恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 31
米倉一族の内紛…
週刊誌の記者が、言った、言葉…
あの週刊誌の記者は、その中心が、米倉だと言った…
そして、以前、米倉の父、平造は、息子である、米倉正造を食わせ者と呼んだ…
つまり、最初から、信頼していないと言っているに等しい…
ということは、自分の後継者として、認めていないと言っているに等しい…
もしかしたら、これが、米倉一族の内紛の原因ではないのか?
ようやく、私の中で、閃いた…
だが、ということは、後継者は、澄子の夫である、直一ということになる。
直一は、いわゆる秀才にありがちな線の細い印象…
切れ者で、能力はあるが、人を束ねるのが、苦手という印象だ…
一度接しただけだが、人間性に問題があるとは思えない…
だが、直一は澄子の夫…
つまり、澄子が、会社のトップの夫人ということになる。
その澄子を、父の平造は、可愛がってはいない…
平造が、可愛がってるのは、腹違いの美人である、妹の好子…
その好子を、澄子はいじめている。
ゆえに、普通に考えれば、平造は、澄子を嫌いのはず…
その夫の直一がいかに優秀でも、自分の後継者に据えるだろうか?
直一が、社長になることで、澄子が社長夫人ということになる…
つまり、この豪邸でも、自然と、澄子と直一の立場が上になる…
平造が生きている間はいいが、死んだとき、好子と、新造は、どうなる?
普通に考えれば、この豪邸を出ることになるのではないか?
好子を溺愛する平造は、それをわかっていながら、澄子の夫の直一を後継者に据えるだろうか?
いや、米倉正造に比べれば、後継者にふわしいということか?
私は考える。
私が、考えてると、ふと好子が、私をジッと見つめてることに気づいた。
私は慌てて、好子を見る。
好子は、楽しそうに、私を見つめていた。
「…好子さん…なにを見ているのですか?…」
「…高見さんを見ているの…」
「…私を?…」
「…そう…高見ちづる…33歳…独身…美人だが、これまで、浮いた噂ひとつない…」
私は好子の言葉に唖然とした。
「…一体なにを?…」
…なにを言い出すのか?…
唖然として、好子を見る。
「…溝口さんも、ひとが悪いわね…」
…溝口?…
…どうして、ここで、溝口の名前が…
「…いかに、美人でも、浮いた噂ひとつない…逆に言えば、安心できる…」
「…安心できる? どういう意味ですか?…」
「…普通に考えれば、理想が高い…だから、金持ちのお坊ちゃんで、ルックスのいい男を紹介すれば、形はどうあれ、最後には承諾する…」
「…形はどうあれ?…」
「…そう…さんざ渋ってイヤイヤ引き受けたような形はするものの…結局は引き受ける…」
好子が断言する。
私は、驚いた。
驚いて、しばし、言葉も出なかった…
…あの溝口が私をそんなふうに見ていたなんて…
つくづく、人間はわからないものだと思った…
…溝口は、取引先の部長として、私、高見ちづるのファンだと公言している…
しかし、実際は、私という人間を、冷静に見ていたのだろう…
33歳にもなって、いまだ独身…
男の影もない…
言葉は悪いが、餌を投げれば、ホイホイと食らいつくとでも思っていたのだろう…
そして、その餌が、米倉…
イケメンの大金持ち…
つくづく自分も軽く見られたものだ…
同時に、自分と他人がする評価…
いわゆる、自己評価と、他人の評価の違いに絶句した…
多少は自分を甘く見るものの、これほど違うとは、思わなかった…
しかし、なぜ、溝口が…
考える。
「…どうして、溝口部長が…」
私は口にした。
「…高見さん…アナタが誰のセッティングで、兄の正造と会ったか、わかる?…」
「…それは、溝口部長に頼まれて…」
「…では、溝口さんは、誰に頼まれたの?…」
「…米倉…」
私は即座に口にして、そこで、止めた。
溝口に米倉を紹介したのは、米倉自身ではない…
あるいは、米倉自身だとしても、すでに溝口は、別の誰かから、私を紹介してもらう手筈になっていたのではないか?
