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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ  作者: トモサン


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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 53

私が、その男と会ったのは、偶然だった。


 いや、私、高見ちづるにとっては、偶然だが、その男にとっては、必然…


 私を待ち伏せていた…


 しかし、それは、後になってわかったこと…


 そのときは、わからなかった…


 私は、いつものように、仕事を終えて、ひとりで、自宅に向かっていた…


 一体、こんな生活がいつまで続くのだろう…


 私は、ぼんやりと考える。


 今から、十年前…


 会社に入社した頃は、同期の女のコたちと、会社帰りに、どこかの店に寄り、会社の愚痴や同僚の悪口を言って、憂さを晴らしたものだ…


 その同期の同僚の女のコたちも、一人消え、二人消え、残りはわずかとなった…


 会社を辞めたものの中には、転職したものや、結婚したものもいる…


 風の噂に、その転職や結婚がうまく行かなくて、その会社を辞めたり、離婚したりするものもいた…


 誰もが、順風満帆な人生を送るのは、難しい…


 十年前は、就職氷河期で、私から見て、優秀な友人でも、就職はうまくいかなかった…


 だから、入った会社が嫌で、転職したものがいるのも、納得だった…


 私の場合は、たまたま、就職した会社が、自分にあっていたというのが、本当のところだろう…


 会社というか、職場は、配属されてみなければ、わからない…


 一目見て、ここ、無理!


 と、直感で、わかった職場に無理していても、疲れるだけ…


 苦労するだけだ…


 誰もが、その人間が、その職場になじめないのは、傍から見ていてわかるし、そんな環境で、当人が、幸せなわけはないからだ…


 私は考える。


 私は就職して、今の金崎実業しか知らないが、学生時代は、バイトで、いくつかの職場を体験した…


 だから、職場の雰囲気というか、人間関係がわかる…


 ダメな職場は、誰が見てもダメだった…


 ゆえに、短期間で、人員が入れ替わる。


 要するに、職場の雰囲気も悪く、会社も悪く、そこで、働く人間のレベルも低い。


 だから、誰もが、入って、短期間で、辞めてゆく…


 まるで、回転寿司かなにかのように、人員が入れ替わる。


 半年もすれば、そこで、働く人間の大半の顔ぶれが代わってる(笑)…


 私は、そんな職場を見たこともある。


 そこと比べれば、金崎実業は天国だった(笑)…


 当然、勤めていれば、嫌なことがあるのは、当たり前だが、私に言わせれば、金崎実業での嫌なことは、我慢できる嫌なことだった…


 一言で言えば、金崎実業が、ブラックな職場ではないということだろう…


 私は、そんなことを考えながら、歩いていた…


 もうずっと以前から、職場の同僚と、会社帰りに、どこかの店に入り、あれこれ会社の愚痴をこぼすこともなくなった…


 なにより、仲のいい同僚が、一人去り二人去り、まるで、櫛(くし)の歯が欠けるようにいなくなった…


 私もそろそろ、潮時かも…


 最近は、いつも、そんな言葉が、私の脳裏に浮かぶ…


 33歳という年齢が、そんなことを考えさせるのだろう…


 そんなときだった…


 「…お嬢さん…」


 と、声がした。


 私には、その声が聞こえたが、当然、自分のこととは、思わなかった…


 なにより、33歳の私が、お嬢さんであるはずがないからだ(笑)…


 誰か、他のひとだと思ったので、無視したというか、気にも留めずに歩いていた。


 「…高見さん…高見ちづる…さん…」


 その声が、私の名前を呼んだ…


 私は驚いた。


 街を歩いていて、いきなり、自分の名前を呼ばれるなんて、普通ないからだ…


 私は思わず、声のする方を振り向いた。


 そこには、長身の男が立っていた。


 身長が、180㎝ぐらいあるのではないか?


 ただし、年齢は、六十代かそこら…


 若くはない…


 私の父と同世代だろうか?


