恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 4
…遊んでやれ、か?…
私は指定された、店に行き、予約された部屋に通された。
店は、ミシュラン・ガイドに載るような有名店…
これは、予定通り…
はずしてない…
なにに、はずしてないかと問われれば、お見合いの場に他ならない…
お見合いという厳粛な場が、場末の店では、ありえない…
やはり、それなりに、格式の高い店ということになる。
ゆえに、はずしてないと思ったのだ…
いや、
もしかしたら、相手も、そのことはあらかじめ、織り込み済みなのかもしれない…
聞いただけで、あるいは、一見しただけで、なにこれ? と、顔をしかめるような店ならば、誰もが、店に入ることなく、踵を返して、帰ってしまうかもしれないと、思ったのかもしれない…
なにしろ、中村君が言うには、相手の方は、四十代の男…
それぐらいのことは、考えるだろう…
私は、会社に通勤するような服と、いわれたが、やはり、そういうわけにはいかないので、とりあえず、黒を基調としたシックな装いで、相手を待った。
実は、私自身、家を出るとき、鏡を見て、我ながら、似合っていると思った。
と、同時に、哀しくなった…
なぜなら、黒を基調とした服が、似合うのは、自分が歳を取ったからだと、気付いたからだ…
二十歳の成人式を迎えるような、女のコに、黒は似合わない…
若い女のコには、派手な色が似合っている…
これは、和服、洋服を問わず、若さが派手な色とマッチするからだ…
実際は、やはり、派手な色の服は、地味な雰囲気の女のコには、似合わない面もある。
しかしながら、歳をとっては、派手な色の服は、誰にも似合わない…
そんな服を着れば、派手なオバサンと世間で、後ろ指を指されるだけだ(笑)…
私は考える。
同時に、なんだか、自分がこれから、お見合いをするんだ、ということが、我ながら、おかしかった…
自分では、普段、恋愛に興味がないと、周囲に公言し、自分自身、そう信じ込んでいたが、それが、一転、おめかしをして、相手の男を待っている…
そんな自分がなんだか、おかしかった…
同時に、歳を取り過ぎたとも思った。
33にもなる女が、こうして、男を待っている…
それが、現実だが、ならば、その現実が起きないために、手を打つべきではなかったか?
もっと、若い二十代のときに、手を打つべきだったのではないか?
考える。
自分は恋愛には、不向き…
それは、子供時分から、なんとなくわかっていた…
私は自分でいうのも、なんだが、小柄だが、ルックスが良いので、物心つく頃からは、いつも男のコにモテていた…
同じクラスの男のコから、コクられたことは、数え切れない…
だが、誰とも付き合わなかった…
お高くとまっていると、陰口を叩かれたことは一度や二度ではない…
だから、周囲には、いつも、
「…私が、特定の誰かと付き合うと、悲しむ男のコがいるし、それに、自分以外の男を選んだことで、私がそのコから逆恨みされでもしたら困るし…」
と、言い訳した。
それを信じたかどうかわからないが、周囲の人間は、皆、高見は、男と付き合うことに、興味がないんだと、思った。
現実に、誰とも、付き合わなかったからだ…
しかし、本当は、何度も言うように、心が動かなかっただけだ…
恋をしたい!
