恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 40
水野!
水野!
水野!
あれから、さらに一週間が経つが、依然として、水野は、私の勤務する会社、金崎実業に現れなかった…
私は、意気消沈した…
といえば、いいのか?
あるいは、
少しは冷静になった…
といえばいいのか?
心の中は、動揺しまくって、焦っていたが、なぜか、それを冷徹に眺める、もう一人の自分が、自分の内側にいることに、気付いた…
33歳にもなって、初めて、自分から、男を好きになり、その結果、動揺しまくり、仕事もミスを連発…
…面白いというか?
…哀れというか?…
さんざ、美人とか、可愛いとか、子供の頃から、周囲にもてはやされて、育った女の末路がこれか?
そんなふうに、冷ややかに自分を見る、もう一人の自分の存在に気付いた…
そして、それこそが、この高見ちづるの真骨頂…
長所だと気付いた…
もう若い女子高生でもない…
33歳という中年に差し掛かった女…
それゆえ、極端に夢中になることがない…
だから、冷静になれる…
見方を変えれば、夢中になることは、できるが、長続きしない…
言葉は悪いが、それが歳を取るということ…
これが、若い女子高生ならば、すぐに結婚したいとか、いっしょに暮らしたいとか、いう気持ちになる…
高校を卒業して、彼と暮らして…という気持ちになるし、実際、お金さえ、あれば、そうするだろう…
しかしながら、33歳…
気持ちは燃えるが、消火も早いというか、冷静になるまで、さして時間がかからなかった…
これぞ、野際陽子…
まさに、野際陽子のような冷静沈着ぶり…
と、ここまで、冷静に書いたが、やはり、心は動揺する…
今すぐにでも、水野に会いたい気持ちに変わりはない…
自分が、二十歳の女だったら、と、つい夢想する…
ずっと以前、ネットやケータイが世間に普及しだした頃、女子高生が、自分の好きな、高校の教師に、わざと、頼まれもしないのに、自分の裸の写真をメールで、送ったという記事を見たことがある…
その女子高生は、その教師を心の底から好きだったのだろう…
しかし、その教師は既婚者…
奥さんがいる…
でも、その女子高生は、その教師が好き…
だから、なんとしてでも、その教師の心を自分に振り向かせたい…
そして、それが、自分の裸のメールを送ること…
もはや、捨て身の攻撃というか、ありえない行動をとる(笑)…
そして、それこそが、若さ…
若さのたまものだ…
私は思う…
33歳になった私に、そんな真似は、できない…
自分の裸の写真を頼まれもしないのに、メールで送ることはできないし、それが、いかに危険か、考えてしまう…
それが、わからないのが、愚かであり、その愚かさこそ、若さの証に、他ならない…
私は、思う…
33歳の、私、高見ちづるは、そんな若い女の愚かさが、むしろ、羨ましかった…
いや、例え、自分が、二十歳に戻れても、自分は、教師に、自分の裸の写真をメールで送るような愚かな真似はしまい…
しかし、その愚かさが、羨ましかった…
それは、若さゆえの愚かさだからだ…
水野が、会社にやって来ない間、私の心の中で、そんなふうに思った…
考えた。
そして、それこそが、水野が、私に与えた賜物だった…
私、高見ちづるに与えた試練というか、恩恵だった…
水野を考えることで、私自身がより深く、自分自身のことを知るようになった…
自分の心のありようを知ることになった…
と、ここまでは、私、高見ちづるの話…
だが、米倉は、
いや、
水野もまたそれどころではなかった…
米倉に反乱がもたらされたのだ…
いや、もたらされたという言葉はおかしい…
米倉に反乱が起こったと言うのが、正しい…
だが、おそらく、米倉の一部の人間にとって、それは明らかにもたらされた=与えられた機会=チャンスだった…
それは、米倉奉公会…
溝口の勤める大昭和の株式を持つ、米倉の株の管理団体…
その米倉奉公会がキーワードだった…
具体的には、米倉奉公会の持つ、株が、何者かに、密かに売却された…
そして、その売却先が、水野だった…
つまり、水野は、米倉から、大昭和の株を買った…
狙いはなにか?
