恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 5
「…いっしょに、恋をする相手?…」
私は米倉が言った言葉を繰り返す。
「…ハイ…別の言い方をすれば、いっしょに、遊ぶ相手です…」
「…遊ぶ相手?…」
「…恋愛は非日常…つまり、日常の延長ではありません…例えば、休日に、真っ赤なフェラーリのスポーツカーに乗って、ドライブに行く…それと同じです…」
「…」
「…変な話…例えば、今日これから、高見さんとラブホに行く…これは、初めての体験だから、日常ではありません…非日常です…
ですが、それが毎日、あるいは週末に会って必ずラブホに行くとなると、ルーティンというか、日常の一コマになってしまう…」
「…うまい説明ですね…」
私は言った。
確かにうまい説明だと思う。
恋愛は非日常…日常ではない…
それまでの毎日とは、違って、ときめくから、楽しい…
よく、いつも恋してますという言葉を口にする女優がいるが、それはありえない…
いつも誰かを好きになることは、ありえない…
単純に、その女優はそれをウリにしているだけ…
誰もが、異性にときめくのは、最初だけ…
どんなに美人でも、イケメンでも、何度も会えば、それが日常になり、当初のときめきはなくなる…
それが、普通だ…
私は考える。
「…ということは…」
私は言った。
「…私は遊び相手…結婚相手ではないとおっしゃるんですか?…」
私の言葉に、米倉は、
「…」
と、絶句する。
一瞬、言葉に詰まった。
米倉の真っ白な顔が赤く紅潮した。
「…それは考えませんでした…」
米倉が、私に頭を下げる。
「…申し訳ありません…遊ぶと言ったのは、あくまで例えです…その方が、この見合いも軽いものだと考えて、もらえると思ったので…」
「…軽いもの?…」
「…ハイ…そうです…変に、この見合いを重く見られても困ります…私の両親も、高見さんの両親も、この席に招かなかったのは、そのためです…」
米倉が深刻な表情でいう。
「…どういうことですか?…」
「…この見合いは隠れ蓑に過ぎないということです…」
「…隠れ蓑?…」
あまりに、意外な米倉の言葉だった。
「…私が溝口さんにお願いしたのは、口が堅く、能力があり、こちらが、お願いすることを理解する頭の良さを持つ女性を紹介して欲しいと言ったんです…それが、なぜかお見合いという形になってしまって…」
…なるほど…そういうことか?…
私、高見ちづるは、33歳…
自分でいうのも、なんだが、若い二十歳の娘から比べると、落ち着いて見える。
なにより、年齢を考慮に入れずとも、私は、子供の頃から、他人から見ると、落ち着いて見えるらしい…
この米倉は、なにか困ったことがあって、それが、できる女を探していた…
それが、実際のところだろう…
ただおおっぴらに、それを公表することができない…
だから、お見合いという形で、相手の女を探したといったところか?
その眼鏡に、私、高見ちづるが叶ったといったところか?
そこまで、考えると、なんだか、肩の力がスーッと抜けてきた…
自分でも、初めてのお見合いで、最近感じたことのない緊張を感じていた。
その緊張が、一気にほぐれた。
「…では、あらためて、伺いましょう…」
私は言った。
「…ハイ…わかりました…」
眼前の米倉は説明を始めた。
米倉は、中小企業の御曹司…
溝口の会社の取引先の一つの会社の御曹司だ…
米倉自身、自分の会社を継ぐ気はあるが、会社がゴタゴタしている…
というのは、色々経理上の不正があり、数字が合わなくなっている…
「…数字が合わなくなっている?…」
「…そうです…」
「…ということは、誰かが不正をしている…」
「…その通りです…」
米倉が言う。
「…それで、不正をしている人物に心当たりがあるんですか?…」
「…ハイ…」
「…それは、どなたですか?…」
「…ボクの身内です…」
「…身内? お兄さんや弟とか…」
「…ええ…実際には、姉や姉の夫…そして妹や、弟…です…」
「…そうですか…」
私は言いながら、よくあることだと思った。
一族で、会社を経営している。
だが、実際に一族と言っても、すでに子供は成人…
結婚している子供も当然いるし、それぞれが実家を出て、家庭を持っている可能性も高い…
すると当然、自分の家庭が優先…
いっしょに暮らしていた家族の頃とは違う…
自分の家庭で、金が必要になり、その中には、会社の金を盗むものもいるだろう…
私は考える。
「…それで、一体私になにを…」
「…高見さんに、ボクの恋人として、家族に紹介したいのです…」
「…恋人として?…」
あまりにも、以外な言葉だった。
「…そして、家族の一員として、誰が不正に手を染めているか、探ってもらいたいのです…」
…そういうことか?…
私は思った。
…これが、本当の狙いか?…
いっしょに、恋をする相手といったのは、こういう意味だったのか?
