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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ  作者: トモサン


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恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 36

…嵐の前の静けさ…


 前夜、そんな言葉が、ふと脳裏をかすめた…


 しかし、それが、まさか、現実になるとは、思わなかった…


 私が、その日、会社に出社すると、なにやら、ピンと周囲の空気が張り詰めていた…


 会社に出社した人間が、皆、なにやら、深刻な表情で、数人が固まって、ヒソヒソ話に興じている…


 私の脳裏に、瞬時に、リストラの文字が浮かび上がった…


 前回、いや、前々回もだが、リストラがあったときは、会社に出社すると、皆が一様に、集まって、首(こうべ)を垂れていた。


 頭(こうべ)を垂れ=悩んでいた…


 とりわけ、会社では、歳を取った人間ほど、深刻になる…


 今の会社を辞めれば、行き先=次の職場がないからだ…


 それを当人が誰よりも、わかっている。


 そして、歳を取った人間こそ、リストラの標的であることも、半ば、この国の常識だった…


 歳を取る=給与が高いからだ…


 人件費を削るには、真っ先に、給与の高い人間から削るのが、鉄則だからだ…


 当たり前だ…


 …やはり、来たか?…


 という言葉が、真っ先に私の脳裏に浮かんだ…


 次いで、


 …今度のリストラは私も標的かも?…


 という言葉が、脳裏をよぎった。


 これまでは、美人という防御壁=プロテクターが、私にあったことで、リストラから、逃れられた。


 しかし、その美人という防御壁=プロテクターも、33歳という年齢になった今、だいぶ効力が衰えた…


 当然だ…


 33歳の美人よりも、二十歳の可愛い女のコの方が、誰にとっても魅力的だからだ…


 …ついに、やってきた…


 半ば、諦めの気持ちだった…


 …今度のリストラからは、免れることはできまい…


 そんな予感がした。


 わかっていたことだが、いざ、実際にやってきたことがわかると、正直、足がすくんだ…


 これが、二十代前半の女のコならば、まだいい…


 若いから、なにも、考えなくていい…


 いや、当人は、考えているかもしれないが、二十代前半の女のコにとって、事態はそれほど、深刻ではない…


 歳を取れば、取るほど、自分の能力がわかってくる…


 私のように、会社に十年もいた人間は、よその世界を知らない…


 だから、怖い…


 若い頃は、スーパーやコンビニで、バイトの経験があるが、それだけ…


 それだけだ…


 私のような人間ですら、これだから、私以上、年上の四十代、五十代の人間の恐怖は、いかばかりだろう…


 かつて、会社を去ったオジサンが、


 「…子供のイジメもひどいけど、この会社の中高年イジメもひどいよな…」


 と、ぼやいていた…


 そんな光景が突如、蘇った…


 そんなことを考えながら、私は自分の席に着いた…


 席に着くなり、隣の女のコが、


 「…高見さん…この会社、ヤバイですよ…」


 と、話しかけてきた…


 「…どう、ヤバイの?…」


 私は訊く。


 内心、どうせリストラの話だろうと、思っていた。


 会社の業績が、悪いとは聞いてないが、ほかにこれほど、話題になることがあるとは、思えない…


 「…買収ですよ…買収…」


 「…買収?…」

 あまりにも、意外な言葉だった…

 

「…買収って?…」


 私は唖然として、隣の女のコを見る。


 「…ウチを買収しようという会社が現れたんです…」


 …ウチを買収?…


 予想外の展開だった…


 「…でも、内山さん…買収ならば、そんなに緊張することは…」


 「…高見さん…わかってないんですね?…」


 「…なにが、わかってないの?…」


 「…どこの会社も買収されたら、最初こそ、従業員の雇用は保証するとかなんとか調子のいいことを言っても、すぐに買収先から、社員がやってきて、課長とか、部長とか、上の人間の首をすげ替えちゃいますからね…」


