恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 37
結局、その日は、仕事にならなかった…
というのは、ウソで、誰もが、普通に仕事をしていた…
しかしながら、皆、浮足だってるというか、心ここにあらずという感じだった…
私のような十年社員は、リストラを何度か経験している。
慣れたものというほど、慣れたものではないが、それでもやはり、経験していることは違う…
経験していないこととは、違う…
それに、大規模なリストラではないが、女の場合、ある程度の年齢になると、いつのまにか、職場をわざと自宅から、遠い場所に変更したりして、いわば有形無形の圧力というか、無言のプレッシャーというか、要するに、早く辞めろ!と、言ってくる。
無言の退職勧奨だ…
周囲の者はすぐに気づくが、当の本人は、案外わからない(笑)…
これは、恋愛も同様…
男でも、女でも、付き合ってる相方に距離を置かれても、案外気づかない相方は多い…
多くは、自分に自信があるか、若いからかのどちらかだ…
それと同様に、会社の退職勧奨も若いから、気付かない…
歳を取っても、気付かない輩もいるが、それは、能力があって、地位もあり、自分に自信があるか、それとは真逆に、能力が低いかのどっちか…
大抵の人間は、その中間だから、遅かれ早かれ、自分の立ち位置に気付く…
そういうものだ(笑)…
私は、そんなことを考えながら、漠然と、その日を過ごした…
もしかしたら、会社を辞める日が近付いているのかもしれない…
私の脳裏に、そんな考えが浮かぶ…
寿退職…
そんな言葉も脳裏に浮かんだ…
しかしながら、そんな言葉は現実的ではない…
今現在、私は米倉正造と付き合ってる…
しかし、それは、男女の交際を意味しない…
あくまで、米倉正造という男を知っただけ…
それだけだ…
と、同時に、ある意味、身分の差を痛感した…
あのお屋敷に住む、米倉一族…
正真正銘のお金持ちの一族と接したことで、自分がいかに平凡であるか、痛感した…
かといって、米倉に憧れはないし、羨ましいとも、思わない…
これは、強がりではない…
単純に違いすぎるのだ…
自分が、育った環境と、あの豪邸に住む、米倉一族とは、違いすぎる。
率直に言って、羨む気持ちもおきない…
身分とは、そういうものだ…
自分と皇族と比較して、アレコレ言うようなものだ…
それほど違う…
大げさに言えば、天と地ほども違う。
それゆえ、羨む気持ちも起きない…
人を羨むというのは、ある意味、逆転可能な位置の人間についてだけだ…
頭がおかしくない限り、一目見て、まったく歯が立たない位置にいる人間に対して、羨む気持ちはまったく起きない…
皇族というのは、そういう例えで言ったまで…
あくまで、皇族は例えに過ぎない…
ルックスも同じ…
私、高見ちづるは美人で、通ってるが、背が低い…
ゆえに、身長が、170㎝近くもあり、スタイルが良い女性を見たときは、正直、叶わないと思った。
裸とまでは言わないが、水着になった場合、私はまるでお子様…
片や、ナイスバディの持ち主…
勝負にならない!
例えば、私の前に佐々木希が現れれば、私の存在は、一気にかすんでしまう。
そんなものだ(笑)…
能力も同じ…
東大卒と工業高校卒が、自分と相手を比べて、仕事はオレの方ができると職場で、吹聴していれば、それを見た職場の同僚の何人かは、その職場を去る=会社を辞める可能性が高い…
実際、業務内容によっては、工業高校卒のコの方が、できる場合もある。
これは、事実…
工業高校卒が、必ずしも、東大卒の人間に劣っているわけではない…
要するに、なにをやるかだ…
わかりやすい事例で言えば、パソコンの入力の速さとか、正確さは、学歴の有無ではない…
そういうことだ…
しかしながら、それを見て、工業高校卒のコが優れているということでは、当然なく、ここで、問題なのは、工業高校卒のコが、自分が東大卒よりも優れていると、本気で信じていること…
そして、なにより、その工業高校卒のコに、誰もそれを指摘しない事実だろう…
優秀な人間ほど、そんな職場に嫌気が差して、会社を去る傾向が強い…
後に残ったのは、やはり、その工業高校卒のコが、中心になるような職場…
時間が経てば、どうなるかは、火を見るよりも明らか(笑)…
私は学生時代、短期だが、そんな会社で、バイトしたことがある…
その会社は、いまや、閉鎖した(笑)…
職場どころか、会社ごとなくなった(笑)…
私は、会社で通常業務に従事しながら、頭の隅で、そんなことを考えていた。
なにを考えていたかと言えば、一言で言えば、人間の持って生まれた能力の差、そして、環境の差に尽きる…
ルックスが良く、生まれたか否か?
頭が良く生まれたか否か?
お金持ちに生まれたか否か?
