恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 49
私は、米倉好子の話を聞きながら、考えた。
あまりにも、話が荒唐無稽というか、話の展開に、正直にいって、私の頭が追い付いていかなかった…
果たして、好子さんの話は本当なのか?
そんな思いが、私の脳裏をかすめた。
そして、そんなことを、考えている私の考えが、表情に出たのだろう…
私の顔を見て、
「…高見さん…私が、ウソをついていると思っているの?…」
と、好子が訊いた。
その言葉には、若干、怒気があった…
いや、
若干、どころではなく、あった…
私は、反射的に、
「…とんでもありません…」
と、口に出した。
謝った…
好子は、本気だった…
真剣だった…
話は荒唐無稽だが、目の前の好子の表情を見ている限り、ウソではないと思った…
誰もが、その人間の表情を見れば、ウソをついているかどうか、わかるものだ…
目の前の米倉好子の表情は、間違いなく真剣そのものだったし、なにより、これまで、好子と会って、そんなウソをつける器用な人間ではないと、思った…
そして、それができるのは、好子の腹違いの姉兄である、澄子と正造だった…
あの二人は、それができる人間だった…
そして、目の前の好子と弟の新造は、それができない人間だった…
そこに、決定的な差があった…
それは、人間的に信用できるかどうかの差だった…
好子と新造は信頼でき、澄子と正造は、信頼できなかった…
それは、もしかしたら、血のせいかもしれない…
そんなことを思った…
今までは、好子と新造は、澄子と正造の腹違いの妹弟…
ゆえに、母親が違うから、性格も異なるのだと、勝手に思っていた…
しかし、今の好子の言葉からは、澄子と正造は、血の繋がってない、まったくの赤の他人ということになる。
となると、性格が異なるのは、当然、わかる…
澄子と正造は抜け目なく、好子と新造は、信頼できる…
血が繋がってないと言われば、当たり前だ…
私は思った。
しかし、それが、米倉とは…
米倉の正当の血を受け継ぐものが、はしっこく、抜け目のない、油断のできない性格で、米倉の血を受け継がないものが、信頼できる人間とは…
これには、仰天するし、しばし、頭を悩ませた。
だが、冷静に考えれば、それも納得できるかもしれない…
商売というか、事業で、成功できる人間で、善人はいない…
成功するということは、他人を出し抜いたりして、競争に勝ち抜くことだ…
勝者になるということは、当然、目の前で敗者を見るということになる。
自分が勝ったがために、倒産したり、自己破産したりする同業者を見聞きすることは、誰もがあるに違いない…
それに、同情する優しい気持ちの人間ならば、そもそも商売を続けることが、難しいだろう…
だから、米倉の創業者も当然、冷徹な人間に違いない…
その血を受け継ぐ、澄子と正造が、冷酷な人間であることは、ある意味、当然だった…
当たり前だった…
私は考える。
「…つかぬことを伺いますが、好子さんは、水野さんと婚約するという噂がありますが…」
「…ああ…あれね…」
好子は、心底、うんざりした様子で、答える。
「…父よ…」
「…お父様?…」
「…父が、私を人身御供というか、水野に差し出そうとしているの…」
「…人身御供…」
私はあまりに、時代錯誤というか、時代劇で使うセリフを、眼前の好子さんが使う現実にただただ驚いた…
言葉の意味はわかるが、イマドキ、そんな言葉を使うとは思わなかった…
まして、それが、好子のような爽やかなルックスを持つ、美人ならば、なおさらだ…
「…要するに、家と家のつながりよ…単純に会社を統合したり、株を交換したりするだけじゃなく、実際に、水野と米倉の人間が、結婚すれば、合併の象徴になる…父は、そう思ったに違いないわ…」
好子は、憤懣やるかたないといった表情で言う。
私は、好子の顔を見て、あるいは、それこそが、好子が憤る原因かもしれないと思った…
腹違いの姉と兄と思った、澄子と正造が、自分と血が繋がってない赤の他人であると、知った…
そして、澄子と正造こそ、米倉の正当な血を受け継ぐ後継者だと知った…
たしかに、どちらも、好子にとって、ショックな事実に違いないが、さりとて、自分に関係がどれほどあるかと考えれば、微妙だ…
なにしろ、好子の父である平造が、今現在、米倉の最大の権力者であり、本来、米倉の血が繋がった正当な後継者たりえる澄子と正造は、権力者ではない…
澄子と正造が追放されることは、あっても、澄子と正造に平造を追放することはできない…
さらにいえば、血が繋がっている好子もまた父が追放するはずがない…