そんなことを、考えなかったわけではない…
しかし、どうしても、心が動かなかった…
とりわけ、若い頃は、私のカラダ狙いといっては、身も蓋もないが、ルックス狙いと、私は思ったのだ…
ルックスがいいから、男のコにモテる…
しかし、当の私は、それ以外の私の部分を見てもらいたかった…
これは、私に限らず、世の中で、美人といわれる女性ならば、誰もが一度はする悩み…
贅沢な悩みだが、当人にとっては、深刻な悩みだった…
美人ならば、誰もが、若い頃は、この悩みで、悩むらしい(笑)…
今思えば、若さゆえの、悩み…
若いから、そんな小さなことを、さも大きなことのように錯覚して、悩む…
そんなことは、どうでもいいことだ…
なぜなら、自分は、顔以外は取り柄がない人間…
顔だけでも、周囲から褒めてもらえば、御の字だ…
最近、ようやく、そんな心境になった…
それも、30を過ぎて、それに気付いた…
我ながら、遅すぎる(笑)…
だが、それもあって、恋愛に臆病になったのかもしれない…
いずれにしろ、心が動かなかった事実は変わらなかった…
ゆえに、今、こうして、お見合いの席で、相手を待っている。
「…高見…さん?…」
私が考え込んでいると、近くで、声がした。
「…ハイ…」
私は反射的に答えて、同時に声のする方向を向いた。
一時も早く、どんな相手か見たかった。
そこにいた顔は、思いがけず、ハンサムだった…
イケメンだった…
背は決して高くない…
身長は170㎝ぐらい…
ただ見るからに爽やかで、昔でいえば、青春映画の主人公がふさわしいような男…
以外といえば、以外…
あまりにも以外だった。
見合いというのに、自分の名も名乗らず、写真も見せない…
ある意味、強引というか、無礼極まりない態度を取る相手が、どんな男か見たかった…
溝口の言葉から、良家の子息ということは、わかったが、顔を見せないものだから、てっきり、顔に自信がない男だと思い込んでいた…
それが…
歳は40代であることは、わかるが、総じて、色が白く、爽やかで、品がいい…
良家の子息であることが、一目でわかる…
一目でわかる?
これは、ある意味、以外…
想定外だった…
というのは、外見と中身は一致しないのが、普通というか、一般的…
金持ちの子息が、金持ちらしく、見られることは稀…
これは、頭のイイ人間が、一目で頭がイイと思われることが稀であることと同じ…
わかりやすい事例でいえば、毎年テレビで、放送される、東大の入学式、あるいは卒業式の映像を見れば、わかりやすい…
そこに映るのは、どこにでもいる若い男女…
一目見て、この国で、一番頭脳が優秀な人間の集まりであることは、まったくわからない(笑)…
つまり、それほど、外見では、なにもわからないということだ…
私が、そう思って、相手の男を見ていると、
「…どうしました? ボクの顔になにか付いてますか?…」
と、相手が聞いてきた。
私は、
「…いえ…」
と、短く答える。
「…高見ちづるさんですよね?…」
「…ハイ…」
「…では、ボクが今日のアナタのお見合い相手です…」
男が、照れ隠しのような笑みを浮かべながら言う。
自分でも、自分の口から、自分が見合い相手であることを告げるのが、気恥ずかしいのか?
あるいは、滑稽だと思ったのか?
私は考える。
と、同時に、男もまた、
「…自分で自分を見合い相手と自己紹介するのは、なんだか、間抜けな感じがしますね…」
と、私の心を読んだが如く、説明する。
「…まさに顔から火が出る思いですよ…」
言いながら、男は、私の前の席に座った。
「…米倉です…米倉正造…」
眼前の男は、名刺を私に差し出した。
「…正造なんて、古臭い名前でしょ? 爺さんが付けたらしいんですが、実にセンスのない名前です…」
が、
私は、眼前の男の話を訊いていなかった…
…米倉?…
受け取った名刺を見ながら、考える。
名刺には、大光商事、課長…
どこにでもある会社…
どこにでもある、肩書…
これの一体、どこが御曹司なのだろう?…
私が悩む姿が、わかったのだろう…