人は、誰もが、それぞれ違う…
同じ家に生まれた兄弟姉妹であっても、ルックスも頭の良さも違う…
それは、米倉の一族を見れば、よくわかる。
正造と好子は、ルックスが良く、澄子と新造は平凡…
澄子と正造は、同じ母親であるにも、かかわらず、澄子は平凡、片や、正造はイケメン…
好子と新造も同じ…
二人の母親は、同じであるにもかかわらず、好子は、美人で、新造は、悪くはないが、正造のようなイケメンではない…
これは、一体どういうことか?
実は、悩むことではない…
両親が同じでも、ルックスに違いがあるのが、普通だ…
兄がイケメンでも、姉や妹は、美人でない場合は多いものだ…
無論、その場合、そのイケメンの姉や妹は、ブスでは、当然ない…
ただ、平凡あるいは、イケメンの兄弟に比べて、美人ではないだけだ…
私は考える。
要するに、同じ家で、兄弟姉妹で生まれても、差ができる…
それを痛感した。
とりわけ、私、高見ちづるは一人っ子なので、そういうものかと痛感した。
私はその日、家に戻ってからは、パソコンで、転職情報を探していた。
やはり、なんとなく、転職情報を見てしまう。
33歳という年齢のせいか、スマホで見れば、よいものを、家で、大画面のパソコンで見るほうが、見やすいと、判断してしまう…
こんなところに、世代間ギャップというか、年齢を感じる。
若いコは、当然、あのスマホの小さな画面で、次の会社を探すはずだ(笑)…
私はそんなことを考えると、苦笑いというか、年齢を実感してしまう…
33歳…
母の世代ならば、すでにみんな結婚している年齢…
母の世代では、結婚はクリスマスケーキに例えられたそうだ…
つまり、12月25日にかけて、25歳までに、売れなければならない=結婚しなければならない…
25歳を過ぎれば、大安売り…
クリスマスケーキが25日を過ぎれば、価値がなくなり、大安売りで、売るように、25歳を過ぎれば、価値がなくなると見られていたそうだ…
実際、職場でも、25歳を過ぎる頃になると、同期の同僚が、いなくなる…
つまり、寿退職する…
結婚を機に職場を離れる。
同期の仲の良い友達が、次々といなくなり、例え、結婚をしていなくても、誰もが、職場を離れるしかなくなるそうだ…
それで、結婚しないで、職場を離れた女はどうするか?
次の職場を見つけるしかない(笑)…
バイトをするか、あるいは、25歳を過ぎた独身女が、転職する職場を見つけるしかない…
母の就職時は、バブル前…
1980年代半ば…
母の時代は、例えば、高卒の女のコは、新卒で、大きな会社に入り、25歳までに辞める。
すると、次に入るのは、どうしても、世間的に知名度のない、中小企業ということになる。
事実、母の知人が、勤めていた会社は、25歳を過ぎた独身女が、やって来たが、皆、二社目、三社目だったそうだ(笑)…
幸い、今は、母の若い頃のような、世間の圧力はない…
しかし、そうは言っても、私のように30歳を過ぎた女が、堂々と、大手を振って、社内を闊歩する時代かといえば、それも違う…
同調圧力は確実に存在する。
私の勤める金崎実業のような中堅会社ですら、私のように、33歳の女が新卒で、入社して、33歳の今まで、いるのは、年々難しくなっている。
今現在、こうして、自宅で、パソコンの画面に向かって、転職先を探しているのが、その証拠だ(笑)…
私は思った。
同時に、ふと、私の脳裏に、好子の顔が浮かんだ…
あの米倉好子は、私より、2歳ぐらい若い…
すでに30歳は過ぎている。
米倉家のお嬢様の好子は、今、どんな気持ちなのだろうと思った…
好子は、就職はしていないだろう…
腹違いの兄の正造が、以前、好子と新造には、父はなぜか会社の経営には携わることはさせないと言ったと言っていた。
そして、それはなぜなのか、わからないとも言った。
しかしながら、新造は、今は働いていないが、以前は、米倉の会社で、働いていたそうだ…
つまり、会社の経営には携わってないが、働いていたということになる。
ということは、末端といえば、聞こえは悪いが、少なくとも、会社で、社長や、取締役のような立場で働いていなかったということになる…
それはなぜか?
腹違いの兄の正造は、次期社長候補という立ち位置にもかかわらず、なぜ、新造は、違うのか?
謎がある。
好子も同様だ…
会社の経営に携わってないということは、弟の新造同様、会社で、働いていても、社長や取締役とは、縁もゆかりもない、立ち位置で、働いていたに違いない…
それは、なぜか?
