恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 64
「…澄子は、ずるいというか…したたかな女だ…」
新造さんが、言った。
「…したたか?…」
「…あるいは、抜け目ないといっても、いいかもしれない…少なくとも、正造よりも、性質が悪い…」
新造さんが、苦々しげに、呟く。
…新造さんは、気付いている…
…当たり前だ…
この豪邸で、澄子さんと正造と、子供のころから、いっしょに生活している…
ゆえに、二人の性格に気付いている…
そして、それこそが、米倉…
おそらくは、米倉本家の血のなせる業なのかもしれない…
私は考える。
したたかで、抜け目がない…
しかし、それゆえ、有能で、機を見るに敏…
勝ち馬に乗る…
そんな抜け目のない性格が、おそらくは、米倉の創業者に通じるものがあるのだろう…
性格が良ければ、事業は成功しない…
これは、事実…
疑いようがない事実だ…
ひとを出し抜くことが嫌な=あるいは、できない人間は、事業はできない…
なにかを成す上で、ひとを騙したりすることができない人間は、事業を続けることはできない…
残念ながら、これは、疑いようがない事実だ…
そして、そうした性格こそが、米倉の持つ、本質なのかもしれない…
そして、その本質に、正造と澄子さんが、相通じるというか、似通っているのだろう…
私は、思った。
そんなことを、漠然と、考えていると、
「…高見さんは、正造がいなくなって、寂しいですか?…」
と、新造さんが、再び訊いた…
私は、
「…」
と、無言で、新造さんを見た。
「…いや、さっき、高見さんに訊いても、答えてもらえなかったから…」
新造さんが、遠慮がちに、言う。
私は、少し考えて、
「…寂しくはないです…ただ…」
と、呟いた。
「…ただ…なんですか?…」
「…正造さんには、魅力があります…」
「…魅力?…」
「…ただのイケメンだけじゃない…言葉にすると、難しいんですが、なんともいえない魅力というか…」
私が、適切な言葉を探しながら、呟くと、
「…高見さんの言うことは、わかる…」
と、新造さんが、話を継いだ。
「…アイツには、正造には、なんともいえない魅力がある…」
新造さんが、断言する。
「…それは、オレにもわかる…いかにも、いいところのお坊ちゃんで、爽やかな魅力があり、オレも初対面の女ならば、アイツと付き合いたいと、思うだろう…でも…」
「…でも?…」
「…それは、最初だけだ…」
「…最初だけ?…」
「…男も女も歳を取れば、誰もが、少しは人間を見る目ができてくる…正造は、若い頃は、それこそ、女にモテまくりで、あっちの女、こっちの女と、していたが、最近は、以前ほど、モテなくなった…というか、フラれるようになった…」
「…フラれるようになった?…」
「…正造も42歳…相手にする女の年齢も、上がってくる…二十歳の女ならば、気付かない正造の本性も、三十歳の女なら、気付く…そういうことでしょう…」
…たしかに、それは、わかる(笑)…
…誰もが歳を取れば、少しは人間を見る目ができてくる…
…米倉正造のその爽やかな外観と、中身が、真逆とまでは、言わないが、だいぶ違うことに、誰もが気付く…
その結果、フラれるのだろう…
私は、新造さんの言葉を訊いて、苦笑した。
「…しかも、アイツは、米倉から追放された…これは、瞬く間に、知れ渡るだろう…アイツが、女にモテモテだったのは、あのルックスと、金持ちだったからだ…それが、追放されたのが、知れれば、女も近付かなくなるよ…」
新造さんが、説明する。
納得できる説明だった…
お金持ちで、イケメン…
女にモテる要素は、揃ってる…
しかし、その一方のお金持ちがなくなる…
すると、どうだろう?
女が近寄らなくなるのではないか?
少なくとも、今まで通りには、いかないだろう…
金とルックス…
どちらが、大切…あるいは、どちらが、女にモテる要素かと問われれば、当然、誰もが、お金を選択する…
これは、当たり前だ(笑)…
ルックスで、飯を食べることはできない…
が、お金があれば食べることができる(笑)…
なにより、ルックスは劣化する。
これは、男も女も当たり前…
二十歳の時の美しさは、三十歳ぐらいまでは、誰もが維持できるが、三十五歳を過ぎる頃から、だいぶ難しくなってくる。
男も女も太り、体型が崩れる…
とりわけ、男は、頭が禿げてくる可能性が高い…
そういう意味では、米倉正造は、ある意味奇跡…
四十二歳という年齢にもかかわらず、まるで、二十代の青年のように爽やかで、人目を惹く。
米倉正造が、自分のルックスに自信を持つのは、わかる…
米倉正造という男の存在自体が、ある意味、奇跡だからだからだ…
しかし、一方で、新造さんが、今言ったように、米倉正造も、すでに四十二歳…
ということは、正造の相手をする女は、二十歳ではなく、二十代後半ぐらいには、なるだろう…
そうすると、少しは、女も男を見る目ができてくる…
ゆえに、今、新造さんが、言ったように、正造もフラれることが多くなったのだろう…
米倉正造の爽やかなルックスと中身が、真逆であることに、女が気付くからだ(笑)…
そこまで、考えると、好子さんが、なぜ、正造に惹かれるのか、わからなくなった…
子供の頃から、身近に正造を見ている。
それならば、新造さんと同じく、正造の中身を知っているはずだ…
なのに、なぜ、好子さんは、正造が好きなのか?
