恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 47
米倉好子に、私が会ったのは、私が金崎実業を定時に退社した日だった…
私が、会社から出てくるのを、待ち構えていたわけだ…
以前、何度か書いたが、私、高見ちづるの勤務する金崎実業は、雑居ビルの中にある。
つまり、平たく言えば、銀座のネオン街ではないが、同じビルに、それぞれの店=会社が入居している。
いわば、集合マンションのようなものだ(笑)…
私の勤務する金崎実業は、全国にある、営業所の一つで、その営業所に勤務する人間は、二十人超…
いわゆる平凡なオフィスに他ならない…
だからであろう…そのビルの前に立って、出入りする人間を見張っていれば、私が出てくるのがわかる…
ビル自体が、6階建てと低層…
ゆえに、そこに入居する会社に勤務する人間の数もたかが知れている…
テレビで見る、大きな会社の工場だったり、新宿の高層ビルに入居する会社に勤務するのとは、わけが違う…
規模が違う(笑)…
ゆえに、米倉好子が、会社を定時で退社して、私を待ち構えるのは、さほど難しい話ではない…
おそらくは、事前に、水野から、金崎実業の退社時間を調べ上げ、それに合わせて、私を待ち構えたということだろう…
が、
「…高見さん…」
と、いきなり、声を掛けられたのは、驚いた。
誰もがそうだが、いきなり街を歩いていて、誰か、知り合いに声を掛けられる経験は、あまりないからだ…
私は、反射的に、
「…ハイ?…」
と、言って、声をする方を見た。
すると、私と同じくらいの身長の美人というか、むしろ美少女に近い米倉好子の姿があった…
美少女といったのは、目鼻立ちの整った美人というよりも、おそらくは、中学、高校時代に、男たちが憧れる、美少女が、そのまま歳を取ったという表現が一番似合う外観だからだ…
「…好子さん?…」
そう、答えて、私は絶句した。
まさか、米倉好子が、私を待ち構えていると思わなかったからだ…
「…その様子だと、随分、驚いたようね…」
好子が言った。
私は、黙って、ゆっくりと首を縦に振って、頷いた。
…一体、米倉好子が、私に、なんの用事だろう?…
私は当然、考える。
好子とは、当然、親しい間柄ではない…
まだ、出会って三回…
これで、四回目…
わずか、四回目だ…
しかしながら、好子が私に強い共感というか、親近感を持っているのは、わかる…
なぜなら、私と好子は、同じタイプの美人だからだ…
共に、身長155㎝程度の小柄なカラダ…
それに、何度も言うが、共に、女優の常盤貴子を小柄にしたイメージがある…
いわゆる、爽やかで、清涼感のあるイメージ…
自分でいうのも、なんだが、おとなしくて、誰もが好感を抱くイメージだ(笑)…
無論、中身は、そうではない(笑)…
これは、米倉好子も同じだろう…
どんな人間も、見た目と中身が同じ人間はいない…
いかに、誠実そうに見えても、中身は腹黒い人間は、枚挙に暇がない…
その身近な代表が、今、目の前にいる、米倉好子の腹違いの兄の正造ではなかったのか?