たしかに、恋人を装うということは、恋をする相手ということになる…
…うまいことを言う…
…実にうまいキャッチフレーズだ…
…いっしょに、恋をしましょう…
というが、その実体は恋人を装って、米倉の家庭に入り、会社の金を横領した犯人探し…
なんというか、推理小説を地でいっている(笑)…
バカバカしい!…
「…お断りします…」
私は即座に言った。
「…断る?…」
「…ハイ…推理小説ではないので、そういう趣味はありません…」
「…たしかに、それは当然です…高見さんは、ボクの友人でもないし、高見さんが、断るのは、当たり前です…」
米倉が言う。
「…ですが?…」
「…ですが、なんでしょうか?…」
「…これは、お見合いも兼ねているんです…」
「…お見合いも兼ねている? …どういうことですか?…」
「…高見さんと、恋人のフリをして、我が家に来てもらって、過ごす…つまり、事実上、付き合っているわけです…」
…たしかに、米倉の言うことはわかる…
「…さっき、いっしょに恋をする相手は、別な言い方をすれば、いっしょに遊ぶ相手だと、ボクは言いました…」
「…」
「…恋をするということは、いっしょに過ごすわけだから、いっしょに遊ぶということです…ですから、遊びの感覚で、この依頼を受けてもらいたいんです…」
米倉が言う。
私は、
「…」
と、答えなかった。
米倉の言うことはわかるが、なにも、私が、米倉の会社の不正を暴く手伝いをする必要はない…
また、その義理もない…
米倉は今日会ったばかりの初対面の男…
それに、見合いは、溝口の顔を立てる形で、受けたが、今、米倉の依頼を断ることで、溝口の顔を潰すことには、ならないだろう。
溝口に頼まれたのは、あくまで、今日の見合いだけだ…
私は頭の中で、そんなことを考えた。
すると、眼前の米倉は、意外なことを口にした。
「…高見さん?…」
「…ハイ…なんでしょうか?…」
「…初対面で、こんなことを訊くのは、失礼なのかもしれませんが、高見さんは、毎日が楽しいですか?…」
私は、米倉がなにを言いたいのか、わからなかったので、
「…」
と、黙っていた。
「…ボクは、退屈です…」
「…退屈? …どうしてですか?…」
「…毎日が同じことの繰り返しだと思って、些か退屈していたというのが、正直なところです…ですから、今回、会社の不正を見つけて、不謹慎ですが、ワクワクしているというのが、正直なところです…」
「…ワクワクしている?…」
「…だって、自分が探偵になった気分じゃないですか?…」
そう言って、米倉は笑った。
その顔は、まるで、子供が無邪気に笑う姿に似て、正直、ドキッとした。
なにより、最近、眼前の米倉のようなハンサムな男と付き合ったことがなかった…
付き合ったといえば、男女の関係に聞こえるが、そうではなく、もう何年も自分の周りに、米倉のようなイケメンがいないことに、今さらながら、気付いた。
「…実は、この見合いも、同じです…」
「…同じ…」
「…要するに、非日常です…ボクも見合いをするのは、今日が初めてです…どんな女性がやって来るのだろうと、考えて、ワクワクしました…あえて、溝口さんには、写真も見せてもらわなかったんです…その方が、初対面で、どんな女性がやって来るのかと思って、楽しいです…溝口さんは、小柄だけど、美人だよと、言ってました…ボクは、それを訊いて、どんなタイプの美人だろうと、想像を巡らせました…そして、今、高見さんと会いました…」
「…」
「…毎日が同じ日々の繰り返しでは、面白くないといったのは、そういう意味です…ボクは、今、毎日がドキドキして、楽しいです…いわゆる、それまでの毎日とは、違う日々を送っているからです…だから、失礼ながら、高見さんは、毎日が、楽しいですかと、お聞きしたんです…」
