恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 3
…見合いの日取りの連絡…
それは、案外、あっけないものだった…
会社で、溝口から、私に電話があったのだ…
挨拶もそこそこに、本題に入った。
「…高見さん…肩肘張って、会うのもどうなのかと思って…」
電話の向こうで、溝口が言う。
…肩肘張って、会うのもどうかとは、どういう意味なのか?…
私が、その言葉の意味を考え込んでいると、
「…二人きりで、会うのは、どうだろう?…」
と、溝口が提案した。
「…二人きりですか?…」
私は驚いた。
お見合いだ…
当然、私の両親もいっしょ…
お見合い相手の男性も両親が揃い、そこへ、溝口も夫人といっしょにやって来ると思っていたのだ…
私が呆気に取られて、
「…」
と、絶句していると、
「…これは、相手方の希望でもあるんだ…」
と、溝口が言う。
「…相手方の希望ですか?…」
「…そう…相手の方も肩肘張った、いかにもお見合いというのを嫌ったのと、それと…」
「…それと、なんですか?…」
「…その方が、ボクにとっても、色々と都合がいいんだ?…」
「…どういうことですか?…」
「…実は、女房が、嫌がってね…仲人というと、気が早いんだが、そういった席に不慣れでね…どうしても、嫌だというんだ…それと、そちらの亀沢課長…」
「…亀沢ですか?…」
「…亀沢課長に、今回の、高見さんのお見合いの件、なにも話していないだろ…それは、ボクもマズイと思うし、亀沢さんをないがしろにしたわけだから…かといって、今さら、ここまで、事が進んで、話すのも、返って…マズいんじゃと思って…」
…たしかに、溝口の言うことはわかる…
同じ会社でも、部長が直接、課長を飛ばして、平社員の私に言いつけるのは、納得がいかない…
まして、違う会社だ…
亀沢を除け者にして、話が進んだことが、亀沢にわかれば、亀沢とて、いい気はしない…
当たり前だ…
「…それで、スキルスといってはなんだが、誰にも目の付かない形で、高見さんにお見合いをして、もらうのが、ベストだと思って…」
溝口が、極端に小さな声で言う。
態度で、言えば、平身低頭とでも呼べばいいのか?
自分が、お見合いを、半ば、私に強制して、その挙句、相手の両親も、紹介者の溝口も、お見合いの席にやって来ないという。
見方によっては、これ以上、私、高見ちづるをバカにした話もない…
私としては、ホテルや、ミシュランのガイドブックに掲載されるような有名店か、どこかで、相手の方と会うと思っていた…
それが…
「…お断りします…」
という言葉が、危うく、口から出かかった…
ある意味、ここまで、コケにされては、私が、今、そう言っても、角が立たないだろう…
しかし、それを口にするのも、大人げない気がする。
…どうするか?…
私が、悩んでいると、
「…高見さん…かえすがえすも、申し訳ない…条件は、高見さんに満足できるものじゃないことはわかっている…だが、それでも、なんとか受けてもらえないものだろうか?…」
電話の向こうで、溝口が絞り出すような声で言った。
なんだか、切羽詰まったような感じだった…
ふと、電話の向こうで、姿の見えない溝口が、憐れに感じた…
溝口もまた、相手の要求に困っている感じがありありだった…
だが、それでも、溝口もまた断れない相手なのだろう…
私は、悩んだが、
「…わかりました…お受けします…」
と、答えた。
溝口を苦しめるのも、可哀そうだし、たかだか、私が見合いをするだけだ…
それに、これで、溝口に恩を売ることができる…
溝口とは、会社も違うし、接点は少ないが、たかだか、見合いをするだけで、溝口に恩を売ることができるのならば、これを取引と考えれば、十二分に私にメリットのある取引…
有利な取引だ…
私は考える。
「…ありがとう…高見さん…」
溝口が電話口で、礼を言った。
その口調は、まさにしみじみと実感がこもっている感じだった。
「…部長…」
私は言った。
「…なに? 高見さん…」
「…私がお見合いをする相手は、部長が、そんなに気を使う相手のご子息なんですか?…」
「…それは…」
「…いえ、そもそも、私がお見合いをする相手というのは、どこのどなた、なんですか?…」
私は溝口を問い詰める。
そもそも、どこの誰だか、わからない相手と見合いをすることはできない…
「…それは、済まない…高見さん…会って、相手が自分から、名乗るという条件なんだ…」
「…自分から、名乗る? …どういうことなんですか?…」
「…つまり、名前を名乗ると、自分の中身を見てもらえないと、おっしゃるんだよ…」
「…どういうことですか?…」
