恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 63
これは、叶わない…
あらためて、私は、自覚した…
米倉と水野の絆は、想像以上に強い…
仮に、私、高見ちづるが、水野透と、結婚したいと思っても、とてもじゃないが、両家…とりわけ、水野良平が許すはずがない…
認めるわけがない…
私は、残念ながら、その現実を認めるしかなかった…
現実の壁を考えざるを得なかった…
と、同時に、あらためて、今、米倉平造の言った言葉を胸に刻んだ…
私と水野とは、合わないという言葉を、だ…
そして、それは否定できない言葉だった…
平造は決して、嫌みや嫉みで、私と水野は合わないと言ったわけではない…
家に男が二人いても仕方がない…
その言葉がすべてだった…
私と水野は、似ている…
私は、水野のように、苦労人ではないが、決して、弱くはない…
自分でいうのもなんだが、気が強い…
これは、水野もまた、同じだろう…
そして、問題なのは、私と水野は、似た者同士ということだ…
性格が似た者同士ということだ…
似た者同士は、大抵が衝突する…
性格は、むしろ、違うほうがいい…
その方が、衝突しない…
家の中に男が二人いるというのは、そういう意味だ…
気の強い男が二人いるという意味だ…
私は思った。
そこまで、考えたとき、平造が、
「…高見さん…わざわざ、私に付き合ってくれて、ありがとう…」
と、言って、席を立ち上がった。
「…後は、新造と二人で…」
そう言って、居間から出て行った。
その後を、
「…高見さん…気を悪くしたら、申し訳ありませんと…」
と、丁寧に、平造の妻が、私に詫びた。
「…とんでもありません…」
私は、席から立ち上がって、頭を下げた。
「…気を悪くしないでね…悪意はないんだけど…好子のことで、頭が一杯なの…」
私は、平造の妻の言葉に、
「…」
と、無言だった。
「…せめて、好子が意識を取り戻してくれれば、いいんだけど…」
平造の妻が言う。
たしかに、米倉好子が、意識を戻せば、今回のようなことは、なかったかもしれない…
いや、あったかもしれない…
水野良平は、どうして、好子さんが、水野透を嫌っているのか、知りたい…
それは、好子さんの意識があろうとなかろうと、同じだからだ…
私は思った。
むしろ、今のように、好子さんの意識がないほうが、案外、平静に物事が見れるかもしれない…
現実に、好子さんの意識がある場合は、水野の父も焦るし、平造もまた、冷静に対処できないかもしれない…
なぜなら、時間がないからだ…
好子さんと水野の父親二人は、娘と息子を結婚させたいのに、肝心の二人は、うまくいかない…
これでは、父親たちが、焦る…
今のように、好子さんが入院して、意識がない方が、冷静に物事を見れる…
時間があるからだ…
いや、
真逆か?
好子さんの意識がないことで、却って、ドタバタとしているのか?
これは、わからない…
どちらが正しいか、わからない…
私は考える。
そこまで、考えたとき、
「…後は、二人で…」
と、言った声がして、平造の妻は、先に部屋を出て行った平造の後を追うように、部屋を出て行った。
後には、私と新造さんが、残った…
新造さんは、真っ先に、
「…高見さん…申し訳ない…」
と、私に詫びた。
「…親父が、高見さんと話したいと言ったから、席を設けたけど、まさか、あんな話をするとは…」
新造さんは、当惑する。
私は、新造さんの言葉を信じた。
新造さんは、深謀遠慮ができる人間ではない…
それができるのは、正造…
米倉正造だ…
新造さんと、腹違いの兄と思われた、米倉正造だ…
私は、思った。
「…正造さんは、今、どこに…」
不意に、そんな言葉が口を突いて、出た。
私の質問に、新造さんが、固まった。
まさか、私がいきなり、米倉正造のことを、口にするとは、思ってもいなかったのだろう…
「…アイツが、どこで、なにをしているかはわからない…」
ぶっきらぼうに、新造さんが、答えた。
「…どうせ、アイツのことだ…女のところだろ…」
「…女のところ?…」
「…アイツは、無類の女好きだ…高見さんを連れてきた最近までは、親父の目もあって、女遊びを控えていた…だけど、米倉を継ぐ目がなくなり、この家を出た以上、今まで以上に好き放題だろう…だとすれば、女に走る以外はないよ…」
新造さんが、突き放したように、ぶっきらぼうに言った。
「…澄子さんは…」
「…あの女のことも、知らない…あの女は、正造同様自分勝手で、わがままな女だ…正造と、いっしょに、この家を出て行ってくれて、せいせいした…」
新造さんが、吐き出すように、言った…
そして、それが真実…
戦前から続く、名門の米倉家の真実だった…