ようやく、私にも、そのカラクリがわかった…
「…溝口部長は…」
私は口にする。
「…米倉奉公会…」
好子は、突然、その名前を口にした。
「…米倉奉公会?…」
その名前は訊いたことがある。
その名前は…たしか…
私が考え込んでいると、
「…溝口さんの勤務する大昭和の大株主…要するに、この家に住む、私たち米倉一族よ…」
好子が言った。
「…米倉一族…」
私は言った。
言いながら、考える。
めまぐるしく、頭を回転させた。
米倉一族は、溝口の勤務する、会社…大昭和の大株主…
溝口は、以前、私に、会社で、上の方から、米倉一族の後継問題について、色々教えてくれと頼まれていると、私に言った。
あのときは、そういうものかと思った。
深く考えなかった…
ただ、溝口の告白から、米倉が、溝口の会社の大株主であるということを、聞き、驚いた。
米倉奉公会というイマドキありえない大げさな名前を共に、深く脳裏に刻み込んだ…
それだけだった…
しかし、よく考えて見ると、溝口が、米倉正造に頼まれたというよりも、溝口自身が、別の誰かに頼まれた可能性もあったはずだ…
そういう可能性も考えられる。
そして、溝口にそんな依頼をできる可能性がある存在が、米倉奉公会…
米倉一族が大昭和の株主を管理する団体…
そして、その米倉奉公会のトップはというと、この豪邸の主であり、この一族のトップの米倉平造…
つまり、溝口は、米倉平造に頼まれて、私を正造に引き合わせた…
その可能性も十二分にある…
私は、そのことに気づいた…
ということは?
ということは、どうだろう?
平造はなぜ、私を正造に引き合わせたのだろうか?
単純に、正造を結婚させようとしたとも、考えられる。
正造もすでに、四十を超えてる。
いつまでも、独身というわけには、いかない…
しかし、普通に考えれば、それはありえない…
おそらくは、平造は、正造を排除しようとしたのではないか?
いや、正造だけではない…
もしかしたら、正造の姉の澄子ともども、この家から追い出すつもりではないのか?
まさかとは思うが、そんな考えが浮かんだ…
好子を溺愛する平造は、澄子を好きなはずがない…
なにしろ、澄子は、好子をいじめている…
そして、その弟の正造をも、平造は、初対面の私に食わせ者と告げるぐらいだ…
嫌っているのは、わかる…
冷静に、一歩引いて、見れば、この米倉の家で、邪魔なのは、澄子と正造の二人…
平造とその妻…つまり、好子と新造の母にとって、大切なのは、好子と新造だけ…
この家にいてもらいたいのは、自分を含めて、その4人だけ…
澄子と正造には、出て行ってもらいたい…
そのために、溝口を使って、一芝居打ったのではないか?
が、仮に、これが真相だとすれば、問題なのは、直一の立場…
直一は、正造のライバル…
次期社長のライバルだ…
自分の息子を追い落としてまで、血の繋がってない娘婿の直一を社長に据えるだろうか?
なにより、直一は、澄子の夫…
澄子を嫌いはずの、平造が、澄子の夫を後継者に据えるだろうか?
それとも、直一と平造の間で、なにか密約のようなものが存在するのか?
考える。
そして、水野…
あの自分を軽く見せているお調子者は、この米倉一族の内紛に、どうかかわってくるのか?
考える。
いや、考えることが多すぎる。
ただ一つ言えることは、
「…溝口さんは…」
私は口を開いた。
「…溝口さんは、誰の味方ですか?…」
私は訊いた。
そもそも、溝口の立ち位置がわからない…
大昭和の経営陣から、依頼されて、米倉の内情を探っている。
この言葉にウソはあるまい。
しかし、同時に、米倉の一族…平造、正造の父子双方から、依頼を受けて、私を紹介したのではないか?
