恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 57
その夜、私は家に帰ってから、米倉新造に電話をした。
普通、男のひとに、電話をかけるときは、内心ドキドキしたりするものだ…
いきなり、電話をかけて、相手がどう思うか、考えると、やはり、電話をするのが、躊躇われる。
しかし、米倉新造の場合は、それがなかった…
一言でいえば、安心できる相手…
恋愛対象外といってしまえば、それまでだが、気軽に学生時代の友人に電話をするようや、気安さというか、安心感がある。
「…もしもし、米倉新造さんですか?…」
私は相手が電話に出たのを、確かめてから、言った…
「…どなた様ですか?…」
相手が電話に出た。
「…高見…高見ちづるです…ご無沙汰しています…」
私は告げる。
「…高見…さん?…」
新造さんは、驚いたようだ…
まさか、私から電話があるとは、思っていない感じだった…
「…実は、新造さんにお話があって…」
私は用件を切り出した。
「…オレに用事?…」
「…週末の土曜日に、そちらに伺って、よろしいでしょうか?…」
私が尋ねると、
「…」
と、沈黙があった…
私は、戸惑った。
「…無理でしょうか?…」
私は、訊いた。
いきなり、電話をしても、誰もが都合というものがある。
それを思ったのだ…
「…今、家がゴタゴタしていて…」
申し訳なさそうに語る、新造の声が、電話の向こうから、聞こえてきた。
「…正造が家を出て…姉貴が入院しているところへ…」
新造さんが、声を振り絞るかのように言う。
「…アイツが、正造が、家を出て行ってくれたのは、ラッキーだったけど…」
「…けど?…」
「…けど…タイミングが悪すぎた…会社の方もゴタゴタして…」
新造さんが、言いづらそうに、言う。
私は、さもありなんと、思った…
米倉平造は、自分の会社、大日産業を、水野と合併させようとしている。
当然のことながら、米倉正造に、会社で居場所はないに違いない…
米倉正造は、次期社長候補だった…
それが、なくなったのだ…
そして、父親と思われていた米倉平造との、血の繋がりも否定された。
もはや、家庭にも、居場所がないに違いない…
さらにいえば、正造の姉、澄子と、その夫の直一…
直一もまた社長候補だった…
直一は一体どうするのか?
直一は、見るからにエリート然としていたが、上昇志向はないように思えた…
エリート然はしているが、例えは悪いが、昔の公家のような感じで、ギラギラした上昇志向は、まるで感じない…
豊臣秀吉ではないが、ギラギラした上昇志向の持ち主は、非エリートといってはなんだが、学歴が低い人間の方が多い…
むき出しの欲望を隠さないというか、隠せないというか…
いずれにしろ、エリートでない人間に多い気がする。
だから、普通に考えれば、直一は、社長になれなくても、大日産業で、社長に次ぐ地位で、仕事に励んでも、おかしくないが、妻の澄子が、平造の実の娘ではないとわかった以上、それも難しいかもしれない…
私は考える。
「…それで…今、高見さんに来てもらっても…」
新造さんが、言う。
「…わかりました…ご迷惑をおかけして、申し訳ありません…」
私は言って、電話を切るつもりだった…
新造さんの言うことは、わかる…
なにしろ、米倉がゴタついている…
私も水野良平に頼まれて、新造さんに、電話をしたが、普通に考えれば、今は、それどころではないはずだ…
あらためて、自分のバカさ加減に、気付いた…
「…いや…でも…」
電話の向こうから、新造さんが続けた。
「…でも、高見さんなら、会社の方へ…」
思いもかけない言葉だった…
「…家ではなく、会社ならば…」
新造さんが、続ける。
「…会社ですか?…」
「…大日産業の方ならば、高見さんが行っても…」
新造さんが言った。
私は新造さんの発言に戸惑った。
私が米倉に接しているのは、あくまで、プライベート…
パブリック=公ではない…
見方によっては、公ではないから、一般人である、私、高見ちづるも、米倉と接することができる…
これが、パブリック=公ならば、私は、一般社員…
仮に、大日産業に勤めていても、社長候補の米倉正造は仰ぎ見る存在…