 しかしながら、長身で、スリム…


 太ったところが、まるでない…


 イマドキ、六十代で、スリムな体型は珍しい…


 病気でもしていなければ、滅多にお目にかかれるものではない…


 通常は、誰もが、おなかがポコンと出ている(笑)…


 妊娠しているような体型のオジサンも珍しくない(笑)…


 食べるものが、昔とは違うからだ…


 私は、そんなことを考えながら、足を止めて、その男性を見た。


 「…高見ちづるさんですね?…」


 「…ハイ…」


 私は答える。


 「…息子が、お世話になっています…」


 その男性は、丁寧に私に頭を下げた。


 「…息子さん?…」


 …一体、誰のことだろう?…


 私は考える。


 「…失礼ですが、どなた様ですか?…」


 「…これは、申し遅れました…私の名前は、水野…水野です…」


 「…水野…さん?…」


 私は、驚いた。


 というより、唖然とした。


 まさか、水野の父親が、私を待ち構えているとは、思わなかったからだ…


 「…失礼とは思いますが、ここで、アナタの帰りを待っていました…」


 水野の父親が言った。


 私は、一瞬、考えた。


 …ここは、会社から、大分離れた場所になる…


 …この前、米倉好子さんが、会社帰りの私を待ち構えていたが、あのときは、好子さんは、私が会社を出てすぐに、話しかけてきた…


 私が勤める金崎実業は、小さな六階建ての雑居ビルにある。


 そのビルを出てくる人間を見ていれば、容易に誰が出てくるか、わかる…


 何百人も、そのビルから出てくることはありえないからだ…


 それが、わかっているから、米倉好子は、道路から、ビルの出入り口を見ていた。


 出てくる人間をチェックしていたのだ…


 それが、この駅に近い場所で、私に話しかけるということは、会社から出てくるところから、私を尾行していたということだろうか?


