恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 50
「…好子さん…水野さんとの密会は?…」
私はあらためて、好子さんに訊いた。
要するに、好子の水野との密会はなんだったのか?
あらためて、聞きたかった。
以前、米倉好子は、澄子と正造を追放するために、水野の力を借りようと、ホテルで、相談していたと、私に言った。
それが、週刊誌に、深窓のご令嬢の不倫というタイトルでスクープされたと…
それは、本当なのか、訊きたかった。
なぜなら、アレがあったから、その後の水野との婚約報道が流れたと思ったからだ…
「…ああ、アレね…」
好子が、気安く、答えた。
「…アレは、父よ…」
「…お父様?…」
「…そう…父から、水野さんに、相談すれば、いいと、勧められたの…」
「…」
私はあまりに、意外な展開に絶句した。
「…今、思えば、父の策略にまんまと乗せられたんだと思う…」
好子が苦笑する。
「…お父様の策略…ですか?…」
「…父は、私を水野さんと、会わせて、結婚させようとしていた…だから、私に水野さんに、相談させるフリをして、水野さんとの密会をセッティングした…」
「…」
「…つまり、これを契機に、水野さんと親密になり、米倉と水野の合併の象徴にしようとした…」
目の前の好子の言葉に力がこもった。
「…でも、私はなにも知らされてなかった…なにも…」
好子が悔し気に言う。
つまるところ、好子は、父の平造に、使われたというか、利用されたわけだ…
いかに、自分を溺愛している父親でも、自分が利用されるとなると、話は変わってくる。
許せないに違いない。
ということは、仮に米倉正造が、水野と好子さんとの密会を週刊誌に流して、水野と米倉の合併を潰そうとしたとしても、その効果はないどころか、逆になったのではないか?
真逆に、水野と好子さんとの結婚を後押しすることになったのではないか?
考える。
水野と好子さんの不倫騒動が、世に出れば、マイナス…
しかしながら、その後、水野と米倉好子との婚約が発表されれば、プラスになる…
「…ああ、だから、ホテルで、密会していたんだ…」
と、なる。
そして、その後、水野と米倉の合併が発表される…
すると、一転、水野と好子さんとの不倫騒動が、プラスになる…
世間が納得し、あの不倫騒動が帳消しになる…
と、なると、どうだ?
米倉正造は、水野と好子の密会を暴露して、スキャンダルにして、水野と米倉の合併を潰そうとした…
しかし、
平造は、その真逆…
水野と好子の密会が暴露されたのを、逆手にとって、二人の婚約報道を流した…
つまり、同じ密会を利用して、水野と米倉の合併を世間にどう印象づけるか、考えた…
その結果の行動…
最初は、正造が勝ったかに見えたが、すぐに、平造に逆転された…
そして、これこそが、正造と平造の差…
力の差だった…
さらに言えば、こんなことで、平造に勝てない正造に、自分の後継者の座は任せられないと、平造は考えたのではないか?
私は思った。
考えた。
「…好子さんは、これから、どうするつもりですか?…」
「…わからない…」
好子は言った。
「…なにを…どうすれば、いいか、わからない…」
好子が繰り返す。
私はあらためて、自分の愚かさを思った。
この先、なにをどうすればよいか、わからないから、私に会いに来たと、さっきも、私に言ったではないか?
それを、何度も、好子さんに、口にさせるとは?