「…ほら…例えば、豊田なんとかいう名前なら、すぐにトヨタの一族だと、バレるじゃないか? そういうことだ…」
…ということは、有名な会社の一族?…
私は考える。
「…無論、トヨタのような大手じゃないが、高見さんが、お見合いをしても、それが、今、世間で言う、黒歴史になることはない…約束する…」
私は、
「…」
と、答えなかった。
相手が、こちらが、想定もしていなかった大物かもしれないということはわかった…
しかし、お見合いの当日まで、自分はどこの誰かと、相手に明かさないというのは、虫が良すぎる。
たしかに、トヨタの一族ならば、私にその正体がバレれば、私を含め、誰もが、結婚したがるだろう…
普通の女ならば、なおさらだ…
私、高見ちづるも例外ではない…
よほど、その男に、致命的な欠陥でもなければ、結婚するだろう…
そして、致命的な欠陥とは、この場合、ルックスではなく、性格的なこと…
ルックスは人並みでさえ、あれば問題ない…
が、性格的な欠陥は、見過ごすことができない…
つまり、トヨタの名前を常にひけらかせて、妻を罵倒したり、下に見たりすることが、常態化した場合、結婚を継続することが、困難、いや無理だからだ…
誰もが、大金持ちの息子と結婚して、一生安泰な生活を夢見る。
昨今の芸能人の女のコが、若手のIT実業家と、交際して、結婚するのが、いい例だ…
これは、男女の別なく、当たり前だと思う。
金目当てなのか、という声は当然あるが、お金がなければ、生きてゆけない…
ゆえに、お金があるに越したことはないし、あればあるほど、自分の一生は安泰だと考える。
一生、生きてゆくのに、十二分なお金があれば、あるほどいい…
だが、現実は、人生はそんなに甘いものではない…
若手のIT実業家が、十年後も、羽振りがいい生活を送れるか、大いに疑問だ…
競争が激しいIT業界で、生き残るのは、至難のワザだからだ…
真逆に、その若手のIT実業家が、十年後も、その地位を維持しているとしても、その元アイドルが、妻の座に座っていられるか、どうか、わからない…
若手のIT実業家が、世間に知られた芸能人と結婚するのは、ひとつには、自分の会社の知名度アップのため…
そして、もうひとつは、自分が日本中誰もが知ってる芸能人が、オレの奥さんなんだと、世間に自慢できるからだ…
言葉は悪いが、なにかの大会で、優勝して、トロフィーを手に入れるようなもの…
そのトロフィーが、いつまでも、若くて、キレイなままの女のコならばいい…
だが、実際は誰もが歳を取る。
太って、世間に知られている姿とは、似ても似つかぬ姿に変貌することが、あっても、おかしくはない…
そうすれば、当然、若手のIT実業家は、別のトロフィーを手に入れようとする。
芸能人の優れた容姿を手に入れたのに、それがなくなったのだから、ある意味、当然…
別の若くて、キレイな女のコを手に入れるだろう…
それに…
あまり、話題にならないが、若い芸能人の女のコと、若手のIT実業家が、話が合うのかという根本的な問題がある…
きれいごとは言うまい…
例えば、東大を出た、若手のIT実業家と、偏差値40の高校を卒業した女のコと話が合うのかという、問題だ…
東大が大げさ過ぎるのならば、自分の周辺で、一番頭のいい高校=偏差値の高い高校の男のコと、付き合って、うまくいくのかという問題だ…
仮に、偏差値が高い高校を偏差値65とする…
すると、偏差値65の男のコと、偏差値40の女のコが付き合う…
それで、うまくゆくのかという問題だ…
男は相手が美人ならば、いいと思う輩は多いと思うが、いっしょに、暮らすのに、一番大切なのは、話が合うことに他ならない…
要するに、頭がいい男が、この女はバカだと気付いた時点で、婚姻生活を継続できるかどうか、難しい問題だ…
これが、最初から、自分の身内=家族ならば、問題ない…
なぜなら、家族は変えようがないからだ…
だが、婚姻相手は違う…
嫌ならば、婚姻を解消して、別の女と結婚すればいいからだ…
これは、当然、女が上で、男が下の場合も同じ…
世間で、頭の程度が同じぐらいが、ちょうどいいと言われるのは、これが理由だ…
私がそんなことを考えてると、
「…高見さん…聞いてる?…」
と、電話の向こうから、溝口の心配そうな声が聞こえてきた。
「…それでも、変わらず、高見さん、お願いできるかな…」
私は、
「…」
と、答えなかった。
いや、
答えられなかった。
どう答えていいかわからなかった…
見合いの相手が、以外にも、こちらが当初、想定していなかった大物の可能性がある。
しかし、それがわかったからといって、掌を返すが如く、すぐに、
「…ハイ…」
と、言って、いいものだろうか?