私は、考える。
米倉好子が、私に親近感を覚える最大の理由は、私と米倉好子の印象が、似ているから、同じような環境に生きてきたと、好子が直感で、わかったからに他ならない…
同じような環境とは、ずばり、同じタイプの美人が置かれた状況…
周囲が、どのように、自分に接するのか、身を持って知っている…
理解している…
それが、わかっているからこそ、好子は私に共感を持っている…
周囲の同性が、自分にどのように接し、周囲の男性が、自分にどのような感情を抱いているのか、理解しているからこそ、私に共感を抱いている…
私と好子は、同じタイプの美人だが、それを除けば、実は、まるで違う…
好子は、あの豪邸に住む、金持ちのお嬢様…
大げさにいえば、現代のお姫様に他ならない…
一方、私は至って平凡な家庭の出身…
ゆえに、身分がまるで違う…
だから、はっきり言って競争にならない…
ライバルにならない…
あるいは、だからこそ、好子は私に共感を抱くのかもしれない…
私が、好子の存在を脅かすような存在ならば、好子は私に共感どころか、敵意を抱く可能性すらある。
具体的に言えば、学生時代、同じクラス、あるいは学校で、男から、人気を二分していた…
そうなると、ライバルになるから、競争相手になる…
二人が、気が合えば、いいが、そうでないと、完全な競争相手になる。
そうなると、潰し合いといえば、大げさだが、足の引っ張り合いをしても、おかしくはない…
私は目の前の米倉好子を見て、そんなことを考えた。
いや、
米倉好子に会うと、いつも考えることだ…
おそらくは、好子自身、私と同じようなことを考えているだろう。
なぜなら、人間の考えは大差ない…
誰しも似たような考えをするものだ(笑)…
「…高見さん…なにを考えているの?…」
好子が笑みを浮かべながら、私に訊く。
私はどう答えようと、返事を考えていると、目の前の米倉好子が、緊張していることがわかった…
わずかだが、顔から血の気が引き、緊張した様子だった。
…これは、どうして?…
私は考える。
「…高見さん…」
「…ハイ…」
「…いっしょに、来て頂けるかしら?…」
「…どこへですか?…」
「…米倉の家へ…」
好子が言う。
「…せっかくですが…」
私は、断った。
今、すでに会社を退社したので、夕方の5時を過ぎている…
これから、米倉の家に行くには、遅すぎる…
「…でしょうね…」
好子が言った。
私は、好子を見る。
私が断るのを、承知していながら、なぜ、そんなことを言うのか?
考えた。
そして、気付いた。
好子の顔が、蒼白とまでは、いわないが、緊張している事実に、あらためて、気付いたのだ…
「…お急ぎですか?…」
思わず、そんな言葉を好子にかけてしまった…
我ながら、迂闊というか…
トロいというか(笑)?
相手に格好の口実を与えるようなものだ…
この場合はこれから私と話す口実を与えるようなものだ…
「…ええ…」
好子は、短く頷いた。
私は、一瞬、悩んだが、
「…それは、もしかしたら、水野さんに関する…」
と、口に出した。
眼前の米倉好子と、あの水野の不倫騒動を思い出したのだ…
おそらくは、私の読みでは、あの不倫騒動の真相は、単純に、水野と米倉の合併について、なんらかの相談をしたに過ぎないと思っている。
好子は、以前、私に、正造を追い出すために、水野に味方になってもらうためと、説明したが、それも怪しい…
ずばり、今ではウソだと思っている。
それを、好子の腹違いの兄の正造が、深窓のご令嬢の不倫というタイトルで、マスコミにリークした。
水野と米倉の合併を潰すためだ…
米倉と水野が合併することで、自分の居場所がなくなることを恐れた正造が、意図的にマスコミにリークして、合併劇を潰そうと画策した…
それが、真相だと、私は、喝破した…
それとも、
好子は、その事実をマスコミにリークした正造のことで、私になにか、相談というか、話したいことがあるのかもしれない…
だから、今度は、
「…お兄さまのことでしょうか?…」
と、付け加えた。
目の前の好子は、
「…」
と、黙って頷いた。
これで、私は、好子が米倉正造のことで、なにか、私に話しに来たと、思った。
ところが、好子の答えは違った…
「…水野と兄の両方…いえ、両方ではないわ…」
「…両方ではない?…」
…両方ではないというならば、一体、誰のことか?…
「…父の…平造のことで、話したいの…」
好子が言った。
…米倉平造?…
意外な人物の名前だった…
いや、
意外な人物ではない…
おそらくは、今度の騒動の中心は、米倉平造に他ならない…
米倉財閥当主、米倉平造に他ならない…
なにより、平造こそ、米倉と水野の合併を仕掛けた張本人…
米倉家の裏切り者は、米倉平造に他ならない…
米倉正造が、私に最初会った時に言った、米倉の裏切り者を探してくれと言ったのは、正造の立場から見れば、ウソ偽りのない、言葉だった…
米倉を水野と合併すること自体が、米倉に対する裏切りに他ならない…
だから、正造の立場でいえば、父の平造こそ、米倉家の裏切り者に他ならない…
そう考えれば、あながち米倉正造の言葉も間違っていない…
ウソではない…
誰が裏切り者かは、それぞれの立場からの見方に過ぎない…
だから、何度も言うように、米倉正造の言葉はウソではない…
私は思った。
「…父を…米倉家最大の裏切り者を…」
好子が言った。
「…米倉家最大の裏切り者?…」
思わず、口に出して、好子の言葉をオウムのように、繰り返した。
…米倉家最大の裏切り者とは?…
それではまるで、この眼前の米倉好子もまた、腹違いの兄の正造と立場を同じにするようではないか?