そう思えば、安心だ…
しかし、自分の結婚となると、話は変わる…
なにしろ、自分の結婚だ…
今現在、好子が付き合っている相手がいるかどうかは、わからないが、誰もが、自分の結婚を強制されるのは、有難い話ではない(笑)…
「…好子さんは、今現在お付き合いしている相手は…」
「…いないわ…」
私が、すべて、話し終えない間に、好子が答えた。
私は、それが、ウソではないと思った…
以前、正造が、好子を評して、
「…好子もたぶん、男と付き合ったことがないと思いますよ…」
と、私に告げた。
好子は、美人…
しかも、お金持ちのご令嬢ときている…
ただの美人の私よりも当然、はるかに、男からのアプローチは多いに違いない…
だから、古い言葉でいえば、身持ちが固くなる…
自分が、結婚する相手を選ぶのに、慎重になる…
自分にアプローチする男が多すぎて、付き合う相手を選ぶのに、困る…
それよりなにより、自分の立場=お金持ちのお嬢様という立場が、結婚をより難しくする。
男が、財産狙いの可能性があるからだ…
おそらく、目の前の好子さんは、根が真面目な人間なのだろう…
そんなことをあれこれ、考え過ぎれば、恋はできない…
結婚はできない…
しかし、同時に、恋=結婚ではないとも、思った…
好子さんのようなお金持ちは、別のお金持ちと結婚することが多いに違いない…
政略結婚…
今の時代も、とりわけ、政治家を見れば、ありふれてる。
有名な政治家は、大抵、他の有名な政治家と縁戚関係にある。
お金持ちもまた同じ…
トヨタの社長である、豊田章男の系図をネットで見れば、わかる(笑)…
お金持ちはお金持ちと結婚するものだ…
だが、目の前の好子さんは、それが嫌なのだろう…
私は思った。
「…水野さんは…」
「…水野さんは、偽善者というか、なにを考えてるか、わからない男よ…」
好子が言う。
「…その点では、兄…いや、兄じゃない…正造と同じ…食えない男…」
好子が皮肉る。
「…水野さんは、結婚しているんじゃ…」
私は言った。
かつて、米倉正造に、水野について、聞いたとき、水野は妻帯者だと訊いたからだ…
「…結婚…してないわ…」
なにをバカなというように、好子は言った…
当然だ…
結婚している男が、好子と結婚できるわけがない…
やはり、正造の言うことは、ウソだった…
今さらながら、思う…
おそらくは、好子と水野の密会を、週刊誌に流すときに、水野が既婚者でなければ、インパクトに欠けると考えたのだろう…
以前にも、これは、考えたが、今ここで、好子に訊くことで、裏付けが取れた…
ニュースや犯罪ではないが、いわゆる、裏が取れた(笑)…
やはり、正造は食えない男…
信用できない男ということが、あらためて、わかった…
「…高見さん…どうして、そんなことを?…」
好子が訊いた。
当然だ…
自分の結婚相手として、父の平造が推している男が、既婚者であるはずがない。
そんなことは、百も承知のはずだ…
私は、一瞬、どう答えようか、悩んだ…
正直に、米倉正造に訊いたと言おうか?
そう、悩んでいると、
好子が、
「…そうか? …そうよね!…」
と、納得した。
「…あの報道を見れば、そう思うものね…深窓のご令嬢の不倫ってタイトルだもの…」
好子が笑う。
しかしながら、目の前の好子を見るにつけ、つくづく、不倫という言葉が似合わないと思った…
三十にもなるのに、いわゆる、美少女然として、いかにも爽やか…
見るからに、清涼感に溢れている。
米倉好子と不倫という言葉ほど、似合わないものはない(笑)…
それを、好子自身も感じているのだろう…
「…あのホテルの密会の様子…夜で、よかった…」
「…夜でよかった? …どうしてですか?…」
「…だって、私ほど不倫という言葉が似合わない女は珍しいもの…」
と、好子は、自分のことを言った後、
「…いえ…高見さんも、そうね…」
と、付け加えた。
たしかに、好子さんの言う通り…
私、高見ちづるもまた、不倫が似合わない女…
不倫という言葉が、見事に似合わない(笑)…
不倫というのは、男女いずれかが、結婚して妻子があるということ…
私も、好子さんも、結婚しているイメージがあまりないし、なにより色気がない…
爽やかで、清涼感があるが、色気がまるでない(笑)…
これでは、不倫が似合わない…
似合わないこと、この上ない…
私は思った。
「…それで、好子さんは、水野さんと結婚は…」
「…ないわ…」
あっさりと告げる。
「…父がどれほど、望もうと、ありえない…」
好子が断言する。
断言するだけでなく、怒っていた…
それほど、水野との結婚が嫌なのだろうか?