米倉が、私になぜ、毎日が楽しいかと尋ねた意図を説明する。
私は、米倉の意図を悟り、しばし、考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「…私は、毎日が楽しいかといえば、米倉さんと同じく、退屈です…毎日が、とりたてて、変化のない毎日…ですが、それも感謝なければいけないと思っています…」
「…感謝しなければいけない? どうしてですか?…」
「…だって、世の中には、会社をリストラされたり…私と同じ世代では、就職できなかったりする友人もいました…就職氷河期だったので…そういう人たちから、比べれば、自分は、恵まれています…この歳で、まだ結婚もしていませんが、こういってはなんですが、私よりも、生活が大変な人間は、大勢います…それと比べれば…」
「…たしかに、高見さんのおっしゃることは、わかります…」
米倉は私の言葉に同意する。
「…でも、やはり、高見さんは、ボクと同じで、毎日が退屈なんですね?…」
「…それは…あります…」
「…でしたら、ボクといっしょに、遊んでみませんか?…」
「…遊ぶ?…」
「…そうです…ボクと恋人のフリをして、いっしょに探偵ごっこを楽しみませんか?…」
私は、米倉の説得に、
「…随分、うまいことをおっしゃるんですね…説得力が、おありです…その調子で、いつも女を口説くんですか?…」
と、皮肉を言った。
米倉の顔が一瞬、凍り付いた…
図星だったのだろう…
「…これは、手厳しい…」
一瞬、間を置いて、米倉が苦笑いを浮かべながら、言った。
「…まさか、そういうふうに言われるとは、思わなかった…」
米倉が苦笑する。
「…たしかに、女性を口説いたことがないとは言いません…この歳です…ですが、それと結びつけられるとは、思いませんでした…」
米倉が苦笑しながら、続ける。
「…ボクは、日常が退屈でした…」
私は、米倉がなにを言い出すのか、わからないので、
「…」
と、黙っていた。
「…だから、今も言ったように、不謹慎ながら、今が楽しいです…女性を口説くのも、若い頃は、楽しい時期もありました…ですが、それが、日常になると、毎日の一コマになってしまいます…それに…」
米倉は、一呼吸置いた。
「…それに、なんでしょうか?…」
「…それに、こう言っては、身も蓋もありませんが、男にしろ、女にしろ、誰もが、ときめく異性に出会うことは、滅多にありません…もちろん、男女とも、ルックスがすべてではありませんが、いっしょにいて楽しいと思うような異性に出会うことは、誰もが少ないでしょう…」
「…たしかに…」
私は米倉の言葉に同意した。
たしかに、誰もが、コレと思うような異性に巡り合うことは、滅多にない…
私、高見ちづるがこの歳まで、結婚しない理由はソレ…
ソレに他ならない…
「…今すぐにとは、言いません…お気が変わったなら、この名刺の電話番号に、電話を下さい…」
米倉は言う。
私は、目の前に置かれた、大光商事と、書かれた米倉の名刺の電話番号を見た。
「…さあ、この話は、コレで終わりにしましょう…高見さん、ご飯を食べましょう…」
米倉が一転して、陽気に変わった。
「…高見さんは、なにが好きですか?…」
米倉が愛想よく私に訊く。
「…米倉さんにお任せします…」
「…コレは、困ったな…初対面だから、高見さんがなにを好きなのか、ボクにはわからない…」
「…冗談です…」
「…冗談?…」
「…そう…冗談です…この歳になって、初対面の男の人に、メニューをお任せしますなんて、いう女はいないでしょう…お見合いにふさわしく、初めて男の人とデートする、女子高生のように、お任せしますと、言って見たかったんです…」
私の言葉に、米倉が目を丸くした。
しばらくして、言った。
「…以外でした?…」