それこそ、米倉と水野の統合に他ならなかった…
水野は、水野財閥…
戦前は、日本の二十大財閥に数えられた名門…
しかしながら、戦後はパッとしなかった…
少なくとも、戦後の主要な会社名から、水野の名前が消えた。
実際には、水野は、戦後の主要な会社の株を持ち、今現在も、かなりの影響力を日本経済に与えている稀有の存在…
しかしながら、戦前から比べると、明らかに、パワーダウンしていた。
ちょうど、それは、例えるならば、江戸時代の豪商に似ている。
江戸時代の豪商の筆頭を上げるとすれば、三井越後屋だろう…
あの三井の先祖だ…
そこまで、いかなくても、江戸時代の豪商として、名を成し、財を築き、江戸時代の終わりまで、生き残った豪商は、それなりに存在する。
しかし、どれも全盛期の勢いはない…
それが、水野と同じ…
そして、それが、水野には、許せなかった…
それゆえ、水野は、自分たちがいかに、往時の勢いを取り戻せるか、考えた。
そして、それこそが、米倉との合併だった…
そして、驚くべきことが、明らかになった…
溝口を通じて、私、高見ちづるが、米倉の豪邸にやって来た最初の経緯…
つまり、誰かが、米倉の会社の金を不正に横流ししている…
平たくいえば、金を横領している…
それは、米倉の家族だから、それが、誰か掴んでくれと、正造が、言った…
私はそれをウソだと思った…
見ず知らずの、赤の他人を家に招き、誰が怪しいか、探してくれなんて、ありえないと思ったからだ…
しかし、その言葉にウソはなかった…
米倉の財産を不正に流用している人物が、あのお屋敷にいた…
たしかに、存在した!
そして、その人物こそ、平造だった!
米倉の現当主の平造だったのだ…
これには、驚いた。
開いた口がふさがらなかった…
米倉家の当主が裏切り者とは?
平造は、会社や家族の目を盗んで、米倉奉公会の株を水野に売った…
つまり、平造の狙いは、水野と同じ…
米倉と水野の合併だった…
平造もまた米倉の将来に不安を感じていた…
米倉の会社、大日産業の将来のみならず、家族の行く末についても、不安を感じていた…
そして、平造にとっての家族とは、妻と、好子と新造の二人の姉弟…
その中に、正造と澄子はいなかった…
それが、平造にとっての家族だった…
それゆえ、私が初めて、米倉の豪邸を訪れたとき、平造は私に、
「…あの男は食わせ者です…」
と、正造のことを言ったのだ…
最初から、平造にとって、澄子と正造は厳密な意味で家族ではなかったのだ…
なぜなのかはわからない…
しかし、それが事実だった…
つまり最初から、平造にとって、正造を自分の会社の後継者に据える考えはなかったといえる。
平造にとって、大切なのは、好子と新造の将来…
好子と新造を大日産業で、働かせなかったのもまた、将来的に、手放す算段だったからだ…
私は思った。
つまり、私たちは、ある意味、平造の掌の上で、踊らされていたと言える。
平造は、最初から、米倉の売却を考えていた…
いや、
米倉の売却ではない…
自分と、妻、そして、その妻との間に生まれた好子と新造のことしか、頭になかったといえる。
そして、それは、米倉の存続を意味しない…
戦前から、続いた名門の米倉の存続を考えないではなかったが、それは、二の次だった…
逆に言えば、平造は、息子の正造も、娘婿の直一も評価していなかったといえる。
自分の後継者として、会社を任せる器ではないと、判断していたといえる。
それゆえ、米倉の名前が消失しても、水野と合併した方が、米倉が存続できると判断したのだ…
その意味で、最初から、正造の言うように、あの豪邸に、米倉を裏切る者がいたというのは、ウソではなかった…
誤りではなかった…
米倉の裏切り者は、当主であり、大日産業社長の米倉平造そのひとだったからだ…
私は、あまりに意外な展開に言葉もなかった…
そもそも、平造自身が裏切り者とは、考えもしない結末だった…
だが、しかし、よくよく考えてみれば、それは、最初、私、高見ちづるが、米倉の豪邸に一歩入った時から、明らかだった…
何度も言うが、平造が、自分の息子である、正造を指して、
「…アレは食わせ者です…高見さんに、迷惑をかけては、困る…だから、あらかじめ、言っておきます…」
と、言った時点で、すでに、おかしいと気付くべきだった…
自分の息子を指して、
「…アレは食わせ者です…」
という父親が、どこの世界にいるのか?