また、好子は、私同様恋愛経験が乏しいと、正造が言っていたことを思い出した。
が、これはわかる。
あの豪邸に住む、お嬢様だ…
ルックスのいい悪いに関わらず、お金目当てに、好子に群がる男たちは多いだろう…
しかも、好子は美人…
常盤貴子を小柄にしたような美人だ…
金持ちでなくても、男が大勢言い寄ってくる…
しかも、美人…
好子に言い寄ってくる男は枚挙にいとまがないだろう…
事実、好子は、私を招いて、自分がいかに大勢の男に口説かれたか、口にした。
これは、ウソではないだろう。
好子を見れば、誰もが憧れる。
だが、それを口にしたのは、相手が私だからだろう…
同じように、小柄で、美人の私、高見ちづるだから、言ったに違いない…
まだ二回しか会っていない私に、まるで、昔からの友人に語るように、私に語った…
普通ならば、できない…
なぜなら、それは、自慢に聞こえるから…
だが、相手が自分と同じような、タイプの小柄な美人の私ならば、わかってくれると思ったに違いない…
人間は、嫉妬の生き物…
不用意に、口にした言葉が、相手の逆鱗に触れたとは言わないまでも、なにげなく口にした言葉が、嫌みに聞こえたり、自慢に聞こえたりすることは、結構ある(笑)…
その日を境に、その人間が、自分に対して、あからさまに態度を変えることはないが、知らないうちに、自分の悪口を陰で言い触らしていたということは、誰もが経験することだ(笑)…
好子もまた、そういう経験をしたに違いない…
ゆえに、自分と同じようなタイプの美人の私ならば、問題ないと思って、打ち明けたに相違ない…
私は考える。
しかし、あの日、好子は、前回会った時とは、明らかに違った…
はっきり言えば、腹違いの兄の正造に対する態度が違った…
これは一体なぜなのだろう?
前回、腹違いの兄の正造を、まるで、理想の恋人のように慕っていた好子の姿は、そこにはなかった…
反対に、正造を米倉の家から追放しようとする、好子の姿がそこにあった…
これは、一体どうしたことか?
前回、会った時と、次に会ったときとの違いはなにか?
考える。
そして、心変わりした好子は、あの水野と密会した…
水野は、水野財閥の後継者…
米倉正造は、水野は、米倉のライバルだと言っていたが、好子に言わせると、水野の方が、遥かに歴史も規模も大きな財閥だと言う…
この場合は、正造よりも、好子の言葉の方が信じられる…
なぜなら、その好子は、水野と密会していたから…
水野の方が大きく、自分の力になれると判断したから、味方につけるべく、奔走したと考えられる。
なにより、好子は女…
こう言っては身も蓋もないが、男より女の方が計算高い(笑)…
男より女の方が、機を見るに敏(笑)…
だから、使い物にならない男より、使える男を選ぶ(笑)…
おそらく、水野は、見かけとは違い、使えるに違いない…
それは、私と水野が、ふざけあったとき、私のことを、
「…食えない女…」
と、喝破したのが、その証拠…
水野は、見かけとは違う…
あの柳沢慎吾のような軽い態度は、見せかけ…
おそらくは、その見せかけとは、真逆の冷徹な人間に違いない…
いや、軽い態度は、必ずしも、見せかけとは限らない…
いい例が、東大生だ…
当然のことながら、この日本で、一番頭の良い大学だが、そこに通う学生が、皆重々しくリーダーシップがあるわけではない…
頭の良さと、人間の重さや軽さは別…
まったく、なんの関係もない(笑)…
私に言わせれば、柳沢慎吾が、東大を出ていても全然OK!
頭の良さと、見た目=人間の軽さとは、なにも関係がないからだ…
ただし、中身は違う…
当然、東大出は頭がいい…
そして、頭がいい東大卒の人間が、同じように頭のいい東大卒が多い職場で、働き、揉まれる…
そして、その一部が出世して、この日本を代表する企業のトップや、官僚として、この国を動かしてゆく。
当然のことながら、大多数の人間は、そういう人間に接することもなく、ただ、優れた人間であると頭から、信じ込んでる…
もはや、宗教だ…
人間である以上、当然、性格が良い人間もいれば、悪い人間もいるに違いないし、ズルい人間もいれば、そうでない人間もいるに違いない…
共通するのは、ただ一つ、その頭のよさに他ならない…
私は考える。
そして、おそらく、水野もその一人…
水野が東大出かどうかはわからないが、見せかけとは違う、優秀な人間であることは、たしかだ…
水野…
たしかに、おもしろい男だ…
すでに何度か言ったように、今現在、私の心の中を占める一番の男…
米倉正造よりも、はるかに、気になる…
魅了される…
私が少し変わっているのかもしれないが、今私が、一番気になる男だ…
しかし、水野が、
「…食えない女…」
と、私を喝破したように、水野が、今後、私にどうでるか、気になる…
少なくても、私に好意的な態度を取るとは、考えづらい…
さて、どうでるか?
気になる…
ワクワクする…
もしかしたら?
もしかしたら、私は今、水野に恋をしているのかもしれない…
かつて、33年生きてきて、これほど、気になる男に出会った記憶はない…
恋かもしれない…
とっさに、そんな言葉が脳裏に浮かんだ…
自分でも、自分の心のありように笑ってしまうが、あの水野のおちゃらけた姿が、気になって仕方がない…
おそらくは、敵として、私、高見ちづるの前に立つ可能性が高い…
しかし、それでも、気になる存在であることは、明らか…
間違いはない…
私は自宅のパソコンで、転職情報を探しながら、いつのまにか、水野のことを考えていた…