 「…」


 私は内山さんの言葉に、絶句する。


 「…高見さん…なに、驚いた顔をしてるんですか? …これ、常識ですよ…」


 内山さんが言った。


 私は驚いて、マジマジと内山さんの顔を見た。


 こう言ってはなんだが、これまで、この内山さんが、こんなに鋭いことをいうコとは、思わなかった…


 内山さんは、私同様小柄で、しかも、なにより子供っぽい…


 いわゆる社会人というより、女子高生の制服が似合ってるといえば、言い過ぎだが、いわゆるロリ顔というか、とにかく、童顔で、子供っぽい…


 そのロリ顔の内山さんの口から、まさか、こんな言葉を聞くとは思わなかった…


 私は驚く。


 「…内山さん…こう言っては失礼だけど、随分大人なのね…」


 「…よく言われますよ…」


 私の言葉に、内山さんが、平然と言った。


 「…私、背も153㎝とちっちゃいし、顔もこの通り、子供っぽいから、よく高校生に間違われます…でも、私も、もうまもなく24歳になるし、この会社に入って、丸二年になります…」


 「…そうね…」


 言いながら、残りは、口の中に飲み込んだ…


 内山さんが、この会社に入社して、丸二年になるとは、思わなかった…


 どうしても、子供っぽい内山さんの顔を見ると、一週間ぐらい前に入社したといえば、大げさだが、せいぜい一か月か、二か月前に入社したと、勘違いしてしまう。


 我ながら、歳を取ったというべきか(笑)…


 「…それで、内山さん…この会社の買収先って、わかってるの?…」


 「…それが、どうも、あの大昭和らしいですよ…」


 「…大昭和って?…」


 思いがけないところで、大昭和の名前が出た!


 「…そうです…あの溝口部長のいる会社ですよ…ウチの取引先の…」


 私はあまりに、意外な会社の名前が出たことで、かえって、当惑した。


 まさか、溝口のいる会社に、自分のいる会社が、買収される噂が浮上するとは、思わなかったからだ…


 「…溝口さんの…」


 私としては、精一杯の言葉だった。


 なにより、言葉が見つからなかった…


あまりにも意外な展開に、頭がついていかなかった…


 「…でも、溝口さんのいる会社ならば、安心ね…まったく知らない会社でもないし…」


 「…高見さん…なにもわかってないんですね…」


 「…なにが、わかってないの?…」

 

 「…ビジネスは弱肉強食なんです…いくら、会社の取引先で、まんざら知らない仲でもなくても、仮に溝口部長が、この会社にやって来たら、すぐに、この会社の社員のクビを切りますよ…なまじ、見知ってるから、交流のある、ウチの課の人間なんて、溝口部長も、能力は知ってますから、マジでヤバイですよ…」


 「…マジでヤバイ…」


 私は、内山さんの説明に言葉もなかった…


 たしかに、内山さんの言う通り…


 なまじ、交流があるから、社員の顔は見知ってるし、その能力も、ある程度わかっている…


 仮に、溝口がこの会社にやって来て、リストラの推進役にでもなったりしたら、それこそ、マジでヤバイ…


 誰のクビを切るべきか、わかってるからだ…


 私は内山さんの言葉が正しいと、思った…


 が、同時に疑問が湧いた…


 なぜ、この時期に、ウチの会社、金崎実業を買収しようと画策するのか?