対等に接することなど、不可能に違いない…
よしんば、身近に接するとすれば、秘書ぐらいだろう…
そして、その秘書の可能性も限りなく低い…
普通、大きな会社で、秘書に選ばれるのは、それなりに、学歴が高い人間が多い…
私は、一般人…
大学も中堅校止まり…
大した学歴もない…
そして、身長…
あのテレビでよく見る、スーツの似合う秘書に必要なのは、タッパ=身長に他ならない…
いくら美人でも、背の低い女はダメ…
恰好がつかない…
ちょうど、水着になるようなもの…
変な話、水着審査に出る女で、低身長の女はいない…
どうしても、身長が低くては、スタイルが悪くなる…
だから、まずは、身長が、高くなくてはいけない…
最低でも、やはり165㎝は欲しい…
まして、秘書は会社の顔となる要素が否定できない…
要するに、社長が、他社に出向いたりするときに、隣にいる女がブスでは困る…
言葉は悪いが、ある意味会社を代表する存在…
できれば、モデル並みの肢体を持ち、アイドル並みのルックスを持つのが、理想だ…
それが、会社を代表するということだ…
大会社の社長が誰でも黒塗りのベンツに乗るように、高身長のキレイな女が、近くにいるのがいい…
これは、不公平と思うかもしれないが、当たり前のことだ…
この場合、ルックス=能力となる。
現実に、派遣社員の募集でも、公にはならないが、派遣元が、女の場合は、ルックスを審査される…
派遣先の企業が、ルックスのよい女を求めることがあるからだ…
秘書もまた、会社を代表する以上、どうしても、ルックスは否定できない…
差別と言われるかもしれないが、それが現実だ…
私は考える。
そして、私、高見ちづるは、その秘書の条件に当てはめた場合、なにより、身長がなかった(涙)…
身長が155㎝では、どんな格好しても、きまらない(涙)…
そういうことだ…
だが、なぜ会社なのか?
私は思った。
いや、そもそも、私は新造さんに会いに、あの米倉の豪邸に行くのだ…
新造さんから、どうして、好子さんが、水野を嫌うのか、教えてもらいたかったからだ…
それが、ミッションというか、水野の父の水野良平から、依頼された、私の使命…
会社の命令でもなんでもないから、無視することはできるが、あの水野の父親に頭を下げられて、頼まれた以上、それを無視することはできない…
また約束した以上、当然、それを履行する義務が、私にある…
私は、そう思った。
いずれにしろ、新造さんに会って、なぜ好子さんが、水野を好きでないか、教えてもらいたい…
本当ならば、入院中の好子さん本人に訊くのが、一番いいのだが、好子さんは、まだ意識不明だろう…
いや、それはわからない…
すでに、好子さんの意識が戻っているかもしれない…
「…好子さんは…」
私は言った。
「…好子さんの意識は戻ったんでしょうか?…」
「…まだです…」
新造さんが、答える。
…やはり、まだか?…
私は、思った。
「…高見さん…オレに用事って…」
新造さんが、訊いた。
当たり前のことだ…
「…実は、新造さんにお聞きしたいことがあって…」
「…オレに訊きたいこと?…」
「…ハイ…」
少しの沈黙があった。
「…一体なに?…」
「…実は…」
私は電話で言っていいものか、どうか、迷ったが、
「…好子さんが、水野さんと婚約報道がありましたね…」
「…ええ…」
「…あの直後、私は好子さんに、水野さんとの婚約報道の真偽を尋ねると、ないわ、と素っ気なく言われました…でも、なぜ、ないのか、知りたくて…」
「…なぜ、ないって、どういう…」
「…いえ、好子さんの言葉から、好子さんが、水野さんをあまり好きじゃない気がして…」
「…それは、どういう…いや、高見さんは、どうして、そんなことを訊くんですか?…」
「…それは…」
私は、一瞬、悩んだが、
「…実は、水野さんの父親に頼まれて…」
と、正直に告白した。
「…水野の父親に頼まれた?…」
電話口の新造さんが絶句した。
予想もしていないことだったのだろう…
「…私も驚きましたが、数日前に、私が、会社から自宅に戻る途中に、待ち伏せされていて、それで、頼まれて…」
「…そんな…」
新造が、文字通り、言葉も出ない様子だった…
あまりに、意外な言動に声が出ないというか?
呆れたというか?