「…以外?…なにが以外だったんです?…」
「…高見さんが、そんな冗談を言うとは思わなかった…高見さんは、もっと、硬いイメージがあったんで…」
「…そうですか…」
私は、わざとツンと澄まして言った…
それから、
「…プッ…」
と、吹き出した。
すると、意外なことに、米倉もまた、同じタイミングで、
「…プッ…」
と、吹き出した。
私と米倉は、同時に顔を見て、笑う。
「…笑いのツボがいっしょです…これは、二人とも案外気が合うかもしれませんね…」
米倉が言う。
私は、米倉の言葉を肯定しようか、否定しようか考えたが、結局、
「…」
と、黙っていた。
肯定すれば、米倉の提案を受けることになりはしないかと考えたのだ…
我ながら、考え過ぎかもしれないが、用心するに越したことはない…
それに気付いたのか、米倉が、
「…高見さん…さっきの提案はさっきの提案…それを蒸し返すつもりはありません…気楽に行こうじゃありませんか?…」
と、声をかけたので、私もホッとしたというか、肩の力がスーッと抜けた。
それから、私たち二人は、とりとめのない世間話に終始した。
二人とも、個室だったので、周囲の目を気にすることなく、話せた。
これは、私たちが歳を取ってるから、できること…
初対面の、高校生同士が、気楽に話せることはありえない…
大人になったから、できること…
別の言葉でいえば、些か羞恥心がなくなってきたからできるのかもしれない…
私は考える。
若い頃は、誰もが、初対面の相手に緊張する。
あるいは、初対面の人間でも、気安く話せる人間は、男女とも一定数はいるが、それは稀…ごく一部の例外に過ぎない…
それが、歳を取ると、大半が誰もが普通に初対面の人間と、世間話ができるようになる…
それが、歳を取るということ…
そこまで、考えて、いかに自分が歳を取ったのかと、感じた…
それを思うと、落ち込んだ…
そんな私の態度に気付いたのだろう…
「…どうしました?…」
と、米倉が声をかけた。
私は一瞬、悩んだが、
「…初対面の米倉さんと、こうして、とりとめのない会話ができる歳になったと思ったら…自分が歳だと感じて…」
と、正直に打ち明けた。
「…どういう意味ですか?…」
「…だって…私も米倉さんも、二十歳若かったら、こうして、初対面で、気安く打ち解けて話すことはできないでしょう…」
私の言葉に、しばし米倉は考え込んでから、
「…たしかに、その通りです…」
と、同意した。
「…でも、歳を取ることは決して、悪いことばかりじゃありません…」
「…それは、どういう意味ですか?…」
「…現に、今こうして、高見さんと、話している…これが二十年前なら、キレイな女のコがいるなと、思っても、遠くから、ジッと見てるだけで、声をかけられなかった…」
私は米倉の言葉に驚いた。
「…うまいことをおっしゃるんですね…」
と、言うのが精一杯だった…
「…いえ、事実です…」
私はどう言っていいか、わからないので、
「…」
と、黙っていた。
「…ですが、これは、高見さんだけじゃありません…」
米倉がニヤリと笑った。
「…子供の頃、好きだった女のコも含めて、全部です…この歳になって、あの時、告白していれば、人生が変わっていたかもという妄想を時々します…独身の中年男の哀しい性ですね…」
米倉がそう言って、笑った。
私を楽しませると、同時に、真実もまた含まれているのだろう…
その笑いは、寂しそうだった。
「…たしかに…」
私も、米倉の言葉に同意する。
その気持ちは、私にもよくわかった…
結局、その日は、二人で、食事をしただけで、別れた。
探偵ごっこの話は、二度と話題に上らなかった…
私に気を使ってるのは、明らかだった…
そして、悩んだ挙句、数日後、米倉の希望通り、探偵ごっこに参加する電話を米倉にかけた。




