恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 48
米倉好子と私、高見ちづる…
考えてみれば、おかしな縁だ…
友達ではない…
会社の同僚でもない…
なんといって、いいか、わからない不思議な縁…
単純に、溝口が、会社の上司から、米倉家の動静を探るため、見合いと偽って、米倉正造に、私を紹介…
私は、その後、米倉家が、溝口の勤務する、大昭和の大株主だと知った…
溝口の勤務する大昭和の経営にすら、口を挟む力を持つ米倉家に騒動の予感があり、それを監視するために、私を米倉に派遣した…
米倉になにかあった場合は、大昭和の経営に直結する。
かつて、米倉の意向に逆らって、社長のクビを飛ばされた社長もいたそうだ…
それゆえ、米倉の意向に敏感になる。
私が、米倉の家に派遣された最大の理由は、今、眼前に座る、米倉好子と容姿が似ていたからだ…
米倉好子は、父の平造のお気に入り…
そのお気に入りの好子によく似た容姿の私ならば、平造も心を許すと、考えたからだ…
と、ここまでは、溝口から見た、経緯…
私は、眼前の米倉好子と知り合った経緯を今さらながら、考える。
一方、米倉正造から見れば、別の経緯もあった。
私は最初、米倉正造と会った時、米倉家の会社の金を不正に流用している人間が、家族の中にいる…
それが誰か探って欲しいと正造に言われた…
ゆえに米倉正造の交際相手として、米倉の豪邸に住む、一族に、正造から紹介された…
その結果、今、眼前にいる米倉好子を含む、米倉家の人間を知った…
その複雑な人間関係を知った…
それが、この物語の最初であり、あるいは、すべてだった…
米倉は平造が社長を務める大日産業を経営している…
そして平造は、次の社長を決めかねている…
社長候補は、実子の正造と、娘婿の直一…
どちらが、社長になるかわからない…
当事者である正造と直一を含め、周囲の人間はすべて、そう見ていた…
しかしながら、好子の父、平造は、以外な策に出た…
米倉を水野と合併させようとしたのだ…
水野は、戦前からの名門の財閥で、日本二十大財閥に数えられる名門…
米倉よりも大きい…
その米倉と合併することで、生き残りを図ったのだ…
正確にいえば、正造と、直一には、米倉を託せないと判断したのかもしれない…
私は考える。
私は、駅前のカフェで、米倉好子を見ながら、そんなことを考えていた。
しかし、その好子の口から出た言葉が、父の平造を評して、
「…米倉家最大の裏切り者…」
とは、一体、どういう意味だろう…
それは、やはり、米倉の消滅というか、水野との合併を決めたことで、従来の米倉の姿というか、ありようが、変わるからだろうか?
私は思った。
「…父は…平造は、米倉の裏切り者…」
好子は繰り返した。
「…裏切り者とは、どういう意味でしょうか?…」
私は好子に訊く。
好子が、どういう意味で、父の平造を裏切り者といったのか、知りたかった…
私の言葉に、米倉好子は、戸惑った…
どう言えば、わかるのか、悩んでいる様子だった…
「…高見さんは…」
少しして、好子が、ゆっくりと考えながら、口を開いた。
「…高見さんは、兄の正造のことを、どう思うの?…」
「…正造さんですか?…」
「…そうよ…」
「…ハンサムですね…」
私はまず当たり障りのないことを言った。
私の言葉に、好子は、明らかにがっかりしたようだ。
平凡過ぎる答えと思ったのだろう…
あるいは、
無難過ぎる答えと思ったのだろう…
「…ですが、おそらく、見た目と真逆…食えないというか…なにを考えているか、わからない男です…」
私は付け加える。
そして、その言葉こそ、私が、米倉正造に対して抱いた、偽りのない本音だった…
しかし、まさか、それを腹違いとはいえ、正造の実妹に言うとは…
我ながら、大人げないというか…
無謀というか…
無茶過ぎる(笑)…
だが、目の前の好子は笑わなかった…
妹の好子から見ても、その通りなのだろう…
「…高見さんの言う通り…」
好子が同意した。
「…兄は、正造は見た目と違う…」
好子が断言する。
「…私は子供の頃は、兄の正造が憧れだった…歳も十歳離れているし、なにより、ハンサムでカッコイイ…自慢の兄だった…」
私は、好子の告白に頷いた。
「…でも、それは、子供の頃だったから…歳を取り、兄と接するうちに、少しずつ、兄の本性というか、性格がわかってきた…」
「…」
「…いわゆる、女好きで、自堕落でだらしない生活を送る男…その見た目の爽やかさとは、真逆の性格を持っている…」
「…」
「…でも、その原因を作ったのは、父…」
「…お父様?…」
「…米倉平造…父が兄と澄子の母親を追放し、私と新造を、あの豪邸に招いたせい…最近まで、そう信じていた…」
「…最近まで…」
「…そう最近まで…」
…どういう意味だろう?…
私は考える。
「…人間は、環境の生き物…その生まれ育った環境により、性格が作られる…最近まで、そう思っていた…」
「…」
「…つまり、父の平造が、浮気をして、私たちをあの豪邸に招いた結果、兄の正造も、澄子も、一時、あの家を追われ、それが、トラウマになり、性格が捻じ曲がった…そう信じていた…」
「…」
「…でも、そうじゃなかった…」
「…それは、どういう意味でしょうか?…」
「…正造も澄子も私の姉兄ではなかった…」
「…それは、どういう…」
「…二人とも、私と血の繋がった兄妹ではなかった…」
好子が衝撃の告白をする。
「…それは、どういう…」
「…兄の正造と澄子…あの二人こそ、米倉だった…」
私には、なにがなんだか、意味がわからなかった…
なぜ、血が繋がっていない正造と澄子が、米倉なのか?