誰もが羨む、この豪邸に住み、本来は、米倉の正当な後継者たりえる二人は、この豪邸を追い出され、米倉の傍流に過ぎなかった平造の一家が、今、この豪邸を支配している…
なんという皮肉…
そして、現実…
しかしながら、平造がいなければ、米倉は現在まで存続できなかったかもしれない…
そのご褒美というか、その結果、平造の一家が、この米倉の豪邸を支配している…
いわば、面子が代わったが、米倉の血筋を引くものが、この豪邸を支配している構図は変わらない…
そして、それが、時代の変遷というものかもしれない…
私は思った。
「…一つ、新造さんに、お聞きしていいですか?…」
「…なんですか?…」
「…新造さんは、自分と、好子さんが、正造さんと澄子さんと、血が繋がってない事実を、知ってましたか?…」
私は、訊いた。
本来ならば、門外漢に過ぎない私が、こんな質問をするのは、新造さんに、失礼極まりないが、どうしても、訊いてみたい質問だった…
また、新造さんは、訊きやすかった…
これが、米倉正造ならば、訊く可能性はゼロではないが、本当のことを言うかどうか、わからない…
その点、新造さんは、信頼できた…
「…なんとなく、ね…」
新造さんは、短く答える。
「なんとなく?…」
「…姉貴が…好子が、正造を子供の頃から、慕っていた…それこそ、大きくなったら、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいとか、言って…オレも当時は、子供だから、別になんとも思わなかったけど、大人になっても、正造を慕っているのを見て…」
新造さんが、呟く。
「…だから、親父も言ったように、いつ、正造と、好子が、お互いが、血が繋がらない赤の他人だとわかったのかは、わからない…でも、考えてみれば、今も言ったように、なんとなく…その予兆と言うか…言葉では、うまく説明できないけど…そう言われれば、その通りというか…」
新造さんが、もどかしそうに、説明する。
私は、そんな新造さんを見て、つくづく、この新造さんは、信頼できると、思った…
米倉正造や、水野とは、違って、信頼できる…
なにより、ホッとできる…
この新造さんといっしょにいると、なにより癒される…
おそらくは、好子さんが、この新造さんを溺愛するのは、この裏表のない性格ゆえ…
決して、頼りがいとか、そんなものはなにもないが、新造さんといると、癒される…
まさに、米倉好子にとって、理想の弟…
それゆえ、なにより、好子さんにとって、新造さんは、大切な存在なのだろう…
一服の清涼剤というか…
その存在自体に、安らぎを覚える…
私は、考える。
そして、考えながら、本当は、私は、この新造さんのようなひとと結婚出来れば、いいのかもしれない、と、突然思った…
眼前の米倉新造さんのように、ホッと、癒される人柄の持ち主と、人生を過ごす。
決して、二人でいて、ドキドキするとか、そんなときめきはない…
しかしながら、ゆったりと、人生を過ごすというか、穏やかに、人生を送れる…
ふと、そんな気持ちになった…
さきほど、米倉平造が言ったように、私と水野は、合わない…
お互いが、気が強く、キャラが被る…
しかし、この新造さんならば、キャラは被らない…
私が、気が強く、おそらく、新造さんは、気が弱い…
だから、キャラが被らない(笑)…
そう考えたとき、
「…新造さんは、結婚とか、考えないんですか?…」
という言葉が、自然に、口から出た…
私の言葉に、新造さんは、心底驚いたようだ…
「…オレが結婚?…」
そう言って、ビックリした目で、私を見た。
新造さんの大きな目が、驚きで、さらに大きく見開かれた…
「…そんなこと…考えたことない…」
新造さんが、ポツリと呟く。
「…どうしてですか?…」
「…どうしてって…オレはこの通りぜんそくで、カラダが弱いし…」
新造さんが、告白する。
…ぜんそく…
私は、それをすっかり忘れていた。
たしかに、目の前の米倉新造は、ぜんそくという言葉が合うように、背は175㎝と高いが、全体的に痩せていて、病気持ちといっては失礼だが、どこかカラダが悪いといっても、別段、驚かない…
なにより、今日、この米倉の豪邸にやって来る時、タクシーに乗ったときに、ゴホゴホと咳が、止まらなかったことを、今さらながら、思い出した。
たしかに、これでは、結婚を考えないのもわかる…
私は思った。
私が、そんなことを考えたとき、
「…高見さんは、正造が、この家にいなくなって、寂しいですか?…」
と、新造さんが、突然訊いた。
私は、驚いた。
新造さんが、まさか、私にそんな質問をするとは、思わなかったからだ…
「…どうして、そう思うんですか?」