我ながら、自分の愚かさを、考える。
「…高見さんは?…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…水野さんに会ったようね…」
「…」
「…水野さんに訊いたわ…」
「…」
「…高見さんは、水野さんを、どう思うの?…」
私は、好子さんの直球の質問に、動揺した。
「…どうと言っても…」
「…好き?…」
「…」
「…それとも、嫌い?…」
私は好子さんの直球の質問に考え込む。
「…答えて…」
好子さんが、繰り返した。
「…好きか、嫌いか、問われれば、好きです…」
私はゆっくりと考えながら、答える。
「…というか、気になる男です…」
私は、正直に言った。
「…気になる男?…」
「…そうです…私はこれまで、33年生きてきて、あんな男は見たことありませんでした…だから、気になります…」
私は好子さんに、説明しながら、以前、同じことを、好子の兄?の正造に言ったことを思い出した。
血が繋がってないと、わかったにも、かかわらず、兄妹で、同じ質問をしている。
そう考えると、内心、苦笑した。
「…高見さんの気持ちはわからないわけじゃない…」
目の前の好子もまた、考えながら、ゆっくりと話した。
「…たしかに、水野さんには、魅力がある…もっとも、これは、兄…いえ、兄じゃない、正造も同じね…」
「…正造さんと?…」
「…二人とも、イケメンだけど、ただ、それだけじゃない魅力というか、惹かれるものがある…人間、顔だけじゃ、ダメね…」
好子さんがしみじみ言った。
好子さんも、30歳は超えてる。
いかに、顔が良くても、それだけでは、なんの意味がないことがわかる年齢だった。
男も女も顔がいいに越したことはない…
これは、誰もが、否定できない…
しかしながら、相手を引き留めておく、魅力がないと、たやすく相手が離れてゆく。
それが、わかる年齢だということだ…
なにより、私も好子さんも、正直、ルックスがいい…
それゆえ、ルックスがいいだけでは、ダメだということを、身をもって知っているといえば、大げさか…
私は思った。
思いながら、この米倉好子は、孤独な人間だと思った。
美人で、お金持ち…
30を過ぎた、この歳まで、何不自由なく、育ったに違いない…
しかしながら、私にこんな相談を持ちかけてくる…
私に会ったのは、今日で四回目…
わずか、四回目だ…
それなのに、アレコレ、私に相談する。
おそらく、友達がいないのだろう…
私が、米倉好子同様、美人だから、腹を割って、美人ならではの悩みを互いに打ち明けることはできると、考えた。
事実、以前、好子に会った時、それをした。
こう言ってはなんだが、美人には、美人の悩みがある。
そして、それを他人に打ち明けることはできない…
どうしても、傲慢にうつるし、その相談をした相手が、第三者に漏らして、あの女は!と周囲の女の嫉妬を呼ぶということになりかねない…
女の敵は女…
むやみに相談できない…
それゆえ、自分と同じタイプの美人の私、高見ちづるに、相談というか、胸の内を吐露したのは、わかる…
しかしながら、それを抜きにしても、好子さんには、相談できる相手がいないのではないか?
私は今さらながら、思った…
米倉好子は、美人でお金持ち…
たたの美人ではない!
それゆえ、孤独なのではないか?
お金は、人を孤独にする。
どうしても、お金目当てに、他人が寄ってくる。
それが、わかっているから、余計に、他人を寄せつけなくなる…
その結果、孤独になる。
まさに、孤独の悪循環…
人間関係の悪い見本…
金持ちの悪い見本だ…
私は考える。
「…高見さん…なにを考えてるの?…」
好子が訊いたことで、私の思考が中断された。
「…いえ、別に…」
私は言う。
私の返答に、好子がニヤッと笑った。
意味深な笑いだった。
「…高見さんに、正造が惹かれたのは、わかる…」
「…正造さんが、私に惹かれた?…」
実に意外な言葉だった。
考えたこともない言葉だった。
「…いえ…正造だけでなく、水野さんも…」
好子が言う。
「…高見さんを見ていると、私と決定的な差があることがわかる…」
「…決定的な差…ですか?…」
「…なんといっていいか、わからないけど、高見さんといると、安心できるのね…」
「…安心?…」
予想外の言葉だった。
「…なんというか、子猫が、母猫の元にいるといえば、いいのか…高見さんといると、安心できる…ホッとできる…それが、高見ちづる、最大の魅力ね…」
思いもかけない言葉だった…
だが、思い当たることもある。
たしかに、男女を問わず、私に寄り添うというか、仲良くなる人間は、おとなしい人が多かった…
私にやすらぎを求めるといえば、大げさだが、確かに、その傾向はあるに違いない…
とりわけ、男に至っては、私に母性というか、自分の母親のような役割を求めたのかもしれない…
私は思った。
そして、そう考えた、私の内心を見透かすように、
「…正造も、水野さんも孤独な男…だから、高見さんの近くにいると、ホッとできるというか…安心できる…」
「…水野さんが、孤独な男?…」
米倉正造はともかく、あの水野まで、孤独な男とは?