 私は思った。


 「…どうして、ここで、私に声をかけたんですか?…」


 「…会社を出てきたところで、声をかけたかったんですが、声をかけづらくて…」


 水野の父が言う。


 「…声をかけづらいって…」


 「…この歳で、自分の娘ぐらいの年齢の女性に、自分から声をかけるのは、恥ずかしいというか、気後れするものです…」


 水野の父が言う。


 私は思わず、水野の父親の顔をマジマジと見た。


 その顔は、わずかに紅潮している。


 その紅潮した顔を見て、一瞬にして、私は、水野の父親に好感を持った。


 わずかのことだが、好きになった…


 誰もが、そうだが、人間を好きになったり、嫌いになったりすることは、小さなことがきっかけになる。


 私は、少年のように、赤らめた顔の水野の父親を見て、一瞬にして、初対面の人間に対する警戒心を解いた。


 同時に、これは、息子の水野に通じるものがあると、気付いた。


 あの水野は、おちゃらけた態度で、周囲の緊張というか、警戒心を解いて、見ず知らずの人間の中に溶け込んでゆく。


 眼前の水野の父親は、息子とは手法が違うとはいえ、容易に他人の懐に入ることができる…


 …まさに父子…


 私の脳裏にそんな言葉が浮かんだ…


 これが、私が水野であることの証明です…


 水野は、懐から、名刺を取り出した。


 名刺には、


 水野良平という名前と、聞いたことのない会社の名前がある。


 私は怪訝に思ったが、少なくとも、この水野が、私を騙しているとは、考えづらかった…


 なにより、いきなり、路上で、私の名前を呼ぶということは、明らかに、事前に私を、知っているということ…


 それは、間違いない…


 また、三十を過ぎた、女の私を路上で、ナンパするなんて、ことはありえない(笑)…


 だから、私は、この背の高い、中年男が、あの水野の父親であることを、信じた…


 「…高見さん…少しお時間を頂けませんか?…」


 「…時間…ですか?…」


 「…いきなりで、迷惑でしょうが、少しお話をしたいんです…」


 私は、そう言われて面食らったが、考えてみれば、当たり前だった…


 私と話をしたいので、なければ、金崎実業を退社した私を待ち構えているはずはない…


 「…わかりました…」


 私は、少し考えて言った。


 「…それでは、どこか、店に入りましょう…」


 「…ありがとうございます…」


 水野の父親は、その長身のカラダを折り曲げて、丁寧に私に頭を下げた。


 私は、どこの店にしようか、悩んだが、この前、米倉好子さんと行ったカフェにしようと思った…


 あの店は、滅多に行かないし、あの日、好子さんといっしょにいたことも、会社で話題になってない…


 だから、人目を忍んで、会うには好都合だった…


 もっとも、会社の人間は、金崎実業の将来で、頭の中がいっぱいだったからかもしれない…


 それゆえ、私が好子さんと会っていたのを、話題にしていないだけかもしれない…


 知っていても、話題にしていないだけかもしれない…


 表面は、大昭和との合併話が、いきなり浮上して、その後、なんの動きもなくなったから、平穏無事のように、思えるが、そうではないことを、誰もが薄々気付いている…


 しかし、その合併の張本人と、私がこれから、お茶するとは?


 会社の同僚が知れば、卒倒するような事態だ…


 私は、思った。


 そして、そう考えると、不謹慎ながら、楽しくなった…


 子供ではないが、まるで、隠れて、イタズラをしているような気持ちになった…


 …遊んでやれ!…


 不謹慎ながら、そう思った。


 そして、水野の父親も、私の笑いに気付いた…


 「…どうしました…高見さん…なにか、おかしなことでも…」


 「…この笑いの意味は、後で説明します…」


 私は、そう言って、水野の父親を連れて、前回、好子さんと、お茶したカフェを目指した。


 私は、米倉好子さんと、この前、お茶したカフェに入る…


 水野の父は、落ち着かない様子だった。


 キョロキョロとするわけではないが、落ち着かない様子は、誰の目にもわかった…


 そして、それが、自分にもわかったのだろう…


 「…こういう店に、自分の娘ぐらいの年頃の女性と入るのは、なんだか、落ち着きませんね…」


 と、照れ笑いを浮かべて、言い訳をした。


 「…私も、この店は、二度目です…」


 「…二度目…ですか?…」


 「…前回は、好子さん…米倉好子さんといっしょに、来ました…」


 私は、わざと米倉好子さんの名前を出した。


 眼前の水野の父親が、どういう反応を見せるか、知りたかった…


 …さあ、どういう反応みせるか?…


 私は、水野の父親の顔を凝視した。


 どんな些細な動きも見逃さない…


 そんな気持ちで、見た。


 しかしながら、水野の父は、


 「…そうですか?…」


 と、言っただけだった…


 私は拍子抜けした。


 私は、思わず、


 「…好子さんは今…」


 と、口にした。


 そう言わなければ、収まらないほど、感情が高ぶった…


 が、


 眼前の水野の父親に変化はなかった…


 「…たしかに、可哀そうだとは、思いますが、息子の透(とおる)との婚約が原因とは限らないでしょ?…」


 ひどく冷静な態度だった…


 私は、驚いたが、たしかに、言われてみれば、その通りだった…


 好子さんの自殺未遂が、水野との婚約が、原因とは限らない…


 もしかしたら、なんの関係もないことも考えられる。


 なにより、好子さんの自殺未遂も、本当に自殺未遂だったのかもわからない…


 好子さんが、意識を回復して、真相を話さない限り、謎だ…


 私は思った。


 と、同時に、この眼前の水野の父親は、やはり、優秀だと、思った…


 冷静に物事に対応できる…


 おそらくは、経営者としても、優秀に違いない…


 私は考える。


 「…米倉好子さんとの婚約は、平造…いや、米倉平造が最初に言い出したことなんです…」


 「…平造…ですか?…」


 水野の父が、米倉平造を呼び捨てにしたのに、驚いた…


 「…平造とは、若い頃から、知り合いだったんですよ…」


 水野の父が言う。


 「…知り合いですか?…」


 「…お互いが、似たような境遇でしょう?…」


 「…似たような境遇…ですか?…」


 「…いや、私も平造も、昔からの名門といっては、鼻に付きますが、少しばかり世間に知られた企業の経営をする立場だった…それで、肝胆相照らすといっては、なんですが、打ち解けるには、時間がかからなかった…」


