恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 55
私、高見ちづるは、33歳…
米倉好子さんは、32歳…
米倉正造は、42歳…
私は、考える。
水野もまた三十代前半…
そして、米倉新造も30歳になるだろう…
共通点は、全員未婚…
結婚していない…
これは、笑うべきか、呆れるべきか?
いずれにしろ、現在の日本の晩婚化を象徴している(笑)…
この中の何人かは、確実に、生涯結婚しないであろう(笑)…
私は、不意に思った…
と、同時に、おかしく思った…
こんなオジサンやオバサンが、恋がどうとか、こうとか言っている…
私が、今、現在、中学生や高校生ならば、思わず笑ってしまう事態…
自分より、二十歳も年上の男女が、いまだ結婚もせず、恋やら愛やら、言っている…
そう考えると、思わず、肩の力が抜けた…
自分を客観視することが、できた…
客観視することで、自分の行動が、なんだか笑えてきた。
そして、その笑いが、顔に出た。
私の笑いが気になったのだろう…
眼前の水野の父が、
「…高見さん…なにか、私がおかしなことを言いましたか?…」
と、真顔で聞いた…
「…いいえ…」
私は答える。
「…だったら、なにか、失礼なことでも…」
「…それもありません…」
私は首を横に振る。
「…でも、その笑いは?…」
「…自分の年齢です…」
私は正直に言った。
「…年齢?…」
「…私の母も私の年齢では、とっくに結婚して、私を産んでます…でも、好子さんも、水野さんも、正造さんも新造さんも誰も結婚していない…皆、三十を過ぎたオジサンやオバサンです…それが、結婚をどうのこうの言うのがおかしくて…」
私は告白する。
水野の父は私の言葉にビックリした様子だったが、
「…最近はみんなそうですよ…」
と、呟いた。
「…昔は、女性は、三十歳までに、子供を産み上げると言っていたが、そんな言葉は、めっきり当てはまらなくなった…」
私は水野の父の言葉に頷く。
「…高見さんの言うことはわかる…最近は、誰もが、結婚が遅くなった…中学生や高校生から見れば、いい歳のオジサンやオバサンが結婚をどうのこうの言っているのが、不思議というか…私の世代では、考えられない事態になってます…」
「…」
「…そういえば、高見さん、さっきも含み笑いというか、笑いましたね…あれは、どういう…」
「…私は金崎実業の社員です…」
「…それは、存じ上げてます…」
「…金崎実業は、つい最近、大昭和に吸収合併されるのでは、と、社内では、ハチの巣を突いたような、大騒ぎになりました…その大昭和の新社長の一族の方と、私がこうして、お会いしている…そう考えると、子供が隠れてイタズラをしているような気持になって…」
私は説明した。
私の言葉に、水野の父は、絶句した…
考え込んだというか、言葉を失った…
「…たしかに、高見さんのおっしゃることはわかる…」
しばらく経って、水野の父は口を開いた。
「…従業員の方は大変でしょう…」
「…ハイ…」
「…ですが、私も経営者です…会社を存続させなければなりません…」
「…」
「…平造から、大昭和の株を買い取ったのも、平造との長年の付き合いもあるが、それだけではありません…当然ビジネスです…」
「…ビジネス?…」
「…平造は、米倉奉公会の株を売りたかった…私は、平造から、米倉奉公会の株を買い取ってくれと言われて、当たり前のことだが、大昭和の業績を調査しました…そして、その大昭和が合併を模索している金崎実業もです…」
「…」
「…金崎実業には、偶然ですが、水野傘下の企業が取引先に名を連ねていたので、透に命じて、取引先の業者を装って、社内に侵入というか、社内の雰囲気を探れと言いました…会社の業績は数字を見ればわかりますが、会社の雰囲気は、数字だけでは、わかりません…」
「…」
「…だから、直接、納入業者とか、その会社と取引のある人物から、聞くのが、筋というか…」
「…」
「…透が、高見さんと会ったのは、そのせいです…いや、違うかもしれない…」
「…違うかも?…」
「…透は、正造君とも接点がある…正造君に高見さんのことを訊いて、興味を持って、高見さんのいる、営業所に顔を出したのが真相でしょう…そうでなければ、金崎実業のどこの職場に顔を出しても、いいはずですから…」
水野の父が言う。
その言葉は、私が想像した通りだった…
その事実を、この水野の父から、聞かされたに過ぎない…