 私のような、なんの権限もない、33歳の営業社員に、当然、そんな経営上の大問題はわかるわけがないが、それにしても、疑問が湧いた…


 当たり前のことだ…


 「…でも、どうして、ウチを買収しようと思ったんだろ?…」


 私は内山さんに、わかるわけがないと思いながらも、つい口にした。


 が、内山さんは、その答えを容易に口にした。


 「…米倉ですよ…」


 「…米倉?…」


 ビックリして、つい大声を出した。


 周囲の人間の視線が、私に集中する。


 私は慌てた。


 まさか、ここで、米倉の名前が出るとは思わなかったからだ…


 私は小声で、内山さんと会話を続けた。


 「…米倉がどうして?…」


 「…なんでも、派閥争いがあるらしいです…」


 「…派閥争いって?…」


 「…大昭和だか、米倉だか、わからないけれど、上の方が揉めてるらしいですよ…」


 内山さんが、したり顔で言う。


 私は内山さんの言葉に、考え込んだ…


 たしかに、米倉は今、派閥争いというか、内紛中というか…


 好子と新造が、腹違いの姉兄の澄子と正造を追い出したがっている…


 好子が狙うのは、なにもあの豪邸から、澄子と正造を追い出したがってるだけではあるまい…


 米倉家から、あの腹違いの姉兄を追い出したがってると見るべきだろう…


 そう見るのが、正解だろう…


 私は考える。


 しかし、どうして、内山さんが、米倉のことを?


 「…内山さん、どうして、米倉のことを知ってるの?…」


 「…簡単ですよ…」


 「…簡単?…」


 「…週刊誌に書いてありました…」


 「…週刊誌って?…」


 私は、毎日の習慣で、一通り、新聞で、週刊誌の広告を見るが、まだ、その情報を見てはいない…


 「…週刊誌って、どこで見たの? 新聞、それとも、電車の中吊り広告?…」


 「…高見さん…ネットですよ…ネット…」


 「…ネット?…」


 「…インターネットです…ほら、今はスマホでも見れるでしょ? …ネットで、週刊誌が、特定の見出しだけ、ピックアップして、中身も少しは載せてる…無論、全部じゃないですよ…全部載せれば、誰も、週刊誌を買わなくなっちゃいますから…」