そんな予感がした。
「…溝口さん?…」
「…あのひとは、誰の味方ですか?…」
「…それは、私にも、わからないわ…」
好子が笑った。
「…あのひとは、野心家…おそらく、いろんなひとから、今度の件で、依頼を受けてる…」
「…今度の件?…」
「…米倉正造と、澄子の二人をこの家から、追い出す…いえ、米倉一族から追放する件よ…」
好子が、激しい口調で、激白する。
「…追放?…」
あまりの言葉に、私は、文字通り絶句した。
「…そう…追放よ…この家には、私と弟の新造、そして、両親の四人がいればいい…あの二人は邪魔よ…」
好子が、続ける。
私は好子の言葉に唖然、いや、圧倒された…
同時に、脳裏に、一つの、疑問が、浮かんだ…
そもそも、好子は、正造を好きではなかったのか?
その疑問だ…
「…好子さんは、正造さんが好きでは…」
「…私は、新造が好き…」
間髪入れずに、好子が言った。
「…新造さん?…」
「…腹違いの兄弟より、同じ母を持つ、弟の方が好き…」
好子が言った。
私は好子さんを見た。
好子さんの美しい顔が、紅潮している…
同時に、怒っているのが、わかった…
好子さんは、なにに怒っているのだろう?
考えた。
やはり、好子さんにとって、仲の悪い正造と新造のどちらを選べと言われれば、迷わず、新造を選ぶということか?
だが、だとすると、私の役割…
高見ちづるが、溝口に選ばれた理由はなに?
どうして、この豪邸に住む、米倉一族の内紛に関わるべく、選ばれた?
謎がある。
「…私はどうして、正造さんの相手に選ばれたのでしょうか?…」
「…正造の野心よ…」
「…野心?…」
「…そう…野心…自分が父の平造に気に入られるために、父に溺愛されてる、私によく似た、高見さんを選んだ…」
「…」
「…これまで、正造は、派手な女が好きで、あっちの女、こっちの女と遊び惚けていた…でも、いよいよ、会社の後継者を決める時期になって、このままでは、直一さんに負けてしまう…焦った正造は、父の御機嫌を取るべく、父のお気に入りの私に似た美人の高見さんを連れてきて、父の歓心を買おうとした…仕事も、一所懸命…嫁も父好みの女と結婚する…これで、自分が、後継者になれると、思ったに違いない…」
「…」
「…でも、父は最初から、すべて見抜いていた…」
「…見抜いていた?…」
「…正造の狙いも、澄子の狙いも…」
「…澄子さんの狙い?…」
「…要するに、自分の夫の直一さんが、社長になり、いずれ、父が死んだら、私の母と、私と、新造をこの家から、追い出すつもりだった…」
「…追い出すつもりって?…」
あまりの言葉に、唖然とした。
「…つまりは、いずれ、この家を、会社を、大日産業を、あの姉弟が乗っ取る算段だったのよ…」
好子が、烈火のごとく、怒った表情で言った。
私は、
…そういうことか…
と、納得した。
いや、最初から、この結末は、予想できた…
何度も言うが、この屋敷を初めて訪れたとき、初対面の平造が、息子の正造を、あの男は食わせ者です、と言ったことがすべてではないか?
いかに、自分の息子とはいえ、あそこまで、初対面の人間に、悪しざまにこき下ろすことは、ありえない…
「…高見さんは、安全パイなの…」
「…どういう意味ですか?…」
「…美人で、しっかり者…誰が見ても、選ばれる…父も、正造が、高見さんと結婚すれば、道を外さないという期待もあった…」
「…期待もあった?…」
「…そう…もしかしたら、高見さんと結婚することで、真人間というか、仕事も一所懸命…女遊びも止めて、心を入れ替えて、働くのではないかという期待もあった…」
「…」
「…でも、それも裏切られた…」
「…裏切られた?…」
「…水野の登場によって…」
「…水野さん?…」
思いがけず、水野の名前が出たことに、驚いた。
…あのお調子者の名前が一体どうして?…
…いや、それ以前に、水野は好子さんの不倫相手…
…その名前を好子さんが、口にした…
…これは、一体?…
私は、驚いて、ただただ唖然として、目の前の好子さんを見た。
目の前の好子さんは、意外にも、うっすらと笑っていた…
好子さんの精緻な日本人形のような顔に、うっすらと笑みを浮かんでいた。
だが、その笑みは、なんとも、寂しそうな笑みだった…