「…期待はずれですか?…」
まるで、からかうように声をかけてきた。
「…いえ…」
とっさに、そう答えたが、その通りだった…
溝口が、あれほど煽るというか、大げさにいうものだから、どこの御曹司がやって来るのかと思っていた。
ところが、目の前に現れた男は、ハンサムだが、どこの馬の骨とも、わからぬ男…
ジャケットを羽織り、見るからに、金持ちのボンボンといった雰囲気があるが、それだけ…
もらった名刺を見る限り、どこの馬の骨ともわからない男…
高見ちづる、一世一代の失態…
ふいに、そんな言葉が、脳裏に浮かんだ…
33にもなった女が、取引先の部長の口車に乗って、喜び勇んで、見合いの席にやって来ると、この結果…
憐れと言うか、自分が情けなかった…
金持ちの肩書につられて、やって来たのが、この結果なのだ…
ダボハゼのように、相手の口車に乗った結果がこれだった…
我ながら、自分のバカさ加減に呆れる。
さきほど、目の前の米倉が言ったように、まさに、顔から火が出るほど、恥ずかしかった…
「…消沈してますね?…」
米倉が、からかうように言った。
「…いえ…」
私は答える。
しかし、それは形だけ…
形式だけだ…
本当は、誰の目にも落ち込んで見えるのは、明らかだった…
確かに、目の前に現れた男は、予想外のハンサム…
イケメンだった…
これは、嬉しい…
しかし、その正体というか、身元は、私が聞いたことのない会社の課長だった…
溝口が、あれほど煽るというか、大げさにいうものだから、私もつい期待したというか…
相手の正体を、想像した…
しかし、その正体は、無名の会社の課長…
期待外れと言うか…
意気消沈だった…
これは、ちょうど、例えば、ホストクラブで、学歴や家柄の良いホストが自分の席に着いたのと、真逆…
要するに、相手の家柄や肩書を当てにして、この席にやって来たのに、現れたのは、ハンサムなイケメン…
イケメンなのは、嬉しいが、今、望んでいるのは、顔じゃない!
肩書や家柄だ!
だから、ホストクラブで、イケメンを期待して、東大卒のさえない男が来たら、これもガッカリ…
要するに、なにに期待するかだ…
金持ちを望んでいるのに、ハンサムがやって来たら、今欲しいのは、これじゃない! と叫びたい心境だった…
「…高見さんは、正直ですね…」
以外な言葉だった…
「…正直ですか?…」
「…そうです…ボクの名刺を見て、落胆した…それを隠さない…」
「…」
「…少し安心しました…」
私は目の前の米倉の言う意味がわからなかった…
「…少し安心したというのは、どういう意味ですか?…」
「…この名刺の肩書きを見て、落胆しないというのは、ウソでしょう…ですから、それを態度に出すかどうか、見たかったのです…」
目の前の米倉が言う。
それから、またもう一枚、別の名刺を懐から出した。
私はそれを受け取る。
…そこには、四菱商事、部長代行の肩書があった…
私は呆気に取られた。
目の前の米倉がニコニコと楽しそうに笑っている。
「…これは、一体どういうことですか?…」
「…アナタの反応を試したんです?…」
「…私の反応を試した?…」
「…そう…だから、最初は、無名の会社の肩書…そして、今度は、誰にでも知られた会社の肩書を出した…」
私は呆気に取られて、今受け取った有名会社の名刺と、目の前の米倉を交互に見比べた。
「…これが、本当の肩書…」
私が、考えながら、言うと、米倉が、また、楽しそうに、首を横に振った。
「…いえ、名刺ならば、他にも…」
言いながら、さらに数枚の名刺を私の前に出して見せた。
私は驚いた。
と、同時に、この目の前の米倉と名乗った男は、なにをしたいのだろうと、考えた。
まるで、子供が、手品を見せるように、私の反応を楽しんでいるのが、わかったからだ…
「…どれが、いいですか?…」
笑いながら、私に訊く。
私は随分子供じみた真似をなさるんですね? と、言いたかった…が、それを口にするのも、憚れた…
あまりにも、当たり前すぎるからだ…
遊んでやれ!