ならば、目の前の好子はなんなのか?
米倉ではないというのか?
「…つまり、父の平造は米倉ではないということよ…」
「…お父さんが、米倉ではないということ…それは一体?…」
「…米倉は、正造と澄子の母のものなの…」
「…それは、どういう意味?…」
「…正造と澄子の母が、米倉の正当な後継者…というか血筋の人間で、父の平造は、遠縁の者だった…それが、結婚して、米倉を名乗った…そして、浮気をして、私と新造が産まれたということ…」
好子が、苦々しげに、告白する。
これは、驚天動地というか、ありえない告白だった…
目の前の好子の告白に、これまで、世間で話題になった米倉と水野の合併も吹っ飛んだ…
私の勤務する金崎実業と、大昭和の合併も吹っ飛んだ…
あまりの衝撃に、どう対応していいか、わからなかった…
私は文字通り、唖然とした。
唖然とした表情で、無言で、米倉好子を見た…
「…それを知ったのは、最近…水野さんから、それを聞いた…」
「…水野…」
「…そう、水野さんは、昔から、米倉を知っている…私は、以前は、真逆だと思っていた…」
「…真逆?…」
「…私と新造こそ、米倉の正当な後継者だと考えていた…だから、兄を…正造を追い出そうとした…」
…そうか…
…だから、最初は、正造を慕っていたのに、態度を急変させたんだ…
あのタイミングで、父の平造から、真実と真逆の事実を吹き込まれたに違いない…
おそらくは、正造と澄子は、米倉ではないとでも言われたに違いない…
私は考える。
「…父は、平造は、米倉と水野を合併させる寸前に、私に実は、正造と澄子は、米倉ではないと、私に告げた…正造と澄子の母親が浮気をして、二人を身ごもったと…それが、後日わかったから、正造と澄子と、その母親の三人を、あのお屋敷から、追放した…しかし、正造と澄子は、まだ子供だから、可哀そうだと、正造と澄子の母親に懇願され、お屋敷に帰した…そう父は、私に説明した…だから、私の兄の正造に対する態度が変わった…それまでは、女癖は悪かったけど、なんとなく、負い目があった…」
「…負い目?…」
「…あの二人の母親を追い出して、私と新造、そして、母の三人が、あのお屋敷に暮らした…だから、なんとなく申し訳ないというか…だから、私は、澄子が私をいじめるのも、わかるし、それに面と向かって、立ち向かわなかった…」
「…」
「…でも、父の告白を受けて、変わった…私と血の繋がってない、赤の他人を、あのお屋敷に住まわせることはないと考えて、正造と澄子を追放しようとした…でも、それは、すべて、逆だった…あの二人こそ、米倉であり、私と新造は、米倉ではなかった…」
好子が、血がにじむような苦しげな表情で告白する。
「…だったら、お父様は?…米倉とは…?」
「…父は、今も言ったように、米倉とは、遠縁の一族に過ぎない…それが、正造と澄子の母と、養子縁組をして、米倉と名乗ったに過ぎない…」
だから、平造は、米倉を水野に合併させようとしたのではないか?