米倉正造のこともそう…
正造が、水野と米倉の合併を邪魔するために、好子さんの密会をマスコミに不倫と偽って流したのは、想像ができた…
それを、眼前の水野の父が、裏付けたというか、証言したに過ぎない…
「…そして、その結果は、まだ出ていません…」
「…どういうことですか?…」
「…さっきも言ったように、金崎実業の合併は、大昭和の社長に就任した弟の良太に任せてます…最終的に決めるのは彼です…」
「…」
「…もっとも、彼の一存で決めるわけではない…私の意見も当然あります…」
当たり前のことだった…
この水野の父は経営者として、当たり前のことを言ったに過ぎない…
「…いずれにしろ、高見さん…新造君に、好子ちゃんが、透が、なぜ嫌いなのか、聞いてもらいたい…お願いします…」
水野の父が再び、私に頭を下げる。
そして、それを最後に、私と水野の父、水野良平との会談は終わった…
私は、その後、水野良平と別れて、家路に着いた。
家に帰ると、どっと疲れが出た感じだった…
やはり、水野良平という上級国民に会ったことが、疲れの原因だったかもしれない…
いや、上級国民というと、大げさだが、自分の勤める会社の合併を決める会社の社長の一族と、一対一で、会ったという事実は冷静に考えれば、ありえない事態だった…
平凡なОLに過ぎない私が、そんな大物と一対一で会った…
そのことを突き詰めて考えると、私の居心地が悪くというか、なんとなく気まずくなった…
考えてみれば、米倉が、私の勤務する金崎実業の取引先である、大昭和の大株主であることを知った時点で、私は、自分の居心地の悪さに気付くべきだった…
居心地の悪さというのは、ずばり身分の差…
私は平民であり、一般人…
片や、米倉や水野は、上級国民…
身分の差があり過ぎる。
このまま、付き合っていいものだろうか?
いや、自分から身を引くべきだろう…
このまま、米倉や水野と付き合い続ければ、自分が誤解してしまう…
自分も、もしや、あの一族の誰かと結婚できるのではと誤解してしまう…
そういう夢は見ないに限る…
できない夢は見ない…
できないことが現実にわかったときに、その落胆は如何ばかりか…
想像がつく。
傷つく前に、身を引くに限る。
私は考える。
とりあえず、お風呂に入ることにした。
裸になって、湯舟にゆっくりと浸る。
そして、ぼんやりと、今日の出来事を考えた。
これまで、考えたことのないこと…
私、高見ちづるは、米倉好子さんの代わりなのか?
あらためて、思った。
いや、
誰もが、好みのタイプというものがある…
水野も新造さんも、好子さんが、好きだから、同じタイプの私を好き…
それだけのことに過ぎないのではないか?
いや、これでは、自分に都合よく考え過ぎか?
私は思う。
これでは、さっき会った、水野の父、水野良平と同じ…
水野が、好子さんを好きだから、好子さんも、水野を好きになってくれればいい…
盲目的に、そう思っている…
だが、それは、願望に過ぎない…
誰もが、自分に都合よく考える。
好きが嫌いになることは、あっても、その真逆の、嫌いが好きになることは、滅多にない…
いい例が、アイドルというか、芸能人…
十代のときに、憧れた芸能人を、振り返ると、今になって、どうして、あんなひとに、夢中になったんだろ? と、考えるのは、よくあること…
それと同じだ。
真逆に、まるで、爬虫類かなにかのように、忌み嫌っていた人間を、好きになることは、ありえない…
この場合、水野の父親を借りれば、ベクトルは変換しない(笑)…
もっとも、好子さんは、水野をそこまで、嫌っているわけではあるまい…
だから、水野の父も米倉平造も、そこに希望を持っている…
蛇蝎のごとく、忌み嫌うわけではないから、二人が結婚することに、希望を持っているのではないか?
私は思った。
思いながら、これ以上、無駄なことに、頭を悩ますのは、止めようと、考えた。
結論の出ない話を、これ以上、考えていても仕方がない(苦笑)…
私は、なにげに、湯舟に浸かった自分のカラダを見た。
細く、小さなカラダ…
当たり前だ…
身長が、155㎝…
これでは、小さすぎ…
今の時代、小柄過ぎる…
そして、肌…
色は白く、自分で言うのもなんだが、肌の肌理が、細かくて、キレイ…
しかしながら、その肌も若い頃に比べれば、大分弾力というか、みずみずしさがなくなった…
年相応に、衰えてきたというべきか?