 「…そうですか?…」


 言いながら、私は思った。


 以前、米倉好子は、水野は、米倉よりもはるかに、大きな名門だと、私に告げた。


 あれは、昔から、水野を知っていたからだ…


 そして、なにより、水野を知っていたから、好子は、あの水野と、相談=密会したのだ…


 昔から、知っていれば、誰でも話しやすい…


 私は、考える。


 「…だから、当然、好子ちゃんとも面識がある…二人が、結婚すれば、一番だけど…」


 そこで、言葉が途切れた。


 …やはり、うまく行かないと、思っているのだろう…


 「…米倉と水野の合併は…」


 私は一瞬、悩んだが、直球で聞いた…


 本来ならば、部外者の私が、口を挟む問題ではない…


 だから、私が訊くのもどうかと思ったが、やはり、聞かずにはいられなかった…


 「…後継者問題ですよ…」


 水野の父親がさらりと言う。


 「…後継者問題ですか?…」


 「…うちも水野も僭越ながら、中小企業じゃない…でも、同じなんです…」


 「…どういうことですか?…」


 「…要するに、オーナー企業ですよ…いわゆる世間に知られた大企業でも、サントリーや竹中工務店のように、非上場で、オーナーが、代々社長を務める会社があるでしょ? いわゆる創業家が、社長を務めるのが慣例の…でも、後継者というか、次の社長が見つからない…」


 「…」


 「…平造はそれで悩んでいてね…平造の息子の正造君も、娘婿の直一君も、帯に短したすきに長しで、難しい…それで、それなら、いっそ水野と米倉が合併してという話になって…」


 「…」


 「…うちも米倉もオーナー企業です…オーナー企業同士の合併ですから、息子の透(とおる)と、好子ちゃんが、結婚することで、万事めでたしめでたしとなるところだったんですが…難しいところです…」


 「…そうですか…」


 私は言った。


 率直にいって、相槌を打つしかなかった…


 「…一つお聞きしていいですか?…」


 「…なんでしょう?…」


 「…金崎実業と大昭和の合併ですが…どうなるのでしょうか?…」


 私の質問に、水野の父親は、困惑したようだ…


 一瞬、驚いた様子だったが、


 「…そうですか…忘れてました…高見さんは、金崎実業の社員でしたね…」


 「…ハイ…」


 「…結論はまだ出ていません…」


 「…結論は出ていない?…」


 「…大昭和の社長に、弟を就任させました…うちは、高見さんも知っているように、米倉から、大昭和の株を買い取りました…」


 「…」


 「…だから、大昭和の経営権を握ったのですが、まだ経営権を握ったばかりです…これからです…」


 「…あの…」


 「…なんでしょうか?…」


 「…わからないことがあるんですが、お聞きして、よろしいでしょうか?…」


 「…わからないこと? …なんですか?…」


 「…米倉と水野が合併するのに、どうして、大昭和の株を米倉から、買うという話になるんでしょうか?…」


 私の質問に、水野の父親は面食らった。


 一瞬、驚いた表情になったが、少しして、真顔になった。


 「…そうですか…やはり、そう思ったんですか?…」


 水野の父は独り言を呟く。


 「…米倉と水野の合併は、会社が合併するということです…」


 「…どういう意味でしょうか?…」


 「…米倉は、大昭和の株式を米倉奉公会という名称の団体で、管理しています…それは、米倉の経営する大日産業とは、なんの関係もありません…しいて言えば、米倉の持つ私的財産です…平造が、それを水野に売りたいと言い、水野はそれを買った…そういうことです…」


 私は、眼前の水野の父親の説明はわかったが、イマイチ納得できなかった…


 それが、表情に出たのだろう…


 「…つまり、会社は合併するが、財産は別というか…ほら、互いに結婚しても、それまで、自分たちが稼いだお金は、夫婦でも別でしょう…例えはおかしいかもしれませんが、そういうことです…あくまで、米倉と水野が合併するといっても、それは会社がいっしょになるということ…水野家と米倉家が、いっしょになるということではありません…」


 水野の父親が説明する。


 その説明で、ようやく、私にも、理解できた…


 納得できた…


 「…でも、これも、なかなかうまくいかないものです…」


 水野の父親がぼやく。


 「…それで、今日、私を待ち伏せたのは…」


 私は核心に触れた。


 「…それです…」


 水野の父親の顔が喜色満面に輝いた…



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