今さらながら、その疑問に気付いた。
そして、真逆に、なぜ、好子さんは、水野…水野透を、嫌うのか、考えた。
二人は、似た者同士…
タイプは異なるが、イケメンで、お金持ち…
非の打ち所がない…
しかし、好子さんは、正造が、好きで、水野が嫌い…
これは、一体どういうことだ?
私は考える。
「…高見さんは…」
私が、考え込んでいると、新造さんが、声をかけた。
「…水野が好き?…」
私は、新造さんの質問に、慌てて、新造さんを見た。
すると、
「…いえ、さっき、親父に、高見さんは、水野に惹かれると言ったから…」
新造さんが、遠慮がちに言う。
私が、新造さんを直視すると、新造さんは、申し訳なさそうな顔をした。
「…たしかに、惹かれます…」
私は答えた。
「…でも、これは、もしかしたら、正造さんと同じだからかもしれません…」
「…正造と同じ?…」
「…二人とも、見た目と中身が違います…」
私ははっきりと、断言した。
「…そのギャップに惹かれるというか…率直に言って、怖いもの見たさというというか、これまで、私が見たことのない人たちです…」
私は、答えると、新造さんが、しばし考え込んだ…
「…高見さんの言うことは、わかる…」
それから、しばらく置いて、
「…正造も、透も、ある意味、苦労人だ…透は、さっき、親父が言ったように、水野の親父の愛人の子…それが、水野の親父が、本妻との間に子供がいなかいから、養子として、正式に、認知された…正造も同じだ…アイツも、米倉本家の血筋を引くにも、かかわらず、この家から追い出され、戻って来た…だから、二人とも、幼少期に、心の傷というと大げさだけど、それが、トラウマになって、性格に現れたというか…」
新造さんが、説明する。
…内面と外面の落差…
…いわゆる見た目と中身がまるで違う…
二人のそういった性格は、幼少期の経験が大…
誰もが、そうだが、幼少期の体験が、ひとの一生を形作るというか、影響する…
正造も透も、その典型に違いない…
私は、考える。
もっと言えば、幼少期、とりわけ、小学生を卒業するまでに、人間の性格は、形作られる。
つまり、人間でいえば、その人間の骨格といおうか、その人格が形成される。
平たくいえば、どんな人間か、わかるようになる…
小学校を卒業するまでに、人格は、作られ、後の人生は、環境によって、さまざまな経験を積んで、その人格にプラスアルファするだけで、性格自体は、小学校を卒業する頃には、十分に出来上がっている…
正造も水野も、おそらく、小学校の頃までに、辛苦を味わうといえば、大げさだが、苦労したのだろう…
そして、その苦労が、性格に出ている…
正造は、その爽やかなルックスを売りにしていて、水野は、お茶らけたキャラを作り出している…
キャラの作られ方は違うが、いずれにしろ、二人とも、本来の性格とは、おそらく無縁のキャラ…
本当の二人は、したたかで、抜け目のないのが、二人の共通する性格に違いない…
私は、思った。
そして、私、高見ちづるは、その二人に惹かれている…
米倉好子も同じ…
いや、好子さんは、私よりも、深く二人に接している…
米倉正造は、好子さんの腹違いの兄と思われた男…
そして、水野透は、好子さんの婚約内定者だ…
言葉は、悪いが、私と好子さんは、ライバル…
二人の男を取り合うライバルに他ならない…
だが、実際は、それは形だけ…
私も二人に、惹かれているが、正造も、水野も、どちらの男も、どうしても、自分のモノにしたい情熱が欠けている…
熱意が欠けている…
おそらくは、好子さんの方が、私よりも、その熱意があるに違いない…
私は、考える。
と、そこまで、考えたとき、新造さんが、
「…姉貴は…好子は…」
と、切り出した。
私は、自分の考えを中断し、思わず、新造さんを見た。
「…水野の…透のお茶らけた、キャラが嫌いなんだと思う…」
「…お茶らけたキャラが嫌い?…」
「…好子は、根が真面目なんだ…いや、真面目過ぎるというか…だから、正造は、爽やかで、女にモテモテでも、許せるし、いや、その爽やかなルックスで、女にモテモテだからこそ、好きなんだ…真逆に、透は、背も高く、ルックスも悪くないけど、普段から、いつもおちゃらけている…それが、真面目な好子には許せないんだろう…」
新造さんが、好子さんの気持ちを代弁した。
私は、新造さんの言葉に驚いたが、言われてみれば、その通りの可能性が高い…
なにより、以前、米倉正造が好子さんは、男と付き合ったことがないだろうと、私に告げた。
米倉好子は、当然のことながら、大金持ちの娘…
そして、常盤貴子を小柄にしたような清楚な美人…
お金とルックスに恵まれた好子さんは、男の羨望の的…
男からの誘いは引きも切らないであろうことは、誰にでもわかる…
しかしながら、三十を過ぎた今の今まで、男と付き合ったことがないという…
これは、米倉好子が真面目な人柄であることの証明に他ならない…
美人でお金持ち…他人が羨むすべてを持っている米倉好子さんは、自分の立場が、誰よりも、わかっているに違いない…
自分が、変な男と付き合うことで、米倉の名前に傷が付いてはいけない…
それを考えることで、逆に慎重になり過ぎて、行動ができない…
恋ができないのではないか?