それこそ、待ってましたとばかりに、相手の話に乗っていいものだろうか?
考える。
「…高見さん…」
電話口の溝口が焦れたように、言った。
「…一度だけです…」
考えた挙句、私は、言った。
「…部長とお約束したように、一度だけなら、お受けします…」
「…ありがとう…本当にありがとう…」
電話口の溝口が、心底、感謝するように、言うのが、聞こえた。
それから、見合いの相手と、会う場所と日時、時間を告げた。
「…それと…」
「…なんですか? 部長…」
「…今さら言うのも、なんだが、相手の方は、普段の高見さんを見たいそうだ…」
「…普段の私を見たい? …どういうことですか?…」
「…つまり、昔ながらのお見合いにあるように、着物を着て、高見さんのご両親が付き添って、相手のご両親も同席なさって、話をする…そういう堅苦しいお見合いは嫌だとおっしゃって…だから、見合いの席には、普段会社に出社するように、普段着で、やって来てもらいたいんだ…」
…なにもかも型破りがいいと…
一瞬だが、脳裏に、そんな言葉が浮かんだ…
荒唐無稽というか…
しかしながら、少し考えて見ると、その方が、自分にとっても、好都合…
都合がいい…
どこかで、レンタルで、着物を借りることも、なく、普段着で、ゆける。
それになにより、そんな男と結婚することは、まずありえないだろう…
なぜなら、すでに、この見合いをする前に、アレコレ、自分に都合のいい条件を私に押し付けている…
これで、結婚となると、さらに、自分の都合のいいように、私に押し付けるに決まっている。
自分に都合がイイ=我を通すということだ…
仮に、トヨタの御曹司ならば、家庭でも、オレはトヨタ一族だとでもいって、専制君主にでもなりでもしたら、困る。
将軍とその臣下の立ち位置を家庭に持ち込まれたら、困る…
そんな男は、こちらから願い下げだ…
私は考える。
要するに、ただ見合いをすれば、いいだけのことだ…
その後の約束はなにもない…
一度だけ…
一度だけなら、どんな男とでも、食事をすればいいだけだ…
…それは、誰にもできる…
…私、高見ちづるとて、例外ではない…
「…わかりました…部長…部長のおっしゃるように、します…」
「…ありがとう…高見さん…」
溝口部長は、私に何度も礼を言って、電話を切った。
私が電話を受話器に置くと、ふと、誰かの視線を感じた。
私はその視線の先を見る。
中村君の視線だった。
私の様子から、電話の内容が、お見合いに関することだと、悟ったのだろう…
興味深げ…
いや、
心配そうに、私を見る。
私は、なんでもないといったふうに、あえて、中村君の視線を無視した。
デスクのパソコンを眺めて、仕事に没頭するフリをする。
中村君は、しばし、私を見ていたが、やがて、自分の仕事に戻った。
見合いの連絡があった日は、そんなふうに、過ごした。
決して、特別な一日ではない…
平凡な毎日…
退屈な毎日…
でも、それに感謝しなければ、ならないことは、誰でもわかっている。
ドラマチックな展開は、テレビやドラマを見れば、ドキドキして楽しいが、自分がその中の主人公にでもなったら、堪ったものではない…
ジェットコースターに乗るような人生は、傍から見るには、面白いが、自分が乗るのは、困る…
なにより、ドラマではないから、最後にハッピーエンドが約束されているかどうか、わからないからだ(笑)…
通常ならば、破産したり、殺されたりして、ジ・エンド…
終わりだ…
復活はない…
人生終了だ…