私が、これ以上、なにも言わず、新造さんの言葉を待っていると、
「…それで、今日、高見さんが、オレに電話をくれた理由がわかりました…」
と、ようやく声を出した。
「…わかりました…高見さん…家に来て下さい…」
「…でも、家の方は今ゴタゴタしているんじゃ…」
「…それもあるけど、これは、外で話す話じゃないから…」
新造さんが、言った。
…外で話す話じゃない?…
私はその言葉に、若干引っかかった…
「…壁に耳あり、障子に目ありという言葉があるけど、外で話すと、誰が聞いているかわからないから…」
新造さんが、言う。
当たり前のことだった…
私は納得する。
「…では、今週末の土曜日に伺います…」
私は告げた。
「…高見さん?…」
「…なんでしょうか?…」
「…ウチの場所はわかりますか?…」
「…場所って?…」
「…高見さんは、いつも家に来るときは、正造のクルマで、来たから、歩いて、来れるかなと思って…」
…すっかり、忘れていた…
私は、自分の迂闊さに気付いた。
「…オレが迎えに行きますよ…」
新造さんが、言った。
「…新造さんが?…」
思ってもみない提案だった…
「…高見さんの自宅に迎えに行くことはないけど…ウチの最寄りの駅ならば…」
私は、新造さんの提案に、一瞬、悩んだ…
つい最近、知り合ったばかりの私が、そんなに甘えていいものどうか、考えたのだ…
私が、考えていると、
「…どうしますか?…」
と、新造さんが、訊く。
「…ご迷惑でないならば…」
私は言った。
「…そんな迷惑なんて…」
新造さんが、呟いて、週末に、あの米倉の豪邸に再び、訪れることが決まった。
週末…
私が、指定された米倉家の最寄りの駅に行くと、すでに、新造さんは、待っていた…
駅の出入り口で、ホームに入ったり、出たりした人たちを、見ていたのだ…
小柄な私が、駅の改札口を出ると、
「…高見さん…」
と、すぐに声がかかった…
「…新造さん…」
私は、答える。
米倉新造は、三十歳…
兄と思われていた、米倉正造よりも、十歳以上、若い…
また、正造は、身長が170㎝だが、新造は、正造よりも、5㎝は高い…
また、顔も雰囲気も、まるで、違う…
血が繋がってないからといえば、それまでだが、正造が、見るからに爽やかな雰囲気で、一目で、誰からも、信頼される人物であるのとは、対照的に、新造さんは、一目見て、頼りないというか…
しかしながら、人柄の良さは、すぐにわかる…
そして、それが、兄と思われた、正造との違い…
米倉正造は、誰が見ても、信頼できる爽やかな雰囲気の持ち主だが、実際は、真逆…
ところが、この新造は、見た目通り…
見るからに頼りがいはないが、一目で、信用できる人物で、実際、その通りの人間だっ
た…
また、顔立ちもまるで、違う…
実際のところ、顔立ちは、新造さんの方がいい…
正造に比べ、目鼻立ちが整っている…
なにより、目の細い正造よりも、目が大きくて、澄んでいる…
ところが、全体のイメージでは、新造は、正造の足元にも、及ばない…
残念な結果だ…
私は、目の前の米倉新造を見て、つくづく考えた。
そして、その人間の持つ、雰囲気がいかに大事か考えさせられた…
雰囲気さえなければ、新造さんの方が、正造よりも上なのだ…
しかし、実際問題、正造の方が上…
誰もが、信頼できる爽やかな雰囲気を持っている…
「…お久しぶりです…」
私は、立ち止まり、頭を下げて、礼を言った。
新造は、私が、わざわざ、頭を下げたのに、照れたのか、
「…止めましょう…高見さん…こんなところで…」
と、言って、早く頭を上げてくれといわんばかりだった…
私は、新造さんの、そんな人柄にホッとするというか、癒された。
「…クルマを待たせています…」
新造さんは、言って、私を待たせたクルマに誘導させた。
そこには、タクシーが、待っていた。
私は、驚いた。
「…ホントは、オレが運転すれば、いいんだけど、オレは、ぜんそく持ちで、最近、調子が良くないから、クルマの運転は…」
新造さんが、申し訳なさそうに、呟く。
…そうだ…
…すっかり、忘れていた…
…新造さんは、カラダが弱いんだ…
以前、正造が、新造さんに、
「…どうして、働かないんだ?…」
と、怒ったときに、新造さんは、自分のぜんそくのことを言っていた…
私は、それを思い出した。
それなのに、今日は無理をして、わざわざ私を迎えに来てくれた…
私は新造さんの優しさに、触れた思いだった…
「…さあ、行きましょう…」
新造さんが言った。
私は新造さんと、歩いて、タクシーに向かった…