とっさに、そう思った。
私は、
「…そうですね…」
と、言いながら、目の前に出された名刺をざっと見た…
四井物産、目立、西芝、日本を代表する大企業の名刺が、幾枚もある。
私は、
「…日本国総理大臣の肩書はないんですね?…」
と、米倉に問いかけた。
すると、一瞬、目の前の米倉の表情が、硬くなったというか、凍りついた。
どういっていいか、わからなかったのだろう…
私もまた、相手がどういう反応をするのか、見たかった。
「…これは、今度またお会いするときまでに、用意しなければいけませんね…」
米倉が、そう言って笑った。
「…今度、官邸に行って、安倍総理から、名刺をもらって、安倍晋三の名前を修正液で、消して、その上に、米倉正造と書いて、高見さんにお渡しします…」
「…ハイ…お待ちしています…」
私は笑った。
実に可笑しかった…
愉快だった…
どういう反応が返ってくるか、知りたかったが、まさか官邸という言葉が出るとは思わなかった…
子供じみた真似をしたが、相手がどういう反応をするのか、興味があった。
「…面白いひとだ…」
米倉が心底感心したように言った。
「…面白いひと?…」
「…ハイ…」
「…なにが面白いの?…」
「…反応ですよ…」
「…反応?…」
「…ボクが、さまざまな名刺を出す…どれも偽の肩書です…それを見て、ふざけないで! と、怒るのは、誰にでもできる…だから、アナタがどう反応するか、知りたかった…」
「…」
「…溝口さんは、アナタが大人の女だと言った…」
「…大人の女?…」
「…そうです…芯が強く、滅多なことで、音を上げない…なにより、機転が利いて、ユーモアがある…」
「…買い被り過ぎです…」
「…いえ、買い被りじゃありません…」
「…だったら、米倉さんの周りに、そのような女性がいらっしゃらないだけです…」
「…それはあるかもしれない…」
米倉が一瞬考えて、口にした。
「…誰もが、自分の周りの人間と比較する…例えば…」
「…例えば、なんですか?…」
「…高見さんは美人ですね…」
私は、米倉がなにを言いたいのか、わからなかったので、
「…」
と、黙っていた。
「…そのとき、ボクの頭の中で、真っ先になにを考えるか、わかりますか?…」
「…いえ…」
「…まず、これまでボクが人生の中で、出会った美人を真っ先に思い浮かべます…これは反射的といってもいい…これまで、出会った、さまざまな美人の女性を頭に浮かべて、その中から、高見さんに似た美人の女性を思い浮かべます…それが…」
「…比較するということなんですね…」
私は、米倉が言わんとすることを、先に言った…
「…その通りです…」
米倉がホッとしたように呟く。
「…高見さん…アナタは頭の良い女性だ…」
私は、どう答えていいものか、わからなかったので、
「…」
と、黙っていた。
「…でも、一つだけ文句を言わせてもらえれば、比較するという言葉をボクの口から言わせてもらいたかった…あえて言えば、そういう気配りが欲しかった…この点は残念です…」
米倉が私を正面から、見て言う。
「…もっとも、その点もまた、最初から、見抜いていた可能性も大ですね…」
米倉が笑う。
「…見抜いていた? …どう見抜いていたんですか?…」
「…この見合いが、破談になっても、構わないと最初から、思って、行動している…違いますか?…」
「…」
「…最初から、見合いを成功させたければ、相手を最後まで立てることが大切なのは、わかっているはずです…それをしないのは、見合いがどうなってもいいにほかなりません…」
私は、その通りなので、
「…」
と、黙った。
「…もっとも、それが、普通です…初対面で、どこの馬の骨ともわからぬ男が、まるで、トランプのように、何枚もの名刺を目の前に差し出す…そんな得体の知れない男に、本気になって付き合うバカな女性はいません…」
米倉が自嘲気味に笑う。
「…ですが、それを我慢して、ボクに付き合ってもらったのは、ありがたい…合格です…」
「…合格? …なにに合格ですか?…」
「…いっしょに、恋をする相手に、です…」
米倉が思いがけないことを、口にした。
…いっしょに、恋をする相手に合格って…
わけがわからなかった…
私は、眼前のまるで、昔の青春映画から抜け出したような爽やかな米倉の顔を正面に見据えながら、なにか、とんでもないことが始まる予感がした。