ドラマチックな人生は、傍から見るから楽しいのであって、決して、自分が経験するものではない…
これは、当たり前だ…
ただ、やはり、山もなく、谷もない、人生はつまらない…
退屈だ…
思えば、私、高見ちづるは、これまで、平々凡々に生きてきた…
決して、楽に生きてきたわけではないが、さりとて、人並み以上の苦労をした覚えはない…
つまり、すべて人並みに過ぎない。
山も谷も、私の人生にも、あるには、あったが、それは、小さな山、小さな谷に過ぎない…
小さな丘の上にピクニックに行ったような小さな勾配を駆け登り、駆け下った…
そんな感じ…
私、高見ちづるの人生は、驚くぐらい、平坦…
起伏の乏しい人生だった…
それを変えたい…
もしかしたら、そんな願望が、私の中にあるのかもしれない…
溝口が、どこの誰ともわからない男と、私に見合いを提案して、断らなかったのは、本当はそれが理由かもしれない…
遊んでやれ!
不謹慎ながら、そんな感情が、私の中で、湧いたのかも、しれない…
遊ぶというのは、他でもない、自分自身に対して言っているのだ…
どこの誰ともわからない男と、見合いをする…
通常の私ならば、断る…
だが、断らなかったのは、遊ぶ=冒険したかった…かもしれない…
なにもしなければ、人生は変わらない…
今の生活はそれなりに、安定していて、不満はない…
世間で、それまで安泰と思われていた大企業のリストラの声を聞くたびに、自分は運がいいのだと、実感する…
自分よりも、生活に苦労する人間が、確実に存在するからだ…
自分自身、それらの人間と接点はないが、明らかに、自分自身、それらの人間に比べると恵まれていると思う…
だが、やはり、それはわかっていても、少しは冒険してみたい…
冒険しなければ、人生は変わらないからだ…
織田信長のような、人生は望まないが、やはり、人生にもう少し、起伏が欲しい…
今の時代、これは、贅沢なことかもしれない…
自ら、冒険を希望しなくても、会社のリストラのように、思いがけず、人生が激変する人間も、数え切れないほど、存在するからだ…
そして、大半は、それまで、してきた生活が激変する…
激変するのは、主に給与…
大企業で、40代以上ならば、転職すれば、年収は半分以下が普通だと言われている…
40代以上で、大企業に転職できる人間は、まずいないからだ…
大半が、中小企業に転職する。
大企業と中小企業は、そもそも給与が違う。
仮に、年収が、600万円だった場合、300万円以下になる計算だ…
これでは、生活が激変するのは、誰でもわかる…
仮に、家をローンで、購入していた場合は、家を手放さければならないだろう…
なぜなら、それまでは、年収600万円の生活をベースに、ローンの支払いを組んでいる。
それが、年収300万円になった場合、月々のローンは支払えない…
仮に、わかりやすい事例で言うと、月に10万円、ローンの支払いがあるとすると、それを払えば、自分が生活できない=生きてゆけないからだ…
結果、家を手放さければならなくなる。
まさに生活が激変する事例だ…
それを世間で、喧伝されている現代に置いて、遊んでやれ!と思うのは、我ながら、不遜な考えだと思う…
だが、それでも、遊びたい…
冒険したい!
不謹慎ながら、そんな感情が、どこかにあった…
そして、それが、今回、私、高見ちづるが、どこの誰ともわからない人間と、見合いをする、根本的な理由だった…
不謹慎ながら、それが、ウソ偽りのない本当の理由だった…