私は、新造さんに訊いた。
訊かずには、いられなかった…
私の口調が強すぎたのかもしれない…
新造さんが、
「…いえ…高見さんは、正造が連れて、いつも、この家にやって来たから、その正造がいなくなって、寂しいかなと思って…」
と、遠慮がちに呟いた。
私は、思わず、プッと吹き出しそうになった…
私が強く言うものだから、新造さんの、気の弱さが出たというべきか…
おたおたして、しまっている…
こんな豪邸に住んでいて、しかも、自分が、その所有者の一族にかかわらず、外部からやって来た、私のような平民の質問に、おたおたする…
これでは、立場がまるで真逆だ…
こんな豪邸の住民なのだから、もっと、どっしりと構えていればいい…
それが…
そう考えると、おかしかった…
つい、口元というか、表情が緩んだ…
私は目の前の新造さんに失礼だから、極力笑わないようにしていたが、やはり、隠しきれなかった…
新造さんが、
「…高見さん…なにか、オレがおかしなことでも言いました?…」
と、真顔で、私に質問した。
私は、新造さんの質問に、どう答えようか、悩んだが、
「…いえ、新造さんが、私の質問に、当惑したというか…もっと、こうどっしりしていればと思って…」
「…どっしり? …どうして?…」
「…だって、この家は、新造さんのご家族の家で、そこへ他人の私がやって来て、アレコレ質問するのに、まるで、私の方が、堂々としているというか…」
私は言った。
そして、これ以上、言うべきか、考えて止めた。
本当は、お金持ちのご家族だから、私のような平民の質問におたおたするのは、おかしいのでは、と、言いたかった…
しかし、さすがに、そこまでは、言えなかった…
私の言葉に、
「…高見さんの言うことは、わかる…」
と、新造さんが、呟いた。
「…オレは、いつも、この調子だし…澄子とは、違う…」
いきなり、新造さんの口から、澄子さんの名前が出た。
私は、なぜ、澄子さんの名前がいきなり、新造さんの口から出たのか、考えた。
ゆえに、新造さんの次の言葉を待った。
「…高見さんは、さっき、オレと好子が、いつ、澄子と正造と、血が繋がっていないと気付いたのか、訊きましたね?…」
「…ハイ…」
「…その質問で、気付いたんだけど、あるいは、澄子は、ずっと前から、自分と、正造が、好子とオレと血が繋がってない事実に、気付いていたのかもしれない…」
新造さんが、考えながら、遠慮がちに呟く。
「…澄子さんが、気付いていた?…」
「…あの女は勘が鋭い…自分と正造が、好子とオレと血が繋がってないことを、知って、それをうまく利用したフシがある…」
「…利用?…」
「…今、思えば、澄子と正造が、米倉本家の血筋だから、親父は手が出せないというか、澄子が、好子をイジメることに、表立って、声を上げなかった…アレは、見ようによっては、澄子は最初から、好子とオレが、澄子と正造と血が繋がってない事実に気付いていたからに他ならない…」
…たしかに、言われてみれば、新造さんの言うことはわかる…
澄子さんとは、何度か会っただけだが、勘の鋭い女性だということは、すぐにわかった…
学歴とか、そういった類の頭の良さではなく、はしっこいというか、現実に、周囲の状況を見て、異常に気付くというか…
この米倉の家族に関して言えば、一家の長である平造が、自分と正造に、妙に遠慮している事実に、容易に気付くに違いない…
そして、なぜ、平造は、自分と正造に遠慮しているのか?
そこから、答えを導き出すに相違ない…
つまり、自分と正造は、平造と血が繋がってない…
その事実に気付くに違いない…
そして、それが、自分と正造にとって、有利なのか、不利なのか、考えるに違いない…
そのために、わざと、澄子は、好子をイジメた可能性が高い…
わざと、好子さんをイジメることで、平造がどう出るか、試した可能性が高い…
私は、その事実に気付いた…
そして…ということは?
ということは、そんな鋭い澄子さんが、この米倉の豪邸を出た事実に、今さらながら、思い至った…
そんな澄子さんが、この米倉の家を出たのは、ある意味、正造よりも危険…
米倉正造よりも、危険な存在だ…
どう牙を向いてくるか、わからない…
米倉に、どう立ち向かってくるか、わからない…
そして、おそらく、平造は、そのことに、気付いている…
私は、突然、思った…
気付いているからこそ、平造は、好子さんと水野の結婚を急いだのではないか?
好子さんと、水野が結婚することで、米倉財閥と水野財閥がいっしょになり、これまで以上の盤石な体制になる…
企業グループとして、巨大になる…
それによって、澄子さんが、ちょっかいを出せない規模の会社になると踏んだのではないか?
私は思った…