言葉を変えれば、それほど、平造は自分の息子である正造を評価していなかったといえる。
そして、それは、娘婿である、直一に関しても、おそらく同じ…
いや、
おそらくは、直一の能力以前に、平造は、澄子のことが、嫌いだったのだ…
なぜなら、澄子は、好子をいじめている…
同じ家に住む、平造が、当然、その事実に気付かないはずがない…
平造は、好子を溺愛している…
目の中に入れても、痛くないほど、溺愛している…
自分が溺愛している好子をいじめる澄子を、平造が好きなはずがない…
たとえ、それが、血の繋がった自分の娘でもだ…
私は考える。
平造の頭の中にあるのは、徹頭徹尾、自分と、妻、そして、好子と、新造のみだからだ…
最初から、澄子と正造は、眼中になかったのだ…
そう考えれば、すべての謎は解ける。
私は思った…
そして、その情報を私が得たのは、すべて、テレビ、ネット、週刊誌というメディアのみで、直接、米倉のあの家族と接したわけでも、水野から聞いたわけでもなかった…
だから、今、言ったことは、すべて私の想像…
だが、間違ってはいまい…
私は依然として、あの一族とは、没交渉…
接点がなかった…
私は、職場でため息をつくだけの、毎日だった…
週刊誌やテレビの報道で、米倉や水野のことが、話題になっているが、それは、メディアを通じてだけ…
直接、接点を持つ、私、高見ちづるだったが、米倉正造からも、その腹違いの妹の好子からも、会いたいという連絡はなかった…
それゆえ、具体的に、どうなってるか、知りたかったが、できなかった…
まさか、私から、正造や、好子に電話はかけられない…
それほど、親しい間柄ではない…
自分からは電話できない…
直接聞きたい気持ちはあるが、それはできない…
それが、正直な気持ちだった…
それゆえ、モヤモヤした…
モヤモヤしながら、日々を過ごしていた…
そんなときだった…
新入社員の中村君が、私に声をかけた。
「…叔父さんが、高見さんに会いたいそうです…」
「…溝口部長が?…」
私は、あまりに、意外な言葉に呆気に取られた。
しかし、考えてみれば、今度の一件はすべて、溝口から、米倉正造を紹介されたのが、すべての始まり…
そして、溝口自身が勤務する、大昭和の大株主が、米倉奉公会…
その米倉奉公会の株が、水野に売られる。
溝口としても、気になるところだ…
いや、
気になるところどころではない…
大いに気になる…
なにしろ、米倉は、溝口が言うには、過去に大昭和の社長を更迭した力があるそうだ…
その米倉の持つ株が、水野に売られる…
となれば、一体どういうことになるのか?
気にならないはずはない…
私は考える。
同時に、このタイミングで、溝口が私を呼ぶ時点で、なにかあるのかもしれない…
そうも、思った。
何度も言うように、溝口が、私、高見ちづるを米倉正造に紹介したのが、米倉と接点を持つきっかけだった…
そして、その時点では、知る由もなかったが、米倉は、溝口の勤務する大昭和の大株主…
つまり、私を溝口が、米倉正造に会わせる時点で、なんらかの、溝口の意図があったと考えざるを得ない…
また、溝口は、大昭和の派閥抗争も匂わせている…
なにか、ドロドロした動きが、溝口の周辺にあっても、おかしくはない…
溝口自身、大昭和の一介の部長に過ぎない…
以前、私に米倉について、わかったことを報告してくれと、溝口は、言った…
オレも上から言われてるんだ、と…
その言葉にウソはあるまい…
何度も言うように、溝口自身、大昭和の中で、一介の部長に過ぎない…
つまり、誰かが、溝口の背後にいるということだ…
当然、私は、その人間に面識はない…
いや、
本当にないのか?
もしや、私の知っている人間では?
そんな考えが、突如、浮かんだ…
いずれにしろ、溝口に会えば、わかる…
少しは、米倉の…そして、水野について、わかる…
私は、そう思った…
そして、そう思うと、一刻も早く、溝口に会いたくなった…