私は考える。
私は黙って、好子を見た。
「…好子さん…緊張していますね?…」
私は言った。
いや、
言わずには、いられなかった…
それほど、好子の顔は緊張していた。
好子の美貌が、蒼ざめていた。
私は、
「…どこか、近くの店で…」
と、好子に提案する。
この時刻で、あの米倉の豪邸に行くのは、勘弁して欲しい…
しかし、かといって、このまま、米倉好子を、あの豪邸に帰すわけにはいかない…
なぜなら、わざわざ私を待っていてくれたからだ…
あんな豪邸に住む、お金持ちのお嬢様が、私のような庶民を、待ち伏せしてくれたのは、やはり、有難いことだった…
そう考えると、無下には、できなかった…
「…わかったわ…」
好子が私の提案に、同意した。
「…それでは…」
私は言って、どこか、店を探した。
私の勤務する金崎実業は、駅前の雑居ビルの一つ…
だから、当然のことながら、店を探すのは、困難ではない…
むしろ、簡単だ(笑)…
しかしながら、私が米倉好子と、深刻な話をしているところを誰かに見られるのは?
と思うと、考える。
店探しが、一挙に難しくなる…
私、高見ちづるもそうだが、なにより、米倉好子にとって、困るのではないか?
先日、水野との婚約の噂があったばかりだ…
…水野との婚約?…
私は今さらながら、そのことを思い出した。
米倉と水野の合併…
そして、なにより、水野の御曹司が、
「…グッバイ…」
と、言って、私の前から消えた。
それが、私の心の傷となり、他のことは考えられなかった…
冷静に考えてみれば、好子と水野の婚約は、本当のことなのか?
水野と、米倉の合併は、本当のことなのか?
米倉正造の立場は、どうなったのか?
聞きたいことが山ほどある。
テレビや雑誌、あるいは、ネットで、検索すれば、米倉と水野の合併話は山ほど出てくるが、当事者の声が思ったよりも少ない…
っていうか、私は、当事者である、米倉家の人間も、また水野の御曹司も知っている。
だから、そんな情報に頼ることなく、当事者の声を聞きたい…
それが、なにより、信じられるからだ…
しかし、そんなことを、衆人環視の駅前の店の中で、していいものか?
悩む。
考える。
私が、そんな悩みを抱えていると、
「…私は高見さんと、話ができれば、どこでもいいわ…」
と、私の内心を見透かすように、好子が声をかけた。
私は決断する。
「…それでは…」
私は好子の腕を取って歩き出した。
私がいきなり、好子さんの腕を取ったものだから、当然のことながら、好子は、驚いた。
私も学生時代なら、いざしらず、33歳にもなって、昔からの友人でも、腕を取ったりしない…
しかしながら、今、眼前に現れた、米倉好子は、そうでもしないと、この場で、倒れてしまうかもしれない…
そう私に思わせるほど、緊張もさることながら、疲れている感じだった…
だからというか、つい好子の腕を取って、私の腕に絡ませた…
自分の行動に、自分でも驚いた。
「…高見さん…」
好子が口を出す。
「…たまにはいいでしょう…私も学生時代に返ったみたいで…」
私の言葉に、
「…いいえ…」
と、好子が否定する。
「…私と高見さんが、腕を組んで歩けば、友人ではなく、姉妹よ…」
好子が断言する。
私は好子の言葉に驚いたが、すぐに納得する。
それほど、私と米倉好子は似ている…
身長もさることながら、全体のイメージが似ているのだ…
顔のパーツ一つ一つを見れば、決して似ているわけではない…
「…では、行きましょう…美人の妹さん…」
私は言って、そのまま、腕を組んで歩き出した…