が、私は、好子の言葉に、なんとなくホッとした。
それは、自分でも意外だった。
同時に、それは、やはり、自分でも、水野がまだ好きだという証だと思った。
私は、確信する。
同時に、色々、謎が解けてきた気がした。
米倉正造と私が、以前、目の前の好子さんに会うために、米倉の豪邸に、正造のクルマで、向かったときがあった。
好子さんが、今言った水野との密会で、週刊誌に、深窓のご令嬢の不倫と騒がれて、落ち込んでいるから、慰めて欲しいと言われたからだ…
私と正造が乗っている、クルマが、何者かに尾行され、それに気付いた正造が、クルマから降りて、相手の素性を問い詰めると、週刊誌の記者だった…
好子の不倫をスクープした記者だった…
そのときに、記者が、正造に、
「…米倉の内紛の中心は、米倉正造さん、アナタだと思うのですが…」
と、正造に直撃した。
正造は、
「…なにをバカな…」
と、即座に否定したが、それは、やはり、真実だった。
なにより、その記者が、
「…正造さんのお母様は?…」
と、問いかけると、
「…お袋のことは、言うな!…」
と、正造が、顔色を変えて、怒鳴った。
普段、いつも沈着冷静、怒ったことを見たことのない、正造が、唯一、怒った瞬間だった…
私は、驚くと同時に、米倉正造のウィークポイントは、母親だと知った…
常に沈着冷静な男が、顔色を変える話題だったのだ…
おそらくは、絶対に他人に触れられたくない話題…
私は、なぜ、母親について、語られるのが、嫌なのだろう? と、あのとき、思った。
だが、今、米倉好子の口から、澄子と正造の母親こそ、米倉だと訊いた。
つまり、米倉の正当な後継者だとわかった。
そして、それを、母親から、聞いていたに違いない…
その母親は、平造により、米倉家から、追放された。
正造にとって、許せる話ではない…
おそらく、正造の目的は、平造から、米倉を奪い返すことにあったのではないか?
それゆえ、平造お気に入りの、好子を可愛がった…
誰もが、自分の溺愛する人間を、可愛がれれば、悪い気はしない…
私は、正造が、好子を溺愛する理由は、平造に気に入られるためと、思っていた。
平造に気に入られ、ゆくゆくは、米倉の後継者として、大日産業の社長の座につくため…
そう、考えていた。
しかし、本当のところは、違うかもしれない…
平造の後継者として、大日産業の社長の座に就くことを目的とするところに、間違いはないが、それより、なにより、生き残ること…
米倉の豪邸から追い出された人間が、いかに、あの豪邸で、生き残るか、考えた結果ではないのか?
私は思った。
自分が、平造と血が繋がっていない…
それが、弱点であり、同時に、強味だったに違いない…
弱点というのは、平造と血が繋がってないことを自覚しているゆえに、平造に面と向かって逆らうことはできない…
面と向かって逆らえば、あの豪邸から、出て行かなくてはならないからだ…
それゆえ、平造に気に入られようと、立ち回る。
その象徴が、好子を可愛がることだったのだろう…
ハンサムな正造を慕う、好子…
その好子を可愛がれば、平造が、自分を嫌うはずがないと考えたのだろう…
そして、強味は、平造と血が繋がってない自分こそ米倉だという自信だろう…
私は、考える。
と、ここまで、考えて、正造の姉、澄子を思った。
澄子は有能…
それは、澄子の夫である、直一も認めている。
だが、有能ならば、なぜ、澄子は、正造のように、好子を可愛がらないのか?
なぜ、平造に気に入られようとしないのか?
ある意味、澄子は、正造に比べて、自由だった…
好子を嫌いだから、いじめる…
これは、わかる。
至極、単純な話だ…
しかし、自分が、平造と血が繋がってない自覚があれば、あの豪邸で、あんな自由気ままに暮らせるわけがない…
行動できるわけはない…
もしかしたら?
もしかしたら、澄子は知らないのではないか?
自分が、平造と血が繋がってない事実を知らないのではないか?
私の脳裏に閃いた。
正造の母親は、正造にのみ、その事実を伝えたのではないか?
そう、考えれば、納得できる。
澄子は使える女…
それが、正造の評価であり、私もその評価に賛成だった…
その使える澄子が、自由気ままに、あの豪邸で振る舞ってる…
自分が、平造と血が繋がってない事実を知っていれば、それはできないだろう…
そもそも、自分の立ち位置が、違う…
あの豪邸での自分の立ち位置が、違うことに気付くはずだ…
私は考える。
これは、まだまだ、謎がある。
私は、あらためて、思った。




