恋かもしれない…恋愛偏差値ゼロ 30
豪邸の大きな扉が閉まった…
このお屋敷を訪れるのは、二度目だが、つくづく部屋が大きいと思う。
まるで、ガリバー旅行記の中の巨人の国ではないが、さながら二メートルの大きな人間が、住んでいるかのように、部屋が大きい…
しかしながら、その部屋に住む人間は、私と同じ、155㎝の小柄な美女…
その小柄なカラダと、この大きな部屋がまるで、似合わない…
不釣り合いだ…
同時に、私はなんとなく心細くなった…
大きな部屋に、小柄な女が二人だけ…
寂寥感というか、急に、不安になった。
これは、やはり、この大きすぎる部屋のせいかもしれない…
私はそんなことを考えながら、部屋を見た。
これは、無意識に、好子さんと、顔を合わせたくなかったからかもしれない…
米倉に頼まれたから、好子と会うことになったが、やはり、二人きりになると、どうにも、気まずかった…
そして、それは、好子も同様だったようだ…
「…高見さん…」
「…ハイ…」
私は慌てて、返答する。
「…なにか、飲まない?…」
「…飲むって?…」
私は絶句する。
まさか、好子さんの部屋に招かれ、いきなり、
「…なにか飲まない?…」
なんて、好子さんが、気安く、打ち解けて、話しかけてくるとは、思わなかった…
…一体どういうつもりなんだろ?…
私は考える。
私が呆然と、その場に立ち尽くしていると、
「…高見さんも、座って…なにか、持ってくるから…」
と、部屋の隅に、歩いてゆく。
私は、好子に促されるまま、好子の部屋のソファに座った。
同時に、好子の態度の変化を考える。
今回、好子と会うのは、二度目に過ぎないが、明らかに、前回、会った時と、私に対する態度が異なる…
これは、やはり、米倉が言ったように、好子が、私に親近感を持っているからだろうか?
私と同じタイプの美人ゆえに、同じ悩みを共有する同士とでも思っているのだろうか?
私が、内心、そんなことを考えてると、好子が、部屋にある冷蔵庫から、缶チューハイや、ビールなど、数種類の缶を持って、やって来た…
「…やはり、具体的に見ないと、どれが好みかわからないから…」
好子が言う。
たしかに好子さんの言う通り…
…なにか、飲まない?…
と、いきなり、言われても、好子の部屋になにがあるか、わからない…
だから、答えようがない…
ゆえに、具体的に、なにが、あるのか、見せるのが、一番良い…
好子は、私が座るソファと、部屋の冷蔵庫を、何度か行き来して、10本の缶チューハイや、ビールを持ってきて、テーブルに並べた。
どれも、同じ銘柄は、なにひとつない…
「…随分、色々な種類があるんですね…」
「…そのときの気分によって、飲み物を決めるの…だから、色々な種類があった方がいいでしょ?…」
好子が目の前のソファに座って言う。
「…でも、こんなに一杯…」
言いながら、お金持ちだから、できる芸当だなと思った。
まるで、スーパーやコンビニのような品揃え…
しかしながら、この部屋とこの豪邸を考えてみれば、それも驚くことでもない…
なにしろ、高価な旅館のような内装の部屋…
いわゆる、お金持ちの部屋だ…
私が、あらためて、そんなことを考えていると、
「…まあ、これほどあれば、どれがいいか、悩むわね…」
好子が言った。
私は好子の顔を見る。
どこか、楽しそうだ…
明らかに、この前、会った時とは違う…
…一体なぜ?…
「…高見さん?…」
「…ハイ…」
「…このビールや缶チューハイが、さながら、これまで高見さんに言い寄ってきた男のひとね…」
好子がいたずらっぽく、笑いながら、言った。
私は好子の予想外の言葉に困惑する。
同時に、なぜ、好子は、前回会った時とは違い、私にこのような態度を取るのか、考える…
よく、言えば、親密…
悪く言えば、皮肉を交えながら、私に接している…
だが、共通するのは、距離感…
前回と、違い、私に距離感を感じさせない…
親密とまでは言えないが、明らかに、私にさほど、距離を置いて接していない…
では、前回と今回はなにが違う…
いや、その間になにが、あった?
考える。
好子に関して言えば、水野との不倫騒動があった…
それが一番…
深窓のご令嬢の不倫のタイトルで、世間を賑わせた…
そして、その水野は、私の勤務する会社、金崎実業の取引先の人間として、出入りを始めた…
つまり、前回、会った時と、私と好子さんに共通する変化といえば、水野の存在…
水野を知っているか、どうか、だ…
私はそれに気付いた…
いや、それよりなにより、さっき、この部屋に入るときに、米倉が、水野の名前を出した…
私と水野が顔見知りだと、告げた…
それを知ったから、好子は、部屋の扉を開いて、私を中に招き入れたのではないか?