 内山さんが力説する。


 …たしかに内山さんの言う通りだろう…


 週刊誌に載せる記事と同じ記事をネットで、タダで載せれば、誰も週刊誌を買わなくなる…


 「…で、内山さんは、ネットで、米倉のことを知ったの?…」


 「…そうです…」


 …なるほど、そういうことか!…


 「…で、なんと書いてあったの?…」


 「…米倉のお嬢様が、不倫しているって、書いてあったんだけど、それはフェイク…」


 「…フェイク?…」


 「…実は、米倉が、二つに割れていて…それによると、他に援軍というか、仲の良いお金持ちの友人を巻き込んで、ケンカしてるって…」


 「…ケンカ?…」


 「…そう、ケンカです…負けた方が、追い出されるって…」


 「…」


 私は、内山さんの言葉に絶句した。


 同時に、前回、米倉と会ったときのことを思い出した。


 あのとき、米倉とファミレスを出た直後に、私たちが乗っているクルマが、誰かに尾行されてると、米倉が言い出し、クルマから、降りた。


 事実、米倉の言葉通り、尾行されていて、私と米倉が乗っているクルマを尾行していたのは、週刊誌の記者だった…


 私は、そのときのことを思い出した。


 「…でも、フェイクって?…」


 「…米倉は、なんでも、腹違いの兄弟がいて、その仲が悪くて…」


 内山さんが、私も見知ってる事実を口にする…


 「…それに、米倉が出資している、米倉報公会だかなんだかの団体が、大昭和の株を持っていて、それに、大昭和の派閥抗争が絡んでとか…」


 「…大昭和の派閥抗争?…」


 …これは、初耳だった…


 「…それって、どういうこと?…」


 「…つまり、その派閥抗争の一環で、ウチの会社…金崎実業の買収もあるらしいです…」


 「…派閥抗争の一環で、ウチを買収するって?…」


 「…要するに、勢力争いですよ…一方は、ウチを買収して、会社を大きくしたい…だから、他方は、それを阻止する…言っちゃ悪いけど、子供のケンカみたいなものですよ…」


 内山さんが説明する。


 私は内山さんの説明に、ただただ驚いた。


 内山さんが、私の隣の席に座って、二年が経つが、内山さんが、これほど、頭が切れるとは思わなかった…


 単純に子供っぽい女のコだとばかり、思っていた…


 「…内山さんって、失礼だけど、頭がいいのね…」


 「…学校の成績はそんなに良くなかったけど、これでも割と勘が働くというか…動物的直感があるんです…」


 「…動物的直感?…」


 あまりにも、大げさな言葉に、絶句する。


 「…高見さんは、私をどう見てるか知りませんけど、私だって、高見さん以上に、この会社のことを知ってるかもしれませんよ…」


 内山さんが、意味深に言う。


 私は、内心、驚いたが、同時に、それもあるかもしれないと納得した。


 なにより、学歴と能力は違う。


 学歴と仕事が違うように、学歴が高ければ、仕事ができるわけではない…


 仮に学歴が高ければ、当然、頭が良いはずだが、その頭の良さを生かせる仕事でなければ、学歴の高さを生かせない…


 そういうことだ…


 同様に、今、内山さんが言ったように、勘の鋭さというものがある。


 会社を例に取れば、例えば、同じ職場の妻子持ちの男性Aさんと独身の女性Bさんが、不倫をしていたとする。


 当然、職場では、お互いが、わざとそっけないフリをする。


 当たり前だ…


 そうでもしないと、実は二人が付き合ってるのが、周囲にバレてしまうからだ…


 しかし、勘の鋭い人間は、容易に二人の仲を見破る…


 二人のちょっとした動作で、二人の親密度を察するのだ…


 ほんのなにげない仕草…例えば、相手が、なにか言ったとき、わずかに顔をしかめるとか、ほんのささいな言動から、二人の仲を見破る…


 いわゆる勘が働くのだ…


 これは、学歴とは無縁…


 仕事とも無縁…


 ただ、生まれつき、勘が鋭い…


 そして、そんな人間には、隠し事はできない…


 できれば、うまく自分の側につくように、仕向けるしかない…


 私は、考える。


 「…どうしたんですか? 高見さん…急に黙っちゃって…」


 「…なんでもないわ…ただ…」


 「…ただ、なんですか?…」


 「…こう言っては失礼だけど、人は見かけによらないと、思って…」


 「…そう言ってくれると、嬉しいです…」


 「…どうして、嬉しいの? 失礼だけど、私はこれまで、内山さんをもっと子供だと思っていたわ…」


 「…高見さんは、正直だからです…」


 「…正直だから? …どういうこと?…」


 「…私は童顔で、背も153㎝しかありません…だから、24にもなって、高校生と間違われるのもしょっちゅうです…でも、そんな私を見て、大人っぽいとか、男にモテモテだろなんて、見え透いたお世辞を言う人間は信用できないじゃないですか? …それに比べて、高見さんは正直に、私を子供っぽいと言ってくれます…だから、信用できるんです…」


 …なるほど…


 …内山さんの言うことはわかる…


 …誰でも、歯が浮くお世辞は、嫌なものだ…


 …お世辞なのか、皮肉なのか、悩んでしまう(笑)…


 「…私は、この会社で、高見さんは、信用できる人間の一人だと思ってます…」


 「…私が信用できる?…」


 「…高見さんは、歯の浮くお世辞は言わないし、誰に対しても物怖じしないというか…それでいて、落ち着いていて、なによりキレイ…」


 「…ありがとう…」


 「…でも、私も高見さん、同様に、正直に言うと、キレイだけど、ちょっと、歳を取ってます…」


 私は内山さんの言葉に苦笑する以外なかった…


 同時に、内山さんが、さっき言った、信用できる人間という言葉が気になった…


 これほど、勘の鋭い内山さんが、信用できる人間とは、誰のことを言うのだろうと、思ったのだ…


 内山さんが言う、信用のできる人間というのは、おそらく、文字通り信用できる人間…


 それが、この会社の誰だろうと思ったのだ…


 率直に言って、この会社の人間で、取り立てて、能力の優れた人間も、ルックスに優れた人間もいない…


 なにより、内山さんが、言うように、33歳と少しばかり、とうの立った私、高見ちづるが、美人と言われるぐらいだ…


 他は推して知るべし(笑)…


 だが、それと、信用できる、信用できないは別…


 内山さんが言う、信用できる人間が誰か気になる…


 本来ならば、会社の買収に、思いを寄せねばならないときだが、なぜか、私には、内山さんが、誰を信用しているのか、気になって仕方がなかった(笑)…


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