私は、そう気付いた。
純粋な米倉の人間ならば、米倉にこだわる…
米倉の名前にこだわる…
しかし、純粋な一族でないならば、米倉にこだわる理由はない…
ゆえに、冷徹に、現在の米倉の置かれた状況を見ることができる…
米倉が、この先、単独で、生き残るのは、難しいと、判断したから、米倉の持つ、大昭和の株を、水野に売り、米倉を水野と合併させようとした…
私は、思った。
「…父は、平造は経営者としては、優秀…人を見る目もある…正造も直一さんも、自分の後継者たりえないと、早い段階で、判断したから、大日産業を、いえ、米倉が生き残る道を模索した…なまじ、米倉出身者でないから…純粋な米倉ではないから、米倉の名前を捨てることができるのだと思う…」
好子が告白する。
私は考えた。
「…では、好子さんと新造さんのお母様は?…」
「…母は…母はすべてを知っていた…」
好子が、苦しげに告白する。
「…自分たちが…私と新造が米倉とは縁もゆかりもないことを最初から知っていた…だから、あの米倉の家で、常にニコニコとほほ笑むだけで、決して、出しゃばらず、存在感を消していた…」
たしかに、言われてみれば、好子の言葉もわかる…
冷静に考えれば、私にとって、一番の謎は、好子と新造の母親だった…
あの米倉の家で、ただニコニコするだけで、発言もなにもなく、控えめに存在していた。
だが、私には、なぜ、そうなのか、わからなかった…
米倉の家には、何度か行ったが、平造の妻であり、好子と新造の母は、自己主張がなさ過ぎた。
それが、キャラ=性格といってしまえば、それまでだが、己の立場をわきまえ、陰に徹していると考えれば、なぜ、陰に徹しなければならないのか、考える。
つまり、自分は日陰者…
おそらくは、米倉を乗っ取った負い目があるのではないか?
私は、そう考えた。
まして、一時は、追い出した、米倉の正当な後継者たりえる、正造と澄子を引き取って、いっしょに、生活している…
いかに、小さな旅館のような巨大な邸宅でも、いっしょに住めば、毎日のように顔を会わせることになる…
それが、耐えられないというか、良心が痛んだに違いない…
私は思った。
「…それで…好子さんは…」
私はつい口に出した。
米倉好子は、これから、どうするのか?
聞きたかった…
いや、
どうしていいか、わからないから、ここへ、来たのかもしれない…
私に会いに来たのかもしれない…
「…わからない…」
好子は、首を横に振った…
「…どうして、いいか、わからない…」
好子は、繰り返す。
私は今さらながら、自分が不用意に口にした、言葉に、強い自責の念を覚えた。
どうしていいか、わかっているのなら、そもそも、私に会いに来るわけがない…
どうしていいか、わからないから、私に会いに来たに決まっているからだ…
「…水野さんは…」
私は訊いた…
こんなときに、自分を優先するのも、どうかと思ったが、自分が一番聞きたいことだった…
あの水野は今、どうしているのか?
それが、一番知りたかった…
「…水野さんは、今、闘っているわ…」
「…闘っている?…」
あまりにも、意外な言葉だった…
「…誰と闘っているのですか?…」
「…米倉正造と…」
「…正造さんと…」
あまりにも、意外な言葉だった…
しかし、どう闘っているというのか?
私は、考える。
いや、
そうではない…
米倉正造は、たしかに、水野と、闘っていた…
それは、眼前の米倉好子を見れば、わかる…
好子が水野との、密会を世間にバラされたとき、米倉正造は、好子の不倫が、世間に公表されて、兄としても、心苦しいと、私に言った。
好子は、未婚であり、妻子ある水野との密会は、マイナス以外の何物でもないからだ…
だが、実際は、米倉正造こそ、その報道を流した真犯人ではないのか?
眼前の好子の不倫報道が流れたとき、相手の水野の名前が消えた…
それを、目の前の好子は、以前、水野の力だと言った…
戦前からの名門財閥の水野の流れを汲む会社は多数あり、それは、マスコミにもあるから、米倉の名前は出して、水野の名前は消したと言っていた…
しかしながら、それは、おそらく事実ではない…
事実は、正造が、米倉と水野の合併を阻止するために、合併に不都合な情報を流そうと画策したに決まっている…
それを知った水野が、おそらく、その放送を容認する代わりに、自分の名前を消した…
あるいは、その報道そのものを止めることはできないから、水野の名前だけ、消したと考えるのが、正しいのではないか?
つまり、すでにあの時点で、米倉正造は、水野と闘っていたわけだ…
私は思った…
「…水野さんは…」
「…あの人は、兄と同じ…」
「…同じ…それは、どういう…」
「…決して一筋縄ではいかない…」
「…一筋縄ではいかない…」
私は好子の言葉を反芻する。
そして、水野を思った…
たしかに、好子の言うように、水野と正造は似ている…
外見や、行動は、まるで、違う…
正造は、一見して、爽やかで、落ち着いていて、信頼できるキャラ…
片や、水野は、常に落ち着きがなく、浮ついた印象…
しかし、共通するのは、共に見た目と中身がまるで、違う…
共に深謀遠慮の持ち主…
つまり、二人は、似た者同士だ…
私はその事実に、今さらながら、気付いた…
…気付いたのだ…