「…驚いた? …そう驚くわね…あのおちゃらけた水野さんが、孤独な男なんて…」
好子が、私をからかう。
「…でも、事実よ…」
好子が真顔で言った。
「…どうして、水野さんが、孤独なんですか?…」
「…訊いた話だけど、水野さんは、たしか、今の水野財閥総帥のお父様の愛人の子供らしいわ…水野さんのお父様には、子供がなくて、それで、養子縁組をして、引き取ったとか…本当は、認知もされるかどうか、微妙な立場だったらしい…」
「…あの水野さんが?…」
私は、好子さんの言葉に、文字通り、絶句した。
「…人間、誰しも、どんな恵まれた環境に、生まれようと、苦労しないで、生きてきた人間なんて、だれ一人いない…」
目の前で、好子さんが、一語一語、言葉に力を込めた。
噛みしめるように、言った…
「…誰もが、生きるのに、苦労する…それが、一見して、わかるのか、わからないかの違いだけよ…」
好子が言った。
事実、当たり前のことだった…
しかしながら、目の前の米倉好子の口から、そのセリフを聞くと、考えされられた。
美人で、お金持ち…
なにひとつ不自由のない環境で、育ったに違いない、米倉好子の口から、そんな言葉が飛び出すとは、思わなかった…
と、同時に、好子もまた、生きるのに、苦労しているんだと、思った…
当たり前のことだった…
生きるのに、苦労しない人間なんて、誰ひとりいない…
目の前の米倉好子がしない苦労は、ただ一つ生活の苦労に違いない…
生活=お金の苦労は、米倉好子にはない…
しかしながら、それ以外の苦労は、みんなと同じ…
変わらない…
人間は、一人では生きれない…
生きてゆく上で、人間関係の悩みは、嫌でも生じるし、それを避けて生きてゆくことは誰もできない…
病気もそうだ…
お金持ちであれ、そうでないであれ、誰もが平等に、病気になる危険はある。
ただ、病気に関して言えば、お金持ちは、良い病院で治療できるし、貧乏人はできない…
その差だ…
米倉好子の悩みはなんであるか、わからないが、生きてゆく上で、悩みがあるのは、当然だった。
私は思った。
その後、私と好子さんは、とりとめのない話をしていたが、じきに、会話が続かなくなった…
当たり前だ…
まだ、出会って、四回目だった…
共通の知人も多数いるはずもなく、話題が尽きた。
そろそろ潮時だと思ったのだろう…
好子さんが、
「…なんていうか、高見さんと、話していると、胸の中がスーッと落ち着いてきた…」
と、言った。
事実、憑き物が落ちたといえば、大げさだが、今日、最初会ったときよりも、スッキリとした表情に変わった…
「…そうですか…それは、よかったです…」
私は答える。
「…私も、正造や水野さん同様、高見さんのファンになりそう…」
好子さんが、冗談を言う。
私は、苦笑するしかなかった。
「…いずれにしろ、今日はありがとうございました…」
好子が、頭を下げて、礼を言った。
「…いえ、とんでもありません…」
私も、頭を下げる。
そして、米倉好子の姿を見たのは、それが最後だった…
数日後、好子さんが、自殺したことを、テレビのニュースで、知った…




