろう…


 「…高見さんが、不快に思ったのならば、謝る…ごめん…」


 溝口が、頭を下げた。


 「…部長、そんな真似、止めて下さい…」


 「…もう、部長ではないよ…」


 頭を上げた溝口が、もう何度目かのセリフを口にした。


 そして、言った。


 「…オレだって、バカではないよ…このまま、手ぶらで行っても、平造氏が、オレに会ってくれないのは、わかってる…平造氏の欲しがる情報を手に入れたのさ…」


 意味深に、溝口が言った。



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