私は考える。
なにより、自分の肌の衰えを考えたとき、自然と、発想が結婚に向かう…
自分が、もう若くないことを実感させるからだ…
そして、気付いた…
私が、なぜ、あの米倉一族と接しているか? を、だ…
思うに、居心地がいいのだ…
米倉正造は、四十代だが、米倉好子さんも、新造さんも三十代…そして、水野もそう…
彼らと接しているときは、まるで、同窓会かなにかに出席したように、気疲れしない…
なにか、ホッとするのだ…
おそらくは、その理由は会社…
会社にある…
私、高見ちづるは、33歳…
年々、会社で、居心地が悪くなっている…
それを、肌で感じている。
高見さんも、もういいお年だから、そろそろご退場を、と、言われてる気がする…
無言の退職勧奨を受けている…
これは、間違いない…
それと真逆に、あの米倉一族と、いっしょにいると、安心する…
要するに居心地がいいのだ…
同世代で、お互いが、思っていても相手が嫌なことは口にしない…
そんな気遣いができる年代…
会社にいると、自分より、はるかに若い世代にイライラするときがある…
あまりにも、バカなことを言っていると思うときがあるからだ…
それが、米倉一族にはない…
また、自分が必要とされる嬉しさもあるかもしれない…
今回、溝口に米倉正造との見合いを頼まれたのをきっかけに、自分が必要とされる嬉しさを、見出したのかもしれない…
会社では、仮に、私が退職しても、それまで、自分が担当した業務は、誰か別の人間が引き継ぐことになる…
当たり前のことだ…
つまり、いつでも、自分の代わりがいる…
部品ではないが、取り換えがきく存在…
しかしながら、今さっきも、水野の父親に頼まれたことは、私しかできない…
私、高見ちづるしかできないこと…
取り換えがきかない…
要するに、自分が必要とされる嬉しさ…
それに尽きる…
そう考えると、嬉しいというか…
ずばり、やりがいがある…
となると、やはり、水野の父親に言われたように、米倉新造に会って、好子さんが、水野のことを、どう思っているのか、訊いてみるか?
そんな考えになった…
つい、さっきまで、身分違いだから、もう水野や米倉と接するのは、止めようと、自分に言い聞かせていたのと、真逆の答えになった…
我ながら、自分勝手というか(笑)…
自分に都合よく考え過ぎる(笑)…
水野の父親や、米倉平造が、自分の息子や娘を半ば強引に結婚させようとするのを見て、あまりに自分勝手な考えと、内心批判しておきながら、自分もまた、自分に都合よく解釈している…
自分に甘すぎるというか?
バカな女…
あらためて、自分自身を思う…
こんなバカな女だから、33歳の今まで、結婚もできないのだろう…
まさに、自分が笑えてくる。
ダメな女…
なまじ、若い頃に、少しばかり、ルックスがいいから、これまで、周囲の男たちにチヤホヤされて生きてきた…
その美人という保護膜というか、バリヤーが、歳を取るごとに、年々薄くなり、周囲の圧力が、効いてくる…
ボクシングでいえば、ボディーブローのように、最初は、どれほど、痛くなくても、数多く、ぶたれるうちに、段々、相手のパンチが効いてくる…
そんな感じ…
今まで、美人だから、周囲の男たちに、大目に見られていたミスが、大目に見られなくなる…
世間の風当たりが強くなる…
33歳の今になって、自分は、美人という、自分のルックスに護られてきたんだと、今さらながら、気付く…
あまりにも、遅すぎる…
普通は、もっと早く気付くだろう…
私以外の人間ならば、皆、気付くに違いない…
私だから、気付かないのか?
いや、
誰でも、同じかもしれない…
自分では、自分のことはわからない…
いい例が、学校でも会社でも、陰で嫌われている人間…
陰で、みんなが、悪口を言っているが、さすがに本人の前では、悪口は言わない…
だから、いい歳をしても、自分が嫌われている事実に気付かない…
いや、よしんば、気付いていたとしても、そこまで、自分が嫌われてることに気付かない…
だが、誰しも同じかもしれない…
自分の評価は、誰もが甘いものだ…
自分が自分にする評価は、せいぜい実際の8割ぐらいの評価…
たとえ、仕事ができなくても、それほどできないと本人は思っていないし、女でいえば、美人でなくても、周囲に可愛いコがいないから、チヤホヤされるだけなのに、自分を美人と勘違いしてしまう…
そういうものだ(笑)…
そして、私、高見ちづるも、その例外ではないということだ…
そう考えると、ただただ、笑えてくる…
33歳にもなって、ようやく、そんな単純なことが、わかってくるというか…
見えてくるというか…
まさに、平凡…
平凡の極み…
その平凡の極みの、高見ちづるが、上級国民の水野や米倉と知り合って、仲良くしているというか、対等に付き合っている…
これでは、誤解するのが、当然…
自分が優れていると、誤解するのが、当然だ…
本当は、米倉一族が、私に付き合ってくれているに、過ぎないのだろう…
お金持ちゆえに、人が良く、凡人の私に付き合ってくれているに過ぎないのだろう…
私は風呂の湯舟に浸かりながら、いつまでも、そんなことを考えていた…
まるで、遊園地のメリーゴーランドのように、いつまでも、いつまでも、同じことを考えていた…