そして、好子の腹違いの兄である、米倉を、この部屋に招き入れなかったということは、米倉に聞かせたくない話があると考えるのが、妥当…
おそらくは、私だけに伝えたい、なにかがあるのかもしれない…
私はそう思った…
「…高見さん…」
「…ハイ…」
「…どう?…」
「…どうって?…」
「…この缶が、これまで、生きてきて、高見さんに言い寄ってきた男たちだとは思わない?…」
好子がいたずらっぽく笑いながら、繰り返す…
私は一瞬躊躇したが、
「…だったら、好子さんは、この倍は…」
私が言いかけると、
「…倍じゃたりないわ…いいえ、このテーブルが十個あっても足りない…ないしろ、お金持ちのお嬢様ですから…」
自分で言って、笑った。
「…お金持ちって、楽しいわよ…高見さん…高見さんのように、美人じゃなくても、男が嫌というほど、言い寄ってくる…」
好子が笑う。
だが、その笑いは、寂しそうだった…
なんともいえない寂しさをたたえている。
私は好子さんを見る。
すると、最初は気づかなかったが、好子さんが、お酒を飲んでいることに、気づいた。
どれほど、飲んでいるわけではないが、うっすらと、顔色が、赤くなっている。
上気していると、言えばいいのか?
精緻な日本人形のような顔が、うっすらと赤くなり、そのせいか、なんとなく色っぽく見えた。
いかに、キレイでも、好子さんは、30歳を超えておる。
十年前の二十歳の頃ならば、お酒を飲んでも、ただキレイなだけだが、この歳では、やはり、違う…
「…好子さん…お酒を…」
「…そう…飲まなきゃ、やってられないというか…」
寂しそうに笑った。
たしかに、好子の気持ちはわかる…
いかに、お金持ちとはいえ、世間的には、無名の人間が、堂々と、週刊誌に、不倫をすっぱ抜かれたのだ…
不倫が事実であれ、事実でないであれ、世間的には、事実と受け取られる…
それで、ショックを受けない人間など、存在しない…
おそらく、好子は、この豪邸の、大きな自分の部屋にとじこもり、酒に浸って、自分の置かれた現実を忘れようとしているのでは?
と、思った。
「…好子さんは、水野さんが好きなんですね…」
私は単刀直入に言った。
私の言葉に、好子の顔が引きつった。
「…好き? …それは好きよ…」
好子が言う。
「…背が高くて、カッコイイし、なにより、面白い…いっしょにいて、楽しいことほど、素敵なことはないわ…」
好子が、ぶっちゃける。
私は、これが、好子の本音かと訝った…
たしかに、好子は、軽くだが、酔っ払っている…
しかしながら、酔っ払って、話す言葉が、必ずしも真実とは限らないからだ…
「…高見さん…さあ、アナタもなにか飲まない?…」
好子が私に酒を勧める。
私は目の前のテーブルに並んだ、缶の山を見た。
私自身、酒は飲めないわけでもないが、さりとて、この場で、好子を相手に、酒を飲みたいとも思わない…
「…さあ…」
好子が、なおも、私にお酒を勧めた。
私の心に、なにか、引っかかるものがあった…
私は無言で、目の前の好子を見た。
たしかに、酔っ払っている。
その証拠に、顔がわずかに、火照って、赤くなっている。
息もわずかだが、酒臭い…
が、どうにも、引っかかる…
「…好子さん…」
「…なに?…」
「…酔っ払ったフリをするのは、止めたら、どうですか?…」
「…酔っ払ったフリ?…」
好子の顔が、微かだが、引きつった。
「…なにを言ってるの? 高見さん…私は酔っ払ってるフリじゃなく、たしかに酔っ払ってるわ…」
「…いいえ、好子さんが、私にそう思わせてるだけです…好子さんは、たしかに、お酒をお召しになっていますが、見かけほど、酔っ払ってるわけじゃありません…」
私は、言った。
ずばり、言い切った。
本当のところは、わからない…
大げさに言えば、カマをかけたといったところか…
私の指摘に好子が沈黙する。
「…高見さん…アナタ、鋭いわ…」
好子が笑った。
「…私が酔っ払って、酒を勧めれば、アナタがどう出るか、試したけど…」
そう言って、笑った。
「…お兄さまもグルですか?…」
「…兄? 正造のこと?…」
「…そうです…」
「…いいえ、違う…」
「…では、水野さん…」
私の言葉に、好子が固まった…
が、
それは、演技…
演技かもしれない…
あくまで、固まったように見せかけている可能性もある。
いや、その可能性も捨てきれない…
「…高見さん…」
「…ハイ…」
「…美人に生まれて、どう?…」
「…どうって?…」
私には、好子さんの質問の意味がわからなかった。
「…ぶっちゃけ…私は面倒くさい…」
「…面倒くさい?…」
「…そう…どこへ行っても、注目を浴びる…これは、当然、物心がついてからだけど、どこへ行っても、誰からも、見られているのは、正直面倒くさい…常に、他人の視線を意識して、生きるのは、面倒…」
好子が笑う。
しかし、その笑いは、心底寂しそうだった…
「…父は…」
「…お父様?…」
「…父の平造は、私が美人だから、可愛がってくれる…溺愛してくれる…父親なのにね…」