あるいは、その結果、正造は、好子さんに付け入る隙というか、自分を売り込むことができたのではないか?
私は気付いた。
恋に慎重になり過ぎるゆえに、その美貌を生かせない米倉好子…
そのことに気付いた、正造は、うまく好子さんを洗脳というか、自分の言いなりと言っては大げさだが、うまく自分の支配下に置くことに成功したのではないか…
私は、そう考えた。
しかし、新造さんが、今言った、好子さんが、水野を嫌う理由は、あくまで、新造さんの推測…
あるいは、憶測に過ぎない…
いっしょに、同居する、血の繋がった姉だから、おそらく、好子さんは、こう思っているのだろう、と、新造さんが、推測するのは、わかる。
しかし、それが真実かどうかは、わからない…
真実は、米倉好子に訊いてみなければ、わからない…
直接、米倉好子の口から、訊いてみなければ、本当のところは、わからない…
そこまで、考えると、ふと、気付いた。
新造さんは、水野をどう思っているのだろうと、考えた。
私は、一瞬、悩んだが、
「…新造さんは、水野さんを、どう思っているのでしょうか?…」
と、直球の質問をした。
「…どう思うって?…」
新造さんが、私の質問に困惑する。
「…だって、好子さんが、水野さんと結婚すれば、水野さんが、新造さんの義理のお兄さんになるわけじゃないですか?…」
私の質問に、新造さんが、
「…」
と、絶句して、固まるのが、わかった…
少しの間を置いて、
「…そこまでは、考えなかった…」
と、ポツリと新造さんが、呟いた。
「…考えなかった? …どうしてですか?…」
「…どうしてって言われても…展開が早すぎて、あれよあれよという間に、透と、好子の婚約が、ぶち上げられて、そしたら、好子は、酒の飲み過ぎで、意識不明になるし、澄子と正造は、この家を出てゆくし…」
新造さんが、説明する。
たしかに、言われてみれば、その通り…
新造さんの言う通りだった…
いきなり、物語が急展開した。
だから、その展開に、当事者たちもついていけなかった…
おそらく、それは、正造も澄子も同じ…
好子さんも、同じ…
この展開についていけるのは、それを仕掛けた、米倉平造ぐらいのものかもしれない…
「…悪い男ではないよ…」
新造さんが、言った。
「…透は、悪い奴じゃない…ただ…」
「…ただ…」
「…アイツは、さっき、高見さんも言ったように、正造と似ているところがある…要するに、あのおちゃらけた態度と、素の顔に、だいぶ落差というか…」
「…」
「…それに、言いづらいけど、高見さんと、好子では、透は、高見さんを選ぶ確率は低い…」
「…どうしてですか?…」
「…透は、さっきも言ったように、苦労人だ…水野の親父が、外に作った男だ…正妻との間に子供のいない水野の親父だから、認知され、養子に入った…だから、アイツは、自分の立場がわかってる…水野の親父が、望むことに、反対できるわけがないよ…」
新造さんが、言いづらそうに、言った…
そして、それは、真実…
現実だろう…
水野透の立場に立てば、あの水野良平に逆らえるわけがない…
当たり前のことだ…
私は、今さらながら、そんな現実に気付いた…
33歳にもなって、そんなわかりきった現実に、今さらながら、気付いた…
バカな女…
あらためて、自分自身を思った…