「…」
「…たとえ、血の繋がった実の父親でも、男…美人が好きなのよ…」
「…美人が好き?…」
「…その証拠に、腹違いの姉の澄子は、父からは、疎まれているとまでは、言わないけど、可愛がられてない…それで、私をいじめている…」
「…いじめている?…」
「…自分が、父に可愛がられないものだから、父に可愛がられている私が、羨ましくて、仕方がないの…」
…そんなことが…
私は、好子の告白に唖然とした。
たしかに、好子の言うことはわかる…
男親は、やはり、自分の娘でも、美人を好む傾向が強いと聞いたことがある…
「…高見さん…兄弟は?…」
「…私は一人っ子です…」
「…だったら、高見さんは、運が良かったわ…」
「…運が良かった?…」
「…そう…運が良かった…兄弟がいれば、どうしても比べられる…可愛がられても、疎まれても、どっちにしろ、その弊害はある…」
要するに、好子は、自分が美人に生まれたから、父の平造に可愛がられ、その結果、澄子の嫉妬を生み、澄子にいじめられたと言いたいのだろう…
どんなことにも、光と影がある…
おそらくは、父の平造が意図しないことで、腹違いの姉の澄子は、自分が父親から差別されてると、思い、その不満を好子にぶつけたのだろう…
好子になんの落度がないにも関わらず、澄子の不満を買っている…
ある意味、これ以上、理不尽極まりないことはない…
私も目の前の好子さん同様、美人ゆえに、周囲から妬まれたり、意地悪をされた経験は、これまで、数え切れないほどあった…
しかしながら、家庭では、なかった…
それが、好子さんは、家庭の中でも、体験した…
美人ゆえに、大げさに言えば、迫害された…
しかも、迫害した相手は、腹違いとはいえ、血の繋がった実の姉…
ここまで、考えて、私は、驚きに言葉を失った…
と、同時に、美しく生まれる損得をつくづく考えさせられた。
自分も、美人だが、どうしても、自分のこととなると、わかりづらくなる…
だが、他人は違う。
冷静に、考えることができる…
とりわけ、今のように、目の前に好子を見ていれば、嫌でも、わかる…
好子を目の前に見れば、たしかに美しい…
そして、その美しさゆえに、自分以外の人間から、好かれたり、反対に、妬まれたりする…
それは、家庭で、自分の兄弟でも、例外ではないということか…
私はつくづく思った。
「…あの澄子は、強欲で、何事も、自分の思い通りにならなければ、すまない女…」
「…」
「…その自分勝手な女が、まるで、父親に気に入られてない…だから、それが、悔しくて、仕方がない…」
私は好子の言葉から、澄子を思い出した。
米倉の義兄であり、澄子の夫の直一の言葉から、澄子が、才気溢れる存在であることは、わかっている。
いわゆる、頭の回転が速い女…
デキる女だ…
勉強はわからないが、実社会で、使える女と言い換えてもいい…
いくら勉強ができて、学歴が高くても、その頭の良さを生かせなければ、なんにもならない…
例えて言えば、東大を出ていても、コンビニや吉野家でバイトをしていれば、学歴の高さはなんにもならない…
いかに、テキパキと早く動き、仕事ができるかが重要…
東大卒でも、高卒のコに負けるのは、ありふれた光景だ…
そもそも、求める能力が違う…
澄子は、米倉が以前、言ったように、使える女…
周囲の状況を瞬時に判断し、即座に対応できる女…
そして、それゆえ、おそらくプライドが高い…
そのプライドが高い女が、腹違いの妹に勝てない…
ルックスの違いゆえに、勝負にならない…
それが、父の平造の対応に、現れてる。
父親に溺愛される好子と、そうでない澄子…
それが、悔しくて、仕方がないのだろう…
いかに才能があっても、平凡なルックスの澄子は、美人の好子に勝てない…
その現実を、受けいれることが、できないのかもしれない…
私は考える。
と、同時に、平造が、好子を溺愛する理由を考えた。
澄子が溺愛されない理由は、おそらく、その性格ゆえ…
澄子は気づいていないかもしれないが、ずる賢い…
これは、単に澄子を悪くいうわけではなく、使える人間というものは、多かれ少なかれ、ずる賢いものだ…
使える=世間ずれした能力があるということ…
先見の明があるということ…
他人が気づかないなにかを、誰よりも早く気付く能力があるということだ…
そして、好子には、おそらく、そのずる賢さがない…
ということは?
ということは、好子は信用できる人間ということだ…
それゆえ、父の平造が溺愛しているのでは、と考えた。
つまり、好子の言うことは、ウソがないのではないか?
いや、ウソがあっても、少ないに違いない…
これは、好子の弟、新造にもいえる…
新造は頼りないが、信頼できる人物…
そして、米倉と、その姉の澄子は、食わせ者…
米倉に至っては、初対面の私に向かって、父の平造が、食わせ者とハッキリ、告げている…
これは、一体どういうことか?
なんとなく、米倉の内紛の正体が見えてきた…




